kotoba8.htm

kotoba8.htm

 

PANDA-name

パンダの名前

                                                                    2011/8/3

真道 重明

 

国の四川省と陜西省だけに棲息する珍獣の「パンダ」は、最初の来日以来、東京都恩賜上野動物園で大ブームとなった。二頭でその名は「康康、カン・カン、♂」と「蘭蘭、ラン・ラン、♀」であった。漢字を二つ並べたそれらの名前は日本人の頭に焼き着いたようだ。

次いで二年後にやって来たのも、「フェイ・フェイ 飛飛、♂」と「ホアン・ホアン 歓歓、♀)だったから、日本人の「パンダは中国では漢字を二つ並べて名前にする」と云う思いこみは益々定着したように私は思う。

しかし、僅かだが中には例外もある。例えば、「パオリン 宝玲、♀」(福岡市動物園)、また、「エイメイ 永明、♂」、「ヨウヒン 蓉浜、♀」(アドベンチャーワールド、南紀白浜)など、此処には他に数頭の二字の漢字で語尾の字を「浜」とし,日本の漢音で読む名前のパンダが居る。白浜の「浜」に因んだのだろう。

最近、耳に新しい話では、久し振りに中国から東京上野動物園に来た「リーリー 力力、♂」と「シンシン 真真、♀」で、「中国での原名はそれぞれ「ビー・リー 比力、♂」と「シィエン・ニュ 仙女♀」であった。「リーリー 」は中国の名前の発音のようだが、「シンシン」は日本の漢音読みである。中国語なら ( zhen1 zhen1 )となる。

上述の多くの片仮名の発音は中国の原音を日本人が発音し易い音に改めたもの、例えば「飛飛」はピンインでは fei1 fei1 (第一声)だが声調は無視されており、「宝玲」はピンインでは bao3 ling2 (パオは有気音第三声、リンはLng 第二声だが声調は無視され、ng n となっている。声調など持ち出す場合ではない。パオ・リングなどと言えば返って変で一般の日本人には発音し難い。

日本漢音で書いている場合もある。例えば、アドベンチャーワールドの「永明、エイメイ」、「 蓉浜、ヨウヒン」など。要するに、「まぜこぜ」で、一定の法則に沿ったものでは無い。日本の動物園だから、理屈はともかく一般の日本人の観客に発音し易い読み方がよいと私は思う。

来、漢字を二つ並べた「飛飛」とか「歓歓」という言い方は、近世の中国では人に対しても良く使われ、台湾出身の日本で有名な歌手「欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー、日本悪寒音読みでは「オウヨウヒヒ」、中国語読みでは「オウヤン・フェイフェイ」などもその一例である。知人にも漢字を二つ並べた人が数人いる。

中国人の知人に尋ねたところ、「漢字を二つ並べた名前は中国ではごく普遍的に存在し、取り分け、幼児語の愛称として家族や親友の間では良く使われる」、更に続けて、仮の例として「何偉」さんが幼時「偉偉」(ウエイウエイ)と親から呼ばれてて居たが、彼は長じてもこの名前を常用し、「何偉」ではなく「何偉偉」としている人もある。パンダの子供のように愛くるしい仕草から愛称として漢字を二つ並べたラン・ランやホアン・ホアンなどが多い。しかし、皆が皆そうだとは限らない」とのことだ。

 

蛇足

ジャイアント・パンダは大陸の中国語では「大熊猫」と書くが、台湾では「猫熊」と云うらしい。Wikipedia でジャイアント・パンダを見ると、この違いには色々な政治的な経緯があって面白い。

漢族の氏名は一般に氏が一文字、名は一文字か二文字の場合が多いが、欧陽菲菲の「欧陽」のように氏が二文字の場合が少数ある。史記の司馬 遷の「司馬 」、諸葛孔明の「諸葛」など。

 

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fukahire

燕窩菜・魚翅・海参

中国料理のメニューと国際政治の話、国交回復の合意と署名に中国政府から招かれた米国のニクソン大統領は、宴席でわざと海参を喰わず、日本の田中角栄首相の場合は「旨い旨い」と何でも出された物は皆食べたと云う話。

                                                                                                   

                    2011/8/21

真道 重明

 

掌(熊の掌)をはじめ中華料理(漢民族の料理、一方、中国料理と云うと回教徒や多くの少数民族の料理も含めた場合を意味する)。此処で云う燕窩菜はアナツバメが海藻を唾液で固めて作った巣。乾物として保存し食用石灰水で戻し、中華料理で珍重するメニューの一つ、最近シンガポールで養殖に成功。魚翅は皆が知るフカヒレ、海参ナマコを煮て干したものを茹で戻し食材とした料理を指す。干したものは日本ではキンコ・イリコ・ホシコ・フジコ(冬期)などと呼ばれ、「和え物」や「酢の物」として食べるが、多くは中国に輸出される。

「四つ足は机以外、飛ぶものは飛行機以外何でも食べる」と言われるほど中華料理は確かに多種多様だ。私は中国に住んだことはないが、戦前、東京外国語学校(現東京外国語大学)の専習科で北京官話を習い、兵役では気象連隊に属し、北は長春から南は広州市や香港まで各地を転戦し、戦後は国交未回復の1957年に中国漁業協会からの要請で数ヶ月に亘る各地視察や大学での講義をして以来、現在までに数十回の訪中経験を通じて、素人ながら中国の食文化については多少の知識を持っていると自分では思っていた。

山東省での宴会では「蠍の唐揚げ」、広東省では大皿に同心円に綺麗に並べて盛り付けして出されるミズスマシやゲンゴロウなどの水生昆虫の「味付け焼き」、「竜虎会」(蛇と猫の肉が入った鍋物)、河北では魚肚(フーセイ「大黄魚」の魚鰾)などはよく食べた。

ところが数日前、某サイトに S.A. 氏が「海鼠、鱶鰭、燕の巣」と題したエッセイが投稿されて居るのを読んだ。内容の冒頭部分を以下に引用する。

-----// 引用開始 //-----

「この見出しを読んで私が何を書こうとしているかわかった人は、相当中国事情に詳しいと言えるでしょう。

2011年8月7日の同サイトに、「『日中』を渋った福田総理」という主宰者による記事がありましたが、その中で日中国交正常化の田中角栄首相訪中時の、次のような記述があります。

<人民大会堂はこの6年前にも入っていた。1972年9月25日。梅原龍三郎描く「北京秋天」そのもの、それこそ抜けるよう名青空の下、北京空港に降り立ち、その夜には周恩来総理の歓迎宴に同行記者団80人も招かれて、人民大会堂なるどでかいビルでニクソン大統領は断わったという「海鼠の醤油煮」をご馳走になった>。

ここで主宰者はなぜわざわざ「ニクソン大統領は断わった」と記述したのか、実に深い意味が隠されています。

中国の宴席では、客にどういう料理を出すかで、その客に対してどのような気持ちでいるかサインを出します。その象徴的な料理が見出しの3品なのです。ではどのような意味付けがあるのでしょうか。

-----// 引用終り //-----

中国事情に精通していない私には最初の一句が分からない。内容は中国の招待宴に出される料理とその意味らしい。

中国に於ける水産加工技術の長老的存在で上海水産大学[現上海海洋大学]元副学長、戦前に京都帝国大学留学)の駱肇蕘教授(私の半世紀に亘る旧友)の中国食品科学学会(CIFST)と國際食品科学連盟(IOFUST)が共同主催の会議に提出された上下二巻に及ぶ「中国における水産物の食生活と食文化(仮題)」(原文表題は「中国魚介類在食生活和食文化中的地位、簡体字中国文、1999年)にも上記の魚翅や海参に関連する記載は、若し上述の説が真実に在れば当然何らかの形で触れられて居ると思われるが、一向に見当たらない。

大陸中国・台湾・香港などの簡体字や繁体字で記述されている検索サイトを覗き、「尼克松不吃了海参」(ニクソンは海参を食べなかった)などの幾つかの鍵詞で探しても本件に関する事柄は見あたらない。

S.A.氏は上記のように「中国の宴席では、客にどういう料理を出すかで、その客に対してどのような気持ちでいるかサインを出します。その象徴的な料理が見出しの3品なのです・・・云々」と述べて居られる。即ち:

「招いた側が客に対して是非とも今後もお付き合い希望する、即ち客に対して下手に出ている場合、または客の方が格上の場合は燕窩菜を出す。次いで招いた側と客が対等の立場の時には魚翅を出す。すなわち可もなく不可もなくという付き合いの関係の場合。更に招いた側が今後招いた客と積極的に付き合いたくない、または客を見下している場合、海参を出す」・・・のだそうだ。

この話は本当だろうか?と私は感じた。そこで半世紀に近い数名の旧友に経緯は書かず、ただ宴席に出す3品の慣習の有無をE-mailで問い合わせた結果、総ての返事が「知らない」であり、中国科学院の友人は「清朝時代はあったかも知れないが聞いたことはない」とのこと。日本にいる中国の友人も同様の回答であった。

「うそだと思うのなら、知り合いにインテリの中国人がいたら確認してみてください。「よく知っていますね」と感心されます」と S.A.氏は云うが・・・。

S.A.氏は続けて、ニクソン大統領は事前の情報収集で「宴席で出される料理には気をつけろ」と把握しており、海鼠料理に手をつけなかった。ところが、田中首相はおいしいおいしいとぱくぱくありがたがって食べてしまった。この瞬間、その後の中国の対日政策は決定されたと言っても過言ではないでしょう。中国は日本を格下の国と認識し、情報収集能力も劣る、御しやすい国と見なされたのです。このことは、特にここ最近の日本を舐めきった対応を見れば良くわかるかと思います。

1972年以降、田中角栄氏は中国に何度か招待されて大歓待を受けていますが、招いた中国側、後ろ向いてぺろっと舌を出していたことは間違いないでしょう・・・と述べて居られるが、私は大きな違和感を感じた。

ニクソン大統領は中国に関する多岐に亘る情報を持って居たかも知れないが、実質的に宴席を取り仕切った周恩来首相の人柄についての国内外での情報(駆け引き交渉事務と招待宴を峻別した)は持って居なかったのだろうか。

私は田中角栄の肩を持つ者ではないが、「旨い、旨い」と食べる客は招待者側から見れば嬉しく思うのは万国共通だろう。ニクソン大統領と田中首相、すなわちアメリカと日本は中国に試されたのです・・・と氏は云うが、宴席のある料理に手を着けたか附けなかったかなどの些細なことを取り上げるのは、余りにも穿ち過ぎでは無かろうか。

上述の投稿文を通読した某インテリ中国人は「この話は総てが作り話のようですねー」と云って笑った。周恩来総理が「招待客の食べ物の好き嫌いを調べて嫌いな品目は出さなかったと云う話は有名です。ニクソンが敢えて食べなかった逸話が本当ならニクソンの態度は「非礼」ではないでしょうか」と付け足し、「お金が在れば3品のうち最も高価な燕窩菜を、次いで魚翅、海参となるだけでしょう」と云ってまた笑った。

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IrohaToKanji

いろは(表音文字)と漢字

転載(出処は末尾)

                    2011/8/21

上西 俊雄

 

