なかじまよしおの草の根りんく

BLUE SKUNK'S LAIR  スカンクちかのさんはサングラスをかけてうたう。彼が意識しているのか定かではないが、
絶えることのない知性をBLUESという音楽様式とサングラスでカモフラージュしているよう
に思えてならない。それは彼がシャイだからなのかもしれない。そしてその反動か、
グッピーやあっとぺっぷなど懐かしのハマのライブハウスに関する記事を含む愛情溢れる
コンテンツの数々は、過剰なほど盛りだくさんで、巣窟という名の迷宮でもある。
高校時代のクラスメイトで、現在まで交友関係が続いている家具職人の田中伸生は、
不器用だが着実に人生を歩んで現在に至っている。ぼくらは音楽の趣味が合うのだが、
付かず離れずの関係が長きにわたって続いている理由はおそらく他にもあるのだろう。
そんな彼のつくる家具はどれも、彼の人柄や人生の歩みを映す鏡のようだ。
「たんばりん」は、グループであると同時に矢野英男個人でもあるという点で自由を獲得
しているが、矢野英男がギターとタンバリンを常に担当しなければならないという点で、
不自由という制限があると感じたのは、初めて彼がボーカルを務める「トランポリン」を
観た時だった。実際には「トランポリン」のレパートリーも矢野英男の作詞・作曲なので、
彼のワンマンバンドと言っても過言ではないのだが、彼がギターとタンバリンの呪縛から
解き放たれたことにより、より自由なパフォーマンスを獲得し、それが彼の表現者としての
可能性を極限まで押し広げたと言っても過言ではないと同時に、それを可能にした
メンバーに矢野英男が絶対の信頼を置くのを理解するのはたやすいことだ。
PENGUIN HOUSE               ペンギンハウスにはステージがない
              あるにはあるのだが、客席との境界はあいまいだ
              それはちょうど路上のようだ
              ペンギンハウスには空がない
              地下にあるから星は見えない
              雲を浮かべて空を描こう
              ついでに道路も描いてしまおう
              自分の居場所をつくってすわろう
              階段の下、ドアを開けると
              ペンギンハウスにはうたがある

この詩は、2000年4月29日のペンギンハウスライブのためのアンケート用紙に掲載した
ものです。1997年に、友人のたんばりんのライブを観に行ったのがきっかけになって、
翌年から2010年まで出演していました。現在当時のマスターは引退されているようです。
根底にあるものはとても近いはずなのに、表現方法の違いがそのままぼくらの音楽上の
距離となる。彼が持っているぼくにないものがぼくを嫉妬させるけど、彼はぼくに刺激を
与えてくれるスパイスのような存在です。
ジョニーの事件簿 細身のからだでしなやかにさまざまなことに挑戦してゆくジョニーは、ぼくとは何もかもが
正反対なのに、一緒にいると心安らぐのは、ひとえに彼のやさしさによるものなのだろう。

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