No.13
『バルタザールの遍歴』絶版の理由

お知らせ:

四月三日以来、このページにリンクを張られる時にはURLをお知らせ下さるようお願いしておりましたが、以来二ヶ月を経過したため、自由に張っていただいて構わないことにいたします。

御協力ありがとうございました。

御意見・御批判・御質問は相変わらず受け付けております。『文句のある奴は前に出ろ』にて返答いたします。ただし、特別の場合を除き、お寄せいただいたメールは名前・アドレス入りで公開することになりますので御注意下さい。

『文句』35以降に、御感想・御反論にこちらからのコメントを添えてupさせていただきました。今後も御意見などがあれば同様にupする予定ですので、関心がおありの方はご覧下さい。

2000.5.29 大蟻食


番号も不吉な第十三回、新潮社と決別して、『バルタザールの遍歴』を含む全作品の版権を引き上げた事情でございます。

ご参考までに、現状を説明いたしましょう。新潮社からは三冊、本を出しておりました


でございます。まず一昨年十二月に『鏡の影』が、次いで去年春に『戦争の法』文庫判が絶版になり、残る『バルタザールの遍歴』は、私の方から版権引き上げを申し入れたため、この三月で絶版となります。以下、そこに至るまでの事情を説明させていただきます。



その一。『鏡の影』絶版の問題。

本当を言うなら触れたくはないのですが、ことの発端としてどうしても触れなければならない問題がひとつあります。平野啓一郎氏の『日蝕』の問題です。

平野氏自身に対して含むところは全くない、ということは、お断りしておかなければなりません。「文句」の方でコメントした通り、つぶれずに頑張ってほしい、というのは、掛け値なしの本音ではあります。にもかかわらず、『日蝕』の評価については多少の留保をおかざるを得ないというのも、また、正直なところです。

ファンタジーノベル大賞を受賞した翌年から去年までの七年間、私は同賞の下読みをやっていたので、作家を志望する若い人が習作段階でどのようなものを書くか、ということには些かの知識を持っております。極めて高い頻度で、既成の作品の部分・全体を問わない「ぱくり」が現れます。私の作品の場面や台詞をそのまま使った応募作に出会して気恥ずかしい思いをしたのも一度や二度ではありません。

「ぱくり」は文学には必要不可欠である、と私は考えております。シェイクスピアなりダンテなりをぱくるのは、小説の極めて古典的な技法であり、たとえば私の私淑するナボコフの『ロリータ』での、すさまじく迂遠なメリメのぱくり方ともなれば、それだけで一見に値すると言うべきでしょう。通常のぱくりは、一般に古典と見なされ、読んだふりくらいはしていないと恥ずかしい、とされる作品に対して行われます。従って、自作を習作段階の書き手にぱくられたら、そこまで高く買ってくれるかと言って喜んでもいいのではないか、と思わないでもありません。尤も、現存する作家の、たかだか四、五年以内の作品をぱくるのは、些かまずいのも事実です。

さらに言うなら、ぱくる書き手が必ずしも才能のない書き手とは限らないのです。才能のある書き手が、習作段階での補助輪として、既成の作品を使うのはよく見る風景です。いつかは補助輪なしで書くこともできるだろう、という期待を以て大目に見てやるのも悪いことではありません。

ただし、万が一最終選考に残ったりした場合には、私は担当者に問題の部分を指摘して、事前の書き直しをさせた方がいいのではないか、と忠告することになると思います。公にされない段階においては、ぱくりは些細なことです。ただ、それが活字になるのはやはりまずい。ぱくりで書く段階にある書き手をデビューさせてしまうことのまずさはおくとしてもです。

平野氏の『日蝕』を雑誌掲載で読んだ時に私が考えたのは、まさにそういうことでした。他人事ながらちょっと心配になったくらいです。誰かに、あれって佐藤さんの『鏡の影』でしょ、と言われたらどう庇おうかと思いましたが、幸い、当人が十分以上に注意深かったのか、或いは編集部にその辺を忠告する人がいたのか、なるほどあそこをこんな風に料理しなおしたんだね、と思われる部分はあっても、盗作事件の報道でよく見るように、作品Aの文章の抜粋とA'の文章の抜粋として比較対照できそうな箇所はありません。限りなく黒に近い灰色という線でしょう。ただ、これを公にしてしまった編集部に対してはちょっと呆れました。せめてもう一作書かせて、補助輪なしで走行できることを証明してからデヴューさせても、遅すぎることはなかった筈です。

