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言葉の詮索

(その3)

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目 次

言葉の諸問題 kmns氏の「頂門の一針」に書いたエッセイ集)
時代劇の言葉 (大衆娯楽時代劇の言葉の時代考証)
上西俊雄氏の言葉に就いての意見集(1) (日本語に関する色々な興味ある話)
上西俊雄氏の言葉についての意見集 (2) (日本語に関する色々な興味ある話)
悪五郎と横道比丘尼 (方言の消滅化と共通語化の現象)
言葉の諸問題 (2) kmns氏の「頂門の一針」に書いたエッセイ集 2)
拡張ヘボン式とは kmns氏による翻字式ローマ字の發見
An Extended Hepburn System (in English) (上記kmns氏の英文)
メルマガ「頂門の一針」に書いたこと(四) (kmns氏の「頂門の一針」に書いたエッセイ集)
漢文訓読と現代中国語会話 (私の愚論)
メルマガ「頂門の一針」に書いたこと(五・六)kmns氏の「頂門の一針」に書いたエッセイ集)
支那共和国 (中国で云う支那とは?中国での自国の国名の呼称)
パンダの名前 (康康・蘭蘭のように同じ字を重ねる理由)
燕窩菜・魚翅・海参 (メニューと政治、ニクソンと田中角栄)
いろは(表音文字)と漢字  (kmns氏のエッセイ)転載
これが日本語か? (カタカナ語の氾濫)
姓名の順序とローマ字 (kmns氏のエッセイと姓名に関連して)
ヘボン式の限界と擴張ヘボン式 (kmns氏のエッセイ)転載
擴張ヘボン式(翻字式ローマ字)からみた長音問題  kmns氏のエッセイ)転載
教育勅語と歴史的假名遣の擴張ヘボン式による轉寫 kmns氏のエッセイ)転載
角を矯めて牛を殺した戰後の表記改革  kmns氏のエッセイ)転載

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KMNS10PDF

上西俊雄氏の国語問題

とその他のエッセイ集

{寄稿}

(2009年12月)

上西 俊雄 

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Kmns (上西俊雄)氏は大手出版社で辞書の編纂に携わってきた言語問題のプロであり、「拡張ヘボン式ローマ字」の提唱者であり、國語問題協議會評議員、英語教育や言葉の問題で活躍されている。メールで知り合って以来、言葉に興味と好奇心を持つ素人の私は何時も色々と教えを受けている。

今回「頂門の一針」(メルマガ)に投稿された同氏の数多くのエッセイや論説を整理され、PDF ファイルの形で頂いたので此処に記載した。

PDFファイルは此処をクリック

なお、今迄に同氏から寄稿され此のホームページに記載したものは末尾にある該当項目をクリックすると其処に飛ぶので興味のある方は一読されたい。


 

懐かしい唄(その1)【拡張ヘボン式ローマ字併記】

懐かしい唄(その2)【拡張ヘボン式ローマ字併記】

「濫獲か?乱獲か?」 (PDF で読みたい人)

「濫獲か?乱獲か?」 (html で読みたい人)

 

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JIDAIGEKI-2

時代劇の言葉の考証

「水戸黄門」、「暴れん坊将軍」、「遠山の金さん」などは勿論のこと、NHKの大河ドラマなどでも劇中で使われている言葉は、武士や町人を問わずその時代の言葉だろうか?
嘗て「
気に掛かる時代劇のシーン」と題して駄文を書いたが、劇中の言葉については気になりつつも触れなかった。これについて美浦福助(筆名)さんから下記のメールを頂いた。これを契機に従来気になって居た此の言葉の問題を考え考えたくなって、此の愚文を弄した。

(2010/02/14)

真道 重明 

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福助さんからのメール

 頃の時代劇を見ていると、違和感があり、年毎にそれが強くなるようです。 真道さんの云わんとしている所が、よく理解できます。色々と例を挙げて おられますが、小生が特に感じるのは言葉遣いです。  明治38年に、ご存知、大槻義彦氏が「日本方言の分布区域」という文を 発表しており、その中に次のような記述があるそうです。

 この「です」という言葉は、もともと芸人の使う卑しい言葉とせられて、 江戸では侍は勿論のこと、町人でも使わなかった。維新後、お国侍が新橋 あたりで芸者などの言葉を聞いて使いはじめたところから、ついには一般に 用いられるようになってしまった。かような軽薄な言葉はやめさせたいと 思っているが、そういう拙者までか、つい巻き込まれて、気が付かずに使う ようになってしまった。

 時代劇では、時代考証をそれなりにやっている(?)とは思いますが、かなり いい加減であることはご指摘のとおりです。しかし、この言葉遣いとなると まったくの出鱈目も極まったと思います。いっそ、英語でも使わせたら・・・ と思います。  "こんなことはどうでも良いじゃないか。重箱の隅をほじるようなことを 云うな"という意見もあるでしょう。しかし、このような歪曲が、当時の人達 の感情、精神にまで及んでいるようで、見るに耐えないものが多いようです。 某公共放送でも、この傾向が多々見受けられ、慨嘆に耐えません。現在の 感情、精神で当時をえがくのは、先人を侮辱するものだと思います。

(完)


国時代や江戸時代の日本語はどの様に発音されていたのか?安土桃山時代の庶民の生活語のはつおんがどの様なものだったかを論ずるに際して、良くポルトガルの宣教師の書いた日本語辞書を挙げて論ぜられている処を見ると、「下手の横好きで言葉に興味を持つ素人」の私などは表意文字である漢字を多用する所為なのか?、残されている文章が殆ど「文章語」であって当時の人達の使っていた「日常口語」とその発音がよく分からないのか?・・・と疑問になってしまう。

福助さんの云う「です」ですが、旧陸軍の軍隊用語では「デアリマス」だった。明らかに陸軍創設に大きく関与した長州方言が取り入れられたものと私は思っている。・・・と云うのは下関の職場に山口方言の人が多く、それらは更に細分すると「萩弁」、「石見(いわみ)弁」など色々在るそうだが、彼等の会話は陸軍用語を彷彿とさせる感じだったことを記憶しているからである。

「です」は「・・・で御座います」、「・・・で御座る」、「・・・で御座りまする」、「・・・でありんす」(花魁の使った「郭[くるわ]言葉)など日本語には武士言葉・町人言葉により様々であり、身分や上下関係などが分かる反面、局面に応じて使い分けるので複雑である。

明治維新以後、文章を書くのに「です・ます調」と「である調」があるが、この問題と上述の件がどう関連しているのか、全く別の次元の問題か?素人の私には分からない。また現実の会話ではイントネーション(発声の抑揚、中国語の四声にも近似した音声の上げ下げ)がある。例えは「はい」と言う場合、中国語の第2声のように尻上がりに発音すると「何ですか?」と云った問い合わせの意味になり、中国語の第4声のように尻下がりに発声すると「その通り、諾」の意味となる。

小説の中で「あら、そうなの」と書かれていたら「そうなの」が尻上がりの発声の場合の「本当かしら?」の時か、尻下がりの場合の「そうなんだ!」と会得した時かは分からない。文字だけではこれは表現でき無い。録音技術の無かった時代の会話言葉は中々難しい問題のように思う。

江戸の下町言葉、いわゆる江戸弁は歌舞伎などで「啖呵を切る」場合に見掛ける歯切れの良い言葉とばかり思っていたが、私が上京して下宿した深川の老人などが話す典型的な下町言葉は、実に「モサモサした粘りを感じるような言葉」だったので驚いたことを覚えている。耳障りが悪いのではなく、江戸の下町言葉は「つくずく一種の方言だ」と思った。此れらのことは舞台や映画などの中の「台詞」の言葉と直接に関連している。


代劇の台詞は観客や視聴者があって成立して居るから、観客や視聴者に理解されないと困る。ドラマのスタッフに「方言指導者」として名前が出るが、もしも全部の会話を方言で通したら、鹿児島弁や津軽弁などはとても他地方の人には分からないだろう。観客や視聴者に理解できる範囲で、主としてイントネーションを指導しているようだ。

例えば「有りがとう」を関東では語頭の「あり」を高くして句全体を次第に低く発声するか、若しくは句全体を平たく発声するが、関西では末尾の「とう」は中国語の第4声(去声)のように高から急速に低く下げる。文字に書けば同じでも、このイントネーションの違い一発で関東弁か関西弁かが明瞭に分かる。

尤も、これは現代語に就いてである。江戸時代や戦国時代がどうなっていたかは知らない。方言研究の専門家でも日常会話の発声がどの様だったかの解明は容易ではないらしい。時代劇の中の台詞の発声は恐らく分からないから、三浦福助さんの言うように、「考証は放置されて無茶苦茶」のようだ。

面白いのは落語である。特に江戸落語では「田舎言葉」と「江戸言葉」の使い分けがある。この「田舎言葉は関東一円の「だんべえ言葉」を集成したもので、栃木訛りでもなければ茨城訛りでもない。「関東地方の田舎言葉の模擬標準」である。娯楽時代劇では現場が長崎であるのに、この「田舎言葉」と「江戸言葉」で話しが進む。九州出身で長崎に20数年間居た私には「ツイ吹き出したくなる」が、慣れると話の内容の進行に連れて違和感が薄れて来る。

話は逸れるが、ラジオやテレビの普及で、各地方の方言が消滅しつつあるのは残念だ。驚いたのは沖縄の「ヤマトグチ」で那覇や糸満の言葉は私が戦前や戦後未だ日本復帰前に訪問した頃とは大幅に変化し、方言を喋れない人達が多い。NHK連続ドラマの「ちゅらさん」を見てつくずくこの思いを深くした。

今一つ関心があるのは、その時代の唄のメロデーや踊りの「振り付けと云うのか、身のこなし」である。江戸時代後期以降は現在と繋がって居るから考証は容易だろうが、戦国時代やそれ以前の場合、考証可能な資料はあるのだろうか?

歌詞は万葉時代から文字に記録されて居るが、一般庶民が盆踊りなどで歌う場合のメロデーや踊りの所作は殆ど分からないのでは無かろうか?伝承さてれて来たのは宮中や寺社の「雅楽」や寺社の「巫女神楽(みこかぐら)」だけでは無かろうか?雅楽の「越天楽=越殿楽」が庶民に拡がり、「越天楽今様」となり、更に「黒田節」に伝承されていることは良く知られているが、実際の経緯がどうなっていたか?は多いに疑問のようである。

静御前が頼朝の前で「静や静、静のおだまき(糸巻きのこと)繰り返し・・・」と唄って踊ったと云うが、写真も録音機もない時代だ。実際がどの様なものであったか?は分からない。歌舞伎の祖と云われる「出雲の阿国」(没年は1613年(慶長18)以後)の唄や踊りですらハッキリしないようだ。

この辺で駄弁を一先ず止めることにする。

 

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kmns_opinion

「教育新聞」「月刊國語教育」に書いたこと

[上西俊雄氏の言葉についての意見集(1)]

 

                                                    2010/05/22

上西俊雄

mokuji1

目 次


はじめに
敬語について
カタカナ語の問題
何よりも國語を重視すべきだ
英語ヒアリングテストの導入は愼重に
伊呂波歌と五十音圖の兩方を
五十音圖を知らない大學生
バーナードショーの批判
音引きとカタカナ語の配列
IT革命はイットかくめい
横文字の語をどこで切るか
「思ひやる八重の汐々」と四假名
ローマ字表記での姓名の順序
マクロンと曲折アクセント
ローマ字百二十年
ミッズルカラッス
御名御璽
イイイ、イが三つ
ハーロー
坊主が屏風に
いちにさんよん
タイガーのト
一期一會
ローマ字問題の拔本的解決を
この文書について...


 

 

 

 

 

 

hajimeni

はじめに

ヘボン式の缺陷を是正するつもりのローマ字表を書いたのは平成十二年の夏であった。發表先をさがしてゐて出逢った『教育新聞』の望月さんからローマ字は無理だけれど何か書かないかと言はれて書いたのが敬語のこと。

翌年、連載をと勸められて書いたのが十二本。これは教育新聞社のサイトで公開になった。

ローマ字表の方は「擴張ヘボン式の提唱」といふ題で『日本語學』平成十五年一月號に掲載になり、それからローマ字相談室といふサイトで公開になった。

それが縁で社團法人日本ローマ字會『ローマ字世界』に書いたりしたが、平成十八年が明治十八年の羅馬字會の設立から百二十年といふことを聞いて、どこかでローマ字問題を取上げないかと當ってみた一つ、『月刊國語教育』の青木陽子さんが、何か書けといふ。この時から歴史的假名遣で書いた。

最後の「ローマ字教育の再檢討を」といふのは教育新聞の望月さんに頼んで書かせてもらったもの。

今回、一つのファイルにまとめるにあたり、表記は好みに從った。可能な限り正字體。假名遣は歴史的假名遣と言ひたいけれど、拗促音は入力したときの小書きのまま。誤記は修正した。考への變ったところもあるが、附記するにとどめた。

                                          平成二十二年五月記

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keigoni

敬語について

國語審議會の中間答申が出た。敬語を敬意表現一般ととらへることになるやうである。敬語のことで、最近目についたものに全國戰沒者追悼式での天皇のお言葉がある。たとへば次の表現。

百萬餘の戰沒者の方々に思ひを馳せ、ここにその御冥福を心からお祈り申し上げます。 この「申し上げます」は誰と誰との關係に關るのであらうか。天皇の場合は絶對敬語なる考へ方があるので、その立場からすれば、それだけでこの表現はをかしいことになる。問題を明らかにするために、發話者が天皇でなく、他の公人、たとへば衆議院議長だとしたらどうか。やはり違和感が殘る。

「御冥福を心からお祈り申し上げます」と挨拶するのは、遺族に對してである。では「お祈り申します」と丁寧にすればよいのか。丁寧とは聞き手に對する態度である。したがって祈るといふ心的行爲について聞き手に報告する言表といふことに變はりはない。天皇の「祈る」といふ言表は「祈る」行爲そのものである。神主や僧侶が祝詞やお經をあげるのに比すべきではあるまいか。「祈る」で響きが輕ければ、「まをす」と謙讓するほかないところを、無理に現代語譯した結果なのかもしれない。

