KOTOWAZA2

魚に纏わる諺言

(その2)

魚に関する俚諺・故事成語・格言などを集めてみました。

「こんなのも知っている」と言う方はお知らせ下さい。貴名と共に掲載致します。

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目 次

知らぬ章魚喰て苦労する (知らぬ他国で苦労する、熊本県)
アカエイの吸もの,タコの足 (日本)
網にかかった点 (日本)
網なくして淵にのぞむな (中国?日本?)
網無くて淵をのぞくな (中国)
アンコウの吊し切り (日本)
イカの墨吹き (日本)
磯のアワビの片想い (日本)
磯のカサゴは口ばかり (日本)
一足、二味、三に色 (日本)
イワシの焼き食い一升飯 (日本)
プラトで飯を食う (タイ国)
一網打尽 (中国)
グチをこぼす (日本)
イワシ目ただれサバ腐れ (日本)
魚を争うものは濡れる (日本)
魚を得て筌を忘る (2) (中国)
魚の住まぬ川に網打つな (日本?)
魚の水を離れたよう (日本?)
魚の目に水見えず、人の目に空見えず (日本?)
魚は殿様に,餅は乞食に焼かせろ (日本)
海背川腹 (日本)
沖のハマチ (日本)
男の子われフグにかけたる命かな (日本)
菜種フグは食べるな (日本)
夏座敷とカレイは縁側がよい (日本)
ひょうたん・なまず (日本?)
アラを探す (日本)
アンコウが夕立を待つ (日本)
イカともタコとも知れぬ (日本)
磯のカサゴは口ばかり(2) (日本)
イナセな男 (日本)
アンコウの待ち食い (日本)
アンコウが粕に酔ったよう  (日本)
アンコ型 (日本、相撲の力士の体型)
イイダコにパッチはかしたよう (日本)
イワシ網でクジラ捕る  (日本)
麦わらダコに祭りハモ  (日本)
フグにも当たればタイにも当たる (日本)
猫の精進 (日本)
フグ食う無分別食わぬ無分別 (日本)
カニは貝から生まれる (日本・長崎)
カニば食ってもガニを食うな (日本・九州)
「 ニベ 」もない (日本)
塗り箸でナマコをはさむ (日本)
猫を追うより魚をのけよ (日本)
海に千年山に千年  (日本)

 

 

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知らぬ章魚喰て苦労する

 

女性の好きな食べ物は「藷・章魚・なんきん」(なんきんは南瓜のこと、良く「南京カボチャ」と語呂合わせのように言われる)。章魚は美味しいが見知らぬ種類の章魚を食べて不消化のためか、苦労すること「たこくうて」と「他国で」を掛けた言葉。

熊本出身の母は良く口にしていた。九州一円、さらに広く言われていた言葉かもしれない。

真道重明

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アカエイの吸もの,タコの足

 

夏がシュン(旬)の食べものという意味のことば。

エイの類ではアカエイがびみである。特に夏が旨い。タコも夏が旬と言う人が多い。私はたこ(章魚)は何時でも美味いと思うのだが…。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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網なくして淵にのぞむな

 

「網がなくては魚をとる準備をしてもはじまらない」ということから、物事をはじめる前に、それなりの準備をしなければならぬというたとえ。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

(参照) 網無くして淵をのぞくな

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網にかかった点

 

逃げようとしても逃げることのできない状況のたとえ。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

「点」の意味は良く分からない。[真道重明]

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網無くて淵をのぞくな

 

[抱朴子外篇] 十分な用意なしには成功はおぼつかない。また、努力しないで他人の成功をうらやんではならない。

広辞苑

前掲の「網なくして淵にのぞむな」と同じ。この「覗くな」の方が端的で面白い。「臨むな」の方は理屈からは理論的だと思うが、面白みは前者が優れている。何れにせよ中国の抱朴子外篇に由来することは間違いない。[真道重明] (参照) 網なくして淵にのぞむな