[はじめに]

民主黨代表選の翌日の新聞の見出しに「民主黨代表選、海江田氏破る」とあった。これをどう讀むのかいろんな人に當たってみた。みな事實がどうであったかを知ってゐた。いろいろな意見が出た。

破るといふ行爲は破る者と敗れる者とが在って成立する。

(イ)甲が乙を破る。

(ロ)乙が甲に敗れる。

これは甲乙とも明示した形。では甲乙の一方しか示さない表現はどうだらう。

(ハ)甲が破る。

(ニ)乙が敗れる。

(ハ)の形は考へにくい。行爲が前面に出れば目的語がないのは不自然。

(ニ)は可能な表現だ。破れるといふのは行爲ではなく乙の状態を示すことだからだ。

新聞の見出しの「破る」はどうしても自動詞と見るべきなのだ。「破る」が自動詞であるのは下二段動詞。これは國語辭典の卷末の動詞變化表で確かめた。古語なのだ。

[平板化]

國語にはいろいろな層がある。和語と漢語の遣いわけもさうだ。イチニイサンとヒトツフタツミッツが異なるといふこと、これはたとへば、一組の場合を考へてみると解る。算數の問題に「甲乙を一組として」とあれば、ヒトクミと讀まなくては意味を爲さない。

かういふことを無視して運動會の玉入れでヒトツフタツといふ數へ方をやめたのも平板化の例だ。ツマと訓で言へばまづ自分の妻のことであったのが、最近はさうでもない。

比喩義のときは音讀といふ原則を壞して本の場合も問題の場合もヤマヅミといふ人がある。その方が聽いて解り易いだらうと思ってゐるのかも知れない。

震災後に氣になるのは幽明境を異にした場合でもメイで數へず、ニンやタリで數へること。人は生きてゐる状態の象形、災害時の死者や行方不明者のやうに不特定多數の場合はメイで數へるのが習はしであった。

和語漢語の問題ではないけれど、戰前とのつながりが絶たれた爲に妙な使はれ方で復活した語にオトヅレがある。いや今はオトズレと書くのかもしらない。これは死語であった。

最初に耳にしたのはトヨタの社長が米國議會の公聽會に赴くといふとき。これには非常に驚いた。オトヅレは音が運んでくるといふか、耳で受取るといふ氣持があるやうに思ってゐた。迎へるといふことであり、音信といふことでもあったのではないか。どうも今の若い人は訪問の敬語表現だと思ってゐるらしい。

子供のときに知ってゐたのは吉田松陰の「親思ふ心に勝る親心今日のおとづれ何と聞くらむ」のたゞ一例。最近知った例を擧げる。

「あらしのみ時々窓に音づれて明(あけ)ぬる窓の名殘をぞ思ふ」、これは西行。

「取り出でゝ愛づべきところある叟にもあらねど、おのれとは宿世如何なるかたらひありけむ、相親むこと形と影との如く、互に離れがたき思ひありて、こなたより尋ねざれば彼方より來り、かなたよりおとづれざれば此方より訪ひ」、これは露伴。

今の若い人にはこのやうな例が本來だといふ感覺がないらしい。然し新聞記者やデスクには古層があって、見出しをつけるときにそれが顏を出した。新聞記者が用ゐる表現が若い世代に通じない。民主黨の派閥どころの話ではない。

國内で國語について斷絶が生じてゐて、しかもそのことにマスコミの人が氣づいてゐないやうなのだ。實に恐ろしいことではないか。戰後の國語行政の效果が最終段階に達して、世代間の斷絶にいたったといふべきかも知れない。戰後の國語行政は何を間違ったのか。

 

[いろはのこと]

最近、國立國語研究所の主催する會に何回か出て、相變はらず雲の下といふ印象を受けた。むかし文法について open-ended set とか close-ended set といふ表現に出會ったことがある。

開放端集合とか閉端集合とか言ふのかと思ったら、ネットでさういふ表現は見當たらない。集合論といふのはとても難しいもののやうでで、こんな單純な區別は問題にならないのかも知れない。しかし、この單純な區別すらなされてゐないのではないかと感じる。

表音文字であるアルファベットや假名の集合は閉じてゐる。だからアルファベットは一擧に發明されたといふ説もあるくらいだ。教へる場合も一度に教へる。もっとも假名は漢字起源、一擧に發明されたといふ説はでにくい。

平假名は漢字の草書體から生れたとなれば、大勢の人によってだんだんと生れてきたといふやうにみられがちだ。

しかし單なる字形の問題でないとなれば、假名の成立は集合として意識されて始めて成立したといふべきで、いろは歌と結びついて弘法大師の作とされたのは、故無きことではない。

變體假名といはれるさまざまの假名がありながら、平假名といへば伊呂波四十七文字と決ってゐたのは忠臣藏が假名手本と冠して呼ばれたことによっても知られるところである。

ヰやヱを拔いて教へる、教へるとしてもずうっと後にするなどと馬鹿なことをしてゐるのは世界廣しと言へども假名だけではないだらうか。アルファベットといふのはギリシャ文字の最初の二文字の名前を竝べたもの。

英語であればエービースィー、ドイツ語であればアーベーツェーと言ふやうなものだ。我國では假名はイロハと呼びアイウと呼んだことはない。この呼稱を守ってゐたならば假名字母の制限などといふ理不盡なことは不可能であったただらう。

翻字式ローマ字である擴張ヘボン式について考へてゐてア行といふものが五十音圖に屬するでなく、表の各欄の名稱のやうなものに見えてきた。母音連續は字餘りを許すといふことは宣長で讀んだけれど、確かにアイウと唱へてみても音節の仕切りがないの頼りなく、イロハの場合と全く異なることが感じられるはずだ。

ここに思ひを致すべきべきは萬葉假名で濁音を表はした漢字の草書體から生れたものがないこと。

たとへば「新治筑波を過ぎて幾夜か寢つる」は迩比婆理都久波袁須疑弖伊久用加泥都流であるが婆から「ば」といふ假名が生れることはなく、「日々竝べて夜には九夜日には十日を」の迦賀那倍弖用邇波許許能用比邇波登袁加袁の賀から「が」が作られることはなかった。

ヂとジが同じ音であらうがなからうが、チとシが異なる以上、書分けるといふのが國語の傳統であった。濁音が發音されなくなったわけではない。今風に言へば、清濁の區別は表層に屬するいふことだった。

發音記號では區別する。發音記號やローマ字で考へてみて、ヂジ、ヅズの區別を不要として、同じ傳で、ヰやヱなども假名字母を制限したのは何といふ倒錯であったことか。

英語のアルファベットにJとVが追加になったのが近代のことでヂョンソン大博士の辭書ではJはIと看做し、VはUと看做して引かねばならかった。

このやうに字母を増やすことはあっても、表記改革のために字母を減らした例が他にあるとは思へない。表記改革者の言ふやうに音韻が變化して、さしあたって書分ける必要がなくなったとするのであれば、また逆方向に變化してときにどうしようと言ふのか。

吉備眞備が片假名を發明し、後に空海がヰとオ(今のヲ)を追加したといふ傳承があったといふことからしても、國語の傳統を踏みにじるものであった。

 

[漢字は統御可能か]

假名に對して漢字は開放端集合。表音文字とは異なり總てをおぼえて完全に腦中に取り込むことはできない。勿論、漢字には表音といふ機能もあるのだけれど、其の面が強調されすぎてゐるきらひがある。

「起す」の場合はこれで讀み誤ることはない。「起る」ではオキルかオコルか紛らはしい。かうして最大公約數のごときものを求めて起の音はオとするわけだ。

從って「起こす」と書くことになる。かうしておけば、將來漢字を追放して表音文字のみによる表記を實現した曉には起はオに變換すれば濟む
と考へたのではないだらうか。

しかし、殘念ながら「起つ」と讀む場合もあるから、この考へではうまくいかない。うまくいかないけれど、漢字を表音機能においてのみ見る傾向が生れたことは確かだ。

漢字の學年配當などといふことは、小學生が知るべき漢字はこれだけときめて、つまり閉端集合だとして、それを統御をさせようとするもの、それ以上を知る必要はないといふ考へ方だ。

知らない漢字にであったら、どうやって自分のものにしていくかといふ考へ方を採らない。だから交ぜ書きといふものまで出てくる。

知るべきものと知ってはならないものとがあるといふ前提なのだ。社會科の教科書でも算數の教科書でも、使用する漢字の範圍を間違はないやうに氣をつけねばならない。

漢字が開放端集合であることに氣づきさへすれば、公教育で教へるべきは、知らない字に出會ったときに、それを自分のものにしていく方法だ。學年配當の漢字しか見せないといふ教へ方は、その訓練の場を放棄すること。漢字を身につけていく第一の方法は字典だ。

字典を使ふには部首の知識が必須。蓐瘡にしろ蓐瘡にしろ、音にするだけであれば、辱といふ音符と倉といふ音符があるのだから、誰でも見當のつく形聲字。しかし戰後の國語教育は今や完全に成功を納め、テレビの司會をするやうな人でも音符から讀みを類推する力が無くなってゐる。

漢字は表語文字。漢字も語も、常に新しく出會ふことを繰り返して身につけていく。しかし、その漢字なり語なりを最初に作り出した人がゐた筈だ。

その有效性が確かめられ受け繼がれて來たものが文化の骨格をなし、我々の記憶も文字や名稱無しには不可能だ。漢字を知ることによって國語と異なる觀念化を知ることが重要。露伴が訓古について述べてゐるところは衝撃的であった。

<例を以て喩を取らうならば、泰伯篇の、子曰、民可使由之、不可使知之、の章の如きがそれである。今の人の言を聞くに、或は此章の意をば、政治は民をしてたゞ爲政者を信頼させるので宜しい、知らせるには及ばない、といふやうに解してゐるのが多いやうである。

そして此言の含むところの意味を非なりとして難じてゐる者さへ有るのを聞及ぶ。嗚呼何といふことであらう。これ皆妄解狂論、取るにも足らぬことであるが、其初は小學に通ぜずして、由の一字を誤解してゐるところから生じた過失である。

由も邦語の「よる」であり、頼も邦語は「よる」であり、據も邦語は「よる」であるが、由は頼でも據でも無い。由は、雍也篇の、子曰、誰能出不由戸、何莫由斯道也、の由であって、決して依頼の頼だの據有の據だのでは無い。

誰か能く出づること戸に由らざらん、といふのは、内から外へ出るのに開き戸の有るところから出ぬものは無いといふのである。由の字の味はそれで曉られる。>

漢字の意味を調べてかかるといふのは語學の基本に關る。その基本を知らぬ人達が漢字制限の際に、同音による書換へといふ方法を導入した。我國の國語の、いや教育一般の危ふきことまさに然るべしと思はれるのである。

 

[看護師國家試驗]

外國人が看護師國家試驗を受けるのは大變だ。9月14日のテレビでみたが褥瘡だった蓐瘡だったか漢字の問題があったとのこと。これは厚生勞働省といふ一役所の問題ではない。

といふのも、我國に來て看護の職につかうとする人にとって、まづ必死になって覺えなければならない語が、一般の人の殆ど知らない語であるなどといふいびつな状況など恐らく想像できないはずで、殆ど誰も助けてくれはしないのだ。

看護師國家試驗に蓐瘡といふ漢字が出るのは國語力をみるためではないだらう。さういふ場合にどのやうな手當が必要かといふ專門知識を問ふてゐるはずだ。

外國人の手も借りたいのであれば、彼等の專門知識は彼等の言語によって確かめる方法があるはずだ。その名稱を日本語でどう書くか、どう讀むかを豫め腦中にたくはへておく必要はない。

それは、その都度身につけていけばよいではないか。そのための基礎的國語力を試すなら、それこそ、教育漢字のやうなものが役に立つのではないだらうか。

ただし漢字を體系的にみる力があり、字典を引くことができるかどうかとなると舊字體で試驗する方が好いかもしれない。少なくとも日本でしか通じない漢字を、總て腦中に納めてゐるかどうかで試驗する必要はないはずだ。

外國人看護師國家試驗の問題は、戰後の國語行政が内むきであったことに反省を強ひるものだ。斯かる場合にローマ字のことが話題にすらならないといふことも變なことではないか。

我國の教育關係の支出が諸外國に比して低いといふ報道があった。國語に關する世論調査などといふものの費用は含まれるのだらうか。漢字や假名字母を制限しつゞけるために必要とされる費用の膨大さを思ひつつ、日頃考へてゐることを述べた。

                [頂門の一針 2377号 11・8・19(月)]     

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NIHONGOKA

これが日本語か?

