水産統計の宿命

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水産統計の宿命的な諸問題

− 途上国の統計数値を扱ってきた者から見た「統計」の素人論議 −

 

2005年12月

真道 重明

ご意見や質問は


目 次

1.はじめに
2.
統計と言う言葉と統計の始まり
3.
統計調査員の能力と各種の理由による改竄
4.
捕獲漁業における漁獲量統計の問題点
5.
問題を解決するための手段
6.
あとがき


1.はじめに

年(2005年)の1月に、このホームページで、途上国における水産統計の信憑性 ここをクリック)と題して一文を書きましたが、多少広い視野から再度この問題を取り上げて見たいと思います。先日ある会合で、偶々「FAO (国際連合の食糧農業機構)の水産統計は信用できるのか?」という話に及び、私が所感を述べましたら、業界の人々からいろいろな質問が出され、話が大いに盛り上がり、かなりの反響があったことも此処で再度取り上げる動機の一つとなりました。

「宿命的な」などと大袈裟なタイトルを付けましたが、公開された統計数値を使う側に立って見ると、信憑性は大問題です。論点の性格上、敢えてマイナス面に焦点を当てましたが、統計を作る側も利用する側も、統計の実態を知って「短絡的な結論」に陥ることなく、もっと「慎重であるべきだ」と痛感します。

統計学や統計の業務に就いては私は素人です。生物学の講義の一部として「生物測定学」(Biomerics)は多少は勉強しました。戦後、水産研究所に勤務してからは、数理統計学(推計学とか推測統計学とも呼ばれて居ます)は戦後では私達自然科学の研究には欠かせないものとなって来ましたから、Σ ・ σ ・ χ …など、ギリシャ文字の多い数式に悩まされながら猛勉強?しましたが、此処で取り上げる社会経済的な統計の仕事に私は携わったことはなく、またその知識も極めて不充分です。

しかし、水産資源研究という分野の仕事に長年携わって居ましたので、水産の生産に関連した各種の、特に漁獲量(生産量)などと言った経済的な側面を持つ統計のデータとは常に向き合って使って居りました。とりわけ発展途上国である東南アジアや中国のデータを扱っていると、「どう言う過程を踏んでこれらのデータが得られたのだろうか?」と言った初歩的な沢山の疑問が出て来ます。これらの疑問は何も水産に限りません。農業の各分野、更にはセンサスの語源と言われるローマ帝国人口動態調査などでも同じだろうと思います。

上述のような次第で、以下に述べることは統計専門家でない素人の論議の域を出ませんし、専門述語なども我流の不適切なものが多いと思いますし、誤った認識をしている点も多々あると思います。識者からのご教示を賜りたいと思います。思い付く侭に書き流しました。唯、言わんとする処をお酌み取り頂ければ幸甚です。

 

2.統計と言う言葉と統計の始まり

がんらい、統計という言葉は英語では statistics ですが、その歴史の説明では「語源はギリシャ語(ローマ字表記)では statistik、ラテン語では「状態」を意味する statisticum であり、この言葉がイタリア語で「国家」を意味するようになり、国家の人口、財力等といった国勢データを比較したり検討する仕事や学問を意味するようになった」と云われて居ます。

そうだとすると、統計は国家にとっては国の行政を運営する上で、非常に重要なものであると言えます。大昔からそうでした。例えば、今では滅亡した南米のインカ帝国には「キープ」と呼ばれる縄の結び目で数を表示する方法が在ったそうです。文字のなかったインカ帝国では広大な領地を統治するに当たって、このキープで人民の管理や租税の情報など戸籍に相当する記録を蓄積していったと言われて居ます。

そして「キープ・カマヨック」といわれる特殊な知識を持った役人が役所ごとに置かれ、これを解読したのだそうです。現在の研究ではそれはパルス信号のような緻密なデジタル方式による記憶装置だったのではないかと考えられて居るそうです。インカ帝国だけでなく古代の世界には文字・数字が無い場合でも同じ目的でキープに似た結縄式の数値記録方法が幾つかの地域、例えば身近な処では沖縄などにも昔には在ったことが知られていると言います。

これはまさに「統計」に外なりません。キープ・カマヨックは今の統計官だったし、蓄積されたキープは今の統計書だったと考えて良いでしょう。さ−、ここからが問題です。何事につけ懐疑心の強い私には、「果たして支配していた各地方から報告されたキープの数値は総て正しかったのだろうか?」という疑問です。

もちろん、キープ・カマヨックと言われる役人は目を光らせて、いろいろな方法で不正報告をチェックしていたことでしょう。税金を免れるため農作物の作柄を過小に報告すると言ったような問題は大昔から世界中の国々に大なり小なり在ったのではないでしょうか?今でもそうだろうと思います。このように統計は文字を持つと否とに拘わらず、国家が成立した太古から存在し、また、此処で取り上げる問題も始めから存在しただろうと思われます。

FAO などの国連機関が発表した数値だと言って、それが各国の報告を単に集計しただけのもであれば、事実 FAO の世界水産統計などの生産量に関する統計数値は、FAO の独自調査網に拠るものでは無く、原則的には各加盟国からの報告を積み上げたものなのです。だから FAO の世界水産総生産などの数値は、報告した国の統計の信憑性に依存しますから、必ずしも正確な事実を反映したものだとは言えないのです。

良く業界紙などに「某国のエビ養殖の生産は世界の首位に躍り出た」などと二段抜きの大見出しの記事が出ますが、それが本当かどうか怪しいものです。国連機関の FAO の名の下に公開した「お墨付き」のデータだから正しいだろうと錯覚する人がかなり多いのですが、後述するように数値の信憑性については慎重に吟味する必要があります。

 

3.統計調査員の能力と各種の理由による改竄

話を戻しますが、私はかつて「タイ国の水産統計は底曳網の網口の長さを報告させることから始まった」ということを聴いた憶えがあります。真偽の程は分かりませんが、大いにあり得ることだと思います。もちろん目的は税金の徴収です。漁獲量(生産量)を知ろうとしたのでもなく、漁戸数や漁民の人口を知ろうとしたのではありません。或る友人は当時は「ニー・パーシー」(「税金を逃れる」と言う意味のタイ語、そのための虚偽報告)が多かったようだと言っていました。

だから、データをとる最前線の統計調査員 (Enumerator、もともと「数え上げる人」という意味に由来する英語) が仕事の目的や対象にしている問題について充分な知識と教育を具えていない限り、データに誤りが生じ、上位の集計組織が幾ら整備され、新しい電算機を導入ていたにせよ、また幾ら優れた理論を適用していたにせよ、統計処の恰好だけは良くてもデータの信憑性は低くなる訳です。このことは水産統計に限らず、国勢調査など、あらゆる統計について言い得ることでしょう。まさに砂上の楼閣です。

また、調査員が充分な知識を具えて居ても、上位の統計組織に於て集計や数値を加工する段階で、種々の政治的理由や経営上の理由から、故意の恣意的な改竄が行われる場合もあります。調査員が現場で立ち会わず報告書を提出する形の場合では、例えば、水産統計の漁獲成績報告書の場合、報告者が故意に漁獲量や漁場位置を不正に報告することも良くあるケースです。

これらは統計学的手法の理論的な論議以前の問題であり、統計の信憑性を損なう大きな問題です。発展途上国の統計数値の信憑性を云々する場合、これは実際には非常に用心しなければならない訳です。政府予算の不足から調査員を配置出来ないことも良くある話で、そもそも統計組織自身が、その国の行政組織図では見事な機構図が掲げられてあっても、その多くは「有名無実と言っても過言では無い実態」の国があることも本当です。