ことがらをわけて論理的にとらへること、これが敬語を教へる意味ではないかと思ふ。昨今、世の師表たる人々がときをり變な發言をする。脱走者をだした施設の責任者、所屬議員が起訴された政黨の責任者、どちらもおほむね「國民の信頼を失はせ、申し譯ありません」といふ表現を用ゐた。信頼する、しないは國民の自由で、そのことについて詫びてもらふ關係にはない。ここは「殘念です」といふところ。他者との關係を曖昧にしてしまふのは日本語の文法機能としての敬語をおろそかにしてきたむくひだといへば牽強附會に過ぎるであらうか。スーパーのレジで「何圓からお預かりします」といふのも、他者との關係を自らに引き受けてお釣りの方に視點を移したためであらう。こういふ曖昧さを許すのが日本語であるとは思ひたくない。

太田行藏といふ先生から「し」と「たる」といふことを聞いたことがある。今手元で確認できないが、たとへば、仲麻呂の:−

あまの原ふりさけ見ればかすがなる三笠の山にいでし月かも

を「三笠の山に昇ったあの月がここでも見える」と解釋するなら「いでたる月」と詠んだ場合と違はないのではないかといふことであったと思ふ。「今、唐の明州で歸國に際して送別の宴を開いて貰ってゐるが、昔、日本を出るときに春日で開いて貰った宴でも三笠山に月が出てゐたのだったな」といふ意味に至るには、この歌にまつはる諸々のことを知らなければなるまいが、「し」が回想の助動詞であるといふことから、解釋の違ひが導かれることに文法の力を知った氣がしたものである。

敬意表現一般を目指すことは素晴らしいことには違ひない。しかし一方はしつけの問題である。しつけは「ことばを飾るな」と教へるのではあるまいか。國語教育は本質的に知的教育であり、敬語は論理的思考を訓練する格好の文法領域である。後者はマニュアル化できようが、前者は難しい。二兎を追って國語教育そのものがおろそかになることにならないことを祈るものである。

                                 (『教育新聞』平成十二年十月十九日)

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katakanago

カタカナ語の問題

文部科學省がカタカナ語の氾濫に對して手だてを講じるとのこと。意味不明のカタカナ語に出くはさない日はないくらゐであるから大いに期待したい。實はこれまで文部省が手をこまねてゐたわけではない。いろいろと指針を出してきた。しかし指針が曖昧であったり、整合性がなかったりしたことがカタカナ語の増加を助長してきたと思はれるふしがある。

たとへば平成三年九月發行の文化廳編『公用文の書き表し方の基準資料集増補版』には外來語の表記について「長音は、原則として長音符號「ー」を用ゐて書く」として次のように注してゐる。(.英語の語末の -er, or,-ar などに當たるものは、原則としてア列の長音とし長音符號「ー」を用ゐて書き表す。ただし、慣用に應じて「ー」を省くことができる。

これがさっぱりわからない。「長音は、原則として長音符號を用ゐて書く」といふのは日本語表記の問題であらう。つまりコンピュウタアと書かずにコンピューターと書けといふことではないか。長音を發音しないのであればどう書くかは問題にならない。コンピュタといふ人はさう書けばよいのである。

ところが注記を讀むと長音の問題ではなく綴りの轉寫法の問題であるらしい。「らしい」といふのは綴りの轉寫法とするには網羅的でないからである。また「慣用に應じて省くことができる」とはどういふことか。「長音符を省いて書くことが慣用として確立してゐる語については慣用を尊重してもよい」といふ意味なのかどうか。指針なら「尊重する」とはっきり書いてほしい。「省くことができる」とあたかも新規な表記を許容するかのやうな表現は慣用といふ口實による恣意的表記をまねきやすい。

實際ここに上げられてゐるコンピューターは原則ならこの通りであるし慣用もこの通りであった。長音符を省くのはむしろ一字でも節約したいといふ業界の方針であらう。このことは平成十年四月發行の「言葉に關する問答集 外來語編 二).」の説明でも明らかである。つまり曖昧な指針の結果、コンピューターとコンピュータと二つの形が竝び行はれるやうになりカタカナ語の語數は一擧に増えたのである。日本化學會のやうに一つの原語に對して一つの日本語が對應するやうに心掛けてもらひたい。

もう一つ音譯か字譯かといふこと。『學術用語集化學編(増訂二版)』(昭和六十一年)には假名書きの方法としては、原語の發音とは關係なく、原語のつづり字が機械的に假名書きに移されるやうな「字譯」の方法を採る。從來の化合物命名方でも、假名書きの原則は同じであったが、從來は假名書きの方法を「音譯」と表現してゐたため、原語の發音を假名書きにするといふ意味に解釋されやすく、誤解を生じてゐたので、今後は「字譯」といふ表現を採る。giji と「字譯」といふことを明記してゐる。實際、「音譯」であればロナルドとロナウドのやうなことも起りうる。轉寫法としては「字譯」といふことを考へるべきであらう。ただし「字譯」といってもそれぞれの原語の綴りの文法といふものがあるので warm をワーム、 worm をウォームとするのは困る。 warm がウォームで worm がワームである位は踏まへてほしい。

さて外來語を轉寫するとき假名が足りないときはどうするか。ポルトガル人が日本語をラテンアルファベットに轉寫したとき、ジを ji とし、ヂを gi とした。ポルトガル語で ji gi は同じ音を表す。しかし書き分けが徹底してゐるのでジとヂを違ふ音であったはずだと橋本進吉は述べてゐる。同音のアルファベットを使ひ分けて原音の違ひを轉寫したわけである。

現在の日本語で四つ假名 ジヂズヅ の音は中和したとされる。日本語の轉寫法としてのローマ字は「音譯」を方針としてゐたため、この書き分けを認めてゐない。このことと外國語のラテンアルファベットを假名に轉寫するときの問題は別である。しかしどこかで混同が生じ、外來語の表記にヂヅは用ゐないことになってゐる。そのため同音異義のカタカナ語が不必要に増えた。外來語の轉寫のためにティやディなど五十音圖にない假名表記を許容しながら、本來の五十音圖にあった假名を制限するのは本末轉倒である。せめて室町時代のポルトガル人の智惠に學んでほしい。

                                 (『教育新聞』平成十四年九月二日)

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naniyorimokokugo

何よりも國語を重視すべきだ

人類には、DNAに蓄積された情報のほかに、外部記憶裝置に蓄積された膨大な情報がある。その利用法を次世代に傳へること、教育とはさういふことかもしれない。さう考へると教育が本質的に傳統につながることであり、保守的なものであることが納得できる。

今回の教育基本法改正素案は、新たに盛り込むべき理念の第一に日本人のアイデンティティーをあげ、注記して「傳統、文化の尊重、國や郷土を愛する心」をいふとある。當然であらう。しかしこれでは曖昧である。傳統とは何よりも國語ではないか。傳統をいふのにカタカナを持ち出すやうではお里が知れる。

その國語が近ごろ變ってきてゐるやうに思はれてならない。フランス翰林院の設立がフランス語の諄化のためであることはよく知られてゐる。我が國においても敕撰和歌集にみるやうに言葉の手本を示すことは國家的事業であった。しかるに戰後の國語行政に見るかぎり國語といふ傳統を破壞する急先鋒はむしろ文部省で、傳統につながることより效率を優先した。

わかりやすい例に漢字制限による同音の書換へがある。高嶺の花を高根の花と書くわけである。新聞協會用語懇談會ではこれを見直すこととしたやうであるが、申し合はせをやめればよいのである。高根の花は宛字だと思ふのが當たり前で、宛字を強制したのがをかしいのである。國際化時代の今日、中國人に新字體や宛字は通じなからうと二重に案内版を出す驛もでてきた。したがって效率からいっても必ずしも有效であったわけではない。

しかし國語が變ってきたと感じるのは補助用言や待遇表現あるいは和語漢語の使ひ分けなどの微妙な點にある。司會者が政府高官や公黨要人にたいして「どう思ひますか」と質問する。すると「さきほど申しましたやうに」と答へる人はまれで、よく聽いてゐないと相手について言ってゐるのか發言者當人について言ってゐるのかわからない場合が増えた。司會者の殊更に補助用言をはずした質問は不自然で、日本語にヤスリを掛けてゐるやうなもの。聞き手の感性が鈍磨しないはずがない。語彙のウチとソトとの使ひ分けがなくなってきてゐる。昔なら「燒け死んだのは大家」といへば知ってゐるものどうし、報道するなら「家主」である。和語と漢語の使ひ分けもあいまいになった。限定詞なしで夫とか妻といへば、話者の夫であり話者の妻と決まってゐたがこれがさうでもなくなってゐる。

また熟語の一部を假名書きするいはゆる交ぜ書きのために漢字連續なら音讀み、假名との組合はせであれば訓讀みといふ原則がくずれた。「語彙」を「語い」と書けば「かたらひ」と讀みたくなるではないか。かういふことは文字は音を映すものとする西歐の言語學の斟酌するところではない。戰後の文部省は西歐言語學の立場で音も訓も讀み一つにくくってしまった。交ぜ書きは語感を損なふ。つまり日本人のアイデンティティーを損なふのである。情報革命のときにあたって傳統をいふ意味は大きい。傳統は國語であり、そして情報も言葉の問題である。是非戰後の國語行政の見直しから始めて貰いたい。

                            (『教育新聞』平成十四年十一月二十八日)

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eigohearing

英語ヒアリングテストの導入は愼重に

センター試驗に英語ヒアリングテストの導入が檢討されてゐるといふ。

ヒアリングテストとなると音響效果の等質な試驗場を全國的にどう確保するかといふハード面の問題がある。相當程度の技能があれば、スピーカーの音が割れようが問題ないかもしれないが、センター試驗とは技能を見るためのものではあるまい。技能が問題であれば、イギリス英語で訓練された學生にとってアメリカ英語でのテストはとても公正とは言へないであらう。

英語教育についてはさまざまな施策がなされ續けてゐる。バブル期に黒字減らしのために始まったとされるALTはまだ廢止になってゐないから、多少は效果があるとされてゐるのであらう。技能教育なら、英語話者であればイギリス人だらうとアメリカ人だらうとあるいはカナダ人だらうとオーストラリア人だらうとおかまひなしといふのは變ではあるまいか。ヒアリングテスト導入となればALT採用方法まで見直すのであらうか。

ヒアリングテストといっても聽覺だけが試されるわけではなく、結局は英語の理解力が
試されるのである。理解力なら讀解力にも共通する。我國では四技能といふときヒアリン
グとスピーキングを一組とするが、腦中の作用に即していへば片や入力であり、片や出力
である。技能訓練の場においてはヒアリングとスピーキングがペアとなるのは仕方がない
かもしれないが、知的訓練の場ではヒアリングはむしろリーディングと共通しよう。

しかし我國では音聲言語としての英語と文字言語としての英語は別ものとする風潮が強い。英語辭書における發音記號の跳梁やカナ表記の跋扈に見られるごとく我國ではアルファベットが表音文字であるといふことは等閑視されてきた。もちろんアルファベットは發音記號ほど嚴密ではない。しかしその嚴密でないのが英語なのである。

文字言語では news 一つのものが音聲言語では方言によりニューズとヌーズに分かれ、 nude ニュードとヌードに分かれる。ニューズかヌーズあるいはニュードかヌードかで單語を認識する方法をwhole-word method。この方法では發音を單位から組み立ててゐない。音聲言語としての英語教育が技能訓練に墮しがちな所以である。 news をニューズと發音し、 nude をヌードと發音して、音の單位を混同する人は少なくない。ニューもヌーもいわば同じ音素であって、その實現形式が異なるだけだと いふ風になって初めて方言の差異が吸收されるのである。

言語は二重分節をすると言はれる。文は單語より成り、單語はさらに音素より成るといふわけである。文字言語に即して言へば單語はアルファベットより成る。このアルファベットを讀み書きできれば文字言語としての英語への第一關門は通過したことになる。このときアルファベットの書き方の上手下手といふ技能は問題にはならない。音聲面でも第一關門をしっかり通過させることが必要なのである。それがないままのヒアリングテストは本末轉倒ではないだらうか。

                                   (『教育新聞』平成十五年二月六日)

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irohauta

伊呂波歌と五十音圖の兩方を

 

只のことを字をカナに開いてロハと言ふのはご存知の方も多いであらう。海軍ではそのロハをアルファベットに置き換へてBCと稱したよし。ハ長調のハが英語でCであること。これは音階のABCにイロハを當てたもので、西歐のABCは我國ではイロハであった。辭書もかつてはイロハ順であった。『大日本人名辭書』を五十音順にするのに田口卯吉は難色を示したといふ。我々には五十音順に何の違和感もない。しかし錢湯の下足札はやはりイロハがいいし、「三點アイウを頂點とする三角形」は變に感じる。

これは慣れもあるかもしれないが、思ふに五十音圖は二次元であって線状にならんだものでないこと。にも關らず辭書の場合に違和感がないのは、網羅的であるからであらう。イロハ順で末尾の方だとまるまる唱へてみなくてはならない。五十音ならアカサタナハマヤラワで行を特定できる。さういふわけで五つ六つの數であればイロハ順、辭書のやうに網羅的なものはアイウエオ順といふことだったと思はれる。なお今の若者はアイウエオ順と言はず、アイウ順と言ふさうである。もう五十音といふことすら消えかけてゐる。

伊呂波歌といふのを何時覺えたのか記憶にないが、大抵の子供が字も書けないうちに「イロハニホヘト」と一音づつ切って唱へることができた。「色は匂へど散りぬるを」といふ唱へ方があるのを知ったのは學校に上がってからだったと思ふ。今樣といふことは知らなかったが、ハをワ、ホをオ、ヘをエと、ハ行をワ行やア行(實はワ行一つでいい)に讀むのが少し不思議で、少し大人になった氣がしたものである。

