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既に確立していて万人に異論のないような理論、研究については、「トンデ
モ説」は発表しにくい。 例えばe=mc2(一石おじさんの数式のつもり)にたて
つこうとするなら、これは大変な覚悟がいる。 覚悟だけでなくガクシキも
タップリと必要だ。 どれも簡単に身につけられるものではない。
しかし歴史、特に古代日本史では、大分事情が違う。 文献資料が少ない上に、 その資料が極めていい加減、と言って悪ければ、どのようにでも解釈できる「ノ ストラダムス」風のものが多い。 だいたい実証不可能な神話伝説の類を、ど うやって証明するのだ?(^^; せいぜいが、「A書にあった事柄がB書にもあっ たから、それは事実だ。」という程度のもの。 B書だって信用出来ないのだ から、A書だっていい加減ということだってままあるだろうに。 最も確実な実証方法は、「A書の記述通りの場所を発掘したら、記述通りのも のが出てきた」ということだろうが、こんなことは滅多にない。 ほとんどの 場合、位置が書いてなかったり、書いてあっても実際の地理と違っていたり、 既にでっかいビルが建っていて発掘不能だったり、やんごとなきあたりから発 掘を禁止されたり、地面を掘っていたら「勝手に人の土地を掘るな」と ヤクザにおどされたり、果てはほっくりかえしても何も出てこなかったり、 やっとこさ何か出てきたと思ったら、それは細長いゴム製品(それも使用済み!) であったり、さんざんである。 こんな具合だから、歴史学者でも研究者でもないタダのオジサンでも、「ここ はこう解釈する。 ここの記述の意味はこのようなものである。」と、いくら でも好き勝手を言える。 実に有り難い状態でございますなあ。 私のよ うなト説好きがこれを利用しない手はない。(笑) 以下もその一例である。 以下はある人物から聞いた話である。 この人物の名前は勿論、職業も年齢 も公表できないが、決していい加減な作り話をする人ではない。 社会的 地位も高く、人間的にも充分信頼できる人物である。 どのようにしてこの人がこの情報を得たのかも、ここには書けない。 それを書くことによって、この人物を特定する手がかりになっては 困るからである。 只、たまたまこの種の情報を知ることの出来る位 置にいた、とだけ書いておこう。 なんでそのような人物が、お前のようないい加減な人間に、この種の 極秘情報を漏らしたのかって? それはまあ、世の中色々ありますわ な。(笑) たまたま会食した際に、ほろ酔いとなったこの人が、「こ れは外に漏らされては困りますが・・・」と前置きした上で、話して くれたものである。 よって「外に漏らす」為には、不本意ではあるが、ここでは私の創作 による「フィクション」という形で発表せざるを得ないのである。 オーパーツというものがある。 超常現象に多少で も興味のある人 なら知らない者はないという、有名なものだ。 南山宏氏の一連の 著作を読んだ方もおられるだろう。 定義としては、「発掘された当時の時代の技術的水準を、遙 かに超えた物件(遺物)」ということになる。 例を挙げれ ば、前2世紀の遺跡から 発掘された動力グライダーの模型などがある。 当然前2世紀にグライダー などあるわけがない。 おまけにこの模型は、機体後部にエンジンとプロ ペラを装着して推進する「推進プロペラ」方式のグライダーに酷似してい る、という調査結果も出た。 前2世紀にそんなものが存在するわけがない。 ないから「オーパーツ」 なのである。 はっきり言って筆者はオーパーツなどというものは信じない 。 オーパーツ に限らず、全ての超常現象を信じない。 「ナスカの遺跡は宇宙人の 航空標識だ」という、スイスのホテル屋の説など、馬鹿らしい限りだ。 マリア・ライへ女史の研究により、ナスカの地上絵の作成方法は既に明か にされているし、そこには超常現象やエイリアンなどの入り込む余地は 全くない。 黄金のデルタ翼ジェット機の模型にしても、単に後生の我々から見て そのように「も」見えるというだけのことである。 要は、無理矢理 こじつけようとすれば、猫を犬ということだってできる、ということ だ。 