No.36

幾ら何でもここまで更新ペースを上げるつもりはなかったのですが、反論がひとつ出てきたので、御参考まで。

From: "Yuko Kitano"
Subject: ファンレター再び
Date: Tue, 28 Mar 2000 01:50:20 +0900

お約束のファンレターです。

二週間の海外逃亡から帰ってきてその日に 新しいホームページを拝見しました。早稲田で講義をなさってた頃に、そんな由々しきことが出来していたとは。数々のどたきゃん休講を責めて、申し訳ありませんでした。許してください。

思いおこせば去年の六月、初任給30万に惹かれて神楽坂に面接を受けに行った時、佐藤さんのファンなんですう、講義に潜ってるんですう、と浮かれた私に、ふたりの面接官は
そう、佐藤さんは編集に対しても厳し〜い方だからねえ、と軽くいなし、あっさりと落としてくれたのでした。
いや別に佐藤さんのファンだったせいだなんて、ちっとも思っちゃいませんが。当時、新潮社は新しくファッション誌やら漫画誌やらの創刊を控えていて、あら、そんな会社だった?
と思ったのも覚えています。大手出版社としては売れ筋に走らない(訴訟沙汰は多いけど)、かたい出版社だ、と思っていたので、絶版云々の件は意外でした。よっぽどお台所が苦しいんでしょう。士族の商法みたいで心配ですが、今の経営方針は長く続かないんじゃないでしょうかね。装丁室の仕事はいい会社なだけに、惜しいものです。
平野氏をこき下ろす必要はないので、別に彼のファンじゃあないわ、とだけ言っておきましょう。氏の作品は内容と表現力が未だアンバランスな感じがします。同い年でもあんなもの私には到底書けませんけどね。彼はこれから新潮に育ててもらうんでしょうか。災難な。
『鏡の影』は、私にとって
自分が変わる度に違った世界を見せてくれる希有な作品です。大伽藍、というイメージです。そんな作品を書ける現代の日本の作家なんて、私は佐藤さんしか知りません。(おお、ファンレターらしくなってきました)『バルタザールの遍歴』に出会って以来、神保町を練り歩いて単行本を揃え(私は文庫も単行本もすべて持っている・・・・世の皆様、羨ましいでしょ、うっふっふ)、storeから I feel の書評からオール読物官能特集号まで読みあさった
一愛読者として、ささやかながら声援をお送りします。はなはだ感情的な声援で恐縮ですが。

書き続けて下さい。私はどこまでも追っかけてって読みます。

さて、 この度『検察側の論告』もようやっと拝読しました。さっそく『説教師カニバットと百人の危ない美女』が入ってましたね。『でも私は幽霊が怖い』を読んだときは再録が多かったし、字数制限のせいかいまいち佐藤節のうなりが感じられなかったので、正直物足りなさを感じたのですが、書評版と音楽・映画評版は面白く拝見しました。誤植については四谷ラウンドにがっちり抗議の葉書でも送っておきましょう。この勢いでどこか、短編集も出してくれたらいいのに。

加えて小説の翻訳も出たら面白いなあ。そんな話はないんですか?勿論翻訳の限界も考慮の上です。イタリアではバナーナが人気だそうですが、フランス語、ドイツ語圏なんか市場は小さくてもちゃんとした評価システムがあるんじゃないんですかね。旅先でなんぱした男の子に「日本の作家?ミシマにタニザキ、クワバッタ」の代わりに「アキ・サトー!」と言わせてみたいわ。

そうだ、パリに行ってきたんです。ちゃんと「とっても大きな図書館」も対岸にのぞんできました。あれ、開いた四冊の本の形だって、本気ですかね。十日間、映画と観劇の日々でした。もっともフランス語はちんぷんかんなので、半分くらい寝てました。寝てましたが、Cartoucherieの芝居は秀逸でした。ヴァンセンヌの森のなかにある、劇団のギルドみたいなもので、私が見たのは劇団ソレイユの
文楽の形式を借りた舞台でした。あやしいアジアンテイストがなんとも言えませんが、役者も演出も半端じゃありません。パリにお詳しい佐藤さんに申し上げるのも野暮ですけど、いいですよお、あすこ。

めでたく新潮社に落とされた私、
この春からは某テレビ局勤務となります。日本一写実主義的かつ浪漫主義的テレビ局、と思っております。同期の男の子たちのマッチョな雄叫びを聞く度に気が滅入りますが、日銭を稼ぐためには仕方ありません。せいぜいましな部類のぱぱらっちになるべく、精進を重ねる所存でございます。今後ともマスコミへの御批判御意見、よろしくお願いいたします。びしびし言ってくださいね、師匠。

