藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第五十七より

おつね寅吉

 安政二年十月二日の大地震により、御成街道平永町で砂糖を商う万屋徳兵衛方も、大いに損壊した。家が傾いて戸締りもならず、いかにも不用心なため、夜は家内の者が寝ずの番をすることになった。
 ある夜、徳兵衛の娘おつねと、店の若者の寅吉が番をしたが、ともに十六歳の二人は、夜長の退屈さのあまり乳繰り合った。
 それがきっかけで、後には店内で昼間もいちゃついた。さすがに近所の評判となり、母親の耳にも入ると、二人は折檻され、もはや忍び逢うこともできなくなった。

 こうなると若気の至りで、十月二十九日の暮方、おつねは「姉のところへ行く」と嘘を言って、寅吉を連れて家を出た。
 寄席などを見物し、飲み食いなどするうちに遅くなった。もはや家には帰り難く、かといって駆け落ちするには金がなかった。
 いっそのこと死んでしまおうと、おつねは、新大橋に近い安藤対馬守の上屋敷前から川に入って泥だらけになり、水を呑んで青ぶくれになった。
 寅吉も見てばかりはおられず、続いて川に入ったが、元々死ぬ気がなかったから、「助けてくれぇ」と大声をあげた。
 遅いといってもまだ夜の十時ごろで、声を聞きつけた安藤家の中間たちが大勢飛び込み、泥だらけの二人を助けあげて、そのまま御成街道まで担いでいった。

 この夜中の騒ぎに、万屋徳兵衛方では急きょ飯を炊いて中間たちに馳走し、礼物を渡して帰した。
 中間たちはその後もまた来て、ねだりごとをしたらしい。
あやしい古典文学 No.1468