colum 人類最良の友
古来犬は人類最良の友と言われている。  洋の東西を問わず、犬が危地に 陥った人間を救ったという話は、枚挙にいとまがない程ある。

以下サンケイスポーツ紙04/10/30の記事の概略である。

米CNNテレビは29日のニュースとして、犬が救急電話をかけ、急病で 倒れた飼い主を救ったと報じた。 米西海岸ワシントン州リッチランドで 今年9月、急病で倒れた女性(45)の飼い犬が911番(日本の119番) に電話し、救急隊員を呼んで飼い主を救ったという。

この犬は4歳の大型犬で名前は「フェイス」。  肝臓病が持病の飼い主、リーナ・ビーズリーさんのための看護訓練を受け ていたそうだ。 9月7日夜、自宅で突然、気を失ったビーズリーさんの 異変に気がついたフェイスは、電話機の911の短縮ダイヤル を鼻で押し、電話機に向かってほえ続けた。

911の担当者は、フェイスの様子から異常事態を察し、直ちに 救急隊員を派遣、隊員がビーズリーさんを発見して病院に搬送した。  この素早い処置のためビーズリーさんは、その後容体が回復した。  救急隊員が自宅に到着した時には、フェイスはちゃんと玄関の鍵を 開けて待っていたそうだ。 これも訓練の一環だということである。

このフェィス君は介助犬の類なのだろう。 恐らくはラブラドルか ゴールデンではないかと思われるが、大殊勲、昔風に言えば「勲一等」 である。

又、これは数年前に新聞で報じられた日本の例だ。 少年が愛犬と共に 山に入り、道に迷ってしまった。 やむなく山中で一夜を過ごしたが、 中部地方の冬のことゆえ、寒さは至って厳しい。 通常なら凍死という 最悪の事態が待っていた筈だ。

しかし、翌朝救助隊が少年を発見した時、少年は元気であった。 何故 か? 少年の話によると、一緒にいた愛犬が少年に覆い被さる ように添い寝をしてくれ、そのため寒くなかったという

これは犬の方も添い寝をした方が暖かいから、という理由もあったの かも知れないが、それにしても少年をくるむように抱きかかえるとは、 優しいワンちゃんではある。

似たような例では、ポンペイの噴火の際の例がある。  発掘された遺体 の一つに、小さな幼児とその子を腹の下にかばうように抱いた大型犬が あったそうだ。 大噴火の炎から守ろうと、自分の腹の下に子供を入れ てかばったのだろう。

火事や地震の際に、犬がほえ続けて危難を知らせたという例などは、 掃いて捨てる程あり、一々例を挙げるのも面倒な程だ。 最近の例では、中越地震の際、災害救助犬が土砂に埋もれた車を 発見、 激しく鳴いて中に人間がいることを知らせた、という事件があった。  これはTVでも生中継で救助作業が報道されたので、ご存じの方も 多いと思う。 結局生還したのは幼い男の子一人で、母親と長女は即死状態だったようだ が、この男の子も、もし災害救助犬が発見しなければ、救助は不可能 であっただろう。

しかし、犬の素晴らしい美点は、これらの例以外にも多数ある。

食用以外で人間のために役に立つ動物には、乗馬や馬車など交 通のための馬、農業作業の牛や水牛更には象、被毛を取るための羊な ど、様々な動物がいる。

しかし、常時人間と共に生活し、障害のある人間を助たり、 人間に出来 ない作業をさせるという仕事は、犬以外には不可能だ。  盲導犬や介助犬 聴導犬、警察犬や麻薬捜査犬、災害救助犬がこれにあたる。  いかに牛や馬が有用でも、「盲導牛」や「介助馬」というのは 聞いたことがないし、猫に麻薬捜査をやれといっても到底無理 だろう。

