Cross Road(s) Bar

M42 Jump Jacket

M42 Jump Pants

M41 Jump Jacket

M1C Helmet

U.S.COMBAT JUMP

WACO CG-4A

WACO Photo
Gallery


Garrison Cap
Airborne


Airborne
Cap Patch


Painted M1(M1-C)
Helmet


EQUIPMENTS

M-43 FIELD JACKET

M42 Jump Jacket
Mod


PARAWING

珍! USMC M-50
FIELD JACKET
空挺部隊の装備

 空挺部隊は数日分の武器弾薬や食料・日用品を持って敵陣深くパラシュート降下し援軍が来るまで持ちこたえなければならない。こんなシーンは、映画でも度々登場しています。
 ポケットにたくさんの荷物を詰め込んだその姿は、敵国ドイツ兵からは「バギーパンツ・デビル」と恐れられていた。
 一体何をそんなに持っているの? 
 ここでは、空挺部隊の装備を紹介します。基本的な装備は一般歩兵に準じているが、パラシュート降下の特殊性ゆえに特別な装備を携帯している隊員も多い。

【Boots, Jumper, Parachute】 ジャンプブーツ
 ジャンプジャケットとパンツ、M1Cヘルメット以外の特別な装備としては、ジャンプブーツが上げられる。空挺部隊が使用していたブーツは、トウキャップの付いた茶の革製の編み上げブーツで、底はヒールとソール部に分かれたツーピース、レースホールが12個あるタイプが一般的だ。(ザイズによって、11ホールや13ホールの物も確認しているので、必ずということでもなさそうだが。)支給時には革製のレースが付属で付いていたようだが、パラシュートコードを使用している例も見られる。

 メーカーはコーコラン(Corcoran)が有名だが、レッドウイング(Red Wing)などのブーツメーカーでも製造されていた。スペックナンバーや製造年が、内側に刻印あるいはプリントされているタイプもある。

 空挺部隊が使用したブーツは、米兵の間でもかなりの人気アイテムだった様で、レンジャー部隊の隊員や航空兵などに着用例が見られる。交換や様々なコネクションを利用して手に入れたのだろう。
 ソールがワンピースでレースホールが11個の、朝鮮戦争時で使用されたブーツと混同されるのでコレクターは注意が必要だ。

底はソールとヒールの2ピース構造

有名な(?)コーコラン社製のタグ
【Basic Equipment】 基本装備
カートリッジベルトをM1936サスペンダーで吊り、M1936フールドバッグ(通称:ミュゼットバック)を背負いキャンテーンやファーストエイドポーチなどを取り付けているのは一般的な歩兵装備と同じだ。(ただし一般歩兵はM1936フィールドバックの替わりにM1928バックパックを使用しているが。)使用する火器に応じて弾薬ポーチやホルスターなどをカートリッジベルトに装着している。

