Tatsuki Yoshino
1121 Church st. #206 Evanston IL 60201-3631
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回
第11回NEW!!
第1回 BEEHIVE 某月、某日
今日も楽器を背負って、えっちらおっちらBeehiveへ、ビーハイヴ(辞書で調べてみ!)というのは、ノース・ウエスタン大の音楽練習棟の愛称。
ミシガン湖畔にたたずむRegestein Hall (小さいホールと、管打のレッスン室がある)とは10分程離れて、ほぼダウンタウンに接してる。
いつ頃建ったかは知らないけど、ツタの絡まる古い煉瓦づくりの2階建てで、なかなかいい雰囲気で「おれ、外国で練習してるんだもんね!」
という気にさせてくれるんだけど、古いだけに不具合も有って、なんと言っても冬はさむかった!
建物自体が隙間だらけで、昔のちっちゃいボイラーじゃ、暖房なんか無いも同然、なんせ外はー20℃とかだから、
たまらず新聞紙で窓に目張りして、ダウンとか着込んで、帽子もかぶってさらってる姿はあまり知ってる人には見せたい格好じゃなかったなあ。
Regestein Hallから離れてるし、ダウンタウンに近いってこともあって、学生じゃないヤツもさらいに来てるみたいで(あっ、オレもそうか!)
結構とんでもない音が隣から聞こえてきたりもする(あっ、おれもそうか!)。
学生用のパンフレットに「試験前とか、(練習室が)混んでるときに、学生以外の人が部屋を使っていたら、
どいてもらっても構いません」なんて書いてあるあたり、なかなか日本の音大では考えられんよなー。第2回 リターン オブ船越 某月某日
Beehiveでさらってると、どこからかtubaのおとがする。
ここで練習する専攻生はあまりいないから荻野君(新星日響、同じ奨学金で来てるのだ)かな、と思ったけど音の感じが違う。
気になったんで覗いてみたら、なんんと船越だった。ここは九州のくどーのページだから知ってる人は多いと思うけど、
彼は大学3年で九響に入ってその後退団してアメリカにきてもうどれぐらいになるんだろう。
彼は現在Clevelandに住んでいるが、カミサン(Vn)がクリーブランド響からシカゴ響に移ることになったんで(すげー!)
再びエヴァンストンに帰って来るのだ。会うのは2ヶ月ぶりくらい。
とりあえず引っ越しを手伝う約束をする。これでシカゴエリアの日本人チューバ吹きは5人になる。
にぎやかになりそうだ。アンサンブルでもしようかしらん(笑)第3回 エヴァンストン この題名も「シカゴ日記」だし、チャットなんかで「どこから?」って聞かれると、迷わず「シカゴです!」って言っちゃうけど、
正確にはここはシカゴでは無いのだな。
僕が住んでるのはEvanstonと言う街で、シカゴからミシガン湖に沿って北に行ったところ。惜しいところでシカゴ市からはずれてる。
シカゴのダウンタウンからシカゴ名物の「エル」という高架電車で、ごとごと、たらたら1時間位かな、
これがやたら駅が多くて急いでるときなんかイライラするんだな。
ちょうど京急の普通で品川から横浜へ、阪神電車の普通で梅田から神戸に行くようなもんか?
エヴァンストンはもともと上流階級の人たちが作った町で、ちょっと歩くと冗談みたいな豪邸がずらっと並んでいて、
「どうやって掃除とかするんだろう?」なんて貧乏くさい心配をしてしまう自分が悲しいが、ちゃんとメイドさんとか居るんだろうなー。
へたしたら「執事」なんて爺さんが出てきたりして。(まるで映画の世界だな、)シカゴというと「禁酒法」が有名だけど、
ここはそれが出来るのに大きな影響を与えた「キリスト禁酒婦人同盟」の本部があって、
恐ろしいことになんと1985年までエヴァンストンでは酒が買えなかったらしい。
プロテスタントは酔っぱらうのを罪悪視するからなー。第4回 エヴァンストンU で、なんでそんな場違いなところに、このオレが住んでるかっていうと学校があるからなんだな。
オレの先生、Rex Martinn は41歳で教授なのだ! North Western Unvは全米でも指折りの私学の名門で、
音楽の他には演劇、医学部、法、経が有名、レベルも高いが学費がこれまた素晴らしく高い!
