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ボール運動の運動感覚指導
編著者  三木四郎・灘 英世
発行日  2018年3月1日
ISBN  4-901933-41-4
体 裁  B5判
頁数  150ページ
価 格  定価 2,200円(税込)

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[はじめに]

本書は2010年に第23回日本スポーツ運動学会の神戸大会が神戸親和女子大学で開催された当時の準備委員会のメンバーを中心に,金子明友先生の発生論的運動学の運動感覚理論からボール運動の指導の考え方とその実践についてまとめたものである。
 当時,メンバーから大学の体育授業でボールを投げたり,受けたりすることの苦手な学生のいることが話題になった。その原因として近年の子どもの遊びがTVゲームなどで変質していること,少子化が進み集団でのボール遊びをする子どもが減少していること,公園や空き地でのボール遊びの禁止によって遊び場がなくなっていることなどが影響して,幼少期で身につけるボール操作の技能が十分に発達していないことが挙げられた。子どもの中には地域のスポーツクラブに参加することで低学年からボール操作においてレベルの高い子どもがいる。その一方,基礎的なボール操作が上手くできず,生まれつき運動神経が鈍いためとボール運動を楽しむことを諦めている子どももいる。そのような子どもは運動神経が鈍いわけではなく,投げかたや受けかた,情況に対応した動きかたがわからないままボールゲームに参加していることから,どのような動きの感じがわからないのか,子どもの運動感覚に視点を当てた指導の必要性に私達は共通認識をもった。
 幼少期からのボール遊びは,子どものボール操作やボールゲームを楽しむための能力に極めて重要な契機を提供している。この時期にはいろいろと楽しいボール遊びやボール運動が用意されるが,そこでのボールを投げたり,蹴ったり,打ったり,受けたりする動感化現象(私はそのように動くことができるという出来事)の発生と充実に気づく大人や指導者はあまり多くなく,むしろ身体的発達や体力的な効果のみに関心が集まりやすくなる。子どもがどのようにボールを投げようとして,どのように受けようとしたのかという内在経験からの運動感覚に対する分析はまったく問題にされず,ボール遊びは単に経験だけで終わってしまい,後は本人の自得に任されるのが一般的である。そのため環境や運動経験に恵まれた子どもは,ボール操作の技能を身につけるが,そうでない子どもは運動神経が鈍いという理由で体力測定の数値から体力づくりのプログラムが処方される。
 ボール運動には,多くの種目があり,種目の特性に基づくルールとボール操作技能が求められる。ボール運動を楽しむためには,情況に応じた判断とそれに応じたボール操作,すなわち,私を取りまく情況に応じてどのような動きかたをするのかを考え,判断するカン身体知とそのような動きかたができるというコツ身体知が表裏一体となって身につける必要がある。このようなコツとカンの身体知を身につけることは,ボール運動の苦手な子にはとても難しいことになるが,体力を問題にしても「そのように動ける」という運動感覚の能力を育てることはできない。
 運動指導の運動理論には,二つの異なる基礎理論の運動学がある。ひとつは,自然科学をベースに置く科学的運動理論である。この運動理論では,人間の身体を対象身体として,外側から観察したり,計測したりすることで数量的にも精密な測定が可能になり,それによって身体運動のメカニズムを解明することで指導方法を導き出そうとする。もうひとつの運動理論は,運動現象学をベースにした発生論的運動学である。この運動学は,人間の運動を現象身体として〈今ここ〉に生きられた〈私の運動〉と認識することで,運動主体の身体にありありと感じとれる内在経験の地平分析を起点に運動を理論化するものである。〈私の運動〉とは,私の身体で動きの感じをありありと感じられる運動感覚(動感)運動のことで,運動感覚はフッサールのキネステーゼを意味して,「私はそのように動くことができる」という動きかたを「覚える−教える」の指導理論の中核的な概念になる。
 本書は,ボール運動で必要なボール操作技能を身につけるために,第1部では発生運動学の視点から運動感覚(動感)指導に関しての理論的な考え方を論じている。特に,ボール運動の動感身体知については,金子明友先生の「技の伝承」「身体知の形成(上下)」「身体知の構造」「運動感覚の深層」から動感能力の概略を示すとともに,具体的な例示によって解説している。この例示は,研究会のメンバーで検討された内容をまとめたものである。第2部では,はじめに「投げる」の動感構造,動感能力,習練目標,動感指導の実際について研究会のメンバー全員で検討することで共通の認識をもった。「蹴る」「打つ」「受ける」については,分担メンバーによってまとめたものである。特に,動感指導の実際については,動感素材の内容と動感指導のポイントを現場の実践に基づいて書いている。第3部では,元ラグビーワールドカップ日本代表の平尾剛先生に選手時代の経験を基にパスプレイを現象学的に分析した論文を載せている。ボール運動で大切なコツやカンは,多くの実践現場で日常的に指導の対象になっているが,指導者がこの本を通して,改めてコツとは,カンとは何かを問いかけるきっかけになることと,コツやカンを具体的な動感能力として認識し,それを指導に生かすことで子どもたちがもっと楽しめるボール運動になることを願っている。
                    
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[目次]

1部 ボール運動と運動感覚指導
T ボール運動の指導
U 運動感覚指導の考え方
V ボール運動の基本的運動形態の体系化
W ボール運動の学習と動感身体知
X ボール運動の〈今ここ〉を感じる始原身体知
Y ボール運動の動感能力とは
Z ボール運動で動感身体知を高める指導
[ ボール運動の運動学習と動感形成位相
\ ボール運動の覚える動感創発身体知
I ボール運動の教える動感促発身体知

2部 ボール運動の動感指導と実践
T「投げる」
 1「投げる」の動感構造
 2「投げる」の動感能力
 3 習練目標としての「投げる」
 4 基本的な「投げる」の動感指導の実際
U「蹴る」
 1「蹴る」の動感構造
 2「蹴る」の動感能力
 3 習練目標としての「蹴る」
 4 基本的な「蹴る」の動感指導の実際
V「打つ」
 1「打つ」の動感構造
 2「打つ」の動感能力
 3習練目標としての「打つ」
 4基本的な「打つ」の動感指導の実際
W 「受ける」
 1「受ける」の動感構造
 2「受ける」の動感能力
 3 習練目標としての「受ける」
 4 基本的な「受ける」の動感指導の実際

3部 ラグビーのパスプレイを考える
    ―話しかける,その声を聞く―

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