 写真は、カートリッジベルト・サスペンダー・キャンティーン・ファーストエイドポーチ・ミュゼットバックのベーシックな空挺隊員の装備だ。
【Assault Gas Mask】 アサルトガスマスク
 大戦が勃発するとドイツ軍は毒ガス攻撃を仕掛けてくると考えられていたので、当然空挺隊員もガスマスクを携帯していた。M5ガスマスクは、フィルターを左の頬部分に直接付けることで長いホースを廃し、運動性能を格段に向上することができた。ケースはゴム引きの防水性があるM7キャリングバッグに収納され、空挺隊員は腰にぶら下げていることが多い。
 アサルトガスマスクは空挺隊員の他にも、ノルマンディーの第一波攻撃隊に支給されていた。装着は両腕をストラップに通し胸の前に付けていたが、防水カバーが浮き袋になってしまい上陸時のバランスを取るためだったという。空挺隊員には身に付ける物が多すぎて胸に装着することは物理的に不可能だった。
写真7 アサルトガスマスクは、運動性能に優れノルマンディー上陸部隊の第一派に支給された。
【Gas Detector Armband and Arm Identifisation Flag】 ガス検知腕章と識別フラッグ
 またジャケットの左袖には「ガス・デテクター・アームバンド」、右袖には識別用のアームフラッグを付けていた。ガス・デテクション・アームバンドは毒ガスを検知する塗装が施されており、変色することで毒ガスの存在を知ることができた。初期の頃にはヘルメットにその塗料を迷彩状に塗り分けていた。(映画「プライベートライアン」でミラー大尉が上陸時に付けていたのだコレだ。)
 闇夜に紛れて空から降ってくる兵隊。彼らが敵なのか味方なのか、ノルマンディー地域の住民はさぞかし驚いたことだろう。そんな時のために、左袖に国籍を表す国旗を付けていた。素材は、ガーゼ地にプリントした物や、オイルクロスにプリントした物などがある。この習慣は大戦後も続いていて、グラナダやパナマ、湾岸戦争でもアメリカの国旗を縫いつけている。大戦中は「連合軍はこんな格好をしている」なんてビラも作られていた。
写真8 毒ガスを検知すると色が変わる腕章(右端)と、国旗を袖に付けていた。オイルクロスにプリントした腕章タイプ(上)や、シルク生地(下)やガーゼ(袖に縫いつけられている)にプリントした物が使われた。
【Glove, Horshide, Riding】 乗馬グローブ
 ジャンプ時には、グローブをしている隊員も多かった。特別に支給されていたわけではなかった様で、各自思い思いのグローブを使用していた。中でも格好いいのは、限定採用の明るいタンのグローブだ。タイプは大きく分けると、調節用のバックルが付けいた物とないもの。バックルのタイプにはライナーのあるある物とない物がある。
左:ライナーのないライディンググローブ(Stock No, 73-G-22010(Large sizeの場合) Spec:CQD100A)
右:ライナーのあるライディンググローブ(Stock No, 73-G-21398-73-G-21410 Spec:CQD37)
【Compass】 コンパス
 空挺隊員が使用したコンパスにも数種類ある。通常のコンパスを専用のポーチに入れてカートリッジベルトに吊り下げるタイプ。このケースは湿り気がある防水素材で作られている物も多い。また工兵が使用するリストコンパスは、皮や布製のベルトで大きめなコンパス本体に通し腕やストラップに巻き付けて使用した。メーカーは茶色の本体のTaylor社製(オイルが中に入っている)や、明るい茶色のSuperior Magneto社製(オイルが入っていない)などがある。それ以外では、WALTHAM社製の腕時計タイプの物も使われた。