幸いオレはF-21がなくてもVISAが取れる身分なので、晴れてニセ学生となったのであるよ。
日本で言ったらけxおうとか?Xせ田じゃないなあ、関西だったらXん学とか?、3、4代続いてNUという家も多いらしく、
おれがこっちに着いた秋には新入生帽(信じられない位恥ずかしい、黄色と青の紙風船を畳んでかぶったようなヤツ)を
被った兄ちゃんと、満足げな父ちゃん爺ちゃんなんかをよく見かけた。
そうゆう学校だから、学生も育ちの良さそうなヤツが多い。白人が大多数、黒人は殆ど見ない、代わりにアジア系がやたら多い。
3,4,世もだけど、留学生もおおい。ダメだと言われているアジア経済だけどやっぱ強いのねッて感じです。第5回 先生の家で その1 某月某日
ダウンタウンに出掛ける用があったんで、支度をしていたら、先生から電話がかかってきた。これまでにもレッス
ンの日時変更で電話をもらったことがあるので、きょうもてっきりそうかと思っていたら、「晩飯ごちそうしようと
思うんだけど、これる?」とのこと。まっさかーと思って聞き返しても、確かに「ディナー」って言ってる。
こんな 事初めてなので用事を急いで済ませて、一旦帰って、こういうときのために、と買っておいたジャケットを着て、
ネ クタイなんぞ締めて(久しぶり!)たら、突然二階堂君が訪ねてきた。彼は10年来の友達で、インディアナ大を出て
、今はシカゴに住んでいる。6月に関西の川西と言うところでリサイタルをするんで、その準備に忙しいのだ、ところ
がその練習中にDATを盗まれてしまったらしい。録音機材は客観的に自分の演奏を判断できるから、練習には欠かせ
ない。それでオレのところに借りに来たのだ。オレはMDしか持ってないから、
簡単に使い方を説明して彼が帰ったら、もう約束の時間が迫ってる。あわてて花屋へ。女性のいる家を訪問するの
に、花は欠かせない。男性一人のところには・・・・特殊な場合を除き、それはないやろ(笑)。第6回 その2 先生のお住まいは、こっちでよく見かける煉瓦づくりのアパートに、裏口用の木の階段が外付けされているタイプ。外
からは割と普通のアパートなんだけど、入ってみると、その広さにびっくりする。そして家の中がキレイ!
デンマークから来た学生夫婦も来てて、前にちょろっと会ったこともあったし、なんといってもそこはチューバ吹き同士、
もの凄い早さで仲良くなって、さあ、どっぷりチューバの話をするか! と言う感じだったんだけど、
チューバに関係ない女性二人をほったらかしには出来ず、わりと社会的な話題に終始したのはちょっと残念だったかも(でも楽しかったー)。
料理も素晴らしくおいしかったしね。第7回 食い物〜外食編 その1 オレは酒飲みなので、従って食べることが大好きだ。職業柄、旅が多いので国内でも行く先々の物を食べるのが楽 しみであるが、
「名物に、うまいものなし」というのは結構あたっているし、根が貧乏性なので(というか貧乏なの だ)、
その土地の人が普通に食べてるものが目当てだ。だから長崎に行ったからと言って卓袱料理を食べにいったり はせず、
黙々とちゃんぽんや皿うどんを食べるのだ。市場に行って見たことのないお総菜や、刺身を買ってきて、ホ テルの部屋で一杯やることも多い。
さて、アメリカである。シカゴである。
シカゴは元々農作物の集散地だから、食材は豊富で、しかも安い。色んな人種がまんべんなく住み着いてるから、世 界各国の物が食べられるのだ。
特にギリシャ、ポーランド、メキシコ、イタリア、タイ、中華料理は店の数も多い。
もちろんアメリカの物もね。
お金も時間も無いので、ゆっくりとレストランで食事することはあまりなく、割と手軽に食べられるものが多いん
だけど、その中でオレのお勧め、シカゴに来たらぜひ食べて欲しい物を紹介しておこう。
@サンドウィッチ系
★Gyros・・・羊肉ソーセージのスライスをとまと、タマネギと一緒にピタパンでくるんだギリシャのサンドウィ ッチ