事態がややこしくなってきたのは、その年の十二月からです。平野氏の『日蝕』が芥川賞の候補になってから幾らもしないうちに、『鏡の影』の絶版を通知されました。

『日蝕』に対する私の反応の、常軌を逸した(現代思想的に破壊的な)寛大さに疑問を感じる方もおられるでしょうが、それはあくまで、『鏡の影』と『日蝕』が読み比べられることを前提にしております。テクストそのものの入手が不可能になるなどとは考えてもいませんでした。おまけにこのタイミングでは、まかり間違っても読み比べられたりしないよう、テクストそのものを消滅させるために絶版にしたのだ、と考えたくもなります。

そこまで深読みすると精神衛生に悪いので、つとめて考えないようにはしていますが。



その二。『メッテルニヒ氏の仕事』の問題。

『鏡の影』絶版問題で泣き寝入りするしかない事情がもうひとつありました。九十六年に、『新潮』の編集者から、メッテルニヒの伝記を掲載するという約束を取り付けていたのです。

ここから先は、本当は語りたくない、さもしい思惑の話。

正直なところ、九十六年当時の私のキャリアは結構行き詰まっていました。何を書いても誰もまともには相手にしてくれない、ということが次第にはっきりしてきた頃です。十万部とか二十万部とかいう部数を売るには凝りすぎの作品しか書かないし書けないのは自覚していましたが、だからといって日本ファンタジーノベル大賞受賞でデヴュー、では、そもそも文学としての評価の土俵に上らせて貰えない――これは厳然たる事実です。作家志望の方はまかり間違っても私の轍は踏まないように。最初の一歩でアウトカーストになったら、後はずっとアウトカーストというのが、本邦の業界の、誰も口にはしない(口にする時は、そんなことはない、と言うことになっている)常識です。一旦隙間産業に落ち込んだら、生涯、部数とも評価とも、ということは評価経由の部数(賞取って五十万部、みたいな)とも部数経由の評価(平均十万部売るんで文芸誌にスカウトされて、みたいな)とも縁がありません。

ついでに付け加えるなら、こういう作家の小説は、何しろ幸福なる少数者しか読んでいない上、読むべき本がしこたまある業界のうるさがたの目にはまず触れませんから、デビューさせようという作家志望者にぽんと与えてぱくらせ、賞の候補に推してもまずばれない訳です。後になってこっちが騒いだってごまめの歯ぎしりみたいなもの。前途有望なプロ志望にして、よき小説を書きたいという方は、まかり間違っても、ファンタジーノベル大賞になぞ応募しないように。最初から将来を棒に振るようなものです。

伝記、というのは、その辺りを何とか潜れないかという窮余の一策でした。担当編集者に促されて『新潮』に二篇ほど短編を持ち込んだことがありましたが、明らかに読まずに片付けたとおぼしき謎のコメント付きで突っ返されたので、文芸誌は諦めなきゃならんなと思っておりました。が、コラムを書いたのが縁で『新潮』の別の編集者と知り合い、メッテルニヒの伝記を書こうと思っていると言うと、それは是非うちで掲載したい、と持ち掛けられたのです。まあ伝記なら、アウトカーストの奴が書いても潜れないことはないだろう、という訳で、大喜びで承諾したのですが、いやはや、世の中そんなうまい話はあろう筈もありません。

真偽のほどが疑わしかったので、一年間、パリで図書館通いをして帰って来た後、最初の百枚ほどを、その『新潮』の編集者と、単行本の担当編集者に送って、これでいいか、と駄目を押しました。枚数も了解を取りました。『新潮』の編集者に至っては、資料代は請求してくれとまで言ってくれました。

