『大和怪異記』巻五「ばけものたましゐをぬく事」より

魂を抜く法師

 信州飯田での出来事だ。

 ある人の妻が重い痘瘡を患ったが、さいわい峠を越して快方に向かった。
 主人をはじめとする人々は、容態が落ち着いたことにほっとしながらも、傍らについて看病を続けていた。
 すると突然、病人と家人との間に立てた屏風の陰から大きな法師が現れて、屏風越しに内をのぞき込んだ。
 驚いた主人が刀を取って立ち上がると、法師は屏風を跳び越して、寝ていた妻を横抱きにするや走り出した。
 逃さじと追いかけるも、法師は蝶か鳥かのように高い塀を飛び越えて逃げ去った。
 そこへ後から下女が走って来て、
「奥方は、こちらにいらっしゃいます」
と言うので、引き返してみると、たしかに妻が眠ったように横たわっている。揺すり動かし、
「おい、しっかりしろ」
と声をかけたが、もはや息絶えていた。

 その主人の名や、いつ頃のことかは、聞いたけれども忘れてしまった。
あやしい古典文学 No.1353