増えるカタカナ語の氾濫

 

                    2011/09/28

真道 重明

 

例の1 (日通のサイト)

界最大規模のグローバルネットワークと人材戦力、それを有機的に支えるITシステムが高度なロジスティクス・ソリューションを提供します。お客様のロジスティクスニーズをオーダーメードでデザインすることで、世界をリードするグローバルロジスティクスプロバイダーであり続けます。日本及び海外で働く日通マン、ウーマンが、より一層のマネジメントスキル、ロジスティクスノウハウを習得する為、当社としては、グローバル人材育成プログラムを導入しております」。

 

例の2 (博報堂のサイト)

「個々のクライアントの課題に応じたソリューションを提供する。その全体のプロデューサーとなるのが営業です。担当企業と博報堂のソリューションチームをつなぐだけでなく、クリエイティブとメディア、社内外のあらゆるナレッジ、さまざまな専門機能を互いに結びつけ、新しい価値を作っていくのです。クライアントの課題ひとつひとつにイノベーティブな出会いを創出する。そこから、企業と生活者の期待を超える創造的なソリューションを実現する。そんな、出会いを創造する力こそが博報堂の営業であり、私たち博報堂の強みです」。

 

例の3 (マクドナルドのサイト)

「何より人を大切にすることで生みだしてきた、マクドナルドの成長は、社員、取引先、株主、オーナーオペレーターの価値の向上でもあります。これらのすべてのステークホルダーから企業信頼を得ることではじめて、社会貢献に取り組むことができる。そんな考えのもとで、私たちは社会に存在する意義をつくりだしています」。


 

以上は平井 修一氏が「日本語で言え、日本語で」と題して[頂門の一針 2385号、2011年9月28日]に書かれた文の一節から引用させて貰った。

単語の半分以上はIT用語の英語由来のカタカナ語。文はその羅列である。平井 修一氏は「この手のカタカナを多用した表現は、中身のなさをごまかすための常套手段ではないか。広告代理店のコピーライターが企業や消費者を煙に巻くためによく使うのだろう」と評して居られる。

また、「言語不明で意味曖昧という一種の悪文。饒舌、冗漫で多くをしゃべるが何も語っていない。回りくどいだけで、かいつまんで言え、手短に言え、と言いたくなる」とも批判して居られる。

 


 

平井 修一氏の辛口批判に「そうだ。そうだ」と賛同したい。確かにカタカナ語は日常会話・テレビやラヂオ・新聞紙面に日増しに笛続けて居る。例を挙げるまでもないが、例えばセレブ(高級な、一流の、celebrity )、レシピ(調理法、recipe )、アスリート(運動選手、競技者、athlete)、コンプライアンス(法令遵守、compliance)等々、何故、日本で普通に良く使われている漢字で書かないのだろうか?


 

しかし中には「トイレ」などのように日本語の常用会話単語としての地位を確立して居るものも多い。また、フランチャイズ(参政権・一手販売権、野球用語の本拠地占有権)、バリヤフリー(Barrier-free 障害者が建築物などを使おうとしたときに邪魔になるさまざまなバリア(障碍を取り除こうという考え方)などは日本語では訳して表示するのはかなり面倒などで日本語として原語その侭扱われている。

また、日本語訳も容易だが、シャドー、ストップ、クローズ、シールド、グローブ、マスター、グレード、アタック・・・など日本語の常用会話単語となっているものは沢山ある。これらは「これが日本語か?」と決め付けるわけにはゆかない。漢字や平仮名と共に多くのカタカナ語は日本語の単語としての地位を認められている。

特に専門分野の用語、野球やサッカーなどの用語なぞはカタカナ語が無ければ話は出来ない。マニキュア(手の爪の化粧)、ペデキュア(足の爪の化粧)、ダブルプレー(野球競技での併殺・重殺)などなど、漢字などで書いたり喋ったりすると返って煩わしく分かり辛いことが多い。

野球用語について前田 正晶氏は頂門の一針 2437号で次のように述べて居られる。

//引用開始//

野球、バスケットボール(籠球)、ヴァレーボール(排球)、フットボール等々、我が国に普及している競技にはその用語と言うか、専門語に英語が使われているものが多い。

また、その英語を日本語風のカタカナ語にしたものもあれば、籠球、排球、フットボールのように英語のままでカタカナ語にしてしまったものもある。

野球の場合には戦時中にはその用語が敵性語だと位置づけられて、英語のままで使うことを禁じられ無理矢理に日本語化した歴史がある。にも拘わらず、現在使われている用語は英語でもなければ日本語でもないという純粋な(?)カタカナ語になってしまっているのが面白い。

私は長年のカタカナ語排斥論者だが、先人たちがさぞかし苦労して、カタカナ語にしたのだろうと察することが出来る、その何とも言えない面白さと不思議さ。

これまでに何度も揶揄してきたものが、英語では“pitch”である「投球」を「球」=「ボール」にしてしまったために生じた笑えない誤訳がある。球団の通訳が「ホームランを打った球は何ですか」を“What kind of ball did you hit homerun?”としてしまったので、外人選手に“I think it was a baseball.”と答えられてしまった一件である。

これは「あのピッチャーは良い球を投げる」の場合でも同様で、迂闊に“good ball”等と言わないことである。投球がらみでは「インコース高めにストレートが」という表現が一般的になっている。「内角」と言いたくて「内」だから“in”で「方向」だから“course”としたのだろが、アメリカ人は“low on inside”か“inside and low”と言っているようだ。だが、これは余りにも英語であって難しいので、「インコース」としたのだろう。

「ストレート」はその昔は「速球」ないしは「直球」と称されていたものだ。ところが、猫も杓子も英語という時代になったせいか(?)漢字のままでは野暮かと「一直線の」か「直進」の“straight”が良いや、となったのだろうか。英語はあっさりと“fast ball”である。

私が先人の豊富な英語の知識に感心するのが「エンタイトル・トゥベース」(ないしは「エンタイトルド・ツーベース」)である。そのまま英語で書けば“entitled two base”となる。ここで“entitle”という単語が出てくるのが凄いと思う。「〜する権利(資格)がある」という意味だ。

私は長い間(?)英語を話して仕事をしてきたが、“entitle”という言葉を使ったことも書いたことも記憶がないし、アメリカ人が日常的に使っているのを聞いたこともないと思う。それほど一般的ではない。それをこういう場合に使ってカタカナ語にした語彙が凄いと、素直に感心する。

「あわやホームラン」という打球がワン・バウンドして外野の塀を越えた場合に2塁まで行っても良い権利を与えられることなので「エンタイトル」となったのだろうが、文法的には“entitled”の方が良いと思う。カタカナ語化する場合に過去分詞形や複数形にしないのが特徴である。

これは英語ではブッキラボーに“ground rule double”であって、その球場の取り決めで2塁打にするという意味である。どうしてentitleになったかご存じの方がおられればお尋ねしたいほどだ。次打者がバットを持ってベンチを出て来ると、アナウンサーが「ネクスト・バッターズ・サークル」に誰それが入ったと表現する。確かにそこには白い円形の線が引かれている。

この表現の凄さは「バッターズ」とチャンと所有格になっている点だ。「バッター・ボックス」や「ピッチャー・マウンド」は所有格になっていないのに・・・。この「次打者待機用円形」に相当する表現は、いくらテレビ中継を見ていても聞き出せなかった。しかし、例えば“Ichiro is on the deck.”とは言っている。何故「ネクスト・バッターズ・サークル」というカタカナ語が出来たのだろうか。不思議だ。

もの凄いのが「上手から投げる」と言うか「オーヴァー・ハンド」という意味の「オーバースロウ」である。そのまま英語にすると“overthrow”となって、辞書には「政府などを転覆させる」という意味が最初に出てきて、次が「暴投する」である。どうも“overhand throw”が正しいようだ。

最後に「デッド・ボール」を。これは広辞苑にも「和製語」となっている。英語は何時か述べたが“hit by pitch”である。“dead ball”そのものは「試合停止球」という意味で、試合の進行を止める投球や打球を指す。

思うに、投球が打者に当たれば、そこで試合停止となるので“dead ball”すなわち「死球」となったのだろうか。

最後に傑作の一つを。それは「ランニング・ホームラン」である。これでは「ホームランが走っている」になってしまう。英語は“inside thepark homerun”か“infield homerun”と言うようだ。

//引用終り//

 

日本語の中のカタカナ語は益々増えるようだ。

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Family&GivenName

姓名の順序とローマ字

kmns氏のエッセイと姓名に関連して

 

                    2011/10/01

真道 重明

人ながら「姓名の表記」に関して多年「関心と興味」とを持って居た私は先日 kmns 上西俊雄氏)の下記のエッセイを読んだ。言葉の専門家であり拡張ヘボン式ローマ字の提唱者である同氏からは毎度教えられることが多いが、生物学を学んだ私は國際動物命名規約や國際植物命名規約などは一応習うので、生物個体の名前はラテン語による属名と種小名の二名法を一応の基本とする姓名に似た慣習の問題が先ず頭に浮かぶ。

上西 俊雄氏のエッセイの主旨とは異なる問題が多いが、漢字圏諸国の姓名や「姓名に関連して思い付いたこと」を述べたい。先ず同氏のエッセイを以下に紹介する。

 


上西 俊雄

  (頂門の一針 2388号  11・9・30(金)より転載

姓名の順序とローマ字

[姓名の順序]

日本經濟新聞平成23年9月24日「私の履歴書」に「長年の課題だった社名の統一にも踏み切った。日本では ITOCHU と呼ばれる一方、英文社名は C.Itoh&Co.,Ltd .だったからだ。

長年親しんだ C.Itoh は捨てがたかったが、國によって社名が異なる状況を變へなければ、國際總合企業になれないと判斷した。」とあった。伊藤忠は創業者伊藤忠兵衞の名前に由來する。姓名の順序の問題は社名にも影響するのだ。

ローマ字書きの姓名の順序のことで記憶にあるのは三省堂の英語教科書の編者若林俊輔教授の主張。英語教科書では日本人の姓名は逆にすることが行はれてゐたらしい。英語教科書にゐた友人に尋ねたところ昭和62年の中學英語教科書 New Crown に:

My name is Sato Goro. Sato is my family name.