字母を網羅したものとして伊呂波歌のやうに覺えやすいものはない。またその音韻構造を示すものとして五十音圖は見事である。この二つ、小學校でまっ先に教へるべきものではないだらうか。

今の教科書は「かなの表」のヰヱの箇所にイエを入れてゐる。字母表は同じ文字は一回切りでなければをかしい。これでは五十音順といふものが成り立つはずがない。

戰後の國語行政は表音主義を掲げてヰヱヲを不要とした。助詞のヲはやがて復活したが、一バイトカナでヲが一番最初に位置するのは後から追加したためであらう。今でも銀行のATMではヲを入力することができないし圖書館のタッチパネルの入力ではヰヱは無理である。表音主義は效率を標榜したが、ヰがなければ鴎外の書名一つ入力できない。二字を入れ換へて五十音圖といふ體系をわかりにくくする方が效率が惡からう。音の點からは一見役に立たない文字があるといふこと、それだけでも國語の授業は面白くなるのではなからうか。

戰後の國語改革について、日本語をローマ字化しようとの占領軍の案に對して、部分的に表音化をすすめて、實は日本語の表記の體系を守ることを目指した、いはば面從腹背のものであったといふ説がある。論爭の熱氣をかすかに覺えてゐる者としては面從腹背であったとは思はないが、さう思はれるくらゐにいいかげんなものであった。表音派の領袖ともいふべき人の國語辭書も方式を改めた。教科書だけが孤壘を守ることはない。

                              (『教育新聞』平成十五年三月十日)

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50onzu

五十音圖を知らない大學生

數年前、ある大學の先生から、新入生に五十音圖を書かせてみるが、滿足にできる者がゐないといふ話を聞いて、にはかに信じることができなかった。五十音圖を知らなければ、辭書一つ引くこともできないし、ローマ字を身につけることもできない。

『小學校學習指導要領』には指導すべき事項の一つとして第四學年においては、日常使はれてゐる簡單な單語について、ローマ字で表記されたものを讀み、また、ローマ字で書くこと。とあるから、一應、ローマ字は教へるつもりであるやうだ。しかし、ここで讀むといふことは音にするといふことのはずだから、よく考へてみればとても不思議な文である。といふのはローマ字で表記されたものが讀めるといふことは、書かれた單語が簡單であるかどうかとは全く無關係なはずだからである。アラビア數字が讀めるといふとき、十一は十二より簡單であるとか、二十までは讀めてそれ以上はだめなどといふのが馬鹿馬鹿しいのと同じである。

不得要領な『指導要領』に平成十一年五月の『解説國語編』は次のやうに補足してゐる。最近では、ローマ字表示が添へられた案内板などが多くなり、ローマ字は兒童の生活に身近なものになってゐる。「日常使はれてゐる簡單な單語」とは、地名や人名などの固有名詞を含めた、兒童が日
常目にする程度の簡單な單語のことであり、これらについて、ローマ字で讀み書きができるやうにすることをねらひとしてゐる。

しかしこれこそ蛇足といふべきで、「ローマ字表示が添へられた案内板」なら日本語の方を讀めばいいのであるが、地名や人名などの固有名詞を含むローマ字書きで日常目にするやうなものはとても「簡單」とはいへない。まさか、日常目にする綴りの一つ一つを取り上げ、その綴りごとに讀み方を教へろといふわけではあるまい。もしさうなら、これは我國の英語の教へ方と一緒になる。

今日我國で氾濫するラテンアルファベットは日本語表記としての狹義のローマ字ばかりではなく、ローマ字として讀むことのできない略語もあれば、英語その他の外國語もある。しかもローマ字たるや方式が一樣でない。したがってローマ字を知ってゐることがそのまま役に立つわけではない。

指導要領が不得要領であるのは、ローマ字方式の問題に觸れまいとする及び腰からきてゐると思はれる。世間で行はれてゐるのは壓倒的にヘボン式であるが、文部科學大臣公示といふ公式文書では訓令式でなければならぬといふしばりもあるのかもしれない。

ローマ字はラテンアルファベットといふ表記體系を日本語に適應したもの。五十音圖をラテンアルファベットといふ單音文字で書くことによって、音節文字で書いてゐたときと違ふ構造が見えてくる。ローマ字を學ぶといふことは、日本語の音韻を深く理解することであり、同時に外國語を學ぶ場合の基礎を固めることでもある。アルファベットを表記體系として見ることを怠ってきたこと。我國の英語教育がうまくいかないのも、まさにここに起因する。ローマ字教育を眞に實效有らしめるべく、關係者の眞摯な取組みを願ふものである。

                               (『教育新聞』平成十五年五月十五日)

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Bernard Shaw

バーナードショーの批判

バーナードショーが英語の綴りの不合理をならして ghoti でフィッシュだといったといふ話がある。本當かどうかはあやしい。かつて「英語の振り假名」といふ文を雜誌に發表したときにこの話を冒頭に引いたところCODの編者サイクス博士より「當大學出版局でも調べてゐるのだが、典據が判らぬ。ご存知なら教へられたし」と手紙をもらって困ったことがある。

それはともかく、enoughgh、womenonationti だから ghotifish だといふのはいかにもショーがいひさうな話ではある。ショーは英語の綴りの批判者であり、新しい表記法の開發者に遺言で賞金をだしたりもしてゐる。ペンギン文庫にその賞金獲得者の表記でショーの「アンドロクレスとライオン」を通常の英文と對照して載せたものがあるが、他にどの程度つかはれたものであらうか。英語の綴りが不合理であるとする考へが皮相的であったと見るべきであらう。表音主義者は文字と音との間に一對一の關係が成り立つのがもっとも合理的とするが、例へば i が開音節で linelinear アイであり、閉音節でイであるのは、英語の音韻のしからむしるところ。これを不合理として別々な文字をあてれば との關係はたたれてしまふ。結局英語の慣用は一見不合理な表記體系を用ゐつづけたわけである。このあたり、我國でアリガタウをアリガトウと變へたことが思ひ合はされる。我國の英語教育がうまくいかないのは、英語が、アリガトウ式に綴りを變へてゐない、その不合理さに我慢できず、發音記號や假名の代用品ばかりを教へて綴りをしっかり教へないからなのである。

とにかく英語はショーの批判する綴りを保っ ghotionation たまま世界言語への道をすすんでゐる。ショー tifishenoughgh の賞金で出版されたペンギン文庫も、あまり知る人はゐないのではないか。筆者も三省堂の役員であった笹生亨二氏宅で初めて見た。

ハングルは意識的に工夫された文字でありながら實用に耐へた珍しい表音文字體系である。先般、JRの驛頭で簡體字による案内板がでてゐることを取り上げたが、ハングルも併記されてゐる。案内板や道路標識の類は大きな文字であることが大事で、複數の言語で書くとどうしても、文字を小さくしなければならない。いろいろ見たわけではないが、朝鮮語で案内してゐるといふのでなく、地名や通りの名をハングルに轉寫してゐるといった趣である。さういふことならローマ字表記をしっかりやればいいだけのことである。日本語の案内だけで不足するのはイスラム圈や西洋の人より韓國の人が先といふことはないだらう。韓國でも漢字教育が復活してきてゐる。もちろん康煕字典體である。だから國際都市の驛頭や空港の案内は正字にすればよい。韓國、中國、臺灣の人にも通じるし、ハングルや簡體字がないだけ大きな文字で表示できる。一石三鳥であらう。

先般、大學受驗資格認定のことで、朝鮮人學校を後廻しにして物議を釀した。あれは公平でなかった。寡キヲ患ヘズ均カラザルヲ患フといふ。爲政者は公平を第一にすべきであらう。JRは爲政者とはいへないが、ハングルを特別扱ひするのは、ひょっとしてそのやうな不公平さ意識の裏返しなのかもしれない。

                              (『教育新聞』平成十五年六月十二日)

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onbikitokatakana

音引きとカタカナ語の配列

昭和四十年代であったと思ふが『暮らしの手帳』で國語辭書の月旦をやったことがあった。たしか、もっとも評價が高かったのは研究社の『國語新辭典』といふローマ字引きのものであった。學生時代に愛用した辭書であったので覺えてゐるのであるが、編者に國語學の山岸徳平、英文學の福原麟太郎を擁し、和英辭典を兼ねたためか意味分類が細かく、ときどき注記のある一風變った辭書であった。例へば「しりとり」といふ項目の注記には、「梅に鶯ホーホケキョ、京都の名物京人形、行儀のよい子は利口な子、子供の好きな布袋さん、算術讀み書きみな上手、ずんずん積もる屋根の雪、行きも歸りも汽車の旅、足袋に絹天コール天、天神樣は牛と梅」といふ、口調のよい、しかしそれにしても長い例が擧げてあった。いま記憶に從って書いたので表記は異なってゐるかもしれないが、長くても頭に戻るところまで出さなければ意味がないといふ編集者の思ひの傳はる辭書で、凡例も、「見れば判るやうなつくり方」といふ文言のある一頁に足りないものであった。

他に旺文社から出たローマ字引きを使ったこともあった。和英辭典もその當時はほとんどローマ字引きであり、その場合、方式はヘボン式と決まってゐた。しかし小學校で教はったヘボン式通りに撥音を兩唇閉鎖音の前で m としてゐたのは、研究社の『國語新辭典』だけであったと思ふ。

ローマ字引きのよさは、長音の表記について迷はなくてよいことで、假名であれば氷は「こほり、こをり、こうり」と三通りの可能性がある。但し清濁の違ひがあれば大變。杜撰が zuzan で出ていても zusan だと思ふ人は決して引き當てることができない。ムツカシ(mutsukashi)とムヅカシ(muzukashi)は離れすぎる。しかし今では假名も「ムズカシ」なので離れるやうになった。かういふ場合は二度引くより仕方がない。

長音の問題は棒引き假名遣ひがなくなり、カタカナの音引きだけの問題になったので、假名も音引き無視で配列してあれば、ローマ字引きの場合と同樣、迷ふ必要はない。百科辭典や、地名人名辭典の類は音引き無視で配列する。しかし國語辭典は傳統的に音引きを長音の表記法の一つとみて、その讀みをア行の假名にあてて配列する。つまり國語辭典はデーターベースをデエタアベエス、百科辭典はデタベスとみるのである。

音引き無視であればデーターベースでもデータベースでも同じ位置になるので、立項されていさへすれば、どちらの形であっても見落とすことはない。しかし、國語辭典方式であれば、位置が同じになるとは限らない。そこで利用者に音引き無視の方式と同等の利便性を與へようとすれば、音引きの有無に應じたそれぞれの形を立項しなければならない。それでは項目が増えてやっかいである。音引き無視ならデータ(ー)ベースとする方法もあるが、それが採れないので、音引きについて何か基準を設けて一つに決めつけてしまふ。

お役所の基準が變ると、モーターボートの類が、ある版から突然モータボートになったりするのはこのやうな事情による。安易に規範的な國語辭書が多すぎはしないだらうか。慣用すなわち傳統重視の規範性を期待したい。

(『教育新聞』平成十五年七月十四日)

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ITkakumei

IT革命はイットかくめい

森首相がIT革命をイット革命といったといふので話題になったことがある。アイティー革命といふべきだといふのだらうが、どちらでも大した違ひはない。

イットといへば、「あれ」といふわけで、戰前はそのものずばりの映畫の題名から女性の性的魅力を意味した。『女性自身』といふ雜誌があったが、あれなどもイットといふ發想であったのではないかと思はれる。

イットでなくアイティーだといふのは information technology の略語だからといふのであらう。しかし、たとへば學習指導要領で情報技術について讀んでみても何かが明瞭になるわけでなく、つまるところイットと呼ぶのが一番ふさわしいやうにさへ思はれる。

ITは略語である。略語のことを英語では abbreviation といふが、もう一つ acronym といふいいかたがある。acro は先端、nym は名前。acronym は頭の文字からできた語といふ意味で頭字語と譯される。たとへば UFOunidentified flying object つまり未確認飛行物體の頭字語である。頭字語といふのは一つの單語のやうに發音するのが本來なので UFO はユーフォーと發音する。しかしユーエフオウと發音して間違ひといふことはない。さういふ風に一字一字發音し分ける略語はliteration といふ。

日本語の表記は漢字假名交じり文で縱書きが原則である。アルファベットやアラビア數字なども用ゐられる場合が増えてきた。そのため横組の文書も多く見られるやうになったが、字間に比して十分な行間をとらないと讀みにくい。逆に、縱書きの和文だからとアルファベットやアラビア數字のいはゆる横文字を縱に竝べると間延びして讀めたものではない。アルファベットの表音性といふことも横に詰まってゐてこそのものなので、和文中であってもアルファベットは横でなければならない。二酸化炭素といふところを分子式で CO2 と書けば、やはりこれも横に組むより仕方がない。さうでないと下附きの2の行き場がない。

縱にばらしてかまはないのは literation の場合だけではないだらうか。實は本稿では英數字には一バイトの英數字を用ゐて、literation のときだけ全角英數字を用ゐてゐる。さうすると自動的に縱横が切替はることが多いからである。IT革命が縱組であれば森首相も間違へることはなかったであらう。

literation について、一字一字發音し分ける略語と書いたが、この表現自體、正確でない。表音文字としてのアルファベットは單音文字であって、連續してしか音節をなさない。一字一字發音し分けるとは、文字の音價でなく、字母の名前を唱へてゐるのである。母音字は音價をそのまま名前とするのが原則であるが、子音はeを加へる。持續して發音できる音であればeは前に附き、さうでなければ後に附く。閉音節の e はエで、開音節の e はイーである。 の名前がティーである理由である。の名前はイーであったが、 の名前がエーからイーに變化したのにあはせ、衝突するのを避けてアイに變じた。

横文字の組み方を論じたついでにローマ字の字母の唱へ方について觸れた。halcat.com といふサイトのローマ字資料室にある筆者のローマ字論を參照してゐただければ幸ひである。

(『教育新聞』平成十五年八月十一日)

