mougo4

.

ホームに戻る


SOBOKUna2

素朴な疑問(その2)

 

日本のグルメ・ブームは虚仮の沙汰

だと思うのは私だけだろうか・・・?

2007/04/24

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

目 次

まえがき  「旨い」は感性的なもの   飢餓を知らない世代

ブームは作為的なもの   グルメと食文化や食育の問題 

 

まえがき

まえがき

 

今や日本は「飽食の時代」と言われ、グルメ・ブームに沸き立っているように思われる。グルメとはフランス語の Gourmet で食通の意味だそうだが、本来は「料理の味や知識について詳しい人々」のことらしく、語源は「葡萄酒の聞き酒」をする人のことらしい。ブームは英語だから、「グルメ・ブーム」は日本製の仏英の混淆語だろうが、仏語由来のグルメは英語でも日常使われているらしい。

グルメ・りポーターと称してテレビ番組内で出される料理を自ら食べて、その料理がいかに素晴らしいかをコメントし視聴者に伝える。80年代以降のグルメブームで増えたグルメ番組内で、活動の場も増えた。職業としての明確な区分は無く、大半はタレント・俳優・お笑い芸人等からの流れ入った人々がある。平和呆け日本社会の一面を象徴する。まさに天下太平だ。

かなり前だが、初来日したドイツの厚生相(女性)が NHK のアナウンサーのインタビューで、「日本で一番驚いたことは?」の質問に「テレビの何処かのチャンネルで必ず何時も料理番組、美味いもの屋、エスニック料理など旨い食べ物に関する番組を放映をしていること。こんな国は初めて・・・」と答えていたのを今も憶えて居る。皮肉を込めて「日本人は何と食い物の関心度が高い人達だろう」と言外に云って居るように私には思えた。

この様な番組を私は総て「止めろ」と云っている訳ではない。人間誰しも美味しいものを食べたいと云う欲望を持って居る。料理番組を否定し、怪しからぬなど云う気はさらさら無い。しかし、グルメ番組には馬鹿げて呆れ返るものが多い。万事ものごとには「程々」と云うことがある。

一杯のラーメンを食べるのに仕事を放置して2時間も3時間も行列を作って手に入れることなど、私にとっては異常としか考えられない。(2時間や3時間の行列は「ヤラセ」かも知れないとは思うが)。若し本当なら正気の沙汰ではあるまい・・・と私は思うのだが。一方、世界人口60億人のうちおよそ8億3000万人の人々が栄養不足、発展途上国では5人に1人が飢餓の状態にあると云うのに・・・。

「食」に係わる水産を専攻して来た私だが、今の日本は「食」に関して多くの混乱に満ちている。好き勝手に思うことを率直に書いた。年寄りの愚痴かも知れないが、大正生まれの歳に免じてご寛容頂きたい。金と時間を空費してマスコミに躍らされ、儲け主義に振り回される哀れな人々に神仏のご加護を!

多分「他人のことは放って置いて呉れ!余計なお世話だ。野球やサッカーの観覧入場券の行列はどうなんだ?」と云われるのは覚悟して敢えて云う。野球やサッカーの観覧入場券の行列とグルメの行列とでは事情が違うのだ。後者は思い込みや食通自慢の錯覚に躍らされて居るのだ。

旨い」は感性的

「旨い」は感性的なもの

 

「旨い」か「不味い」かには多くの条件が在る。「おふくろの味」と云う言葉がある。子供の時食べた母親の手料理の味はその人の味覚には一生影響するようだ。同じく「郷土の味」もそうだ。話は此処の問題とは逸れるが、「地産地消」や「身土不二」などの概念とも関係する大事な問題だと思うが、今は触れない。

私の両親は九州で育った。関西で育った私は「鮭の新巻」が旨いと云ったら父は「マンビキ(シイラ)の塩干品には及ばないが、関西では手に入らない」と云う。長じて水産を専攻した私は漁獲直後のシイラの美しさに驚いたが、その塩干品は何度も食べた。決して不味くはない魚だが、私は新巻鮭の方が旨い。父は郷土自慢や郷土に肩を持って「シイラの方が旨い」と言ったのでは無かろう。父にとってはシイラの方が旨かったに相違ない。

「旨い」か「不味い」かの絶対的規準は無いと私は思う。腹が減っているときは何でも旨い。魚沼産の「こしひかり」は、おかずがいらない位い美味しい」と云う日本人もあれば、来日したベトナム人やスリランカ人が「来日した当初、日本の米が不味いのには驚いた」と云う人達が一方には居る。

戦前、子供に頃「南京米」と云うのがあった。中国から輸入した中国南方産の長粒米(インディカ品種)である。不味い米の代名詞だった。私の戦地だった広東省の人達は炊飯方法が全く違い、日本米(短粒米、ジャポニカ種)は粘りが強くて「焼飯にしても粥にしても少しも旨くない」と云っていた。

余談で話は本題から逸れるが、10年ばかり前、テレビの料理番組で料理の先生が「お粥と雑炊」の調理法を話て居た。「アジア各国は米を常食にしているが、粥や雑炊は日本独特のものである」と云う。私は呆気にとられた。日本・中国・韓国は言うに及ばず、東南アジア各国には何処でも粥や雑炊はある。朝飯は粥と決まった地方も多い。この料理の先生は各国を調べて回ったと云うが本当だろうか?寧ろ日本より変化に富んだ食べ方をして居る。

戦時から戦後に掛けての米不足時にベトナムから輸入された米(長粒種)は「臭鼠米」と呼ばれ、嫌がられたが空腹には耐えられず皆が食べていた。ベトナム人は「これが本当の米の味だ」と云う。尤も、保存が悪く黄変したものは別だが。

FAO の調査団に参加し、コロンボのホテルで仲良くなったスリランカの友人は立食パーティで、私が味や臭いを知っていたのでわざと選んで採った米を見て、「こちらの米の方が旨いよ!」と親切にわざわざ私にとっては不味い臭い方の米と皿を取り替えてくれた。それは現地では一番上等の高価な米だったらしいのだが・・・。

主食の米一つ採り上げてもこの様なありさまである。その人間の食生活の環境や体験で「旨」い「不味い」は異なる。タイ国の淡水魚でプラ・バー(間抜けの魚の意味)は誰も食べないが、隣国のマレーシアではイカン・スルタン(王様の魚の意味)と呼び珍重される。同じくタイの淡水魚でプラ・ブーと呼ぶ大型のハゼの一種は、その魚に纏わる哀れな伝承民話があり、可哀想だというのでタイ族の人は絶対と言っていい程食べない。華僑など中国系の人は美味だと云って珍重する。この民話は「黄金のハゼ」(プラ・ブー・トーン)と云い中学の英語の教科書にもあり、映画にもなって居た。

私も食べてみたが実に美味である。しかしタイ族の人達はその物語を想い出すから、口にしても「不味い」どころではないだろう。同じ「握り飯」でも、山登りの山頂で景色を見晴らしながら食べるのは旨く感じる。「旨」い「不味い」は多分に感性的で多くの要素が絡んで居る。

広東省の果物の王と云われる茘枝(ライチー)の栽培品種に「貴妃笑」と云うのがある。収穫期には早馬で北京の王宮まで飛ばして献上した。貴妃(王の妃)の好物で、砂塵を巻き上げてやって来る早馬を待ちこがれて、それと分かると満面の笑みを浮かべたので「貴妃笑」の名が在る。

広東から北京まで早馬で何日掛かったかは知らないが、冷凍も氷蔵も無かった昔のこと、かなりの部分は駄目になって食えなかっただろう。逸話を知る人は心理的作用で「これは旨い」と思ったに違いない。

中国の南方で採れる「燕窩菜」(アナツバメの巣)は中華料理では高価な絶品の一つだが、ゼリー状のそのもの自体は旨くも何ともない。30年前のタイ国では街頭の手押し車で子供向け?に甘いジェリー液を売っていた。今では綺麗な小瓶に詰めて中国に高価に輸出しているようだ。

クロマグロの「とろ」のにぎり寿司は最も安い店でも、一貫数百円はする。明治時代にはマグロの「とろ」は書生の食べ物として、下司の食い物だったらしい。食生活の変化によって、僅か百年も経たぬ内に最高の寿司ネタになって仕舞った。世界のクロマグロの総漁獲量の過半は日本一国で消費するという。今の日本の一部の人々はマグロに取り憑かれている。

マグロだけでは無い。「フカヒレの姿煮」、流行りのイタリヤ料理の「ペペロンチーノ」、「モッツァレラ」、「ゴルゴンゾーラ」・・・など名前を知ってるぞとばかりに喋り捲る通人振った人達も似たような存在だ。

飢餓を知らない

飢餓を知らない世代

 

戦後は「飽食の世代」などと言って、飢餓ということを体験していない人達が多い。戦前 (有史以来) は大飢饉が在ったし、飢饉でなくても白米を食えない人々は明治や大正期には沢山居た。第2次世界大戦中や敗戦直後は白米を「銀シャリ」と呼んで珍重しだが、米国の食料救済物資としてトウモロコシがよく配給された。

食料救済物資として米国から送られてきたトウモロコシを日本人が不味いと不満を漏らしていることが多いことを聞いて GHQ (占領軍総司令部)はこれに対し米国の調理専門家(女性)を招いた。彼女が日本に来てみると配給されていたのは家畜の飼料用のコーンだったことが分かって、「彼女自身が吃驚した」という話を聞いたことがある。新聞にも載った実話である。

ふすま(麸)の多い灰色の「すいとん」(水団、表皮の混じった小麦粉の団子汁)で飢えを凌いだ経験者も年々少なくなっている。病気になって健康体の有り難さが分かるように、餓えを体験して初めて食糧があることの有り難さが分かる。今の若い日本の人々は餓えの何たるかを知識では知っていても身体では知らない。戦争の悲惨さは知識では知っていても、「実体験が無い」、換言すると「身体では知らない」場合と同じだ。

美食は口に心地よい。美食を追い求めて居るとき、飢餓に悩む人々のことを一瞬でも良いから脳裏を掠るか否か?飢餓の経験が無い人にそれを求めることは出来ないだろう。

ブームは作為

ブームは作為的なものだ

 

木下謙次郎の美味求真」(1925年、大正14年1月に発行、3月までに五十版を重ねた名著)などの本格的美食論を此処で云々しているのではない。食品メーカーなどに有り勝ちな度の過ぎた宣伝、テレビのコマーシャルに多い「美味いもの屋の食べ歩き」などの一部の真偽の程が不明な、作為的としか思えない過度の内容に躍らされている人々のことを云々している。