抱朴子(ほうぼくし)は中国,晋代,葛洪の著作。書名は彼の号による。内外両篇から成り,317年(建武1)に撰し終わった。内篇はそれまでの神仙道を集大成したもので,道教理論の最も体系的な論述の一つ。外篇は晋代の政治・社会・風俗に対する批評が述べられ儒家的だが、これは葛洪が道教修行者にも儒家的徳目の実践を要請していたこととかかわる。外篇末には自伝が附されている。日本にも奈良時代に伝来し読まれた。[Tabuken DB]

 

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アンコウの吊し切り

 

アンコウは体が軟かく,まな板の上ではおろしにくいので,口をかぎで吊して庖丁を入れること。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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イカの墨吹き

 

イカは敵に襲われると,相手の鼻先に墨汁を吹きかけて難を逃がれるということ。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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磯のアワビの片想い

 

アワビは巻貝だから,殻を二つもたないのは当然ながら、これを片方の貝に見たてて,こういう諺がある。(アワビの貝の片想い)も同じ。

 

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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磯のカサゴは口ばかり

 

カサゴ類は頭部の大きい割に身の部分が少ないから。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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一足、二味、三に色

 

(かまぼこ)の製品の良否を判断する基準を示したもの。足とは「かまぼこ」を噛んだときの歯ごたえ(弾力)のこと。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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イワシの焼き食い一升飯

 

鮮度のよいカマスを浜で焼いて食べれば、食欲は限りないということ。(イワシの焼き食い一升飯)ともいう。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

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プラトで飯を食う

 

プラトは沖縄で言うグルクマーやグルクンと同じ仲間の魚で分類学的には「サバ」に近いが、外見や味は「アジ」に似ている。鮮度のよい魚に塩ををして生干しにし、中華料理の小篭包のような小型の蒸篭で蒸して売っている。

これを唐揚げにしたものはとても美味しい。魚醤油(ナンプラ)に唐辛子とマナオ(すだちに似たライムの一種)を混ぜ、これをかけて食べる。「飯が幾ら有っても足りない」の意味で良く口にする言葉。前掲の「イワシの焼食い一升飯」と同じ。

原語: キン・カウ・カッ・プラト

キンは食べる、カウは飯、カッは「で、…と共に」の意。プラトでご飯を食べる。

[真道重明]

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一網打尽

[宋史范純仁伝] (網をうって一度に多くの魚を捕えることから) 一味の者を一度に捕えつくすこと。

広辞苑

一枚の網で残らず魚をつかまえることから,犯人などを一挙に捕えたときなどをいう。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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グチをこぼす

理非をわからず、甲斐のないことを口に出してぶつぶつこぼすこと.イシモチは低い音を出す魚なので、イシモチの俗称グチはこれから出た名。

. 共立出版「さかな小辞典」(1971)

シログチ・キグチ・クログチなどグチの仲間の魚は声を発する。産卵期には特に著しく、水中音を聞いて魚群を見付けることもある。このことは広く知られ、英語では ドラム フイッシュとも呼ばれる。上記のイシモチはシログチのことである。[真道重明]。

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イワシ目ただれサバ腐れ

 

イワシなどは鮮度がおちると、とくに目が血ばしったようになることの諺。

. 共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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魚を争うものは濡れる

 

利益を得ようとすれば,それなりの苦労がある,ということ。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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魚を得て筌を忘る (2)

 

筌 (うえ) は魚をとる籠のこと.魚をつかまえたあと、その道具を忘れていることで、目的を達してしまえば、その道具の有雄さを忘れてしまう (不用となる) こと。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

「荘子」外物篇の「筌者所以在魚、得魚而忘筌」、(筌があるから魚が獲れる訳だ、そのくせ魚を獲ってしまえば筌のことを忘れている)。 [株式会社学習研究社 漢字源]