その後、新潮社ではかなり大きな人事異動がありました。『新潮』の編集者はオピニオン雑誌に移り、単行本の担当編集者が、編集長の交代した『新潮』編集部入りし、新たに単行本担当になったのは何故か週刊誌出身の男性でした。

『鏡の影』絶版問題で疑心暗鬼になった私は、兎も角早いうちに、『新潮』の確認を取っておこうと考えました。で、去年四月、つまり『鏡の影』絶版から四ヶ月後に、最初の四百枚を編集者に渡しました。ところが、呼び出されて行ってみると、『新潮』の編集長が現れて曰く――当誌には載せる余地がないので掲載は不可能です。

『新潮』の編集者は、こんなことになるとは私も知らなかったわご免ね、と言って、先に帰ってしまいました。こうなれば書き下ろしで、と言うと、単行本の担当者は言いました。別に出してあげても構わないですけどね、佐藤さん、どうせなら歴史エロコラム集でも出してぱあっと売りましょうや。

この編集者は次に会った時にはこう言いました。ヅカでいいんですよ、ヅカで。面倒くさいこと言わずに、びらびら衣装の美青年がぞろぞろ出る話を書いてりゃいいんです。

新潮社にとって、私は所詮その程度の作家ということ――或いは、その程度であってほしい作家ということでしょう。いると有望な新人の邪魔になるからね。



その三。何と言ったらものやら、かくて世界は覆る。

という訳で、去年の春以降は精神状態最悪でした。起こったことを思い返しちゃ憤り、幾ら憤ってもまるで無駄だということを思い出して更に憤り、憤り疲れて鬱になり、辛うじて気力を奮い起こしてやったことと言えば、当時はまだ存在した四百枚を二社に見せることと(中公は出してもいいと言ってくれたけど、担当編集者が退社、後の予定は未定)、『新潮』の編集者に電話して、単行本の担当編集者の無礼を訴え、揉めない形で替えてくれと頼むことのみ。自殺しようかと思って、三度くらい、かなり危ないところまで行きました。死ぬよりはましだろうと、代わりに伝記の原稿のプリントアウトを括って捨て、ディスクからは抹消しました。

何しろこの夏は暑かったし。

で、実に妙な話ながら、いきなり立ち上がった理由というのが、『文句』の方に寄せられた『戦争の法』が絶版だという投書だった訳です。

私はこれ、全然、知りませんでした。新潮社に電話して問い合わせてみたら、既に三月に絶版になったとのこと。そこで例の『新潮』の編集者に電話をして、単行本担当を変える話はどうなったんですか、と(つまりは喧嘩の下準備)聞いてみたところ、直接単行本のデスクに言ってくれと(よくよく何もしない女だ)いうことになり、またしても新潮社に赴くことになりました。

実を言えば、今回は相当に悪意でした。残った『バルタザールの遍歴』の版権を引き上げるぞという、まあ、あんまり効かなそうな脅しを伝えてから出掛ける程度には。しかし悪意には悪意なりの収穫があるものです。デスクの説明はこうでした。

何故、絶版になったことを教えてくれなかったのでしょう。 「著者が気の毒なので黙っていることもある」

『鏡の影』の文庫化を再検討していただく訳にはいかないでしょうか。 「既に文庫部で検討済みである。あれはもう絶版にしたものなので、好きなようにしてもらって構わない」 一遍絶版になった本をよそで出すのが事実上不可能なのは百も承知って訳ね。

では、『バルタザールの遍歴』の版権は引き上げます。 「あのね、佐藤さん、今はどうか知らないけど、二年三年経ったらきっと、うちで本を出していて良かった、と、そう思うから」

これには、わーお、と思わず内心で声を上げてしまいましたね。ちょっと言い方を変えたらヤクザだよね。うちから本を出してなかったら、二年後三年後にはきっと後悔するぞ、って、つまりそういうことでしょ。悪意持ってなかったら気が付かなかったわ、これには。社の体質丸見え。何が起こったって不思議じゃない。

例の『新潮』の担当編集者が、早急に単行本の新しい編集者を決めて、安心して仕事の出来る体制を作る、と言ってくれても、だから私は何も期待していなかった訳です。後は決裂の秒読みだけ。