何処何処のデパチカ(百貨店の地下一階食品売り場)のコロッケは朝開店後に500個限定、毎日200人の行列、10数分で完売・・・など。映像は「ヤラセ」か本物かは知らないが、販売しているのは少なくも事実だろう。問題は「旨いか」どうかだ。

美味いもの好きの某歌手が「ツイ載せられてわざわざ時間を割いてその店に行き、味を試してみたら少しも旨いとは思わなかった」とテレビで述懐して居た。「先ず、十中八九は普通の店と変わらない」と笑っていた。こんなことで「宣伝や看板に偽りあり」と店やテレビ局を告訴する人は居ないだろうから、言いたい放題だ。

この様な現象が社会にどの様な影響を与えているのだろう?視聴者や読者の暇潰しか、有害無益か、有害有益か?考えれば考えるだけ頭が変になる。グルメ・ブームは消費者層の庶民の中から自然発生的に生まれたものでは無く、儲け第一主義の食品メーカー、料理屋、それに結託したメディアの意図的な戦術から作為的に創り出されたものだと思う。「そんなことは分かり切っている」と嗤う人が居り、「今さら何を言っているのだ」と馬鹿にされそうだが・・・。

グルメと食文化

グルメと食文化や食育の問題

 

人が「旨い」と思うものは時代が経つと共に食物の環境も変化し、それにつれて次第に次々に変わって行くものだろうと思う。「まともなグルメ(美食または美食家)」(まともという言い方は変だが)、また、宣伝に載せられるミーハー的偽グルメも含め、この事と食文化や食育の問題を考えて見た。[閑人だなぁ−、下手(へた)の考え休むに似たり]。

話題は突然変わるが、仕事が遅くなって宿の夕食時間は過ぎているので、二人の英人の仲間とスナックに立ち寄った。ローマの FAO 本部でその日の仕事を終わっての帰り道でのこと。午後10時近くで店のメニュウは大半売り切れ。フンギのサンドウィッチなら在ると云う。

三人ともイタリヤ語は分からない。「フンギて何だ?」三人は互いに顔を見合わせた。植物学の講義で「キノコ類」の学名(ラテン名)は fungi だから「多分マッシュルームだろう」と思い、店に聞くと「そうだ」という。正解だったので私は多少自慢げな顔付きになった。後で調べたらイタリア語では finghi と書くらしい。

日本で食べるマッシュルームは私にはチットモ旨くない。腹も減っていた時だがこの時食べた白いキノコ(フンギ・ビアンコ)は香りと云いシャキシャキした歯ごたえと云い素晴らしかった。マッシュルームとはこんなに美味しいものかと驚いた経験がある。

上海の女性で日本に留学中の彼女が正月休みでお土産を持って帰省し、家族や親戚一同に披露した。ものは「スルメ」とマヨネーズ。スルメを焼き細く割いてマヨネーズを付けて食べる。日本で食べたものの中で彼女にとってはこれが一番旨かったらしい。イカ類は中国では炒めた生鮮品も乾物を戻て調理した料理も普通に良く食べる。しかし、直火で焼くことは殆どしない。

日本の烏賊はそんなに旨いのか?と皆は一切れ口にした。その時の皆の顔がテレビで大写しに紹介された。その何とも云えない顔付きを見て私は笑い転げた。「日本人は何と不思議な味を賞味するのか」、折角のお土産だから不味いとも云えず、マヨネーズの味も不慣れだったろう。その顔付きと一同の反応の光景を思い出すと数年後の今も私は笑いが止まらない。

その逆の現象もある。これもテレビだが日本のスーパーが北京や上海に進出して「お握り」や「寿司」などが売れていると云う。予想もしなかったことだ。生ものは殆ど・・・と云うより先ず絶対食べない漢民族、水でも加熱沸騰させて冷ました「涼開水」(湯ざまし)を飲む位だ。衛生上から来た多年の習慣だろう。

日本料理屋にはマグロの刺身もあり、日本人の顧客に混じって漢族の人も食べている。来日した人が日本式旅館の朝食に出る「生卵を御飯に掛ける」のを見て吃驚していた人達とは思えない事態である。変われば変わるものだ。

これらの話はグルメ・ブームとは一見無関係のような事のようだが、関連しているように私には思われる。食文化論がどんな問題を論じているのか素人の私は勉強したことは無いので、云々するのは烏滸がましい限りだが・・・。

最近では日本料理が世界に進出して人気を博しているらしい。何だか日本人にとっては「晴れがましい」気がしないでも無い。しかしその反面では日本料理に欠かせない海産物の需要が世界中で高まるとすれば、日本は鮮魚輸入の競合相手が増えるから困ることになり兼ねない。

事実、数年前から「中国の魚類輸入量が日本のそれを凌駕する勢いにあり、日本人は今迄のように世界の魚を半ば独占的に輸入して贅を貪って居た状況は頓挫するのではないか?」と云う話は日本の業界内では問題視されて居る。

しかし中国の側に立って考えると、「吃魚難」(魚が不足して食べられない)と称して多年不満を持っていた大衆に何とか魚を供給できるようになったようだから「目出度し目出度し」だろう。十数億の人口を持つ中国の云う「吃魚難」は実は淡水魚であると私は思っている。

「以養為綱」(養殖業を最重要の柱とする)と云う国家戦略の下、何とか「吃魚難」を切り抜けたのであって、経済発展で得たお金で外国産の高級魚貝類を輸入して食べて居る人々は十数億の中のほんの一握りの人達だろう。彼等の食生活や食文化は数千年間に変化して来ただろうが、そう短期間で簡単に変わるものでは無さそうだ。

中国の全国平均で見た「一人当り」の水産物の消費量は未だ先進国のレベルには達しては居ない。若しこれを十数億の人々のために輸入で補うと仮定すれば、日本の魚介類輸入量を軽く突破してしまうに違いない。日本人は今迄のように輸入水産物を享受することは難しくなる勘定だ。

グルメ・ブームがどうのこうのと云った話どころの問題では無い。だが私は話は「そう単純な筋書きのものではない」と思っている。ごく最近「行動経済学」なるものが在ることを知った。私の理解が間違っていなければの話だが、例えば「衝動買い」など普通のアカデミックな社会科学としての経済学ではなく、人間の「心理作用による錯覚などによる経済行為」を研究する学問らしい。グルメ・ブームの現象なども将来その研究対象になるかも知れない。

戦前は「蒲鉾」などは庶民大衆にとっては、お祭りか盆か正月ぐらいしか口に出来なかった。祖母などは鮮魚を「不塩、ぶえん」と呼んで贅沢品だった。保蔵技術の進歩により今では一般大衆が「刺身」などを日常食にしている。それは非常に結構なことだが、人の欲望には切りがない。山菜でも食えるのかと思いきや、山奥の旅館でマグロの刺身が出たりしている。異常では無かろうか?

欲望の充足ばかりを追究し、市場経済の原理だけに突き動かされて居る。それもそろそろ度を踏み外し掛かって居るように私には思えるのだが・・・。地産地消や身土不二などの考え方なども踏まえた「食の在り方」を検討すべきでは無かろうか?

この拙文のタイトルとは外れ掛かってしまったが、もっと人間の基本的な「衣食住」の問題に立ち戻って食環境・食文化の変遷、食育などの問題は考え直す必要があるような気がする。

 

ご感想やご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る  ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

HayasiSizenhogo

【寄稿】

自然保護活動

林 繁一

2007年4月23日

著者へのご意見やご感想はどうぞ 

 

フロリダ州裁判所の奇妙な判決で、大統領になり損ねたアル・ゴア氏の「不都合な真実」が人目を惹いています。結果論ですが、あの選挙でこの人が大統領になっていたら、米国の威信も、京都議定書も、そして世界の平和も安泰だった筈です。現実は不幸にも、南北格差の拡大、それへの反撥とも思える貿易センタ-ビルの破壊、そしてアフガニスタン、イラクへの侵攻という最大の自然破壊である大規模な武力行使を招いてしまいました。

農林水産省の退職者の親睦を目的とした「農林水産友の会」という団体があります。今年の元日付第110号に昨年10月に開かれた定例懇親会で述べられた林野庁長官川村秀之さんの祝辞が載っています。長官といっても農林水産大臣から任命されている官僚で、この役所の現状の紹介です。

その中で「米政策の見直し」、「農地・水・環境保全向上対策」、「食の安全・安心、消費者の信頼確保」を目指している農業改革三法ではあるが、「農業生産の基盤である農地・水は(農業の)担い手だけではなかなか守れない、地域が総力をあげて、取り組まなければならない課題であり、日本伝来の共同活動を制度化し、助成する必要がある。農業者だけではなくて地域の住民、さらには都市の住民も巻き込みまして、この日本の財産である農地・水、そしてそれに伴ってもたらされる環境を保全してゆく…という仕組みである」という説明です。

農業であれ、林業であれ、さらに沿岸漁業であれ、歴史的にはそれを守る地域社会がありました。その背景はこれらの産業に従事する人口が80%を超えていたという社会構造でした。しかしこの構造では近代的な経済は成り立たず、敗戦後の60年間に工業化、さらに金融市場化が進み、田畑、里山、漁場を守る地域活動は縮小しました。環境を守るには都市住民がボランティアとして草刈に行くといった程度の協力ではすみません。

どうしても国家規模の努力が不可欠なのですが、目先の利益が優先されて、食糧は輸入すれば良いといった傾向が強まり、遂には自給率40%といった先進国の中では異常な姿となりました。「国際競争力」の名の下に穀倉の一つ、宮城県の米価は一俵60kg13000円を割ろうとしています。本来ならば18000円が欲しいそうです。考えてみるとこの価格でも「一膳24円,何が高いものか」と仙台市の民俗研究家、結城登美雄さんは言います(朝日2007年4月13日付夕刊一面)。一国の環境、食糧が守られるならば、少々安い輸入品を使うより経済的と思いませんか?

