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平成11年
5月7日 |
練馬の市川助産院にて午後7時7分、妊娠から40週と2日で麟之介が誕生しました。へその緒が首に絡まっていたらしく、ややチアノーゼが強かったのですが、それ以外には大きな奇形もなく、また、ママも切開することなく無事に出産できました。パパ立ち会いのもと、へその緒もパパが切りましたよ。へへっ。ここまでは本当に見事な「安産」でした。パパは麟之介の大きな陥没呼吸が少し気になりましたが、まさか、これが麟之介の大病の症状だとは夢にも思いませんでした・・・。 |
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5月8日 |
しばらくは麟之介とママの二人で助産院で入院生活。ところが、明け方4時半頃、突然吐血!びっくりしたママが先生を呼ぶが、「飲み込んだ羊水が出たもの」と言われ、ホッと一安心。でも、今から考えると、肺高血圧による肺のうっ血性出血ではなかったのか・・・?その後はおとなしく寝てしまう麟。寝顔を見ながら、ママは心配で泣いてしまいました。麟、あんまり心配させないでね。 |
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5月9日 |
パパがいつものように昼過ぎに面会に到着。ママ・麟・パパと初めて川の字でお昼寝。至福のひととき・・・。 |
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5月10日 |
麟之介はちょっと黄疸が強いけど、よく泣き、よく眠り、本当に健康です。黄疸も光に当たっていればいずれ良くなることだし、平気平気!哺乳びんに搾乳したミルクは飲むのに、ママのおっぱいからは上手く飲めないことが、ママはちょっと心配です。 |
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5月11日 |
いよいよ明日は退院日。ところが先生から、黄疸とおっぱいの経過を見るので、2〜3日退院を延ばしたいとのこと。ママはショックでした。哺乳びんならあんなにゴクゴク飲むのに・・・。面会に来たパパが陥没呼吸のことや黄疸の強さを先生に質問すると、「ちょっと待って」と先生。そして、パパが帰ろうとすると先生から「明日、朝一番で病院に行きましょう」との言葉。やはり何かおかしいところがあるのかも。でも、何もなければそのまま退院だから!りん、頑張ろうね。 |
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5月12日 |
駆けつけたパパのお迎え車で、練馬のこどもクリニックに向かいました。いよいよ診察。先生は麟之介の顔を見るなり、「精密検査の必要があります。染色体の異常かもしれません。心雑音もあります。」と、かなり確信を持った診断を下しました。「大学病院に紹介状を書きます。」もう、真っ白な頭の中で、色々なことを考えてしまいました。その足で日大板橋病院へ直行し、小児科の先生に診察を受ける麟之介。しかし、ここでの診断も変わらず、むしろ、ほぼ決定的になりました。即入院・検査となり、NICUへ。インキュベータ(保育器)に入れられた麟之介はとても小さく、顔色も悪く、そして、何だか心細げな表情で、検査結果が出る夕方までの間、ただただ、診断が誤りであって欲しい、そう願わずにはいられませんでした。
そして夕方、運命の時が訪れました。先生の口から出てくる言葉はパパとママ、それに麟之介にとってはもう絶望的でした。まず、ダウン症であること、それから、心臓の奇形があること。そして何よりもショックだったのは、心奇形によって、肺高血圧・心不全の状態が続いていて、今夜一晩すら乗り切れるかわからない、ということ。パパもママも流れ出る涙が止まりませんでした。とにかく投薬で、できるだけのことをお願いし、あとは麟之介の体力に懸けるしかない。二人で再度、麟之介の面会に行き、相変わらずの元気な暴れぶりを見てから家路につきました。そして朝まで泣きました。 |
<パパの独り言>
人目もはばからずに泣いたのは本当に初めてでしたが、説明をしてくれたS先生は一緒に泣いてくれました。その後、日大にいる間は本当によく可愛がって頂きました。何だか嬉しかったです。 |
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5月13日 |
