道場通信
 


道場長きままごと(4) 

五十嵐道場長
旭中学校区小中合同夏期研修会において講演!

 
テーマ「心のバランスと身体のバランス」
〜子どもの持っている可能性を引き出すには〜


五十嵐道場長は、8月24日(水)10時〜11時30分まで、相模原市橋本駅前の「ソレイユ・セミナールーム」において、上記のテーマで講演を行った。旭中学校区とは、相模原市立旭中学校と、同校に入学する、3校の小学校(旭小学校、宮上小学校、橋本小学校)の組織です。旭小学校は、五十嵐道場から徒歩4分ほどのところにあり、道場長の3人の子ども達も、旭小学校、旭中学校の卒業生です。
道場長は、まず始めに、8月初旬の朝日新聞に掲載された、中学校の部活についてのアンケートに触れ、以下の話から講演会に入りました。

学校側の思い入れ、顧問先生の思い入れ、保護者の思い入れ、そして生徒の思い入れ、お互いの思いが一致する難しさがあります。海外、特にヨーロッパでは小中学校での部活などの話はあまり聞いてことがありません。ヨーロッパ、とくに北欧ではコミュニティーが発達しており、地域ごとに立派な文化・スポーツ施設が充実しており、いろいろな種目で子供たちが充実した余暇を楽しんでいます。日本では、勉強、進路、放課後の部活、など、何から何まで先生任せで、アンケート結果では、小・中学校の先生方の忙しさは、世界一とあります。また、同新聞に「学校のトイレに行けない小学生」の記事が載っていました。和式、洋式のトイレ、そして個室の設置など興味深い内容でした。運動能力から言うと、各家庭のトイレが和式から、洋式に変わったことが、子供たちの足腰の弱さにつながっていることは確かかと、私は思っています。学校で、トイレに行くことを我慢している子が多いとは、驚きです。先生方のご心労は大変なものだと感じました。
これからは、合気道生活を通じ学んだこと。武道を通じ、多くの先生から学んだこと。また今までに読んだ本から学んだことなどを含めまして、少し話させていただきます。

