タヒチ・ボラボラ島のダイビングショップ「ボラダイビングセンター/ネモワールド」の日本人スタッフ ひろこサンからの「ボラ便り」を
皆さんにもお伝えします!!


ボラ便りVol.13 「暑いボラ」 2009年1月6日



あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

四季のない南国では、時季のくぎりもはっきりなく、なんとなく気がつけば年があけてしまっていた、という感じです。

今年は気候が乾燥ぎみで、もう2-3週間雨が降りつづいてもいい時期なのに、いつまでも散発的な雨だけで、
すぐに強い日差しがさしてきます。といっても都会のヒートアイランド現象はありませんから、
日陰にいれば涼しい、気温30度ちょっと、水温は28-9度ぐらいです。

お客様にとっては雨が少なくて大変結構なのですけれども、本来この時期に来るべきハリケーンも過去2年たいしたものは来ていません。
お客様から聞くに、日本もヨーロッパも気候が急速におかしくなってきている模様。
歯止めがきかず、加速度的にすすむ温暖化の影響以外には考えられない現象でしょう。

先日ボラボラのメリディアンホテルにて、カメセンターの責任者セバスチャン氏を中心とした環境保護的NGO団体「ケロニア・ポリネシア」の立ち上げ式がありました。
「環境保護的」と表現したのは、実はあまり「保護」活動が中心ではないので、
まず柱になる活動は、彼の専門で、グループの名前に「ケロニア」、つまりカメの学名がつけられている通り、アオウミガメの調査・保護活動です。
代表のセバスチャンはカメと環境に関してとても熱い男です。
そんなわけで、ほかにも、、

・ ポリネシアに生息するサメの研究・調査

・ 密漁・乱獲が心配されるメガネモチノウオ(ナポレオンフィッシュ)の保護・調査

・ ザトウクジラの調査(ハワイ大学と提携)

・ マンタの調査・保護

・ サンゴの植樹など保護活動

・ 地元の子供、観光客に対する環境教育・啓蒙活動

などなど、活動内容盛りだくさんです。

私も立ち上げメンバーに入らせてもらっていますが、ダイバーとしての役割は、まず毎日潜るなかで、
アオウミガメ、ナポレオン、クジラなど見たら報告することです。アオウミガメにしても、マンタにしてもここ1-2年で急激に減っています。
個体数が減っているというよりも、開発の進むボラボラから他の静かな島に移動していったようです。

環境保護と観光業とは実はなかなか相容れないというジレンマがあります。
でも、この美しい島にはぜひ来ていただきたいし、また来ていただくことで、この南の楽園がみなさんとは全く関係のない場所ではなくなり、
この島をできるだけ長くみなさんの思い出のなかにある姿のままに保つために、力を貸していただけるのではないか、と思っています。

話はまた戻りますが、雨季に来ざるをえないお客様へ。ボラには川がないので、雨が降っても透明度にたいした影響はありません。
いるお魚も同じです。雨季でも乾季でもダイビングは同じように楽しんでいただけます。

また雨の日こそ、ダイビングが最適なのですよ!
海のなかは雨が降りません!

一緒に美しいボラの海の世界を見ていってください。
そしてそれを守るために何ができるか一緒に考えましょう。


ボラ便りVol.12 「パス復活か?!」 2008年12月



日差しが肌に痛い、私の大好きな季節になってきました。今年の11〜12月は去年より暑いですね。
おかげで水温が上がって28度から浅いところでは30度行くこともあります。
でも日本からいらっしゃる皆様は日焼けに気をつけてください。5分でくっきり焼けます。
すでに黒い私ですら一皮むけました。ま、薄〜くですが。

ここ1年、ろくに潜ることができなかったパスが11月末からいいコンディションが一週間くらい続き、
で、潜ったら、マンタです!初日は一枚。かなり長く見ることができ、かなり近づいて、一度は真上を飛んでいってくれました。
何度見ても、やっぱりいいですね、マンタ。

