初日:成田→ヒースロー(ロンドン)→ローマ

飛行機は、大の苦手。悪戦苦闘した結果、一つの有効策を編み出した。
飛行機が揺れているときは、自分も適当に揺れればいいのだ。こうすると、
飛行機がどのように揺れているか分からないので、恐怖感が激減だ。
唯一の欠点は、他の客から奇異の目で見られ、場合によっては乗務員に
身柄拘束されるかもしれないことだ。

結局、家のドアから、ローマのホテルのドアまで、丸一日かかった。これは、
わざわざロンドン経由にしているからだ。その方が、航空券が安かったので。

二日目:ヴァチカンなど

ヴァチカンでは、サン・ピエトロ大聖堂の頂上まで登った。途中まで
エレベーターというものの、そこからがまた大変。その後で、ひたすら歩いた。
ナヴォナ広場、パンテオン、トレヴィの泉、コンドッティ通りと行って、最後に
スペイン広場の地下鉄駅からホテルのあるテルミニ駅まで。この地下鉄内において
連れの仲間がスリに遭う。いわく、子供を抱えたおばさんが、その子供の下から
手を伸ばし、かばんのチャックを開けていたそうだ。盗まれる前に気付いたところ
そのおばさんは次の駅で降りた。ちなみに、すぐそばには警官も乗っていたのだが。

ローマでは、見知らぬ人から「ナカータ!ナナーミ!」と声をかけられる。
今日だけで3回。もはや、日本は中田の国である。

2000年ということもあり、市街地の至る所に警察の姿が見える。が、
言葉の分からない僕らからは、ただ街中でおしゃべりしているようにしか
見えない。実際、コンドッティ通りで女3人組をナンパしている警察官3人組を、
目撃した。また、スペイン広場の階段に、一般人と混じってのんびり座っている
警察官もいれば、なぜか男と腕を組んで闊歩している警察官(犯人を連行している
ようには見えない。なぜなら、手錠をかけていないから)もいた。警察同士で
麻雀しているだけでも大問題になる日本の警察のかたがたも、一度は視察に
訪れる価値があるだろう。

前回のローマ訪問で見つけたお気に入りのピザ屋、DEL LEONCINOに、再訪。
相変わらず美味。そのうえ会計がいい加減で、本来は37,000lireのところを
35,000lireでよいと言われ、50,000lire渡したところ、15,000lire
帰ってくるはずが20,000lireも帰ってきた。「間違いだよ」と言ったにも関らず
「35,000lire」と言われ、よく分からない。結局、図らずも我々は得した。
ピザももちろん、野菜の盛り合わせもかなり美味だった。今回の旅でも文句なしに
ナンバーワンのイタリア料理屋。

ローマの町並み(守随氏も)
サンタンジェロ城

三日目:CALCIO

日曜日だからであろうか、なぜか地下鉄は運賃タダであった。というわけで、
歩く必要がない。ローマはトリノと対戦。格下相手になかなか点が取れず、
場内にイライラが募ってくる。僕の連れの守随氏のヤジ・文句も激しくなり、
穏便でない。が、後半25分くらいにデル=ヴェッキオが得点そのまま逃げ切った。
最も応援されていた選手は、ひいき目なしに中田であり改めて彼の偉大さに敬服。
ちなみに、応援歌のベースはビートルズの「イエローサブマリン」。
中田は今日の試合も、堅実、かつボールへの執着心が最も強かった。

サッカー観戦の前に、ポポロ広場の近くのトラットリアで昼食。創業百年以上の
老舗で、味もかなり良かったが、その割に安かった。ここもDEL LEONCINOと
ともにお勧めの店であるが、店名と詳細な場所を忘れてしまった。ウェイター、
ウェイトレスは二人とも美形であり、おそらく兄弟であろう。

四日目:カタコンベ、アッピア街道

カタコンベに入ると、なぜか鼻水があふれてきた。悲惨な思いで死んでいった
殉教者の悲しみの涙が、私の鼻を伝わってきたのだろうか。表に出ると、松の木が並んでいたが、
ここから花粉が大量に飛散しているのがはっきりと目に見えた。
仕方ないので、その場は息をしないで走って通過。宿に帰ってから、花粉症対策の
漢方薬を投与。
アッピア街道について言えば、予想していたような古風なものではなく、車が
容赦なく歩行者を襲う現代ローマらしい道だった。さしずめ、東海道=国道一号線
といったところであろうか。
ところかわってコンドッティ通りのプラダ、グッチでは、日本人が行列を
作っていて、イタリア人のおばさんも苦笑していた。いつまで続くのやら。