人類にとって食糧の限界は近い将来の問題です。水産物でも「まぐろが食べられない」といった程度ではありません。基本的には市場原理だけで右往左往する現在の体制に安住していて良いのか、改めて考えさせられます。

立ち寄った図書館で不図手にした一世紀以上も前に出版された古典に「ヨ-ロッパによって押しつけられた対外貿易が日本において現物地代の貨幣地代への変化をもたらすとすれば、日本の模範的な農業はおしまいである。その狭い実存諸条件は解消されるであろう(資本論翻訳委員会・新日本出版社版、Ta、237頁)」とあるのに驚きました。

「他人の花は紅い」という言葉を思い出します。往時の農村には封建的な桎梏があり、そこに戻ることはできませんが、「お金で買えないものはありますか?」という発言が持て囃される現代社会も見直す必要があります。人間は一人では生きられません。株取引で大きな利益を上げても、その人の生命は他人の労働の産物である食物によって維持されているのです。中国やベトナムの現状を見ると、金儲け第一の行為を資本主義だけの問題ではなさそうです。多数の人々の生活に根差した意見が反映される社会に近づいてゆく他はないと言わざるを得ません。

自然保護活動も食糧問題と関係しています。「鯨を食べるな」といっても、牛の飼育は発展途上国の人々の食糧と競合するし、牧場の開発は森林伐採の犠牲の上に成り立っています。発展途上国の生活を垣間見た私は「畜産は本来、人間の食べ物と競合してはいけないんだ」という言葉で始まる興農ファ-ムの本田広一氏の意見(大江正幸、世界2006・12、759号、314〜323頁)に説得力を感じます。

石油価格の高騰に伴ってバイオマス燃料なるものが話題を呼んでいます。元来砂糖の生産国であるブラジルで砂糖黍から作ったエタノ-ルをガソリンに混ぜていたそうですが、最近になって米国の大企業が玉蜀黍を原料として使い始め、シカゴの穀物相場を高騰させ、メキシコでは家計を直撃したと反対デモが起きたと報じられました。畜産にさえ、使いたくない玉蜀黍を燃料とするとは二重の誤りです。栃木県で有機農業を営む伊吹信一氏は「燃料だからという理由で遺伝子組換え技術が多用され、生物学的な汚染が進む」愚も指摘して、「自然からもらうことができるエネルギ−は、自分の命を維持するためか、種を未来につなぐためのものに限られる」と結んでいます(朝日、3月25日付朝刊13版、8面)。

大阪のある工場は廃材を原料としてエタノ-ルを作っている、北海道のある町では使用済みの天麩羅油で気動車を走らせているという話には同感を覚えます。こういった方法では大量の燃料は作れませんが、人間の生活の方を得られる資源に合わせるべきですね。古くからの「分を弁える」、「入るを図って、出ずるを制する」といった格言を思い出します。この訓えを無視すれば、巨大化し過ぎた古代の生物のように自滅することになりそうです。

この短文を作っている間に届いた雑誌「日本の科学者、42(2)」は特集として「生物多様性を蝕む外来生物-動物の問題から」を取り上げていました。詳しくは、そして正確には同誌を読んでいただければ良いのですが、必ずしも手に入り易い雑誌ではないので、特に気づいて点を紹介しておきます。

森林生態学者である名古屋大学の広木詔三さんは、経済活動の広域化に伴う生物の移動がしばしば生態系だけでなく、人間の生活にも大きな影響を与えるCharls Eltonの「侵略の生態学(川那部他訳、思索社、1958)」以来の問題であり、生態系の保全だけでなく、社会問題としても見逃せないと指摘しています。

この特集の中で、一部の動物愛護論者や開発論者などに極端な意見や態度が見られることも指摘されています。以前にもブラックバスを駆除する計画に対して担当機関に脅迫がありましたが、今回の報告の中でも鎌倉市で浣熊の捕獲を計画した大学や市役所に同じような電話やFAXが大量に送信されたといった行為が紹介されています。

個人的な感情や利害によって犯罪紛いの行動を取る人たちには自制を求めたいものです。自然保護とは元来自然の一部として進化してきた人間の生活の安定を含むと指摘されています。一方、外来生物への反感が狭い意味での愛国心に繋がる危険も指摘されています。心すべきことと共感を覚えました。

最近、4月19日夜のNHK 「クロ-ズアップ現代」は最近の国産材の値上がりを取り上げていましたが、経費を最小にするために各地で行われるようになった「皆伐」なるものに驚かされました。解説役の鹿児島大の教授が言われる通り、生物資源である森林は更新性資源なので、適切な管理の下では持続的に利用できるのに、その特性を活かせない利潤最優先が引起す害悪は余りにも大きいといわざるを得ません。このままでは中国大陸の黄土地帯の轍を踏むことになると案じられます。

(完)

著者へのご意見やご感想はどうぞ      

ホームページ編集者へのご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

SPAM

大型連休中に激減したスパム

迷惑メールに悩む話

 

2007/04/24

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

 

は今年(2007年)の大型連休の真っ最中である。この歳になるとゴールデン・ウイークだ、GW だ、などと言っても杖を突いてツイ先日満開だった桜並木が一斉に緑の若葉に変わったのを眺めに行く位で、生活リズムは普段と一向変わらない。ただ一つ驚いたことがある。Spam (スパム、迷惑メール)が連休に入るや否や激減したことだ。

Junk mail Bulk mail 等とも呼ばれる Spam mail はご承知のように公開されているWebサイトなどから手に入れたメールアドレスに向けて、営利目的のメールを無差別に大量配信するから、ホームページや Blog を開設しているものにとっては厄介至極である。何十通と云う迷惑なメールをフィルターに掛けても中には重要な普通のメールが混じっているので、結局調べてゴミ箱行きか否かを手作業で処理せざるを得ない。

4ヶ月前にメールアドレスの一つを変更したら、その分だけは無くなったが、一時は減ったような気がしたが、結局は生きているアドレスに向けて英文の迷惑メールが増えて、今でも毎日50通は入って来る。このアドレスだけは変更すると、多数の知人に知らせなければならず、その侭にしている。

ブログの方は記事とは無関係なサイトに Track Back が送信され、そちらに誘導されるので に Track Back は「受け付けない」ように設定した。ウイルス駆除ソフトのサイトに問い合わせても、仲々旨い方法はないのが現状のようだ。

変更する前のアドレスに無暗と多かった和文の「出会い系」などは流石に無くなったが、今は英文の回春剤や FX 投資の宣伝などが矢張り40から50通ぐらいは入る。80歳代も半ば備置かい私にで会いの誘いなど噴飯と云うより馬鹿じゃなかろうか?などと一時は思ったが、今では諦めて「お年寄りに迄気を使って頂きご苦労さま」と思うようにして居る。

発信者は若い女性の名を借りて多くが男性が書いているらしい。困るのは身に覚えのない有料のポルノ動画の請求書だ。完全無視でゴミ箱行きだが、「支払い遅延の場合は然るべき所に告訴する」など脅迫めいた文言も書かれている。昔、ポルノ系や出会い系などにはウイルスが多いと聞いたので、一切タッチしない。しかし矢張り受けると余り気持ちの良いものではない。

連休に入ったら英文のメールもバッタリ来なくなった。と云うことは英文の発信元も恐らく日本と云うことだろう。米国やその他の国からのものなら「今の日本は連休中だから発信しても無駄だ・・・」と云う考慮迄するだろうか? 発信者は日本に居る日本人で、彼自身も連休中で発信をサボって居るのだろう。

兎に角この手の迷惑メールはこの数日「激減」と云うより、先ず殆ど来ない。連休が明ければまた増えるのだろうか? どうなるかチョット楽しみだ。

但し上記はこれらの仕組みに関する知識が全くない私の「勘ぐり」である。「そうではない、実はこういうカラクリだ」と云うことなら、教えて頂ければ有り難い。

.

 

追記 2007/05/11) 大型連休も過ぎて一週間になる。有り難いことに、Spam の激減は続いている。約従前の5分の1に減った。理由は分からない。一目で分かる変な内容のメールは発信元から削除する処置が当局が採ったのだろうか?

 

 ホームページ編集者へのご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る  ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

TIMAKI

懐かしい長崎の唐あく

(灰汁)の粽子(ちまき)

 

「ちまき」(漢字では粽または粽子)は何処にでも在る伝統的なスナックである。23年間居た長崎の「ちまき」は青笹の葉などで包んだ例の三角形のものでは無い。長崎だけの特殊なものだと思って居たが、鹿児島を始め南九州には似たものが数多くある。東北の山形にも在るらしい。
「ちまき」の故事来歴にも諸説がある。そこで中国の検索 Web site で「粽子」を調べてみた。百件以上のサイトが見付かった。実に他種多彩の粽子があり、内容も詳細を極めている。日本の「ちまき」との関係を調べてみた。

2007/05/05

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

 

端午の節句に「ちまき」を食べるのは小学唱歌の「せいくらべ」にある ♪おとどしの五月五日の 背くらべちまき喰べ喰べ 兄さんが・・・♪ の歌の通り、日本中何処にもある習慣だが、長崎の「ちまき」は「唐アクちまき」、または「長崎ちまき」と呼んで一風変わっている。普通の「ちまき」は笹などに捲いた三角形のものだが、長崎の「唐アクちまき」は筒状または煉瓦状で、ガーゼのような薄い晒し木綿の布袋で包んであり、全く形が違う。

一晩「唐アク(灰汁)」に漬けるので特有の匂いがするし、ツヤが有り色は鼈甲色である。私は初め試食したときには「ちまき」とは思わず、新地の中国人の店で売っているので中国の餅と思い込んで居た。この唐アク特有の匂いは「長崎チャンポン」の麺にも共通するもので、慣れると結構美味であり、この「アクの匂い」の弱い東京などで売っているチャンポン麺なぞ本物を知っている者に取っては、コクが無く「これがチャンポンか?」と云いたくなる。

但し、中国の麺(正確には麺条、麺は小麦粉全般、そば状のものが麺条)で「かん水」(下記参照)を使うのは中国の南方が主で、北方の「そば」は「かん水」を使わない。

「ちまき」から中国の麺条(そば)やチャンポンに話が脱線した。「ちまき」に戻る。「唐アク(灰汁)」と日本各地で作る「アク(灰汁)」とは異なるものだそうだ。また「ちまき」の場合とチャンポンの場合とでは使用する「アク」がやや違うそうだが、化学的にはアルカリ性の「炭酸カリウムを主成分とし炭酸ナトリウムや各種のリン酸を含む「かん水」(鹹水湖に析出される固形物の水溶液)だそうだ。

中国の南方の麺条(そば)には上記のように「かん水」(唐アク)が使用される。福建麺(チャンポン麺)の場合その量が多いらしい。「唐アクちまき」の場合はその強い匂いから見て、更に使用量が多いのでは無かろうか? ヨモギやタデなどの草木を燃やした灰を精製したものもあり、後に唐灰(唐あく)の名で日本に出荷された・・・と云うから、日本でも同様の方法で生産されていたと思われる。

