神谷養勇軒『新著聞集』第十「伽藍滅没す」より

伽藍滅没

 薩摩の白鳥山の麓に真言宗の大きな寺があった。

 天和三年七月上旬のこと、仏殿の方向が一晩じゅう激しく震動したので、翌朝行って見ると、縦横が二十七メートルに十三メートルの大伽藍が消え失せて跡形なく、材木一本も残っていなかった。
 その堂に寝泊まりしていた六人の屍が泥にまみれていた。また、太守が写経した法華経八軸が、土の中から見つかった。

 あたりは、モグラが土を持ち上げたようになっていた。
 もしや、地の底に揺り沈められたのであろうか。
あやしい古典文学 No.192