これでは標本調査であろうが、センサス(悉皆調査)であろうが、出発時点でのデータが正しくなかったり、故意の改竄が集計段階で行われるようでは、信憑性を云々されても「なにをか言わんや」と言うべきです。

 

4.捕獲漁業における漁獲量統計の問題点

具体例として捕獲漁業の漁獲量(生産量)の統計について考えて見ましょう。1966年から1972年迄の6ヵ年間、私は FAO の委嘱を受けて、 IPFC (印度太平洋漁業理事会)の中に設けられた Working Party on Trawling という作業部会のメンバーを務めたことがあります。この作業部会が設けられたのは、当時東南アジア諸国に底曳網の漁法が導入され、その漁獲量が急激に増大しつつあり、底曳漁船が他国の地先に侵入し国家間の漁場紛争が絶えない事態を解決することが切っ掛けだったようです。

そのためには「東南アジア地域の底曳網漁業の実態を先ず調べる必要がある」ということになった訳です。実態というのは「底曳網によって、何処の国が、何処で、どんな魚をどれだけ捕っているのか?」ということです。そのためには地域内の各国が統一した基準で統計を取る必要性が強調されました。

それ迄私は東シナ海の底魚資源の調査に20数年携わって来たのですが、途上国に関する調査の経験は初めてでした。驚いたことに、多くの国が何隻の底曳き船を保有し、何処で操業しているか?、何れぐらいの生産があるか?などのデータを当時では、政府としては「組織的には」未だ調べては居なかったのです。もちろん一応の統計は公表されていました。本格的な統計組織を作るべく先進国から専門家を招いて、努力中だったとも言えます。

最初の作業部会で、各国の政府に各底曳船から、「漁業成績報告書」を提出させる方法、即ち Fishing logbook を帰港時に提出させる先進国並みのシステムを採用することが決まりました。しかし、国によっては船長が文字を読めないため報告書が書けない場合があり、その場合はどうするか?と言った話が出て来る始末です。これは大変な仕事になるぞと思いました。

 

漁獲重量

漁獲重量(生産重量)は基本的な項目です。揚網ごとに秤で計測記録することは忙しい操業中に実施している船は殆どない状態でした。当時はそんなことを要求しても実行する船は先ず無いことは分かって居ました。水揚げ港でその航海毎に計測することは可能と思われましたが、実験的に計測した数値と報告書の記載数値と突き合わせて相違が無いかどうかを調べることも殆ど行われませんでした。

そんなことよりも、税金と絡むので報告書には過小に記載する可能性が高かったようです。逆に中国のような社会主義経済の国では、漁需物資の配給を多く得たいため、過大に報告する傾向が当時にはあったようです。属人統計と属地統計を重複して集計し結果的には過大に報告される場合も少なく無かったようです。

漁獲物を闇ルートに横流しするため報告書に記載しないケースや、操業が無かったことにして報告書を提出しない場合もあったと言われています。もちろん違反建造船や漁場違反船は報告書を出す筈はありません。これでは集計された数字は何を意味するのか分からなくなり、統計として使い物になりません。

警察権力による監視監督しか手がありませんが、汚職構造が根強い社会ではそれも十分には出来ない事情もあります。これらは統計数値の信憑性云々以前の問題だと言って諦めて了まえばそれ迄ですが、結局数値は使い物にならない訳です。このようなケースが極く希にあるのなら未だしも、かなり普遍的に存在する場合は、公表された統計は信頼できず、多くの努力は単なる「空回り」でしかありません。

魚種の仕分け

魚の種類を漁夫が仕分ける内容も国のなかの地方によって異なりますし、まして国が違えばもっと異なります。「このように仕分けよ!」と上から押しつけることは簡単に出来ますが。現場の漁夫が従ってくれるかどうか?また、見分ける能力が在るかどうか?などの事前調査も必要になってきますし、出来なければそのためのマニュアル作成とその教育も必要です。文字が読めないなどと言う実態が若し一部にあるとすれば、文盲教育から始めなければなりません。気が遠くなる話です。

この一事だけを考えても、企画立案者が生産現場の実態を熟知していることが要求されます。40年まえの当時の実態は、率直に言って、中央の企画立案者は現場を踏んだことが無く、唯、頭の中のイメージでことを進めるケースが多かったのです。理想案は容易に出来ても、これでは信憑性のあるデータなど得られる筈はありません。

私の経験では南アジアの某国の魚種組成はかなりの期間同じでした。それ以前の数ヵ年の平均組成を算出し、その後はその係数を総生産値に掛けて各魚種の生産量としていた訳です。これでは魚種別生産の数値は何の意味もありません。魚種の仕分けの技術的な点に関しては2005年の現在でも問題として未だ残って居るように思われます。

操業場所の仕分け

魚区別の仕分けは非常に大事な問題ですが、同時に大変厄介な問題でもあります。他国の領海を侵犯して越境違反の操業による国家間の漁場紛争は先進国と途上国とを問わず良くあることです。同じ国内でも漁場規制が在る場合は同じ問題が起こります。報告書には「私は魚区違反をした」とは書きませんから、当然改竄(虚偽報告)が行われます。

漁船が何処で操業して居るかは船舶や航空機によって監視することは出来ますが、大きな経緯費を伴います。政府が国益のため自国の船の違反を黙認する場合だってあり得るのではないか?と勘繰りたくもなります。

現在では航空機のブラックボックス同様、器機さえ設備すれば技術的には航跡の記録は出来るのでしょうが、経費のかかる問題ですから、ディーゼル機関を具えた底曳網漁船であっても、途上国ではその目的のための機器類の設置は容易ではないと思います。

上述の数件以外にも未だ未だ多くの問題が在ります。また、各件も詳しく調べれば調べるほどいろいろなケースがあり千差万別です。限りがありませんからこの辺で止め、その詳細は此処では省略します。

 

5.問題を解決するための手段

以上に述べたように、水産統計では統計を編纂する側、すなわち、政府や國際機関がいくら恰好の良いデータ収集の仕組みを提案し、理論的に優れた統計理論に基づく設計がなされていても、意識的なでっち上げ、ないし、虚偽のデータの報告、更には集計過程で改竄が行われるようなことが常に起こるようでは、砂上に楼閣を築くようなもので、出来上がった統計書の数値は信憑性の無い、従って使い物にならないものとなります。


 

誤解がないように断っておきますが、世界各国の水産統計の総てに、このようなでっち上げ、ないし、虚偽のデータの報告、更には集計過程で改竄などが普通に行われる訳ではありません。

統計組織が確りした先進国の統計は信頼できる場合が多いのです。冒頭で述べましたように、此処では問題の多い途上国の統計を敢えて意識し、注目して論じて居るのです。しかも私の経験では、途上国この問題が多く存在して居るのは間違いありません。

従って先進国と途上国から報告された結果を積み上げた世界の総生産の数値を見る場合は慎重にならざるを得ません。現在では国連の規準によると、2003年では途上国や地域の数は176ヶ国・地域(72%)、先進国は67ヶ国・地域(28%)、FAOのデータでは生産量の合計は、途上国・地域が(78%、1.1億トン)、先進国・地域が(22%、3千万トン)とない、現在では先進国より途上国の方が3.5倍も多いことになります。

信憑性に劣る途上国・地域の数値の合計が過半を占めるのですから、世界総生産の数値は信頼出来る筈はありません。1980年代の半ば頃からは、途上国の方が先進国を追い抜いたことは、社会経済的ないろいろな実態に関する統計値以外の傍証から考えて、先ず間違いないでしょうが、上記の3.5倍という値の判断は慎重を要します。これらは一例にしか過ぎません。