とあるといふ。Sato は佐藤だらう。國語の音韻を寫したものとしては正しくないし、國語で教へる方式とも異なる。中學生はこれでは變だと思はないのだらうか。

もし變ではないかと質問したら、どう答へるのだらう。文部省がこの教科書を認可してゐたとなると、文部省は國語と英語で異なった方式を教へてよいとしてゐたわけだ。生徒の頭はさういふ風に器用に分けられるものではない。方式のことはしばらく擱く。

國語審議會が平成12年12月8日最後の答申をして解散した。その答申にローマ字表記の場合の姓名の順序の問題がある。

「おのおのの人名固有の形式が生きる形が望ましい」として、現在 TaroYamada など名│姓の順で書くことの多い表記を Yamada Taro と姓│名の順とすること、これまでの慣用に基づく誤解を防ぐため、YAMADA Taro と姓だけをすべて大文字にするか、Yamada, Taro と姓と名の間にコンマを打つことを提案したと報道された。

いくつかの問題がある。まづ、「これまでの慣用」と一口にいっていいものかどうか。もし慣用が確立してゐるなら、それを一片の答申などで變へようとするのは無茶であるし、またよほどの理由がなければなるまい。

慣用は人によっても違ふし、ときと場合によっても異なる。英語の中で英米人と自分のことしかでてこない場合、英米人に合せて順序を變へる人が多いのは事實かもしれない。しかし、松尾芭蕉や夏目漱石を論じる場合はどうか。

インターネットのために時間と空間を廣げて考へる必要が生じた。時間と空間を廣げて考へるととても慣用が確立してゐるとはいへない。つまり慣用の變更ではなく、慣用を確立することが必要になったのある。

これまで國外向けの場合に限って姓名の順序を變へることは難しくなかった。しかし、インターネットは國内、國外といふ垣根がない。だから内外で同じ名前の書き方ができないのは不便だ。但しコンマを用ゐるといふのはいただけない。

姓名にコンマを用ゐれば前後を入替へたといふ意味である。姓で竝べる場合、英米人であれば轉倒した表記になるから當然コンマを入れる。だから、その眞似をするといふのなら、これまでの慣用以上の英米追從であらう。折角の提言が新たな誤解のための慣用を生むことを恐れる。

以上はかつて教育新聞に書いたところであるが、地名辭典や人名辭典は姓で竝べる。山や湖はMt. とか Lake とかを外して引く。さういふ場合に外した部分、姓に先立つ部分は後ろに廻す。そのときにコンマを用ゐるのである。

姓名の姓を若林教授は family name と書いた。清水次郎長の場合、親分どうしが呼ぶときは「清水の」であらう。「次郎長」と呼ぶのは喧嘩のときだ。

姓は形容詞のやうなもので、それだけ婉曲になる。name は諱に當るのかも知れない。諱を直接呼ぶのは身内。英語では形容詞を後置する。WORLDWAR II と第二次大戰といふ呼び方にその違ひがある。身内でもないのに姓で呼ばず諱で呼ぶことはかつては今ほど行はれなかった。小學校の孫も姓では呼ばれてゐない。

或る人の論文の謝辭に名前がでたことがある。小樽商科大學人文研究第90輯(1995年8月)の拔刷。

Thanks go to Jim Brennan, Paul Buell Sam Chan, Tim Fehr, Matthew Hanley, Kaminishi Toshio, Pei Zheng, Shimomura Isao, and Graham Townzend for contributing to earlier versions of this paper.

名前の順番を見て欲しい。姓で、つまりほとんどは第二要素で竝べてあり、さうでないのは二名だけであること。Sam Chan は恐らく中國系の人であらうが順序を變へて第二要素で竝べてあるのは英國か米國の國籍の人なのではあるまいか。

最近また姓名の順序が新聞で取りざたされてゐるが、コンマについて同じ議論があるのであらためて書いた。なほ姓を大文字で區別する場合は、姓の位置が文化によって異なると主張してゐるわけだから順序を變へるのは變だ。

以上、姓名の順序について述べたが、姓名の順序の前にローマ字の方式の混亂を片づけるのが先ではないか。『日本語學習・生活ハンドブック』(文化廳文化部國語課編集平成21年1月15日發行)のローマ字方式を例に論じてみたい。

[ローマ字の方式]

この方式については擴張ヘボン式のローマ字比較表で特記したところだが、しかし、そんなところに氣づく人はめったにゐない。最近、ハンドブックの實物を入手したのでローマ字表のところを開いて表記に詳しい友人に見せたところ、まさかといふ。

それだけではなく、「確かにさう書いてあるけれど實際につかってゐるはずがない」といふ。いはゆる長音を aa/ii/uu/ee/oo とするといふのは、それほど意外なことなのだ。百聞は一見に如かず。あらためて實例を示す。

[實例]

(イ) Obaasan ga imasu(おばあさんが います)p.159

(ロ)reshiito(レシート)p.178、taiiku(體育)p.155

(ハ)Kyuuna byooki ya ookina kega no toki mo hyakujuukyuu ban nidenwa o shimasu.(きゅうな 病氣や 大きな けがの ときも 119番に 電話を します。)p.139

(ニ)keejiban(けいじ板)p.150

(ホ)Moo daijoobudesu.(もう だいじょうぶです)p.138

(ヘ)Hinambasho (避難場所)p.138、bumbetsu(分別)p.176、kombini (コンビニ)p.177 、tempura(天ぷら)p.180、nam'meesamadesu ka(何名樣ですか)p.180

(ト)sukecchibukku(スケッチブック)p.155

(チ)toohu (豆腐)p.179

(リ)tsuuhooshimasu(通報します)、yakedoshimashita(火傷しました)、shoototsushimashita(衝突しました)、tsuitotsusaremashita (追突されました)p.174

(ヌ)Arigatoogozaimashita(ありがとうございます)、Ohayoogozaimasu(おはようございます)p.143

[長音]

最初の五例はそれぞれ aa/ii/uu/ee/oo を含む。長音といふのは假名にはないものだから、假名と對應しないことが多い。(ハ)の「病氣」なら byouki としてもよささうなものだけれど、長音だとして byooki とし、(ニ)の掲示板、これも keijiban とせず keejiban とする。

ここに見て取れることは、文化廳國語課は今の假名でも表音式表記として完成してゐないと考へてゐることだ。

ところで oo と書いたとしたら、そもそもこれは長音であるのか。單音を二箇竝べただけではないか。單音を二箇ならべて濟むのなら長音といふ枠組は要らない。taiiku(體育)の ii は別々の漢字に屬するもので、言はば切れ目がある。朝河博士ならずとも tai-iku としたくなるだらう。つまり、この方式でも十分でない。

[撥音]

朝河博士の入來文書に冠岳の冠を kamuri としたところがある。kammuri のミスであると思ふけれど、m n は持續して發音可能なところだから、國土地理院式にkanmuri とするより實際にかなった表記だ。kanmuriと發音するのは苦しい。

かつての和英辭書はローマ字引きで撥音は n m とを調音によって書分けた。ローマ字引きが引きにくいと言はれて五十音順に切り替へが進んでゐたころ、せめて n m の使ひ分けをやめたらどうかといふ案が浮上した。

恐らく研究社の大和英の方式の變更も、さういふ事情があったのではないだらうか。今手元の第四版で見ると、撥音については「すべて "n" で表はし、ヘボン式のやうに b, m, p の前に m をおかない」とある。

つまり撥音を n だけで通すのはヘボン式ではないと宣言してゐるのだ。ところが日本で一番大きな辭書の方式だからか、米國國會圖書館が研究社方式となり、米國ではこれをヘボン式と稱する。文化廳國語課はこの米國式に併せたためか撥音は n で通す。

然るに(ヘ)の例は、つい間違ったためか、自分の發音を意識してのことなのか b, p, m の前では總て m としてゐるのだ。文化廳國語課の人は英語が達者なのだらうと思はれる。但し、何名樣を nammeisama とせず mm の間にアポストロフィを入れた理由は判らない。

[促音]

促音は子音字を重ねると規定。子音字とは何か、何故子音字を重ねることになるのか、さういふことについては考へなかったらしい。(ト)の sukecchibukku は變だ。アルファベットの文法が身についてゐない。ここで子音字といふべきは ch なのだ。

發音記號で書けば t で始まる音。後續の子音字を重ねるなら tch としなければならない。むかしの和英辭典には促音を重ねると注記した後に必ず但しとして ch の場合は t とするとの斷りがあった。

同じひそみにならへば、j の場合は d といふ規定が必要ではないかといふのが擴張ヘボン式に氣づいた最初である。

[ハ行音]

ハ行音を h で通さず、ウ段では f とするのがヘボン式の特徴の一つ。ハンドブックのローマ字表でもフは fu だ。ところが、日本語のフは英語の f のやうに labiodental (唇齒音)でなく、兩方の唇が接近して摩擦音となるものだ。

だからフを fu としても英語の音に近いといふだけで、英語音とは異なる。(チ)で豆腐を toohu と書いたのは英語音へのこだはりがあるからかもしれない。

[音便]

音便といふのはもっと一般的に ou oo とすることについて言ってもよいのであるが、(ヌ)の例がよく取り上げられる。元來は「ありがたく」や「はやく」のウ音便で「ありがたう」「はやう」となった、その發音でタがト、ヤがヨのやうに聞えるといふ一點でそれぞれ「ありがとう」、「はよう」と書くべきだとしたのであったが、實はそれで十分ではなかった。

ローマ字をみると「ありがとお」、「はよお」とすべきであったと考へてゐることがわかる。しかしそれは依然として短母音の併記に過ぎず母音連續について解釋規則なしに濟ますことはできない。そして解釋規則によるのであれば歴史的假名遣通りに arigatau ohayau とする方が簡單であったのだ。

[分ち書き]

分ち書きの方法が判らない。擴張ヘボン式では文節單位、但しあまり長くならないやうにする。綴りが長いと行末にかかったときに何處で切るかといふ問題が生ずるからだ。

このハンドブックの實例はテニヲハまで切り離す徹底さ。假名漢字の方とはその點で對應しない。日本語教育でもやりにくいに違ひない。ところが(リ)の例は皆長い。サ變の動詞は一語扱ひといふきまりがあるやうだ。組版が大變。

[をはりに]

卑見によれば、いはゆる長音は歐米人が日本語の母音連續を疊み込むための便法であったし、ハ行轉呼音やワ行音には母音連續を斷つ機能があった。その機能を見ずに假名字母を制限して母音連續を増やした上に、その母音連續で長音なるものを表現しようといふのは本末轉倒。