ローマにいると、突然妙な不安感に襲われる。原因の一つは、後数日でここを
離れなければいけないという寂しさで、もう一つは自分がどの時代に今
生きているのか分からなくなることによる。ここでは、古代、中世、バロック
モダンが当然のごとく入り交じっているのだ。

バルベリーニ広場

五日目:ローマ→ヴェネツィア

特急で4時間半で、ローマからヴェネツィアへ到着。今日はヴェネツィアの
カーニヴァルの最終日で、至る所に仮装した方々がいらっしゃる。夜になると
アルコールが入るので、若者熱狂度はマックスに至り、そこら中に泥酔者、
そして嘔吐物。一つ気付いたのは、嘔吐物が純粋に液体である点だ。

ローマに比べると、日本人の数はかなり少ない。カーニヴァル期間は宿代が高い
というのも理由の一つであろう。なにせ、通常の3倍である。ただでさえ、
ヴェネツィアは物価が高い。レストランの食費で考えれば、ローマの1.5倍
である。そんな中、ちらほらと八百屋の姿も見えるが、これはかなりお買い得。
メロン1キロ約170円である。日本なら、この10倍から20倍はするのでは
ないだろうか。その他の果物、野菜もかなり安く、我々はイチゴを1パック
買った。酒屋では、ヴェネツィア名物プロセッコ(シャンパンのようなもの)
が3本買うとそのうち1本タダになるというので、それを購入。3本で28,000
リラ程度。日本円にして1,600程度。安い。

ホテルについて言えば、窓を開けるとすぐそこに小道を隔てたレストランの
厨房がある。そして眼下には観光客が歩いている姿が間近に見え、それなりに
面白い。

キリスト降臨
街並み

六日目:Arsenale(旧造船所)

自分が卒論のテーマとしている旧ヴェネツィア国営造船所を見物。とは言っても、
現在では海軍の施設となっており、中に入ることは出来ないので、外から
のぞく程度。何とかして入りたいなあ、と、造船所の塀の周りをうろつくと、
ちょっと開いている扉があった。静かに開けて中を見ると、やや遠くに、
地べたに座って本を読んでいる若者がいて、彼は軍人には見えない。こいつさえ
いなくなれば、しばらくの間は潜入できるのでは、と考えたが、もし
見つかったら海軍の施設だけにややこしいことになりかねないので、おとなしく
帰った。この一帯は住宅地といった感じで、日本人の姿は全く見られなかった。
地元の人の姿も見えない閑散とした所だったが、3時になると突然人の姿が
見え始めた。どうやら昼寝の時間が終わり、午後の仕事が始まるようだ。

午前は総督宮殿や鐘楼などにも行ったのだが、当たり前のコースなのでここでは
省略。午前中の印象的な出来事といえば、アフリカ人の偽ブランド物売りが、
警察にじわじわと追跡されていたこと。あるいは、警察は別に逮捕する気なんて
無かったのかもしれないが、結果的には確実にアフリカ人達の後ろを一定の距離を
保って歩いていた。この行商は、夜になると闇に紛れてルイ・ヴィトンやプラダの
偽カバンを売りつける。

物価の高い店が多い中、旧造船所の近くや、スキオヴァーニ河岸からちょっと
はずれた所などは安い食堂が少しはあった。総じて、ヴェネツィアは東部の方が
お手軽な店が多いようだ。

軍人が旅行者の女性をナンパしているのを目撃。あっさり断られていた。

シャトー・ヴェネツィア

七日目:コッレール美術館

自分の卒論のテーマである旧造船所の作業風景を描いた16世紀の絵画と、ついに
ご対面。こんなの見て感動しているのは、私ぐらいな者であろう。彫刻類に
関しては、興味なし。つくづく思うのだが、彫刻にしても絵画にしても、本物を
それと見分けることが、良くも出来るなあ、ということ。

サン・マルコ広場にテラスを出しているカフェ・クアドリ、ここの料金は
めちゃくちゃ高い。マティーニ一杯25,000リラ。日本円で約1,400円。
東京でも見られない値段だ。ちなみにこの広場の鳩はかなり危険。餌に向かって
低空飛行でまっしぐら、人とぶつかりそうになる。イタリアは車の運転も乱暴だが
鳩の飛行もかなり乱暴。

リアルト橋
夜のリアルト橋の脇
小道
意気揚々
夜のカナルグランデ(車の宣伝を、ボートの上でやってます)

八日目:ヴェネツィア→ミラノ

ミラノは暑かった。3月中旬にして、最高気温24度。ニュースによると、この高温
でワインの質が下がってしまうらしい。こちらではまだカーニヴァルが続いている
ようで、子供が仮装し、他の子供たちにスプレーや紙くずを浴びせかけていた。