下に掲げた図は2005年に FAO が公開している Fishstat Plus の数値に基づいて作図した世界の水産総生産の時系列変化(1950年から2003年迄の期間)を示したものです。

数値の信憑性の高い先進国の生産が1980年代後半から減少傾向にあるのは先ず確実です。信憑性に問題がある国を含む途上国の生産の伸びが1980年代の中期頃から加速されたことは間違い無いと思われますが、生産の伸び率が過剰に誇張されてる疑いを私は持って居ます。


 

数値の信憑性の問題を解決するにはどうすればよいのでしょうか?先進国の場合をモデルとしてより優れた統計システムを途上国にも適用することを云々することは容易です。しかし、国家予算も不充分、政府の管理能力、違法行為の見逃しなど、社会の状況も異なるのですから、私は容易なことではないと思って居ます。

統計を作成する側の問題

統計を作る政府や國際機関は単に先進国のモデルを手本に「こうしなさい、ああしなさい」と理想論を押しつけるのではなく、現場に足を踏み入れて、実態を熟知する必要があります。調査域の現場の実情を知れば幻想的な理想論的指示・勧告、調査設計などが、実行可能なものか否かが推測出来る筈だと思います。

予算が少なくても、実態を知った上でその範囲内で重要な項目の優先順位を考えて、大雑把で詳細な項目では無いにせよ、でっち上げではない値が得られるでしょう。そこから第一歩の実施に入る手立てはある筈です。

統計は立派な装丁の体裁の良い統計月報や年報を作成するのが目的ではありません。使う側が役に立つもので無ければ意味はありません。統計書を作るのが目的ではなく、得られた統計数値を利用することが目的です。余りにも初歩的な話ですが…。

途上国では往々にして統計専門家が少ないように思います。実際に統計の仕事をした経験の無い素人が統計の改善について議論するのは無駄というものです。しかし、私の経験では素人による会議が多いことを実感しています。

統計は何のために作るのか?初歩的な話ですが、責任者も従事者も、この基本的な理解を忘れているのではないでしょうか?統計に関する教育が必要です。統計に関する教育活動が行われた例を私は途上国で聞いたことがありません。國際機関などが開催する統計改善のためのワークショップや会議は生産現場の実情を知らない侭、理想論の助言や提案を云々ずる会合ばかりのように思われてなりません。

水産資源調査の解析方法や理論模型に関するワークショップは度々開催されているのに、解析に耐え得る統計データを如何にして作成するか?の問題は上述のような有り様で、なおざりにされて居ると私は思います。

統計を利用する側の問題

統計を利用する側の人達は「データに信憑性が無いから使わない」と考える人も居ます。多くの途上国の研究機関はそうです。政府の公表する生産量は信用できないから、研究者は自分達で同時の統計調査を行って、そのデータを使って居ます。

その気持ちは分かるのですが、独自の調査には多大の人力と経費を必要としますから、ある幾つかの限られた重要度の高い研究対象(特定の地域の特定の魚種)に関したものとなって了います。したがって、その国の全体像などは分からないことになります。

研究機関だけでなく企業者や多種多様の人達が統計を利用します。現地の実態をかなり知っている人が統計書の数値が自分の予想する感覚と一致しない場合に遭遇し、「値が変なのでは?」と思う人も多いようです。時系列のデータの場合「増減の傾向は予想と一致するが、その程度は過大(過小)過ぎる」と思う場合もあります。

多くの場合、このような人は統計書の値は参考に留め、他の諸情報があればそれに頼るようです。企業や商社の人々は統計書の値を「使用に耐えない」として無視し、他の情報網から得た知識に頼る場合が多いようです。具体例は千差万別ですから省略しますが、途上国の場合には統計書のデータを鵜呑みに信用すると誤った判断をして了うことが多いので、統計の作成過程の知識を持って慎重に判断すべきでしょう。

問題を解決するための手段は、率直に言って無いと言っても良いのではないでしょうか?。問題のある数値が1割程度なのか、4割程度なのか?それとも全部が憶測なのか?も、勿論分からない訳です。

統計を改善するには、作成する側と利用する側とが話し合って、一歩一歩地道な努力を重ね、育て上げてゆく努力が必要だと私は思います。私は統計というものは気長に絶えず努力して「育て上げて行くものだ」と思って居ます。かつて信頼するに足る統計が作られていたのに、その努力を怠り維持出来なくなると、再び崩れてゆく羽目に陥って了います。

統計学の教科書などは母集団や標本の定義から始まり、数理統計学の夥しい近代の諸理論に関する問題点などは云々されて居るが、上述した意味でのデータの信憑性などは触れられていません。

しかし、個々の問題、例えば世界で関心度の高い中国の GDP の問題、また、とりわけ、医学分野の研究などではかなり検討されています。一般論としては、オーストラリアの経済学者の「統計は嘘つき?」(PDF File、Darrell Huff, “How to Lie with Statistics”, Penguin Books, 1988に基づく論説)などは一読の価値があります。残念なことに、水産分野では論じられたものを私の勉強不足もあるとは思いますが、寡聞にして知りません。

6.あとがき

以上、思い付く侭に問題の整理もしない侭で書き流しましたが、水産統計の、とりわけ、途上国のデータの信頼性が低くなる問題点ばかりを敢えて取り上げました。その多くは実際より過大になっている場合が多いようです。

最後にあとがきに替えて途上国の統計の言い足りなかったことを補足します。

 

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ASEAN_1

アセアン諸国の水産生産

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2005年12月

真道 重明

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1989年から2003年までの15ヵ年間の ASEAN 加盟国の各年の漁撈と養殖別の生産量合計と加盟10ヵ国の国別水産総生産量、および、それぞれの国の漁撈と養殖の生産量をグラフで示した。

原典は FAO の Fishstat Plus (2005年に公開された最新版)の時系列データであり、これを MS-EXSEL にエクスポートして作図した Excl-Book をPDFに変換したものである。

これらの図は山本忠氏の依頼によって英語版として作成し、同氏が2005年10月にバンコクで開催された SEAFDEC の統計研討会で発表されたものであるが、今回ここに和文版に改めて諸賢の参考に供した。

 

グラフを見るにはここをクリックして下さい。PDF ファイルです。

 

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MCS

MCSとは?

 (漁業許可制度の問題、山本忠)

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2001年05月

山本 忠

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MCSという“ことば”は、欧米諸国の漁業管理に関する文書で、しばしば使われている。Monitoring, Control and Surveillance という熟語の頭文字をとった略語である。欧米諸国では日本のような漁業許可制度がないので、漁業が儲かると思えば誰でも参加できる。これを英語ではFree access もしくはOpen accessといっている。私はかつて不図したことからアラスカの漁業について、数人の米国の弁護士と会議をもった。その時にこれらの弁護士さんは漁業には全く関系ないと思っていたら、その中の一人の弁護士が、突然に「私は漁業は儲かりそうだからアラスカに鮭漁業の漁船をもっている」と言ったのでビックリしたことがある。

このような Open Access の国で資源管理をする唯一の方法は、漁船数を制限することが出来ないから、政府が毎年、商業的に重要な魚種毎に、適正と思われる総漁獲量(これをTACといっている)を設定して、その枠内まで漁業者に漁獲させ、総漁獲量がTACに達すれば漁業者に漁業を中止させる。こう言ってしまえば、簡単であるが、このような漁業管理の実施は容易でない。政府と漁業者の間には、日本のような許可制度がないので、まったくく繋がりが無い。ある特定の魚種を漁獲する漁業者の団体も無いのが普通である。漁船数が資源量に対して過剰になることもしばしばである。こんな問題を解決するために、最近はTACを個々の漁業者に割り当てるIQもしくはITQという制度が実施されているが、それでも欧米の漁業管理は、あまりうまく実施されていない。