國民に教へるローマ字と外國人に教へるローマ字が異なってゐるのだから、役所にとってローマ字だけでも二つの仕事が生れたといふに過ぎない。いや國語教育と英語教育と外国人相手の場合の三通りあるのであった。國によって社名が異なるどころの状況ではない。ローマ字問題の拔本的檢討を訴へる次第。

--- END --

 

同氏の追記

上西俊雄 頂門の一針 2389号  11・10・1(土)「反響欄」

1)「姓名の順序とローマ字」(2011年9月30日號掲載)の原稿を投函した直後に平成22年度「國語に關する世論調査」の結果についてといふのを入手。表紙に文化廳とある。

長音のローマ字表記についてといふところがあった。二つの問がある。選擇肢はイロハを付して示す。またマクロンを冠した字母はアルファベット字母の後に=を置き、アクサンスィルコンフレックスを冠した字母はハットマークを置いて示す。

選擇肢の後の數字はパーセント。角括弧は前年度の數字。假名字母や字體を制限せず、送りがなを正して引用。

// ここから調査項目の一

人の名字の小野と大野をローマ字で書く場合、兩方とも Ono となって區別がなくなることがあるが、そのことについて:

(イ)區別が付かなくても構はない 14.7 [15.2]

(ロ)きちんと區別が付く方法を考へた方が良い 76.6 [70.8]

(ハ)どちらとも言へない 5.1 [7.0]

(ニ)分らない 3.6 [7.0]

// ここまで調査項目の一

文化廳は漢字や假名字母についてさへ内閣告示や學習指導要領を金科玉條とするところ。設問は馬鹿かと言ひたくなる。Ono と書く場合は小野に決まってゐる。内閣告示によれは、それ以外ではありえない。

Ono で小野か大野か區別が付かないとするのは公儀を畏れざる致方。内閣告示はおろかヘボン式にも訓令式にもない。この混亂が渡世の妨(さまたげ)になるのだ。

// ここから調査項目の二

オ列長音を含む地名の「神戸(こうべ)」と「大阪(おおさか)」をローマ字で表す場合、どの書き方が讀みやすいと思ふか:

(1)神戸(こうべ)

(イ)Ko=be 56.9 [40.1]

(ロ)Kobe 10.8 [14.2]

(ハ)Ko^be 8.0 [18.8]

(ニ)Koobe 1.5 [2.0]

(ホ)Koube 11.6 [9.6]

(ヘ)Kohbe 3.3 [2.3]

(ト)どれが讀みやすいとも言へない 2.4 [2.9]

(チ)分らない 5.4 [10.1]

(2)大阪(おおさか)

(イ)O=saka 53.0 [38.0]

(ロ)Osaka 19.6 [23.3]

(ハ)O^saka 8.4 [14.9]

(ニ)Oosaka 6.7 [7.3]

(ホ)Ohsaka 4.4 [3.5]

(ヘ)どれが讀みやすいとも言へない 2.1 [3.0]

(ト)分らない 5.7 [10.0]

// ここまで調査項目の二

長音と言ひながらオ段のことしか取上げてゐない。地名で言へば飯田も府中もあるのに、神戸大阪と限定する。方式を問題にしてゐるとの自覺がない。また、大阪や神戸には假名字母制限による表記を與へてゐるが、假名字母制限がここで問題にしてゐるローマ字を前提にしたものであるから、結局、堂々巡りになって正解はありえない。

このやうな設問であれば、選擇肢としては其の他といふのを設けて、ではどのやうな方法がよいと思ふかと問ふべきなのだと思ふのだけれど、それもない。もっとも、たとへば、そのときに擴張ヘボン式による歴史的假名の轉寫を示しても、體系として示さなければ説得力に缺ける。

面白いのは神戸と大阪で選擇肢の數が異なること。神戸には Koube といふ選擇肢があるが、大阪には Ousaka といふ選擇肢がない。オ列長音なるものについて oo こそあるべき形で ou は其の前の形だと考へてゐるわけだ。

だから既に oo といふ表記を得てゐる大阪について Ousaka の形を考へることなどあり得ないとした。しかし、オ列長音なるものがあって、神戸を koube とするということになれば、それは他に影響する。そうなれば須らく大阪も Ousaka とすべきだといふわけでは必ずしもないが、「丸の内」をどう書くかは問題となるのだ。

しかし選擇肢の數の違ひによって文化廳が自らがつくりだしたいびつな假名に縛られてゐることが解る。因みに擴張ヘボン式によって歴史的表記を轉寫すれば神戸は Ka`ube 大阪 は O`osaka となる。

逆アポストロフィは語中のハ行音。ア段でのみ兩唇半母音として實現されるが、語中であることによって前後を切り離さない印となる。テニヲハを分ち書きするのが苦しいのはそのためだと思ふ。なほ au autumn のそれのやうに發音すると規定。この規定は語中のハ行音の介在を妨げない。

「姓名の順序とローマ字」で擧げた謝辭の例、もう一人中國人らしい名前があった。次のやうに書くべきであった。

Thanks go to Jim Brennan, Paul Buell, Sam Chan, Tim Fehr, Matthew Hanley, Kaminishi Toshio, Pei Zheng, Shimomura Isao, and Graham Townzend for contributing to earlier versions of this paper.

名前の順番を見て欲しい。姓で、つまりほとんどは第二要素で竝べてあり、さうでないのは小生、その次の中國人らしい名前、それから假に漢字を當てれば下村功といふ日本人らしい名前の三名だけ。冒頭より三番めの名前も中國人のやうであるが、姓が後にしてあるのは歐米國籍の人なのであらう。

--- END --

同氏の付記

上西俊雄 頂門の一針 2390号  11・10・2(日)「反響欄」

神戸は Kaube であってハ行音は關係ない。錯覺。

友人とカラオケバーにいったとき、六甲颪をうたった人があった。歌詞をみてゐてハ行轉呼音のことに氣づいた。

// ここから

六甲颪に颯爽と rokka`uoroshini sassauto

蒼天翔ける日輪の sauten kakeru nichirinno

青春の覇氣麗しく seishunno haki uru`ashiku

輝く我が名ぞ阪神タイガース kagayaku waganazo hanshin taigahsu

オウ オウ オウオウ ou ou ouou

阪神タイガース フレ フレフレフレ hanshin taigahsu fure furefurefure

// ここまで

この聯想もあったかもしれない。なほ、擴張ヘボン式は長音なるものを認めないけれど、長音符は h で轉寫する。

--- END --


真道の冗文

述にある Sam Chan、Pei Zheng は当て推量だが前者は「陳」(広東語ならチャン、標準語ならチェン)、後者は Zh の綴りがあるので標準語ローマ字化発音(ピンイン、漢語ピン音方案に準拠)して居るように思える。

中国語で困るのは表音のローマ字(アルファベット)では該当する漢字を特定できない点である。同音同声が多いため中国語自身でも、例えば「李」、「里」、「俚」、「離」などは何れも li の三声であるから、三声で「リー」と発音してもどの字だか分からない。

そこで「李」姓の漢字を正しく伝えるのには「木字李」(mu4 zi4 li3 )と発音する。「木字部の李」、即ち「木偏の李」と云うわけである。現在の話であるが甲骨文字時代から木字李の話の記述が在ると云う。

氏名の「姓」という中国の概念と日本の「氏(ウジ)」と姓(カバネ)」の概念、更には、欧米の「 family name 」 の概念などについての差異についての知識は知らないが、何れも血縁関係の同じ又は近いことを示す点では共通して居る。なお、動物の学名の二名式の属名が「姓」で種名が「名」とは元来「係わりは全くない」にも拘わらず、血縁関係が近いと云う点では共通しているようだ。

で漢字圏の諸国で、例えば「林 書顔」(ピンイン: lin2 shu1 yan2 )の姓名を持つ人が英文の論文を書いたとき、Shuyan Lin と記載している。漢字で書いたときの「姓|名」の順ではなく、英語式に「名|姓」の順に列べ変えて居る。

但し、「私の知る限りの中国系のシンガポール人」は、英文でも漢字の場合同様「姓|名」の順で書く。例えば、許 国強(Hooi Kok-Kwang)、陳 新民(Tan sen min)、曹富仁(Cheng Foo-yan)・・・など、此れらは総て中国の南方方言音)など、それらの人達の多くは漢字の読み書きは出来ない(笑い)。私の知る彼等の日常語は多くが客家語ないし英語である。

大陸・台湾・香港・澳門(マカオ)などの中国系の人達は、英語名は「名|姓」順、「姓|名」順が混在しシンガポールのように統一していない。中国語では「姓」や「名」のローマ字の綴りが短く、 同じ綴りでも異なる漢字を意味する場合が多いので、厄介である。其の為クリスチャンでもないのに、他と区別し易いようにミドル・ネーム(middle name )にする人も居る。尤もクリスチャンでもミドル・ネームの無い人もあり、宗教と無関係な理由で附ける人もあるが・・・。

引用文献や参照文献(または参考文献)の記載方法では共著の場合、(姓名)の順が逆に書く場合が出て来る(下記の「論文の場合」の例を参照)。尤も此れらは典型例で学会誌などでは記載方法を独自に指示しているケースが多い。


(書籍の場合)

著者(編者ならed.をつける。複数の編者ならeds.),書名(和書の場合は書名の意訳を[ ]に入れてつける。手書きの場合、イタリックのかわりに下線をつける).発行所:発行社,発行年.

(例)

Yamada, Masahiro and Ehara, Yumiko,Gender no Syakaigaku(Third Edition) -Onna To Otoko No Siten Kara Miru 21Seiki Nihon Syakai- (Sociology of Gender-Japanese Society in the Light of Women and Men-).Tokyo:Housou Daigaku Kyouiku Sinkou Kai,2003

(論文の場合)

著者名『(姓名)の順で。二人目からは(名|姓)と旬は逆転する. "論文タイトル". 収録雑誌と巻.号、

(例)

Suzuki, Susumu, Kimie Ohshima and Leo Glessner Perkins. 2000. Karakuchi eigo vumoa [One-liners, putdawns & msults in English Humor], Tokyo. Maruzenn. p. 75, 152, 162.