道場の子供クラス
道場では、4歳から小学校6年生までを子供クラスとして稽古しています。子供の運動感覚は、4〜5歳から、にわかに発達してきます。また、精神的にも発達する大切な時期であり、幼稚園から小学生までの教育・経験というものが、その子の一生を左右するとも言われています。運動神経の鈍い子、内気な子、またいろいろな性格を形づくるのが、この時期であり、幼児期までの生活環境によります。橋本地区はまだまだ恵まれていますが、近年は、子供たちがのびのびと飛び回ることのできる広場も少なくなっています。さらに、デジタルの社会が広がってきて、部屋の中に閉じこもる子供たちも多くなり、ますます外に出かける機会が少なくなってきています。また、外に出てもスマホをいじるだけ、友達との会話もスマホ、ラインという嘆かわしい時代になり、子供たちの運動能力、コミュニケーション能力がますます落ちてきています。
自然に触れ、外気に触れ、身体・心を使って五感を鋭くする、五感を研ぎ澄ませる機会がますますせばめられています。五感は、思考能力、判断力、危機管理能力につながる大切なものです。
武道・スポーツは、これらの五感を鋭くします。さらには、第六感を鍛えるには最適なものであるといわれています。
第六感は、特に幼児期には強く働き、年と共に減退してきます。
反射神経もそうです。鍛えなければどんどん落ちていきます。ちなみに西洋スポーツは運動神経、武道は反射神経の世界であると以前にスポーツ関係の本で読んだことがあります。“三つ子の魂は百まで”、“芸事は六歳の誕生日から”と昔からよく言われています。これも何か意味の深いものがある言葉と思います。子供の時にどれくらい色々な事をしたかと言う経験が大切なのではと思います。
話が元に戻りますが、このような現在の環境の中、最近は武道の道場やスポーツ教室などの存在がクローズアップされてきています。日本古来の武道は、動的な活動と静的な面とが相伴っているのが特徴です。稽古前後に行う正座での黙想、先生が指導中は正座をして聞く、などよい例と言えます。運動の間中、緊張しなければならないスポーツとは違う点です。また、合気道には試合がありませんので子供たちも“勝ち負け”にこだわることなく、のびのびと稽古しています。
道場には、本当にいろいろな子供たちが通ってきます。子供クラスですので、子供が率先して合気道をやりたいと云うことは少なく、保護者の方が、子供にやらせたいと言って道場に来るのがほとんどと言えます。入会に当っては、保護者の方から、「うちの子は、身体が弱いから強い子にしてください」、「うちの子は、内気でおとなしいので元気な子にしてください」、また反対に「うちの子は、元気すぎて腕白なので、落ち着きのある子にしてください」、その他にも、いじめっ子、いじめられっ子、ふとった子、等々。いろいろな子が入会してきます。保護者の方の様子を見ますと、その子の育った環境が分かるときもあります。
私の小さいときは、言うことを聞かなかったとき、悪いことをした時など、母親に、「お天道様が見ているよ!」、「先生に言うよ!」、「お巡りさんに言うよ!」、「お父さんに言うよ!」が、決まり文句でした。みんな怖い存在でした。今はどうでしょうか? “お天道様がみているよ”なんて言っても、子供たちには通じないでしょうね!
道場では、子供たちをいったん預かったあとは、良いことをした時、上手に出来た時にはホメます。また、言うことを聞かなかった時、悪さをした時には大声で、本人がなぜ怒られるのか「心と身体」で納得・理解するまで真剣に怒ります。合気道は、武道、武術ですので、子供クラスとは言え、少しの気のゆるみが怪我につながってきます。おかしなもので、大声で怒られること、また頭をコツンと、たたかれる経験が少ないのか、最初は戸惑った顔をしますが、子によって、すぐに納得する子。また叩かれるのを嫌がらず、かえって喜ぶ子もいます。一人っ子や、甘えん坊に限って、怒られること、コツンとやられることを喜ぶようです。面白い発見です。
そんな中、目には直ぐには見えませんが、稽古を続けるうちに、子ども達がいろいろと変化してきます。保護者の方には、最初の昇級審査で色帯を締めるまでの、少なくても1年は見てください、と言っています。子供たちは、審査で級が上がり、色帯が変わることを大変喜び、頑張るようになります。
 現在、理解力、体力、運動能力のそれぞれ異なる4歳から、6年生までの子ども達
を一緒のクラスにして指導しています。稽古後に、“アーア疲れた”、でも楽しかったと、言ってくれるように指導しています。
普段の稽古中や、一年に1回行う合宿、また演武大会などを通じ、高学年の先輩の子が、低学年の小さい子の面倒を見る。運動の得意な子が、苦手な子を助けるという思いやりのある子に育つよう指導しています。また、新しい子が入会した時には、先輩の子に道場への出入り、礼の仕方、稽古衣の着方など、を教えるように指示します。みんな結構真剣に上手に教えてくれます。少しぐらいの間違いは注意しません。そして必ず、手伝ってくれた子供には“有難う”を言います。そして手伝ってもらった子には、手伝ってくれた子に“有難う、と言ったかい?”と聞きます。言っていたらOK! まだ、言ってなければ、必ず礼を言うように指導します。そしてさらに、“今度新しい子が入ったら、君が教えてあげてね!”と約束します。そうすると面白いですね! 新しい子が入るとその子が、「私が教えます」と、言ってくれるようになります。指導者として助かりますし、またとても嬉しいことと言えます。