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yokomojinogo

横文字の語をどこで切るか

先般、和文中の横文字について、「一字一字、字母の名を唱へるやうな略語の場合は別として、原則は横に組むべきである」といふ趣旨のことを書いたが、さうすると分綴の問題が出てくることに氣がついた。

分綴とは勝れて横文字の問題である。横文字の場合、單語單位で竝べていけば行に長短が生じる。長短を整へるために語間の空白を調整し、或いは單語を二つに分ける。このことを justification といふ。分綴は justification と一體の問題である。和文は分かち書きを普通しないから分綴は關係ないのである。

横文字の單語はどこで切ってもいいわけではない。ハイフンのある語はハイフンで切る。ハイフンがない場合は、切った二つが、兩方とも發音できるやうに切る。母音字の連續は一つの母音を表すことが多い。さういふ場合は切ることができない。子音字が重なれば、その間で切る。ただし組合はせて一つの子音を表すやうな場合は、そのまとまりは壞せない。ck は同一の子音の重複であるので、分けてもよいが、ドイツ語だと單獨の c は摩擦音と解されるのでkに變へる習はしであったが、今では ck のままにして、分けないことが獎勵されてゐる。データー處理を考慮してのことと思はれる。また母音で終はるやうに切ると發音しやすいが、英語の場合、弱化しない母音は開音節閉音節で音價が異なるので、明瞭な短母音であれば子音で閉じるやうにする。

さらに、發音のほかに語源を斟酌する場合もある。英語の vendornd で切るのに、venderd e で切るのは、er が行爲者を意味する語尾として意識されるのに or はさう意識されないといふことが影響してゐる。

かういったもろもろのことがあるので、横文字の綴りは切らずに濟ますのが一番である。しかしそのためには、單語の長さに比して行の長さが十分にあることが必要である。和文はさういふ必要を考慮しないので行が短い。和文中に横文字を含む場合は、どうしても切らなければならない場合が生じよう。さういふ場合は、あまり嚴しく考へずに、必要なところで切ればよい。ただ、出來得べくんば「心の欲する所に從ひて矩を踰えず」といふ具合にやって欲しい。

例へば拗促音が行末に來たからといって簡單に行末と行頭に分けるであらうか。大抵の人がさうすることに抵抗を感じるはずである。從心所欲不踰矩とは、つまりさういふ感覺をもてるかどうかなのである。

英米人であれば、英單語をそれほど變なところでは切らない。それが英語が身についてゐるといふことである。しかし、我國では、アルファベットが表音文字であることを教へてこなかった。戰後の國語行政は表音派が主導してきたやうにいはれるが、表音派必ずしも表音文字について十分認識してゐたわけでなかった。ローマ字各派の主張も假名の用法を單純化し文字數を減じる口實に利用されたにすぎず、未だに標準とすべきローマ字表記法すら確立してゐない。

ローマ字教育が假名に對する認識を深め、かつはアルファベットといふ表記體系を通じて語學の基礎を固めるやうになる日の遠からぬことを念じる。

(『教育新聞』平成十五年九月十一日)

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omoiyaruyae

「思ひやる八重の汐々」と四假名

幼時の思ひ出に「朝日照らす王子」で始まる歌がある。のちに王子ではなく大路であることを知ったが、幼いときは大路といふ語を知らなかったので、聞こえが同じ別の語に聞き誤ってゐたのである。かういふことはよくあることで、藤村の『椰子の實』の最後の二行「思ひやる八重の汐々いづれの日にか國に歸らむ」の「八重の汐々」もさうであるとMさんに教はった。これは宇野精一先生のご指摘ださうで、誤植ではないかとの問合はせに、馬込の藤村資料館で調べて、原稿通りであると聞き、「では藤村が誤ったのだ」と仰せられた由。

八重の潮路といふ句は「潮の八百道」(大祓の祝詞)といふ形もあるが、たとへば謠曲『清經』の出だしがさうであるし、新古今には

追風に八重の潮路をゆく舟のほのかにだにもあひ見てしかな

とあるやうに常套句であったらしい。詩句に照らしても「八重の潮路を」の方が味はい深く感じられる。

この例のやうに「ぢ」と「じ」の他「づ」と「ず」も混同されがちであった。江戸時代に『硯縮涼鼓集』のやうなものが編まれたのは我らの先祖が耳で聞き間違ひやすい語を書き分けるために如何に努めたかの證である。下って明治以降になると國語辭書で確かめることができるやうになった。しかし戰後になって文部省が書き分けを禁止し、國語辭書もそれにならったため、我々は書き分けのための手引きを失ってしまった。

といっても全く書き分けが禁止されたわけではない。專ら「じず」を用ゐることとされたが「ぢづ」も鼻血のやうに本來「ちつ」であるものが別語に連なったために濁る連濁と呼ばれる場合に限って書き分けが認められた。

地震は字音がヂであるので「じしん」、稻妻は連濁なので「いなづま」かもしれないが、もう語構成を意識する場合は少なからうからと「いなずま」とする、「難しい」は森茉莉さんのやうに「むつかしい」と言ふ人もあるのであるが、「むずかしい」となった。

字音の場合にあべこべにするのは中國語を學ぶときなど障害になると思はれるが當時の文部省には國際化といふ視野はなかった。

しかしなぜ「ぢづ」でなく「じず」を本則としたのか、その根據は必ずしも明らかでない。音聲としては日本語の「じぢ」はヂに近く、「ずづ」はヅに近いやうにも思はれるのである。福原麟太郎がヂョンソン大博士といひ、決してジョンソンといはなかったやうに、英語ではジとヂの區別がうるさい。昨今言はれる我國の英語教育の效率の惡さはかうした假名遣ひにも起因する。

あべこべではないかと思はれるやうなことになったのは、或いはヘボンが『和英語林集成』第三版でズヅの書き分けをやめてズだけにしたことが影響してゐるのかもしれない。

しかし zu と dzu と書き分けてゐたのを zu にしたのは、文字數が少ない方を選んだと見ることもできる。ジヂについて書き分けず、どちらも ji としてゐたが、これが本來的にヂであることは、文字面からは判りにくい。さういふ事情がはたらゐたのかもしれない。とまれ、書き分けを禁止したのは行きすぎであった。

以上、四假名についての規制緩和を訴へる所以である。

(『教育新聞』平成十五年十月九日)

追記

『硯縮涼鼓集』が音韻變化の證據として引かれることが多く、何かで讀んだ通りに書いたのだけれど、紙や筆墨の類が出廻るやうになり筆を手にする人が増えたといふことはなかったであらうか。もしさういふ事情があったのなら、素養のない人は表記の手引を必要としたことは十分に考へられることだ。

ヘボンはズヅを書分けてゐたのではなく、兩方とも dz であった。

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seimeinojyunjyo

ローマ字表記での姓名の順序

國語審議會が平成十二年十二月八日最後の答申をして解散した。その答申にローマ字表記の場合の姓名の順序の問題がある。

「おのおのの人名固有の形式が生きる形が望ましい」として、現在Taro Yamadaなど名|姓の順で書くことの多い表記を Yamada Taro と姓|名の順とすること、これまでの慣用に基づく誤解を防ぐため、YAMADA Taro と姓だけをすべて大文字にするか、Yamada, Taro と姓と名の間にコンマを打つことを提案したと報道された。

ここにはいくつかの問題がある。まづ、「これまでの慣用」と一口にいっていいものかどうか。もし慣用が確立してゐるなら、それを一片の答申などで變へようとするのは無茶であるし、またよほどの理由がなければなるまい。慣用は人によっても違ふし、ときと場合によっても異なる。英語の中で英米人と自分のことしかでてこない場合、英米人に合せて順序を變へる人が多いのは事實かもしれない。しかし、そこにたとへば毛澤東や孫逸仙がでてきたらどうするか。あるいは源順のやうにnoでつなぐ場合はどうするか。松尾芭蕉や夏目漱石を論じる場合はどうか。

インターネットのために時間と空間を廣げて考へる必要が生じた。時間と空間を廣げて考へるととても慣用が確立してゐるとはいへない。つまり慣用の變更ではなく、慣用を確立することが必要になったのある。

これまで國外向けの場合に限って姓名の順序を變へることは難しくなかった。しかし、インターネットは國内、國外といふ垣根がない。たとへばソフト開發を國境を越えてやる場合、人名の同定がきはめて重要である。さういふ場で活躍してゐる人の文書を見ると順序を變へてゐない。國際化時代になって、それぞれの文化に執着することが必要になった。實際、パソコンの世界でinternationalization といふときは、localization に裏打ちされることが必要で、根っこのところがぐらぐらしてはならない。マルティバイトの時代になって歐米の學術雜誌でも漢字の使用が可能になってきてゐる。國際辭書學雜誌は研究社の英語活用大辭典の新版を取り上げて、編者名を市川繁治郎と漢字を併記して Ichikawa Shigeziroo としてゐるが、初版の編者は Senkichiro Katsumata である。

人名の同定といふことであればローマ字の方式が問題であるがここでは觸れないこととする。さて慣用が、答申にいふ通りであれば、その區別のために、大文字小文字を使ひ分けるのは一つの方法である。もちろん、漢字でサインして、その下にローマ字で讀みを書くやうな場合とか、日本では姓が最初に來ることを斷って書く場合はその必要はないであらう。しかしコンマを用ゐるといふのはいただけない。

姓名にコンマを用ゐれば前後を入替へたといふ意味である。姓で竝べる場合、英米人であれば轉倒した表記になるから當然コンマを入れる。だから、その眞似をするといふのなら、これまでの慣用以上の英米追從であらう。折角の提言が新たな誤解のための慣用を生むことを恐れる。

また、慣用を切替へるなら、時日を定め一斉にやらないと、非常な混亂を招來することにならう。

(『教育新聞』平成十五年十一月二十日)

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macron

マクロンと曲折アクセント

 

ローマ字で長音は母音字の上にアクセント符を載せて ê のやうに書くことになってゐる。實は昭和十二年の内閣訓令では e であった。これが昭和二十九年の内閣告示では ê と變った。アクサンスィルコンフレックス(山形の符號で曲折アクセントといふ)は元來、上昇下降調を示すものなので、長音を示すなら昭和十二年の規定のやうにマクロン(直線)の方がふさわしかった。あへて曲折アクセントにしたのはタイプライターで打てるかどうかを考慮したためだと思はれる。當時、アクセントが打てるタイプライターはユニヴァーサル配列といって英獨佛に對應したもので、アクサンテギュ、アクサングラーヴ、アクサンスィルコンフレックス、ウムラウトはあったがマクロンはなかった。

變更がタイプライターを考慮したためだと考へる一つの理由は、内閣告示で「なほ、大文字の場合は母音字を竝べてもよい」としてゐることである。昭和二十四年の『ローマ字教育の指針』は、すでにマクロンを曲折アクセントに變へてゐるが、それだけでなく、實例に「小さい」をあげてtiisaiと、母音字を竝べる形を示してゐる。iは點があるので、このままではアクセント符がくっついてしまふ。アクセント符を用ゐる場合は點のない字形を用意しなければならないが、これがタイプライターでは難しい。そのことへの配慮が讀み取れるのである。大文字を特別に扱ふのも同じである。

内閣告示はタイプライターに見合ったローマ字表記であった。タイプライターのアクセントキーは字送りの機構が働かないやうになっていて、アクセントを打ってからアルファベットを打てば重ね打ちができた。ところがパソコンでは重ね打ちが難しい。特別なフォントを使へば、點のないiも、マクロンを載せたた形も可能であるが、畫面にすぐに出したりはできない。電子メールの文字化けを避けるためローマ字を使はなければならない場合もアクセントによる長音は無理なのである。

長音符を無視する人が増えてゐるのは、内閣告示が時代に附きすぎてゐたために、時代にあはなくなったからだともいへよう。さらに外務省がオ段に限って長音をhで表していいとしたので問題が複雜になった。ローマ字の歴史からすればイ段から始めるべきであった。

ローマ字の方式にはいろいろあるが、内閣告示は二つの表を掲げて第一表(訓令式)を原則としながら、「國際的關係その他從來の慣例をにはかに改めがたい場合に限り」第二表(ヘボン式)を用ゐても差し支へないとした。ところが、實際にはヘボン式がまかり通ってゐる。「にはかに改めがたい場合」が限りなく増大したわけだ。また「特殊音の書き表し方は自由とする」と添へ書きがある。特殊音といへば何か特別のものと思はれるかもしれないが、ティとかディとかも特殊音である。内閣告示は技術的に時代に對應しなくなっただけでなく、最初から方式として完結してゐなかったのである。

地名一つとってもさまざまな表記が生まれてゐる。外國人にも迷惑であらうが、かういふデーターを殘される子孫もかはいさうではないか。ローマ字の方式についての再檢討が急がれる。

(『教育新聞』平成十五年十二月八日)

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ローマ字百二十年

明治十八年の羅馬字會の設立から算へて今年は百二十年になる。おそらく大抵の人にとってローマ字は過去の問題であらう。かつてローマ字が熱氣をもって論じられたのは日本語の表記をどうするかが問題であったからで、今では、漢字假名まじりといふ表記體系の廃止を眞面目に考へる人は少ない。しかし地名や人名をローマ字で書かなければならない場合は増えた。外國にゐて漢字や假名がつかへない場合にローマ字をつかふ人もある。なによりパソコンの入力でローマ字方式を利用する人は多い。英語をはじめラテンアルファベットを用ゐる外國語は多い。外國語學習にとってローマ字が無關係なはずがない。大いに論じられてしかるべきではないか。

國語教科書では訓令式、英語教科書ではヘボン式といふのが通例である。教師ならどちらか一方を納得すればいいわけだが、兩方を學ぶ生徒の側からすればたまったものではあるまい。それともどちらもいいかげんにしておけばよいといふのであらうか。そもそも昭和十二年に文部省が日本式とヘボン式の二つの論争にけりをつけるのを先送りし、戦後の昭和二十九年の内閣告示もそれを踏襲したのではなかったか。この内閣告示には添書きなるものがあり、特殊音の表記は自由となってゐる。たとへばティは特殊音だ。これを ti とすればチと區別できないが、それでもいいといふわけだ。方式として完結してゐないことがわかる。

