マナティさんの観劇レポ
− スルース(探偵) −
平成12年2月13日 福岡シティ劇場(劇団四季常設劇場)
出演 : 日下 武史 ・ 下村 尊則、他


ずっと福岡にいて、しかも去年まで毎日のようにキャナルシティ前を通っていたにも かかわらず初めてシティ劇場に足を踏み入れた。 今まで合唱をしてきて福岡の一般的なホールでは大体演奏してきたのでその舞台裏・ 楽屋などよく知ってるのだが最近完成した博多座・シティ劇場のようないわゆる純粋 に芝居用に作られた空間はやはり多目的ホールとはどこか違う。どう違うかというと 上手くいえないが”観やすさを重視してる”だろうか。 今回の席は2階席A列2,3番。つまり端のほう。幕が上がる前は高い天井と広い客 席に見えにくそうと思ったがいざ幕が上がるとそう遠さは感じなかった。

ミュージカル物が有名になっている劇団四季だが今回のは純然たる芝居。それもミス テリー。派手な舞台転換もなければ、歌も踊りもない。 しかし人間の内面の心理、恐怖、嫉妬(特にこの言葉がこの芝居を表すキィワード) を日下、下村両俳優が見事に演じている。

あの大劇場で、しかも四季=ミュージカルという感覚の強いまだまだ舞台芝居的文化 の希薄な福岡(また近隣の県)の観客がぐいぐい引き込まれていく。 特に今回の上演は過去キャッツ、ジーザス等の大型ミュージカルや壁抜け男のような 初演物と違って宣伝がほとんどなかった。どうしても内容が推理劇なためタウン誌な どに事前にあらすじも載せづらく、公演も一ヶ月弱であり感覚的に「壁抜け男」と 「夢から醒めた夢」の間のワンポイントリリーフみたいなイメージがつきまとうとい うハンデが多い舞台だったと思う。 私ら夫婦もほとんど事前情報なく、だからむしろ先入観なく観劇に臨むことができ た。 面白かった。実に面白い舞台だったと思う。 推理劇といっても大勢のキャストの中から「犯人はあなただ!!」という犯人探しで はない。むしろ観客一人一人が探偵であり両俳優の一挙手一投足、脚本の中に散りば められた複線を推理していくというものだろうか。

<あらすじ>
主人公アンドリュー・ワイク、彼は探偵小説作家である。 伝統的探偵小説はもうすでに古典的と時代の波から飽きられかけていて、しかし彼は なお伝統的探偵小説にこだわっている。 彼にとって探偵小説とは「高尚な知的精神の趣味」だと信じており、生活スタイルす ら合わせている。 もちろん彼自身探偵小説が時流から外れていることを知っているからこそ、知的ゲー ムに執着しそれを楽しめる相手を欲していた。 イタリア系のハンサムボーイ、ミロ・ティンドル。アンドリューの妻を寝取った男で ある。

ある夜、アンドリューはミロを呼び出す。妻や召使がいない夜に。 ミロはアンドリューの妻マルガリートとはお互いに愛し合っているので、アンド リューに離婚してほしい旨を迫る。 アンドリュー自身妻には愛想が尽きていて、また愛人もいるので離婚してマルガリー トをミロに引き取ってもらうことにはやぶさかでない。 しかし金遣いが非常に荒い彼女の贅沢をミロが満たせない場合、また自分の所に帰っ て来たりしたら困る、別れるなら以後絶対自分は関わりを持たない別れ方をしたい、 したがって金のない君には渡せないと突っぱねる。 二人ともマルグリートへの愛などもはや別の話である。 アンドリューは申し分のない経済力や名声を持っているが、作家としては盛りを過 ぎ、若い男に妻を寝取られ、肉体も老い衰え、人生に新たな「可能性」はおそらくそ う残ってはいない。しかしプライドだけは高い。 一方ミロは若々しい肉体と悪くない容姿、そして「将来という可能性」を持ってい る。しかし現時点では経済力も地位も教養もない。あるのは若さだけである。 お互いが自分になく相手にあるものを嫉妬しているのである。

