[はじめに]

 本書は早稲田大学に提出した筆者の学位論文「近代ギリシャのオリンピア競技祭の展開と変容に関する研究」(2010年7月)を単行本としてまとめたものです。
 20年ほど前になりますが,アテネにて国際オリンピック・アカデミーの故シミチェク(O. Symczeck)会長が,自身の書棚から一冊の本を取り出し,署名をして贈呈してくださいました。その本はギリシャ体育協会会長を務めたクリサフィス(I. Chrysafis)による『近代国際オリンピック競技会』(1930年)という本でした。前半部分はギリシャのオリンピア競技祭のようすが詳しく書かれてあり,彼の師フォキアノス(I. Phokianos)が精魂込めて開催したオリンピア競技祭の事実を刻印しておこう,という思いが込められていました。
 この本との出会いにより,アテネ市内の図書館や各国の考古学協会資料室を回るとともに,パンアテナイ競技場に何度も足を運び,19世紀に国家レベルのオリンピア競技祭が行われたことに思いを馳せました。2,500年前には,パンアテナイ祭がそこで盛大に行われ,若者たちが松明を手にアクロポリスの丘を駆け上がっていったのでした。
 古代と19世紀,そして2004年のアテネ・オリンピックに象徴される現代とをつなぐのが,パンアテナイ競技場です。この競技場こそが,ギリシャ人の古代の記憶を呼び覚ましたのでしょう。
 ギリシャ語史料の解読は,はかどりませんでしたが,カリフォルニア大学のヤング(D. Young)氏や,ギリシャ人研究者のヨルギアデス(K. Georgiades)氏らの優れた先行研究を活用しながら,自分の視点でまとめることができたと思います。先人の方々の功績に感謝いたします。
 近代ギリシャのオリンピア競技祭は,スポーツのほか,産業製品の発展を期して始められましたが,これは,過去からの伝統を,当該社会にどのように生かしていくのかということを,ギリシャ人がそれぞれの立場で取り組んだ伝統の再発見といえるでしょう。
 ギリシャのオリンピア競技祭が歩んだ過程,すなわち,産業博覧会と運動競技とがともに行われたオリンピア競技祭(1859年)から,運動競技中心のオリンピア競技祭(1870年)への移行は,近代国際オリンピック競技会においても同じような経過を辿りました。
 それでも両者は,芸術的成果への尊敬を忘れませんでした。ギリシャでは,1870年の第2回オリンピア競技祭で,産業製品競技の一部として芸術競技が行われ,近代国際オリンピック競技会も,1912年の第5回オリンピック競技会から芸術競技が導入されました。その中身は,絵画,彫刻,建築,音楽,詩歌であり,奇しくも同じ内容でした。
 古代オリンピア競技祭の復興を近代社会に適応させるために考えた人間の知恵は,運動競技のみならず,芸術や知性との関連に行き着いたものと思われます。
 人類の文化的な発展に寄与するのが,本来のオリンピック競技会であり,それらを含めてオリンピック・ムーブメントなのだということを改めて学ぶ場ともなりました。
 今後行われるオリンピック競技会やオリンピック・ムーブメントが,そのことを指し示すものであってもらいたいと思いますし,そうなるよう,微力ながら努力していきたいと思います。
 
 2011年9月1日      真田 久 




[目次]

序章 ドイツやイギリスにおけるオリンピック競技会復興の試み
第1節 ドイツにおけるオリンピック競技会への関心
[1]グーツムーツ(GutsMuths)とオリンピック競技会
[2]ドイツ人体育家 (Turner) によるオリンピック競技会
第2節 イギリスにおけるオリンピック競技会復興の試み
[1]マッチウェンロック・オリンピック
[2] リバプール・オリンピック