そもそも日本で「ちまき」と呼ばれるものは何だろう?。広辞苑第5版で調べてみると:(古く茅(チガヤ)の葉で巻いたからいう) 端午の節句に食べる糯米(モチゴメ)粉・粳米(ウルチマイ)粉・葛粉などで作った餅。長円錐形に固めて笹や真菰(マコモ)などの葉で巻き、藺草(イグサ)で縛って蒸したもの。中国では汨羅(ベキラ)に投身した屈原の忌日が5月5日なので、その姉が弟を弔うために、当日餅を江に投じて 竜(キュウリョウ)を祀ったのに始まるという云々とある。アク(灰汁)のことには触れて居ない。

私が学徒出陣で熊本の六師団の初年兵だった頃、鹿児島出身の仲間が多く居た。彼等から鹿児島に「あくまき」と云う食べ物があること、月に一度の初年兵にとっては一番楽しい日である面会日にその「あくまき」なるものを「お裾分け」して貰って食べた経験がある。何しろ四六時中腹を空かしている初年兵、実に旨かった。

調べて見た。 Wikipedia に依ると、「あくまき(灰汁巻き)とは、鹿児島県本土、宮崎県、熊本県人吉・球磨地方など南九州で主に端午の節句に作られる独特な季節和菓子」とある。何の事はない、これは長崎の「唐アクちまき」そのものではないか。「唐」の文字が無いだけだ。

予め一晩ほど灰汁(あく)に漬けて置いたもち米を、同じく灰汁に漬けておいた竹の皮などで包み、麻糸や竹の皮から作った糸で縛り、灰汁で3〜4時間炊いたもの。 餅米が煮られることで吸水し膨張するが、水は若干通すがもち米は通さず頑丈な竹の皮で包まれていることにより、餅米自らの膨張圧力で餅化する。

灰汁で炊くだけにアルカリ性食品でもあり、ミネラル類が多く含まれる。 灰汁の原料には樫の木の灰が上等とされるが、その他の木の灰でも作られる。

当地方では「ちまき」と称されるが、一般的な青笹の葉で包まれたものと違い、見た目は「台湾のちまき)」のような茶褐色の竹の皮で包まれている。中は鼈甲色のケーシング状(筒や煉瓦の形状)の餅。一般的な「ちまき」のように餡は入れず、もち米のみである。餅ながらねばりは少なく、水分が多いため柔らかく冷めても硬くならない・・・ともある。

まさしく長崎の「唐アクちまき」と同じものだ。関連項目として、竹の子巻き(笹巻き):山形県の庄内地方で作られる灰汁巻き。笹の葉で巻くところや灰汁にはナラや柿の木、藁の灰を使うところなどが違う。江戸時代に薩摩藩から北前船で伝えられた説が有力・・・とある。

「唐アクちまき」は他所では見られない「長崎独特のもの」と強調されて居たが、同じ系統の食べ物が案外各地にある事が分かった。

日本の「ちまき」の起源は、元々、武士が戦をする時のための、携帯食や保存食として考案されたものらしい・・・と云う記事があった。此れは「アク(灰汁)」を使わない普通の「ちまき」である。

薩摩藩が関ヶ原の戦いの際、または豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日持ちする兵糧として作ったといわれる。また西南戦争の際にも西郷隆盛が保存食として持参しており、これを機に薩摩藩外の宮崎県北部や熊本県にも広く普及することとなった・・・という記事もあった。此れは「アク(灰汁)」を使った「ちまき」である。

何れの種類にしても、道明寺糒(道明寺ほしいい)、それを粗挽きした道明寺粉、また、「おこし」(浅草の「雷門おこし」、大阪の「岩おこし」や「粟おこし」など)と共に「ちまき」は保存食の兵糧でもあったらしい。だから「ちまき」は上杉謙信が発明した等の逸話が出来たのだろう。逸話を一概に作り話と言い切ることは出来ないと思う。

中国語の検索サイトで「粽子、ゾン・ズ、zong4 zi3 を調べてみた。有るは、有るは・・・無数にヒットする。故事としては「楚の屈原が石を抱いて汨羅江に身を投げた。人々は魚蝦が屈原の身体を損傷しないように、竹筒に米を入れて江に投げ込んだ。これを「筒粽」と呼んだ。その後、毎年5月5日の屈原の命日には祭奠(祭典)を行なった。この「筒粽」が「粽子」の由来である・・・云々の解説が最も多い。後世日本や越南(ベトナム)に伝播したとも述べられている。何しろ屈原は二千年前の話だ。

上述の広辞苑の解説では「屈原の姉が弟を弔うために、当日餅を江に投じて 竜(キュウリョウ)を祀ったのに始まる」とあるが、この記事は見当たらなかった。尤も、莫大な文献量なので見落とした可能性は充分考えられる。

灰汁(アク)に糯米を1日ないし2日浸す方法が所々に記載されている。日本の「ちまき」では灰汁(アク)を使うのは長崎の「唐アクちまき」や鹿児島の「アクマキ」など少数派だが、中国では灰汁(アク)を使う方が多数派のようだ。

面白いのは、日本の灰汁(アク)を使った「ちまき」は笹の葉などで巻いた三角形のものは無く、筒型や煉瓦型で木綿布で包まれているが、中国の場合は灰汁(アク)を使っているものも三角形のものが多いようだ。

 

 

中国の粽子 (百度百科、粽子、Baidu 「端午粽動員」より引用)

包む葉も竹葉、艾葉、菰葉、その他、南方では竹葉、艾葉、菰葉の外に蓮葉、芭蕉、その他無数の種類の葉が使われている。北は東北三省から南は広西壮族自地区(旧広西省)まで樹木の数も多くそれらの葉も他種多様である。

大型のものでは香港の弁当箱大のものから、小型では上海の親指大のものまである。味も甘み系と塩味系とがあり、中の餡は緑豆や小豆、胡桃、落花生などから、塩味系では豚肉や羊肉、魚蝦蟹などの海鮮、鹹菜(漬け物)、火腿(ハム)、などと実に多種多様である。

ちなみに、日本の「ちまき」にも甘い「餡こ」だけでなく、漬け物等と共に食べるものもある。長崎の「唐アクちまき」や鹿児島の「あくまき」も、砂糖や黄粉、糖蜜に塗して食べるが、塩味系の「具」と共に食べる場合もある。

「ちまき」の由来も、上杉謙信ではないが、武士の兵糧説も有るとは云え、5月5日に食べることから考えても、中国の屈原の故事に由来するとすると考えるのが最も説得力があると思う。

此処迄書いてフト想い出したのだが、60数年前、戦地の広州で糯米で作った丸い「お握り」の中に豚肉と野菜を炒めた具が入ったものを売っていた。糯米は飴色をしていて蓮の葉で堅く包まれ、紐で括ってあり、ぶら下げるようになって居た。実に旨かった。遠足などの携帯食には「打って付け」である。

今考えるに、これは中国の粽子の一種では無かろうか?恐らく間違いはない。敗戦による戦闘停止までは一般の店での外食は厳禁されて居たから、その後復員船に乗る迄の間に食べたのだろう。

 

ホームページ編集者へのご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る  ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

TABLOID

日本の(綜合)新聞紙に望む

 

日本の巨大な綜合新聞紙はページ数が多く、分厚くて椅子に座ったり車中では扱い難い。タブロイド・フォームの「要約版」、または「ダイジェスト版」を配達本紙に加えるなり、別売してはどうだろうか?忙しい人はこれだけ携行して車中で読めばよい。詳しく知りたい人は本紙のページ番号を手掛かりに本紙を後で読めばよい。
今でも一抱えもある分厚い本紙の表紙にはその日のトピックスを1行タイトルで索引出来るように多少は紹介してあるが不充分かつ不完全な気がする。一考の価値はあると思うのだか・・・。

2007/05/21

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

 

朝日や毎日と云った日本の巨大な全国紙の朝刊は最近では40ページに近く、さらに別刷り付録迄付いている日がある。1ページ大の全面広告もあるが、B5版サイズの冊子に換算すると、内容量は250から300ページぐらいの書籍に相当する。換言すれば、「毎日各家庭には(綴じて製本こそしてないが)一冊の書籍が配られている」勘定になる。

多分寺田寅彦だったと記憶するが、新聞について二つの点を指摘して居た。@ 新聞紙はタブロイド版の4ページで充分。A 自分の身近で起こった記事は何時も何処かに真相と一致しない処がある、云々。此処では A に就いては触れない。なお、半世紀以上も前に読んだ寺田寅彦(1878−1936)全集・・・だったと記憶する。その内容は、私の記憶に誤りがなければ、次のような主旨だった。

「知らなくても別にどう言うこともない、即ち意味の余り無い記事が多い」、「知って置いた方がよい大切な記事だけならタブロイド版で充分だ」・・・。

このエッセイが書かれた当時(恐らく大正初期)は未だラジオ、テレビ、ましてインターネットなどは無い時代だからマスメディアとして新聞は極めて重要な社会的使命を担っていた時期だ。その時彼は上述の発言をしている。私がそれを読んだのは1947年、戦地から復員して二年目の頃である。(敗戦直後には物資の紙が不足で全国紙もタブロイド版を臨時的に発行していたような気がするが記憶が定かではない。高級紙各社の社史等を見ても記載は無い)。

それはさて置き、昨今の全国紙と呼ばれる大所帯の新聞紙は冒頭に述べたように、毎日配達されるページ数は厖大である。現役を退きOBとなって、暇に任せて全紙面の「隅から隅まで毎日「一日がかり」で目を通す人が居る」と云う話が話題になる位だが、これを裏返せば「多くの人は紙面の或る一部分だけを読んでいる」と云うことだ。

大体、日本の全国紙(高級紙・総合紙)は「政治・経済・株値変動・スポーツ・芸能・服飾・小説・文芸・四コマ漫画・・・何でも在り」だ。世界でもこんなに広範な分野を網羅している新聞紙は日本だけだろう。その是非は別として、兎にも角にも大変なものだ。私の家なぞ「テレビ番組一覧表」のページが最重要ページだ。此のページが紛失すると「誰が取った?」と家中が大騒動になる。

「親殺し」、「子殺し」、「少年犯罪」・・・読んでいて気が滅入る話題ばかり。テレビもそうだが、「これでもか、これでもか」と殺人事件やスキャンダル記事を繰り返している。寺田寅彦に同意したくなる。新聞紙の顔である「社説」を読む人は何人在るだろう?情報過多時代の現在、屑情報に振り廻されて大事な情報を見落として居るのではないか?

冒頭でタブロイドのダイジェスト版と云ったが、独立別刷り版を本誌を配布する際に追加する形、別個に販売する形・・・など色々考えるだろうが、要はそれを読めば一応必要な情報が分かる・・・と云うこと。急ぎの時はこれだけ携行してバスや車中で読めばよい。別刷りが嫌なら本誌の1枚にダイジェストのページを設けても良いのでは無いか?