もっとも、ごく最近のことだが、非常に小型で頭の良い馬の一種を、 「盲導馬」として訓練している人がいるそうだ。 この馬は大型犬と 同じ位の大きさなので、人間と同居も可能だという。 とはいえ、 本来全く性質の異なる馬に、犬と同じしつけ(例えば排便)と作業が 可能なものだろうか? 甚だ疑問ではある。

動物が人間と共に生活するには、只頭が良いだけでは色々と不都合が 生じる。 最も必要な資質は人間に対する愛情と信頼だろうと思う。  これがなければ、他のどのような美点があろうとも、共に生活するには 不適だろう。 この点で犬はあらゆる動物の中でも、ずば抜けた適性を 持っている。 

なのに、日本ではまだまだ犬に対する偏見が強い。 最近ようやく盲導犬 は周知されるようになってきたが、未だにホテルで宿泊を拒否されたり、 レストランに入場を断られるなどの例が多いようだ。

これが未だ広く周知されているとは言い難い介助犬の場合は、もっとひど い。 毎日新聞連載の「介助犬シンシア」などを読ん でも、身体障害者 補助犬法施行以前とはいえ、犬と飼い主共々苦難試練の連続だったようだ。

欧米では、特に盲導犬や介助犬でなくとも、犬と共にレストランやホテル などに出入りするのはごく普通であり、断られる方が希である。 特に 世界一の動物愛好国イギリスでは、入場を断られた場合即刻と言って 良い程素早く動物愛護団体が行動する。 店の前でデモをやったり、 時には入口を封鎖したりという荒技まで駆使するので、店の方が悲鳴を 上げるそうだ。

イギリス人の犬好きは筋金入りであり、日本人の想像を超えるものがあ る。 1912年のタイタニック号沈没の際、 傾いたデッキには大きな 犬を連れた一等船客がいた。 おりよく通りかかった救命ボートに一人 分の空きがあったので、船員はその船客をボートに乗り移らせた。

ところがその船客が言う。 「私の犬は? 私の犬もこのボートに乗せ てくれ!」 「お客さん、それは無理です。 このボートはもう満員で す。 あんな大きな犬を乗せたら、ボートが沈んでしまいます。」

その時船客はどうしたか? 「なら、私も船に残る!」 船客はそう言 うと、一瞬のためらいもなく傾きかかったタイタニック号に乗り 移った。  そうして愛犬と共に従容と海に沈んでいったという。

もう一つ、これは比較的最近のことだが、世界一の動物愛好国イギリス でも、土佐やロットワイラーなどの猛犬を飼うには、一定の条件を満た さなければならないということになった。 あるアパート暮らしの老婦 人は大きなロットワイラーを飼っていたが、その条件を満たすことは到底 不可能だった。 明日は愛犬が処分されるという夜、老婦人は愛 犬に 毒を飲ませ、自分も同じ毒をあおった。 つまりは心中である。

タイタニック号の件といい、この老婦人の件といい、生半可な覚悟でで きることではない。 日本では勿論、他の国でもあまり例のない話しで ある。

なにせイギリスという国は、動物虐待法の方が児童福祉法より 早く制定さ れ、又その罪も児童福祉法違反の罪より重いというお国柄である。 流石 に「子供をいじめる方が、犬をいじめるのより罪が軽いというのはおかし い」ということで、毎年のように動物虐待法の改正問題が持ち上がるが、 動物愛護団体の反対であっという間に潰されてしまうそうだ。

どこのパブやレストランでも、犬を見かけない方が珍しいという国だから 当然のことかも知れないが、羨ましいことである。 イギリス並みと はいかなくとも、人と犬とが共に生活することを、日本人ももっともっと 暖かい目で見て欲しいものだ。

ちなみに私は日本盲導犬協会と全国介助犬協会の賛助会員でありんす。 (笑)