第1章 ギリシャ独立と古代オリンピア競技祭復興の始まり
第1節 ギリシャの独立と古代文化の逆輸入
[1]トルコ支配下におけるギリシャ人の生活
[2]新古典主義による都市建設
[3] 古代文化 (古典言語)への回帰
第2節 独立直後の体育家と考古学者による古代オリンピアの再発見
[1]ギリシャにおけるドイツ人体育家の活躍
[2]ギリシャ人体育家による古代オリンピア競技祭の宣揚
[3]ドイツ人考古学者の活躍
第3節 ギリシャ知識人による古代オリンピア競技祭復興の提唱
[1]古代オリンピア競技祭復興に関する提唱(1835年)
[2]「国家産業振興委員会」の設置(1837年)
[3]知識人による古代オリンピア競技祭復興の声明(1838年)
第4節 ギリシャ人による古代文化再発見


第2章 第1回オリンピア競技祭の開催
第1節 第1回オリンピア競技祭の理念
[1]Zappas による古代オリンピア競技祭復興の提唱(1856年)
[2]オリンピア競技祭の設立に関する王室条例
第2節 第1回オリンピア競技祭の組織
[1]オリンピア委員会の創設
第3節 第1回オリンピア競技祭の開催
[1]第1回オリンピア競技祭における産業博覧会の規定
[2]第1回オリンピア競技祭における運動競技の規定
[3]第1回オリンピア競技祭における産業博覧会の開催
[4]第1回オリンピア競技祭における運動競技の開催
[5]第1回オリンピア競技祭の国内的・国際的反響
第4節 第1回オリンピア競技祭の特徴
[1] 競技祭の理念について
[2] 競技祭の運営(オリンピア委員会とヘラノディカイ)
[3] 競技種目と出場者


第3章 第2回〜第4回オリンピア競技祭の展開と変容
第1節 第2回オリンピア競技祭(1870年)
[1] 第2回オリンピア競技祭の理念
[2]第2回オリンピア競技祭の規定と競技内容
[3]第2回オリンピア競技祭の組織と出場者
[4]第2回オリンピア競技祭の特徴
第2節 第3回オリンピア競技祭(1875年)
[1] 第3回オリンピア競技祭の理念
[2]第3回オリンピア競技祭の規定と競技内容
[3]第3回オリンピア競技祭の特徴
第3節 第4回オリンピア競技祭(1888,1889年)
[1] 第4回オリンピア競技祭の理念
[2] 第4回オリンピア競技祭の規定と競技内容
[3]第4回オリンピア競技祭の開催と出場者
[4]第4回オリンピア競技祭の特徴
第4節 第2回から第4回オリンピア競技祭の特徴と変容
[1]競技理念の変容
[2]競技種目の変容
[3]オリンピア委員会



第4章 近代国際オリンピック競技会の受容とCoubertinとの対立
第1節 Brookesによる近代国際オリンピック競技祭開催計画と全ギリシャ競技会
[1]アテネでの近代国際オリンピック競技会開催の計画
[2]ギリシャにおける全ギリシャ競技会の開催
第2節 近代国際オリンピック競技会(アテネ大会)の受容
[1] 近代国際オリンピック競技会開催の背景
[2]近代国際オリンピック競技会のアテネ開催の決定
[3]近代国際オリンピック競技会へのオリンピア競技祭の影響
第3節 近代国際オリンピック競技会のギリシャでの継続開催の要求
[1]ギリシャ国王による近代国際オリンピック競技会継続開催の発言
 [2]中間オリンピック競技会開催案
第4節 ギリシャ独自のオリンピア競技祭と近代国際オリンピック競技会


終章 ギリシャのオリンピア競技祭の展開と変容
[1]オリンピア競技祭の理念の変容
[2]競技祭を支えた組織の変容
[3]競技種目と出場者の変容

                     


明和出版の書籍一覧
スポーツ人類学ドクター論文集
19世紀のオリンピア競技祭

著 者  真田 久 著
発行日  2011年10月10日
ISBN  978-4-901933-31-5
体 裁  A5判
ページ数  254ページ
価 格  定価=本体2200円+税

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