子どもクラス合宿
一泊二日、または二泊三日で、山や海のそばで行う子供クラス合宿は、一班5〜6人で班を作り、それぞれ班長、副班長を決め、集合から解散までしっかり彼らに管理させます。また食事の準備、片付け、布団敷き、布団の後片付けも班長・副班長に責任を持たせています。そしてご褒美に、合宿の最後に、班長さんには金メダル、副班長さんには、銀メダルを。そして高学年だろうと、小さい子であろうと、班長さんの言葉をよく聞いて頑張った班員さんには、班長さんの意見を聞き、銅メダルを挙げます。そして、“来年、班長さんをやってくれる人”と聞くと、初めて参加した小さい子から大きい子まで、一斉に手を挙げてくれます。基本的には、この年に副班長さんをやった人を班長に、副班長さんには、銅メダルをもらった頑張った子から選びます。できるだけ多くの子に班長さん、副班長さんを経験してもらうようにしています。
合宿所では、できるだけ20人以上が泊まれる大部屋をお願いしています。今の子供たちは、兄弟、姉妹が少なく、一人部屋で育っている子が多く、大部屋での生活に慣れていません。そんなことで、自分中心になりがちです。一緒に食事をし、一緒に同じ部屋で寝る。大部屋でいろいろな年代の子供たちと楽しく遊ぶという経験は、大人になって生きていくためにはとても大切な事だということが分かってくるのです。やさしくて思いやりがなければ、長い時間みんなと一緒に生活できないということに、そのような生活の中で気付いていくのだと思います。

子どもクラス指導目標
道場の指導目標は「仲良く、けがのないよう、楽しく、厳しく」です。子供クラスでは、合気道の技を覚えるのは骨格のしっかりしてくる中学生からでよく、とにかく体力をつけることに重点を置いています。そして礼儀・言葉使いなど、躾にも気を付けるよう指導しています。
ここにいる入江指導員にも常日頃、言っていることですが、“君と道場の子供たちとは決して友達ではないのだよ! 君は、彼らの先生なのだから、責任と自信を持って言葉使い・礼儀をしっかりと指導しなさい”と言っています。そして、小学生に限らず、指導者として立った時には、稽古であろうと、会話をする時であろうと、「伝えようとするエネルギー」、「からだ全体から発するエネルギー」が必要だともよく言っています。いっぱいのエネルギーには、子供たちも、身体全体からのエネルギーでこたえてくれます。
「からだ全体から発するエネルギーって、なんですか?」と、よく聞かれます。このように答えています「先ず、自分自身に自信を持つこと。そして相手の目をしっかり見て、大きな声を出すことだ」と言っています。気合のこもった大声は筋力、行動力を10%アップさせるといわれています。体内のアドレナリンがアップするのです。これは怪我防止にもつながり大事なことと言えます。中学生になると子供クラスから、大人クラスへと移行します。大人クラスは、年齢も10代初めの中学生から70歳、80歳まで、合気道の段位も初心者から、七段の高段者まで一緒に稽古しています。
最初は怖がって、中学生同士で、コチョ・コチョと道場の隅っこでやりたがりますが、大人の中に放りこみ、積極的に大人の人と稽古するようにさせています。世代、実力の違う人、海外の人たちとの自然な交流は、学校生活では絶対経験できません。とても良い経験になり、人間力の向上になると思っています。これも試合のない合気道、そして町道場の特徴かもしれません。

武道の役割について
先生方もよくご存じと思いますが、平成18年に改正された教育基本法に、教育の目標として「伝統と文化を尊重し、それをはぐくんできた我が国と郷土を愛すること」と定め、我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重視することになりました。そして体育については、諸外国に誇れる日本固有の文化として、歴史と伝統のもとに養われてきた武道を必修化しましょう、と決まりました。武道を長くやってきた者として、子供たちの体力の低下と、豊かな心や健やかな身体の育成に、武道がお役にたつ事は嬉しいことです。
話が飛びますが、アサヒビールの名誉顧問でいらっしゃいました中条たかのり氏が「世界の歴史が説く民族滅亡の三原則」という興味深いお話をされています。
1.理想・夢を失った民族、 
2.すべての価値をものでとらえ、心の価値を見失った民族、 
3.自国の歴史を忘れた民族
また、イギリスの歴史家のトインビーも面白いことを言っています。
「12〜13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる。」と。私が、つい先日まで滞在しましたフィンランドにも「カレバラ」という神話があり、絵本、教科書にも取り上げられ、子供から大人まで、とても大切にされています。
日本も歴史と伝統を見直し大切にしなければと強く思っています。

