映画『エイゼンシュテイン』

 戦争と革命で荒廃したモスクワの街。灰色にくすむ建物と人ごみを突っ切って、鮮やかなブルーに赤のストライプが入った衣装をまとった一団が早足で駆け抜けてゆく。国内戦から復員したばかりのエイゼンシュテインは、集団のなかに友人アンドレイを見つけ、ついていく。こうしてメイエルホリドの前衛的演劇集団に加わることになったエイゼンシュテインは、さらに映画に転身し、『戦艦ポチョムキン』で世界的名声を得るに到る。しかし、当局からの圧力、メキシコでの挫折、仲間からの孤立、そして師であるメイエルホリドの粛清……その後半生は暗い影に覆われる。

 『エイゼンシュテイン』は、カナダ出身のレニー・バートレット監督の長編デビュー作。大河ドラマさえ作れそうな事件と逸話にみちたエイゼンシュテインの半生を題材に、大胆に脚色を試みた作品だ。実際の作品群を縦糸として権力者との軋轢の歴史をたどり、演劇の師フセヴォロド・メイエルホリド、盟友グリゴーリー・アレクサンドロフ、妻ペラ・アターシェワらとの交友関係を横糸として、全体のドラマを織り上げている。実に盛りだくさんの内容をコンパクトにまとめているが、全体に説明不足な感じを受けるのは否めない。登場する映画作品の説明がほとんどないので、エイゼンシュテイン作品になじみがない人にとっては、話の転換・進行が見えにくいだろうし、さまざまなエピソードを追うのに急で、人物の掘り下げがいささか甘い。それでもなお、エイゼンシュテインが生きた時代の空気をある程度捉えることには成功しているのではなかろうか。

 監督自身は「エイゼンシュテインの伝記をモチーフに芸術と権力についての寓話を作ったのだ」と言う。たしかに、史実通りではない場面がいろいろ出てくるのだが、これは逆説的に、時代のなかで息づく生身の人間としてのエイゼンシュテインを取り戻そうとする試みとなっている。この映画を観終わった観客は、きっとエイゼンシュテインをこれまでより身近に感じるようになっているだろう。

(井上 徹)

初出:「エイゼンシュテイン・シネクラブ・ニュース」第85号、2002年6月6日、エイゼンシュテイン・シネクラブ(日本)
掲載時のタイトルは「映画『エイゼンシュテイン』、近日公開」。

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