[はじめに]
 本著は,ドイツのNRW「スポーツ科」の1980年と1990年の2つの学習指導要領の変化の過程を,ディスコースの産出という観点から検討したものである。このディスコースの産出という観点と理論枠組みは,David Kirkの著作に負っている。彼との出会いが,多様な資料を整理する視点を提供してくれたことになる。
 学部学生の時期にOmmo Grupeの著作に出会い,彼がドイツの「スポーツ科」の理念を方向づけるイデオローグだという話を伺ったのは,故高橋健夫先生からであった。ドイツとアメリカでの在外研究を終え帰国され,アメリカではDaryl Siedentopが,そしてドイツではOmmo Grupeが当時のイデオローグであることを紹介され,その思想を積極的に紹介されていった。この出会いもあり,個人的にOmmo Grupeの著作に目を通すようになっていった。実際,彼の身体性の理論は,現在でもドイツのスポーツ教育学者が運動の意味論を展開する際には必ずと言ってよいほど用いている。
 しかし,当時の私にすれば,彼の著作は難解であったし,大学院時代には,その枠組みを理解することに精一杯であった。しかし,それ以上に,彼の思想が実際の「スポーツ科」の授業実践にどのような影響を与えているのかが見えないままに一定の時期を過ごしていくことになった。もっとも,大学時代より,ドイツの「スポーツ科」を方向づけた理論はOmmo Gurpeのそれのみではなく,スポーツ教育学内には多様な理論が並存していたことは確認できていた。加えて,彼の理論が,身体性の理論から運動の意味論,プレイの意味論,そして文化論への展開されていったことも,愛知教育大学に赴任して以降,確認できるようになっていった。
 幸いにして,愛知教育大学在任中,1989年3月末より1990年1月末まで在外研究員としてOmmo Grupeの元に滞在することができた。この時期,東ドイツが崩壊する姿を目の当たりにすることになるとともに,Tübingen大学スポーツ科学研究所設立150周年記念式典が行われたことで,ドイツにおけるスポーツ教育学者達の関係を直接,確認することができた。そこで見えてきたのは,Tübingen大学スポーツ科学研究所がスポーツ科学の博士号を出すことができることになった影響やミュンヘンオリンピックを契機としたスポーツ科学の興隆の影響であった。Tübingen大学スポーツ科学研究所は,まさにその中心地であり,そのコントロールをしていたのがGrupeであった。彼の人脈は,スポーツ関係者のみならず,教育学者をも包括していた。Köln Sporthochshuleでのスポーツ関係者とのネットワーク,Münsterでの哲学,教育学関係者とのネットワーク,そして,Tübingenでの教育学関係者とのネットワークを彼は構築していったのであり,そのネットワークは,人材の輩出にも大きく貢献していくことになる。
 他方で,Grupeのもとで学位を取得した第一世代は,Waldähauser Ostでのプロジェクトに関わった人物達であり,その後にドイツ各地の大学でスポーツ教育学の教授職を取得していくことになる。特にKurzは,そこでの功績を認められ,NRWの「スポーツ科」学習指導要領の作成において理念形成という観点からみて中心的な役割を果たしていくことになる。
 ミュンヘンオリンピックを背景とした競技スポーツの台頭には,スポーツ教育学関係者からも批判が示されていた。それは,Grupeの教え子の間にも理論的な対立を生み出していくことになる。同時に,アンチGurpeとでもいう提案を生み出していく。前者がBannmüllerであり,後者がFunkeである。
 BannmüllerにしてもFunkeにしても,自身の理論的拠り所は,Gurpeの身体性の理論であった。その意味では,両者が互いに歩み寄れる余地はあったはずである。しかし,学会等の公的な論議の場では,両者の見解はアンチGrupeというラベルを貼られていた。この溝を埋め,Grupeの理論をスポーツ科の目標論や内容論に反映させ,制度的に位置づけることに貢献したのが,KurzとAschebrockであった。特に,Aschebrockは,1980年「スポーツ科」学習指導要領の改訂に向け,学会やNRW州立教育研究所のシンポジウムを積極的に活用し,改訂に向けた論点整理を積極的に展開していった。本論文では,この動きが,官制的再文脈化領域と教育的再文脈化領域各々の論議並びに両者を関係づける論議として検討されることになった。
 このような経過は,今までの時間を待たなければ見えない経過であり,その意味では,その経過の解明には時間を要した。また,この経過の渦中の人物と交流を続けることができたことが,今回の論文作成には必要な条件であった。
 また,NRWが先導的な州であるとは言われていても,なぜ,先導的であるのか,また,なぜ,NRWのアイデアが他州のそれに反映されていくのか。この過程を確認することは容易ではなく,資料の収集にかなりの時間を要した。実際,この根拠については,ドイツにおいても資料収集は困難であった。しかも,結果的に,この点に関して収集,整理した資料は,今回の論文では取り上げることができなかった。本来は,NiedersachsenとBayernの作成過程を検討することができれば,この関係をより明確に示すことができたのではないかと思っている。

2020年 岡出美則
                       [目次] [↑]



[目次]

序章 問題の所在
第1節 体育の危機の中で問われる体育カリキュラムの社会的構成過程
第2節 我が国における体育の目標論の変遷
第3節 諸外国に見る体育の目標論の変遷
第4節 体育科カリキュラムの社会的構成過程に関する理論
第5節 ドイツの「スポーツ科」を検討対象にすることの意義
第6節 ドイツの「スポーツ科」学習指導要領研究の動向
第7節 NRWを対象とすることの意義
第8節 研究の目的と検討課題