高級紙のタブロイド化が米国・カナダ・イタリアなどで流行り始め、成功しつつあると云うことも聞く。日本とは新聞の歴史が異なっているからそうなる。一般にタブロイド紙と云うと写真の多いゴシップ紙や専門紙と思われ勝ちだが・・・。

もう一つの問題が実は在る。車中などで場所を取らず扱い易いように、縦に二つ折りにしようとしても、折れ目の段が「縦書き」のため文章の途中で折れ、読めない。欧米・中国・韓国などの「横書き」新聞ならズットこの点は楽なのだが・・・。ダイジェスト版の部分はこの問題を考えて、縦に二つ折りにした場合、段を調節し、上下の中央の折れ目を1センチ幅の「折りしろ」空白として文章が切れるのを避ければ、すっきりして車中でも扱いに苦労しない。

.

 

話は変わるが、日本では総合紙は配達契約によって毎朝配達されるのが普通である。しかし、米国、英国、イタリア、その他かなりの国では、寧ろ配達契約は異例で、新聞紙は街頭の新聞売りから、または新聞販売スタンドなどで買うのが普通だ。私も海外生活で経験して驚いた。

「大人になるまでアメリカには新聞配達など存在せず、新聞は街頭のスタンドやグローセリーショップなどで買うものだと思っていました」(O.C.Kitchen)とか、イタリアのローマ在住者は「砂糖はスーパーマーケットで買うもの。ガソリンはガソリンスタンドで買うもの。新聞紙は新聞スタンドで買うものと思っています」。(DMD JAPAN)などの記事を読んだことがある。

また「イギリスでは新聞配達というのはあまり一般的ではない。少なくとも、私の周りの英国人は、ほとんど新聞を取っていない。日本で新聞離れが進んでいるとは言っても、たいていの家庭は新聞を取っているでしょうし、新聞配達のバイクの音は朝早くに必ず聞こえてきます。でも私はこの国で新聞配達人を見たことがありません」。

続けて「新聞というのは(地方を除いては)自分で買うものなのだ。街のあちこちにニュース・エイジェントと呼ばれる新聞屋さんにコンビニを足したようなものがあり、朝夕はロンドンなどではチューブ(地下鉄)の駅にたくさんストール(新聞などの販売所)が出て居る。コンビニやスーパー、本屋さんでも必ず新聞は売っているし、よく売れているようだ。友達に、どうして新聞を取らないの?と聞いたら、毎日読む時間がないし、テレビやネットがあるから、日曜だけで十分だとのお返事だった云々」。(Katsuko & Miki ロンドンライフ)。

これらの記事からそれらの国々の様子が良く分かる。私の友人は車を運転中、窓から新聞紙を買って大見出しを読み、5分ぐらい斜め読みしたら、惜しげもなくポイ捨てして居た。私などこのような形が良いのかどうか、勿体ない気がしたものだが、その是非は分からない。情報に関する社会システムやそれらの発展過程が日本などとは違うから、門外漢の私には何とも云えない。

 

追 記

これを書いたのと入れ替わりに畏友の I.Y. 氏から「新聞紙寸感」と題した下記のメールを頂いた。今の新聞紙の膨大な量については多くの人が問題を感じているのでは無かろうか?上の本文で「敗戦直後には物資の紙が不足で全国紙もタブロイド版を臨時的に発行していたような気がするが記憶が定かではない。高級紙各社の社史等を見ても記載は無い」と云ったが、戦時中の末期にタブロイド版が発行されていたとある。私はそれを見たのかも知れない。 I.Y. 氏曰わく:−

一体新聞紙ってどこの国でも大部分はあんな大きな持ち運び不便にできているのはなぜだろう。印刷や製本の手間を省くためのことはよくわかるが。戦時中といっても末期にはタブロイド版1枚のものが発行された(私の勤務していた軍工場で見た)そのころでは新聞紙は情報メディアからはなれてトイレット・ペーパーの『物資』としての価値が生じ、古新聞が路上で堂々と売り買いされたものだった。

私の米国滞在は既に半世紀も前のことだが、新聞の量の多いのに唖然とした、日本での折り込み広告が全部本紙に掲載されている。米国には全国版がなく都市ごとに新聞が発行されていたから、町のスーパーが1ページの全面広告を出す。日曜など数百ページもあるのがどさりと渡される、しかし読むところは1ページに1行くらい、後は広告、人事案内などだけ。折角買ったばかりでも数分間の後にはくず入れに直行。

私の孫娘など、色々の情報は新聞といっても週刊誌の広告でのゴシップ記事で仕入れている。ニュースソースには I T で各社の速報や社説をざっと目を通すのが能率的なので私は毎日これをやっている。

ホームページ編集者へのご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

JIEITAI_HAYASI

 

【寄稿】

自衛隊を考える

林 繁一

2007年8月15日

著者へのご意見やご感想はどうぞ 

 

間防衛大臣(当時)が7月15日に「広島・長崎に原爆が投下されて、日本はソ連に占領されずに済んだ」と発言して、首相が庇ったにも拘らず、長崎市長の抗議とそれを支える多くの国民の声に圧されて、辞任しました。

後任の小池大臣は「閣僚は発言に慎重に」とコメントしましたが、久間発言の内容については触れることはなく、また国会開催中にも拘らず、訪米して米国国務長官との親密さをことさらに示し、さらに中国を警戒する発言をして、相手から窘められました。防衛大臣の資質だけで自衛隊の本質を見るわけにゆきませんが、30万近いこの集団の動静には納税者として関心を払わざるを得ません。その前月には陸上自衛隊が国内の平和団体を調査しているという驚くべき行動が発覚したのですから。

この諜報活動に対する釈明もしない政府は「米国に向かうミサイルを撃ち落さなくても良いのか」という問いを発して「集団安全保障」の必要を強調しています。この一連の動きはかっての「日米は相戦う宿命」という発想の復活のように見えます。政府には外国の侵略による不安を煽る前に、我が国が攻撃される事態を引起こさなくする努力を払う義務があります。

最近の六カ国協議の成り行きを見ていると米国自身が北朝鮮を承認するかもしれないという予感がします。別の問題ですが、「ベトナムにおける枯葉作戦で米国が非難されないように」と日本政府が腐心している間に米国は「日本を含む捕鯨国」を非難することによって降りかかった非難を摩り替えてしまいました。

参院選後に出された米国の「慰安婦問題非難」は、中国、韓国、北朝鮮の共感を得ることでしょう。そのようなことに知恵が廻らないのか、外務大臣も「価値判断を同じくする米国、豪州、インド」を「中国」から区別しました。長い世襲の間に劣化した頭脳しか持ち合わせなくなったこの国の指導者に柔軟な思考は期待できないのかも知れません。

岩見隆夫さんは、英国でも十九世紀の首相には政治家の子どもが多かったが、二十世紀にはいるとその傾向はなくなった、近年の二世、三世、四世政治家の増加は日本が百年以上も前の英国の政治体制を取るようになったことで、首相が求めている脱却すべき「戦後レジ-ム」に「世襲制度」も入るのではないかと指摘しています(毎日8月11日朝刊、三面)。

川邊克朗さん(「世界」768号、124〜132頁)は引続いて、自衛隊の膨張と文民統制の弱体化を指摘しておられます。それを読むと近頃しばしば注意されるようになった「戦前を考える」必要を一層強く感じます。川邊さんは、格上げされる過程で防衛省が米国への従属と、外務省を含む一般国民の蔑視、敵視を強めていると述べておられます。上に示した一連の自衛隊の動きは川邊さんの指摘の正しさを証明しています。「あの時代」を旧制中学校と軍の学校で過ごした私は軍隊が一般の国民を「地方人」と呼んでいたことを思い出します。

災害救助活動について、かってある自衛隊幹部はこれが本来任務と思われては困ると発言したことを憶えています。しかし最近の新潟県中部地震を含む災害に際して、組織的に訓練された若い人の集団が発揮した危機対応能力は頼もしい限りで、その働きは国民が認めるところです。

その能力は、インド洋大津波などの際に近隣諸国の救援にも発揮され、我が国に対する信頼を育みました。近隣諸国の寄せる信頼は我が国の安全保障を裏付けます。戦後半世紀以上にわたって我が国の公務員が理由なく他国民に危害を加えなかったという実績があればこそ、我が国に対するテロ活動は皆無に近いのです。

国際貢献の名の下に現地の人々を傷つけたら、信頼は疑惑に、友好は敵対に変わります。三兆円にも上る巨大な米軍移転費を指摘された中川幹事長は「基地の75%が集中している沖縄の現状を放置できない」と反論していました(NHK総合・7月22日午前9時放映「参院特集」)。

尤らしく聞こえますが、敗戦後67年も外国の軍隊の駐留を許していることが異常なのです。非武装で国が守れるかとの反論もあります。しかし米軍は本気で日本を守るでしょうか?米国に追随してイラクに軍隊を送り、その結果テロの対象となったことに国民が気づいて政権を交代させた国々もあるのです。

ナチスに幻惑された愚かさを繰返してはならないと言えます。武器についても同様で、次々と高性能を求め、経費を膨らませる必要はありません。最近話題に上った次期戦闘機F22の導入もその例外ではなく、時代遅れとなった弩級戦艦を世界に誇った痴夢を再び見たくないものです。畢竟攻撃と防御との本質は矛盾なのです。軍事力ではなくて、国の間、地域の間の格差を縮めるための外交努力で国の安全を守る時代が近づいているのです。

 

著者へのご意見やご感想はどうぞ 

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tiikikakusa

【寄稿】

是正しよう、日本の格差

林 繁一

2007・09・27

著者へのご意見やご感想はどうぞ 

 

国における格差が目立ちます。元来、格差を解消するための社会体制を採り、それによって国民党に勝利した中国の政権が1975年に改革開放路線を採った結果、東欧諸国と対照的な著しい経済成長を遂げましたが、その一方で国民の間の格差を広げてしまいました。さらに有害食品とか、奴隷労働とか、「資本主義社会の末期」とされていた問題が起きています。政府はその修正に躍起となり、党員を始め、公務員の綱紀を引き締めているそうですが、効果の程は今一つ見えません。だからといって、資本主義社会も褒められたものではありません。特に米国とそれを見習っている日本では格差の拡大が大きな問題となり、それぞれの国の選挙でも流れの変化が示されました。日本では民主党が大躍進を遂げて良かったという見方が大半です。米国も同様と思われますが、共和・民主両党だけでなく、第三の勢力が必要という意見が「タイム」の世論調査で58%を占めたと報じられました。