では。

「とっても大きな図書館」はたいそう危ないところでした。四方をぐるりと囲む木製の階段が、雨が降るとぬるぬる滑るんですね。この二月は暖かかったからよかったけど、凍ったらどうなるのかしらん。

新潮社は一般には――まあ、採用試験を受けたなら、経営がどうかはおおむね御存知でしょうけど――やばいという噂です。掲載前提で自腹切って取材してた企画をいきなり切られたのは私だけではないようです。だからむしろ他所に入ってよかったんじゃないでしょうか。装丁室と校正は頑張ってるんですけどねえ。あれほどちゃんとした校正は、その後、お目にかかっておりません。

どたきゃんはごめんでした。
それにしても早稲田は就職いいね。

From: リリー・ナメンキー
Subject: 新潮の件。ただのファンレターです。
Date: Wed, 29 Mar 2000 01:55:05 +0900

新潮の件見ました。一読者として、お気に入りの作家があのようなひどい扱いを受けたのは、とても腹が立ちます。

とはいえ、新潮みたいな貧乏くさい文庫からこれ以上、佐藤さんが本を出さなくてもすむことになったのは、(心労を重られた佐藤さんには大変失礼だと思いますが)私にとって吉報でした。
新潮文庫は価格も見た目も安すぎて、
佐藤さんの小説のかっこよさをを損ねていると前々から苦々しく感じていました。
ああいう美しくないところ(汚くほぐれるしおりの紐がとにかく目ざわり)と、手が切れてよかったと感じている読者もいることをお伝えしたく恥ずかしげもなくメールを差し上げてしまいました。ご無礼をお許し下さい。

次回作を楽しみに待ってます。私にとってあなたは貴重な作家です。どうかお体をお大事になさって、これからも執筆活動がんばって下さい。

それにしても今の大学生ってメールの署名に大学名と学部学科を惜しげもなく晒すもんなんですね。騙りに使われたら大変だと思うんですけど>「文句があるなら」の感想

それでは失礼いたします。

**** リリー・ナメンキー****

御署名にたがわぬエキセントリックな御声援ありがとうございます。
でもこうなると、次にどこから出すかが思案のしどころですねえ。
貧乏くさくない文庫って、どこがあるだろう。

いっそ岩波でも狙うかな。それも昔のハトロン紙カヴァーで。
(私、実はあれが好きでした)

Date: Wed, 29 Mar 2000 15:24:31 +0900
Subject: 「大蟻食の生活と意見」への疑問
From: (Soh Suzuki)

すずきと申します。
わたしはファンタジーノベル大賞第一回大賞の「後宮小説」や最終候補作の「星虫」などが気に入って、その後も見付けた範囲で受賞作は読ませてもらっている人間です。その一方で、ファンタジーノベル大賞出身の作家さんの活躍があまり目立たない感じがして不満にも思っていた一人です。

WebPageを読ませて頂いて、新潮社の対応の悪さに呆れました。が、同時に、でだしの所で書かれている平野氏の「日蝕」にからむ問題は、大きな疑問を感じました。
実際に作家として活躍しておられる方の作品を読んでいて、別な作品に似ている、と感じることは少なからずあります。それが同じような時期に書かれたものであったり、時と場所を隔てたものであったりとさまざまだと思います。けれど、普通はそれをぱくり、剽窃とは思いません。素材が同じであったとしても料理の仕方が違い、表現の仕方が違うからです。
「鏡の影」も「日蝕」も読んでいないわたしですが、Webの文章を読む限りでは、「日蝕」が「鏡の影」に似ていたとしても、剽窃とは決めかねるレベルであるということのようです。
その上で、「鏡の影」絶版と「日蝕」芥川賞候補推薦が重なったことが偶然であったのか必然であったのか。わたしには偶然という要素が拭い切れないと思います。

そのあと数々の不誠実な対応を受け、思い返してみると....ということなのかも知れません。そういうことなら、了解は出来ます。ただ、Webの文章からは新潮社が「日蝕」と「鏡の影」を読み比べられることのないよう絶版にした、という風に受け取れました。それを根拠立てるものはほとんどないと思いますから、Webという不特定多数の前に出されるメディアに載せる文章としては難があるように思います。
じゃあ黙っているのがいいか、というと、そういう風にも思わないので、どうするのがいいのかわたしにもわからないのですが。

一読したとき、「剽窃だっていうなら堂々と訴訟で争えばいい」と書こうと思ってこのメールを書き出したのですが、論点はそこではなく新潮社の不誠実さ、体質にあるようですね。文章の冒頭で平野氏に含むところは全くない、と書かれているのは、その辺りを意識しておられるのかと思います。