スポーツと武道について
こんにち、世界の人々の間で多くのスポーツが行われています。最近では、ブラジル・リオデジャネイロで、オリンピックが先週まで開催され、種目も28競技306種目を数えています。これらのスポーツでは、そのスポーツが発祥した国の人々の「も
のの考え方」や「行動の仕方」が、そのスポーツの規則やマナーとして大切にされています。
スポーツは狩猟民族から発生したものが多いと、よく言われています。狩猟民族は、お互いに声をかけながら獲物をグループで追い込んでいくので、団体スポーツが主流(サッカー、バレー、バスケット、ラグビー、アメフト、など)。一方、農耕民族の日本は、ひとり一人が黙々と作業していくので一対一の武道が多い(剣道、柔道、空手、相撲、合気道・・・。)と言われています。もちろん、武道とスポーツの性格には共通する部分も多くあります。
「武道は礼に始まり礼に終わる」
 リオ・オリンピック男子柔道73キロ級で優勝した大野将平選手の態度が、とても評判になりました。大野選手は五輪の舞台で勝利を重ねても、他の選手のようにガッツポーズをしたり、笑顔を見せることは決してしませんでした。金メダルを獲得した瞬間でさえも表情を変えず、深々と礼をし、決勝の相手(ルスタフ・オルジョフ)と握手を交わし健闘を讃えあいました。その理由は「心・技・体、すべてで外国人選手に勝つこと」という彼の信念が大きく関係しています。「礼に始まり、礼に終わる。相手への思いやりを忘れず、美しい最高の日本柔道を見せることを第一に考えていました。」とインタビューに答えていました。また、100キロ級男子柔道で、1本負けした外国選手が、対戦相手との、握手も最後の礼も拒否して退場したのには驚くとともに非常に不快な思いをしました。しかし、後で新聞に載っていましたが、お互いの国が政治的にうまくいっていないことがあるそうです。しかし、「オリンピックでしょう!武道でしょう!」と、思ったのは私だけでしょうか!?
また、日本と、海外での礼の仕方、挨拶の仕方の違いについて、よく話題になります。私も、年に数回は海外に出ます。欧米では、握手をします、それも男同士だと、できるだけ強い力で自分の力を誇示するように握手をします。そして相手の目を見るのは、もともと利き手を相手にゆだねるので警戒するところから出ています。
日本人は、握手になれていないので、つい照れくささから相手の目を見ないで握手をします。相手の目を見ないのは本来、負けを意味することになります。
つい先日まで行われていました、オリンピックでの表彰式でよく見られましたが、おたがいの左右のホホをつけあう挨拶もあります。ニュージーランドでは、鼻をつけるというユニークな挨拶が行われています。また今でも、私はハグが苦手です。特に女性とのハグは、この歳になっても、つい赤面してしまいます。このような挨拶は、「親しみ、親愛」を表しています。
そして、オリンピックで、よく見る光景ですが、試合後に対戦者同士で、お互いに健闘をたたえあってハグや握手をしています。日本での頭を下げる礼、そして稽古を始めるときに行う礼などは、相手を「尊敬、敬愛」する動作にほかなりません。最近では、挨拶ができない人、苦手と言うか下手な人が残念ながら増えています。