ところで、MCSを構成するの三つの用語の意味を英和辞書で見ると、Monitoringとは監視する、監督するとあり、Controlは取り締まり、監督、管理とあり、Surveillanceは被疑者と思われる者に対する監視、見張り、査察とあり、これら三つの用語の意味は厳密には多少の相異があるが、実際にはかなり共通するところがあり、これら三つの用語の間の明確な相異を知ることが極めて困難である。

1996年にアラブ首長国で開催された、国連海洋法研究所(当時ハワイ大学内にあったが、現在はマイアミ大学内にある。)主催の国際会議の最終日の Dinner Party における研究所長(勿論アメリカ人)の締めくくり演説の中で、「Let us control our fishery」という言葉が繰り返され、アメリカの漁業管理とはこんなものかと、ビックリした。

さらに、私が招待されて参加した昨年(2000年10月)Brusselsで開催されたEU主催の International Conference on Fishery Monitoring, Control and Surveillance は、まさしくMCSそのもの国際会議であった。この国際会議の名称からみて、現在EUが主導的役割を果たしている北東大西洋のCommon Fishery Policy(共通漁業政策)のなかで、MCSが如何に重要な課題であるかを物語っていると言えよう。この会議の初日のEU 漁業局長の20分にも及ぶ冒頭講演のなかでも、Controlという用語が、繰り返し耳が痛くなる程使われた。私はこの冒頭演説に対する質問時間で、「EUではどうして漁業をControl;しなければならないのですか? それでは、漁業はEUから見れば、Enemy(敵)なのですね?」と質問した。この質問に対するEU漁業局長の回答は、とにかく「漁業はControlの対象に過ぎない」という意味の一語に尽きた。これらの二つの会議を綜合してみると、MCSは三つの異なる用語で構成されているが、実質的には“漁業のControl"という意味に尽きるようである。

カナダは、ITQをかなり早く漁業に適用した国である。1996年に米国のNew EnglandのGloucesterという漁業都市が開催した漁業祭にまねかれたときに、私と同じように、カナダから招かれた人がいたので、「カナダのITQは、うまくいっていますか」と聞いたところ、即座に反って来た回答は、「Fisherman took two, but he reports only one.」であった。

この回答は、欧米の Open Access の 環境のもとでの漁業管理の「難しさ」とMCSの必要性を如実に示している。このように見てくると、Limited Entryの環境下で行われている日本の漁業管理は本当にめぐまれている。日本では、MCSという言葉すら知っている人は殆どいない。

 

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China2100

21世紀の中国水産業の方向


大きく転換しようとする21世紀の中国水産業の戦略

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2001年5月

真道 重明

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業水域の環境悪化、漁業資源の衰退に対応すべく、21世紀を迎えた中国は水産業の健全化のための本格的な構造改善の第一歩を踏み出そうとしている。昨年(2000年)12月から施行に入った50条からなる新漁業法から私達は漁業政策の大きな転換とその背景にある諸問題を読み取ることができる。

中国は21世紀の水産業発展戦略は大きく転換しようとしており、これは中華人民共和国の漁業史の上では大きな出来事と言うことができる。事実、農業部の楊堅漁業局長は「21世紀に向けて漁業政策は新しい段階に入った」と述べている。ちょうど今年の2001年は「第10次5ヵ年計画期」の最初の節目に当たる年に当り、今回の政策の大転換は特に問題を抱える海面漁業だけに留まらず養殖業も、また海面と内水面を問わず水産の全分野が軌道修正の対象になっている。

中国は建国以来維持してきた指令的で画一的な統制経済体制を競争原理に基づく市場経済へと大転換し、その効果が現れ始めた1980年代の中期以降の水産生産は漁撈業と養殖業、海面と内水面いずれも、年を追って飛躍的に増大し、5〜6年後の1990年には世界の首位に躍り出た。世界の人々はその数字に目を見張り、同時に「急速な増産」の軌道を走り出した情況がいつまで続くのか?にも大きな関心を持った。世界の首位に立った後も、増産の勢いは一向に衰えず、公表された統計数値で見る限り、ますます加速される状況が数ヵ年続いたことも周知のとおりである。

しかし、一見、順風満帆のように見えるこの「大増産は果たして真実か?」と疑いの目で見る人々も世界には多くある。統計組織や数字の信憑性の問題は暫く措くとしても、急激な増産が見られたのは事実であると筆者は思っている。だが生産量の躍進の背後には実は「以前からあった諸問題に加えて、市場経済の導入に伴い新しく発生した多くの問題」があった。今回の軌道修正は従来の「増産最優先」から、法治による漁業振興を土台に「持続的発展を原則とする資源管理重視」への転換とも言えよう。

政策転換の大きな動機の一つは海面捕獲漁業の対象資源の極端な衰退による漁撈生産の採算の悪化で、一部漁船は出漁せず港に停船しているとも報じている。1999年から海面捕獲漁業に関しては「ゼロ成長政策」が採られ始めたことはご承知の通りであるが、この数年来水産に関するインターネットの幾つかの国内向けWeb siteには莫大な数の違反船対策や抜本的管理体制の見直しの提案がしばしば掲載され、「これを怠れば中国の海面漁撈業は壊滅する」とまで言い切っている。

新漁業法ではTAC制度を導入、従来の努力量規制という間接的な方式ではなく、漁獲総量そのものの限度を県レベルまで配分下達し、不履行の場合の各級地方政府への措置、許可証の無い、または不備な種々の違反船への具体的罰則の明記、大型動力船への漁撈日誌の義務付けなど、資源や漁船管理に関する意欲的な熱意が感じられる。海面漁撈業に限らず養殖業に対しても従来の経験を踏まえて、種々の違法行為に具体的な罰則を明記して取り締まることにしている。

これらの中央政府の意図が各級人民政府に浸透し実効あるものになるまでには多少の時間を要し、かつ、その間に多くの抵抗も予想されるが、中央政府は断固とした決意で臨んでいることがWeb site上の種々の論説や当局の談話から伺える。何れにせよ、生産構造の体質の健全化は国際的にも歓迎すべき事柄と思われる。

なお、2005年(第10次5ヵ年計劃最終年)の生産目標は総生産(海藻を含まず)は4,600万トン、海水:淡水の比は35:65、淡水生産(大部分が養魚)は3,000万トン、すなわち、水産総生産の3分の2が内水面と見積もっている。

 

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Mekong

メコン河の漁業調査活動

 (MRC Mekong Fisheries Program)

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2001年10月

真道 重明

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国青海省南部、チベット高原東部に発源し、中国雲南省およびラオス・タイの境を流れ、カンボジアを貫流、ベトナム南部で南シナ海に注ぐ全長4020 Kmのメコン河はメナム河(チャオプラヤー河)と並んで東南アジア第一の大河であることはご承知の通りです。

メコン河に関しては河口のメコンデルタ地域などの漁業に力点を置いた国連主導のMekong Projectと称する活動が10数年にわたり推進されて来ましたが、この活動が終結し1995年5月にデンマークのDANIDA(日本のJICAに当たる機関)がスポンサーになって、カンボジア・ラオス・タイ・ベトナムの各国が連合して「自主的な多国間機構」であるメコン河専門委員会(The Mekong River Commission 、略称MRC)が設立されました。この機構は上流域に関係のある中華人民共和国やミヤンマーとも常に連携を持っています。主な仕事はメコン河流域地帯における航行・洪水対策・漁業・農業・水力・環境保護などの持続的開発利用・水資源の管理や保全などの問題を国家間の協力により推進することです。このCommissionは理事会・共同委員会・事務局から構成され事務局はカンボジアのプノンペンに在ります。

