| 『天皇教的精神風土との対決 「討論塾」―その理念と実践』 竹内 芳郎/著 ●本体3800円+税 A5判並製/450頁/ISBN 4-88303-059-8 討論なしに民主主義はありえない。哲学者・竹内芳郎と「討論塾」塾員たちが天皇制・人権・「平和憲法」・戦後補償・マルクス主義などをめぐって真の討論を模索した10年の軌跡。 目次
1 理念とその実践(討論塾開設に向けて討論塾・塾則塾報からの断章)
2 挫折とその教訓(第一次事務局を担ったXA氏らの場合
第二次事務局を担ったXG氏の場合
第四次事務局を担ったYB氏の場合)
3 主題とその深化(天皇制(教)論
「平和憲法」再考 マルクス主義論 ほか)
4 時代認識(現代民主主義をめぐって 沖縄問題について 比較文明論から見た現代文明の課題
ほか)
【読み始めの感想】=紹介者(著者主宰の討論塾事務局担当者)へのメールより
福地さん、根角香織です。過日は良書をご紹介して戴き、また、そのことでのメールでのやりとりでは色々とありがとうございました。ご紹介戴いている著書についての感想です。読破している段階ではないのですが、
この大人の著作にざっと目を通した段階で感じ取れたことの第一点は、我が国の風土として天皇制による呪縛から解き放たれるということが如何に困難なことかということでした。
それは摩訶不思議なことにMassMediaにおいて顕著であること。日頃は個人の自由や尊厳を標榜する国民の代弁者のようでありながら、一旦、皇室に関する行事などがあると、活字や映像を駆使し、国民に対し畏敬の念を煽るかのような報道姿勢は過去における状況下と同様に思えるばかりか、むしろ、当時のような圧力がない現代において何がそうさせるのか、当時のような状況、背景がない現代においてのことと思えば、その点では当時より今の方が天皇制の時代ではないか、そのことを強く感じざるを得ないといったところです。
第二点、日本人の言語のあり方において、討論のあり方までが混乱しているという指摘があることは、まさに現在の民主主義の混乱にも関係しているようなことだと思えることです。この点は福地さんの修士論文のテーマでもある「言語権に関する理論的考察」http://www.asahi-net.or.jp/~yh8t-fkc/shuron.htmlにも関係することでありますが、言語に関するかぎり原語の持つ意味の重要性について問い質されているように感じました。
この本は暇暇にじっくり何度も繰り返し読む積もりです。それは、その都度のテーマにして一回きりのテレビや雑誌の対談や討論会記事とは比較にならないほど読み応えがあり、自分にとっても新しい発見になりそうなことですから。
|