ともあれ、中国の富裕階級の出現は日本の経済にも影響を与えます。価格の高い日本の農産物を輸入できるようになり、麻生外務大臣は発言の中に「アルツハイマ-」なる不適切な言葉を差し挟んで、陳謝する一幕もありました。一つの社会の中にある程度の格差が生じるのは自然の成り行きでしょうし、許される範囲内の不均一は社会の発展に必要だという意見には説得力があります。しかし「富める者はますます富み、貧しいものはますます貧しくなる」状態が続けば、社会に対する不満、努力に対する不信といった弊害が見過ごせなくなります。格差の大きさと共に、その時間に対する微係数も問題なのです。世の中には、高級車や豪邸で代表される物質的な豊かさを追い求める人もいれば、社会全体の精神的、物質的な豊かさに安心感を覚える人もいます。庶民と呼ばれる階層には、自分だけというよりもむしろ皆の幸せを望んでいる人が多いのではありませんか。災害が起きるとボランティアが集まるのもその表れでしょう。

社会保険庁や、年金の徴収に当った地方庁の一部の担当者が、国民から預かった保険料を私したという報道には呆れました。自治会長の任期が終った後で、なり手がないので、「国民年金委員」を引きうけた経験を持つ私には、とても許される行為ではありません。厚生労働大臣のように詐欺、窃盗の類という品のない言葉さえ使いたい気持ちになります。しかし、すべての担当者が悪人とは思えません。物心ついてからの経験を思い出すと、世論はとかく自分が携わっていない職業を貶す傾向があるように見えます。現在は政治家と公務員とが悪者です。かつては海外商社マンや、銀行員が槍玉に挙げられました。

私の経験では、労働組合員の資格を取り上げられた、逆にいえば、組合費を払う必要がなくなった管理職が、組合費相当額を積みたてて、不意の来客の昼食代やタクシ-代に充てた国立の研究所がありました。助成金を貰わない日本共産党の正当性もしばしば取り上げられます。確定申告を提出する時期になると、福祉団体などへの寄付控除は10万円に限定され、さらにそれから1万円が差し引かれるのに、政党への寄付控除は鷹揚に扱われていることが気になります。指摘されてきた通り、企業の政党への寄付行為は見返りを前提としている賄賂のようにも見えますし、そうでなければ、従業員と株主とに適切に配分されるべき企業の利益を経営者の私的な判断で好きな政党に渡している背任行為とも言えます。

多くの人々は自分の職務と社会とに忠実であり、それだからこそ社会が守られ、発展してきたのです。私の場合で言えば、漁業と漁業者の生活を守り、国民の栄養を維持するという使命感がありました。それは敗戦後の社会の復興に励んだ多くの国民にとって当然な心情だった筈です。指導的な立場におられた財界人の中に、利潤だけを追い求める風潮への嘆きがあるという話を耳にします。財界の側に立つ政党人の中にも同様な気持ちを感じます。今年の戦没者慰霊式典で河野衆議院議長が「戦後の方針を堅持し」と発言されたのもその一つです。その感性から「平等と安全」とが確保されていた社会が、軽薄な「改革」で破壊されたこの10年余りを後世の人々はどのように判断するでしょうか?

復興期の体制を何時までも維持する必要はありません。国連や、援助活動にも携わる機会を与えられた私も、経済活動が小さい間は、税金や政府を通した外国からの援助が社会の発展を支えるけれども、その後は自由な競争が生産力を発展させることも実感してきました。我が国が開国したばかりの19世紀末から、20世紀初頭にかけては、製鉄でも、紡績でも官業でした。国営は産業の発展に伴って競争原理を導入した私企業に変わりました。軍用機も複数の会社の競争入札で造られました。しかし、国中で均しいサ-ビスを求められる企業、たとえば郵便の民営化は地方の衰退を加速します。公約に反して地方の配送局はかなり減ったと報じられています。民営を大前提としている米国でさえ、US Mailで国内のユニバ-サル・サ-ビスを維持しています。医療制度にしても、財政負担を名目として、営利的な保険会社の活動の場を広げて、高額な治療を導入する一方で、世界有数の健康寿命を実現してWHOから賞賛されてきた保健制度を守るといった行為で象徴される格差のない政治を将来の世代のためにも維持したいと念じています。

追記:この小文を脱稿した07年9月27、28日の新聞、テレビは「格差の一層の拡大」を報じています。朝日新聞を例に取ると27日夕刊二面は「企業収益また最高、06年度統計、給与も上昇」と報じましたが、翌28日朝刊一面は「年収200万円以下、一千万人超える」、13面は「株主重視、鮮明、配当四割増、続く賃金抑制、06年度企業統計調査」という見出しが躍っています。外国人の投資が増えていることは考え合わせると、日本で働く人々に犠牲を強いて利益を貪っているわけで、このような社会を作ってきた指導者が愛国心を唱えても、信用できません。戦前の指導層が国のために人々を動員したのと異なるところがないという点に正直な人々が気づくことを切望します。

 

ホームページ編集者へのご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KOSHIHIIKARI

日本人の米に就いての考

えや論議は視野狭窄だ

 

カリフォルニア産の KOSHIHIKARI、台湾産の 越光米(こしひかり)に一喜一憂し、喧喧諤諤する日本人。Oryza sativa L. japonica (コシヒカリ・アキタコマチなどのブランド米や我々が普段食べて居る普通の「お米」、則ち短粒米の一亜種)のことばかりばかりを論じ、世界の米生産の8割を占めるインデカ米のことや、陸稲・糯米のことも全く触れていない。日本人の「物差し」ばかりで議論しても将来は見えない。もっと視野を拡げて長粒米の事も含め、人類と米、その将来などの視点も含む論議をしない限り、話は紛糾するばかり、打開策も見えてこないのでは無かろうか?

CONCLUDING REMARK

2007年10月22日

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

 

NHK のテレビで数回、また昨夜も日本のお米についての大型討論会をして居た。消費者・農家・半農家・流通貿易業者・為政者などが参加していた。私は水産分野(生物学)を専攻した者で、「お米」のことには素人である。しかし、東アジア・東南アジア・南アジアなどでの「米食」の経験は多少持っている。

戦前、米不足で当時「南京米」と称した長粒米(インデカ種の米を輸入し、「不味い」と不評を買ったことや戦時中に矢張り米不足で仏領インドシナ(今のベトナムやラオス)から輸入した長粒米を「臭鼠米」と呼んで不味い不味いと云いながら食べていた事も憶えて居る。

長粒米は世界の米の生産重量では現在でも8割を占め、短粒米は少数派だ。短粒米である日本米(ヤポニカ種、Oryza sativa L japonica、亜種)が美味しいと云うのは日本人が子供の時から食べ慣れて居るからだと私は思っている。長粒米を常食している諸国から日本に留学した経験のある人達に「日本に来て先ず何に困ったか?」と訊ねると、「御飯が不味かったことです。日本の米の味に慣れるには2年を要しました」と答える人が多い。。

お袋の味と同じで、「旨い、不味い」は育った環境によるもので「味の良さに就いて世界共通の規準が在る訳ではない」と私は思う。私は胃腸が弱いせいか普段は胃にもたれない長粒米の方が好きだ。それで居て糯米の「おこわ」や「お餅」など腹持ちのあるものも嫌いではない。胃腸のせいでは無く、単なる個人的好みかも知れない。

私が思うに、特にライスカレーやチャーハン(炒飯)は粘質度の強い短粒米では本当の味は出せない。また米菓の煎餅は粉質の長粒米を数割混ぜたものが普通で、この方が良く売れると新潟の友人のメーカーから聞いた。

粘質の短粒米では出来ないが、粉質の長粒米からはビーフン(米粉)や今流行りのベトナム料理のホー、タイのクイッチャオなどが作られる。仲々美味しいものだ。炊き方は多いに異なるが、お粥も長粒米のお粥は私には粘々した日本の粥より旨い。

縄文晩期から弥生早期にかけて大陸から導入された稲作は、日本人には特別の作物となり、改良に改良を続けて熱帯原産の稲は遂に寒冷地の北海道でも栽培が可能になったことは素晴らしいことであるに違いない。そして稲作は日本の文化と切っても切れない存在となった。

とは言え、総ての日本人が米を食えるようになったのは戦後の1960年だそうである(上述のテレビでの発言)。そう言えば私が子供の頃、熊本で育った祖母から聞いた天草の俗謡に・・・♪ちん(チットモ)こめくぁん(米を食わない)、ちんこめくぁん、じょうに(常に)からいも(甘藷)、いわし(鰯)のしゃー(菜)♪・・・と云うのがあった当時米が食えない日本人は全国の貧しい農民や半農半漁民は稲作はしても、収穫した米は年貢米として殆ど取り立てられ、自分の作った米を食えない人達も在ったという。

話は少し脱線するが、漢字で「米」と書く食べ物は、日本語では「こめ」だけである。日本では「小米」と書いて「こごめ」と読ませ、「精米する時に砕けて小さくなった米の屑」を指すのが普通である。だが異説もある。研究熱心で篤農家の或る人は「コシヒカリに代表される我々が普通に云う「米、こめ」は元来小粒であったが、施肥を増やし改良を重ねて行く内に現在の大粒になった。元来の小粒の米を「小米」と云う説である。

中国語では、「大米」、「小米」、「玉米」があり、大米は日本で云うコメを指し、小米はコメと同じイネ科の多年生草の粟(アワ、Sentana italica )を、また玉米は南米原産の玉蜀黍(トウモロコシ、Zea mays を意味する。漢字を読む場合、「小米」は日本文か中国文か?・・・で意味すが異なる。ちなみに、コメは中国・インド・ミャンマーが接している山岳地帯が原産、アワは中国黄河流域が原産地だそうだ。ただしアフリカイネを除く。(以上の原産地については Wikipedia 日本語版による)。

「五穀」と云う言葉がある。中国語では同音同声の「五谷」とも書く。人の主食になる重要な穀物類のこだが、日本と中国では種類の選び方が若干違うようだ。しかし、「こめ」はその首位にある点は同じだ。尤も中国では昔はイネ科の植物の穀物全般を「米」と称したらしい。大昔未だ稲が生産されて居なかった中国の北方では、アワ(粟)を「米」と呼んだそうだ。現在では上述の通り「アワ(粟)は「小米」と呼ぶ。

余談だが、現在の中国語では、「米」という字は単にイネ科の植物だけで無く、小さな粒状をした食物を米と呼ぶことが多い。海米や蝦米と云えば干した蝦の剥き身のことである。