所属していた国際機関(出版文書は総て英文)では技術論文や教科書の編集主任をして居たので、原稿作成マニュアルを作る必要があり、米国や英国の「科学論文の書き方」に類する書を良く読んだ。氏名について取り分け面倒な問題はモスリームの人達の名前である。例えば:

Tengku Dato' Ubaidillah bin Abdul Kadir 

旧約聖書ではないが、何処までを名前として採用するのか見当が付かない。Dato' は王位継承件を持つ特殊な地位名で嘗てマレーシアの水産局長だった彼の論文の著者名は Tengku Ubaidillah として居た。タイ国の軍人なども退役後には称号が名前の後に必ず附ける慣習がある。学術論文の著者名には称号などは附けないから名前だけを判別して取り出さなければならない。場合によっては面倒である。

なお、著者名は綴り一文字変わったり欠けたり、family name given name の順が逆だったりすると、別人と見做されてしまう。日本人の場合、結婚で姓が変わっても婚前の旧姓で記載しないと別の人物と認定される。

また、タイ国人で Arporna Sribbibhadh と云う綴りの人が居た。サンスクリットに由来する綴りの由。Arporna は アポン、Sribbibhadh は中々読み辛いがシュウビバ だ。ローマ字で Apon Sybiba と書くことも出来る。論文などに両者を混在させると別姓の二人と認識される。

日本人の場合、ヘボン式・拡張ヘボン式・訓令式など何れであろうと名前は初出の綴りで書かないと別の人物になってしまう。また、Taneko, Nakamura と云う人が「姓を大文字で表記して Taneko NAKAMURA と書けばこれまた別の人物になってしまう。

理屈や規則ではそうだが、國際動物命名規約では人名は例えば、Apis mellifera Linnaeus, 1758 セイヨウミツバチ)の Linnaeus のように人名は先頭が大文字、以下は小文字とする形が勧告されている。Taneko NAKAMURAが新種記載をすると仮定すると 自分の姓を Nakamura とするだろう。厄介な話だ。

また、表示名を複数もつ、例えば本名の外に作詞者の場合は違った姓名を使う人などである。中には中国の大陸・台湾から国父尊敬されている孫中山は、孫逸仙、孫コ新、孫帝象、高野長雄、孫載之、孫日新、中山樵・・・など、政治的な理由から十数個の別名を持つて居た人もある。引用文献の表示で同一人物か否か・・・などの問題とは次元が異なった問題である。

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Hepburn system

ヘボン式の限界と擴張ヘボン式

(頂門の一針 2394号 11・10・06(木)より転載)

転載


                               2011/10/07

上西 俊雄

 

[はじめに]

東京大學大學院入學式式典は英語だったとの報道があった。さあ大變だ。國語のことを嘆いてゐたけれど、まさか國語をあきらめるつもりなのではあるまい。それにしても英語でやっていけると思ってゐるのだ。ローマ字は一體どうするつもりだらう。「國語に關する世論調査」について書いた(2389號反響欄)やうに今や混沌。これでは英語でもやっていけるわけがない。擴張ヘボン式のことは御存知ないのだらう。紙面を借りて大方の批判を仰ぎたいと思ふ。なほ「國語に關する世論調査」については眞道重明さんのサイトの言葉の詮索(その3)の「姓名の順序とローマ字」を參照されたい。

擴張ヘボン式は英語のアルファベットについて考へてたどりついたもの。その後あらたに知ったことがある。ヘボン式と日本式との論爭が長かったのでヘボン式の限界といふと、日本式を主張するものと受取る向きもあるかもしれない。日本式若しくは訓令式は事實上敗退したと思ふ。

[ヘボン式と日本式]

ヘボン式も日本式も母音はイタリア語式で子音は英語式だと言ってよい。ただヘボン式の方が子音が英語式だといふ點で徹底してゐて、チを chi シを shi とするのに對して日本式はチは ti でシは si で構はないではないかとする。日本語音韻ではタ行やサ行のイ段に於て子音を書分けずともすむといふ論法でソシュールの音韻論を先取りしたと言はれる。

しかし、日本式の方法は s t の音價を單音レベルで規定できないものであり、國語だけを表記する場合が前提であった上に今やタ行のイ段にはティ、サ行のイ段にはスィといふ表記も表れる御時世、

國語表記の點でももはや假名字母制限などとさう牧歌的なことを言ってはゐられないのである。まして明治期のローマ字論者が考へたやうにローマ字は國語表記のためではなく、歐文、とくに英文中において地名人名をどう表記するかの問題になってしまったから日本式の主張の前提はなくなったといふべきだ。それでもチを ti とし、シを si と表記するなら、イ段に於ける tch のやうに、またイ段に於ける s は sh のやうに發音するといふ規定が必要にならう。

[ j の問題]

さてティやスィをどう表記するかはヘボン式なら解決可能だ。ティは ti でスィは si とすればよい。またディは di としドゥは du とすればよい。しかしヂとジはどう書分けるのかの方法がない。從來のヘボン式はヂとジは同一音だからと兩方とも ji と規定した。またヅズの書分けもない。文部省はヘボン式化への一里塚と考へたのか、ヂとヅの使用を禁止する方向を打ち出してしまった。つまり、ji は本來ザ行音だとしたわけだ。

j がザ行音でなくダ行音であることは judge のやうに j で始まる英單語を辭書で引いてその發音表記をみればすぐに解る。

英語の例を二つ擧げる。最初はベンヂャミン・フランクリンの Phonetic Alphabetの冒頭。名詞を大文字で始めるのはフランクリンの癖。jod とは j のこと。

In this Alphabet c is omitted as unnecesary, k supplying its hard Sound and s the soft.

The Jod j is also omitted, its Sound being supplied by the new Letter ish ζ, which serves other purposes, assisting in the formation of other Sounds; thus the ζ with a d before it gives the Sound of the Jod j and soft g, as in James, January, Giant, gentle, dζeems, dζanueri, dζyiant, dζentel; with a t before it, it gives the Sound of ch soft, as in cherry, chip, tζeri, tζip; and with an z before it the French sound of the Jod j, as in jamais, zζame.

ish と呼ぶのは、語頭の母音を取ってみれは sh と呼ぶといふことなのだが sh といふ二文字でなく一つの字母で書くべきだと言ってゐるわけで、それを假にζとすると、それに d を冠したものが James, January, Giant, gentle のやうな語の j 及び soft g の音を表はし、t を冠したものが cherry, chip のやうな語の soft ch の音を表はし、z を冠したものが jamais のやうな語の佛語風の j の音を表はすとしてゐて、英語音と佛語音との區別が嚴しいことが解る。

フランクリンの主張は解りにくい。sh といふ音を表はすために何故新たな字母が必要なのか。折角 j といふ字母があるのに sh といふ音を表はす字母の前に d を冠して二つの字母で表はすことにするのか。フランクリンは sh の表はしてゐる音は單音だけれど、j soft g の表はす音や ch の表はす音は單音だと看てゐないのかもしれない。これは January, gentle, cherry などの語の發音標記をみると納得できるところ。國際音聲記號でも sh の音は s を垂直方向に延ばした形の字母で表はされてゐるが jch の音はニ字で表はされてゐる。しかし佛語の j soft g の音は國際音聲記號では一字だから、この説明は苦しい。但し、この音は佛語のもの。英語のアルファベットには必要ないと看てゐた可能性はある。とまれ j の音が單音でなく d で始まるのだからダ行音であることに疑問の餘地はない。

次は『寶島』の作者スティーヴンソンが吉田松陰について書いた Yoshida Torajiro の冒頭の一節。

Yoshida-Torajiro was son to the hereditary military instructor of the house of Choshu. The name you are to pronounce with an equality of accent on the different syllables, almost as in French, the vowels as in Italian, but the consonants in the English manner - except the J, which has the French sound, or, as it has been cleverly proposed to write it, the sound of ZH.

スティーヴンソンは日本語ローマ字について、等時拍であり、母音は伊太利語風で子音は英語風であるとのべた後で j が例外的に佛語風だから zh とするのがうまい方法だとしてゐる。少し問題がある。 j の表はす日本語音が一般的に佛語風だとすれば j はダ行音だとは言へない。しかし、ここは寅次郎といふ名前の發音に關る。スティーヴンソンについて松陰について語った日本人はヂとジを發音しわけてゐたと看るべきだらう。

もう一つ、最近知ったばかりのことであるが、朝河貫一博士が『入來文書』(Yale 1929)の序文のなかで述べてゐるところを引く。便宜イタリックはブラケットで示し、Kyushuのマクロン付きの字母の使用は斷念。

Our system of writing follows the one that has long since been current in writing in English except in one respect: we have employed [zh] for the sonant for [sh], and [j] for that of [chi], instead of using [j] for both, as is generally done. The distinction is always important in the written Japanese; though in speech it is disregarded in the greater part of the contry, it is strictly observed in Kyushu. [Zh] should be pronounced like [z] and [s] in "azure," "usual," and "fusion"; [j] is the same as the English [j] and soft [g].

なほ、朝河博士はヅについては触れてゐない。dz との組合せだから敢えて触れるに及ばないとしたものと考へられる。

或る懇親會で岡崎久彦氏に擴張ヘボン式とは何だと訊かれて ji でジは變でせうと言ひもあへず、あ、佛語式ですねと言はれたのだった。

以上、j について見てきた。ji を專らジを表はす表記としたことでヘボン式は子音が英語的であるといへなくなったのである。j を單音と捉へるか複合音と捉へるか端倪すべからざるものがある。國語でイロハを教へてゐないことが問題だと繰り返し訴へてきたが、實は英語教育でアルファベットを正しく教へることもなされてゐないのだ。

[アクセント符のこと]

ところで明治期に於て漢字よりローマ字の方が斷然有利であったのは印刷。字母の數が決定的に違ふ。タイプライターの登場でもこの關係は變はらなかった。アクセント符は dead key といふので打つ。dead keyは通常のkeyと異なり、叩いたときにキャリッヂが動かない。アクセント符の後で、アクセント符を打つべき字母を叩くと、字母が印字されて始めて一字分進む。佛語に對應したタイプライターであればスィルコンフレックを打つのは難しくなかった。難しかったのは i に重ねること。アクセント符を重ねるためには點のない字母が必要であったが、佛語用タイプライターには必要のないものであった。いはゆる長音の表記に於て i に限って字母を重ねる例が見られるのはさういふ技術的制約のしからしむるところだと思はれる。

そしてパソコンが登場した。パソコンの母語は ASCII だ。アクセント符を冠した字母は ASCII にはない。アクセント符付きの字母の入力は桁違いに難しくなった。建設省や外務省がアクセント付き字母の使用をやめたのが何時のことなのか。大文字の場合にアクセントは付さないのがアルファベットの常道。道路標識のやうに大文字の場合はアクセントを外すことに抵抗感は薄かったかも知れない。

國土地理院菱山剛秀氏の論文「地名のローマ字表記」(國土地理院時報2005 No.108)には次のやうな記述がある。

// ここから引用。表記は好みに併せた。

(1)昭和61年、建設省令「道路標識、區畫及び道路標識に關する命令」の改定で道路標識のローマ字表記にヘボン式(長音記號なし)のつづりが採用された。

(2)昭和62年、運輸大臣達「鐵道掲示規定」の改定においても從來どほり、驛名等のローマ字表記にヘボン式(長音記號あり)のつづりが採用された。

(3)平成元年、日本語のローマ字表記の國際規格(ISO3602)で告示第一表のつづりが採用された。

(4)平成2年、日本工業規格(JISZ8301-1990)「規格票の樣式」のローマ字表記がヘボン式から告示第一表のつづりに變更された。

(5)平成11年、海圖等の地名のローマ字表記が告示第一表からヘボン式(長音記號なし)のつづりに變更された。

(6)平成16年に民間及び地方公共團體等が作成してゐる地圖について調査したところ、ほとんどがヘボン式のローマ字表記であった。

// ここまで引用

ヘボン式でなく「ヘボン式のつづり」と愼重な言ひ廻しになってゐることに感心するが、とにかく目まぐるしいものがある。

旅劵のローマ字も、ヘボン式ではなくて、ヘボン式のつづりと言ひたいところだけれど、いはゆる長音についてオ段に限ってであるが、h を認めてゐるのでヘボン式のつづりですらない。今、ヘボン式と言ってよいのは東京大學教養學部英語部會/教育開發機構2009の「日本語のローマ字表記の推獎形式」だけかもしれない。