現在人類が飼育する動物の中でも、犬は飛び抜けて古い歴史を持つ。  犬が飼われるようになったのは約3万年前といわれるが、その次の 家畜は山羊と羊で約9000年前、次は豚と牛、更に5000年程前 に馬、という順だったそうだ。 猫が飼われるようになったのは、 これまでは4000年前とされていたが、最近の発見で一挙に9500 年前まで遡った。

犬を飼う部族人種にしても、他の動物と比較して圧倒的に多い。 本家 のユーラシア大陸は勿論のこと、南北のアメリカ大陸(ベーリング海峡 を通ってアジアから渡ってきた)、アフリカ大陸、それにオーストラリア など、地球の全ての大陸で犬が飼われている。 アマゾンの最奥の秘境で さえ、犬がいるのだ。

馬を見たことがない部族や羊を飼ったことのない種族は沢山あるだろうが、 犬を見たことのない人間なぞ、想像すらできない。 それほど犬は太古の 時代から人間とあったのだ。

不思議なのは、「なんで犬はこれほどまで人間を愛するのだろう?」という ことだ。 

犬科の動物は群れをなして暮らしているので、リーダーの 命令には絶対的に服従する。 人間はそのリーダー(アルファドッグ)と いうことで、人間には服従する、とものの本には書いてある。 

しかし、それだけでは自分の生命を捨ててまで主人を守ろうとする、 犬たちのあの強い愛情は説明できないと思う。

犬の意志表示の方法として、成犬がリーダー犬の口をなめるのは、 「狩りに行こう」というものであり、子犬が親犬の口をなめるのは、 「ごはんちょうだい」というものだという。

犬が飼い主の口をなめたがるのは、この「ごはんちょうだい」の愛情表現 なのだろう。 2ヵ月(人間でいえば1歳程度)の小さい頃から、食事を 与え、身の回りの世話をやき、危険から守ってくれる飼い主は、犬から 見れば親そのものだ。 強い愛情と信頼を持つのも当然だろう。

野生の猛獣でさえ、ごく幼い頃から育てると、飼い主には強い愛情を 持つ。 「野生のエルザ」がその代表例だが、他にもトラやヒョウを ペットにする人もいるようだ。 但し、犬と違って野生動物は、飼い主 には馴れても、他の人は容易には近寄せない、といった違いはある。 

又野生動物が馴れるのは、あくまでも幼獣の頃から育てた場合のみで、 成獣になってから飼育しても、人間に馴れるのはまず不可能だろう。  このあたり、成犬になってからでも、容易に人になつく犬とは、大分 違う。

明治の中頃のことだが、当時まだ絶滅していなかった日本狼と犬の あいのこを育てた人がいたそうだ。 その人の手記によると、その 狼犬(ウルフドッグ)は、「疑い深く臆病で人に馴れず攻撃性が高いとい う、犬と狼の欠点のみを受け継いだような存在」だったという。

最近日本でもアメリカ原産の狼犬を飼う人がかなり いるようだ。  私もTVでこの狼犬を見たが、狼の血が95%というほとんど狼そのもの の「犬」のおとなしく人なつっこいこと、呆れるばかりだった。 共 演(^^;の女性タレントさんの顔をペロペロとなめ、尻尾をふりまくっ て愛嬌をふりまいていた。 この狼犬君が他の全ての出演者を完璧に 食ったことは勿論である。

この狼犬の振る舞いはどう見ても犬そのものである。 日本の明治の 例と比べるとあまりにも違いすぎる。 この違いはどこから来ている のだろうか。 

ひとつ考えられることは、前に書いた明治の人は、非常に犬が好き、 というわけではなかったのではないか。 狼と犬のあいのこの観察と 研究のために、特に愛情を注ぐこともなく、ただ事務的に育てた、と いうだけだったではないだろうか。 どんな犬(犬に限らず動物は全て 同じだが)でも愛情を注ぎ可愛がらなければ、絶対になつかない。  それが前述のような狼犬の性格となって現れたのではないかと、私は 考えるのである。