守随氏がネクタイを買いたいというので、ジョルジョ・アルマーニの店に入る。本来
ならば本店はミラノにあるのだが、そこは改装中で、代わりにちょっと離れた場所
に仮の店舗があった。久々に本物を間近に見たが、やはりあの独特の色合いは
驚愕に値する。

以前ミラノに来たときは周囲に注意しなかったが、今回来てみて分かったことは、
やはりミラノにはモダンなデザインのレストランやバー、マンションが多かった。

アルマーニ本社

九日目:スフォルツェスコ城、床屋

ミラノではおなじみの観光地、スフォルツェスコ城に行く。ここの美術館には、
私の好きな画家、カナレットの絵が二点あった。これは予想外の出来事で、
来た甲斐があった。城の庭には、相変わらずたくさんの猫が見られた。

午後は、伸びすぎた髪を切ることにした。ミラノという土地柄、カリスマ美容師
でもいるのかなあ、と思ったが、私の入った床屋はベテラン職人のいる老舗で
1904年創業、店内には著名人の写真とサインがびっしり並んでいた。これは
かなり値が張ると思ったが、カット代は3,000円程度、これは日本の平均的な
料金、しかしシャンプーに1,400円程度取られた。これが、日本の常識と大きく
異なる点であり、「ローマの休日」を見てイタリアで髪を切ってみようなんて
思った人は、十分ご注意されたい。

モンテナポレオーネ通りの周辺でも、アフリカ人が偽ブランド品を売っているのが
見かけられたが、これが一見してなかなか良い出来に見える。

夜は結局持ち帰りのピザ(ピッツァ、と言うほうが正しいが)にしたが、これが
なかなか侮れない味。しっかりレンガ製の窯で焼いていて、その過程がはっきり
見えるのも良かった。ホテルに着くまでに冷めてしまったのは残念だったが
これは仕方ない。

十日目:サン・シーロ

今日はAC.ミラン対ヴェローナの観戦。結局3−3の引き分けだが、ヴェローナは
数少ないチャンスを生かした。四面楚歌の状態でも必死に応援していたヴェローナ
ファンの喜ぶ姿に、共感。ちなみに、守随氏はインテルファンのくせして、このときだけは
ホームのAC.ミランのファンになりきっていた。背徳行為である。
このスタジアムの隣には、競馬場が隣接されている。ここでミラノ大賞典などの
大レースが開催されるわけだが、ここでトニービンも走っていたのだろう。
そんなことを考えていたのだが、ちょうどこのころ、日本ではトニービンが死んでしまった
ということを、帰国後に知った。私自身としては、後継馬のエアグルーヴに期待する。

ミラノにしろローマにしろ、大都市では、地下鉄や国鉄の中に突然物乞いが現れ、
「私はマケドニアの者ですが、とてもひもじく、子供共々食べるものに困って
います。」
などと言って小銭をせびる。意外と多くの人が小銭を差し出すが、僕はあげない。
お金に困っているのなら、全うに働きなさい。アフリカから来た人たちは、
どんなにくだらない物でも、いろいろ手を尽くして売ろうと頑張ってるよ。

あしたは帰国の日だが、最近、起床時間が日に日に遅れているので、念のため
目覚まし時計を買うことに。だが、今日は日曜日なので、電気屋は開いていない。
仕方ないので、大型百貨店リナシェンテで。ここは昔アルマーニがバイヤーとして
勤めていたところだ。なかなかお手ごろな目覚まし時計は見つからなかったが、
ついにおもちゃ売り場で発見。何と、日本のサンリオのもので、2000円くらい。
仮にも二十歳を超えた男二人が買うのは、かなりの勇気を要するが、背に腹は
代えられず、購入。その際、店員二人の動きが一瞬止まったように見えたのは、
気のせいであろうか。

謎の日本製商品

ホテルについて:

ローマ:ジェノヴァ・ホテル(テルミニ駅近く、カブール通り)

四つ星ホテルではあるが、内容は三つ星と大差ない。アメリカンスタイル。
テルミニ駅周辺のホテルは、皆平凡なスタイルが多く、ここもその例に漏れない。

ヴェネツィア:パナダ(サン・マルコ広場近く)

三つ星ホテル。アメリカンスタイルだが、部屋の内装はややヨーロピアン。
部屋に冷蔵庫やミニバーはない。我々は1階に部屋があったこともあり、小道を
往く人々の会話が間近に聞こえる。これはちょっといいかも。テレビはやや小さい。

ミラノ:メディテラネオ(地下鉄ポルタ・ロマーナ駅近く)

四つ星ホテル。ミラノらしいモダンな内装で、快適な部屋。日本で言えば、
プリンスホテルと同レベル(ショッピングアーケードなどはないが)といった
ところ。ロビーには、バーのほかレストランもあり。やや中心部から離れる。