アンドリューはミロに自分の屋敷の宝石を盗むよう持ちかける。彼はマルグリートに 宝石を渡したくはないし、かといって経済力のないミロに愛想をつかした彼女に帰っ てこられても困る。 宝石が盗まれたことになれば自分には保険が入ってくるし、ミロには自分が紹介する 闇ルートで宝石をさばいた金60万ポンドが入る。 それだけあれば彼女のわがままにも相手してやれるだろう、と説得しミロに変装させ て自分の屋敷に押し入らせるのである。 二人の計画は上手く行ったようだった。 アンドリューが狂言強盗の雰囲気を出すために持ち出した銃。一発二発はインテリア を壊すため。 しかし三発目はミロを撃ち殺すためのものだった・・・

私が観た同じような形態の芝居に「The Woman In Black」がある。 どちらもほとんどは二人の掛け合いで進められていく。 私が感じる違いは「The Woman 」は「全体的に暗さでコーディネイトされた 中に明るさが散らしてある視覚的恐怖」 「スルース(探偵)」は「明るさの中に心理的に追い詰められる暗さを持ったトリッ クアート」である。 抽象的で申し訳ないがそう感じる。 どちらもイギリスが舞台。妻と帰りに話したが両者ともおそらくイギリスでしか作り 得なかった作品だろうこと。 イギリスの持つ独特の陰湿的粘質的雰囲気や歴史。 どちらもしっかりした脚本と上手いアクターに支えられていて非常に楽しめる作品で ある。この手の芝居は特に最後のきめのセリフが重要だと思う。 「The Woman 」の心を振るわせるきめセリフもよかったが「スルース(探 偵)」のブラックなユーモアのきいたきめセリフもよかった。


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千秋楽を観劇して

スルース千秋楽行ってきました。 今回はストーリーを完全に知っているので客観的に芝居や演出を楽しむ観かたをしました。 なるほど2人ともやはり上手いなぁと感心しきりです。

ただ改めてじっくり観ると日下氏演ずるアンドリューの台詞まわしが少し重いなと感じます。 大げさな且つ遠まわしな且つくどい、いかにもイギリス芝居いかにもシェークスピア的な表現が多い、かな。 例えば「これは赤い」と言いたいところを(実際そういう台詞はないですけど) 「19世紀のイギリスのだれだれ貴婦人のうんたらかんたらのかんたらの燃えるような色」 「いやはたまた古代エジプトではあれこれこうしたこれこれが好んだなにやらの色」 みたいな。あくまで例えですが。もちろんこの辺のくどい表現をすすすっと嫌味なく 演じるところが日下氏の上手いところであり、この芝居を成り立たせている要因 なのですが。何故ならアンドリューは古き探偵小説を愛し、愛するが故に時代から 取り残されかけている探偵小説作家であり、そのいかにもシェークスピア然とした 台詞回しの中にこそアンドリューという実は哀れな老紳士のアイデンティティが 表現されていると思います。多分下手な役者さんがするとアンドリューという人物の 根底を表現するどころかこのしつこさはただの嫌味じいさんにしかならないよ、 ほんとに。

この老人の考えるゲームこそがこの舞台の全ての基盤となっているのです。その表現は難しいです。 ただ客観的に一歩引いて観たらやっぱりちょっとくどいかな。というより私も気持ちが 次の次ぐらいの場面にいっちゃってるものですからそう思うのかなぁ。最後のキメ 台詞から人形が笑い出すまでの間が(わかるのはいぬまるさまやひふみさんぐらい だろうけど)あとほんの2、3秒早ければもっと締まったのに、と思いました。 そこが惜しい。

しかし全体的には面白い舞台でした。千秋楽といっても別に何か特別にあるわけでなく カーテンコールがちょっと多かったぐらいでしたが。実はB席を開放しない状態で 8割ぐらいの入りでしたが、どうもロビーや階段で聞こえる話から判断すると この日の客の7割ぐらいはリピーターじゃないかなと思いました。実際笑いを 取る場面や台詞のところで笑ってる人が少なかったし。あらかじめこの台詞が 来る、こうするってのがわかってる雰囲気でした。どうなんだろう役者さんは やりやすいのかやりにくいのか。

で、いい芝居だったんですがぶち壊してくれた馬鹿野郎がいました。 2幕の真ん中くらい盛り上がりかける頃劇場に響くSMAPの着信音! しかもすぐとめりゃいいのに1分ぐらい鳴り響いてました。 あれだけ携帯は切れといわれて、またいわれなくてもマナーだろうにせっかくの千秋楽が台無しでした。 最近芝居づいてきた福岡ですがマナーはまだ悪いなぁ。