colum サッカーと経営 「if」の世界
イルハン・マンシズの件だが、大金を支払って獲得したのに、ほとんど 試合には出場しないまま帰ってしまった。 なんのことはない、莫大な 契約金(一説には10億)をドブに捨てたようなものだ。 もっともメディ ア対策費(宣伝広告費)として考えれば、それほどたいした額ではないが、 問題はこのイルハンは前々から「手を出してはヤバイ」 と言われていた選手だったことだ。 

トルコのメディアも神戸がイルハンを取ると言い出した時に、「彼は恐ら く試合にはほとんど出場しないだろう」と言っていた。 ヨーロッパで トップリーグに在籍する選手(監督も含めて)が日本に来るという場合、 かなりの確率で何らかの特殊な事情があると見た方がいいことは、サッ カー界の常識である。

勿論リティやブッフバルト、ピクシーのように、日本に好意を持って いた、或いは来日後に親日家になったというような例外はある。  ヨーロッパではないがジーコやドゥンガもその代表的な例だ。

しかしそのような人々はあくまでも例外である。 ジーコやリティ と、トルシェやベンゲルとは根本的に違うのだ。

来日して監督となっても、優勝争いを演じているチームを放り出して、 契約期間中にも関わらず海外の一流チームの監督になってしまう、と いうような人の方が多いのだ。 これが誰のことを言っているのかは、 少しでもサッカーを知っている人ならすぐわかる筈。 

このニューズを聞いた時、私は「莫大な違約金を請求しろ!」と怒鳴 りたかった。(笑) しかしお人好しの日本人は結局なんの請求もせ ず、そのままうやむやになってしまったようである。

この監督を日本代表チームの監督にという話しが出た時には、無論私は大 反対だった。 人の信頼を逆手に取るような人物は、どんなに才能があっ ても重大な仕事を任せるべきではないと思う。 いつ何時足下を掬われる かわかったものではないからだ。 

そんな海千山千の連中を相手にするのは、それなりの覚悟と知識が必 要なのに、このチームのオーナーにはそれが欠けていたようだ。

トルシェの件にしても、いいように振り回されたという感が強く、イルハ ンの二の舞を懲りずにやったという点で、経営のトップとしての眼力を疑 う。 

トルシェに振られたら今度はラモスという選択肢。 イルハン、トルシェ、 ラモスと、あまりにも知名度優先で、まるで中身を考慮していな い。 

ラモスは前二者と違って人間的には信頼できる人物だが、良く言えば熱血 漢、悪く言えば頭に血が昇りやすいという、論理より熱情のタイプだ。  監督という冷徹な判断が求められる仕事には、あまり適していないのでは ないかという危惧がある。 個人的には好きなタイプの人ではあるが・・・

このあたりの三木谷氏の判断は、社名通りあまりにも「楽天的」と言わざ るを得ない。 それとも三木谷氏にとっては、自分のチームのサッカーの内 容や結果はどうでもよく、高知名度による収益の増加と、本業へのパブリ シティ効果があれば良い、ということなのだろうか。

もしそうなのであれば、「どうか野球に専念してサッカーには手 を出さないでいただきたい」とお願いしたいものだ。 現在の 日本サッカー界の理念は、そのような考え方とは相容れないものだから・・・


私も広い意味でのIT業界のはじっこに、辛うじてぶら下がっている 者だが、この業界はごく短期間で成長した企業が大半であり、その 成功者の常として「非常に幸運だった」ということが 多いと感じている。

この最大の例はビル・ゲイツである。 20数年前に IBMがパソコン 用OSを探していた時のことである。 当時IBMは汎用機にはめっぽう 強かったが、パソコンは全くの新規参入。 よって新たに発売するIBM− ATマシンのOSを求めていた。 まず最初に目を付けたのが、当時全盛 だったCP/Mのデジタル・リサーチ社だった。 しかし、IBMの幹部が 訪れた時、デジタル・リサーチ社長のゲイリー・キルドールは軽飛行機を 操縦して空の上にいた。 しかも替わりに応対に出た社長夫人は、傲慢 な態度でIBM幹部を怒らせてしまった。