このように超常現象や「The Truth Is Out There」的な話は頭から 信じない私であったが、あの夜聞いた話は真実のものであると確信 している。 何故なら・・・ 私は見たからだ。 自分のこの眼で。 あれを。 この話の証拠にと、あの人が見せてくれたものを。 現在最高の 科学をもってしても、絶対に作成しえない、いや想像すらすること のできないものを・・・ 日本には現在未だ調査されていない古墳などが相当数存在する。 その代表的なものは纒向古墳群であり、箸中山古墳(伝箸墓) 全長280m、 纒向勝山古墳全長100mの前方後円墳、纒向矢塚古墳 全長96mなどである。 いずれも4世紀前後の大規模な墳墓だが、これらの墳墓は宮内庁により 「陵墓」(大王の墓)に指定されており、「個人の葬墓である」という 理由により、学術調査は全て拒絶されている。(ということになってい る。) しかし、実際にはこれらの古墳には調査の手が入っていたのだ。 どのような機関が何時どのようにして、ということは不詳である。 残念ながら私はそれを知りうる立場にない。 何故その調査の結果が公表されなかったのか、という疑問に答えるの は簡単だ。 それらの遺跡の中にあった「もの」が、余りに衝撃的で あり、現実を越えた存在であった為である。 こんなものを一般に公 開したら、国内問題だけなく国際的な問題にさえ発展するだろう。 伝え聞いただけの筆者にさえ、それは容易に想像できる。 遺跡の中には、人の願いをかなえる「もの」があった。 その「もの」に思念を凝らせば、どのような願いでもかなえられるのだ。 この現実の人生に絶望した者には、なにものにも代えがたいものだ。 しかし墓の中は不可思議な迷路になっており、不条理で超自然的超科学的な トラップが随所に仕掛けられている。 一見なにもない空間に足を踏み入れ ると、一瞬にして胴体が切断される。 不用意にドアをくぐった瞬間、人体 の中身が裏返しになり、無惨な死を遂げる。 今いる所から一歩足を踏み出 した途端、とんでもない場所へ転送される。 その他にも、その動作原理が不明なことは勿論、トラップに陥った場合の 結果さえもわからないような陥穽が至る所にある。 その場所に立ち入っ た者は、何処へともなくただ消えてしまい、遺跡中探しても痕跡さえ 発見できなかった。 今日に至るまでこれらの人々は一人として発見 されていない。 最初にこの遺跡の調査に入ったパーティーは、只一人を除いて全員が未帰還 となった。 危険な敵に襲われたわけではない。 全てこれら のトラップによる被害だった。 この生き残りの隊員は、過酷なサバイバルに耐え抜いた結果(かどうかは 本当のところ不明だが)、これらのトラップを「ある程度」見破る能力を 得たという。 これについても、私にはそれが真実なのかどうかを判断 する能力も情報もない。 そして、その後の調査隊には、この生き残りの一人がガイドとして同行 することによって、ある程度の安全性を確保することができた。 勿論 全てのトラップを回避することは不可能なので、調査の都度数名の犠牲 者が出たそうだ。 墓の中の所々には、現代の最高水準の科学をもってしても、全く解析の不可 能な器具?が落ちており、これをしかるべき国家機関や企業、或いは好事家 に見せれば、彼らは驚喜の泪を流し、これをあがなう為には天文学的な巨額 の出費をもいとわぬであろう。 例えば、外見は何の変哲もない金属製の壺状の容器 がある。 しかし中を覗 くと、中には虚無のみがある。 何処までも果てしない虚無・・・ 中が暗 いというのではない。 その容器の中には、ただただ何も存在しないのだ。 壺の金属がどのような組成であるかは不明である。 分析の為にその一部を 切削することが不可能だからだ。 現代最強のダイヤモンド工具をもってし ても、この金属には髪の毛一筋程の傷さえ付けることができない。 しかも この壺は驚くほど軽く、外見が金属状でなければ、木製或いはプラスティッ ク製と間違えそうだ。 この壺?の実用性は皆無だが、欧米の富裕な超自然現象愛好家にこれを 見せれば、彼ら は欲求不満の余り涎を流して悔しがるだろう。 彼らの持っているどんなレ アアイテムをもってしても、この容器?の値打ちには足下にも及ばないから だ。 