添書きは、結論が出てゐませんよといふメッセージであったのかもしれない。

現在世間で廣く行はれてゐるのはヘボン式だ。しかし學者の世界ではヘボン式は理論的に敗れたことになってゐる。擴張ヘボン式提唱者といふ名刺を出すと、ヘボン式といふだけで、音韻論も知らぬのかといふ冷ややかな反應を示されることがある。確かに論争では勝負があったのかもしれない。しかし互いに納得した結論があったわけではない。

現在のローマ字は訓令式やヘボン式だけでなく、兩者の混交したもの、一太郎方式、國會圖書館方式、外務省方式、國土交通省方式等々とまことに賑やかである。近くにある明星學園はmyojoであり、吉祥寺は鐵道で kichijoji、バスで kitijoji である。地名など、綴りが異なれば別の地名と受取るのが當然、またアルファベットを表音文字とみる外國人にとって異なる綴りは異なる音を表す。我々は假名があるためローマ字が表音文字であることを忘却しがちであった。英語教育においてアルファベットを視覺的な情報とのみ看る習性を育み非効率なものにした所以である。

明星を myojo と音節數を減ずるのはガラスの沓に足が合はぬと踵を切落とすやうなものではないか。娘の親は「王妃になれば歩くことなどないのだから」と云ふが、ローマ字を定規として日本語の一部が切落とされるのはたまらない。切落とされたのは音節數だけではない。五十音圖からヰヱが消えたのも同断である。

啄木のローマ字日記は一部にテニヲハを音で書いたところもあるが te ni wo ha が基本。また四假名は zi di zu du と假名を寫した。日本式である。ヘボン式も訓令式も四假名を書きわけず、ヘボン式は本來ヂである ji をジにあててしまった。外來語からヂヅが追放されてゐることが思ひ合はせられる。昨今ゆとり教育の批判が盛んであるが、ローマ字を定規として假名遣ひに刃を當てたのも、學ぶことを軽減しようとの同じ「親心」であったやうに思はれてならない。

筆者は昨年ある縣の高等學校英語教育研究大會に招かれた際に英語教師たるもの國語教師を兼ねるつもりで教へて欲しいと述べた。ローマ字を教へる國語教師は英語教師に劣らずアルファベットの知識が必要だ。もちろん方式として破綻した内閣告示を破棄し、ヘボン式・日本式の前提そのものに立ち返ってみる必要がある。西洋人の耳でとらえた音韻を一度捨てて、傳統的假名遣ひに謙虚に耳を傾けてみることから始めるべきではないか。

(『月刊國語教育』平成十七年八月號)

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mituzurukara

ミッズルカラッス

福澤諭吉の英語の發音は大したものではなかったといふ話がある。『學問のすすめ』で middle class をミッズルカラッスと書いてゐるからといふのである。この傳でいけば、現代人の英語の發音は駄目だといふことになる。majormeasure とをどちらもメジャーと書いてゐるからだ。今はヂャの使用が禁止されてゐるから破擦音と摩擦音を書分けられないのは仕方がない。しかし諭吉のころは假名遣ひに規制はなかった。だから、この表記は諭吉の發音のせいなのかもしれない。圖書館でいくつかの版で見てみたが、すべてミッズルカラッスとなってゐる。しかし、いくらなんでもミッズルといふのは變だ。

國會圖書館の画像データーで『學問のすすめ』を見るとミッヅルとある。ヅはダ行に属する。ダ行の父音、つまり代表子音は破裂音だ。現代人の感覺でみてはいけない。このヅはドゥのつもりであったはず。現代假名遣ひにするときに、押し並べてヅをズとしてしまったやうだ。

確かに、現代假名遣ひではヂヅをつかふのは連濁に限るといふことになってゐる。連濁とはたとへば「鼻血」。これは元來チであるものが鼻と連なって濁ったものだからヂと書く。ところが「地震」の場合に戦前ヂシンと書いたのは地のヂが字音つまり、この漢字本來の音であって、チが濁ったためではない。そのため「地震」は現代假名遣ひではジシンと書くことになってゐる。これは非常に判りにくい。

漢字本來の音であれば、連濁の結果のヂ以上にさう書くべきではないかと思はれるが、とにかくなにがなんでもヂヅを追放したかったものとみえる。連濁の場合にヂヅを用ゐることも本意ではなかったはず。だから連濁の場合にも制限を加へた。たとへば「稲妻」。この語の語原は稲と妻。つまり雷は稲の實りに關係あるものとされてゐたのだ。だから稲妻と書いたし、假名ではイナヅマであった。ツマの連濁である。

しかし昭和三十一年七月五日の國語審議會報告では語原意識はもはやなくなってゐるからとの理由でイナズマと書くこととした。昭和六十一年七月一日の内閣告示「現代假名遣い」では語原意識は一概にいへるものでないことを認めてイナヅマでもよいことにした。戦前の辭書ならイナヅマで一貫してゐた。戦後の辭書は最初はイナヅマであったが、一時期イナズマになり、現在ではイナズマ、イナヅマの兩形を立てるのはそのためである。

要するに語原と字音の二つが解らないとヂヅとジズの遣ひわけはできないわけだ。ここにやっかいなのは、多くの漢和辭典が文部省に合はせて字音表記からヂヅを追放したこと。戦前の表記がヂヅであるとき、それが字音であるためかどうか判りにくくなった。ピンインでdiとあればヂであったと解かるが、ピンインのない辭書では「本地垂迹」などといふときやっかいである。手元の辭書はホンジスイジャクだ。たぶんその方が現代假名遣ひに適ふのだらう。「天智天皇」はテンヂがテンジか。社會科教科書はテンジである。連濁であってもヂヅをジズにするのは大目に見ることになってゐるのかもしれない。

とにかく、現代假名遣ひで首尾一貫することは不可能なのだ。といふより、假名遣ひなどに煩はされることのないやうにと生れたのが現代假名遣ひなので、つまりは假名遣ひの放棄。斯ういふことを問題にする方が變なのだと悟らなければならない。

傳統的假名遣ひであれば、例外は單語の問題であって辭書を引けば納得できた。現代假名遣ひだと、審議會でどう決めたかによるし、それは變ることもあるわけだ。「天智天皇」や「本地垂迹」などは審議されてゐない。ミッヅルをミッズルとしたのは編集者が審議會の威光を、おっと意向を忖度した結果であらう。

當用漢字や教育漢字には矛盾があったが、しょせん漢字全廢への一里塚だからと問題としなかったといふことを讀んだことがある。連濁のために一部ヂヅを許容したのは、いづれローマ字にするまでの一過性のものと考へてゐたためではなかったか。漢字については戦後の國語行政の見直しが始まったやうであるが、假名遣ひについても、同じ問題があることを指摘しておきたい。

(『月刊國語教育』平成十七年十一月號)

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gyomeigyoji

御名御璽

もう四半世紀も前のことになるがロンドンの或る小さな博物館で、日本語を獨學してゐるといふガイドから「璽」といふ字を見せられてテストされたことがある。日本人だと見れは片端から訊いてゐたのださうで、初めての合格者だから家に遊びに來てくれと言はれた。もし書けるかと訊かれてゐたら恥をかいたかもしれない。

この字は憲法に「御名御璽」として出てくる。これは直接名前をいふのをはばかる敬意の表現。筆者が最初に知ったのは三國志で孫堅が古井戸の中から拾得した「國璽」といふ形であったと思ふ。とにかくあまり目にすることのない文字でありながら當用漢字(昭和二十一年)である。國語審議會報告「當用漢字表補正試案」(昭和二十九年)では削除候補となってゐる。「ほとんど使わないか、極く特別な時だけに使われる」といふのが理由で、同じ理由で「朕謁爵」も削除候補であった。他に挙げられた候補は「且丹但劾又唐嚇堪奴寡悦濫煩箇罷脹虞迅逓遵錬附隷頒」で合計二十八。當初日本新聞協會から出された意見では追加すべきものとして擧げられた漢字は百六十六であったとされるが、二十八字づつの増減案となったについては、千八百五十といふ枠から一字も増やすべきでないとの漢字制限論者の強い意思が感じられる。昨今の人名漢字に名を借りた漢字枠の擴大からすると今昔の感に堪へないが、まだこの頃までは、漢字を桎梏として、そこからの脱却を圖る意圖がはっきり見てとれるのである。追加すべきとされたものは「亭俸偵僕厄堀壌宵尚戻披挑据朴杉桟殻汁泥洪涯渦渓矯酌釣斉竜」。いちいちに音訓を定めてある。音訓の追加といふのもある。燈(灯)を「ひ」と讀むことを許容しようといふのだ。音訓について國の許諾が必要であった。しかし、朝鮮語の字音については別枠であるらしく、萬景峰號をマンギョンボンゴウと讀むのが外務省の方針。國民からすれば二重基準。我々もせめて漢字の音訓について朝鮮人なみの最惠國待遇を受けたいものだ。

削除候補の「丹劾煩遵」については丹念は入念、弾劾は糾弾、煩雑は繁雑、遵法は順法と言換へが可能だからだとある。漢字制限といふ使命感の強さを思ふものの、これはいささか亂暴な議論ではないか。漢字制限論は國内の事情しか考へてゐなかったと思はれるが、今は國際化時代。たとへば侵攻と侵略、或いは殺害と虐殺など用語によっては意圖せぬメッセーヂを發信する可能性を思ふべきであらう。

さて、「ほとんど使わないか、極く特別な時だけに使われる」字のことであるが、特別かさうでないか、どうやって決めるのか。使ふか使はないかといふこと、つまり頻度が基準であった。漢字制限は語彙の制限。語彙の制限は表現の自由の問題であり、なによりまづ思考を制限する。頻度だけで決めてよいはずがない。

パソコン時代になっていろいろ統計が取りやすくなった。英國のコリンズといふ出版社とバーミンガム大學の共同で COUBUILD といふ辭書をつくったことがある。定義までコンピューターで雛形を生成した。當然、見出語は膨大な資料體から頻度順上位いくつといふ形で選定されたと思はれるかもしれない。しかし、それでは、たとへば inflection (屈折)などといふ重要な文法用語は落ちてしまふ、だからラテン語文法から補はなければならないととシンクレア教授は言ふ。大數の法則は通用しない。どんなに資料體を大きくしても順位は安定せず、少し資料の性格を變へるだけで大きく異なってくるのである。

「極く特別な時」なら當用漢字で間に合はないのは當然。ここに問題は、當用漢字では略字體を基本としたこと。表外字はさうはいかない。當然正字體になる。新字體と正字體の混在は筆記體と活字體を混在させるやうなものだ。ここは中國人の簡體字と正字體を混在させない見識に學ぶべきであらう。マイクロソフトの次期OSは鴎など百四十八字について正字體にするとのこと。通常は「仏」と書く人でも香典袋には「御佛前」とするやうに「極く特別な時」は當用漢字、いや常用漢字であるかどうかに拘らずに正字體にするしかない。

このことを今言ひたいのは、憲法改正といふ「極く特別な時」がひょっとしたら日程に上がるかも知れないからだ。憲法改正の前に、戦後の負の遺産の一つ漢字制限の根本的見直しを訴へる所以である。

(『月刊國語教育』平成十八年二月號)

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iiiiga

イイイ、イが三つ

塾で教師が生徒を刺殺したと聞いたとき、一瞬頭をよぎったのは國語の教師ではないかといふことであった。もちろんこれは思い過ごしで、どんなに教科が教へにくからうと殺人に至るのは異常なのだが、一瞬にもせよ國語といふことを考へたのは、最近、小學校の授業を見る機會があって、國語といふ教科が眞面目に教へようとすると行き詰まらざるを得ぬ状況にあることを知ってゐたからである。

子供は残酷なまでに論理的。少し理屈っぽい生徒なら教師は立往生せざるを得ない。しかし、生徒にやり込められたとき、状況が變だと思ふのは教員の立場では難しい。

行き詰まらざるを得ぬ状況とは何か。小學校の一年の教室には五十音圖が貼ってあった。ただワ行がワイウエヲ、ヤ行がヤイユエヨとなってゐたので驚いたのであるが、四年生の教室に貼ってあったローマ字表をみてははんと納得した。要するにローマ字で書いた五十音圖を假名に戻した表なのだ。こんな逆立ちしたはなしがあるものか。ローマ字を教へないうちから、イやエが三回も出てくる五十音圖を教へることができるわけがない。後で國語の先生に五十音圖のヤ行について訊いてみたが五十音圖など關心外なのである。國語科研究指定校といふ小學校で校長に五十音圖のことを訊いてみたが、ヤ行のことはおろか、教室に貼ってあるかどうかも知ってゐなかった。

今、小學校の國語の先生と書いたが、實は語弊がある。小學校の先生は原則として一人で全教科を擔當する。日本體育大學名誉教授川本信幹氏によれば、教育職員免許法の改定によって、一科目の教科教育法さへ履修すればよいことになったとのこと。つまり國語を教へてゐても國語科教育法を學んだ人とは限らないわけだ。川本氏によれば中學や高校の國語科教諭への教育も不徹底で、國語學概論も國語史も古典文法も現代語の文法も必修ではないとのこと。氏は教員養成審議會の委員諸氏の不見識をなじられるが、根はもっと深いのかもしれない。國語學概論や國語史をやれば、どうしてもこの五十音圖の矛盾に氣づかざるを得ない。假名のための五十音圖ならヤ行やワ行のイエが餘計である。では音韻を示すものと教へるのであらうか。さうすればワ行のヲの説明がつかなくなる。五十音順などといふとき、同じ假名は一回でなければ筋が通らない。辭書を引くときどう教へるのか。要するに逃げざるを得ないのだ。