怒り狂った誇り高きビッグ・ブルーは、直ちに替わりの会社を探した。  そして白羽の矢が立ったのは、新興のマイクロソフト社だった。  ゲイツは直ちに会いたいというIBMのために、上客であった アタリ社との会合をキャンセルして、IBMとの会談に臨んだ。  しかも、 普段ラフな格好のゲイツは、その会合の際ネクタイを忘れたので、ネク タイを調達するために、ノーネクタイよりあえて30分の遅刻を選んだと いう。 このあたりの、ビル・ゲイツの「チャンスを見極める目」とい うは大したものである。

利にさといビル・ゲイツは、この千載一遇の機会を逃さなかった。  しかしその頃のMSは、IBMの要望に答えられるような自前のOS は持っていなかった。

CP/Mをパクったパソコン用OSを持つ、シアトル・コンピューター システム社が社員の給料の支払いに困っているという話しを聞き込むと、 彼は直ちに交渉に入った。 シアトルコンピューター社の社長は温情派だっ たそうで、内心安いとは思ったのだろうが、社員の給与支払いのため 交渉に応じたそうである。

結局僅か8000ドル(この金額は不詳)でシアトルDOSを買い取った ビル・ゲイツは、それを僅かに手直ししてMS−DOSとしてIBM に提供した。 これがMSの成功への架け橋だった。 その後MSは MS−DOSの普及と共に成長し、CP/Mをけ落とし、そして Windows95の発売により、完全にパーソナル・コンピューターOSの 覇権を手にする。

このシアトル・コンピューター社の社長に後年インタビューした人に よると、社長は「あの時シアトルDOSを売ったことを後悔はしてい ない」と語ったそうだ。 しかしその本当の胸中は不明である。

ここで「if もし」である。

もし、IBM幹部来訪の際、ゲイリー・キルドールが会社にいたら?

もし、その時替わりに応対に出た社長夫人が、まっとうな対応をしてい たら?

もし、ビル・ゲイツが先約のアタリ社との会合を優先していたら?

もし、ビル・ゲイツがシアトル・コンピューターからシアトルDOSの 買付けに失敗していたら?

これらの内一つでも「もし」が実現していたら、その後のコン ピューター業界の有様は現在のそれとは随分と異なったものになっていた だろう。

ビル・ゲイツとマイクロ・ソフト社の替わりに、ゲイリー・キルドールと デジタル・リサーチ社がパソコンOSの独占販売者になっていたかも知れ ないし、IBMPC−ATマシンは存在せず、アップル・コンピューター がパソコンを独占していたかも知れない。 なにせ「if」の世界のこと 故、なにがどうなったのかは、誰にもわからないのだ。

ただ一つはっきり言えるのは、その世界での長者番付や成功者の名前の中 には、「William Henry Gates III」は存在しない、 ということである。

So It Goes そんなもんさ・・・


とはいえ、無論無能で怠惰では、運だけで短期間で企業を拡張できるわけ がないが、といって能力や努力だけでは、短期間でこれほどの成功を勝ち 得ることはありえないだろう。 そこには常に「強運」という強力な味方 がいたからこそ、これだけの成功を勝ち得ることが出来たと思う。

しかし、ひとたび成功者の仲間入りをしてしまうと、その成功の原因 は自分の能力と努力であり、「自分は成功すべくして成功した」のだと 考える経営者が多いようだ。 勿論初心を忘れない人もいるが、そうで ない人の方がどうも多そうである。

「そりゃお前が(お前の会社が)いつまでたっても火の車だから、成功 した奴へのひがみだろ」と言われれば、「正にその通り」と肯定せざるを 得ないが、最近のIT業界成功者の方々の言動を見ていると、あながち 引かれ者の小唄とばかりは言えないようだ。  「心も金で買える」という御仁がいるのだからね・・・

今の所これら楽天の判断ミスのコストはそれ程高価ではない(現在得ている 利益額に比して)が、これらのミスがもしもっと高価なものであれば?  例えば数百億単位或いは数十億単位のものであれば? 又それが何回 か連続すれば? その結果はどうなるか? これも一つの「if」の世界 である。

「あれは道楽の費用であり、本業の場合はそれほど甘くはありません」 と言うかも知れない。 しかし、これらの判断ミスが本業に迄及ばない という保証は何一つとしてない。 情報の取得と選択、それによる決断 を誤ったということには、何ら変わりはないのだから・・・

強運は永久に続くものではない。 それは歴史が証明している。



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