「気・心・体」について
昔は、「合気道は気合で人を倒すのですか?」と、よく聞かれたものですが、最近は、さすがにそのようなことは少なくなりました。五十嵐道場の宣伝文句(キャッチコピー)は、「心と身体の健康のために合気道の稽古をしませんか!」です。武道は総じて、「心身いちにょ一如」と言われますが、心の使い方、身体の使い方を考え稽古します。心と身体の健康、リラックスが本当に美しい身体を作るものと思っています。美しいものを見て、素直に美しいと感じる心。それを素直に身体で表現できる人、このような人が本当に強く美しく優しい人と言えます。また、「行動は心をつくる」と言われています。
マザーテレサが、『相手の目を見て微笑む、手に触れ、ぬくもりを伝える。そして短い言葉をかける。愛は言葉でなく、行動である。』と言っています。心と身体のバランスの取れた言葉と言えます。
日本には、「気」の付く言葉が多くあります。「元気がいい、気が利く、気になる、
気分が良い、気持ちが良い、気力、気心、天気、病気、気うつ、内気、」等々。親しい友のことを「気の合った友」、「気心知れた仲」などと表現します。
また、武道では「気・心・体いちにょ一如」「気は心のとびら」など、気の作用が心、身体を動かすと考えています。また、合気道は「心が身体を動かす」と言う道理があります。海外では「Mind moves body」と説明しています。
身体の動きの「みなもと」は、ふた二つあって、ひとつは頭の脳の命令によるものと、もう一つは気・心を原点としているものであって、前者を顕在意識、後者を潜在意識
と言えるのでは思います。顕在意識・潜在意識は「よく氷山に例えられます」。氷山の90%以上は水面下にあり、私たちが普段使っている能力は、遺伝子情報、そして経験・勉強などで培った知識、身体能力などが、脳にインプットされ顕在意識となります。水面に出ている氷山と同じようにほんの一部であります。水面下にある90%以上の使われない意識が潜在能力となり、よく言われる「火事場のばか力」の原動力になるものです。武道、スポーツ、子ども時代の楽しい遊びが、この潜在能力を引出し、力となってくれます。人間の眠っている潜在能力にスイッチを入れる重要な「気」の本質は、心にあると言えます。
「努力は裏切らない!」、「目標は、人をつくる!」、「我慢と努力はすべてを制する!」など、スポーツ根性ものによく出てくる言葉です。心のバランスと身体のバランスが、うまく働いた時は、素晴らしい効果を見せます。そして、そのバランスが崩れた時は、アキラメと挫折となっていきます。バランスをみきわ見極めることは、至難のわざ業です。
先日のオリンピックの女子レスリングの吉田さおり選手の小さい時の、父親との会話がテレビで紹介されました。さおりさんは、レスリングの試合に負け、試合相手がきれいな金メダルをもらうのを見て、「あのメダルが欲しい!」と父親に訴えたそうです。それに答えて、父親は「メダルは、スーパーでは売っていない。ガンバッタ子しかもらえない!」と言ったそうです。それからの吉田さおり選手の努力、結果は皆様よくご存じのものです。
また、シンクロの井村監督が、選手が銅メダルを取った後のインタビューに答えて「2014年に、監督を引き受けた時は、選手たちは、シンクロが、ただ好きな集まりだと思いました。この選手たちがオリンピックでメダルを取るためには、厳しい練習、つらい練習が必要。そして体力が消耗して最悪になった時、それを超えさせる。そのような練習が必要と思い1日に10時間以上の練習を課しました。そして今は、メダルが取れるようなアスリートになってくれました。」と、満面の笑顔で答えていました。指導者としての厳しさを感じました。とても私には、このような指導は出来ません。
スポーツ選手として成功することも大切でしょうが、ごく一部の人たちです。生意気のようですが、教育とは一般的には成人してから立派に、健康に社会人として生きていくために行うものと思います。

