『岩邑怪談録追加』「金正院内裏雛の事」より

金正院の雛

 広島某町の和泉屋の娘を、この岩国の白銀屋孫三郎が娶ったとき、和泉屋は数代前より伝来の雛人形を娘に与えて持参させた。
 しかし、その嫁はほどなく亡くなり、嫁入りの諸道具は入札にかかって、鍛冶屋町の道具屋 長谷屋助右衛門が人形を落札した。

 人形はニ三歳の小児と同じ背たけの市松人形で、大きすぎるせいでいっこうに買い手がつかず、長らく助右衛門方にあった。
 文化十一年二月十日過ぎ、
「あの人形、体は河原の人形遣いに売り、衣装はよい品だから袋物などに仕立てたらよかろう」
と言い出した者があって、助右衛門もその気になったところ、十五日の夜、助右衛門の家のどこからか泣き声がして、蕭々と笛のような音も聞こえた。
 次の日も同様であったから、近所の者とともに家じゅうを探し、床板までめくってみたけれども、怪しいものは見つからない。それでもなお調べていくと、戸棚の中からのように聞こえるので開けてみると、雛櫃の内と分かった。
 櫃の蓋を取ったら、人形が額に汗を流していた。

 これを伝え聞いて、人形を一目見ようと、助右衛門方におびただしい人々が群れ集まった。
 結局、助右衛門は人形を白銀屋に返し、白銀屋はそれを岩国の金正院に納めたのだった。
あやしい古典文学 No.1484