四年生でローマ字を教へるとき、テニヲハをどうするのであらうか。恐らくハはwaと書くのであらう。するとここにも問題が生じる。假名でワと讀むところを何故ハと書くかと不思議がる生徒が出てくるかも知れない。ローマ字もまともに教へれば危険なのだ。古典的假名遣ひであればハ行轉呼音の問題として説明できた。それが出來なくなったについては次のやうな事情がある。戦後、ハ行轉呼音やア行と同じ音に讀むヰヱヲを追放し、助詞のハ、へ、ヲもワ、エ、オと書くことにしたことがあった。しかし實際にやってみるとワ、エ、オではどうにも讀みにくい。結局、古典的假名遣ひに戻さざるを得なかったのであるが、助詞の三語に限るといふ中途半端なことをした。思ふにローマ字で分ち書きすれば解消する問題と踏んでの一時しのぎのつもりであった。實際、助詞「ヲ」といふ一語だけの記號などといふものは假名といふ資格があるかさへ疑はしい。

文部科學省はローマ字化運動の亡靈を引きずってゐて、古典的假名遣ひはもちろん、現代假名遣ひも信じてゐないのだ。だから國語を國語(ことば)として教へることができない。いきほひ内容を問題にするのであるが、さうすると次々と別の表現(ことば)に後退していくしかないので、何を教へてゐるか先生自身判らなくなるはずだ。

國語は假名を教へることが第一。五十音圖や伊呂波歌で網羅するよりない。ヰもヱも避けるわけにはいかないのだ。五十音圖を正せば上述のやうな腰の引けた教育はおのづと淘汰されるであらうし、豊かな文語の世界を授業に取込むこともできる。假名を削って表記を簡易化したつもりが萬葉集に代表される傳統的世界を閉出してゐたのである。キリスト教圏で聖書を禁じ、イスラム圏からコーランを奪へばどのやうな結果になるかを想像すべきであった。

(『月刊國語教育』平成十八年五月號)

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hello

ハーロー

四歳になったばかりの孫がときどきハーローとやる。どうも幼稚園で英語を習ってゐるらしい。これは困った。早く忘れて貰ふには無視するしかない。

アメリカなど行ったことはないが、英語でハーローといふことはない筈だ。綴りが hello だからだ。第一音節の母音は e これは開音節ならイー、閉音節ならエと發音するのが本來。弱化すると開音節ならイ、閉音節ならアと聞こえるだらう。第一音節が弱化してゐるのだから第二音節にストレスがある。これはもともと開音節。以上からハロウといふ發音が導かれる。英語ならハロウだらう。

では子供の發音を正すべきなのか。日本語は開音節が基本。弱音節は少し音が長いやうに聞こえる。幼児ならハーローとなるのが自然。ここで英語らしい發音を教へれば日本語が變になってしまふ。

「ロバート・パーカー」シリーズに『プレイメイツ』といふのがある。大學バスケットボールに八百長の疑惑があり、その調査を依頼されたパーカーは花形選手ドウェインが關係してゐることを突き止めるが、その過程でドウェインが文盲であることを知る。どうしてさういふことになったのかを精神科醫でもある戀人のスーザンに相談する。

スーザンはドウェインが小學校一二年の文字を習ひはじめたときに、きちんと教へて貰へなかったからだといふ。アルファベットを體系的に身につけることができなかったのだと。

二人のやりとりを讀むと小學校の一二年では綴りを音に出して讀む訓練があることが判る。この訓練によって、アルファベットの文法といふか、記號としての體系や運用規則といふものに開眼するのだと。このことを一二年のときにやっておかないと文盲になってしまふ。頻度が高く綴りの短い語なら、まるで漢字のように覺えることもできやうが、綴りに即して讀むことはできない。例として出てくるのは ph が f に當たるといふことと、一ヶの子音が母音を分つ場合、最初の母音は長く發音するといふものであるが、思ひつきもしないやうな法則が多數あるのだとスーザンは言ふ。

これがアルファベットが表音文字であるといふ意味なのだ。我々には假名があるので、ただでさへ英語の綴りは軽んじられる傾向にあり、綴りは綴り發音は發音とされて、發音を表記するには發音記號や假名による習はしであった。

我が國ではスーザンが力説するやうな綴りを音に出して讀む訓練はあまりなされなかった。綴りの重要性は無視されてきたと言へる。いやさう言へば語弊がある。むしろ綴りを重要視し、音聲を軽んじてゐたと言ふべきであらう。したがって、讀み書きはできるが會話はできないのが日本人の英語だと言はれた。今は讀み書きよりも會話を教へることが流行る。相變はらず綴りと發音の關係は絶たれたままだ。絶たれたままだからこそ幼稚園や小學校での英語教育が可能なのだ。誰も手間暇かけてドウェインのやうな文盲をつくりたいわけがない。文字については後で教へればよいと考へてゐるはず。しかし、音聲と綴りの密接な關係に思ひを致せば問題はさう單純でないのだ。

文部省が假名遣ひを改めたのは表音文字は額面通りでかつ一對一であるべきだといふ信念に基づくものであったのだと思ふ。だから五十音圖のヰもヱも捨ててイやエに變へた。お蔭で小學校の一二年で假名遣ひの訓練などは必要なくなった。それが良かったの悪かったのかは今は問ふまい。只同じ目で見たとき、英語の綴りには舊假名よりはるかにに複雑ながら表記體系としての文法があることに氣づくべきであった。このままでは日本人の英語は讀み書きも怪しくなってしまふ。國語教育の空洞化も英語教育の効率の悪さも元これ同根。兩方合はせた議論が必要なのだ。

冒頭述べたやうにハーローと音を教へ hello と綴りを教へるのは綴りの文法に違反してゐるわけだから、英語教育にプラスになる筈がない。だからなるべく早く忘れるようにと相手にならずにゐるわけだ。まったく餘計なことをしてくれるものだ。

(『月刊國語教育』平成十八年六月號)

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bouzuga

坊主が屏風に

「坊主が屏風に上手に坊主の画をかいた」と言って貰ふ。早口言葉ではない。「上手に」と言ふときの調音を知りたいからだ。ささやきで、つまり聲をころして「上手に」と言へば、「に」のところで舌先が齒莖から離れるのが感じられるはず。「上手」と言って、その感じが何度あるか。大抵は二度だと思ふ。自分でやってみればいいだらうと言はれても、そのことを意識してしまったからには被験者として失格。ここは、早口言葉と錯覺してもらふのがよい。舌先の離れる感じが二度あれば二回閉鎖があったわけで、この場合、二つの破擦音があったことになる。さうでなければ摩擦音だ。これはジヂズヅの發音を調べるのに恰好の文言である。

ヂジヅズ、つまり四假名であるが、この區別が曖昧になってゐた證據として元祿年間の『蜆縮硯鼓集』が挙げられるが實際にどの方向に収斂したのかつまびらかでない。試してみた限りでは破擦音の人ばかりだ。

服部四郎はじめ専門家の言に徴しても四假名はジズの方向ではなくヂヅの方向に中和したとすべきもののやうである。現代假名遣ひで假名を整理するならヂヅを標準とすべきであった。それが逆にジズが標準となったのは何故か。いろいろな理由が考へられる。五十音圖でサ行がタ行より先であるといふことが影響したかもしれない。出現頻度の問題もあったかもしれない。筆者はヘボン式が影響したと考へるものである。

ヘボンは『和英語林集成』でズヅを zu dzu と書き分けたが第三版では書き分ける必要がないと zu だけにした。どちらでもよいとすれば三文字より二文字の選ぶのは當然だといふ氣がする。しかし、結果的にヅでなくズを選んだことになった。さてヂジであるが、ヘボンはこれを區別せず ji を當ててゐた。書き分けてゐたズヅをサ行の方に統一したのであるから、ジヂもそれに習ふ。日本語表記をローマ字化しようとする人々の間にさういふ氣持が醸成されてきたであらうことは想像に難くない。だから、戦後、四假名を整理する機會が訪れたとき、ジズの方を選択してしまったのではないかといふことである。筆者は當時の資料に當たって述べてゐるわけではない。将來、筆者の憶測の誤りであることが判明するかもしれない。しかし、ヘボン式で ch の場合の促音をtと規定しながら、對應する j に對して促音 d の規定を缺くことを誰も問題にしなかったことからもあきらかなやうに、j ch の有聲音であるとの認識は英語の専門家の間でも希薄であった。研究社大和英ではドッジボールを dojjiboru といふ形で立項してゐた。

ベンヂャミン・フランクリンにアルファベット改良案がある。全集のロンドン時代のところに納めてあって六十二歳のときのもとである。彼の提唱するアルファベットにはいくつか追加すべき文字があって、ish (通常は sh といふ二字で表される)もその一つである。いま ish の代わりに (sh) として引用する。

In this Alphabet c is omitted as unnecessary, k supplying its hard Sound and s the soft.

The Jod j is also omittd, its Sound being supplied by the new Letter ish (sh), which serves other purposes, assisting in the formation of other Sounds, thus the (sh) with a d before it gives the Sound of the Jod j and soft g, as in James, January, Giant, gentle,....

j が破擦音であることをこうはっきりと述べた例を筆者は他に知らない。d + zh とあれば一層はっきりしたかもしれない。しかし、フランクリンは zh つまり sh に對應する有聲音字を導入する必要を認めなかった。d + sh とあれば、d によって有聲音の表徴は十分だと見たやうだ。sh はシの子音。それに d を冠したものが j なのであるからシの濁音と ji の表す音は全く異なる音であることが判る。

ローマ字は五十音を單音に分解して見ることを教へる。小學校でローマ字をしっかり教へ、中學でアルファベットをきちんと教へれば、ji ジの矛盾はつとに明らかになってゐた筈。問題の解決とローマ字教育の確立が望まれる。

(『月刊國語教育』平成十八年十二月號)

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いちにさんよん

子供のとき、米には八十八の手が掛かってゐると教はった。ご飯一粒にも物語を感じればおろそかになどできるわけがない。字を分解すればどうとかといふことは枝葉のことであった。銭湯で湯水をそれこそ湯水のやうに流しっぱなしにしてゐる人を見かけるが、水やエネルギーの循環といふ物語を感じでゐないせいだと思ふ。

その銭湯でよく見かけるのが湯槽の中の子に數を唱へさせること。ほとんどがイチニイサンヨンである。七はシチの場合とナナの場合と相半ばする。數の唱へ方を教へるつもりなら和語なり漢語なりで通して欲しい。太田行藏『四斗樽』は和歌におけるシとタルの誤用を例證したものでシトタルでなければならない。四十七士も四萬六千日でも四はシと讀む。點呼のときや體操の號令ならイチニイサンシイのはずだ。イチニイサンヨンと四だけ和語にするのは漢語が死に通ずるのを嫌ふためであらう。

鞠つきやお手玉のやうに和語で算へる遊びは廢れた。天日に干した籾を桝で量って俵につめる、そのとき間違へないやうにヒトヒトヒト、フタフタフタと繰返し唱へ續ける。さういふ作業をみることもない。幼児向け番組でも鞠つきやお手玉はみられない。良寛和尚の

霞立つ ながき春日を 子供らと

手鞠つきつつ この日暮らしつ

も注釈をつけなければ判るまい。ベテランのアナウンサーが八十路をハチジフヂと言ふ時代である。ヨンが和語だといふ意識は今の子には難しいと思ふ。

ある法案の審議を傍聽する機會があった。最後に付帯決議が提案され満場一致で可決になったのであるが提案者が「一つ何々、二つ何々」と讀んだのが耳に障った。付帯決議の条項は九でをはりであったが、二桁になってゐたら、十あまりいくつと讀むつもりだったのであらうか。落語の大岡裁きで子供らがお裁きごっこする場面に「一ツ、二ツ…と算へてゆくと、十だけツ がないのはどういふことでございませう」 「それはイツツのところにツを重ねたためであらう」 といふところがある。たしかに十は他の數と異なる形態だ。唱へていって十でをはりとする區切りのためではあるまいか。時代劇で素振りをするときにも漢語で唱へる。漢語で三桁になれば息が上がってしまふ。恐らく和語で十まで算へることを繰り返してゐたのだと思ふ。

さて「一つ何々、二つ何々」が何故氣になったかといへば、かつては「一つ何々、一つ何々」といった記憶があるからである。「一つ何々、一つ何々」と繰り返すのは英語でいへば不定冠詞のごときもの。漢語で第一条、第二条のやうにいふのは、特定の条項をいふ定冠詞のごときもの。どちらも單數の条項を指す。一つ二つといふのは積み重ねた和をいふので複數のものを指す。別に英語の用語を借りる必要はないかもしれないが、和語漢語の數詞には役割分擔があったと思ふのである。恐らく提案者は「二つ何々」と讀んだときに違和感をもったはずだ。

ところで、十指に足りない順番の場合は漢語でなくイロハを用ゐるのが普通であった。今イロハを用ひるところは少ない。東大の或る教室で學生にイロハを書かせてみたところ全部書けたのは三分の一であったといふ。最寄り駅の自轉車置場の柱には ABC と英文字が記されてゐた。 は何時教へるのか。學習指導要領は「第4學年においては、日常使われている簡單な單語について、ローマ字で表記されたものを讀み、また、ローマ字で書くこと。」とある。ローマ字にとって簡單な單語といふことは意味をなさない。指導要領のくだらなさは別として、このときアルファベットを教へるのかどうか。訓令式なら を教へる必要はないし、FJLQVX も不要だ。アルファベットを全部教へるのなら假名も全部教へてほしい。伊呂波歌を避けることはない。ヰヱまで教へると現代假名遣ひが崩れてしまふと怖れてゐるのかもしれないがその程度で崩れるやうなら崩れた方がよいのである。

駐日外交官の日本語の知識が非常に低くなってゐると聞く。我國の國際的威信の低下に見合ふものとする見方もあるが、戦後の文化が物語性を失ったために日本語の魅力が減じたといふ側面もあるのではないか。實務のためなら現代假名遣ひ、日本文化を知るためなら正假名遣ひと、二つに別れてしまへば、日本語を學ぶ意欲も削がれるといふもの。當局の一考を煩はしたい。

(『月刊國語教育』平成十九年三月號)

附記

自轉車置場のこと、「ABC と番號が振られてゐた」と書いてゐたのであるが、中村保男さんより「ABC と英文字が記されてゐた」の方がよいのではとメールを頂いたことを思ひ出し、今回訂正した。

