佐々木貞高『閑窓瑣談』巻之一「俚俗の異説」より

ミイラの説

 「ミイラ取りがミイラになる」という諺がある。古くから世間で喩えに用いられてきたが、その由来はどういうことだろうか。
 そもそもミイラを産出する国は、赤道直下の極熱の地である。そこには、果てしもなく広がる砂地がある。砂地を往来する人は、土でこしらえた車に乗って行く。万一あやまって土車から転落すれば、たちまち熱砂に焦がれ乾いてミイラとなる。そんなミイラを取ろうとして、土車に乗って行く者がある。こうしたミイラ取りも、乗った車が崩壊して地面に落ちれば、同じくミイラとなるという。
 これは全く根拠のない妄説である。

 陶九成の『輟耕録』によれば、ミイラは天方国の人だそうだ。
 天方国には、齢七、八十にして、身を捨てて世の人々を救おうと願う人がいる。すなわち通常の飲食を断って、ひたすら身を清めつつ蜜ばかりを食し、数ヶ月を経ると小便も大便もことごとく蜜のみになって、死を迎える。
 亡骸を埋葬するにあたって、集まった人々は石の棺をこしらえる。棺の中に蜜を入れて死骸を浸してから、雫も漏れないようにぴったりと石の蓋をし、棺の外側に年月日時を彫りつけて、土中に埋める。百年の時を待って掘り出し、蓋を開けば、棺の中はすべて蜜剤となっている。これがミイラである。
 さて、ミイラは何に用いる薬剤なのかといえば、打身捻挫の妙薬で、どんな怪我でも、ミイラを少々服用すれば即座に治癒する。ただし、天方国に住む人といえども手に入れるのは難しい稀少の品だから、奇薬として珍重されている。別名を「蜜人」ともいう、と。

 なんにせよ、いかにも蛮国でなされる所業であって、神国においては忌み嫌うべき行為である。
 諺に「ない物食うが人の癖」という。じっさい人情は、奇薬ミイラのような得がたいものをありがたがり、大益があってもありふれている薬は馬鹿にして信頼しない。
 しかし神仙の良剤は、必ずしも作りにくくないし、求めがたいものでもないのだ。
あやしい古典文学 No.911