宋詩の唐庚作「酔眠」などには「拈筆又忘筌」(筆を拈(と)れば又筌を忘る)などとあり、「筌を忘る」と言う言葉は良く使われる常套句らしい。[真道重明]。

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魚の住まぬ川に網打つな

 

魚のいないのに網を入れてもどうにもならない.判断をつけ無駄骨を折るな,ということ。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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魚の水を離れたよう

 

頼りにしているものを失ったさま。

 

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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魚の目に水見えず、

人の目に空見えず

 

あまり身近にあるものは,どんなに大切なものでもその価値がわかりにくいというごと。

.共立出版「さかな小辞典」(1971)

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魚は殿様に,餅は乞食に焼かせろ

 

食べものの焼き方を教えた諺。餅は焦げやすいので、何回か返しながら焼いたほうがよいが、魚は片身を七分どおり焼き上げてから裏返えすのがよく、せっかちに裏返えしすると身くずれがする。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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海背川腹 

 

魚の焼き方の順序を示したもので、川魚のように概して脂肪の少ない魚は、開きにした身の内側を先に、海の魚は皮のほうから焼けばよい。ということ。もちろん例外もある。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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沖のハマチ

 

ハマチはブリの幼名。 当てにならぬことのたとえ。

 

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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男の子われフグにかけたる命かな

 

フグを食べるスリルと味をよんだ句。(草城)

 

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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菜種フグは食べるな

 

菜種の花の咲くころはフグの産卵期であり、卵巣に強毒をもっているフグでは、その毒性が最も強くなる時期である。

 

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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夏座敷とカレイは縁側がよい

 

カレイの縁側というのは、背びれと腹びれのつけ根にある、細い柱のような肉のある部分のこと。この部分の肉は身がしまっており、とくに美味であることを、夏座敷の縁側とからげて言い表わした諺。

共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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ひょうたん・なまず

 

ひょうたん‐なまず【瓢箪鯰】。「ひょうたんで鯰を押える」を名詞化した語。つかまえどころがないもの。

広辞苑。

「捉えどころがなく、要領を得ない」と言うことの意味は分かるが、何故ヒョウタンなのか、何故ナマズなのか?。禅の公案だと言う説、民俗学的な研究などいろいろな研究があるらしい。誰でも「何故ヒョウタンとナマズなのか…と思うのだろう。定説はなくまさにこの疑問もヒョウタンナマズだ(真道)。

 

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アラを探す

 

身を取り出した後に残った頭や骨などの部分のことをアラといい、サカナの骨に付着して残った肉をほじくって食べる事から転じて人の欠点を見つけ出してケチをつけることを意味するようになった。しかし本来アラは身とは違った美味しさがあり、栄養分も豊富で、中にはアラのほうが好きという人もいる。

 

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アンコウが夕立を待つ

 

雨が降ってほしいとばかりに口をポカンと開けて空を見て待っている様子。

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イカともタコとも知れぬ

 

ヌメヌメヌルヌルと捉えどころがなく信用できない人のこと。

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磯のカサゴは口ばかり(2)

 

口ばかりで食べるところがないこと。伊豆半島ではカサゴは通年みられ岩の上などにジッとしているのでジックリと観察できる。

カサゴの仲間は確かに口は大きく頭の骨の大きな魚ではあるが、肉質は美味で鮮度の良いカサゴの味噌汁など天下一品である[真道]。

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イナセな男

 

気風がよくて粋なことを「いなせ」というが江戸時代に魚河岸で流行った「鯔背銀杏(いなせいちょう)」という髪型からきている。イナとは出世魚であるボラの子供のことで背ビレがちょっと曲がっているのが特徴。流行った髪型が銀杏をちょっと曲げているものだったのでイナの背のようだということからイナセイチョウとなったらしい。

