第百四十話: バーミヤン
バーミヤンの仏像破壊が遂に完了したようで、新聞に写真が載っていた。
50mあまりの巨大な仏像が納まっていた、というよりも、それを彫り出すかたちでくりぬかれてあった廟は、ぽっかりと空虚な棺を思わせる洞穴になりはててしまった。
私はバーミヤンに行ったことがない。
しかし、バーミヤンの仏像にまつわる今回の騒動について最初に聞いた時、私は直ちに自分の中でのリアクションを、あらかた決定したように思う。
それが、報道につれ、またいろいろな意見を見聞きするにつれ、自分のなかの思いは、徐々にふくらんだり、へこんだり、変形をし始めたようだ。
新聞報道だけでなく、いろいろな人の意見のなかには、この破壊行為に対し、明確に否定的な意見を表明する人が多いように思えた。
「許せない」といった、感情の吐露も見聞きした。
バーミアン破壊阻止のため、遂に国連までもが動いた。
日本の文化人、政府関係者も動き、破壊阻止へ圧力をかけた。
タリバン側はそれに対し、
「日本人が費用をすべて負担するのであれば、移動することは認める」
というような返答をした、との報道もあったが、そう言うソバから仏像破壊は着々と進められ、先週には「破壊は完了」との発表があり、今日(3月26日)には、上記の写真も新聞に掲載されたのであるが。。。。
この一連の仏像破壊「物語」を読んでいて最もつらい点は、この物語の一見単純な筋立ての裏に、余りにも多くの伏線、暗喩、象徴的な意味、歴史的背景等々が盛り込まれ過ぎており、私のような単純な「読者」には到底問題を切り分けきれない、したがって自分なりの結論、意見、といったものを形成するのが困難である、というところにあると思う。
無論、無知ゆえの悲しさ、といわれればそれまで、なのであるが。。。
見た人の印象を聞くと、とにかく壮大だ(だった)ということである。
廟となっている背後の、というか、もともと仏像がその一部であったところの岩山には、いくつもの台状の洞穴がくりぬかれているそうだが、石を刻む者たちはその台、というか穴に何日もこもって食料が尽きるまで像を掘りつづけたのだろうか。無論手作業で。
権力による強制だけでは到底為し得ない、かといってひたむきな信仰心だけでも完成に至るのは困難であろう壮大な作業の蓄積によるこういった作品は、確かに今後人間が創作しようとも、無理なことかもしれない。
遺跡としてのバーミヤン仏像を惜しむ声は尤もなものに思える。
一方、仏像破壊を推進したタリバン側は、徹底して
「偶像崇拝はイスラムの教義に反し、仏像の存在は、イスラムの聖地としてのバーミヤンにマッチしない」という考えを曲げることがなかった。
偶像崇拝を禁じる宗派はキリスト教にもある、というよりも、もともと旧約聖書では偶像崇拝は禁じていたように思うし、その意義は理解するにかたくない。宗教を持たない人達、あるいは異教徒の人達に、その辺の是非を論じ、批判する資格があるのか、かなり疑問に感じる。
今回の騒動で、世界中からいろいろなコメントが報じられたが、仏教の発生の地インドの首脳や文化人からとりわけ目立ったリアクションは報じられなかったように思う。
像は仏陀そのものではなく、あくまでも“image”であり、純粋に宗教的な意味から言えば、本質的に大切ではない。
一方、仏像というものが仏教を象徴する“image”であるのは間違いなく、イスラム原理主義者が自国内にその存在を許すことが出来ないとしても驚くにはあたらないだろう。
ごく簡単に言えば、バーミアンの仏像の破壊行為を、考古学的および美術的価値を持つ世界遺産の破壊、とのみ見てその行為を批判するならば、その人はその像が持つ宗教的意味を無視していることになり、その国の民族にとっての宗教的意義を否定していることになる。そんな権利が、諸外国にあるのか、いやそれは過干渉ではないか、と、単純な私は考える。
ところが、実際にはこの議論は議論そのものの中にその本質があるわけではなく、タリバン政権を孤立させるためのプロパガンダの意味合いもかなり濃く、またタリバン政権サイドも、その点を理解しており、であるからこそ、敢えて今仏像破壊を断行したのだ、と思われる、その辺から私の脳はスポンジ状への道を徐々に進み始めるのだ。
当初、先進諸国との「駆け引き」あるいは「取り引き材料」として仏像を利用するかにも見えたタリバン政府が、結局「破壊」という最終的行動に出たということがなにを意味するのか、今のところ明確に説明された報道はないようだ。
当初、諸外国との駆け引きを意図していたものの、こういう結果になったのは、結局タリバン側が政治的に不器用なのだろう、という意見も聞いた。
その辺の判断はもちろん想像の域を出ない。
そして今、タリバン政権は「アラブ世界全体のイメージダウンだ」とするアラブ諸国からもよそよそしい反応を返され、わずかにパキスタンの支持が頼り、という孤立状態に陥っており、それこそが先進諸国の意図であった、とするむきが正しいのであれば、まさに先進諸国の「思うつぼ」にはまった、ということになる。
こう考えてくると、バーミヤン仏像の歴史的価値や、その壮大なありようを惜しむ声、得意そうに爆弾をしかけるふてぶてしげなアフガン兵士を憎む声、イスラム原理主義の極端を批判する声、すべてが回り灯篭のイマージュのようにはかないものに思えてしまう。
情報とはなんであろうか。
インターナショナリズム、とは、技術革新とは、文明とは、実際なんなのだろうか。
アフガニスタンの南側には、東のカブールから、と、西のヘラートから、それぞれカンダハルへ繋がる2本の道路がある。
聞きかじりの知識だが、その一本は旧ソ連が戦車を通すために建設した道、もう一本は、アメリカが、B52を発着させるために通した道だ、という。
アフガニスタン侵攻当時のソ連は一連の「南進政策」で恥じも外聞もなく、アメリカは「ソ連共産勢力の脅威からアフガニスタンの抵抗民を救う」という美名のもとに、ひとつの土地を巡ってあいかわらずの代理戦争に荷担した、その結果思いがけずタリバン政権、という鬼子が生まれて戦々恐々、世界世論を揺さぶってなんとかアフガニスタン孤立を計り、足場を固める伏線を張ろう、というのが現状なのか。。。
大国の思惑などというものが存在しなければ、ユダヤ人すらアラブの地でイスラム教徒と共存していた。誰もいぢらなければ、アフガン人が、わざわざ大量の爆弾を消費して仏像を破壊するような行為に出ただろうか。
たいへんな苦労をしなければ到達できないような山奥にひっそり立っている仏像をわざわざ出向いて破壊したのには、それなりの意図があり、そこに大国の歴史的介在、介入がなかったならば、そのような行為自体、有り得なかった。
数千年の長きにわたって、それがその地に存在してきたこと自体が、その証拠ではないか。
仏像の存在を実際目にしたこともなく、これから見物に行く予定もなく、もちろん仏教徒でもなく考古学者でもない世界中の人々に「世界遺産の破壊」というかたちで仏像破壊の「悪」を説き、一方では同じ国内の飢えた子供たちには目を向けない情報操作のありかた、ひいてはその効果の大きさに、今更ながら深い溜め息が出る。
いったい、文明、文化、科学技術、というものは、このような結果を生むために発達してきたのか?
2001.3.26