最後にあたって
教育評論家の先生のお一人が、「小・中学校での子供たちの教育には、学校での教育、家庭での教育、そして地域社会での教育、この3つの役割分担があり、それぞれに踏み込んではいけない垣根があると思います。家庭には家庭でしかできない大切な教育がありながら、親が自分の役割がどうあるべきかをわかっていないから子供に教えることができない。当然そういう家庭は、学校との境界線もわかっていないので、何でもかんでも学校の責任にします。家庭の役目は、子供の感性を育て、早い時期に子供の適性をみいだ見出してあげることだと思います。これは、子どもへの躾と同様に家庭でしか出来ないものと思います。」と述べていました。
私たち武道道場は、地域社会での教育の一翼を担っているのでしょうか! 頑張りたいと思います。先生しかできないこと、保護者しかできないこと、子ども達しかできないこと。互いに言いたいこと、伝えたいこと。コミュニケーション能力が落ちている今、先生からの発信だけではどうにもなりません。受け皿である保護者、地域が一体となり、生徒のためにも、つながりを深める必要があります。私たち現代人は、過去の日本人が大切にした「礼儀と道徳」を忘れ、自分が良ければ」と思い、甘えすぎているようです。
如何でしたでしょうか? いただいた『テーマ』から脱線したところが多くて申し訳ありませんが、本日のテーマ「心のバランスと身体のバランス」、子供の持っている可能性を引き出すためのヒントに少しでもなれば幸いです。
私自身、このようにお話させていただいていますが、分からないところ、できないところが、まだまだ多くあります。
合気道の現道主植芝守央先生が常々「日々の稽古を大切に」、「継続は力なり」とご指導されています。これからも動ける限り稽古を続けたいと思っています。
そろそろ合気道のご紹介に入りたいと思います。

 

旭中学校区合同研修会に同行して
五十嵐道場指導員 入江 真弘
  
 8月24日、旭中学校区小中合同夏季研修会において、五十嵐道場長による講演会が行われ、お供させていただきました。
「心のバランスと体のバランス」というテーマで、道場長が合気道の子どもクラスを通じて感じたことや、様々な経験から、子どもの力を伸ばすために必要なことをお話しされました。
私が、子どもクラスを指導する時には、子どもにしっかり挨拶をさせること、返事をすること、大きな声を出すこと、子どもたちだけで出来るところは任せてみる。何かしてもらった時は「ありがとう」を必ず言う、ということを徹底するようにと、五十嵐道場長に注意を受けてきました。
この日の講演を聞いて、人としてあたり前のことをできるようにしてあげることが、子どもの心を鍛えることにつながるのではないかということを改めて感じました。活発な子どもに育てたい、明るい性格にさせたい、落ち着きのある子どもにしたいなど、保護者の方から様々な要望があったとしても、だからといって特別なことをする必要はないと思います。しかし、そのためには私たち指導者、保護者、周りの人たちが、しっかりできていないといけないことだと感じさせられました。
このような貴重な機会にお供させていただいたことは、指導者を目指している、私にとっても貴重な経験となりました。そして同時に、今後の子どもクラスの指導において、より一層の力を入れていきたいと強く感じました。


第12回国際合気道大会に参加しました!


10月2日(日)、群馬県高崎市駅近くに新築なったアリーナにて開催された第12回国際合気道大会に、五十嵐道場からは道場長と入江真弘が参加致しました。
30度を超える10月とは思えない気温の中、午前中に行われた合気道道主植芝守央先生の講習会には国内外から1,000人を超える参加者で会場は埋めつくされました。
午後からの演武大会は、植芝充央本部道場長、本部師範の演武の後、国内の都道府県連盟の演武と続きました。五十嵐道場長、入江指導員は神奈川県合気道連盟枠の中で演武をしました。都道府県連盟の演武後には、海外加盟団体演武、今大会の講師の先生方の演武と続き、そして最後に合気道道主植芝守央先生が、重厚なる演武で記念演武大会を閉められました。
高崎駅ビル内のホテルメトロポリタンで開催された「さよならパーティ」は、1,000人を超える多くの人で埋め尽くされました。パーティが始まると国内外の旧知の先生方が、五十嵐道場長のもとへ集まり楽しいお酒と歓談となりました。楽しい会話が弾み、食事に手を出す余裕がないほどでした。2時間のパーティもあっという間に終了となりました。また4年後の大会を楽しみに待ちたいと思います。

(合気道五十嵐道場指導員・入江真弘)

 


道場長きままごと(3)