余談はさて置き、上にクドクドと書いたのは「こめ」にも色々あると云うことである。タイ国など東南アジアの市場に行くと多数の種類の米、例えば赤い米、黒い米、香米、それらの粳米(うるち)や糯米(もちごめ)等々、陸稲(おかぼ)もある。人はその時の料理の献立に適する「こめ」を選んで買っている。タイ国のイサーンと呼ぶ東北部では糯米(カウ・ニオ、粘った米の意)が常食である。料理屋などでは竹で編んだカプセル状のお椀に入れて提供している。

冒頭に述べた NHK のテレビの大型討論で問題にしているのは短粒米だけである。上下に分かれた長時間番組の中で、僅か2〜3名の人が長粒米に関する短いコメントを発言していた。曰わく「何故主食である穀物摂取の多様化を云々しないのか?」、私は視て居て胸中で手を叩いた。

また、或る人は「何故コシヒカリばかり俎上に取り上げるのか?カリフォルニアのコシヒカリ、オーストラリアのコシヒカリ、中国産のコシヒカリ・・・。しかも、品質は専門家も区別できない。値段は日本の半額を遥かに下回っている。こんな有り様では日本の農家は太刀打ちできない。日本の稲作農家は近く消滅するだろう」と云う悲観論も出る。そうかも知れない。

CONCLUDING REMARK

私は NHK のテレビの大型討論を聞いて居て何だか議論の根底が間違っているような気がした。目前の国際競争力ばかりに気を取られた発言が有るかと思えば、一方では日本人の「米食離れが着実に進んでいる現状を憂う声も多い、自給率を云々し、地産地銷を論ずる人もある。儲かるか儲からないか?の問題ではない。しかも余りにも異なる視座が多い。もっと、根本的な水資源問題を含めた日本社会の構造の基盤問題を考えなければならないのではないか・・・?

目先の国益に気を奪われるのは止むを得ないが、「飢餓に悩む多数の国のことも視野に入れ、人類全体としてのことも考慮」し、主食の多様性の問題も追求しなければ・・・。番組で教えられることも多かったが、門外漢で素人の私には「食の問題は、米に限らず、夫々の問題が余りにも矛盾と自己撞着に満ちている事が多い」ということは良く分かった。

現在日本の米生産農家が直面している問題が大きな重要課題であることは確かであり、また近視眼的な見方での国益と云う立場も敢えて否定はしない。だが、くどいようだが、もっと視野を拡げた世界の米生産の現状、それらの歴史などを踏まえた考察が必要ではないか?目前の短粒米ばかりに気を奪われ、錯雑した収斂することのない議論をしているように私には思われた。NHKの番組の意図は結論を出すことではなく、色々な視点からの意見の紹介だとは思うが・・・。

どうも日本人は良いと思うと一途に集中してそれだけを磨き上げる「癖」があるように思う。コメにしてもそうだ。或る意味で、この「癖」は素晴らしい。しかし、磨き上げた一つに万が一にも事が起こると右往左往する危険が伴う。選択肢を多く持ち多様なものを並行して持って置くことも考える必要があると思うのだが・・・。

 


 

余談と蛇足

 

述の項目の話とは異なるが関連する事柄として私が常日頃疑問に思っている問題を以下に書き加えた。ご意見屋ご感想をお持ちの方は下記アイコンをクリックして私宛のメールを頂ければ幸である。

 

メの食べ方に関しては、電気炊飯器で炊く「ご飯」や「お粥」を我々は直ぐ思い浮かべるが、米を「炒めて」から炊く「ピラフ」、米を「炒めて」から煮る「リゾット」、ご飯をその侭炒める「炒飯、チャーハン」、特に長粒米では様々な調理法がある。アメリカのニューオリンズの名物料理には「ジャンバラヤ」がある。またアメリカのルイジアナ州名物の炊き込み御飯との説もある。私はテッキリ流行歌(ジャズ)の題名と思っていた。

コメの世界生産量の8割を占める長粒米は粉にして「ビーフン」、ベトナムの「フォー」、タイ国の「センミー」や「タッソイ」、中国南部から東南アジア一帯にある「クイッチャオ」など実に多種多様である。

 

食離れが進んでいる現在の日本だが、私が子供の頃には町々に「西洋料理屋」や「西洋料理の仕出し致します」と云う看板の店があった。メニューには「コロケット」・「フーカデン」・「コールドミート吹き寄せ」・・・などがあったのを子供心に憶えている。スープとフランスパンが付いていた。お客の多くは食べ終わってから「お茶漬け」を軽く一杯食べる人が多かったようだ。「コメを食べないと食事をした気がしない」と云っていた。洋食屋の方も心得たもので「お新香の茶漬け」は常に用意されていた。

このような時代は10年間ぐらい続いたのだろうか?。中学に進んだ頃は馬鈴薯のコロッケは総菜屋では既に人気商品となって居た。コロッケと云わず「イモッケ」と冗談で呼んだりした。

高級レストランは大都会では大正初期には、勿論、既に在ったが。前項の話は昭和初期に庶民にも洋食が普及し始めた頃の話である。貧乏な私の家などは来客の「おもてなし」の時に父と来客だけが食べて居た。私は「コロケット、つまり、コロッケ」の上中央に茶色のどろりとした液体が懸かっているのを唾を飲み込んで眺めていた。「洋食を食べても、コメを食べないと食事をした気がしない」と云う程お米は日本人の食生活に密着していた。「米食離れ」など夢想も出来なかっただろう。

 

粒米を常食している諸国から日本に留学した経験のある人達に「日本に来て先ず何に困ったか?」と訊ねると、「御飯が不味かったことです。日本の米の味に慣れるには2年を要しました」と答える人が多い・・・と上述したが、最近の中国の大都会のスーパーなどに「三角形のお握り」や寿司を売っている風景をテレビなどでよく見掛ける。

それらは勿論日本米(短粒米、ジャポニカ種)である。元来華北や中国東北部(旧満州)の人達は「こめ」より「麺」(小麦粉)、焼いたり蒸したり紐状のラーメン、餃子などにして主食にしていた。長江(揚子江)以南は短粒米が主食だったようである。上海などでは「米麺都吃」(「こめ」も「小麦粉」もどちらも食べるの意)などと云う言葉もあった。

だが寒い北海道に迄稲作を可能にした日本の技術が中国東北部に導入され、短粒米は珍しくは無くなったのだろう。日本に安価で輸出するだけでなく、自らも好んで食べるようになったのだろうか? 食べ物、とりわけ主食の穀物の好き嫌いはそう簡単に短期の数10年では変わらないように思うのだが?

元来長粒米(インデイカ種)のコメが主流であった中国大陸や台湾で短粒米(ジャポニカ種)が越光米などと呼んで、非常に高価であるにも関われず、よく売れていると云うのは事実だろうが、購入者は一握りの少数の金持ちに過ぎないのではないか。この現象は一過性の流行ではないのか?

 

体「主食」と「副食」と云う概念は日本や東アジアでは先見的(アプリオリ)のようだが、東南アジア・南アジア・欧米・アフリカ・南米での小麦粉(麺麭)や玉蜀黍粉は主食だろうが、日本や東アジア(日・中・韓)程「主食」と云う意識は強く無は無さそうな気がする。主食と云う概念の塀は東アジア諸国以外の世界ではやや低いように私には思える。各民族の主食は歴史的に変化しており、先験的(ポステリオリ)なものでは無かろうか?彼等は豆類や玉蜀黍、馬鈴薯なども日本人の云う主食のような感覚で良く食べて居り、多様性がある。

日本・中国・朝鮮半島でも元来はそうだったようだ。縄文時代の東北日本ではクリ(栗)が主食だったという。大陸から導入されたアワ(粟)になり、その後やはり大陸から導入された稲作によりコメ(米)になった。元祖の中国では、勿論、アワ(小米)から小麦粉(麺)やコメ(大米)に重点が変わってきたとは云え、これらは今でも併存して居る。日本ではコメ、とりわけ短粒米(ジャポニカ種)だけに余りにも固執し過ぎ、他の物にそれほど関心が無いようだ。「アワおこし」などの限られた名産品は在るには在るが、一般的ではない。多様性をもっと追究すべきでは無かろうか?

 


 

足だが、タイ国での生活を多年経験した私は御飯を食べるのに箸やホーク・スプーンなどを使わずに指を使う。考えて見るとマレーシアでもインドでも中東・アフリカなど指食の地域は実に広い。気が付いてみると日本でも「にぎり寿司」や「お握り」は指食である。舌の味だけでなく、指で食物の堅さや柔らかさ、温度なども味覚の一部として食事の楽しさの一部になっている。

そう言えば日本の「にぎり寿司」や「おむすび」も指で掴んで食べる。原則として箸は使わない。尤もタイ国ではチュラロンコン王の時代だったかに、手掴みでものを食べる風習は欧米人の眼には野蛮と思われるので、禁止令が出されたと聞く。現在レストランでは何処でもナイフとスプーンや箸が出される。しかし家庭内、特に田舎では伝統的な指食は厳然と残っている。

タイ国の場合、右手の指の親指・人差し指・中指の三指を使い、爪先から第二関節迄で、それ以上を汚すと極めて不作法とされるようだ。食べ物を適量抓み、混ぜ合わせて口に入れる。その仕草は熟練を要し、母親は子供に教える。箸の使い方よりも難しいと云う。特に妙齢の婦人の食べる仕草は、上手な人のは色気があって何とも云えないとのことだ。

指食の作法はインドや中東諸国では夫々若干異なるようだ。シンガポールで私はインド人の行く純インド式の菜食主義のレストランに案内された経験がある。部屋の床はタイル張り、左右の壁もタイル張り、銭湯のように水道の蛇口が並んでいる。指食だから先ず手を洗うためだ。まるで「トイレ」のような部屋の雰囲気には度肝を抜かれた。個々の料理は広いバナナの葉を敷いた上に置かれる。飲み物は酒ではなく豆乳風の液状のヨーグルトみたいなものだった。味はどうかと云えば、例えば「茹でた茄子の胡麻和え」などは日本のそれと殆ど変わらない同じ味だ。それにも驚いた。

何だか話が脱線してしまって余計なことまで口走ってしまったようだ。ご寛容頂ければ幸いである。

 

「お米」については多くの人達からコメントを頂いた。代表的なご感想を下に掲げた。

 

M.A.さんからの E-mail (2007/11/19)