やっぱりいいですね、パス。

その後も2枚、3枚見ることがありました。

優雅です。マンタ。

たいてい中から外に向かって泳いでいますが、また旋回してくるりと戻ってきたりすると、また見られて楽しみ倍増です。

マンタだけじゃありません。
ネムリブカはいつもの場所でおやすみですし、オニカマスの群れ、ギンガメアジの大群トルネードが迫力だし、
またドロップオフ沿いにはハタタテダイの群れがかわいいし、エントリーポイント付近でよく大きなナポレオンが見られます。
一年前の以前とほとんど変わらず、ほっとしました。

パスでまともに潜ったのはほぼ1年ぶりです。
なにが原因だったのかわかりません。でもこの一年はパスの流れがおかしく、常に中から外で、透明度が問題外に悪く、ずっと潜れませんでした。

いえ、1,2度、いつもよりはマシだ、ということで無理やりチャレンジしてみたことはありましたが、さっぱりでした。

マンタはいたのかもしれません。でも5メーターぐらいの透明度では運よくかなり近くで遭遇しないかぎり、見つけることは難しかったです。

もともと月に数回ぐらいしか潜れないポイントでしたが、今年は異常でした。
アナウのマンタも、今年の1月一週目を最後にぱたりと姿を消していました。
ですから、私もまともにマンタに遭遇したのはほとんど11ヶ月ぶりだったのです!

実はこのときボラボラの天気はよくありませんでした。
雨が約一週間つづき、いろんなアクティビティができないような状態で、でも、パスのコンディションだけが最高の幸運に恵まれていたのです。

しかし、油断は禁物。このコンディションもいつまで続くかわかりません。
その後の雨でまた透明度が落ちてきています。

また、今まで中から外への流れのおかげで防げていたかもしれない、オニヒトデのラグーンへの侵入が、心配です。
パス内ですでにいくつか目撃しました。

ラグーンのなかのサンゴ礁は外洋とは全く違って、本当に美しいのです。これだけはなんとか守らなければと思います。


ボラ便りVol.11





気がつけば、ハイシーズンが終わってしまいました。クジラの季節が終わってしまいました。

クジラとの感動的な出逢いをご報告してからもう一年がたちました。

今年は去年に比べると、目撃回数は少なかったのですが、一回一回の内容が濃かったです。

去年のように1時間も3頭のクジラを過ごすことはありませんでしたが、やはり親子が浅瀬で休んでいるところを15分ほど覗かせてもらいました。

通常子供が一緒だと母親は警戒していて、子供を隠すように泳いだりするのですが、このときはどうもお疲れの様子で、子供をほったらかしで、
底でお休みになっていました。

ほおっておかれた子供は、息継ぎを頻繁にしなければならないので、ちょくちょく水面まで上がってきては、
好奇心もあって、こちらの様子を見にきたりするのです。体のわりにつぶらな瞳をこちらに向けて、浮いたり沈んだり、回転したり、ヒレを動かしたり、
水の中をそれは気持ちよさそうに、楽しそうに、のびのびと動き回ります。

しばらくして、母親のところに下りていって、ミルクをもらっていました。

授乳して目が覚めたのか、のっそりと動き始めると、そのまま一緒に泳ぎ去っていきました。
クジラバカで、ビデオマンのサイモンがすばらしい映像を撮っています。

後日のこと、ボートのかなり前方に潮が上がったので、近づいてみましたが、深く潜ってしまったようでした。とりあえずボートのエンジンを切ると、

「みー、みー」

という声が。

「ん?子猫?いやいや、ここは外洋、海の真ん中。ん?」

クジラを見失ったと思ったのですが、そのときもまたボートに乗っていた、クジラバカで、ビデオマンのサイモンが、水に入っていきました。
入るやいなや、水面でなにやらわめきだしました。