とはいえ、狼犬本来の性格は、やはり「攻撃性が高く中々他人にはなつ かない」というものらしい。 WEB上で「狼犬」で検索すると、相当 数がヒットするが、大半の飼い主の方々はそのように書いている。

私の犬についての最初の記憶は、母の背におぶさって足下を見ると犬が いた、というものだが、これは恐らく3.4歳位の時だろう。 従って その後ウン十年犬を飼っていたことになるが、今でも全ての犬の鮮烈な 記憶が残っている。 

時々自分でも不思議に思うことがある。 「なんでこんなに犬が好きな んだろう」と。 パソコンの壁紙や携帯の待ち受け画面にも、ゴール デンの子犬のCGを使っているし、カレンダーの絵柄も犬のものだ。  もしかしたら、私の遺伝子には犬の遺伝子が相当量紛れ込ん でいるのかも知れない。(笑)

まことに残念なことだが、私は今現在は犬を飼っていない。 犬を飼う にはそれなりの覚悟と責任が必要だ。 犬は単なるペットではないし、 道具でもない。 可愛い時には猫かわいがり(犬かわいがり?)に可愛 がり、飽きればぽいと投げ捨てるというのは、あまりにも無責任で、 このような人たちには犬を飼う資格などない。

ひとたび犬を飼ったなら、犬の幸せのために(自分の幸せの為ではない) 最大限の努力を払う責任があり、一生その犬と共に生きる覚悟が必要だ。  それが出来ないという人は、犬は飼わないことだ。 それが犬にとって も幸せである。

一人暮らしや体力の衰えの自覚という状況もあり、現在の私にはその 責任を全うする自信がない。 よって犬を飼わないのだ。 とはいえ 時々誘惑に負けそうになることもあるが・・・

犬の起源には幾つかの説があり、大別すると、狼、山犬、その両方、の 3つのようだ。 現在では狼説が主流だが、未だに山犬説をとな える動物学者もいる。 「刷り込み理論」のコンラット・ ローレンツも、 戦前は山犬と狼の両方説だったが、戦後になって誤りを認め、狼説に 転向した。

この狼説によれば、日本狼などのアジア狼は、犬の直接の祖先である。  犬の発祥はおよそ3万年前の旧石器時代の中央アジアだと言われている。  アジア狼はアメリカの灰色狼(グレーウルフ)やヨーロッパ狼に比べ て、体格も小さく性格もおとなしいという特徴があったので、人が 飼うには好適だったのだろう。

これは私の想像に過ぎないのだが、犬の起源はおよそ下記のような ものではなかったかと思われる。 ドラマティックに過ぎるという ご批判を受けることは覚悟の上で一席・・・


昔々あるところに「風の谷」と呼ばれる集落がありました。 平和で 静かな村でしたが、当時(今からおよそ3万年前)のことゆえ、いつ も食糧不足に悩まされていました。 

ある日風の谷の衆はいつものように狩りに出ました。 族長ジルの 愛娘ナウシカ(^^;も一緒でした。 しかし、その日は全くついて いません。 どこへ行っても空振り、いわゆるボウズという奴です。

「これはダメだわい。 今日はもう帰ろ」と家路についた矢先、ミト さんが狼の巣を発見しました。 「おお! これはついとる。 狼 じゃあまり腹の足しにはならんが、なにもないよりはましじゃ」

人々は狼の穴をほっくりかえし、よってたかって親狼を叩き殺して しまいました。 後に残ったのは、未だ小さな子狼2匹。  「これも今夜のおかずに・・・」と、人々が子狼をブチ殺そうとし た時、心優しいナウシカちゃんが立ちはだかりました。

「まって! この子たちは殺さないで!」 「うーん、そりゃまあ こんなチビでは腹の足しにならんがのう・・・」 「お願い、私が 育てるから」

というわけで、このチビすけ狼は命拾いし、ナウシカに育てられること になりました。 風の谷の一員になるのなら、何はなくとも名前がなけ れば、海苔の佃煮にさえなりません。 で、このチビ狼は「ルネ」と 「ルッキオ」と名付けられました。 (お前はミヤザキだけでなくテヅカ のパクリまでやるのか、などと叱らないでくださいましm(__)m)