米については、お寿司には日本の米に限るようですが、ほかでは私はタイ米、エジプト米、アメリカのワイルドライス、いずれもおいしいと思います。日本人は、日本の米以外はすべてまずいと決め込んで、敬遠する傾向があります。アメリカでは私はワイルドライスがおいしくて、目がないのですが、向こうに住んでいる日本人は概して口にしないようです。食わず嫌いに徹しているのです。

終戦直後にタイ米やエジプト米を「くさい」とか「まずい」といっていましたが、子供心に、贅沢な話だと思ったものでした。たしかに消毒薬のにおいが残っていたから臭かったのはたしかでしたが、私はおいしいと思って食べていました。引揚者でまずしかったからというわけではなく、素直に味わっただけです。

 

T.N.さんからの E-mail (2007/11/20)

日本では何故色々な外米や雑穀が売られていないのでしょうか?粟や稗なども料理次第では旨いのではないでしょうか。

アデンにいたとき一軒しかなかった中華料理屋が繁盛していたがそこのチャーハンが特別旨かった。パキスタン米だという。アデンの人たちは最も好み、貧乏なのにパキスタンから輸入していた。米が小粒で形が丁度日本米を相似形に半分の大きさにしたような小粒で、口に入れるとパラパラとして噛めない、旨くてパラパラとのどを越してしまう。何故こういう米も色々日本では買えないのだろうか。

ある時パキスタンの物品展示会が東京であって女性首相もきていた。展示の米はあの小粒米はなく、例の細長い南方米だけだった。「何故あの小粒の旨い米が無いのか?」と聞いたら「今は殆ど作っていない」「日本の商社が輸入規制のため、あの米は止めさせ、菓子の原料用に、輸入コータのない安い雑穀の生産に変えさせたのだ」とのことだった。後日アデンに行きあの中華店に行ったらあの米のチャーハンは楽しめた。 この何でもグローバルな時代につまらない話です。

 

ご意見はこちらへ  

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SOBAYAnoOTO

思わず笑う変な騒音

 

私だけではないと思います。あなた

も試して、体験しては見ませんか?

 

2007年12月27日

真道 重明

ご感想やご意見はこちらへ

 

間の感覚は不思議なものだ。此れは私が二十歳頃の経験である。蕎麦屋(うどん屋だったかも知れない)に入った。勿論、食べるためだ。注文の品が来る迄の僅かな待ち時間に何故だか分からないが、フト「欧米人は食事の際、クチャクチャ噛む音やチュウチュウ吸う音を立てるのは不作法だ」という話を思いだした。彼等は日本人が蕎麦屋やうどん屋で音を立てて麺を啜るのを聞き「何と不作法な人達だろう!」と思う・・・と云うのである。

この話を思いだした途端、私は突如として店内が「啜る音で充満して居る」ことに気が付いた。普段は全く気にしないのだが、上の話を思いだした途端、即ちその事に関心が向いた途端、この珍現象が私に起こったのである。かなり大きな音である。店内の客の殆どがチュウチュウ音を立てている。

その事に「意識が・・・と云うか、関心が・・・というか」を持った途端、突然聞こえ始めた。一旦そうなると、その音が気になって仕様がない。そして、その音に笑い転げてしまった。平常はその音がするのは「当たり前で、何とも意識しないものなのだが・・・。

この現象は私一人だけのものなのだろうか?80歳を半ばに近い今までこの事を他人に喋ったことは無い。何時かは人に話してみようと思いつつ、ツイその侭になってしまった。それで今回ホームページにこれを書くことにした。

今回書くことになった動機は些細なニュースである。或る著名な野球の監督の娘さんが婚約発表を無期延期するというニュースだ。その理由は彼氏が麺を食べる際、音を立てて啜るのが嫌で堪らない・・・というのだ。人それぞれだから彼女の気持ちは良く分かる。このテレビのニュースを聞いて、「啜る音」の問題を想い起こしたというだけの事だ。

さて、誰でも良い。出来るだけ繁盛して客が立て込んでいるいる店が良かろう。店に入って、「啜っている音を聞くと云う目的を意識して聞き耳を立てる」だけの事である。誰でも直ぐ出来る筈だ。若し、聞こえたら「その事に意識を集中する・・・」などの努力の必要は無い。途端に「あっちからもこっちからも」その音が聞こえて来る・・・「ズルズル」、ないし「チュウチュウ」の音の喧噪に思わず笑い転げると私は思うのだが。

試して同じ体験をなさったら、是非メールでご一報頂けると幸いである。「私だけでは無かった」と私も安心する。若しこの現象が私だけに起こるのであれば「私が異常だ」と云うことになるが、恐らく皆同じだと思う。

 

以下は脳の機能には全くの門外漢である私の愚論である。

間の聴覚(聴覚だけではなく五感の何れも)には音をより分ける仕組みが自然に備わっているのでは無いか?と思う。恐らく聴覚に関連する脳にその仕組みがあるのだろう。必要のない音は取り込まず、関心のある必要な音だけは取り込むと云う仕掛けがあるのでは無かろうか?。

本人に取って必要で関心度の高いものは良く取り込める。家の前の道路の跫音(あしおと)などは一々気にはならないから跫音として意識しない。しかし、待ち人がある場合は気になるので自然と無意識に注意して聞いて居るようだ。また、家族や知人の跫音はそれと気づく。無関係の人の人と関心の或る人の跫音の差は説明し得ない程僅かであるが、その微妙な音の差を区別できる。人間だけでなく飼い犬や飼い猫の場合も彼等はそれを識別する。

「第六感」という言葉があるが、上述の能力が極度に研ぎ澄まされると、常人では不可能と思われる程度の差でも、関係者にだけには区別できる場合のあることは誰にでも身に覚えがあろう。まさに「第六感」とはそのようなものかも知れない。例えば、夢中に惚れ込んでいる最中の恋人の場合、跫音だけでなく、その恋人の着物の僅か数センチの一部分がチラット物陰から見えただけで、直ぐ「彼女だ」と分かる。他人には先ず不可能なことが可能となる。

逆に冒頭で述べた「蕎麦屋での啜る音」は普段には全く気にならない音である。何かの切っ掛けで「それと意識した時に初めて気になり始めるのだ。それ迄は雑音ですらない。もう一つ例を挙げよう。「絶食療法」というものがある。施療中の最初の一週間目ぐらいになると空腹に耐え兼ね「近所の家の食事時間に聞こえる茶碗の触れ合う音が聞こえる」と云う。

勿論普通の人にはそんな音は聞こえ無い。関心もないし自分にとって必要もないから意識もしない訳だ。しかし、空腹に喘ぐ絶食療養中の患者には聞こえるらしい。私にはこの療法の経験がないけれども、多くの人の体験談に述べられて居るからウソでは無かろう。そして当事者にとっては空腹の苦痛と云う強い関心事だからであろう。

人間の脳は聴覚や視覚などの感覚は先ず脳に伝えられ、「それが今必要であるか?、関心事であるか?」などを判断し、「不必要なら捨て、必要なら拾う」と云う選択をして居るのではないだろうか・・・。不必要なら「聴けども聞こえず」、「視れども見えず」・・・ということになるのでは無かろうか?

逆に必要な情報なら、良く聞こえ、良く見える。特別に強い関心事の場合には「そうで無い人ならツイ聞き逃したり見逃したりする」こと迄「集中力を高めて見逃さない」・・・まるで奇跡でもあるかのように・・・。夢中になっている恋人の衣服の一部がチラット物陰から見えただけで、直ぐ「その人だ」と分かるように・・・。他人には到底それと分からない些細な事柄なのに・・・である。

聞こうとする意志が無ければ「言葉」も単なる雑音である。前にこのホームページで「言葉の不思議」と題して駄文を弄した中の一つである。傍らに居る人が私の知らない外国語を喋っているのを聞いて居て、数秒後にハット「これは日本語だ」と気付く現象である。(詳しい内容は此処をクリック)。この場合「まさか其処に日本人が居る筈はない、従って日本語なぞ話して居る筈は無い」と私の胸中では決め込んでいる。

彼等の会話の内容を聞く必要も無いし興味もない。だから最初は単なる雑音(?)でしか無い。処が何らかのハズミでふと我に帰ってそれが日本語だと気づく場合である。これも上と同じく最初は私の脳は「単なる雑音(?)と判定して居たのだろう。これも此処で論じているのと同じ現象かも知れないと思っている。

皆さん、蕎麦屋の雑音、一度試して見たら如何でしょう!

そして若しその現象を感じたら、何故だかキット「可笑しくて笑って仕舞う」。

 

 

頂いたコメント

数名の方々から、早速下記のコメントを頂いたので紹介する。

 

T.K. 氏外数名: 『心ここにあらざれば、聞けども 聞こえず、見れども見えず』ということが良く言われます。まさにこの事でしょうか?

 

真道 記: 下に Web 上に在った幾つかの句を引用して挙げました。

 

★ 心ここにあらざれば匂えども匂いしらず。

★ 煙害も心ここにあらざれば見えず。

★ 心ここにあらざれば見れども見えず、聞けども聞こえずというけれども、「心ここにあらざれば、見ようともせず、聞こうともしない」といった方がいいかもしれない。過去からの呪縛、心の深層からの呪縛があることに気づけば、今まで見ようとしなかったことが見えだし、聞こうともしなかった声が聞こえるようになるかもしれないと言うこと。

★ 『見れども見えず』 この格言は良い意味とその反対と両面意味があります。こころここにあらざれば見れども見えず聞けども聞こえず。しかし神経集中の時に話しかけても物を見せてもやはり聞こえなかったり見えなかったりするものです

 


 

Kmns 氏から: お書きになってゐること、外人が日本語で喋ってゐるのに日本人がなかなか判らないといふのと似てゐるやうな氣がしますが、聽覺の問題なのか、或は聽覺視覺の後の處理の問題なのか、とにかく或る種の入力に對するフィルターがあって、スイッチを入れたり切ったりできるやうなそんな感じは持ってゐます。「騙し繪」などと通じるやうな。一度氣づいてしまふと、もう元にはなかなか戻れない、そんなものではないでせうか?

真道 記: 確かに錯覚に似た、または同じ現象のような気もする。特に言葉については・・・。「騙し繪」などと通じるやうな云々の鋭いご指摘、「この現象に対するそのような切り口からのアプローチもあるのだなーと思った。同氏は「拡張ヘボン式ローマ字」の提唱者で言葉の問題の専門家であり、私のような素人の愚問にも色々と教示を頂いている。

 

 

ご意見はこちらへ

 

閑人妄語(その2)の目次に戻る  閑人妄語(その1)の目次に戻る

ホームに戻る