「ま下!すぐ下にいる!」

大きなクジラが10mほどのそこで休んでいました。そしてなにごとかつぶやいているのです。

「ぼーーーーー(超低音)、みー・・・(超高音)」

猫の声と思ったのは実はクジラの声でした。

クジラ語を人間の言葉で書き表すことはできませんが、「ぼーーーーーー」というときには、こちらの体にどどどんと響いてきます。

「みー」はイルカの声をテレビなどで聞いたことあるでしょうか。あんな感じです。子猫の声です。

低音のほうは本当に体中、内臓まで、ぶぶぶぶっと振動します。ちょっとこわいくらいです。
彼は(勝手にオスだと思ってますが)どこのだれと話していたんでしょう。

最後は10月も半ば、もうクジラも去ったかなと思ったつい昨日のことです。

ハピティというポイントで、安全停止をしているとき(水深5m)、私たちから10mほど離れたところを大きなクジラが通りかかりました。
ダイバーを見て、びっくりしてすばやく去っていきましたが、こっちがもう・・・・・涙がでるほどびっくりしました!

10月現在、ボラはいいお天気が続いています。水温も少し上がって26-27度です。




ボラ便りVol.10



こんにちは。

ボラはすっかり乾季です。ときどき風が強い以外は、とてもいいお天気が続いています。水温は26度です。

6月中旬から7月下旬にかけて、ボラではヘイバというお祭りで盛り上がってました。
本当はボラだけでなく、ポリネシア全体のお祭りなんですが、まあ、私はボラのことしか知りませんから・・・。

この時期、町の広場に夜店が立ち並び、その横の観客席つき広場で、毎晩タヒチアンダンスや歌が披露されます。
ボラのような小さな島にも4−5の地区があり、ダンスなどを競い、最終日には表彰されるのです。

芸能のほかにも、自転車レース、カヌーレース、タヒチアン槍投げ競技、石持ち上げ競技などいろんな競技が日中にも行われます。

私はダンスを2つ見にいきましたが、それぞれタヒチの神話などのテーマに沿った演出になっていて、それにあわせて毎年変わる衣装がなかなか素敵でした。

タヒチアンダンスはいわゆる腰振りダンスですが、ハワイアンより、かなり早く激しいので、見ごたえがあります。

髪を長くたらして、葉っぱのスカートやティアレの頭飾りなどをまとった女性たちが、微笑みながら、上半身はゆったり、優雅に舞いつつ、腰だけがものすごく振れているのです。

男性はひざを動かします。力強いパーカッションがまたいい。

ボラでは男性ダンサーが少ないのがさびしいですが、ボラのいいところは、かなり近くで見られることです。タヒチはステージ上だそうで、遠いんだそうです。

ボラは観客席(有料)の真ん前、無料の脇席(ござで場所取り、あるいは立ち見、隙間見)でも、目の前でダンサーが踊っているのが見られます。
スナック、ゲーム、おもちゃが売っている夜店も楽しく、なんと綿菓子を見つけ、思わず買ってしまいました。

久しぶりにダイビングのお話もしましょう。

先日、ハピティというポイントで潜りました。ここはツマグロザメがたくさんいて、ナポレオンもときどき見られます。

普段は比較的静かなポイントなのですが、この日はやけに騒がしい。なんとナポレオンが大中2匹いるではないですか。しかし動きがおかしい。

よく見ると、周りにいるツマグロを追っ払っているのです。成魚でしたから、ツマグロよりも大きいのでツマグロは簡単に追い散らされていました。

ふと脇に目をやると、ウツボがいました。ホワイトマウスモレイという口の中が真っ白の小さなウツボです。
わたしが「ほらほら、ウツボ!」とお客様に知らせようと指を指した瞬間、横からパクッ!
・・・次の瞬間見たのは、そのウツボをくわえたツマグロ。それを追跡する2匹の別のツマグロ。
かれらは通常見られないようなものすごい勢いでで泳ぎ去っていきました。

ウツボを食ったサメの口元にはまだウツボの身体が半分たれていましたから、それを奪おうする殺気は喰ったサメより強かったです。
喰われたほうも、喰ったほうも、大変です。野生の世界ですねえ。