★ホットドッグ・・・どうも元々はポーランド移民が作り出した物らしい。大概の店にレギュラーのホットドッ
グの他に「ポーリッシュ」と言うのがアリ、一寸だけ高くなるけど、こっちの方がボリュームも味も満足度たかし。
★ハンバーガー・・言わずと知れたアメリカ料理、ファーストフードの物だけじゃなく、ダイナーやレストラン
の物にもトライして欲しい。高さが15センチくらいのもあって、食べ方で悩むが(笑)
★サブ・・・フランスパンみたいなものに具や野菜がはさんである。日本でも「Subway」なんか段々ポピュ
ラーになってきた。なんで「サブ」って言うかというと、潜水艦(submarine)に似てるかららしい
★クラブサンド・・・サブに対して平べったい物を、最近ではこういうみたい。本当はクラブサンドというに
はパンをちゃんと焼かなきゃいけないんだけどな。
ちなみにサブでもクラブでもある「BLT」というのは、ベーコン 、レタス、トマト、の略。第8回 学生のアンサンブル 「イタリアン」
を続けて書こうと思ったのだが、少しは音楽のことに触れないといけないから、丁度今日学校であったコンサートに
ついて書こう。
管弦打のレッスンや、合奏の授業を行うRegestein Hallの隣にPick-Staiger
Hallというキャパ1000くらいのホールがあって、そこでしょっちゅうコンサートをやっている。出し物はやはり
ノース、ウエスタン(以下NWU)の学生、先生,CSOのメンバーとか、「ローカル、アーティスト」が多いが、たまに
大物がやってくる。1月にヨー、ヨー、マが来たときは、あっと言う間に売り切れた。千円だもんなあ。4月にサミッ
トブラスが来たときは、よかったなあ・・・・あのtpの音・・・メジャーオケ以外のメンバーとは思えない! これ
が、アメリカの恐ろしいところなんだなあって感じだった。
お客は、これが結構普通の人がおおくて、「近所だから、晩飯の後、ちょっと覗いてみました」って感じの人が多
い。「シニア料金」を設定しているからか、お年を召した方が目に付く。
で、そういう「フツーの人」が、弦楽アンサンブルだろうが、パーカッションアンサンブルだろうが聴きに来る。
ゴリゴリの現代曲も、結構楽しそうに聴いている。
運営やスタッフも学生がやっている。考えてみたら音楽業界で仕事をするトレーニングとしては、これ以上の物は
ないのでは?と思ったりする。リサイタルやアンサンブルのコンサートが手軽に出来るから、(というかやらなきゃ
いけないみたい)いざコンクールやオーディションを受けに行っても場数を踏んでいるからビビりにくい。
さて、今日のコンサートの中身は というと、学年末と言うこともあって、やたら出し物、出演者が多かった。ち
ょっと多いけど、中身を紹介してみようかな
Fanfale for the Uncommon Woman(J Tower)....4 tp
His Honor (H Fillmore).....1baritone 2 Euph 3tuba
Quartet #3 (K, Turner).......4 hrn
My Spirit be Joyful (J S Bach)
Quintet #1 ( V, Ewald).........brass qintet
Tree Choral pieces (J Brahms) .....4hrn
SCADICOT: etude for four tuba( D Edward Davis) 2euph 2 tuba
Jesus Priceless Treasure (Bach)
Love's Longing (F Schubert) ......Trb quartet
Festive and Commemorative Music Op.109(J Brahms)...3tp 2hrn 2trb 1btb
1tuba
March and Canzona (H Purcell)///2trp 2trb 1tyba timp