〜飛行機で、2日〜3日をかけてアルゼンチン・ブエノスアイレスへ〜

私は、平成26年11月17日(月)から27日(木)までの11日間、アルゼンチン・ブエノスアイレスに指導に行って来ました。日本の反対側にあるとても遠い国です。
どれほど遠いのかお話しいたします。17日は、午前11時30分に自宅の橋本を出発しました。成田空港に到着、夕方5時発のユナイテッド航空便で乗換の米国・ヒューストンに向かいました。到着時間は現地17日午後1時間45分、飛行時間は11時45分です。日本時間で翌日18日(火)午前4時45分です。
ヒューストン空港で9時間という長い待ち時間の後、乗継便で最終地のブエノスアイレス空港に到着したのは、現地時間で18日(火)午前11時30分、飛行時間10時間30分です。日本時間で同日の午後11時30分です。自宅を出てから、なんと36時間後です。実に遠いです。エコノミークラスでの長時間ですので、膝も腰も悲鳴を上げています。そして12時間という時差で頭も混乱です。しかし、このような遠い国から、平成25年開催の五十嵐道場30周年記念行事にアルゼンチンから6名が参加してくれました。嫌な顔を見せるのは遠慮しなければならないことです。
アルゼンチン合気道連合責任者のダニエル先生、橋本道場で3ヶ月間、内弟子同様に稽古したナウエル初段、日本人の東野朗子さんの出迎えを受け、講習会場のあるラ・プラタ市に向かいました。到着当日は、気温が32度と真夏のような暑さでした。しかし翌日からは雨・曇の日々が続き気温も20度以下の過ごし易い日が続きました。講習会は、20日(木)〜24日(月)、同市の体育館に80枚の畳を敷いて5日間行われました。子どもクラスを1回、一般クラスを8回指導しました。昇段審査も行い、弐段が6名、初段が1名合格しました。彼らの受験課題のエッセイが、ホームページに掲載されます。とても真摯に合気道に向かい合っていることがわかります。
帰国は、現地25日(火)午後10時25分発(日本時間26日午前10時25分)のユナイテッド航空で乗継地のヒューストンに向け出発しました。ヒューストンまでの飛行時間は10時間35分。同空港で4時間40分の待ち時間の後、乗換えて成田空港に着いたのが、27日(木)午後4時でした。飛行時間は14時間10分、都合24時間45分という長旅でした。
そんな長旅で、もう年寄りの私には「もう無理だ! もう来たくない」と思いながらも、ダニエル先生の「2017年4月のアルゼンチン合気道連合15周年記念には、また来てください」という誘いに、つい「YES!」と言ってしまった私でした。


 


道場長きままごと
(2)

先日買い求めた“PHP11月号”の「特集:人づきあい」の中で、俳優加山雄三氏が、自身の心に残る言葉を述べております。とても素晴らしい言葉でしたので紹介します。
「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい。それはいつかあなたの運命になるから」
素晴らしい言葉であり、また怖い言葉とも言えます。私はこれを読んで、思わず“ドキッ”としました。思い当たる事が多々あったからです。皆さんは如何でしようか?
感謝の気持ちは思いやりに変わります。思いやりの心には温かさが宿ります。植芝盛平翁先生は「武は愛なり」、「合気道の合は愛に通じる」、「合気道は感謝の武道」と言われております。
私は、明治大学入学と同時に合気道部に所属、18歳で稽古を始めて48年になります。しかし、上記の合気道哲理を翁先生の万分の一も心身ともに理解の境地には至っていないようです。二代道主植芝吉祥丸先生が、お話してくださった「合気道のおもしろさは50代、60代になってからだよ!」の言葉のように、合気道は私にとりまして十分におもしろくなっているのですが、60代半ばの最近は、合気道の難しさはもちろん、「強さって、なぁーに!」と考える日々を過ごしております
四段昇段エッセイに、カナダ・カルガリー合気会のマッチエ・スロット氏が、下記の言葉を彼のエッセイ「初心者の指導の仕方について」の最後に記しておりました。
『稽古に一番大事なのは純粋な「初心」だと思います。鈴木俊隆先生が言っておられます。「初心者の心には多くの可能性があります。しかし、専門家といわれる人の心には、それはほとんどありません」と。』
私は恥ずかしながら、鈴木俊隆先生を存じ上げておりませんでした。調べてみると、鈴木俊隆(しゅんりゅう)先生は、曹洞宗の僧侶でアメリカに禅を広め、著書も多い高名な先生でした。日本の伝統を、日本の歴史を外国人に教えられることが最近多いようです。今や、真摯に武道の稽古に取り組む外国の方々の方が、日本人より日本の伝統、日本の歴史、また合気道のこと、開祖翁先生のことを理解しております。マッチエ氏のエッセイにある「専門家といわれる人の心には、それは(初心の心)ほとんどありません。」という鈴木先生の言葉は重いですね。合気道の専門家である私の心に“ズシン!”と響いています。“稽古後のビールが美味しい”などと言っている場合ではないなと、感じております。ただただ反省する次第です。また反省会です。