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taiga

タイガーのト

いつぞや最寄りの旅行代理店で航空券を頼んだときのことである。發券の都合で別の代理店に電話依頼するといふ。待ってゐると、「tiger のト」といふのが聞こえた。つづいて「sugar, how のシ」といふ。あっ、ヘボン式だ。

筆者はローマ字入力であるが、それはキーボードといふ制約があってのことで、口で假名をいふのにローマ字に頼るといふのは非常な驚きであった。伊呂波のイ、ロシヤのロ、葉書のハの傳で行けば、私の名前は東京のト、新聞のシ、尾張のヲである。ローマ字でいふことはない。名前がゑみさんだったらどういふのかきいてみたら、ヱはできないと云ふ。できないはずはない。we なら whisky, England だから、「whisky のヱ」といへばよい。ただローマ字でヱを認めてゐないだけだ。

國會圖書館総合書誌DBのカナはヰヱだけでなくヂもヅもないしヲもない。ローマ字で書き分けるやうになってゐないからである。鴎外のヰタセクスアリスはイタセクスアリスと検索しなければならない。ただし本來の五十音圖にないディやデュなどは書き分けられるやうになってゐる。また「長音符は變換しない」といひながら、實は長音符は無視する方針なのでチーズもチズも區別しない。

ヰヱはそれぞれイエと同じ音を表してゐるのだから、別な文字を覺えるのは無駄だといふ効率第一の考へ方からかかる事態に立ち至ってゐるわけであるが、どう考へても本末轉倒である。一體どこのだれが、ヰタをイタといふ形で検索することを思いつくであらうか。ヰタをイタと置き換へるためには、そのヰを覺え、且つそれが無駄とされてゐる字であり、イに置き換へねばならないものといふことを知らねばならない。かへって非効率ではないか。鴎外のやうに書名にヰを使ふ人はそのうち絶滅するから、一過性の不便さとして我慢すべきであるといふのであらうか。ヅを押し並べてズとすることの問題は前回述べた。單純に同じ音であるからヰはイとは限らない。鴎外はヰタをウィタといってゐたといふ。

缺損五十音圖はデーターの點からも便利と目されて、一バイト假名にもヰヱがない。その上、濁點や半濁點の假名を別に設けず、清音假名と點の組合せとした。これも節約のためである。但し組合はせなので、ヂもヅも用ゐることはできなくはない。ヲはあとで付け加へられたためか、一番若い位置にあることはあるが用ゐないのが原則。五十音圖を行と段に分け、ヘボン式ローマ字をあててみると、タ行やダ行が、單一の子音で通ってゐないことが判る。さういふ意味でディやデュは外國語の音でありながら、我が五十音圖の穴として意識化しやすい。このディを國會圖書館では di とする。まことにむべなるかなである。di はヂではなかったかと驚いてはいけない。ヂは存在しないのだ。もしヂがでてくれば、それはジとみなして zi とするしかないのである。

國會圖書館総合書誌 DB はローマ字の他に假名領域を設け、ローマ字で書き分けられなくても區別がわかる方式を採ってゐるが、そんな方式は一般に通用しない。假名で介添えしなければならないローマ字は無駄といふだけでない。交番をコバンと讀んだりサッカーの大黒を小黒と讀んだりする人がでてくるやうに、日本語にとって危険なのだ。

日本語は四半世紀で滅びると言うのをどこかで讀んだことがある。アルファベットは榮える、イロハは枯れる。銀行のタッチパネルが缺損五十音圖であるのはハードの制約のためだ。小學校の國語教科書がそれに併せることはない。入力の點からいへばハードの制約などローマ字の方式を見直すだけで解決する問題である。

日銀は平成十五年一月からヂヅヲの使用を認めることにしたといふ。ただし、トシヲで送金されてきたらトシオと看做すといふ程度であるらしく、一昨年、銀行口座を近くに移すときに振假名にトシヲとしたらヲはつかへないと訂正を求められた。昨年ある事情で郵便局に口座を開いたときに試したところトシヲで受付けてくれたし、税金の還付金の振込みにも問題なかった。郵政民営化でも振仮名にヲが使へるかどうか、これは試金石である。

残るはヰヱ。この二字は井戸のヰと鍵のあるヱといふ。つまりカタカナだ。カタカナとイロハの復活を願ふこと切である。

(『月刊國語教育』平成十九年四月號)

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1go1e

一期一會

井伊直弼の著した「茶湯一會集」という茶道の本に「抑茶湯の交會は、一期一會といひて、たとへば幾度おなじ主客交會するとも、今日の會にふたたびかへらざる事を思へば、實に我一世一度の會なり」といふ言葉があるのださうだ。一期とは一生のこと、一會とはこの場合茶會のこと。同じ茶室、同じ主客であっても、二度と同じ會ではない。人との邂逅も二度目はなきものと誠意を盡せとの教へであるが、なにも人間のあいだのことだけではない。文章についても同じであったらう。今のやうに複寫が取れなかった時代、驚くべき記憶力を發揮する。

ヂョンソンの例の辭書が出來るときチェスターフィールド卿が推薦文を書いた。辭書編輯に乘り出す七年前の助成依頼のときまともに應接して貰へなかったヂョンソンは港に入る頃になって示されたチェスターフィールド卿の好意に對し今さら無用と痛烈な書簡を出した。このことはかなり有名であったやうで、ボズエルがヂョンソンに書簡を見せてくれと頼むと寫しが取ってないのでと記憶で述べた。後年、チェスターフィールド卿のところにあった實物と照合したところ殆ど違ひがなかったといふ。今ネットで入手したもので算へると四百五十語、二千五百字に及ぶ長文である。恨みの強さを思ふべきかもしれないが、書を出すにも一期一會であったのであらう。讀むにも書くにも思念を凝縮すれば、もう他の表現にはなりえない、さういふものであったのかもしれない。文を讀む、書き手の思念に身をゆだねるといふのは危險なことだ。讀んでしまへば、讀む以前の状態には戻れない。

今は音聲の時代、書は輕くなった。コピーして後で讀めばよい。パワーポイントとかいふ幻燈の畫面をそのまま印刷したものまであるから、コピーはそもそも讀むものでなく眺めるものなのだ。パソコン時代になってペーパーレスと謳はれたこともあるが、まったく逆であるやうな氣がしてならない。

文書が多くなれば内容を思念に凝縮して讀むことなどできない。讀むとしても斜め讀みになってしまふだらう。昔、出版社時代に或る企畫がどうしても通らなかったことがある。顧問格の大學教授の眼鏡に叶はなかったためだといふことは後になって知った。簡單な企畫書では結局斜め讀みと同じであったはずだ。

斜め讀みでなく讀む一つの方法は音讀だ。發音記號で書いた文は音に出してみなければ判らない。社内でも認められないものが海外の權威に送るとまともに應接して貰へるといふのは驚きであった。ロンドン大學のギムソン教授は國際音聲學會の紀要編集者に紹介しようと言ってくれたし、米國辭書學會のウェルズ教授に短いものを送ったときは論文指導のやうな手紙と新しい資料を貰った。ひょっとしたら斜め讀みしにくい英語のせいもあったのかもしれない。

このこと、今ごろになって氣になったのは、シルバー人材センターで英語教師對象の教室を始めようとしたときの經驗のためである。市報用に次のやうに書いた。

語學に王道なし。辭書を使ふことが第一。辭書をひくには正確な發音が重要。アルファベットから始めて辭書指導から古典を讀むまで。

この説明が割愛されて市報には單に英文講讀と出た。應募者が少ない。或る英語教師が仲間に連絡しても良いと資料を受取ってくれた。説明する時間がないので年來の主張を一頁にまとめたものを渡し、後はメールでと別れた。それが一期一會でなかった。メールでのやりとりなどできないままに日が過ぎ、結局、英語教師の應募はなかった。資料はコピーして配布したとのこと。配布者自身は讀まなかったのだ。共感して配布した資料でなければ誰が讀むものか。いろいろなところで今日事故が續發するのはコピーばやりで眞の情報の傳達がなされてゐないからだと思ふ。「ご意見は擔當の部局にも廻覽しておきました」、役所によくある應對だ。いっそ無囘答がよい。肩すかしを食はないからだ。コミュニケーションすなはち音聲中心の時代。讀むといふ行爲の意味が今ほど輕んじられたことはないだらう。無事開講できたらなるべくコピーはつくらないことにしようと思ってゐる。

(『月刊國語教育』平成二十年三月號)

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ローマ字問題の拔本的解決を

昨年、高校社會科での未履修が顯在化した。履修とは規定の課程を修めること。單に授業が行はれたどうかではなく身についてゐなければならない。それで、大學生でも五十音圖が書けないといふ話を思ひだした。世界史どころではない。國語が未履修なのだ。嘘だと思ふなら五十音圖を書かせてみるとよい。

五十音圖は何時教へるのか。驚いたことに小學校の學習指導要領にも國語の教科書にも五十音圖がない。國語力の調査といふが、教へてゐなければ調査もへったくれもない。タウンミーティング以上の無駄づかひだ。

指導要領になくても教へることはできやう。一つの機會はローマ字を教へるときだ。ところが小學校の先生方はローマ字を教へたがらないといふ。何故だと訊くと「だって訓令式でせう」とのたまふ。訓令式を嫌ふ人は多い。よく新聞で論爭にもなるが、大抵の人が英語のためにはヘボン式がよいとする。小學校の先生はみな英語でヘボン式を習ってゐる。先生が嫌ふのだからきっとローマ字は小學校での未履修科目の一つに違ひない。

教育委員會に訊くと指導要領通りにやってゐると言ふが、指導要領通りといふのが變だ。指導要領は時期を四年としてゐるだけで方式もなにもない。しかし小學校のローマ字教育が訓令式と呼ばれるものであったことは確かだ。昭和二十九年の内閣告示がさうだからだ。

近くの小學校で貰った資料をみるとダ行は da zi zu de do ヲは o 撥音は n 長音は曲折アクセントを冠することとなってゐる。訓令式だ。ところが資料はそれだけでなく三年のときに教へるのがある。ダ行は da di du de do ヲは wo 撥音 は nn 長音は母音字をそのまま轉字するか、音引であればハイフンを利用することになってゐる。パソコン入力のためのものだとあるが生徒が混亂しないはずがない。

四年で教へるローマ字はヂヅとジズと同じ音だといふ考へ。つまりアルファベットは音を表すといふことを曲がりなりにも追求した方式だ。だからイエと同じ音を表すヰヱがなくヂジやヅズを書分ける方法がない。ところが三年のときに習ふローマ字は音と無關係に假名の行と段に割當てたもの。それならヰヱを省く必要はない。

從來は小學校で學んだローマ字は中學校でのヘボン式で書換へられてゐた。小學校に英語教育を導入する。その場合ローマ字は恐らくヘボン式になる。さうなると生徒は假名漢字變換の翻字式、それから訓令式にヘボン式と三通りのローマ字を學ぶわけだ。では最初からヘボン式を教へればよいかといふと、翻字式でないからパソコンの入力には向かないし、アルファベットの用法においてもジを ji としたのは問題なのだ。

訓令式とかヘボン式とか書いたが、實はこの名稱が内閣告示にあるわけではなく、また小學校で教へてゐるわけでもない。英語の指導主事で訓令式といふ言葉すら知らない人もある。しかし内閣告示では二つの方式は嚴然と分かたれてゐて組合せて用ゐるものではない。どれか一つを教へるなら名稱は不要であるが、いろいろ教へるなら名稱がなければ困るはず。名稱がないのだからヂは di でも zi でもよく、シは shi でも si でよく、どう組合せても構はないわけだ。

アルファベットは表音文字なので、異なる綴りは異なる音を表すといふのが原則。綴りを間違へることと發音を間違へることは同じことなのだ。それを無視するやうに教へるのだから英語學習の效率が惡いのは當然だらう。

かつて日本語のローマ字化を目指した人々があった。訓令式もヘボン式もその立場からする方式だ。現在はパソコン入力のためであり、外國語教育のためでもあり、何より五十音圖を單音に分解して深く理解するために恰好のものだ。訓令式もへボン式も現代の課題に對應できてゐない。ローマ字教育の拔本的檢討を訴へる所以である。

(『教育新聞』平成十九年二月二十二日)

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この文書について...