指した対象を奪われてしまった私は呆気にとられてしばらく固まっていました。

サメというのは、夜捕食行動をするものだと一般的に考えられています。
ボラでは餌付けをするので、それを食べるのを見ますが、サメの自然の捕食行為というのはいままでの見たことがありませんでした。
いやあ、ええもん見せてもらいました。

「ウツボをくわえたツマグロ、追っかけて、横取り、ねらうぞ、2匹のツマグロ♪」(サザエさん)







*ボラ便り Vol.9* (2008年5月)




こんにちは。

ここ1ヶ月は穏やかないい天気が続いてます。ボラは4月5月が一番いい季節です。
たまに雨は降りますが、何日も降り続くことはありません。水温は少し上がって28度です。

5月 はタヒチのほうではサーファーが興奮する季節です。世界でも屈指のサーフィンの大会が
タヒチイチのチョーポーで開かれます。

つわものの波乗りたちが、世界チャンピオンでさえ難しいという、かなり命がけの危険な波に挑戦します。
サーフィンの発祥はなんとタヒチだそうです。この時期タヒチにいらっしゃる方は是非見ていかれたらいかがでしょうか。
アドレナリン噴出間違いなしです。

先日、かなり濃いトレッキングに参加してきました。ポリネシア唯一の政府公認ガイドによる自然と歴史を
知るトレッキングです。
ガイドはアズディンといい、ポリネシア人でも、フランス人でもなく、モロッコ人です。

彼はポリネシア人すら忘れてしまった彼らの歴史を掘り出して、国内で発表しています。
発掘作業的なことも、ほぼ一人でやっています。彼によれば、ポリネシア人ですらそうだと信じている歴史は、
実はヨーロッパ人によって、作られたものであるとか。(これはどこでもそうですね。)

まずはポリネシア人がどこから来たのかから始まり、彼らの居住地域、生活方式、宗教などを
その跡地をめぐりながら説明してくれます。

またボラがポリネシア文化圏(ハワイ・イースター島・ニュージーランドからなる三角地帯)の中心だったといいます。
現在海辺にのみ住むポリネシア人のもともとの生活圏は山の中で(今は"タブー(禁忌地)")、木の実など森の恵みで
もって生きていたそうです。

彼が強調していたのは、いかにヨーロッパ人がもといた人々の生活を破壊し、洗脳し、その国をのっとったか、ということでした。

アメリカインディアンと同じような虐殺が行われ、かなりの人口が減少したといいいます。
(いわゆる細菌兵器ですね。病原菌を免疫のない原住民に広めちゃった。全く・・・)

最後には王の墓と思われている巨大なバンヤンの木(菩提樹の一種)に行き着きました。
この木は枝から根を地面に向かって伸ばしつつ、同心円状、さらに横に広がっていくので、「歩く木」とも言われます。

樹齢千年以上というその木はさすがにどかりと周りを圧倒し、鬱蒼としつつも結構明るいそのあたり一面に、
なるほど、聖地かもしれない、と思わせる雰囲気を漂わせてました。

植物のほうも、野生のしょうが、唐辛子、ココのデザート、胡桃など、現地人もあるとは信じなかったもの、
また、女王のハイビスカス、時計の花、そのめしべの先を傷につけるとあとが残らずすぐ直るという花、水の出る蔓など、
いろいろ面白いものを紹介してくれました。

考古学的考証は正直ちょっと眉唾もので(ポリネシア人はタイから来た!など)、まあ、話半分に聞いてましたが、
アズディンの歴史に対する情熱、ポリネシア文化に対する愛情は本当にものすごかったです。
ランチも取らずにずーっとしゃべり続けてるんですから。(教授のぐちも含め・・・)

あまり書くとアズディンの仕事がなくなっちゃうので、ココまでにしますが、また違ったボラボラが楽しめ、
ここがポリネシア人の国だと改めて認識させられました。

お勧めですが、ガイドは英語かフランス語のみです。


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