漁業に関してはメコン河漁業計画(MRC Mekong Fisheries Program)があり、Mekong Fish "Catch and Culture"と言うタイトルのNewsletterを発行しています。2001年10月の時点での最新版は2001年9月号(Vol. 7. No.1)です。7月には年次総会が開催され、幾つかの活動が進められていますが、メコン河で捕れる漁種名(学名の外に参加4ヵ国語の漁種名を含む)のデータベースは間もなく完成するようです。新しい事務局長にスエーデンの女性、Ms. J. D. Kristensenが就任、事務局スタッフにもDr. K. Maticsなどの女性がいるためか、漁業における婦人問題にも興味を持っているらしく、来る本年(2001年)11月に台湾の高雄で開催されるアジア水産フォーラム(Asian Fisheries Societyが3年毎に開くAsian Fisheries Forum)のシンポの一つ「漁業における女性問題」のコンビナーになっています。

漁業計画の事務局のメールアドレスと母体のMRCのウェブサイトのアドレスは下記の通りです。

mrcs@mrcmekong.com  http://www.mrcmekong.org/

 

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Overfishing

乱獲という言葉の思い出

2002年5月

林 繁一

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致命的な失敗によって,それまで拡大を続けてきたこの国が一挙に縮小し,食料も不足し,産業も制限された半世紀前の時代を体験した人は少なくなりました。軍隊から引き上げてきた若い人々を受け入れてくれた数少ない教育機関の一つであった水産講習所に入った若者の多くは水産物の増産を夢見ていました。考えの稚なかった私は、今ではほとんど手に入らない相川廣秋先生の「水産資源学」という我が国最初の教科書を通して「乱獲」なる言葉を見て何とも言えぬ衝撃を受けました。水産研究所に入って欧米先進国では「乱獲」が水産資源研究の主要な課題であることを知りました。効率の良いトロール漁業が栄えると、漁獲が資源から間引く力が自然の生産力を上回るという考えには説得力がありました。

この国の漁業はその後急速に復活しましたが,それに伴って資源の枯渇という問題が起きました。わけても効率の高い底曳網漁業では1950年には過剰努力による乱獲が明らかとなり、占領軍総司令部天然資源局は1951年に5ポイント計画を指示して、資源の管理を求めました。底魚資源の評価は当時発展しつつあったポピュレーション・ダイナミクスを大幅に適用できる分野であり、若い研究者の熱意と漁業統計の改善とが相俟って、急速に進歩しました。その成果は漁獲努力量制限、網目規制等の管理方策として現れました。経済活動である漁業は価格の高い種を狙い、それを経済的に不利となるまで減らすと次に有利な種を狙うので、漁獲対象が次第に低価格種に移り、生態系を変化させ,ひいては海域の生産性に影響するといったことも明らかとなりました。こうして研究の内容は個別の種個体群の変動の解明を越えて,複数種の相互作用、漁業の経済性等多面的に広がりました。それによって当面の漁業管理だけでなく,後年の海外漁場開発と国際管理、さらには栽培漁業とか,資源管理型漁業の確立に必要な科学的基盤が培われました。

私が採用されたのは旧東海区水産研究所鰮資源部です。食料事情が極めて逼迫し、漁場も四つの島の周辺18浬内に閉じ込められていた当時、1930年代に増加したマイワシの漁獲量が270万トン(うち日本列島100万トン余り)から僅か24万トンに落ち込み、社会問題となっていました。乏しい国の予算の中で、1949年度に東海区等の水産研究所と海に面した殆どすべての都道府県水産試験場を網羅し、一部の大学をも含めた協同調査が始まりました。米国の漁業使節団に資源管理概念の欠如を指摘された当時、多くの研究者が先ず乱獲を疑い、漁獲物の年齢組成の推定を重視したのは当然でありました。

この協同研究の責任者となった中井甚二郎先生は長年旧朝鮮総督府水産試験場で資源研究、海洋研究に携わり、調査船「鶚(みさご)丸」を駆使して我が国の周辺海域におけるマイワシを含む重要な多獲魚の漁場、産卵場の変遷と黒潮の蛇行とに注目しておられました。協同研究者の間では資源の減少の主な原因が乱獲か、それ以外の原因による減少か、また調査の重点項目に産卵海域の観測を加えるか、否か、という二つの問題を廻って議論が繰り返されました。私などは有名な先生たちのやり取りの激しさに肝を潰したものでした。議論が激しかっただけに問題点は明確となり、調査開始6年後の1955年には減少の主な原因として仔魚の大量減耗が広く認められ、マイワシだけでなく、その代替となる近海の浮魚集団全体の管理と予測とを取り上げることになりました。

また存在量と分布とがしばしば環境の変動に応じて大きく変わる浮魚資源の研究では産卵調査を含む海洋観測が常識となりました。鰮資源協同調査が始まった同じ年の7月にはカリフォルニアでもマイワシの減少の原因を明らかにし、対策を立てるための研究が連邦政府と州の研究所,それに大学を含めて始められ、やはり数年後にこの資源も乱獲ではなく、自然の原因、特に他の種との競合による減少と推論されました。この協同調査CalCOFIは現在も続けられ、毎年立派な経過報告が刊行されています。

許可制度を布いている我が国では漁獲を制限するには一定の手続きが必要で、いくつかの回復策も提案だけで了りました。許可制度のないカリフォルニアでは1970年代にマイワシの漁獲を全面的に禁止しましたが、その効果が明らかでないままに、資源の回復に伴って1990年頃になって制限は緩和されました。

浮魚資源における種の交替は最近 regime shift と呼ばれ、その原因を突き止めることが重視されています。1989年度に始まった大型別枠研究「農林水産系生態秩序の解明と最適制御に関する特別研究(バイオコスモス計画)」の系の一つとして行われた「浮魚制御」の研究は、海外でも高く評価される成果を上げました。すなわち1980年代に起きたマイワシの大幅な増減の主な原因は、漁獲の影響ではなく、個体群に及ぼす正負の密度効果であり、資源は2013年以降に回復するだろうと予測されています。この研究は他の三つの水産分野でも大きな成果を上げ,10年間で終りましたが,漁業生物学に大きな影響を与え,その波及効果になお期待が寄せられています。近い将来同様の組織研究の復活を強く希望します。

我が国ではしばしば「底魚は乱獲され易く、浮魚はそうでない」と言われます。欧州では逆に「群れを作る浮魚は乱獲に陥り易い」という考えがあります。しかし乱獲か否かは具体的な調査撈撈活動によって決めるしかありません。典型的な浮魚であるマサバも旋網漁船が0歳から大量に獲ったので減ったようです。最近の言葉でいう加入乱獲です。

典型的な加入乱獲の例としてはクロマグロとミナミマグロが良く知られています。同じく生態系の頂点近くに位置していてもキハダとかカツオでは生物学的な乱獲は明らかでありません。生体量の転換が早いこれらの種では適切な年齢から利用する限り、乱獲は起こらない筈です。大西洋まぐろ委員会 ICCAT が始まった当時、「延縄ではキハダの乱獲は起きない」という論文を書いた所、米国の著名な資源学者から政治的といわれたのに対して、当時の福田遠洋水研所長が憤慨してくださったことを覚えています。

客観性を求められる研究者ですが,置かれている社会的な立場の影響を受けることは避け難い事実です。捕鯨問題はその典型ですが,日本水産学会の漁撈技術の研究者と世界野生生物基金WWWFとは長年にわたる相互の総会への出席を通じて捕鯨の妥当性について一定の相互理解が得られたと聞いています。意見の違いを解決する唯一の方法は真摯な意見の交換以外にないという事実の証明ですね。