 写真解説:Taylor社製で中にオイルが入っている(左2つ)、Superior Magneto社製で中にオイルが入っていない(左から3番目)。コンパスポーチとレンザーテック・コンパス(右上から)、WALTHAM社製の腕時計タイプ(右下)。
【Ropes】 ロープ
 パラシュート降下の最大の弱点は、自分から着陸地点をコントロールができないことだ。従って不本意ながら木に不時着してしまうこともある。
 その時の脱出用に33フィートのコットンロープを携帯していた。ロープには2パターンあり、初期のタイプは太さが3/8インチしかなく滑りやすく確保し難かったことから、1944年の後半から採用された2ndパターンでは太さが5/8インチに変更された。比較的弛めに編まれたロープを採用したので、滑りにくく使い勝手も向上している。茶色の紙にラップされた状態で支給され、各自で使いやすいように巻き直して携帯した。
 空挺部隊の必需品(?)のロープ、1stタイプ(上)と2cdタイプ(下)。各自で使いやすいように巻き直されて身に付けていた。パッケージのラベルには、製品名/製造工場/製造年月日(1944年11月24日)/コントラクトナンバー(W-09-030 QM-1598)/スペックナンバー(6-309 Modified)/ストックナンバー(Stock No,74-R-275)/受給部名/ロープ長(33フィート)がプリントされている。
 太さ3/8インチの1stパターン(上)と、5/8インチと太くなった2ndパターンの未使用品(下)。
【Intrenching Tool, Shovel M1910】 Tボーンスコップ
 第一次大戦で使用されたM1910エントレンチングツール(通称:Tボーンスコップ)はM1943タイプの登場まで使用されていた。しかし、M1943タイプが全軍に行き渡るのはノルマンディー上陸作戦以降で、空挺隊員もTボーンの使用が目立っている。戦前の物を継続的に使用していた例もあるだろうが、【1942】【1943】など製造年が刻印されたタイプも確認されている。
 空挺隊員はジャンプ時に柄が邪魔にならないように、柄の部分を切りつめショートタイプを使用している例が目立つ。
写真12−1 通称Tボーンスコップと呼ばれるM1910エントレンチングツール。上は空挺隊員が改造して使用したモデファイのショートタイプとケース。下は1942年製の未使用品とケース。
写真13−2 柄の部分に「US」と「AMBS 1942」の刻印がある。製造年が入っているTボーンは貴重品だ。
【Knefe, Pocket M-2 Parachutist】 M2ポケットナイフ
 原型は1930年代に一般で販売されていた"ハンターナイフ"と思われる。正式にはこのタイプはスイッチブレードナイフと呼ばれ、ボタンを押すとブレードがスプリングで跳ね上がる。ブレードを固定するラッチが付いているのでポケットの中で不用意に跳ね上がってしまいことはない。パラシュート降下の際に木に引っかかった時など、不自由な状態でも片手で取り出し操作ができる。ジャンプジャケットの襟元のポケットに収納できる。
 柄の素材は、骨・プラスチック・金属などがあり、メーカーは「WALDEN」(左)「PRESTO」(右)の2社で作られていたようだ。
 作業中の脱落防止のため、柄の部分にDリングが取り付けられランヤードでジャケットに縛られていた。
【Pouch, Signal Corp,(CS-34)】 CS-34ポーチ
 革製のホルダー(CS-34)にプライヤー(TL-13A)とポケットナイフ(TL-29)が収納されたポーチで、主に通信兵や工兵などが携帯していた。カートリッジベルトに通して、腰の辺りの装着する。
写真13 革製のCS-34ポーチ。中のポケットにプライヤーとポケットナイフが収納できる。
【MAGAZINE BAG.45】 マガジンバッグ
 このマガジンバッグは短期間しか製造されなかったので、以前から稀少なアイテムだった上に、映画「プライベートライアン」でミラー大尉が格好良くたすき掛けにしていたものだから、一躍超人気アイテムにのし上がってしまった。
 トンプソンの30連マガジンが収まる長さで、1942年頃に製造されメーカーは「BOIT」と「HST Co」などが有名。メーカーによりフラップの形状とストラップに多少のバリエーションが見られ、英国製造の物も存在する。(本格的な米軍の参戦に応えイギリス国内でも多くのアメリカ軍装備が製造され、「ブリテッシュメイド」のスタンプが押されている。)もちろん映画で使用されたモノは、リプロダクション物で寸分違わずにできている。
【RIGGER MADE POUCHES】 リガーメイドポーチ
 このポーチは、多量の弾薬を携帯せねばならない空挺隊員のみが携帯していた。M1ガーランドのクリップやM1カービンのマガジンが入るポーチは、基地のリガー(整備工)によって製造された。従って同じ素材、同じ糸で作れば、識別することは不可能。もともと基地でコツコツと手作りで作った量しかないのだから、流通している殆どの物がレプリカと判断するべきだろう。
 映画「プライベートライアン」でもこのポーチを身に付けている空挺隊員がいるが、時代考証や一人一人違う装備や装着方を当時の写真から見事に再現している点が、コレクター泣かせの優れている点だ。
 
 M1カービンのマガジンならば4本収納可能。カートリッジベルトに通して使う。それらしくスペックナンバー42B15006とプリントされているが?
【PARA FIRST AID POUCH】 パラ1stエイドポーチ
 映画「史上最大の作戦」で主人公の1人ジョンウエイン扮する第82空挺部隊ベンジャミン中佐が、M1Cヘルメットの偽装ネットに付けていたのがこのファーストエイドポーチだ。
 防水製の布地でできた袋に、包帯と止血帯、それに箱入のモルヒネが入っていた。満足な医療を受けられない空挺隊員や航空兵に支給されたファーストエイドポーチだったが、誤った使い方が蔓延し、大戦後期には回収されたとも言われている。
 装着は4本の紐でサスペンダーに縛られたが、ヘルメットの偽装ネットに取り付けられたのは、映画「遠すぎた橋」が描いたマーケットガーデン作戦から記録写真で見られる。 M42ジャンプジャケットを着てゲームをする時は、くれぐれもヘルメットネットに付けないように注意したい。映画用やレプリカが購入できるが、上下に付いている切り口の位置が、微妙にずれているものがより本物に近い。
 中身は包帯、止血帯、箱に入ったモルヒネ。当然のことだが、幸運にも未使用品を手に入れても、モルヒネは取り出されている。
【CRICKET】 クリケット
 このアイテムも映画「史上最大の作戦」の中で登場しているので、ご存じの方も多いと思う。闇夜に降下した空挺隊員同士の誤射を防ぐために、師団本部はおもちゃのクリケット(子供の頃駄菓子屋で売っていたハガネがたわむと音が出る)を支給した。使い方は敵か味方か不明な場合、クリケットを1回鳴らす。それに対する答えは2回、ところがライフルに弾丸を装填する音が回数も音も似ていることから、同胞と勘違いして安心して飛び出した空挺隊員が撃たれてしまうエピソードが紹介されていた。
 クリケットには幾つかのタイプがあるようで、蝉の形をしているものやBOX型の物などがある。しかし軍が正規に製造した物ではないので、本物かどうかを見極める根拠が無く、コレクター泣かせの一品と言える。

