10 節分、正月、ついでに彼岸。一緒に来たよな、嗚呼、目出度いな

フクジュソウ(キンポウゲ科フクジュソウ属)セツブンソウ(キンポウゲ科セツブンソウ属)

 3月も中旬になって、やっと我が家の『花見旅』が始まる。といって山小屋は、まだまだ真冬、下手をすれば雪に埋もれたままである。
 小屋では、積もるような雪が降るのは稀だけれど、その分寒くて、一度積もったら、これが氷塊と化してなかなか消えない。ゴールデンウィークでさえ、陰に雪の固まりが残っていたりするのである。
 で、春を待ち侘びる僕等と、春だろうが真冬だろうが、とにかく表に出たい『花見犬』は、埼玉県は秩父市の「元日草」と「節分草」に会いに行く旅から一年を始めるのが、ここ数年の習わしとなっている。

キンポウゲ科セツブンソウ属セツブンソウ 本州の関東地方以西に分布する、日本の特産種である。

 秩父といえばセメント工場、失礼、もちろん他にも名物名産名所は、いくらもあるが、この辺りは石灰岩地なのである。酸性土壌に石灰をまいて土壌改良するぐらいだから、石灰岩地を好む花達は当然、数多い。
「春告花」「早春植物」「スプリング・エフェメラル(春の蜻蛉)」などと呼ばれる植物達も、多くは石灰岩地に、本格的な春が訪れて景色が緑一色に染まる前に、大群生をつくる。
 僕等がよく行く両神村も、荒川村や大滝村、小鹿野町や長瀞町とともに観光の一環として、山野草の自生地を手厚く保護し、開放している。

 秩父へは、関越自動車道を花園インターで降りて、長瀞町経由で行くか、飯能市経由で入るが、いずれにしろ、昔、同県所沢市に住んで、高校の、ほんの一時期をワンダーフォーゲル部で過ごした僕には、懐かしい地名や山と再会しながらのドライブである。
 もっとも感傷にひたる余裕などはHALが断じて許さない。
 本来、山の犬だから山が好きなのは分かるけれど、車が山間に入ってからのHALの喜びようときたら、大変なのである。
 唸るでもない、吠えるのでもない。歌っているとしか思えない独特の声を出してはしゃぎ回る。時に助手席との間に身を乗り出してくるから耳元でやかましい。

 運転の邪魔で危険だから何度も叱るのだが、山に入った時の興奮だけは、どうしても押さえられないらしい。ミニバンからステーションワゴンに車種をかえたからといって、今さらゲージに入ってくれる訳もなく、僕等は助手席との間を荷物で埋めて壁をつくってHALの侵入を防いでいる。
 去年も大騒ぎの末に、ようやく両神村のセツブンソウ群生地に着いた。最近、花の群生地では、必ずと言って良いほどに遭遇する団体シニア・ハイカーにひるみながらも、早速HALをリードにつないで園内へ。入口で今年は花が遅いとの話を聞いたが、それでも見事な群生であった。

キンポウゲ科フクジュソウ属フクジュソウ フクジュソウは、陽があたると開き、暗くなると閉じると言われていたが、実際は温度を感じて開閉している事が分かった。暗黒室での実験結果だそうだ。こんな実験している人がいるのか…。
ところで旧暦は難しい。今後の課題である。年によっては、節分の後に正月がきたりする事があるらしい。

 キンポウゲ科セツブンソウ属セツブンソウは、節分の頃に咲くから『節分草』といわれるが、新暦2月4日頃の立春、その前日である節分には、とても咲いてはいない。
「関東以西、本州に咲く花」と図鑑にあるが、よほど暖かい地方での命名なのだろうか。はたまた昔は、平野部でも見られた花なのだろうか。

 花期からの命名に、ちょっと無理があるような気がするが、それでもセツブンソウは、まだ良い。「元日草」別名「朔日(古い言い方で「ついたち」の事、特に旧正月一日をさす)草」は気の毒としか言いようがない。
 両神村にも別の場所に群生地があるが、道路脇の石垣にも農家の庭先にも、植えられているのか自生しているのか、このセツブンソウ群生地の周りでも、そこかしこに見られる花である。
 ここでは「元日草」は、セツブンソウより、ほんの少し早く咲き始めるが、春の彼岸に入ろうとする3月中旬でも、まだまだ咲き続けているし、セツブンソウと比較して「元日草」は、北海道から九州まで点在するとはいえ、南には少ない。むしろ北国の花なのである。
 旧正月朔日は、2001年、今年の暦で言えば1月24日である。とてもとても咲いてはいない。ましてや新暦の元日に咲いている訳がない。

 嗚呼、それなのに、それなのに。「元日草」は、その名の故に、新暦の現代でも元日に咲かなければならないのである。この最も寒い季節に2カ月も早く咲けなんて、全くもってお気の毒。 あえて名前を伏せたが「元日草」とは正月飾りの鉢植え、あの「福寿草」の別名なのである。

おなじみの、誰もが一度は撮りたい、雪の中から顔を出したフクジュソウ。

 キンポウゲ科フクジュソウ属フクジュソウの花は、ただの黄色ではなく、ヨーロッパでバターカップと俗称される、同じキンポウゲ科のウマノアシガタ(キンポウゲ)の花のように艶がある。
 フクジュソウの場合は、これが花の形とあいまって、金杯に見立てられてしまった。
 「福寿」といい「金杯」といい、まことに目出度い。新年の寿ぎにあたっては、今年一年、是非とも花にあやかりたい。あ〜ら、あやかりたい、あやかりたい。で「新春席上の清賞とす」とまでもてはやされ、ついに「元日草」になったらしいのである。

 江戸時代には急速に園芸化が進み、品種改良も重ねられ、100種以上、一説には126品種があったというから、正月に合わせた促成栽培も確立していたのかもしれないが、フクジュソウにとっては二重の不幸、世の中、新暦になってしまったのである。
 で、正月飾りの鉢植えでは、緑というより濃い紫の、縮れたような葉の中から黄色い蕾を見せているが、正月過ぎたら、しおれてしまったという話を、よく聞く事になる。

「春よ来い。早く来い。退屈しきったHAL君が、オンモに出たいとすねている」

 実際、フクジュソウは、小鉢に植えておくのは非常に難しい。植え替えてみると分かるが、よくぞ、こんな所に入っていたというほどに根が長大なのである。大きな鉢に植え替えるか、地面に降ろしてやりたい。ただし促成栽培で極端な時差ボケになっているから、温度変化に気を付けよう。
 上手くいけば、次々に花を咲かせ、やがてニンジンのような、正月飾りからは想像出来ない立派な葉も茂らせる。
「だんさん、何時から園芸家になったんだす。それは、おかみさんの仕事だしょ」とHAL。
 妻は、実に足の踏み場もないほど、ベランダに花を植えている。
「いやいや、『やはり野におけ』とは言うものの。鉢物もその場限りでは可哀想、救ってやりたいでしょう」
「だんさんは、実に心優しいお人だすなァ。山の犬が都会で飼われて可哀想、是非とも広いところで放してやりたい。お気持ち、よーっく、分かりますがな」
「HAL、そんな都合いい事。あーっ、行っちゃった」

↑ページのトップに