No More Blues (A Carlos Jobin) .......trb quartet
Street Song (M Tilson Thomas)....brass quintet
Five Dances ( T Susato).......3euph 7 tuba cond(Rex Martin)、
1発めのファンファーレ、3つ目のホルンクァルテット、終わりから2つ目の、M、ティルソン、トーマスが図抜
けてよかったな。ホルンクァルテットは丁度オケで吹くように、前後に別れて並んでて、「なるほどな〜」て思った
。他の曲では普通の扇形だったけど。
みんな良く吹くけど、そこは学生だから音の感じとか、音楽の作り方がなんか固かったり、ぎこちないところもあ
るけど、一貫して音やフレーズを長めに取ってるのは興味深かった。これはシカゴのスタイルなのだよ。
いやいや
しかし長かった。前半だけで1時間半かかって、全部終わったのは10時過ぎ、楽屋にみんなを訪ねて「good
job」とねぎらって回るが、俺だってねぎらって欲しい。いくら金管吹きだからって2時間半は長すぎるよー。第9回 CSOシーズン最後のコンサート、スティーブンスのTubaコンチェルト(決定稿) 6/8
いま、シカゴ響のコンサートを聴いて帰ってきたところだ。
6月8,9,10の3日間、G,Pokornyが シカゴ響がT、スティーブンスに委嘱した作品「Journy,Concerto
for Contrabass Tuba 」 を 世界初演している。指揮はシカゴ響(CSO)のレジデント コンダクター(研習指揮者 とでもいうのかね? )のWilliam Eddins
.最初にバーンスタインの「シンフォニック ダンス」 そしてコンチェルト、休憩をはさんでコープランドの#3 というプログラム。
ちなみに指揮者はblack,tubaのエキストラのジェローム(今年のシビックのtuba,二階堂君 のインディアナでの親友)もblackである。
バーンスタインの難しいところは結構ズレずれで、「そうそう、ここ、合わないんだよねえ、そっかCSOでも合 わないのか」と一人にやにやして聴いていた。
そう、 それでいいのだ。CDじゃないんだからね。パーカッショ ン馬鹿ウマ。Timpを除くと4人で全部回してる。たしか当社では6人位でやってたはずなのに・・・。
金管も、まあ そうなんだが、パーカッションを聴くと、「世界の壁」を感じる。音色とか、センスが段違いなんだなあ。
みんなで 指を鳴らす所なんかでも、笑い声が起こっていた。感情表現がストレートなアメリカ人だと言っても、あんまりだと 思う。
さて、いよいよコンチェルトだ。ステージ、マネージャーが台を持って現れる。大柄なポコーニが乗るにはちょ っと小さすぎるような気がするが・・・・。for Contrabass
tubaというだけあって、ヨークブルナー(もしくはステージマネージャーが、指揮者の上手側にソリスト用の台を置 くが、
大柄なポコーニが乗るにはどう考えても小さいよなあって考えてたら、指揮者が登場。
反対側の上手からポコ ーニが入ってきた。上手から登場するソリストってあまり居ない。
やっぱり台が小さすぎたみたいで、ポコーニさんは座る前にイスをひっくり返してる。会場内は「Oh-!」と言う声 に包まれる。
アメリカ人は感情表現がストレートである。やっとちゃんと座り、指揮者が、「さあはじめましょうか 」と右を向くと、ポコーニ氏、水を飲んでいる。
しかもマグカップの。演奏前にイスをひっくり返したり、マグカッ プの水を飲んだりするソリストってあまり居ない。
会場内、今度は笑い声と拍手に包まれる。アメリカ人は感情表現 がストレートである。
笑い声がおさまりきらない内にいよいよコンチェルトが始まる。
弦の響きの中から今日のメインのコープランドを連想させる7thを使ったメロディーを、ヨークブルナーが歌い始め る。