 

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JapanFishery

日本漁業の盛衰

 

2002年4月

林 繁一

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海洋を主とする水域の利用は交通と食料の入手に始まりましたす。その間,人間と特定の種個体群とのかかわりは幾多の変遷を経てきたことでしょう。代表的な例の一つは捕鯨で,近代技術を生み出した西欧はセミグジラを獲り尽すと,鯨油を求めて遊泳力の大きい種類を経済性の高い順に減少させてきました。経済的に有利な石油化学製品を手に入れると、鯨油の利用を放棄したという歴史は有名です。我が国でも食料が極端に不足していた1946年に占領軍総司令部が、多くの連合国の反対を押し切って,例外的に南氷洋捕鯨を許可したことも良く知られている所です。

この時代に成長期を過ごした世代にとって鯨肉は懐かしい食品ですが,経済成長を遂げた1970年代に生まれた世代の多くは違和感を持っているようです。一つの種個体群はそれを利用する意図と,技術とを持っている社会にとっては資源ですが,それ以外の人々には生物集団に過ぎないという自明の定義を思い出しています。

長い歴史を持つ漁業ですが、近世に限ってその管理を振返って見ましょう。藩政時代には人々の生活圏は限られていて,漁業もごく沿岸域を季節的に利用していたので,江戸幕府が寛保2(1742)年に定めた「磯猟は地附根附次第也,沖は入会」の言葉で示される通り,「沿岸の定着性資源は地元村落の総有的管理の下におかれ,沖猟は一般に地元村落を越える自由な入会漁場であったが,関係村落の間で入会協定を結ぶこともあった」といわれています。

明治政府は発足間もなく1875(明治8年)にこの慣習を廃めて、漁場は国有とし、漁民に貸し付けて税を徴るという布告を出しましたが、400万漁民の反対を受け、翌年には旧に戻しました。当事者による沿岸漁業資源の管理を象徴する出来事と云えましょう。その約10年後1888(明治21)年から2年掛けて水産局は我が国の沿海で、どのような生物が、どのような漁具で獲られていたかを知るために水産予察調査を行いました。その直後1891年には遠洋漁業奨励法が公布され、従来の半農半漁とは異質な漁業を政府の手で推進することとなりました。

当時の列強に伍して我が国は1895年以降版図を拡大しました。漁業水域も東シナ海、黄海、次いで沿海州からカムチャッカ半島沿岸、さらにパラオからマーシャル群島にわたる西太平洋赤道水域にわたり、その外側にも広がりました。漁船の近代化も図られ、1906(明治39)年には我が国初の動力漁船として静岡県水産試験場の富士丸が建造されました。この動きを背景に「重要水族の生態と海洋の理化学的性状を明らかにして漁獲豊凶の原因を知り、漁業を発展させる」ための漁業基本調査が1908(明治41)年に始められました。

太平洋戦争直後来訪した米国漁業使節団が「日本では多額の経費を使いながら、健全な漁業取締規則、又は管理を目的とする有効な生物学的調査が皆無といって良い。そのもっとも大きな原因は、従来選定された研究題目が漁獲であり、資源保護の概念を伴うことはほとんどなかった」と報告しています。これが半世紀前に先進国が見た我が国の資源調査の姿でした。

トロール等の効率の高い漁業を19世紀の後半に発達させ、乱獲とか、年級変動、漁獲の異常を経験し、さらに国際入会操業の合理的な調整を求められていた北東大西洋では、資源変動、漁獲変動を科学的に説明する必要があり、1902(明治35)年に海洋調査国際理事会が設立されていました。その4年後に初めて動力船を建造し日本では漁獲そのものに関心が向いていたという事情を無視できません。

その後我が国はあの戦争に突入し、すべてを失いました。あらゆる産業は崩壊し、漁業でも人材,機材ともに失い,漁場は四つの島の周辺、18浬以内に制限されました。唯一例外として先に述べた南氷洋捕鯨が1946年に再開されました。航空機産業や原子力産業はもちろん、乗用車の生産さえ禁止された当時,漁業は限られた投資の場、労働の場であり、漁獲物には逼迫した国内の食料と数少ない輸出品として強い需要があり、漁業を支える工業も残されていました。需要・労働と資本・工業力を背景に漁業は急速に復活したのです。

講和条約が1951年秋に結ばれると、漁場の制限は大幅に緩められ、強い需要、安くて優れた労働力、発展した工業力に加えて、安い石油と広い公海の5つの条件を背景に遠洋漁業が急速に拡大しました。冷凍すり身技術の開発に伴う北洋漁場のスケトウダラの利用もあって、我が国は1961年まで世界最大の漁業生産を上げたのですが、この発展は諸外国の関心と乱獲への危惧を招くことになり、多くの国際漁業条約が結ばれました。

その後、我が国の漁業を巡る情勢は大きく変化しました。先進国、発展途上国を問わず漁業は発展し、国際漁場と国内外の市場を巡る競合を激化しました。国内では高度経済成長による産業間の格差を生み、漁業に向かう労働力は急速に減少しました。第四次中東戦争に伴う1973年の石油価格の高騰は漁船漁業に大きな打撃を与え、この年を境に遠洋漁業の漁獲量は減少に転じました。それでも20世紀で二回目のマイワシの豊漁によって、我が国は1972年から1988年の間、再び世界最大の漁獲を上げたのです。しかしマイワシ資源の崩壊と共に漁獲量は減少し、逆に健康志向もあって魚介類に対する需要は増大し、かって世界最大の水産物輸出国であった我が国は世界最大の水産物輸入国となりました。

国内他産業が生産性向上し、安い輸入食品が増大して、食料自給率が先進国の水準を遥かに下回り、水産業でもそれに対応した施策が求められるようになりました。しかし生産性が他産業に比べて低下してた多くの漁業では新規参入が極端に減少し、従事者の減少と高齢化とが進んでいます。漁業の衰退は、沿岸、内水面の環境の悪化を促進する原因ともなりました。

加入を維持、増大させ、資源を回復するために「つくる漁業、育てる漁業」が推進されることとなり、栽培漁業センターが次々に設立され、マダイ、ヒラメ、クルマエビ、ガザミ、うに類等の生産が増えました。我が国のシロザケ生産量は世界最大となりました。

海洋の生産力を高い水準で利用するためには加入の維持に加えて、漁業の効率の実質的な向上が強調され、漁獲を規制する法律制度と相俟って「漁業者間の自主的な合意形成による実施を基本とし、国や地方自治体が支援する」資源管理型漁業の推進が強調されました。この年の漁業センサスで初めて資源管理型漁業が加わり、沿岸の第一種共同漁業権漁業で代表される漁業者による資源管理の役割の重要さが再認識されたのです。

最近、真道氏がまとめられたFAO統計によると,中国とか,多獲性魚類の変動の激しいペルー、チリを除いて,多くの国が生産を着実に伸ばしているのに対して,我が国の漁業生産はロシアのそれと共に急速な減少を辿り,2000年には1961年の689万トンを下回る660万トンにまで低下しています。

生産の減少と自給率の極端な低下とは農産物,林産物でも同様です。先進国の間では20世紀後半からは武力衝突は起きていません。それが余りにも危険であることは良識ある人々にとって自明であるからでしょう。発展途上国の間,またはそれからの武力行使も,国内紛争を除いては,貧富の極端な格差に起因すると思われます。衣食住の原料の極端な自給率の低下こそが我が国の安全を脅かしていると憂慮しています。

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RANKAKU_Hayasi

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 乱獲を考え直す

   (林 繁一)

(2002年9月/記)