ともあれ、おそまきながら「戦争の法」を探してみたいと思っています。そのうち読もうと思って月日が過ぎている作品なので....。 --

鈴木創(Suzuki Soh)
http://www.md.tsukuba.ac.jp/sembe/~soh/

こういう疑問があるのは実に健全なことです、と前置きさせていただきます。

実を言うと、平野氏の件を書くか書かないか、にはかなりの逡巡がありました。第一に、時間が経ちすぎている。第二に、限りなく黒に近くはあっても、法的措置に訴えられるほど黒くはない。第三に、偶然にも鈴木さんが好例を示して下さった訳ですが、こうしたことは公表すべきではないという反応が返って来る可能性が高い。

何しろ、「実物を読み比べてから言ってくれ」とは言えない現状ですから、事実無根な言いがかりをつけている、とそれこそ読みもしない人から事実無根な言いがかりをつけられたとしても、あとは水掛け論になるしかない訳です。私はそれも承知の上で、全てを公表することにしました。可能性の有無について第三者の判断を知りたかったからです。告発が目的ではないので、可能なかぎり和らげた書き方を選びました。そうした可能性があるのかどうかの判断は、私の弾劾演説ではなく、あくまで作品を通して(すでに読んでおられるか、或いは改めて図書館か古本屋に足を運んでいただけるならですが)判断していただきたいからです。

小説の盗作=剽窃=ぱくりには、固有の微妙な性格があります。完全な黒、完全な白は理念的にしか存在せず、どれほどの「黒」にも釈明の余地はあり、どれほどの「白」にも常に疑問の余地が残る――つまり実際には灰色のケースしかないのです。ある程度の技術を持つ作家なら、全くの盗作を、やられた相手がどれほどの凄腕弁護士のところに持ち込んでもかぶりを振られて終り、というところまで「白く」仕上げることは可能でしょう。作家当人にできなくとも、経験を積んだ編集者には簡単な筈です。やられた側は、どれほど確信があっても泣き寝入りということになります。裁判になるような盗作は極度に下手糞な、或いは無頓着な例だと言っていい。しかも、裁判沙汰になったところで、やった側が失うものはなにもありません。回収が命じられたとしても、判決が出るころには元が取れているものですし、作家の中には何度も同種の訴訟沙汰をくぐってなお大家であり続ける人もいます。文芸家協会に訴えたら、と助言されたこともあります。出版社の責任者を呼んで事情聴取をしてくれるのだそうです。それから? さあ。私はそれからどうにかなったという話なぞ聞いたことがありません。おそらくは灰色の、うやむやな決着が付けられて終りで、そんなことがあったなどと知る人さえ、外部にはいないでしょう。

こうも思います。、五千部のオリジナルをコピーして五十万部売ったら、五十万部の方がオリジナルで、五千部の方がコピーになるのだ、と。

だからその問題に関しては、黙って泣き寝入りするのが一番利口なのです。それは鈴木さんに勧められるまでもありません。ただ、私はどうしても利口になることができませんでした。

理由はふたつあります。ひとつは、私には新潮社の一連の行為が偶発的な不手際の連続とは思えず、そしてあの種の、専門家からは危機管理の拙さで片付けられてしまうであろう不手際の連鎖に何か最初のひと弾きのようなものを求めるとすれば、平野氏の問題以外思い当たる点がないこと、です。根拠立てるものがないとおっしゃいますが、なかったと信じる根拠もまたないのですよ。あればどれほど気が楽なことか。何しろ、根拠もなしに悪意の不在を信じるには、私はいささか草臥れすぎていますから。私がウェブ上のホームページを使ったのは、この件を第三者の目を通して検討しなおしたかったからです。

もうひとつは、平野氏の作家としての将来の問題です。私は、平野氏が「これだけのものを書くんだから、ああいうことがあってもまあいいか」と思える作品を仕上げることを望んでおります。でなければ、彼のデビューのとばっちりを食った私が可哀想だ(事実の有無は兎も角、心情としてはね)。ところで、あちこちに載る彼のインタヴューを読む限りでは、どうもそうは思えないのですよ。また同じことをやろうとしている。どうも自覚がまるでないらしい。そして今度は相手が悪い。彼自身がこの頁を読むとは思いませんが、誰か知っている人がいたら、暗にでいいですから、少し用心深くなるよう言ってあげて下さい。私は許しますが、他の人も私ほど寛大だと言う自信は、私にはありません。

という訳でした。まあ、何はともあれ自分の畑を耕すことですね。
それではまた。



2000.03.30
大蟻食