[はじめに]

 本書は,これからスポーツ人類学を学ぼうとする大学生のテキストとして編まれたものである。
 日本においてスポーツ人類学が学問としての正規の座を得てから,すでに15年以上の歳月が流れている。この間に,いくつかの大学では教養科目として,また専門科目として「スポーツ人類学」や「スポーツ文化論」といった科目が設置され,スポーツという現象を社会や文化との関わりの中で理解していくための授業が展開されるようになった。
 一方,こうしたアカデミズムの中での動きとはまったく別の形で,しかし,ほぼ同時期から,スポーツに対するとらえ方に少しずつ変化が現れはじめた。スポーツはたんに健康の増進や体力の増強といった側面だけではなく,社会的,文化的,さらには経済的な側面をももつことを多くの人びとが意識するようになってきたからである。たとえば,オリンピックやワールドカップといったビッグゲームが開催されるごとに,マスメディアは勝敗の行方だけではなく,一時的ではあれ,スタジアムという空間内に発生する観客たちのナショナル・アイデンティティ覚醒の様子を全世界に発信してきたし,その経済効果もつねに報道の対象とされるようになった。また,日本のトッププレイヤーたちが,国内を離れ,海外に越境することで,私たちはメディア媒体を通じて彼らの活躍を知るとともに,そこにかいま見ることができる異文化的慣習や,時には競技空間内にかもし出される異質の臭いをも感じ取ってきた。
 さらに,地球上をおおいつくしたスポーツ以外にも,特定の文化社会においては独自のスポーツらしき行為の存在が知られ,それらは時に民族スポーツや伝統スポーツという名称の下に私たちの社会に伝えられてきた。そして文化を異にする他者が行うスポーツの存在を,私たちは奇異に感じながらも,好奇心一杯の眼差しでながめてきた。これらのスポーツは一見すると風変わりに見えるが,多少なりともこれに関心をもって観察していくと,じつはそれらのスポーツが社会と密接に結びつく何らかの意味や機能をもっていることを知ることができた。そしてこのようなことを通じて,私たちはどこか違う文化的他者の存在を感じ取り,その感覚は,意識するしないにかかわらずわれわれの脳裏に深く刻み込まれてきたのである。
 このようにスポーツという行為が行われている空間に見られるさまざまな現象は,少なからず,私たちのスポーツに対する認識を変えてきたわけで,それは今日の大学の授業に象徴されるような,スポーツをより多角的にとらえ,より深く知ろうとする人びとの感情を生み出してきたと見てよいであろう。こうした感情が湧き上がる背景には,スポーツが当たり前のように私たちの日常生活の一部となり,人間の生き方そのものを模索する上においても,スポーツは欠くことのできない現象としてとらえられるようになったからである。
 スポーツ人類学は,こうした人びとの関心に少しでも応えていくための学問であり,とくにスポーツを通して文化的他者の理解を手助けしていくことを基本的スタンスとしている。本書はこのような文化的他者の理解を少しでも可能にするための視点と方法が盛り込まれている。その構成は4部からなっているが,第1部ではスポーツ人類学を鳥瞰し,スポーツ人類学とはどのような学問なのかを概観する。第2部では実際に異文化としてのスポーツを見ていくための視点が,15項目示されている。第3部ではスポーツ人類学を実践していくための方法が紹介される。そして第4部ではスポーツ人類学をもう少し深く学んでみたいと考えている人に対して,参考になるであろう文献を取り上げ,それを紹介している。
 本書の執筆者たちの多くは,かならずしもスポーツ人類学を専門としておらず,文化人類学,社会人類学,社会学,歴史学,人類生態学,スポーツ史学,スポーツ社会学,スポーツ行政学,スポーツ生理学,解剖学などを専門分野としている。したがって,本書はスポーツ人類学の専門家集団によって執筆されたものではない。こうした事情は,いまだスポーツ人類学において,ほとんど手のつけられていない領域が存在しているからであり,それをカバーしていくためには,上記の専門家たちの手を借りることが最善の方法であると判断したからである。そのため,本書の執筆にあたっては,編者が各章の構成の大枠を規定するとともに,内容についても,これまでの研究成果を多く取り入れるような提示をさせていただいた。したがって,本書の全体的な構成に不備があるとすれば,それはすべて編者1人の責任によるものである。また,分担執筆者の原稿は,すべて編者が目を通し,失礼とは思いながらも,全体のバランスを考えて,必要な範囲内で何度か書き直しをお願いした。編者の意図を理解し,快くそれに応じて,力のこもった論考を書いてくださった各執筆者のご厚情に心からお礼申しあげる。
 こうしてできあがった本書を手にすることで、少しでもスポーツ人類学という学問への興味と関心がもてたとするなら、それは執筆者一同の大きな喜びでもある。

2004年7月                   石井隆憲

                    
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[目次](執筆者)

第1部 スポーツ人類学への誘い
1 スポーツ人類学とは (石井隆憲)
2 スポーツ人類学の現在 (石井隆憲)

第2部 スポーツ人類学の視角
 1 身体構造に規制される動き (大迫正文)
 2 からだと環境 (鈴木哲郎)
 3 スポーツと儀礼・宗教  (木内明)
 4 スポーツ活動を支える組織 (田蓑健太郎・三浦美沙子)
 5 スポーツの文化領域  (荻 浩三)
 6 植民地主義とスポーツ文化の拡大  (石井昌幸・金光誠)
 7 スポーツにおけるエスニシティとナショナリティ  (石井浩一)
 8 スポーツのシンボリズム  (佐久間康)
 9 文化政策としてのスポーツ (時本識資)
 10 スポーツの記憶と歴史 (山本須美子)
 11 スポーツする身体の構築  (石井隆憲)
 12 ルールと慣習 (下谷内勝利)
 13 観光・開発・国際援助とスポーツ (大沼義彦)
 14 スポーツ・健康への認識 (金田英子)
 15 スポーツ・ジェンダー・フェミニズム (水谷秀樹・大家千枝子)

第3部 スポーツ人類学の研究法
 1 先行研究の文献を調べる  (天田英彦)
 2 フィールドワーク   (石井隆憲)
 3 スポーツの語り方 (石井隆憲)

第4部 スポーツ人類学の文献
 1 日本語文献 
 2 外国語文献


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スポーツ人類学

編著者  石井隆憲(日本体育大学教授)
発行日  2004年9月10日
ISBN  4-901933-05-1
体 裁  B5判・並製
ページ数  208ページ
価 格  定価 2,420円(税込)

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