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獲の防止は19世紀末から水産資源研究の主題でありました。それは今後も大きく変わることはないでしょう。しかし持続生産量SYを最大にする、つまりMSYを達成するという国連海洋法条約までの規範の意義は失われてきました。その理由の一つは最大持続生産量という定常状態を前提とした考え方の限界がはっきりしてきたからだと云われています。その上に魚種交替とか、環境の変化、特に人為的な破壊が資源を支配する大きな要素として認めざるを得なくなったという事情もありましょう。

それでも加入乱獲を避けることは多くの場合正しいはずです。ただし古典的な原則が常に正しいとは限らず、それぞれの事情に応じた調査が必要です。たとえば小さいうちに獲る方が有利という数少ない例外としてしらす漁業があります。漁業に疎い著名人の中には「先進国では稚魚を獲るような漁業はない,日本ではしらすを獲るから資源がなくなる」等と仰言る方があります。しらすの大部分はカタクチイワシの仔魚です。それを獲る漁船は岸から約2浬以内で操業し,沖合に出ることはまずありません。したがって分布域が10〜20浬以遠にまで達しているカタクチイワシの仔魚を獲り尽くすとは考えられません。少なくとも1960年頃までしらすの漁獲量は1、2年後の成魚の資源量と高い正の相関を示す,つまり成魚を減らしていなかったと考えられます。

古く1949年のカタクチイワシの漁獲は30万トン、93億円,しらすのそれは4万トン、40億円でした。その後マイワシの豊凶があって、カタクチイワシの漁獲量も増減したり,一時的にしらすの中にマイワシの仔魚が増えたりしましたが,1996年の生産はカタクチイワシが35万トン、214億円,しらすが6万トン,300億円となっています。食生活の変化等から,しらすに対する需要が相対的に高まった結果でしょう。

このような例外を除き,一般に未成熟の個体の採捕には注意が必要です。養殖業の多くは親魚を養成して、種苗を生産するので、乱獲とは無関係です。しかし孵化養成技術が確立していなかったり、あるいは経済的に引き合わないために、天然の種苗に依存せざるを得ない場合があり、一部の種では養殖業の発展と共に採捕される稚魚の数が非常に大きくなりました。我が国における典型的な例は1950年代後半に始まったはまち養殖で、収穫量が漁獲量を超えるようになると、稚魚であるもじゃこが乱獲されているのではないかとの懸念が生まれ、調査が行われましたが、明確な結論は得られないままに、4~5万トンの漁獲と15〜20万トンの収穫が続いています。

種苗自体の採捕量が明らかに減っている例はウナギでしょう。経済的に有利な暖かい地域での養鰻業は台湾、中国で急速に成長しましたが、我が国を含めて河口に集まってくる稚魚の数が著しく減ったことは良く知られている所です。ミナミマグロの資源の保護に非常に熱心なオーストラリアですが、その一方で養殖を振興して種苗としては天然の若魚を使っています。本種の資源評価にはその数量の提出が不可欠です。

周期的な大変動を繰り返してきたもっとも顕著な例はマイワシで,我が国周辺でも二十世紀だけで二度の豊漁期とその前後の不漁期とが研究の対象となりました。加えて宇田道隆先生が1952年に指摘されて以来魚種交替の例が多数報告されてきました。最近も川崎健さんは底魚にも regime shift があり、その位相が生息深度に伴って遅れると指摘されました。マイワシなどの場合には増大している期間にはできるだけ多くの生産を上げ,減少する前に資本を回収するといった経営戦略を業界全体の利益のために考える必要があると思います。また密度効果が確かめられれば,十分に間引くことによって豊漁期を長引かせる可能性もありましょう。

沿岸とか,内水面では漁業以外の人間活動による漁業資源の減少があります。高度経済成長期にはしばしば,経済性を理由として,漁業の立場が片隅に追いやられました。一部は獲り残す漁業と違って環境の破壊は,生物集団とその生息域とを壊滅させる可能性があることは多くの例から知られています。それだけでなく,二酸化炭素の激増といった地球規模の行為は深海流にも影響すると懸念されます。最近,南太平洋のツバル共和国は海面の上昇が耐え難い段階に達したとして,京都議定書を認めようとしない米国と豪州とを国際司法裁判所に提訴したと報じられました(毎日新聞7月24日付 朝刊13版1,3面)。

WebNews/水没危機:温暖化対応が違法 ツバルが国際司法裁に米豪提訴へ(毎日新聞 2002.7.24)上記は、毎日新聞 Web サイトのTOPページにリンクしており、新規ウィンドウの形で表示されます。ページ内の「過去2年間のニュース」のキーワード検索で「水没危機」あるいは「ツバル」と入力して検索してください。2004年7月まで有効です。 ※著作権の関係上、該当ページへの直接のリンクは行っておりません。

すべての国の環境の保全と食料自給率の回復とが求められている現在,社会が目指す方向は自ずから変ってきています。経済性の過大な重視を懸念する生物学者は増えているように思われます。特別研究生態系秩序計画が1998年11月に仙台市で開いた国際研究集会で米国からの出席者が No more economics と合唱したのを覚えています。その中に前代未聞の開票作業で世界中を呆れさせたあの選挙で Lester Brown に投票した人がいたか否かは知る由もありませんが。

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MidoriZakki

日本では外国の情報を収集するシステムが

確立されて居ない。公開データベースの提案

海外の國際機関に勤務中、情報不足を痛感した事

及び

情報化時代に入った現在、私が感じて居る事

 

初稿 :1989年6月
改訂:2006年11月

真道 重明

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10年余の海外勤務を終えて帰国し、ようやく浦島太郎の状態を脱した1989年頃、緑書房が出版していた《水産の研究》と言う雑誌の「湧昇流」と言う名前の巻頭言コラムに「何か書け」とのことで愚見を書いたことがある。「国際技術協力雑感」と題した短文である。
その中に国際機関に勤務中に痛感していたことの一つに日本の「世界各国の諸情報の収集能力の弱体」に関する話題がある。20年近く前で、未だ「IT時代」の駆け出し頃ではあったが、この問題は現在でも基本的には変わらないという気がする。原文で云い足りなかったことを加筆し、若干書き直して此処に掲げた。

 

水産の発展途上国に対する援助や技術協力についての問題は最近は色々な処で座談会の記事などが掲載されるようになったし、他にも多くの人が直接または間接に意見を述べて居られる。以前に「間違いだらけの水産の国際技術協力」といった本が出て議論された時代もあった。「間違いだらけの・・・」と云うキャッチ・フレーズが流行り、「間違いだらけシリーズが多く出版されていた頃で、日本は高度経済成長期の後半期の頃の話である。

水産の国際技術協力は水産に限らず、「間違いだらけ・・・」で指摘されて居た問題は「現地の実情を知らない中央(東京)の偉い人達が意思決定権を持ち、現場に居る派遣専門家は、上申しても相手にされず、馬鹿げていると内心思いつつ、また常に『もどかしさ』を感じ乍ら苦労が絶えない」と云う問題が叫びの大部分であり、このことが口裏を合わせたように強調されていた。

この問題は何も技術協力に限ったことではなく、海外に進出して居る企業や大手商社などの現地駐在員などにも共通した現象であった。私も或る時、偶々一時帰国途上の機上で隣席に乗り合わせた大手商社の現地責任者から「日本の国会議員の3分の2が海外で異文化に手古摺り、面喰らいながら泣きたくなる現地の苦労を経験した人達にならない限り、日本の国際化は実現しない」と長嘆息していた言葉を今でも想い出す。

日本とは異なる価値観・社会構造を持つ外国の実態に関する情報が日本では不足し、現地の実情を知らない中央(東京)の偉い人達が余りにもその事について無知だと云うことである。当時も国会議員や各県議会議員などは海外視察と称して各国を歴訪している。大部分がごく短期旅行で、在外公館のお膳立てに従っての海外見聞である。