第1章 ドイツの「スポーツ科」に見る脱近代スポーツ種目主義への移行
第1節 ドイツの「スポーツ科」を取り巻く状況
第2節 ドイツの「スポーツ科」の学習指導要領に見る脱近代スポーツ種目化現象
第3節 「スポーツ科」学習指導要領の教科内容構成の変化を促したスポーツ教育学の論議


第2章 1980年NRW「スポーツ科」学習指導要領の目標と内容構成
第1節 ドイツの「スポーツ科」の目標を先導するNRW
第2節 1980年学習指導要領の目標と内容構成
第3節 体操/ダンス領域の内容構成
第4節 球技領域の内容構成3
第5節 スポーツに関する知識の教科内容体系


第3章 1999年NRW「スポーツ科」の学習指導要領の目標と内容構成1
第1節 1999年NRW「スポーツ科」の学習指導要領上の位置づけ
第2節 学校スポーツを方向づける教育学的視点と内容構成,授業論
第3節 基礎学校の学習指導要領(1999)に見る目標並びに内容領域構成
第4節 基礎学校学習指導要領に見る身体の位置づけ
第5節 中等段階Ⅰギムナジウム新学習指導要領に見る目標並びに内容領域構成
第6節 中等段階Ⅱギムナジウム上級段階新学習指導要領に見る目標並びに内容構成構成


第4章 第二次大戦後のドイツに見られた学校スポーツをめぐる5つの勧告
第1節 第二次大戦後のドイツの学校スポーツを方向づけた5つの勧告
第2節 学校体育促進勧告(1956年)
第3節 ボン協定(1972年)
第4節 学校スポーツ促進勧告(1972年)
第5節 第二次学校スポーツ促進勧告(1985年)
第6節 学校スポーツ促進に必要な外的諸条件整備に関するドイツスポーツ連盟の指針(2000年)
第7節 スポーツに対する価値観の変容に対応した「スポーツ科」設定の論拠の提案


第5章 スポーツの中の行為能力論の形成過程
第1節 「スポーツ科」で期待できる意味が問われた背景
第2節 第二次大戦後のドイツにおける「スポーツ科」の理念の変遷
第3節 スポーツの中の行為能力論に見るスポーツの意味論の形成過程
第4節 ドイツ教育審議会答申に見るスポーツの意味論:運動とプレイの保証を前提とした構想の提示
第5節 Waldh?user-Ostでのプロジェクト総括報告書に見られるスポーツの意味論
第6節 Kurzの教授資格論文に見られたスポーツの意味論
第7節「スポーツ科」の理念論争で提示されたスポーツの意味論の教育学的根拠
第8節 スポーツの意味論の変遷の示唆


第6章 Ommo Grupeに見る身体論と運動の意味論
第1節 Ommo Grupeの理論の位置づけ
第2節 Grupeに見る過去の身体論批判
第3節 Grupeの依拠した理論
第4節 Grupeに見る身体性の理論
第5節 Grupeに見る運動の意味論
第6節 プレイ論への批判的検討とその教育的可能性
第7節 Grupeの提案したスポーツ授業の目標論


第7章 身体の経験としてのスポーツ授業登場の背景とその実践
第1節 ドイツの「スポーツ科」に見る「身体」の位置づけの変遷
第2節 1980年指導要領の目標と内容領域編成に見る身体の位置づけ
第3節 1999年指導要領の目標と内容領域編成に見る身体の位置づけ
第4節 NRW「スポーツを通した学校内での健康教育」手引き書(1989)に見る身体の位置づけ
第5節 Bielefeld実験学校に見るカリキュラム改革への取り組み
第6節 実践から見た身体の経験としてのスポーツ授業の実態
第7節 身体の経験としてのスポーツ授業の提示した可能性と問題点

  
第8章 1999年NRW「スポーツ科」学習指導要領の改訂過程に見られた行政内の論議
第1節 1999年「スポーツ科」学習指導要領改訂に至る過程
第2節 1999年学習指導要領改訂に向けての審議過程の論点
第3節 1999年「スポーツ科」学習指導要領作成過程に見る脱近代スポーツ種目主義
第4節 1999年「スポーツ科」学習指導要領改訂に向けたKurzの提案
第5節 1999年「スポーツ科」学習指導要領改訂に向けたワーキンググループ報告書の内容
第6節 ギムナジウム上級段階のコース課程でのスポーツ授業づくりのための2つの提案


終章 研究の成果と課題:交渉の場から見たNRW「スポーツ科」学習指導要領の変遷過程
第1節 教科としての「スポーツ科」の変容過程を検討する問題意識
第2節 官制的再文脈化領域に見られたNRW「スポーツ科」学習指導要領の記述の変容
第3節 第一次領域で生み出されたスポーツ観の変容
第4節 教育的再文脈化領域に見られたスポーツ教育学の提案
第5節 第二次領域で派生した実践の変化
第6節 官制的再文脈化領域における1980 年「スポーツ科」学習指導要領に対する評価
第7節 交渉の場から見たNRW「スポーツ科」学習指導要領の変遷過程
第8節 「スポーツ科」の変容を促す継続的なコミュニティ形成の必要性

                    [はじめに] [目次] [↑]





明和出版の書籍一覧
ドイツ「スポーツ科」の形成過程
編著者  岡出美則(日本体育大学教授
発行日  2021年2月15日
ISBN  4-901933-44-5
体 裁  A5判
頁数  472ページ
価 格  定価 4,400円(税込)

 [はじめに] [目次] [↑]