古賀侗庵『今斉諧』巻之三「岩崎古城之怪」より

尻断行人

 会津の向羽黒山(むかいはぐろやま)は、かつて葦名盛氏が城を築いた場所で、断崖が切り立ち、絶壁が川に臨む険阻の地である。
 その山中に怪物が棲む。人の形をしているが、帯から下は見えず定かでない。常に雲に乗って飛行する。名づけて「尻断行人」。
 ただし、ふつうは見ることが出来ない。たまたま見た者は、必ず厄災にみまわれる。

 会津藩士 横田千次郎は、かつて友人たちと向羽黒山を通り、尻断行人が飄々と川の上を飛び過ぎるのを見た。漆黒の闇夜で何一つ分明でない中、行人の顔貌だけがはっきり見えた。
 同行の友人に見たかどうか尋ねたところ、ほかの誰も見ていなかった。千次郎はひとり、
「あれを見た者には、必ず災いがあるという。だが、そんなこと分かるもんか」
と呟いた。
 その数年後、千次郎は上書して、権勢をふるう重臣を排すべしと訴えたが、聞き入れられず、かえって職を解かれ、藩の流刑地である実川に流された。
あやしい古典文学 No.1330