写真5 ボックス型のクリケット。敵味方を判断するために使われたが、不幸なケースも多かったようだ。穴を開け首からぶら下げたり、銃床にテープで取り付けていた。
【LUMINOUS MARKER】 ルミナスマーカー
 これも敵味方を識別するためのアイテムだ。本隊の降下に先立って闇夜密かに降下し、本隊を誘導するパスファインダー(降着誘導員)という部隊がある。彼らはビーコン(RT-37 PPN2)で電波を発信しC47スカイトレーンを降下地点に導いた。
 周囲が敵だらけの中に降下する、それも闇夜にだ。ルミナスマーカーは蛍光物質(中身は不明だがガイガーカウンターで反応するとのウワサもある。それが証拠に、【POISON INSIDE】の表示が裏面にある。)をプラスチックと真鍮製のキャップで封じ込め、月明かりでも光り仲間に存在を知らせる。
 ルミナスマーカーの詳細は判っていないが、裏面がフラットなタイプとクリップが付いたタイプがあり、後方からの誤射を防ぐためにヘルメットの後面やジャケットの襟後に取り付けていた。前面に付けていれば「私は敵です」と知らせるようなモノだ。
 裏面がフラットのタイプは上下の穴に紐を通してヘルメットの後に縛り付けた。
【IDENTIFICATION SCARF】 パラスカーフ
 大戦も終盤になってくると、大規模な空挺作戦も減り、一般歩兵部隊と同様の作戦に参加することが多くなり、当然ながら特別扱いの装備もあまり見られなくなる。そんな中で唯一"らしい"アイテムがこのスカーフだ。
 蛍光イエローでできたこの不可思議な形をした布は、イギリス軍が使用していた降下物資に付ける識別パネルとも言われている。第17空挺師団が1945年ライン川を越えたバーシテイ作戦で、後方から目立つようにスカーフとして着用例が見られる。この作戦はイギリス軍のプランダー作戦と連動する形で実施されており、そんな流れでイギリス製の識別パネルをスカーフ代わりに用いたのだろうか。シルク製の黄色いスカーフ。縁取りは白いコットンでなされている。
【MAP/DISPATCH CASE, M1938】 マップケース
 マップケースは、3つのコンパートメント、メッセージブック用ポケットとペンホルダーが付いた本体を2個のドットボタンが付いたフラップで止める。中には地図を挟み込むブラスチック製のインナースリーブが入っている。パッド付きのショルダーベルトは、マップケース専用。このベルトが別の物に換えられて販売されている場合があるので、購入する時は注意したい。
 第二次大戦のアイテムを収集するコレクターならば、やはりカーキ装備にこだわりたい。1944年頃から装備品がカーキからODに変わり始めている。ヨーロッパの地形で目立ってしまう明るいカーキは順次変更されるが、明確にその時期は特定できない。
【FLASH LIGHT】 フラッシュライト
 空挺部隊だけが使用していたアイテムではないが、夜間活動する空挺隊員が着用している写真は多く残っている。L型の形状で後部に付いたクリップでカートリッジベルトに装着して使用された。タイプは金属製のボディーのTL-122A、ブラスチック製ボディーに変更されたTL-122B、更にスイッチが変更されたTL-122Cがある。
 たかが懐中電灯、当たり前の装備の様で市場では意外と見かけないアイテムだが、この形状は現行装備でも変わらずに採用され続けている。60年前に既に完成したデザインを持っていたと言るだろう。
 左からTL-122A、TL-122B、TL-122C。初期型の122Aが一番希少品だが、コンディションの良いライトは希だ。
【CAP, MECHANIC'S A-4】 A4メカニックキャップ
 A3メカニックキャップの冬用がA4メカニックキャップで、陸軍航空隊の整備兵が着用していた。航空隊との関わりが多い空挺隊員の中には、交換などで手に入れたA4メカニックキャップを着用している例が多い。通称ジープキャップと呼ばれているM-1941ウールキャップに似ているが、つばがないのでヘルメットの下にも装着できる便利さがあった。