 

『教育新聞』『月刊國語教育』に書いたこと

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KMNSnew1

kmns氏の「頂門の一針」に

書いたエッセイ集(その2)

 

目次(四)

梅ヶ枝の手水鉢(漢字學年配當の馬鹿馬鹿しさ)

花岡信昭氏の地頭(ヂアタマ)論に附して(センター試驗の國語問題)

假名字母の制限とローマ字の混亂(普天間の綴り)

國語がなければ國はない

 

(内容を読むには下記をクリックして下さい)

KMNS_tmn_isn5.pdf

 

目次(六)

「人」と「名」(行方不明者の數へ方)

國語に對しても恐懼修省すべきだ(地震は天罰)

車を発明し直す(教育の基本)

專門家に尊敬の念を(國語問題を考へた人が專門家であったか疑問)

山田恭暉氏のインタビュー(福島原發暴發阻止プロヂェクト)

もがり殯のをはり

雲の切れ目(朝河貫一博士のローマ字)

硫黄島をどうローマ字で書くか(今度の世田谷區長に訊いてみたい)

朝河貫一博士のローマ字(ヂとジの書分け)

素人(native) の感覺こそ國語の基本(朝河式ローマ字の特徴)

 

(内容を読むには下記をクリックして下さい)

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KMNSRomajiRon

角を矯めて牛を殺した戰後の表記改革

 

転載

(頂門の一針、451号 11・12・03(土)より)

(2011/12/04)

上西 俊雄

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[初めに]

字式ローマ字といふものはなかった。假名の實際の轉寫をこころみながらヘボンならどうしただらうと思ひつつ到達したのが擴張ヘボン式。

『日本語學』平成15年一月號 で發表したときの題は「擴張ヘボン式の提唱」。實際に轉寫を試みて歴史的假名遣の合理性を納得。今では提唱と言はず發見と稱する。

朝河貫一博士の『入來文書』(1929(昭和4)年イェール大學)にtransliteration といふことが唱へられてをり、それが「擴張ヘボン式の提唱」と同じものであったことは震災後に知った。

戰後の表記改革はGHQのせいだと言はれることが多いが、保科孝一『國語問題五十年』を讀んで、明治期からの表音主義者が敗戰を奇貨として宿願を達成したものだと考へるやうになった。

保科が『入來文書』を知ってゐたかどうか。知ってゐたら戰後の表記改革はなかったか、あったとしても假名字母を制限することはなかったのではないかと思はれてならない。

最近何回か「頂門の一針」に書いた。2377號(9.19)の「いろは(表音文字)と漢字」から、「姓名の順序とローマ字」、「ヘボン式の限界と擴張ヘボン式」、「擴張ヘボン式からみた長音問題」など。みな細かな議論ばかり。すべて眞道重明さんのサイトの言葉の詮索(その3)

http://home.att.ne.jp/grape/shindo/kotoba5.htm#kotoba3

で公開。御參照いただければありがたい。眞道さんと書くけれど卒壽の方。經歴からしても先生と書きたくなる。

[問題の整理]

2445號の反響欄に佐藤雄一氏より二つの問題がでた。まづもって反響があったことがありがたい。

玉子と書くか卵と書くか、それは自由といふことを別として、假名で書く場合は辭書をしらべて正解を得ることができた、さういった意味で戰前は正書法があった。

音が基本だといふ考へがまかり通るとさうはいかなくなる。發音辭典を見るとわかることだが、一つの語にいくつもの發音、つまり綴りがあるのだ。むかし、米國人が辭書を引く第一の目的は綴りを知るためだと讀んだことがある。我々が國語辭書を使ふ場合も漢字でどう書くかを調べることが多いと思ふ。

綴りを知らなくてどうやって辭書を引くことができるのか疑問に思ふむきもあるかもしれない。英語は表音文字。音を知ってゐれば綴りの見當はつくのだ。見當で引いて確認する。もちろん、つづりの文法を身に着けてゐることが先決。次にどの語形で引くかを決めなければならない。かういふ場合は普通の辭書をつかふ。

辭書論では見出し形を canonical form といふ。語形變化(morphology)には conjugation(活用) declension (曲用)のほかに derivation (派生)といふこともある。ポーランド語だったか、形容詞の場合は語形が3桁のオーダーになる場合があると讀んだことがある。

音と記號との關係を固定的に考へてゐては埒があかない。だからソシュールのいふ共時態は、方法論的に要請されたものでしかあり得ない。

nation, national, native など、一字一音が通じるわけがない。だからこそ、音韻論では表記形を捨てて分析することが求められる。これを、たとへば、neishon, nashonal, neitiv と書くべきだとするのは、表記形を音韻の奴隸にするもの。平安時代の假名の成立時で清濁の違ひが捨てられたことに思ひを致すべきだった。

一字一音といふことは音韻論といふ領域で方法的に要請されたものだと思ふ。しかし、かういふ主張は讀んだことがない。讀んだことがないけれど、ソシュールのいふ共時態のごときはさう解すべきなのではないかと最近思ふ。

この一字一音といふことと、形態論(morophology)とを結びつけるものが同化(assimilation)といふことではないかと思ふ。思ふといふのも、これも何かに基づいて言ってゐるわけではない。

誰かが言ってゐるかもしれないが、さういふものをしらべたわけではない。音韻變化といふと時間軸にそったもののやうに考へられるが、さうではなくて、それがわれわれの腦中にあるといふことで、ひょっとしたら生成文法でいふ深層構造、表層構造のやうなものに近いのかもしれない。

だから、nation, national, native といふ形で共通の文字があることに合理性がある。保科孝一はさうは考へなかったし、現在の文部省の役人もさうは考へてゐない。

國語は膠着語。屈折語と違って形態論など必要がない。かてて加へて假名は音節文字。語形ははるかに安定してゐる。だから、一字一音でほとんど問題ないやうに見えたのだ。

戰前は假名遣を調べるために辭書を引く場合があった。戰後は假名遣を調べることから開放された。それが善かったか惡かったか、それが問題。戰後の表記改革は角を矯めて牛を殺したのだのではなかったか。

[ローマ字の混亂]

ローマ字の混亂は一般に考へられてゐる以上に深刻だ。これは2389號(10.1)の反響欄の「國語に關する世論調査」で書いた(眞道先生のサイトでは「姓名の順序とローマ字」にまとめてある)。

假名で表記する限り長音なるものは存在しない。假名漢字變換で長音といふことを意識することはないはずだ。もちろん翻字式ローマ字には長音はない。

長音と呼ばれるものは二つの假名の同化現象だと思ふ。同化には假に相互的(mutual)、遡及的(regressive)、前進的(progressive)と呼ぶ3通りが考へられる。大阪や飯田の場合は同化ではなく同じ母音が竝んだだけではないかと思ふのだ。

これは何人かの友人に確かめた。大阪も飯田もハ行音で區切られてゐた。舌足らずかもしれないが「擴張ヘボン式からみた長音問題」で書いたつもり。

假名に正書法がなければローマ字にもあり得ない。そのことにTPPといふ外壓がなければ氣がつかないといふのだらうか。TPPといふ呼稱がすでにアルファベット字母の名前の唱へ方を前提としてゐる。字母の名前の唱へ方は結局は字母の音價の問題だからチを ti とする訓令式は破綻せざるを得ない。

[國語議聯]

11月22日、參議院議員會館で開かれた國語議聯の勉強會は小學校の國語教科書に五十音圖がないことを問題にする。それらしきものが載ってゐなくはないが、五十音圖とは書いてなく、ヰもヱもない。だから穴あき五十音圖といふ人もある。

3年前「頂門の一針」に寄稿し始めたころの題は「缺損五十音圖の復元を」(1170號より1183號)であった。

中山議員が幼いとき百人一首で遊んだ經驗から小學校で伊呂波を教へるべきではないか、なぜ教へてはならないのかと質問。文部科學省の役人はヰやヱは中學校で教へることとなってゐるからと答へるのみ。

別の議員が同じ質問を繰り返したけれどやはり同じ答辯。議員の顏は眞後ろなので見えなかったがあきれたといふ感じの戸息ははっきり聞こえた。

前日のスーパーでのことを思ひだした。もう時間だからか客が少ない。手前のレヂは閉鎖。次のレヂに客が二人。近づいていくと、その客が一人になり、同時に手前のレヂが開きかけたので私はそこで立ち止まって其のレヂについた。後ろから來た人は次のレヂに竝んだ。

私の買物はパン一つ。後ろから來た人の買物はそれなりの量がありさうだった。レヂを準備した女性は目の前の私を無視して、鄰のレヂの行列(といっても一人だけだけれど)に此處が開いたからどうぞと聲をかけた。

その一人が移ってきたといふのは私の視野になかった。しばらくそのままにしてゐたら、やがて押しのけるやうにして私の後ろの方から籠を取った。振り向いたら鄰のレヂが空になってゐたのでそちらへ移った。何のことはなく二人でレヂを交換しただけのこと。

マニュアルを遵守して人を動かすのは一種の權力行使、快感があるのではないだらうか。漢字や假名を教へてよいとか惡いとか決めつけるのは心理學の問題なのかも知れない。

しかし、何か變だとも思ふからか、レヂの女性の顏は妙に強張ってゐるやうに感じられた。學習指導要領でヰやヱは中學校で教へることになってゐるからと答へる役人の顏は強張ってゐるやうではなかった。やはりヰやヱは、そのうち消えるべき假名だと信じ込んでゐるのだと思ふ。

ローマ字を教へるときはどうするのだらう。Q や X は後で教へるべきものだからと後回しにするのかもしれない。實際、小學校の國語の教科書をみると、4年生でローマ字表が出てくることは出てくるのだけれど、アルファベットとして26文字を竝べたものが一つもないのは氣持が惡いほどだ。母音字には讀み方の假名がふってあるが子音字には、字母の名前が書いてない。つまりアルファベット一字づつの唱へ方も示してないのだ。

國語議聯の勉強會の後、國會圖書館に立ち寄って讀賣新聞の古い記事を探しだした。上田萬年と保科孝一とのこと。上田は表音主義を保科に教へた。保科は忠實にその路線を歩んだ。上田はやがて表音主義では假名遣が説明できないことに氣づいた。

保科の論文は恐らく表音主義の主張だったはずだ。上田は保科の主張に同調できなくなってゐた。しかし、それが間違ひであるといふ明確な結論にも達してゐなかったのではないか。保科が蛇の生殺しのやうなめにあったのは問題ではない。その状態が今日まで尾を引いてゐて我々が蛇の生殺しのめにあってゐるのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

[資料]

(以下に示すのは昭和3年7月17日の讀賣新聞第七面のトップ。當時の新聞の文體も面白いので記事全文を示す。二重ギュメで囲んだのは見出し、一重ギュメで囲んだところは大きな活字で組んであった箇所。強調であると同時に句讀點の役割をもはたす。ブラケットに囲んだのは空白を補ったもの。)

《果然、上田博士に猛烈な糾彈の聲 論文審査の放任は不徳義至極と 近く具體的に排撃》

既報上田博士の怠慢から二十年間も學位論文を未審査のまゝ抛り出し眞摯なる學者の〈前途を蹂躙する〉に至った事件は果然學界の大問題となり貴族院議員や國學院大學長の要職にある身がかうした不徳義を敢てして平然としてゐるのは〈許すべからざる人道問題〉とあって〈學界の一部から博士糾彈の聲が猛烈に起ってきた〉

殊に醫學博士が一日一人半強の生産率をもって亂造されてゐるのに〈文學博士は年に漸く五六人〉位しか生産されず醫博などに比べ文博は眞に〈血の出るやうな努力の結晶〉なので、岡澤、保科兩氏に對する同情が集まるとともに博士排撃の火の手が一層烈しくなり〈近く具體的に博士糾彈の火の手が上る〉模樣である。

《好惡の感情が餘りにもひどい なんと辯解しても 徳義上許せぬ問題》

右に就いて某博士は語る。『保科氏は十數年間、万年助教授として抛り出され昨年大學を退く時やっと教授にして貰った程で長年虐待されて來た氏は吾が國國語學の〈權威〉で度々博士と間違ひられ知ってゐる人はどうして博士にならぬのかと不思議がってゐる。

同じ上田博士の弟子でありながら音樂學校の高野博士は疾うに博士にはなる今年は學士院賞迄貰ってゐる皆上田博士の推薦によるのだそれに引きかへ保科氏は始終壓迫され通しで今日迄埋もれてゐた博士の弟子に對する好惡の情は餘りに偏頗過ぎ[る]

一體上田博士は嘗て文部省普通學務局長を勤めた人だけあって學[界]稀に見る政治家で其の爲各種の方面に政略の手を出し、ともすると、人事に關し不公平なやり方をするとて學内からは受けが惡い、

それは兎も角としても例へ弟子とはいへ二十年も論文を抛り出して置くとは何と〈辯解〉しても徳義上許すべからざる問題である、人の子弟を教育し世の師表となるべき學者がかうした不徳義極まる事を平氣でやってのけるとは何たること[で]あらう、吾々は博士の責任ある辯明をきき度いものだ』と

《間違った 辯解もして 多くを語らぬ 瀧文學部長》

歴代の學長が一向手をつけずに放任して置いたものを眞摯な學者の論文をむなしく埋もらしておくのは徳義上の問題とあってわざわざ引き出し審査を〈開始〉せしめたのは瀧文學部長で部長は

<「審査員が種々の事情で度々變りそれからそれへと引ついで行って延びになったものだらう、審査員である上田博士は定年でやめる芳賀博士が病沒をするといふ風に度々の障害もあったがね論文の内容に就ては如何なる問題が含まれてゐるかさういふ事に就いては私は一向知らぬ何れ近く審査を終へて解決する事と思ふ」>

と語った。右博士の談話中芳賀矢一博士の病沒が論文審査を遲延せしめた理由の一つであるやうに言ってゐるが之は間違ひで芳賀博士の亡くなったのは昭和二年二月で而もそれより〈二年〉前に已に大學を退いてゐたのだから博士の病沒は論文審査とは何等の關係がない、瀧博士の話は先輩に氣兼ねして無理な辯解をした跡がないでもない

《普通二三年で審査は終る 事情は知らぬが問題だ 塚原政次博士の談》

東京高校長塚原政次博士は語る。

<「私も大正九年舊規定による論文を出して三年後に學位を貰ったが大抵舊規定による論文は二三年位で審査を終へるのが普通だらう保科氏が論文を出してゐるといふ事はかねてから聞いては居るがそんなに永く抛り出されてあるとは知らなかったどんな事情があるかは知らぬが餘りにひどい話しで徳義上の問題であらうと思ふ」と>

《事情は言へぬ 勝手に調べてくれ 亢奮して上田博士語る》

右に就き大塚駕籠町の自邸に上田博士を訪へば、明石縮の單衣を來て玄關に現れた博士は非常に〈亢奮〉してゐる。

<『保科岡澤二教授の博士論文をあなたが廿年間もうっちゃらかしたと云ふぢゃありませんか』

『一體あんなことは何處から出たんだ、わし一人を惡い者にして│あれにはいろ事情があるんだ、事情が』

『その事情とは何ですか』

『そんなこと云へるかい、君等が勝手に調べたらよからう』

『未だ、うっちゃられてゐる人が二人あるさうですが、誰々ですか』

『それも勝手に調べるが好い│一體人の事を碁ばかり打ってほったからかしたなんて失敬な』

『學界でも問題となって居るやうですが、あなたは徳義上責任を感じませんか』

『何ッ!責任だと もうそんなことに用がないよ』>

と洋風の扉をがたん、ぴしゃり。上田万年博士ともあらう者が放り出したものでなかったら落ち着いて説明して呉れたら宜さゝうなものだが。

----END----

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