案の定、その後はまるで何の連絡もありませんでした。電子出版はどうだろうと思い立ち、著作権の関係(字組の著作権は印刷会社が持っているので)を確認しようと電話を掛けるまで(これも実は、まともな対応はまずしないから私は更に怒る、ということを前提にした行為)、むこうからはまるで音沙汰なし。『新潮』に電話を掛けて、新しい編集者というのは決まったのか、それとも相変わらず週刊新潮と話をしなければならないのか、と聞くと、「早く佐藤さんにご紹介と思ってたんだけど」だそうですな。いやあ、ほんとにお変わりなくて何より。

ではこちらから電話をするから番号を教えてくれと言ったら、ちょっと待ってほしいと言われ、三十分位してから、若い男の編集者から電話がありました。私がどんなに嬉しかったか想像しても見てください。きっとこの三十分の間に、慌てふためいて人身御供を決めたんだぜ。

何だか悪意がどんどん嬉しくなってきたので、後はそのまんまにしておりました。『新潮』が例の「キャパなし」編集長の間抜けな来年度の抱負を載せるまで。曰く、新鋭平野啓一郎の書き下ろし一千枚『ドラクロワ』(当人がどこかで言ってたところではボードレールではなかったか)も掲載予定です。

つまりそういう事情で、三年来掲載の約束で書いてきた原稿を載せるキャパが、いきなりなくなっちゃったのね。

若い才能に産婆術を施したいというのは、初老のソクラテスなら誰だって考えることだろうけど、人に迷惑かけるのはやめてほしいもんですな。

で、その罪もない若手編集者にお電話を掛けた訳です。嬉しかったです。彼には本当に申し訳ないと思っていますが、世の中ってやっぱりこんなに暗黒で腐ってるんだ、ということを確認しだして、そうした悪意の予測がぱしぱし当たりだすと、殆ど肉体的快感があるんですよ。で、お話したいことがあるからお時間をいただけないだろうか、と言って(どうしても年内じゃなくちゃ駄目ですか、と言うところを無理矢理時間を取ってもらったのにすっぽかしたのは、ついうっかりです。ごめんなさい)、年明けに東京駅で会い、御社は完全に私の信頼を失った、『バルタザールの遍歴』の版権は引き上げるから早急に絶版にするように、今後、新潮社とはいかなるビジネスもしない、と申し渡す時は、それはもう、完全にハイになっておりました。そう見えたら失礼だろうから大人しくしておりましたけど。

いやあ、爽快ったらないね。



その四。で、立ち直る(まあ、たぶん)。

事実上の自殺を遂げたので、ずいぶんとすっきりしました。自分の本を自分で潰すってのは、まあ、二十パーセントくらいの自殺。原稿を捨てるのは十パーセントくらいで、だから今の私は約三十パーセントのゾンビ・ハイ状態です。

そうそう、サーバーの話でした。実は今までのホームページは新潮社メディア室のサーバーに置かせて貰っていたのですが、こうなると引っ越し必須です。幸い、亭主佐藤=イラハイ=哲也がHTMLを知っており、心当たりのサーバーもあったので、こうやって再開いたしました。今度は亭主のページもぶら下がっております(独立したらって言ってるんですけど)。

精神的には立ち直ったので、今年の目標は業務の立て直しになります。メッテルニヒ氏の伝記は、どこかで出るにせよ自費出版するにせよ、少し遅れます。その前にまず長編を一本と思っております。

再来月の『オール讀物』(五月初旬発売)に短編が載る予定です。この『意見』読んで怒った誰かが回状まわして、今後一切奴には書かせるな、とかやらない限りは大丈夫でしょう。もっとも、やってくれると面白いんだけどね。やっぱ世の中って新潮社のロビーでガソリンかぶって焼身自殺してやるしかないくらい暗黒で腐れ果ててるのね、ということが判ると大層愉快なんだけど。それとももう回ってるか。取りあえずポリタンク買っとくかな。

これ読んでびびらなかった方、今後ともよしなに。


2000.03.17
大蟻食

P.S. この回の無断転載は固く禁じさせていただきますが、といって、知らない間にやられても止める手だては何もありません。