宿命や運命によってではなく、意志の力によってのみ人生を切り開こうとした
最もアメリカらしいアメリカ女性の物語

「ニューヨーカーとわたし 編集長を愛した四十年」

リリアン・ロス著

 アメリカで発売されている文芸週刊誌「ニューヨーカー」。ここから、アーウィン・ショウ、J.D.サリンジャー、ジョン・アップダイクら素晴らしい作家が生まれた。その「ニューヨーカー」編集部を舞台にした、自伝的ノン・フィクションが本書である。著者のリリアン・ロスは「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターであり、しかも2代目編集長のウイリアム・ショーンとの許されない愛を貫いた女性でもある。
 日本版の帯では「不倫の日々」の文字が躍り、ロマンティックな女性読者はさぞかし胸をときめかせことだろうが、アメリカ文学やアメリカ映画に心酔したことのある人間なら、胸ときめかすどころではない。なにしろウィリアム・ショーンといえば、サリンジャーの著書で献辞を捧げられた名物編集者だ。また、当のロス女史はヘミングウェイの人物評を書き、カポーティに「リポタージュ」の手法について示唆し、ジョン・ヒューストンやハンフリー・ボガートと友情を交わした驚くべき人物なのである。本書の中では、ウィリアム(ビル)と著者の愛の日々を中心にしながら、読者の期待を裏切らない「ニューヨーカー」を取り巻く人々のポートレイトが紹介されている。
 チャップリン夫妻と毎日テニスをしたこと、ノマーン・メイラーと意見を交換したこと、トリュフォーをパリの撮影所に訪ねたこと。およそ事実についてなんらかのことを書きたいと思っている者なら、羨望を抱かずにはいられない日々が綴られている。その中で、ロス女史は自らの愛についても、冷静に、公平にルポルタージュしている。文章の中で「わたしはありのままの現実こそ素晴らしいと思っている。ほかに大事なものなど、本当のところ、ありはしないのだ」と強く語っているように彼女の筆は時に冷徹だ。特にウィリアムの死に際してのロス女史の記述は圧巻である。扇情的な言葉を一切使わずに、これほど読む者の感情をかきたてる手法があったのか、と驚く。詳しくはぜひ読んで確かめてほしいが、ジャーナリストとしてのロス女史の面目躍如といったところだろう。

 ロス女史は自らの働きによって女性記者の座を手に入れ、妻帯者であったウィリアムを愛をもって受け入れることに決め、「素晴らしい国」ノルウェーから養子を迎えることを選択した。そして、自分の人生を決して後悔していないという。彼女の生き方には賛否両論あるであろうし、私自身は正直なところ、不倫の愛に賛成でも反対でもない。しかし、自らの意志によってのみ人生を切り開いてきた人間のエネルギーに感動を覚えずにはいられない。これが自由の国・アメリカの神髄であり、彼女の物語が「ニューヨーカー」を舞台に繰り広げられたということが、実に象徴的だと思うのだ。