『喪志編』より

猿を殴る人

 脇坂安元は、賤ケ岳の七本槍の一人である脇坂安治の子で、林道春などとも懇意な教養人だ。
 多くの蔵書を蓄え、八雲軒の号で歌人として名高い。蹴鞠は飛鳥井難波より免状を受け、乗馬も巧みで免許を取り、療治方にも万事くわしい。
 剣術は柳生但馬守の弟子となって免許を取り、ことのほか達人である。

 あるとき安元は、但馬守の飼っている猿の話を聞いた。猿が剣の早業を修得して、これと試合をするとみな負けるというのだ。
 そこで考えて、但馬守が殿上の稽古のために登城して留守のとき屋敷へ行き、いきなり鉄扇で猿を殴りつけた。猿は胆を潰して逃げ去った。
 その後、あらためて但馬守を訪ねて、
「みな猿に負けるそうですが、それがしもひとつ立ち合ってみましょう。まさか畜生に負けることはありますまい」
と言って試合に臨むと、猿は殴られたのを覚えていたから、身震いして逃げてしまった。
あやしい古典文学 No.1493