喜多村信節『ききのまにまに』より

龍に巻かれる

 寛政六年七月某日、正午ごろから大風雨となった。
 下谷不忍池では雷光はなはだしく、水面ぎりぎりまで降りた黒雲の中から、火焔が閃き走った。
 少し離れた明照寺・祐念寺などは、屋根が軒口から吹き飛ばされて何処かへ消え失せた。破風・鬼瓦の類は四谷の在郷へ落ち、あるいは井之頭あたりへも落ちたという。

 このとき、どこぞの藩の侍が、騎馬で、従者八九人召し連れて行く途中、池之端の町家で、馬もろとも行方知れずとなり、従者ばかりが残った。
 龍が巻き上げたにちがいないという話だ。
あやしい古典文学 No.1661