外務省の配下にある在外公館では国会議員や大臣・総理などの来訪となると国会で変なことを云われると大変だから、「下にも置かぬ歓待」に努力する。いわゆる大名旅行である。都合の悪い真相には触れないようにするのが人情と云うものである。実態とはズレたイメージを持って帰国し、帰国後は選挙区で「日本と国際情勢」などの演説会をやり、選挙票を稼ぐ。

海外の水産業発展のために設立された国際機関に私が勤務中(1970年代初期から1980年代中期)に痛感していたことの一つに「何か水産業のプロジェクトの技術上の問題や評価する懸案に直面したとき、日本の文献は多くの場合、殆ど存在せず、世界の主な都市なら何処でもある英国の公的な国際文化交流機関(British counsel)で英語の文献を探すのが常だった。

其処では非常に些細な事柄、例えば衣食住に関する詳細な実態・日常の食物・方言・民俗学的な観察など多岐に亘る記録など、誰かが書いて印刷物になっているので、ヒントを受けることが多くあった。英国は世界各地に植民地を持っていた経験から、些細な情報であっても、その重要性を知っていたのだろうが、「こんな内容の本を印刷出版しても、誰も金を出して買う人は先ず無かろう」と思われるもの迄がちゃんと文書になっているのには驚くばかりだ。

日本の場合、「あの人はあの国のその問題は詳しく知っていたけれど、残念にも今では故人になってしまったから分からない」と云った事態は度々あった。日本はこれらの点ではまだ途上国並みだと思われても仕方がない。

私が海外に於ていろいろな局面で痛感したことの一つは、欧米の先進諸国が相手国または対象地域に関する民俗学的知見などの一般的な、また技術的な(例えば民芸品や其れの歴史など)諸情報を如何に沢山持っているかと云う点である。しかも、現在または近い将来役立つだろうと云う物だけでなく、分かったこと、経験したことは何でも記録し、印刷され記録されている。違った価値観に立脚した異文化を持つ多くの植民地に永年対応してきた経験ら重要性を皮膚で感じ、その感覚が継承されているのだろう。

勿論彼等の情報の中には特殊な条件下でしか利用できず、一般化して適用できるものばかりでは無い。また情報は利用の仕方によっては善にも悪にもなるから、情報過剰はマイナス面をかえって増幅することもあるだろうし、また情報内容が自国の、または個人の独断や偏見に過ぎる場合もあるだろう。しかし、何がマイナス情報で、何が独断や偏見かをどう判定できるだろうか?

ときの為政者にとっては議論のある処であり、為政者が「好ましくない」として篩に掛け取捨選択すると「情報管制」に繋がる恐れが出て来る。また、情報を多く持っているから援助や技術協力が成功するとは限らないだろうが、情報の重要性は論を待たない。

米国がかつて援助や協力に多くの経費と努力を費やし情報も沢山持ちながら相手国から内心では嫌われていた例が沢山ある。自分たちの方法がベストだと過信し、相手国の心理を無視し無暗に押しつける嫌いがあるからだろう。このような状況の下では技術的にも協力が成功する筈はない。しかし情報が如何に大切かは現地では誰もが痛感している。率直に云って日本の持つこの分野での海外の情報量はそのような議論をする余地の無いほど欧米に較べて少ないように思われてならない。

現地にいると日本からの視察団やプロジェクトの可能性調査団から意見を求められる機会が良くあるが、多くの場合、第一頁から実態の説明をしなければならなかった。視察団と称して実は「物見遊山」が主目的のケース(これが当時かなり多かった、今は知らない)は論外として、日本出発の前に視察国の地理・主産地・主産物の種類など調べることをしない。・・・と云うよりもデータが無いのかも知れない。たとえ在っても引き出せないし、そのサービスをする体制が無い。国際援助・協力のためだけでなく、企業が進出しようとしても、必要な情報が余りにも不足し、かつ、情報の収集・管理・利用のシステムが弱いと云わざるを得ない。

在外公館では産業分野に関する現地の情報を現地発行の英字紙や「女性現地雇用スタッフから知り得た話のスクラップ・ブックを作ったり、民間の商社の職員を招いて話を聞くことが重要な仕事だったように思う。情報収集を統一的に担当する部署は無く、担当分野別の参事官(その殆どは現地語の新聞誌が読めない)などが自己の分野についてバラバラに情報を整理したいたようだ。商社などは在外公館より遥かに多くの情報を持って居たのが私の知る当時の実態である。

余談だが Pub で知り合った愉快な悪気の無さそうな白人の男が居たが、仕事を聞くと「アメリカ大使館の情報担当の館外勤務で、200名ばかり居る。同大使館の館内勤務情報担当は40名ばかり居る」という。勿論、酒を飲みながらの話で、そんな部署が在るのか、無いのか、また内勤・外勤などの要員が居るのか?真偽の程は分からない。出鱈目かも知れない。しかし、私は「さもありなん」と内心思った。

現地国の人と結婚した人達を時々招いてパーティを開催し、お喋りと親睦を図るような行事もある。日本の大使館や日本人会ではこのような行事は聞いたことがない。それどころか、日本人学校の父兄会が現地人と結婚した先生を排斥する運動が起こる事もあった。全くセンスが逆である。太平洋戦争が勃発したとき、米軍では直ちに「日本語会話の特訓班を編成し日本上陸の際の情報収集や宣撫工作を準備した」が、日本軍は「敵性語の使用禁止」を打ち出した話と一脈通じるように私には思えた。

現地で仕事に携わっている人々は現地の社会の歯車の中で結構仕事に追われている。任務の一つとは言え、現地産業の説明ばかりに多くの時間を取られるのはかなりの負担だった。

日本は情報化社会に入ったなどと当時良く云われたが、金儲けだけの情報化なのか?と思いたくもなる。情報の整備・分析体制は改善の兆しはあったけれども、まだまだ程遠い感じがした。「官・民を問わずもっと問題意識を持って貰いたいものだ」と当時良く思ったものである。

 

 

時代は今や21世紀に入った。IT 技術は上記の頃とは比べものにならない程進歩し続けており、往時入手に苦労した情報の9割程度のものは、私のようなパソコンの使用技術は初心者に毛の生えた程度の者ですら、多少の検索エンジンの知識と技術があれば、実に容易に Web 上で探し当てることが出来る、すなわち、閲覧することが出来るようになった。世界中のサーバーに蓄積された情報の量も内容も[紙=印刷物]に頼る時代に比べて雲泥の差がある。

それなら「何も問題はなくなった」かと云えば、情報の存在は分かったが出版物の表題から察して「それらしい」と思うだけで内容までは Web 上には公開されてないので読めない場合も多い。世界最大と云われる Amazon.com などを探すと実に多くの世界中の書籍を探すことが可能である。絶版でなければ購入すればよい。

政府・団体・NPO・NGO・個人などのサイトも膨大な数に達する。問題なのは言葉である。英語なら未だしも・・・と思うが、やはり日本語になっていたら随分と効率的だろう。

国会図書館の蔵書検索システムではないが、 Web 上にある諸情報を分類し、タイトルと、出来れば数行の内容紹介整理して作成し(日本語で)公開することは出来ない物だろうか?

知的所有権・著作権、Creative commons ・書誌情報(メタデータ)・個人情報保護・・・など、「ど素人」の私には勉強不足で良く分からないが、社会共有財産として、上述のようなデータベースの仕組みが出来たら実に有り難く、そのポータル・サイトは門前市をなすと思うのだが。

 

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