インターネットから情報を漁る。ダウン症で心臓に障害を持つ子が多いことに驚き。少しずつ知識を得ると、希望が無いわけではないと解る。さあ、今日もりんに会いに行こう。パパとママを待っているはず。先生から、容態が安定して落ち着いていますと言われるが、予断を許さないことに代わりはない。相変わらずチューブだらけの体を苦しいのかバタバタ動かし泣いている。ナースが麟之介に服を着せてくれた。チューブが付いたまま久しぶりの抱っこ。少し軽くなったようだ。おしゃぶりを外すとミルクが飲みたいのか、また泣き出した。今は心臓以外の臓器の負担を減らす為、点滴だけの栄養でミルクがストップされている。ママもおっぱいあげたいよ。飲めるようになるまで搾乳しているから、早く飲めるようになってね。今日初めて、3人で写真を撮った。 |
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5月14日 |
今日はお七夜。命名札と共に写真を撮る。水分制限と利尿剤のせいで体重が2500グラム少しに。道理で昨日は軽かったはず。今日もかなり落ち着いた状態。先生から、体力を十分につけてから心臓に手を加えることが必要だと説明を受ける。週明けに外科の先生から具体的な説明を受けることに。麟之介の血液型を教えてもらった。AB型だという。パパは自分と一緒で大喜び。お目めをぱっちり開けた顔は、愛らしくかわいい。ずっとずっと側で見ていたい。どんな表情も見逃したくないよ。 |
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5月15日 |
パパもママも風邪気味でダウン寸前。麟之介が一番大事なときに、私達が倒れている場合ではない。りんに移すといけないので、今日は窓越しで面会。日毎に体重は落ちているけど今日からミルク再開。母乳はまだだけど飲みっぷりを見て安心。でも消化しきれずミルクをもらう前に飲んで残ったミルクを吸引される。少しずつでいい。体力を付けてね。 |
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5月16日 |
静岡からパパの両親と亀有から弟クンが面会に来る。写真とビデオを見せた後、ガラス越しに対面。隼人君は可愛いと喜んでくれたものの、お父さんお母さんの顔は険しい。お母さんは将来のことを心配している。りんがダウン症という障害を持って生きること、また育てる私達のこと。でも、今親である私達に出来ることは、生きようとしている麟之介を応援すること。それしかない。数%の確率で生まれてきたりんは、きっと何かを残したくて生まれてきたはず。放って置くわけにはいかない。少しでもりんの負担を減らす為に治療や手術は必要だ。数々の試練のあることは判っている。でも一つずつハードルを越えていかないと。両親と隼人君を見送った後、再び病院へ。今日も洋服を着せてもらい抱っこする。ミルクが欲しいのか猛烈におしゃぶりを吸っている。いくら吸っても出てこないことに不服そう。そのうちおしゃぶりを取りたいのか、チューブをつけているため固定された手で格闘している。お目めのぱっちり開いているところを看護婦さんがパチリ。写真を撮ってくれた。いよいよミルクの時間。パパそっくりな飲みっぷりにママは大満足。そうその調子。 |
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5月17日 |
ママ体調不良のため今日の面会は断念する。近所の病院へ行くが授乳中は駄目と言われ薬も飲めない。早く治さないとりんに会えない。頑張って治そう。 |
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5月18日 |
パパもママも体調が思わしくない。外科の先生から説明を受けるため病院へ。また心不全が進みミルクをストップしたという。このまま心不全が進むとオペ自体受けられなくなると言う。なるべく早い時期に1回目のオペを受ける必要があるのに、考えていた以上にりんの心臓は複雑だ。オペは転院して新宿にある心臓専門の榊原記念病院で受けることになった。これまで多くの症例をこなしているという。りんの体力の回復を待って、なるべく負担の少ない状態でオペに望みたい。神様、麟之介は一生懸命です。どうか簡単に終わらせないで下さい。これから数多くのチャンスを与えてあげて下さい。また予断を許さない状況になってしまった。りん頑張れ。 |
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5月19日 |
パパママ二人ともダウン。面会はパパだけでママはガラス越しで。心不全は相変わらずだが、心臓以外の臓器への血流が薬のおかげで少し回復したという。体力の消耗を防ぐため睡眠薬で眠り続けるりん。一進一退。転院する21日はママずっと側にいるからね。 |