道場長きままごと
(1)

橋本道場で熱心に稽古する、ボダルト・ベイリーさんが、最近「ケンペル・礼節の国に来たりて」という本を出版されました。彼女は、大妻女子大学比較文化学部教授で、五代将軍徳川綱吉の研究で有名な歴史学者です。ドイツ人のケンペルは約10年の長い旅の末、1690年(元禄3年)に日本を訪れ、2年間滞在しました。その間の長崎での日々、将軍徳川綱吉との出会い、道行く人々・・・・。彼の日本での経験は、死後「日本誌」として発表され、初めて日本の全体像が”正確かつ偏見なく”ヨーロッパに紹介されました。
その本に「いつも、町の人々の生活の中に秩序と品の良さがあることに強い印象を受けた」、また「人々の生き方を見ると、非常に貧しい農民からきわめて高い君侯に至るまで、まるでこの国全体が礼儀と道徳を教える高等学校であると呼んでもよいくらいだ」とケンペルが書いています。
また、明治大学合気道部の部誌「吾勝」に、部長の杉山民二農学部教授が「測定実験の向上もラーニングで」のテーマで、興味深い原稿を寄せておられますので一部をご紹介します。
『私たちの日々の生活の中で手を動かして操作する事が、極端に少なくなってきたように思う。たとえば、洗面台の水洗器を回すことなく、蛇口に手をかざせば自動的に水が流れてくるので、手を洗う事が出来る。日常生活がセンサーの働きで自動化されるに連れて、日々の生活の中で繰り返し扱う事で体得した「力加減をして操作する」ことがなくなってきた。このことが理科系の研究活動に困った事態を招いている』と述べ、ガスボンベのバルブ、等の開け閉めの力加減の“いい加減さ”からトラブルが多発していると言っておられます。
本来「いい加減」は「良い加減」の事であったのですが、最近は「あいつは、いい加減なやつだ」というように悪い表現に使われる事が多くなりました。
合気道は武道の一つですから、力加減一つで怪我をすることもあります。また悲鳴を上げるほど痛いこともあります。これも痛みを知らない世代に多く見られることです。しかし稽古を経てくると、自分の痛みも人に与える痛みも、自分の身体を通して理解できるようになります。
文部科学省が、平成24年より武道教育を中学校の保健体育の時間に必修科目とする英断は画期的と言えましょう。
ケンペルが感じた「日本人」、杉山先生が感じた「加減」について、考え直す時が来たようです。私たち現代人は、過去の日本人が大切にした礼儀と道徳を忘れ「自分がよければ」と思い、また自動化でなんでも便利になった生活に甘えすぎているようです。

引用文献
1.ミネルバ書房「ケンペル・礼節の国に来たりて」ボダルト・ベイリー教授著
2. 明治大学合気道部部誌平成21年度版「吾勝」杉山民二教授寄稿文

 


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