【HOLSTER,ASSEMBLY,PARACHUTISTS】 グリーソードケース
 厚手のパッドで覆われたケースの中に分解したM1ライフルを収納できる。写真は2ndパターンでジッパーにより開閉、この基本デザインは戦後も長く受け継がれている。国内でも実物が納得の値段で購入できるが、裏に付いているハーネスに付ける金具が外されていることが多い。
 1stパターンはスナップボタンとクイックリリースシステムで瞬時にフラップを開けることができた。こちらは入手困難、いや国内では入手不可能と考えた方がよい。写真はジッパーで開閉する2cdタイプ。色はカーキとODのものがある。
【SCABBARD,CARBINE,M1A1】 M1A1カービン・スキャバード
 キャンバス製のM1A1専用ホルスター。ピストルベルトに通し腰から下げて使用した。降下時には下側のベルトで右足に固定できるデザインになっていたが、余り使われなかったようだ。マガジンポーチをホルスターに縫い付けた改造例がみられる。
HOLSTER,PISTOL,M-3:M3ショルダーホルスター
 本来は航空部隊の要求で作られたM3ショルダーホルスターだが、将校や戦車兵などにも愛用された。様々な物をぶら下げることが多い空挺隊員でも使用例が目立っている。
【KNIFE,FIGHTING,M-3】 M3コンバットナイフ
 1943年に制定されたM3ナイフは、革製のワッシャーグリップを持った戦闘用ナイフで、9社が1943年と1944年の二年間で2,590,240本を製造した。最も多く製造したのは「IMPERIAL」の854,015本、逆に最も少ないのが「BOKER & CO」で31,300本。アメリカのM3ナイフコレクター間では「BOKER & CO」のM3が珍重されているのは、市場の原理として当然だ。ブレードに「U.S.M3 メーカー 製造年」が刻印された初期タイプの人気も高い。初期タイプは、刻印によりブレード中央の強度が低下、折れるなどのトラブルが発生したため、刻印を浅くしたり、文字数を短くするなどの工夫がなされるが、最終的にはハンドガード部分に刻印されることになる。アメリカでは、刻印タイプ別の製造数や価格まで網羅した資料が流通している。
 同じブレードを使用したM4バヨネットは、1944年5月から標準採用になった。同時期にM1カービンにもバヨネットラグが装着される。
【SCABBARD M-6】 M6スキャバード【SCABBARD M-8】 M8スキャバード
 M6スキャバードは、M3ナイフのスキャバードとして1943年1月から採用、6メーカーで製造された。革製の鞘の両側をそれぞれ6個のリベットで止め、下部には保護用の二枚のスチールプレートが取り付けられていた。装着はダブルフックでベルトから下げられたが、空挺隊員の中ではストラップで膝元に装着しているケースが目立つ。アメリカ国内でもかなり人気度の高いアイテムになっている。
 革製で耐久性の低いM6スキャバードに代わって採用されたプラスチック製のスキャバードがM8スキャバードだ。アメリカ軍お得意のダブルフックは使用せず、ベルトに通して装着されたり、ガバメントのホルスターに通して使用している写真も見かける。M4バヨネットの登場に合わせて、ダブルクリップを追加し先端に金属製の補強を施したM8A1スキャバードが登場する。M8A1は、M5/M6/M7バヨネットの変遷に合わせ長きに渡り採用され続ける。当然現存するM8スキャバードはそれ程多くない。
 写真(右):M6スキャバード(左)には、「U.S.M6 SBL CO.1943」の刻印、M8スキャバード(右)には「USM8 B M CO」の刻印がある。1944年から登場したM8A1スキャバードはここに「US M8A1」の刻印が入る。