この壺?の中に手をつっこんだらどうなるか? 私には試してみる勇気はな い。 もしあなたにその勇気があるのなら、私はあなたに満腔の敬意を表す る。 敬意を表すると共に、自分にその勇気(蛮勇)がなかったことを、神 に感謝する。 あなたの手は、もう二度と戻ってこないだろうから・・・ 又例えば、一見青いリボンのように見えるもの がある。 リボンのように見 えるだけで、勿論リボンではない。 リボンどころか、この世にある何もの とも思えないものだ。 リボンは幅数センチ、長さ約1メートル強の、向こう側が透けて見える程薄 い生地?でできている。 重さは不明だが、手に持った感触では、僅か数グ ラムであろう。 重さが不明というのは、このリボンをどのように精密な秤 にかけても、重量が検出できないからだ。 理由は全く不明である。 リボンの重量(質量)が検知できなくても実体は存在する。 手で触ればそ れはそこにある。 ザラッとした繊維とも金属ともつかない感触だ。 このリボンを何かの非生物の物体(例えば自動車)に投げかけると、リボン は瞬時に見えなくなる。 見えなくなっても存在しなくなるわけではない。 自動車に手(手だけではなく、現在その生物が生きているなら、生物のどの 部分でもよい)を触れれば、自動車は重力がなくなったかのように宙に浮か ぶ。 押してやれば静かに押された方向へ漂ってゆく。 まるで無重力空間 にあるように・・・ 自動車を強く押さえると、自動車は地に落ち、リボン が出現する。 自動車にはなんの変化もない・・・ 現代物理学の法則と矛盾しまくるこのリボンの効能?を見たら、アイン シュタインはその豊かな白髪をかきむしり、ホーキングは車椅子から転げ 落ちることだろう。 もし、このリボン?を大量生産できれば、重量物の輸送手段に革命が起きる。 重量50トンを越えるM1エイブラムスでも、重量は事実上ゼロとなり、 セスナ1機でM1数台を引っ張ってゆくという、ファンタジー映画のよう な幻想的なシーンが実現できる。 ペンタゴンはどう思うだろうか? 残念ながら、このリボンの生産は全く不可能である。 100年たっても同 様に不可能だろう。 質量さえ検出できないものを、どうやって生産すると いうのだ? そして、この遺跡で最も重要で最も不可解なものが、「人の願いをかなえる もの」だ。 形状は不明である。 不明というより「不定」と言った方が 正しいのだろう。 見る人により、見る角度により、それを見た瞬間によ り、様々な形状に見えるという。 ある人は「書物のように見える」と表現し、ある人は「南極の空に揺ら ぐオーロラのような」と文学的な描写をし、又ある人は「瓢箪で作った 仏壇のようなもの」と、わかったようなわからぬようなことを言う。 要するに、この世にある何ものにも似ていて、何ものにも似てい ない、ということらしい。 当然ながら、当初は「それ」がどのような機能を持つものなのか、全く 不明だった。 その機能が判明したのは、全くの偶然からで、ある調査 隊員が「ここは暗いなあ・・・」とつぶやいた時であった。 次の瞬間、遺跡の中が光に満たされた。 白熱電球とも蛍光灯とも違う、蛍の光の冷たさと太陽光の熱さとを併せ 持つ、何とも表現のしようのない不思議な光だった。 しかも、どのように精密な測定器具を持ち出しても、その光のスペクト ル分布は測定不能だったという・・・ 誰がいつ何のためにこのような器具?を置いていったのか、全く不明である。 しかし、「充分に発達した科学技術は、魔法に等しく見える 」という言 葉がある。 英国のSF作家アーサー・クラークの有名な一文だ。 これらの器具?は、或いは、人類から見れば神に等しい程の科学力を持つエイ リアンが、ある日地球を訪れ、そしてピクニックを楽しんだ後、投げ捨てていったものであろうか。 4世紀の路傍のピクニック・・・ この話をしてくれた人物は、話の最後に私にあるものを見せてくれた。 その「あるもの」をどのように表現したら 良いのだろうか。 それは書籍のようにも、オーロラのようにも、瓢箪で 作った仏壇のようにも見えた。 しかし、それらのいずれとも似てい なかった。 そして「それ」を見た私は願った。 私も4世紀の陵墓のオーパーツを 見たいと・・・ ひたすらそう願った。 |