それはともかく、こうしてルネとルッキオは日に日に成長してゆきまし た。 しかし、大きくなるにつれ、2匹に対する風当たりも強くなって 来ました。 「あの狼共はなにもせんでメシばかりくうとる」とか、 「あのゴクツブシめが」とか、さんざんです。 村人から文句を言われる 都度かばっていたのは、無論ナウシカでした。 なんとも肩身の狭いこ とではあります。

そんなある夜のこと・・・ 風の谷の衆は洞窟でぐっすりと寝こんで おりました。 その時早くかの時遅く、洞窟の入口に怪しい影が・・・  これなん恐るべきサーベルタイガーであります。(3万年前の当時、 中央アジアにサーベルタイガーが存在したのか? というツッコミは なしね(^^;)

ランランと光る眼、ぐわっと開いた大きな口。 そろりそろりとサー ベルタイガーは洞窟に忍び寄ります。 入口に一番近い者迄後僅か、 ジャンプ一番サッポロオリンピック金銀銅のメダル揃い踏み、という 瞬間、「うーぎゃんぎゃん」「わおんわおん」とけたたましい吠え声と 同時に、平原の王者に挑みかかる二つの小さな影。

サーベルタイガーはさっと退きました。 勿論こんなチビが怖いわけで はありません。 しかしこの騒ぎで人々が気づいてしまったので、もう 不意打ちはできません。 ならば無駄な争いは避け又の機会を待とう、 というわけです。

ともあれ、これで村の衆の危機は救われました。 勿論ルネとルッキオ の評価も一変しました。 これまで役立たずゴクツブシとののしって いた人も、手のひらを返したように、二匹を褒めそやしました。

そして数日後に、彼らの存在を更に強く印象づける事件が待っておりま した。

風の谷の衆は又狩りに出ました。 この日も例によって獲物は全く ありません。 「又ボウズかい。 しょうがない、今日はこれで帰ろう」 と帰りかけた時、ナウシカが言いました。 「この子たちに手伝わせたら どうかしら?」

「このチビスケに? そりゃ無理というもんじゃ」 「こやつらでは ネズミ一匹捕まえられんよ」 「いくらサーベルタイガーを撃退した とは言っても、それと狩りとは別ものでしょうが」 村人は相手に しませんが、とはいえここで二匹を試してみても別に損はありません。

「ふんじゃやってみっか」 というわけで、ルネとルッキオが放たれ ました。 そして待つこと数分。 「やはり無理じゃったのう」と人々が 諦めかけた頃・・・

前方の草むらから出るわ出るわ、獲物が後から後から飛び出して来ました。  その後ろからはルネとルッキオが吠えながら追い立てております。  大猟も大猟、今まで経験したことのない大猟です。

山のような獲物を担いで家路についた風の谷の衆に、他の部落の人々は びっくりびっくり。 「おーい、風の谷の衆。 なんであんたの所は そんなに大猟なんだ?」 「実はこれこれこういうわけで・・・」

「ほえーー、そういうことかい。 で、その狼みたいなチビどもは何と いう生き物じゃい?」 族長のジル「うーむ、実は未だこいつらには 生き物としての名前をつけていなかった。 では、ここでわしが命名し よう。 さて、なにがいいかのう・・・ おおそうじゃ!  こやつらは「いぬと困る」から「イヌ」と名付けよう

さあて皆様方よ、これぞ「犬」という名前の濫觴でございます。  ご静聴ありがとうございました。 お後がよろしいようで・・・


といったようなことが、犬としての起源ではないかと私は想像している。  (アニメ仕立てについてはご勘弁をm(__)m) 



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