第23回モスクワ国際映画祭見聞記

カシヤノフ首相があいさつ

 今年のモスクワ国際映画祭は、宮沢りえが最優秀女優賞を受賞したことで、珍しく日本のマスコミが大きく取りあげた。そこでは「世界有数の権威ある映画祭のひとつ」などと紹介されたが、現場の映像は昔のニュースから引っ張り出してきたようなものばかりだったようだ。それもそのはず、カンヌなどと違い、日本人記者の姿を会場で見ることは皆無に近く、ほとんど誰も取材していなかったのだ。残念なことに、現在のこの映画祭に対する日本のマスコミの評価が、その程度だということだろう。実際、新藤兼人監督が『生きる』でグランプリを取ったときには、紙面の片隅にベタ記事が出るだけだったのだ。

 かつては隔年開催だったが、1999年から毎年行われていて、今年第23回目を迎えた。去年7月に出た大統領令が映画祭の毎年開催と予算措置を定め、正式に国家的行事としての位置付けを獲得し、開会式にはカシヤノフ首相が挨拶に立った。この大統領令の目的は、ロシア映画が国際的文化交流の発展に果たす役割を高めることにあるというのだが、今年の映画祭で最大の不名誉な出来事は、コンペティションに「ロシア映画」が1本も無かったことだろう。

 実は、ロシア人監督の作品があることはあった。『クイッキー』というセルゲイ・ボドロフ監督(『コーカサスの虜』他)の新作だ。しかしこれは、ロサンジェルスの豪邸に住むロシアマフィアのお家騒動を描く「ドイツ映画」(つまり、製作資金がドイツから出ている)で、素直にロシア映画とはとても呼べないものだった。映画祭の盛り上げ役を果たすべき公式日報の「マネージ」も、「優しくしてくれ」という監督のコメントをわざわざ「本日の一言」に選ぶ始末で、この作品を迎えるロシア側の雰囲気を端的に現していた。

注目される『ダウンハウス』

 しかし、ロシア映画が低調なのかというと、必ずしもそうではない。一時期にくらべると、それなりの水準の作品が出てきている。しかし、そういう作品は、すでに国外の映画祭に出品されてしまっているのだ。そうした国際的に評価され得る水準の作品は、コンペティション以外に20数個用意されたプログラムの中で上映されることになる。映画祭全体で250本以上ある上映作品の中で、私が観たのは、もっぱらそうした新しいロシア映画と、古いソビエト映画の発掘/回顧上映だ。それだけで満腹になるほど、内容的には充実したプログラムが組まれている。

 個人的に一番楽しんだのは、無声映画時代の古典『トゥルブナヤ通りのアパート』(ボリス・バルネット監督)の生伴奏つき上映。この監督の天才を改めて感じた。新しい作品では、セルゲイ・ボドロフ監督の同姓同名の息子が監督した『姉妹』よりも、チェブラーシカのロマン・カチャーノフ監督のこれまた同姓同名の息子が監督した『ダウンハウス』に将来の可能性を感じた。ドストエフスキーの『白痴』の舞台を現代に移して大胆に脚色した作品で、CG(コンピュータ・グラフィクス)を駆使しているのも目を引いた。

『エイゼンシュテイン』も

 映画博物館では『老人と海』のアニメーションで知られるアレクサンドル・ペトロフ監督の展覧会があり、作品の原画やスケッチなど興味深い資料が数多く展示されていた。ホールでは埋もれていた古典作品を発掘する企画も興味深かったが、ソ連を代表する監督エイゼンシュテインの後半生を描く『エイゼンシュテイン』(レニー・バートレット監督、カナダ・ドイツ合作)が特別上映され、思ったより良質の作品に仕上がっていて面白かった。日本公開がありそうなので、その際にはぜひご覧いただきたい作品だ。

新藤、神山監督らも参加

 最後に、今回上映された日本映画について触れておこう。新藤監督の『裸の島』が第2回グランプリを受賞して40周年を記念して、最新作『三文役者』との2本立て記念上映が行なわれた。さらに、孫娘の新藤風監督の『LOVE/JUICE』も新人のプログラム中で紹介された。また、「社会主義リアリズムの昨日と今日」の枠で神山征二郎監督の『郡上一揆』。以上の作品の監督は映画祭の招待でモスクワを訪れ、舞台挨拶にも立った。他に、世界のヒット映画の枠で『ホワイトアウト』。さらに日本映画の新しい流れの三池崇史、青山真治、サブ監督らの作品が若い世代の注目を集めた。

 なお、インターネット上に個人的に開設している掲示板で、実際に観た作品の紹介等をさらに詳しく書いているので、ご興味のある方はご覧いただけると幸いです。(井上徹

初出:「日本とユーラシア」(日本ユーラシア協会)第1291号、2001年8月15日
掲載時のタイトルは「宮沢りえが最優秀女優賞のモスクワ映画祭」、中見出しは編集部がつけたもの

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