音楽を、言葉で表現するほど無粋な物は無いってことは充分解ってるから、ここでちょっとプログラム、ノート を拾い読みしてみよう。意訳もいいとこだけど・・・・
Journey, Concerto for Contrabass Tuba
Morning in the Yard--
Midnight in the Mountains--
Highballing Through Town
Score calls 2Fl picclo 2Ob 2Cl 2Bsn 2Hn 2Tp (2flgh) 2Tb(Euph)
Timp BassDrm Cym Hi-hat s-drm Tambalin Trigle Harp Strings
蒸気機関車マニアのポコーニさんらしく、これもアメリカ最後の機関車パシフィック844をイメージが含まれてい るらしい。
「大きく、力強く、美しい」機関車に触発されて、チューバの「音、パワー、美しさ、音域、敏捷性」を 楽しめるように出来ている。
〜Journeyは旅。この曲は作曲者、ソリストとオーケストラが一緒に旅をした結果なのだ。 音楽はコミニケー ションだ。
動き、エネルギー、全て欠かせないしつながっている。この曲は我々チューバ吹きが、オーケストラ最後 列からの、ながい、長い旅の一つの結果なのだ。
〜とスティーブンスはいっております。
for
Contrabass〜 と曲名にあるように、はっきりと大きなチューバで演奏するように書いてある。実はこれは画期的 なことのような気がする。
長い とにかく長い。プログラムには28分と記してあるが、もっと長かったような気がする。感情表現のストレー
トなアメリカ人のお客は後半はかなり辛そうだった。 スティーブンスらしく、ユーフォニウムも使っている。
2nd TbのM. Mulcahy(1月のL、モーツゥアルトのアルトTbコンチェルトは 本当に良かった)が持ち替えで吹いていた。
文字通り「長い旅」 が終わった後、シカゴ、シンフォニー(オーケストラ)ホールは、熱狂の渦に巻き込まれた
。 と思ったのは、チューバ吹きのボクだけではないはずだ。新しい「名曲」が生まれたのだ。第10回 小沢 征爾 birthday 9/1
今日は9月1日 なんでも小沢征爾氏の誕生日だそうで、FMのクラシック曲は、朝から小沢氏の演奏をずうっと流 している。
しかしこの特集、朝の5時から始まってもう11:30。よくもまあネタが続くもんだと感心してしまう。
ついでにそれをずっと聴いてる自分にも感心してしまう っていうか、完全に昼夜逆転してるな こりゃ、 早く寝 なきゃ。もう昼だぁ(泣)第11回 CDを gone
ラヴィニア(音楽祭)とJazz festivalが終わり、急に寒くなり、新聞に Summer was
gone と出た翌日の朝、 電話が鳴った。 同級生で、ジャズピアニストの南博からだ。
「あのさ、吉野、ユミコさんが、死んじゃった・・・・」「えっ?」「村上ユミコさんが、さっき死んじゃった・・
・」「・・・・・なんで・・・・」「リュウマチの薬を飲んだら、高熱が出て、一ヶ月下がらなくて、そのまま・・ ・」
「・・・・・・・・・・」そんなことってあるんだろうか?
村上由美子さんから、初めて電話をもらった時のことは、今でもはっきりと覚えている。アメリカから帰国して、
大阪でビッグバンドを始めたいから、一緒にやってくれない? と明るくしゃべるユミコさんに、僕は一発で惚れ込 んでしまった。
以来「ユミコニアン、オーケストラ」の一員として、ライブやコンサート、レコーディングも楽旅も 、ずっと一緒にやってきた。
ユミコさんのフメンは難しかった。音にすると、無茶苦茶かっこよかったけど、ぐしゃぐしゃになる危険を常には
らんでいたし、またそうなってしまうことも少なからずあったが、ユミコさんは「あっはは、こういうのも、
面白い よねえ」と明るく笑い飛ばすのだった