平秩東作『怪談老の杖』巻之三「吉原の化物」より

吉原の化物

 和推という俳諧師が、あるとき、人に誘われて新吉原で遊んだ。

 夜更けに用を足そうと便所へ行ったが、ひどく酔っていたので足元が定まらない。ヤッコラセと厠板を踏みまたいで排泄しようとしたとき、何か気配を感じて下を見ると、女の首があった。
 さすがにギョッとしながらも、大胆不敵の男だったから、声をあげて騒ぐことなく、そっと外に出て覗きなおすと、首が振り返ってにっこり笑う。死人の首ではない。
 手を伸ばして髪に絡ませ、引っ張ってみた。首ばかりでなく胴もつながっている。紅鹿の子の古い小袖を着た女だ。ぐっと引き上げて引き出した。裙(もすそ)が糞尿にまみれて、臭いこと堪えがたい。
「誰か来い。糞壺に女がいたぞぉ」
 店の若い者を呼ぶと、何人かが走ってきた。
「わあ、これはうちの女郎ですよ。流行り病にかかって臥せっていたんだが、いつの間にこんな所へ入ったんだろ。うーん、汚いなあ」
 皆で女を裸にし、水を掛けて洗ってやるのを尻目に、和推は、
「化物の正体を見たな。こんなことだろうと思ったよ」
と笑い、こともなげに二階へ上がって寝た。

 翌朝には、若い者の話から、和推の豪胆さが評判になっていた。
 じっさい、臆病者の武士などにはとてもできない振る舞いだ。大酒飲みだが、それもまた「上戸の徳」というものだろう。
 なお、韓退之の文章に、便所の神の祟りで便所に陥る話が書かれていたと覚えている。不吉なことだ。
あやしい古典文学 No.654