repo 遠くへ行きたい その3 遙かな夢、北の旅

30年以上前のことだが、8月下旬から9月始めにかけて、道東と道北を中心 に、2週間程かけて北海道を車で旅したことがある。 車にキャンプ道具 を積込み、時には車の中で寝泊まりをするという、登山の延長のような 一人旅だった。

それは全てが美しく、全てが懐かしい、遙かな夢のような北の旅であった。  知らない海をながめ、知らない街を歩き、人と会い、行き交う人もない山 道を一人走る。 そんな旅であった。

「遠くへ行きたい」を聞く時、又「風雨来記」をプレイする時、何時も脳裏 に湧き出すのは、あの夢の旅の思い出だった。

その時の印象は今でも強く残ってはいるが、映画のように連続した情景は 既に亡失し、スティール写真のような細切れの記憶となってきた。  当時の写真など残っていればいいのだが、年月が経つと共に散逸してしま い、手元には見あたらない。

それで、あの時の印象が空の彼方に飛び去ってしまわない前に、「私の 遙かなる夢の旅」を書き記しておこうと思い立ったのである。 誰の為 でもなく、私自身の為に、若き日の残影の為にである。

この時の旅では、阿寒や層雲峡などの有名観光地には取り立てて思い出は ない。 楽しい懐かしい思い出が残っているのは、ガイドブックにはあま りのっていないような所ばかりだった。

当時の私は登山やイワナ釣に明け暮れるアウトドア派であり、この北の旅 もキャンプや車の中での寝泊まりを主体にしたワイルドな旅であった。

残念ながら釣りの道具は持参しなかったと記憶している。 今考えれば、 イトウ釣りにでもチャレンジしていれば、更なる思い出が残ったかも知れな い。 惜しいことをしたものだと今更ながら悔やまれる。(笑)

更に残念なことは、詳細な行程がどのようなものであったのかさえ、今 では失念してしまった。 当時はパソコンもインターネットもなかった ので、インターネットマガジンに記事をアップロードすることもなく、 パソコンに画像を取り込むということもなかった。

せめてメモ書きでも残しておけばと、これ又悔やまれるが、無精な私故それ もない。 とぎれとぎれの記憶を頼りに、ポツリポツリと断片的に残され た一齣の記憶を思い出すのみである。



8月下旬の早朝に東京を発ち、当時は仙台までしか建設されていなかった 東北自動車道を走った。 八幡平から恐山を経て青森から連絡船で函館 へ渡った。 函館山の夜景は流石に綺麗だったが、それ以上の思い出は ない。

あやふやな記憶を辿ってみると、この時のおおまかなルートは、函館− 札幌−日高平野−大雪山周辺−旭川−朱鞠内湖−サロベツ原野−道北の 峠越えの連続−稚内−オホーツク沿岸−知床半島−トドワラ−根室近辺− 釧路−襟裳岬−苫小牧−フェリーにて帰京、というコースではなかった かと思う。

函館や札幌の道南はただ通り過ぎるだけで、道東と道北の侘びしい風物 の中をひたすら走るという旅だった。

当時の北海道は現在に比べて施設設備が整っていなかったようだ。 現在 は朱鞠内湖や野付半島のトドワラ、サロベツ原野などにも、レストハウス やキャンプ場が設置されているようだが、当時はまるでなにもなかった。  朱鞠内湖でさえ、トイレ一つなかったのだ。

無論層雲峡や阿寒など有名観光地は、当時からそれなりの設備があったが、 無名或いはあまり有名でない所には、設備や施設は何一つないといっても 過言ではなかったと記憶している。



♪ Almost Heaven West Virginia ♪

最初に脳裏に浮かんだのは、日高山脈の山麓の光景だ。 あれは更別あ たりではなかったか。 空の彼方に日高山脈が雄大にそびえ、その麓に はまるでヨーロッパアルプスのような緑の丘陵が緩やかに波打ち拡がる。 

そして道の両側には「雄々しくそびえるエルムの梢」が連なる。 北大 予科寮歌そのままの景観だった。

取り立てて有名な観光地でもないこの風景、阿寒や摩周以上に鮮烈な印象 として記憶に残っている。 内地では絶対に見ることが出来ない、全く 日本離れした光景に、若き日の私はしばし恍惚として時の経つのも忘れ た。 その私は、今では「恍惚の人」となりつつあるが・・・(笑)



♪ The Little Cabin Home On The Hill ♪

現在の朱鞠内湖にはキャンプ場があり、売店は勿論シャワー室やコイン ランドリー迄あるそうだ。 しかし30年前の朱鞠内湖にはまるでなにも なかった。 売店もホテルも人家も、人の気配を感じさせるものは何一つ なかった。

あるのは黄昏の光にそびえる展望台。 およそ三階建てのビル程の高さの 展望台に登ると、晩夏の夕暮れの弱々しい光が、湖面のさざ波にかすかな きらめきを見せる。 風は夏とも思えぬ程冷たく、数分で鳥肌が立った。  見渡す限りの森と湖。 私以外には誰一人としていない。 聞こえるの はただ吹きすぎてゆく風の音だけ。

そしてもう一つだけ人の息吹を感じさせるのは、杜の中に置き忘れられた ような一台のバス。 勿論エンジンは外されていて動きはしない。 これ がキャンプ場の替わりということらしい。

その中で一人食事をしていると、二人連れの男女が入ってきた。 彼ら も車で北海道を旅しているという。 男の方は音楽家の卵ということで、 安ウイスキーを酌み交わしながら、音楽の話に花が咲いた。

宴が果てると、彼らは車に戻ってそこで寝るという。 私は一人でバスの 床にシュラフを広げ、風の音を聞きながら眠りについた。



♪ The Boquet In Heaven ♪

旭川郊外でけったいな人に出会った。 中年をやや過ぎた位のオッサン だが、かなりよれよれの服装でむさ苦しい風体と言ってよく、ありてい に言えば相当怪しげに見えた。 そのオッサンに、いきなり「にいちゃ ん、アイヌの墓を見たいか?」と聞かれたのだ。(笑)

「見たいです」と答えると、「ならついてきな」との答え。 少しく アルコールが入っているようだが、当時でさえ美青年でも美少年でもな かった私を、ホンコンにたたき売るということもあるまいと、のこのこと ついて行ったのだ。

林の中を歩くこと暫し。 旗やら木の標識?のようなものが立ち並ぶ ちょっとした広場に出た。 オッサンの言によるとここがアイヌの墓場 だという。

まことに残念ながら、その旗や木の標識状のものについて詳しい記憶は ない。 その広場について、なにやらエキゾティックでもの悲しげな印 象が残っているだけである。

オッサンに礼を言って車に戻り、私は一人旅を続けた。



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