「イナセ」と云う言葉は知ってはいたが、「鯔背」と書くらしい。ブリ(鰤の幼魚)を「イナダ」と云うから、この「イナ」から来ているのだろうか?。広辞苑によると「江戸日本橋の魚河岸の若者の結った髷(マゲ)で、鯔の背に似た形のもの」とある。どんな髷型だか分からないような、映画などで見るから分かったような気はするが、「ちょっと曲がって、鯔(ボラ)の背に似た形」とは、観察力が細かい話だが、魚河岸というから毎日魚は見ていたのだろうが…[真道]。

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アンコウの待ち食い

 

海底でジッと待ち伏せて目の前に来たところをパクリとやることにかけて、働かずにチャッカリ儲けることのたとえ。

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アンコウが粕に酔ったよう

 

アンコウは頭と口が極端に大きく醜い姿をしていることから、赤ら顔でブサイクに見える人のことのたとえで使われる。

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アンコ型

 

おなかの突き出た肥満型力士の容姿がアンコウのボテっとした姿に似ていることから、「アンコウ」が詰まって「アンコ」になった。

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イイダコにパッチはかしたよう

 

「パッチ」とは股引のことで動きがとれずにラチがあかないことをさす。

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イワシ網でクジラ捕る

 

イワシを獲るような網にクジラのような大物かかかるという、思いがけない幸運のこと。イワシは小さな魚だが大きな群れをつくり水中で出会うとなかなか壮観な眺めである。

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麦わらダコに祭りハモ

 

初夏のタコと、夏祭りの時期のハモは美味しいということ。

 

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フグにも当たればタイにも当たる

 

フグを食べると毒に中る(当たる)といわれるが、比較的足の遅いタイでも中毒になることがある。運が悪いときは安全なものでも害になることもあるというたとえ。

(真道) ここで「足の遅いタイ」と云うのは「鮮度低下が遅い」と云う意味。換言すれば「腐るのが遅い、長持ちする」と云うこと。

 

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猫の精進

 

本当は欲しく欲しくて仕方ないのに、うわべでは辞退すること。(真道) 魚が大好きな猫が精進とは「言い得て妙」である。

 

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フグ食う無分別

食わぬ無分別

 

毒のあるフグをむやみかまわず食べるのは無分別だが、だからといって、せっかくの美味しいフグを怖がって食べないのも無分別だということ。

 

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カニは貝から生まれる

 

二枚貝の殻の中にカクレガニがすんでいることからの連想か.長崎地方の迷信.

 

                            共立出版「さかな小辞典」(1971)

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カニば食っても

ガニを食うな

 

ガニはカニの鰓のこと.いくらカニが美味だといって,鰓まで食べることはない.毒はないが,寄生虫の心配がある.。

                             共立出版「さかな小辞典」(1971)

(真道)「カニば…」は「カニを…」の意。九州方言。これと対句になる言葉に「トリを食ってもドリ食うな」がある。私の母が良く口にしていた。ドリと云うのは鶏の肺臓のことである。「鶏は食べてもその肺臓は食べるな」の意味である。カニの腮をガニと言った。ちなみに熊本弁ではカニのことを「ガネ」と呼んで居た。「キンキラキン」と云う民謡に「ガネマサドンんの横ばいバイ」と云う言葉がある。

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「 ニベ 」もない

 

無愛想で取りつく隙もない態度のことをニベもないという。ニベとはイシモチというサカナのことで、イシモチの浮き袋はゼラチン質が豊富で粘着力があることから、粘りがあり親密感があるという意味で使われるようになった。

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塗り箸でナマコをはさむ

 

塗り箸ではヌルヌルとしたナマコは掴みにくい。無意味な骨折りのことをさす。ウナギを挟むともいう。

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猫を追うより魚をのけよ

 

物事は原因を考えて対処したほうがよいということ。

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海に千年山に千年

 

〈海千山千〉ともいう.多年,善悪いろいろの経験を積み, 悪くいえば,ずる賢いこと.。

                       共立出版「さかな小辞典」(1971)

 

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