擴張ヘボン式はヘボン式ではない。しかし、つづりそのものはほとんどがヘボン式のものと共通だ。それで表は割愛して示す。

[擴張ヘボン式]

擴張ヘボン式は假名をラテンアルファベットに轉寫する方式であり母音は大陸的、子音は英語的であり、ヂは ji ジは zhi ヅは dzu ズは zu となる。

假名は五十音圖と呼ばれる五段十行よりなる表に配列されてゐる。各行は、その行の父音、すなはち、その行にあるすべての音節に共通の子音群の代表たる音で呼ばれる。

しかし、第一行、第六行及び最終行にはそのやうなものがない。第一行は母音の行。第六行及び最終行には眠ってゐる或は僭在的な子音しかなく、ア段でのみ兩唇半母音として實現活性化されるに過ぎず、その他の場合は第六行において呼氣として活性化されるが、それも語頭に限られるのである。

最終行すなはちワ行で w が發音されるのは外來語の轉寫の場合であるが、その場合はウに小書きの母音の假名を添へて書く。これは w を重ねて示す。

第六行すなはちハ行の子音は逆アポストロフィで示す。しかし、語頭の場合は h 但しウ段では f で示す。語中にあるときは僭在的なものが音節を切っていふときは發現される。從って頬(ho`o)はホオと言はれたりホホと言はれたりする。母(hoha)は例外で語中のハ行音を持たない。八幡(ya`ata)はヤワタと發音されたりヤハタと言はれたりする。

擴張ヘボン式の範圍を超えることであるが、語中の h が統合されて合成語(複合語より結合の度合が強い)になると b になるといふこと、更にまた、結合部が促音であれば p になるといふことを指摘しておくことも無駄ではないであらう。秋葉原 (aki`abara) は [akihabara] と發音されたり、[akiwabara] と發音されたりするが、しかも w が聽き取れないほどに弱い。また [akibahara] と言はれたりもする。ひょっとしたら [akibappara] といふ人もあるかもしれない。

促音は語末で t とし、語中では父音とする。從って j の場合は d であり、ch の場合は t だ。但しハ行の場合はウ段のときは f としてかまはないが、その他の場合、父音は閉鎖を示すのに適當でない。促音のあとにハ行音が現れるのはそれが軟口蓋音のときであるので調音點を等しくする閉鎖音 の k をあてる。

促音は鼻音の直前に現れることはないとされるが、「かごっま辯」、「好っな女子」のやうに九州では珍しい現象ではない。その場合は n と調音點を等しくする閉鎖音は t であり、m の場合は p であることを覺えておくとよい。

撥音は n とするが、兩唇音すなはち p b m の前では m とする。なほ w も兩唇音であるが、w の場合は連聲の場合(m 音が生成される場合)に限ってm とする。

擴張ヘボン式は長音なるものを認めないが延引記號の棒は h で轉寫する。

促音や撥音或は延引記號の h に母音半母音が後續するときはアポストロフィで切る。連聲(結合部で前の語の末尾音が延長されること)がwを介して現れる場合がある。例:勤王 (kinwau). しかし w がない場合はプラスを用ゐる。例:觀音 (kwan+on)。三冠王は複合語なので連聲はないが紛らはしければ sankwan-wau のやうにハイフンで切ってもよい。

歴史的假名遣を轉寫した場合の母音聯續に對する注: eu の音價は Europe eu のやうに發音する。なほ直前の齒莖音(t s のこと)を口蓋音化(拗音のやうにするといふこと)する。au の音價は autumn au のやうに發音する。この規則は語中のハ行音があっても適應される。

「手薄」「里海」「丸の内」など、音便の母音聯續と紛らはしい場合はハイフンを用ゐて te-ususato-umimaruno-uchi のやうにしなければならない。なほ ou について特に斷ってないのは、この音便だけが戰後にも持ち越されて來てゐるからである。

--- END ---

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

kmnsCho'On

擴張ヘボン式(翻字式ローマ字)

からみた長音問題

 

 

(頂門の一針 2416号  11・10・28(金)より)

転載


                               2011/11/02

上西 俊雄

 

孫とたまに行く調布驛近くの中華料理屋の名前は唐菜。tausai と讀んだら tansai だと訂正された。以下、ローマ字は擴張ヘボン式で歴史的假名遣を轉寫したもの。au は autumn の au であり、eu は Europe の eu である。語中のハ行音(逆アポストロフィ)の介在を妨げない。

改定になった常用漢字字表で貼といふ字が追加。音は teu (チョウ)とあって用例は貼付。テンプとも讀むと注記がある。採點する場合はどうするのだらう。どちらでも正しいとするのか、テンプでも少しだけ正しいとするのか。貼付の讀み方を教へる場合はどうするのか。

唐も貼も歴史的假名遣でみればンとウとの違ひでしかない。唐菜はtansai だと言はねばならないとすれば、王さんは wau-san でなく wan-san といふべきだといふことになる。

(w はア段でのみ發音されるが、wau では au が autumn の au であるのでア段ではない。)なほ、中國語を現地音で讀むべきだとすることの問題については1873號(22.4.6)「現地音カタカナ表記は勘辨してくれ」で書いた。

さて、常用漢字表では唐はトウ、貼はチョウだ。これがちょっと判りにくい。現代假名遣には長音なるものがあって、次のやうに規定してある。

ア段の長音。ア段の假名に「あ」を添える。

イ段の長音。イ段の假名に「い」を添える。

ウ段の長音。ウ段の假名に「う」を添える。

エ段の長音。エ段の假名に「え」を添える。

オ段の長音。オ段の假名に「う」を添える。

内閣告示では段でなく列となってゐるが、五十音圖でいへば横の列、すなはち段だから、訂正して書いた。ア段の假名にアを添えるといふことが五回繰り返してあるが、段の名前と、添えるべき假名とは原則同じ。異なるのは最後のオ段のみ。

擴張ヘボン式は長音なるものを認めない。假名の轉寫といふことでは、それでよいのであるが、國語に長音のやうに響くものがあることも事實である。

昭和61年の内閣告示で長音を含むとしてあげられた語を假名字母制限をせずにつまり歴史的假名遣で、また適宜漢字を用ゐて示せば次の通り。

お母さん、おばあさん

にいさん、おぢいさん

お寒うございます、空氣、夫婦、うれしう存じます、胡瓜、墨汁、注文

ねえさん、ええ

お父さん、燈臺、若人、鸚鵡、買はう、遊ばう、お早やう、扇、抛る、塔、よいでせう、發表、今日、蝶々

擴張ヘボン式で轉寫してみると、同じ母音字が竝ぶ場合と、さうでない場合がある。同じ母音字が竝ぶのは、

お母さん(okaasan)、おばあさん(obaasan)

にいさん(niisan)、おぢいさん(ojiisan)

お寒うございます(osamuugozaimasu)、空氣(kuuki)、夫婦(fuufu)、注文(chuumon)

ねえさん(neesan)、ええ(ee)

さうでないのは、

うれしう存じます(ureshiuzonzhimasu)、胡瓜(kiuri)、墨汁(bokuzhi`u)

お父さん(otousan)、燈臺(toudai)、若人(wakaudo)、鸚鵡(aumu)、買はう(ka`au)、遊ばう(asobau)、お早やう(ohayau)、扇(a`ugi)、抛る(ha`uru)、塔(ta`u)、よいでせう(yoideseu)、發表(happeu)、今日(ke`u)、蝶々(te`ute`u)

同じ母音字が竝ぶ場合、たとへば應答の語の「ええ」の場合は、長音のやうに感ずるだらうか。私は「え」を二回いふといふ感じがする。少なくとも、とくに長音といふ枠組みを設けずとも、母音の繰り返しといふことで濟むやうに思ふ。

しかし、異なる母音字が竝んでゐる場合は同じ母音の繰り返しのやうには感じられず、渾然一體となった二拍分持續する音のやうに感じられるのだ。

これは、異なる母音が互いに影響しあふ結果なので、廣い意味では音便とでもいふべき現象。音聲學者なら同化といふのではあるまいか。

語中のハ行音を無視してみれば、同化の例は iu, ou, au, eu の四通り。iu は前進的、ou は遡及的、au と eu は相互的同化といふことにならう。iu, eu の場合は入り渡り音を生じる。

文部省式假名遣で異なる表記になったものを抽出すれば

(ureshiuzonzhimasu)、胡瓜(kiuri)、墨汁(bokuzhiうれしう存じます`u)

若人(wakaudo)、鸚鵡(aumu)、買はう(ka`au)、遊ばう(asobau)、お早やう(ohayau)、扇(a`ugi)、抛る(ha`uru)、塔(ta`u)、よいでせう(yoideseu)、發表(happeu)、今日(ke`u)、蝶々(te`ute`u)で、前進的もしくは相互的同化の場合だけだ。オ段の長音は遡及的同化。

前進的もしくは相互的同化のやうには目につかなかった。結果、オ段だけが異なる扱ひを受けることになった。文部省式に改めてみても同化についての説明の必要は殘ってゐたのだ。

なほ、内閣告示には特定の語については表記の慣習を尊重するといふ條項があり、そこではオ段の假名に「お」を添えて書く語が擧げてある。本來なら「う」を添えてとしたいところを「お」で我慢したといふつもりなのだらう。擧げてある例を同じやうにできるだけ漢字をつかひ、もとの假名遣で示す。括弧内は歴史的假名遣の轉寫。

狼(o`okami)、仰せ(o`ose)、公(o`oyake)、氷(ko`ori)、郡(ko`ori)、蟋蟀(ko`orogi)、頬(ho`o)、朴(ho`o)、酸漿(ho`odzuki)、炎(hono`o)、十(to`o)憤る(ikido`oru)、覆う(o`ou)、凍る(ko`oru)、爲果せる(shio`oseru)、通る(to`oru)、滯る(todoko`oru)、催す(moyo`osu)愛しい(ito`oshii)、多い(o`oi)、大きい(o`okii)、遠い(to`oi)、概ね(o`omune)、凡そ(o`oyoso)

例を擧げたあとに解説して曰く「これらは歴史的假名遣でオ段の假名に「ほ」又は「を」が續くものであって、オ段の長音として發音されるか、オ・オ、コ・オのやうに發音されるかにかかはらず、オ段の假名に「お」を添えて書くものである。

「オ・オ、コ・オのやうに發音される」とは長音ではなく、切れ目があるといふことだ。切れ目があらうとなからうと同じやうに書くといふのは隨分亂暴なはなしではある。なほ、「歴史的假名遣でオ段の假名に「ほ」又は「を」が續くもの」とあるがオ段の假名にヲが續くものは見つからなかった。

長音を音便とする考へは露伴の「おうもり」にある。大森を oumori とするなら音便だけれど、o`omori と書くなら、同じ母音の繰り返しだと云ひたい。

長音はローマ字で出現する。Andrew Horvat が

When my friend Junichi gave me his e-mail address, I was in for a shock. His name was spelled ``jyunichi.''