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5月20日 |
母が来る。風邪でダウンしている私のために、常備用の食品を持ってきてくれた。りんのすけの写真やビデオを見せると「とてもかわいい、小さいのにかわいそうね。」と。りん、みんな待ってるよ。考えているとどうしても会いたくて、会いに行く。へその緒が未だに取れない。体重2380グラム。明日無事に転院し、榊原記念病院で検査を済ませできるだけ早く、まだ痛みがよくわからないうちにオペを終えてほしい。小さな胸に傷が残るのはいたたまれないけど、早くりんが楽になるようにしてあげたい。心配で不安でパパもママもどうにも出来ない気持ちで一杯です。でもそれ以上に麟之介は頑張って治療に耐えているんだよね。早く戻っておいで。 |
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5月21日 |
朝9時の約束で病院へ行く。りんの体調が良ければ榊原へ転院になる。先生の判断は「今が移すのには最適でしょう」。午後一番でママも同乗して救急車で搬送される。到着後すぐに検査。1時間ほど待って、再度先生から病気の説明を受け今後の手術について話がある。心不全が良くなってきているので、体力の回復を待って手術しましょうという。ミルクも再開。りんの入院したNICUのある8階は赤ちゃんから幼児までいる。元気に走り回っているから、心臓が悪いなんて信じられない。付き添いのお母さん方も集まって心臓の話をしている。ここでは、りんの心臓も珍しくないのかなあ。 |
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5月22日 |
朝10時過ぎ、担当の先生から電話がある。血液検査の結果、肝機能が低下しているという。心臓の1回目の手術で機能が戻れば問題ないが、戻らなければ肝臓自体の治療も必要になるので、早めに手術をすることになったという連絡だった。手術は24日。面会へ行くと、先生から病名の訂正の話を聞く。「心内膜欠損症」より「単心房・単心室」そして、共通房室弁。さらに手術の難易度が上がった。一度目の手術は比較的簡単だが、二度目以降の方針が今のところたっていないという。麟之介の心臓はかなり個性的なようだ。本来四つの部屋があるところ二部屋しかないなんて・・・「かなりアクティブですよ」元気に動き回るりんを見て先生方は言う。こんなに小さな身体で手術に耐えられるのかなあ?肝臓も今回の手術で良くなればいいな。 |
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5月23日 |
昨晩、ママは突然腰に痛みを感じて夜間救急で診てもらい「尿管結石の疑い」と。日曜日の為、精密検査は週明けに。りんの入院後、ゆっくり身体を休めていなかったので産後疲れからかも。パパは、明日の手術の説明を受けるため病院へ。帰宅後、手術の成功率が6割と聞き驚きが隠せない。比較的簡単な手術のはずなのに。手術中の感染が影響して成功率が下がるらしい。でも、受けなければりんは益々苦しくなるばかりだ。先生方の腕を信じてお願いするしかない。 |
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5月24日 |
手術当日。8時45分の開始に合わせ、7時半頃病院へ到着。手術前のりんに会う。へその緒が取れましたとナースから受け取る。ずいぶん長くかかったね。パパとママが行くとちょうど目覚めたよう、おめめをぱっちり開いている。おはよう!りんのすけ、今日はちょっと痛いけどガマンだよ、小さな体に傷をつけるのは痛々しくてかわいそうだけど治していこうね。左の脇の下にメスが入るはずだから、傷のない体を見ておこう。お昼前に手術終了。ICUで数分間の面会。顔色が少し悪い。多少の出血でも、酸素濃度の低いりんの血液のこと、かなりこたえているようだ。ベンチレータ(人工呼吸器)が喉まで入っているため声も出せない。麻酔が効いている間は痛くもないだろうが、切れたときの痛みを思うとやりきれない。痛くても声を出して泣くことも出来ない。りん、感染を乗り越えて早く元気になろうね。手術自体は問題なく済んだらしいけど、数日間は気が抜けないんだろうな。今日は近くのホテルで一時待機。病院から呼び出しがありません様に。 |
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5月25日 |
