Kreuzークロイツ バッチフラワーインフォメーション
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7月のマイボトル

〜セントーリー〜


6月末から2週間、バイオグラフィーワークの世界会議で
イギリスへ、そのあと、秋の企画のムンクのリサーチのため
ノルウェーに行ってきました。

画像は世界会議の会場となった
南イングランド、フォレストロウのエマソンカレッジの
草むらに咲き乱れていたセントーリー。

可愛い小さなピンクのセントーリーの花は、
自己主張の苦手な、穏やかで、親切で、優しくて、
「いい人」のためのレメディです。

実は、セントーリーは
私にとって、とても重要なレメディでした。(過去形?)

幼い頃から、特に家族の中で、
私は自分の意志を表現できませんでした。
おとなしく、言われることを聞いて、いい子でいることの方が
安全だったし、居心地がよかったのです。

結局は、認めてほしい、よく思われたい、愛されたい、
ということだったのですけれど。
いつの間にか、そのように過ごすことが
私の人格の一部となっていきました。
自分が嫌な時でも、ついつい人を優先してしまったり、
他人が今何を考えているのか、何をほしがっているのか
そればかりに気を取られて、本当は自分がどうしたいのか
だんだん分からなくなっていったのです。

自分と他者とのバウンダリーが甘い、とも言えます。
他人から見て、なんて好都合な私。

だから私自身、自分がとても「いい人」だと思っていました。
でも、これは大きなカン違い。
いつもいつも、相手の希望を叶えてあげようとする行為は
自分にも相手にも、決してよいことではありません。

私は自分がノーと言う前から、そう言ったあとの相手の反応を想像して、
相手をがっかりさせてしまう自分を怖れていたのです。

自分のそういう傾向に気づき、セントーリーの助けを借りながら
私はことあるごとに、そういった自分と意識的に向き合っていきました。
長い間の癖でもあり、もともと持っている傾向ですから、
今も時々、私はとっても「いい人」です。
でも、私のような療法家には、むしろ必要な資質ですし、
大切なことは、そういう共感力を持ちつつも
必要に応じて、自分の意志をはっきり表現できるということでしょう。
そして、もちろん、相手を傷つけるような言い方をしない
表現力とか、練習も必要ですよね。

周囲の期待に、常には応えられないことなんて、
普通のこと、あたりまえのことでしょう。
もしそうなった場合、そのために、
自分の存在が危うくなるかもって思うのは
結局、周囲を信頼してないってことだし、
それ以上に、自分を信頼していないってことですものね。

セントーリー的傾向のバランスを整えることは、私の大きな課題です。

でも、私みたいな人、案外いるんじゃないかしら。















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