『宗祇諸国物語』巻五「化女苦朧夜雪」より

宗祇は雪女を見た

 聞くところによると、越後は毎年深く雪が降り積もり、去年の名残雪が消えかかるころにはもう今年の雪が降りつづくという。
 その国の人は慣れていて、格別つらいとも思わないだろうが、私、宗祇は南国紀州に生まれ育ったので、京都の町中に住んでいてさえ、冬の寒さは身にしみる。
 それゆえ、越後に住む親しい人が『一度おいでなさい』と誘うのを、老齢であるのを理由にしぶっていた。しかし、『寒さを防ぐぐらいたやすいことです。ずいぶん臆病なことをおっしゃる』なとど言われて断りきれず、行って二年を過ごした。

 最初の年、雪はとりわけ多く、土地の者も例年にない大雪だと言っていた。
 陰暦九月の末に、蝶の羽が舞うような初雪が降ってからというもの間断なく降りつづき、十月の半ば、野中の道の草葉はまるで見えず、山の木立も二メートルより下は雪に埋もれた。
 冬の入り口でこれでは、極寒の時分にはどうなることかと思われたが、もはや街道の往来は絶えて、『袖うち払うかげもなし』と嘆ずる旅人の、そのかげすらないという有様だから、今さら京都に帰ることなどできはしない。
 十一月の初め、民家はことごとく雪に埋もれて、屋根から出入りするほどになった。さいわい私は人の情けに助けられ、重ね着をして着ぶくれつつ温かい料理を飽食するうち、ようやくその年はくれた。
 一月も寒く、二月も冷え込んだが、なんとなく本当の冬のようではなくなって、南面の雪はわずかに消えかかってきた。

 ある日の未明、便所へ行こうと枕元の戸を開け、東のほうを見やると、十メートルあまり向こうの竹藪の端に、不思議な女が立っていた。
 背の高さは三メートルほどもあった。顔よりして肌は透きとおるばかりに白い。白いひとえの着物を着ていたが、その布地は見たことのないものだった。繊細でつややか、糸筋が光り輝いてあたりを照らし、女の姿を浮き上がらせている。そのおごそかなこと。まるで桃林で西王母に出会ったかのごとく、また、かぐや姫が竹の中にあるさまもこうであったかと思われた。
 顔の様子から年齢をおしはかるに、二十歳に満たないと見える。なのに真っ白な髪を長く垂らしているのが異様であった。
 『何者だろうか。名をたずねよう』と近づくと、女は静かに菜園のほうに歩み去っていく。どうするのか見届けようと思っているうちに、姿はかき消えた。余光がしばらくあたりを照らしていたが、まもなく暗くなり、再び女を見ることはなかった。

 夜が明けて、このことを人に語ると、
「それは雪の精霊、俗に雪女といわれるものでしょう。こんな大雪の年には、まれに現れると言い伝えられています。しかし実際に見た人は、今の時代に一人もおりません。あなたは不思議なことに逢われたものだ」
と言われた。
 私は不審に思って尋ねた。
「まことに雪の精なら、深雪の時に出るべきではありませんか。雪が消えかかった春先になって出てくるのは、雪女と言うにふさわしくないのでは」
 すると、
「おっしゃることはもっともだが、花は散ろうとして美しく咲き、木の葉は落ちようとして紅葉する。灯火も消える寸前に光がいやますもの。それと同じことではありますまいか」
とのこと。
 言われてみれば、そうかもしれない。
あやしい古典文学 No.237