と純一のメールアドレスの綴りを例に

Japanese companies whose Internet addresses are spelled according to no known system will lose business. Such losses may already have cost Japanese companies trillions of yen.

と朝日のアエラに書いたのは平成12年7月のことで j のことが問題であった。Horvat は純一郎に幾通りの綴りがあると考へたのだらうか。「包括的な日本人名異表記データベース」といふサイト

http://www.cjk.org/cjk/samples/jnamevarj.htm

では純一郎の綴りは169通りある。zhといふつづりを考へれば 338 通りにもなる。

我が國の地名人名をローマ字で書かねばならぬ場合ははるかに増えてゐるはずだ。そして長音の問題がある。擴張ヘボン式は翻字式だから長音なるものがない。

その擴張ヘボン式が維基百科の平文式羅馬字の項の參考文獻にあがってゐた。長音について舌足らずであったと思ひ補足のつもりで書いた。なほ執筆者の姓名の間にコンマがあるのは維基百科の間違ひ。訂正してもらひたいものだ。

--- END ---

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KeuikuKMNS

教育勅語と歴史的假名遣の

擴張ヘボン式による轉寫

 

転載

[頂門の一針 2424号  11・11・05(土)より]

                        2011/11/05

上西 俊雄

 

本稿は次の三部よりなる。[イ] 教育勅語とその轉寫。[ロ] なぜ教育勅語か。[ハ] なぜ擴張ヘボン式によるのか。

[イ]

教育ニ關スル敕語
keuikuni kwansuru chokugo

朕惟フニ我カ皇祖皇宗
chin omo'uni waga kwauso kwausou

國ヲ肇ムルコト宏遠ニ
kuniwo hazhimuru koto kwauwenni

徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ
tokuwo tatsurukoto shinkounari

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ
waga shimmin yoku chuuni yoku kauni

億兆心ヲ一ニシテ
okuteu kokorowo itsuni shite

世世厥ノ美ヲ濟セルハ
yoyo sonobiwo naseru`a

此レ我ガ國軆ノ精華ニシテ
kore waga kokutaino seikwanishite

教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
keuikuno engen mata zhitsuni kokoni sonsu

爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ
nanji shimmin fuboni kauni keiteini iuni
夫婦相和シ朋友相信シ

fuufu aiwashi houiu aishinzhi
恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ
kyouken onorewo jishi hakuai shuuni oyoboshi

學ヲ修メ業ヲ習ヒ
gakuwo wosame ge`uwo nara`i

以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ
motte chinouwo keihatsushi tokukiwo zhauzhushi

進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ
susunde kouekiwo hirome seimuwo hiraki

常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ
tsuneni kokukenwo omonzhi kokuhauni shitaga`i

一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ
ittan kwanki`u areba giyuu kouni houzhi

以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
motte tenzhau mukyuuno kwauunwo fuyokusubeshi

是ノ如キハ
kakuno gotoki`a

獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラズ
hitori chinga chuuryauno shimmintaru nomi narazu

又以テ爾祖先ノ遺風ヲ
mata motte nanji sosenno wifuuwo

顯彰スルニ足ラン
kenshausuruni taran

斯ノ道ハ
konomichi`a

實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ
zhitsuni waga kwauso kwausouno wikunni shite

子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所
shison shimminno tomoni zhunshu subeki tokoro

之ヲ古今ニ通シテ謬ラス
korewo kokonni tuuzhite ayamarazu

之ヲ中外ニ施シテ悖ラス
korewo chuugaini hodokoshite motorazu

朕爾臣民ト倶ニ擧擧服膺シテ
chin nanji shimminto tomoni kenken fukuyoushite

咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
mina sono tokuwo itsuni senkotowo ko`inega`u

明治二十三年十月三十日
meiji nizhi`usannen zhi`ugwatsu sanzhi`unichi

御名御璽
gyomei gyozhi

[ロ]

平成二十三年十月三十日靖國會館偕行の間で開かれた教育敕語恢弘の集ひ、詔敕研究家佐藤雉鳴氏の講演があった。

氏はブルーノ・ビッテル法王使節代理「自然の法に基づいて考へると、いかなる國家も、その國家のために死んだ人びとに對して、敬意をはらふ權利と義務があるといへる。(中略)はっきりいって、靖國神社の燒却、廢止は米軍の占領政策と相容れない犯罪行爲である。靖國神社が國家神道の中樞で、誤った國家主義の根源であるといふなら、拜すべきは國家神道といふ制度であり、靖國神社ではない」を引いて靖國神社が燒却を免れたが結果として國家神道の聖典である教育敕語が排除となった事情を「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」といふ句の存在から説明する。

中外とは國の内外すなはち世界だと解釋された。しかし文獻からしてまた文脈からして朝野と解すべきだと主張。言はれてみれば、畏れ多くも上御一人が話者であらせられる。文獻がなくともまづはさう考へるべきことではあった。但し、國の内外と解する向きが早くからあったことも事實。

戰後の國語政策をGHQの所爲とする人が多いなかで淵源は戰前にあったと主張して孤軍を託ってきたものとしては教育敕語を排除するに至ったことが必ずしもGHQの一方的な解釋の押し附けといふのでないといふ説に惹かれるものがあった。

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテといふところ、子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所といふところ、朕爾臣民ト倶ニ擧擧服膺シテといふところ、いづれも上御一人といふことから明快になる。ある學者から「倶ニ」の意味が初めて判ったといふ書が雉鳴子にあったといふのはこのことではないかと思ふ。

ネットで教育敕語の原文は簡單に手に入る。しかし振假名は文部省式のものしか目につかなかった。文部省方式では音便による眞の長音と同じ音の繰り返しとの區別がない。響きを正しく傳へるためにもと擴張ヘボン式で歴史的假名遣を示した。精神が素晴らしいからと内容だけをいふことにも十分意味はあるだらうが、中外の解釋の如き、訓讀訓詁の重要性を再認識して、敕語そのものの大切なることをあらためて思った次第。

ローマ字との對應のため適宜改行した。「頂門の一針」2416(23.10.28)の長音論を參照されたい。(眞道重明さんのサイトの言葉の詮索(その3)

http://home.att.ne.jp/grape/shindo/kotoba5.htm#kotoba3

で公開。)

[ハ]

付記

以上の部分をPDFにして送った年かさの友人、「小生は國民學校で教育敕語を校長が讀むのを聽くのが苦手でした。今の學校には無い講堂に全生徒が集合させられ、壇上で校長が教育敕語を開いて、兩手に持って讀み上げるのです。生徒は只管俯いて謹聽するのですが、このことが何とも嫌なことでした。

最後の“ぎょめいぎょじ”を聽いて、ほっとしたものです。さう言へば、昔の學校には“奉安殿”があり、その中に教育敕語が“奉安”されてゐて、式の前に校長が奉安殿から取り出し、恭しく奉じながら講堂へ入ってきたのです。」とメールがあった。

戰後教育の第一期生。奉安殿は殘ってゐて御眞影のことは聞いてゐたが教育敕語を聽いたことはなかった。以下なぜ擴張ヘボン式で轉寫したかについて一筆する。

このところ何回か假名遣のことを論じるのに擴張ヘボン式を援用した。世間でヘボン式と呼ぶものとの違ひの第一は四假名を書き分けること。ヂジを ji zhi と書き分け、ヅズを dzu tsu と書き分ける。これが戰前すでに朝河貫一博士の入來文書で用ゐられてゐたことは震災後に知った。博士も翻字といふことを標榜されてゐるが長音なるものを認める點で徹底してゐない。

假名表記からすれば長音なるものは音便。一字一音といふことにこだはると音便はわからなくなる。

戰後の表記改革は明治以來の漢字を廢し、表音的表記つまり假名やローマ字による表記を目指した運動の流れに棹差すものであったが、その根底には表記は二次的で音韻こそ基本であり、音韻は變化するものだとの考へがある。そして大學を出たほどの人であれば表記の混亂を當然とみるのだ。戰後の表記改革はかくして永久革命のごときものとなった。

現代假名遣は僭稱だから、制限假名字母表記と呼ぶことにしてゐるが、音便といふことからするとローマ字の方式も變なことになる。住まひする町は調布。ローマ字表記では chofu だ。歴史的假名遣の轉寫なら teufu となる。もし調布といふ姓の人があって、旅劵の表記を teufu だと申請すればどうなるか。旅劵のローマ字はヘボン式だといふことになってゐて、俊雄を toshiwo とするのは面倒だ。wo がヘボン式にないからだといふのだ。しかし teufu にはパスポートセンターのローマ字表にかなったものしかないから何の問題もなく認められるのだ。

現代假名遣とよばれる決まりに二通りある。ひとつは此の漢字表記に「い」を送ったもの、もう一つは現代だけを漢字で表記し殘りは假名で表記したもの。二つとも文部省の、つまり表音主義者がつくったはずだ。音を專一とする主義の人がつくったにしては文字面で重要な區別をするといふのも妙なものだが、要するに昭和21年のものと昭和61年のものの二つがある。

昭和21年の方にあって昭和61年の方にないものに「「クヮ・カ」「グヮ・ガ」および「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」をいひ分けてゐる地方に限り、これを書き分けてもさしつかへない。」といふ規定がある。要するに幼兒のやうに書いてあれば發音しなければならず、發音しないのなら書いてはならないとしてゐるわけだ。鹿兒島の先輩などはクヮ(合拗音)といふ發音をする人がまだ健在だ。方言ごとに書き分けろといふのだらうか。英語の發音辭典をみると方言によって一つの語がいくつにも書き分けてあるのに驚くことだらう。方法論が間違ってゐるのだ。

だから「この假名遣は、「ホオ・ホホ(頬)」「テキカク・テッカク(的確)」のやうな發音にゆれのある語について、その發音をどちらかに決めようとするものではない。」などと馬鹿のやうなことを書いてゐる。音便といふことを考へれば正確に書いておけばよいので、テキカクをテッカクと讀みたければさう讀めばよいだけのこと。

2394號(23.10.6)「ヘボン式の限界と擴張ヘボン式」でハ行ワ行について通常の説明と違ふ説明をした。通常であればハ行音は語中でア行と同じ音になったと説明するところを、語中で發音されないことが本來でア段でのみ兩唇半母音として實現され、語頭で呼氣を伴ふとしたのだ。この方が例外が少なく、記述が簡單。もとから發音されなかったと捉へることが音韻史的にどうなのかはわからない。しかし變化して發音されなくなったからア行假名に書き分けるべきだとする説が正しいとも言へないのではあるまいか。

擴張ヘボン式はハ行子音ワ行子音を區切り符號(ハ行子音の場合、接合の符號といふべきかもしれない。擴張ヘボン式ではここで分ち書きすることを認めない)とみる。ハ行子音は逆アポストロフィで表し、語頭で呼気を伴ふ場合を h もしくは f (ウ段)とする。以上、歴史的假名遣を擴張ヘボン式で轉寫すると讀みやすくなる理由を述べた。

----END----

 

このページの目次に戻る  ホームに戻る

ご感想やご意見はこちらへ