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<掲載 -0093>
 
<平成14年5月23日掲載>
 
<あるMLでの憲法論議より>
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 ○○さん、根角香織です。レスありがとうございました。

  憲法論議をタブー視する必要はないと思いますので、ドンドンやっても構わないのではないかと思います。例えそれが9条(戦争の放棄)や1条〜8条(天皇)のことであろうとも。憲法や法律を制定したり改定したりすること、仮にそのための討論や議論を交わす中で異分子排除の集団同調主義が罷り通れば、それこそが民主主義を否定することになります。

 徹底した議論や討論は自己学習になるばかりか、そのことによって自身の間違いを正すことができたり、進むべき正しい方向性が見えて来たり、そしてそのことが自己の確立(アイデンティティ=人格における自己同一性の確立)を目指すことになるのではないかと思います。

 議論のあり方としては、何れが正しいかが最初にありきではなく、また雄弁であるかそうでないかも関係ありません。互いが自分なりの理論と実践を踏まえての異論を戦わせながら説得力を高め、徐々に真理に近づくという手法が民主主義にとって大切なことであり、また、そのプロセスを一歩一歩踏みながら、できるだけ多くの国民、市民が参加することが重要なことではなかろうかと思います。

 とかく専門的なことは専門家に任せておけば良いというのは、それは民主主義のことも権威に任せきりに成り易く、学者などの権威者が、国が、政治家が、官僚が考えるだろう、してくれるだろう、だが不満がある時は、国が悪い、政治家が悪い、官僚が悪い、社会が悪いというようなことになりがちです。

 このように国民自身がその立場の者(専門家、政官界などその役職にある者)にのみ依拠しすぎると、それはとかく一部の者だけの特権化を許すことになりやすく、その特権化した意思決定機関と国民の意思が乖離した場合、今度はエリート(専門家)と一般大衆(非専門家)という対立軸とは別に一般大衆(非専門家)を代弁する者同士の対立軸ができやすく、以後は権威を争っての利害調整だけのことで時間を費やすにことになりやすく、何事も主権在民でいうところの当事者である国民の視点に立って、原点から見直すということにはなかなかなり難いのがこれまでの歴史の流れを見ても明らかですから。

 平和な国、民主主義の国を築くには、何事も老若男女を問わず、学歴や経歴なども問わず、一人でも多くの国民が思考し、議論し、また人から教わるばかりでなく、機会あるごとに自己学習し、参加し、誰もが互いに意見を交わすことができるようになることが先決であると思います。

 その国の進化は、結局のところ国民の見識の度合いによってでしか測ることはできません。民主主義でいうところの社会正義のことも、その総量の拡大に寄与できるのは、何も政治家や学者、法曹、その他有識者と言われる者だけの役目ではなく、その一番の役割を果たしているのは、結局のところ、市民であり、国民であると思います。その国民、市民がただ生活のため労働のことだけに追われている間は(過去の歴史に見るように)暴動や一揆は起こせても自らが思考し、自らの知恵で平和裏に民主主義を勝ち得ることは容易なことではないと思えます。

 願わくは、○○さんのように、今後においても、一つ一つ素朴な問題提起手法ながらも議論できるテーマを提供して下さる方が一人でも増えることを期待する次第です。

         根角行政書士事務所
  広島市安佐南区八木3−34−4−202
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          kaori@hsa.att.ne.jp
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001 02/05/21 『天皇教的精神風土との対決 「討論塾」―その理念と実践』 竹内 芳郎/著 ●本体3800円+税 A5判並製/450頁/ISBN 4-88303-059-8 討論なしに民主主義はありえない。哲学者・竹内芳郎と「討論塾」塾員たちが天皇制・人権・「平和憲法」・戦後補償・マルクス主義などをめぐって真の討論を模索した10年の軌跡。

目次

1 理念とその実践(討論塾開設に向けて討論塾・塾則塾報からの断章)
2 挫折とその教訓(第一次事務局を担ったXA氏らの場合 第二次事務局を担ったXG氏の場合 第四次事務局を担ったYB氏の場合)
3 主題とその深化(天皇制(教)論 「平和憲法」再考 マルクス主義論 ほか)
4 時代認識(現代民主主義をめぐって 沖縄問題について 比較文明論から見た現代文明の課題 ほか)

【読み始めの感想】=紹介者(著者主宰の討論塾事務局担当者)へのメールより

 福地さん、根角香織です。過日は良書をご紹介して戴き、また、そのことでのメールでのやりとりでは色々とありがとうございました。ご紹介戴いている著書についての感想です。読破している段階ではないのですが、

 この大人の著作にざっと目を通した段階で感じ取れたことの第一点は、我が国の風土として天皇制による呪縛から解き放たれるということが如何に困難なことかということでした。

 それは摩訶不思議なことにMassMediaにおいて顕著であること。日頃は個人の自由や尊厳を標榜する国民の代弁者のようでありながら、一旦、皇室に関する行事などがあると、活字や映像を駆使し、国民に対し畏敬の念を煽るかのような報道姿勢は過去における状況下と同様に思えるばかりか、むしろ、当時のような圧力がない現代において何がそうさせるのか、当時のような状況、背景がない現代においてのことと思えば、その点では当時より今の方が天皇制の時代ではないか、そのことを強く感じざるを得ないといったところです。

 第二点、日本人の言語のあり方において、討論のあり方までが混乱しているという指摘があることは、まさに現在の民主主義の混乱にも関係しているようなことだと思えることです。この点は
福地さんの修士論文のテーマでもある「言語権に関する理論的考察」http://www.asahi-net.or.jp/~yh8t-fkc/shuron.htmlにも関係することでありますが、言語に関するかぎり原語の持つ意味の重要性について問い質されているように感じました。

 この本は暇暇にじっくり何度も繰り返し読む積もりです。それは、その都度のテーマにして一回きりのテレビや雑誌の対談や討論会記事とは比較にならないほど読み応えがあり、自分にとっても新しい発見になりそうなことですから。

 
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【 更新日=2002/09/17 火曜日
 
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