アジア通貨危機クロニクル

1997年
1月23日


韓国大手製鉄会社HanboSteel Corp.がローンをデフォルト

5月中旬

タイバーツが欧米の投機筋に売り浴びせられ、タイとシンガポール通貨当局が協調介入に踏み切る

6月19日

タイ蔵相Amnuay Viravan辞任

6月30日

ChavalitYonchaiyudhタイ首相が通貨切り下げの観測を前面否定

7月2日

タイバーツの管理フロート制移行を発表。一日のうちに、1ドル24.5バーツから29バーツに切り下げる

同時に国際通貨基金に金融不安を静めるための技術支援を要請

7月14日

国際通貨基金がフィリピンに11億ドルの支援を実施。

8月11日

7月後半から加速していたアジア通貨のスパイラル的な下落に対抗するため、国際通貨基金、世銀、アジア開発銀行、日本、中国などが震源地のタイに向けて172億ドルの協調支援を約束

8月14日

インドネシアが変動為替制に移行

9月20日

国際通貨基金・世銀の香港総会でアジア通貨危機が主要な議題に。投機家を批判するMahatirマレーシア首相と、ヘッジファンドの雄として名を馳せているGeorgeSolosがそれぞれ講演を開き話題を呼ぶ。アジア通貨基金への期待も高まりはじめる。

10月8日

インドネシア政府が国際通貨基金の支援を仰ぐことを決定

10月後半

香港株式市場が急落。ドルとのペッグ制を堅持している香港ドルが大きく売られ、金利が高騰。株式市場に大きな影響を与える。HangSengインデックスは一日で23%下げる局面も。

時期を同じくして韓国ウオンも下げ始める

10日31日

国際通貨基金主導のインドネシア向け支援約400億ドルが固まる。

11月18日

韓国ウォンが対ドルで1139まで下落、年末にかけて1800まで下げる。

11月21日

韓国政府が国際通貨基金への支援要請の必要性を確認

12月4日

国際通貨基金が、短期対外債務の返済に必要な外貨を充填するため韓国に対し210億ドルの緊急ローンを実施。

12月18日

日本銀行が韓国に対して12.8億ドルのブリッジローンを提供

12月26日

韓国ウォンが対ドルで前日比31%高い1400に上昇。株価も7.2%上昇し、376まで回復。通貨危機の焦点が再びインドネシアに戻る。

1998年
1月6日

インドネシアのSuhart大統領が1998年度に向けて拡大財政を打ち出したのをきっかけにルピアが急落。
ドル10000ルピアに。国際通貨基金からの支援が受けられなくなるのではないかという懸念が高まった結果。

1月15日

Suhart大統領が国際通貨基金のCamdesus専務理事に対しIMFの管理下で緊縮財政を遂行することを約束。

1月22日

Suhart大統領の経済改革に対する不安からルピアが売られ、15500まで下げる。

経済企画庁がアジア通貨危機が1998年度の日本のGDP成長率を0.5ポイント下げると発表。

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