朝9時から5分間の面会。貴重な時間だ。昨日に比べ大分顔色もいいけど、少しむくんでいる。私達がわかるのか必死で目を開けようとする。りん、パパとママがわかるんだね。痛いよね、一杯チューブがついてるし、声も出せないし苦しいね。頑張ろうね。パパもママもりんの痛みを心で感じているから。家へ帰り、へその緒を入れる桐の箱を買いに行く。ちょっと奮発してちりめんのケース入れのついているものを買う。へその緒と初めてママが切った手の爪・足の爪を一緒に入れて命名札のある神棚に飾る。早く戻っておいで、りんのすけ |
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5月26日 |
通勤ラッシュにもまれながら、りんに会いに行く。今日はおめめをぱっちり開けていた。枕元にオルゴール付きのクマのぬいぐるみがある。りん聞こえてるかな?時々痛むのか、眉間にしわを寄せている。もっとゆっくり顔を見ていたい。NICUへ移れるにはまだまだかかりそうだね。この日、以前に350円で買ったミニサボテンが花を咲かせました!う〜ん、何かいいことありそうだね! |
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5月27日 |
執刀した先生と、小児科の先生から説明を受ける。りんは順調でベンチレータが取れるのも時間の問題といわれる。傷口についているドレーン(胸空内に貯まった出血などを吸引する)も早く取れるといいね。よく眠っている。早く抱っこしたいな。 |
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5月28日 |
朝、1階でエレベータを待っていると、小児科の先生から声をかけられる。口元を指して「見た?」りんの顔を見に行くとベンチレータが取れ口元が自由になっている。酸素濃度を上げるため、酸素ボックスの中に顔がある。胸元を見るとドレーンもはずされている。やったあ。生まれて初めて見る生き生きとした顔色だ。少しずつでも確実に良くなってるね、りん。もう少しでNICUへ行ける。そうしたら、一杯お話しようね。 |
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5月29日 |
今日もりんは眠っている。パパと二人で声をかけ顔や手に触れても目を覚まさない。少しでも目を開けてくれればパパもママも安心するのに。でも眠っている方が負担が少ないのかも。
面会後、りんの病状をより深く知るため紀ノ国屋書店へ行く。専門の医学書を読んでみるがどれもいいことが書かれていない。今回の手術の結果如何で肝臓にもメスを入れる必要があるかもしれない。必ず、絶対、100%という言葉はどこにもない。今やってることはただの延命処置なのか、パパとママが今りんに課していることは正しいこと?りんのためになってる?望んでいる?りんがあきらめない限り、頑張ろうと決めたはず。でも、毎朝5分だけの面会で眠るりんを見ていると、私達の選択が正しいのか不安になる。りん、愛しいりん。ずっと側に居てあげたいよ。少しでも痛みを代わってあげられたらと思う。千羽鶴を折り始めた。パパと二人で作っていこう。 |
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5月30日 |
少しずつ投薬のチューブが減っていく。首に刺していた一番痛々しかったチューブが取れていた。昨日から少し薄目のミルクが始まった。吸う力が弱いので直接鼻から胃へ入れている。薄めだと戻さないという。ミルクと点滴からの栄養。足もすっかりガリガリになってしまった。早く体力をつけようね。ずっと眠っていたけど、口を時々開けていた。夕方、パパとママのテニス仲間がみんなで作ってくれたという千羽鶴を受け取る。「何もできないけど」と言って渡してくれた千羽鶴。充分です、ありがたいです、私達も励みになります。 |
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5月31日 |
今朝はお顔の酸素ボックスが取れていた。久しぶりにじっくり直にりんの顔を見る。また一つ投薬が減った。もうすぐ8階のNICUへ上がれそう。良かったねりん。ナースから2260グラム迄体重が落ちたと聞かされる。でも少しふっくらしてきたんですよって。ミルクも飲めだしたもんね。少しずつ、少しずつゆっくりでいいから前へ進もうね。顔をいじくりまわしていたら、ほんの一瞬目を開けた。ごめんねりん、でもパパもママもすごく嬉しかったんだよ。おめめの開いたりんの顔、久しぶりに見たんだもの。 |
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