kotoba4

Kotoba4

PekingGorin

北京五輪の開会式での

各国の名前と入場順位

 

入場の順位が簡体字の画数(昇順)だったこと、
及び
知らない新しく独立した国々の多さに驚いたこと。

 

2008/08/12

真道 重明

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月8日は深夜までテレビで北京での五輪大会の開会式を視た。歌やマスゲームの踊りなどのアトラクションと共に、私の個人的興味は次々と入場して来る各参加国の順序と中国語のアナウンスであった。驚いたのはアフリカや太平洋または旧ソ連解体後に新しく分離独立した新規加盟国の数の多さであり、それらの国名とその漢字(簡体字)表記であった。

無知と笑われたらそれ迄だが、一体全体、地球上の何処に在るのかもサッパリ私には分からない国が実に沢山ある。テレビのクイズ番組で「独逸」は?「仏蘭西」は?の問いに独逸は「ドイツ」、仏蘭西は「フランス」と読めない若い回答者が案外多い。取り分け今回の場合など知らない人は私だけでなく、「寧ろ分からなかった人々の方が大多数だったのでは・・・」などと負け惜しみを言いたくなる。参加した国の数もオリンピック史上最多、入場式に相当長い時間が掛かった。

 

下記の表に私にとって目新しい漢字の国名の一端を示した。

中国の簡体字を日本常用漢字で表記

日本語による頻用表記
   (注:1)

ピンイン
(注:2)

英語による頻用表記
標準的に仏語が使わ
れる国が若干ある

巴哈馬 バハマ ba1 ha1 ma3 Commonwealth of The Bahamas
孟加拉国 バングラデシュ meng4 jia1 la1 guo2 People's Republic of Bangladesh
巴巴多斯 バルバドス ba1 ba1 duo1 si1 Barbados
比利時 ベルギー bi3 li4 shi2 Kingdom of Belgium
布隆迪 ブルンジ bu4 long2 di2  Republic of Burundi
貝寧   ベニン bei4 ning2 Republic of Benin
百慕大   バミューダ bai3 mu2 da4 Bermuda
不丹   ブータン bu4 dan1 Kingdom of Bhutan
波黒 ボヘミア bo1 hei1 Bohemia
伯利茲 ベリーズ bo2 li4 zi1 Belize
玻利維亜  ボリビア bo1 li4 wei2 ya4 Republic of Bolivia
博茨瓦納   ボツワナ bo2 ci2 wa4 na4 Republic of Botswana
巴西   ブラジル ba1 xi1 Federative Republic of Brazil
巴林   バーレーン ba1 lin2 Kingdom of Bahrain
保加利亜   ブルガリア bao3 jia1 li4 ya4 Republic of Bulgaria
布基納法索 ブルキナファソ bu4 ji1 na4 f3 suo3 Burkina Faso
黒山  モンテネグロ hei1 shan1 Republic of Montenegro
中非共和国   中央アフリカ共和国 zhong1 fei1 gong4 he2 guo2 Central African Republic
柬埔寨  カンボジア jian3 pu3 zhai4 Kingdom of Cambodia
開曼群島 カイマン諸島 kai1 man4 qun2 dao3 Cayman Islands
剛果共和国   コンゴ共和国 gang1 guo3 gong4 he2 guo2 Democratic Republic of the Congo
乍得   チャド zha4 de2 Republic of Chad
科特迪瓦 コートジボアール ke1 te4 di2 wa3 Republic of Côte d'Ivoire
喀麦隆 カメルーン ka1 mai4 long2  Republic of Cameroon
庫克群島   クック諸島 ku4 ke4 qun2 dao3 Cook Islands
科摩羅 コモロ ke1 mo2 luo2 Union des Comores
佛得角   カーボベルデ fo2 de2 jiao3 Republic of Cape Verde
哥斯達黎加   コスタリカ ge1 si1 da2 li2 jia1 Republic of Costa Rica
克羅地亜 クロアチア ke4 luo2 di4 ya4 Republic of Croatia
古巴   キューバ gu3 ba1 Republic of Cuba
塞浦路斯 キプロス sai4 pu3 lu4 si1  Republic of Cyprus
哥倫比亜   コロンビア ge1 lun2 bi3 ya4 Republic of Colombia
捷克   チェコ jie2 ke4 Czech Republic

(注:1) 国際条約などの公式文書での日本語による各国名の表記方法は外務省が定めて居る。例えば、キューバは「キューバ共和国」、カンボジアは「カンボジア王国」など。此処に示したのは新聞紙やマスコミなどが使用している一般的な略称である。

(注:2) ピンイン(漢字では「ピンは手偏に并、インは音」と書く)とは中国語(普通話)のラテン字(ローマ字)表記法の一つ。ローマ字アルファベットの V を除く25文字を組み合わせて発音を表し、主な母音の上に声調符号クセント記号を付けて声調(四声)を表す。上表では声調符合の代わりに1〜4の数字で示した。他に、ウムラウト記号と区切り符号(アポストロフィー)が用いられる。
zhqx など日本語にはない子音が多数あるので、ヘボン式ローマ字読みをする人があるが、全く意味がなく、また通用しない。ピンインを正しく発音するには中国語のローマ字化の知識を必要とする。

 

上記の表はホンノ数例である。表意文字である漢字で音韻体系の異なる外国語の国名などを表示するのは、表音文字であるハングルや日本の仮名と異なり厄介であるようだ。また、発音ではなく意訳する場合もある。モンテネグロを「黒山」とするなどは典型例である。ニュージーランド(上表にはない)などは「新西蘭」などと、New ZealandNew だけを新と訳している場合も多い。また発音の近い異なる漢字を使う場合もある。

開会式の各国選手団の入場に当たっては、先頭がギリシャ、最後尾が開催国の中国である点は新五輪大会の第1回目からの慣行であるが、問題はその他の参加国の入場順位である。単純に私は国連総会などで各国代表席の机上の三角形名札に記されたローマ字のアルファベット順と勝手に決め込んでいた。(なお、オリンピックの公用語は英語と決められている。選手の紹介や運営のアナウンスなどは先ず英語で、次いで開催国の言葉で会場に告げられる)。

北京五輪では開催国の中国が使用する漢字で表記された各参加国名の先頭文字の画数の少ないものから、つまり昇順で入場して来る。「成る程なぁ−」と目から鱗が落ちる思いであった。

オリンピックの規定上では「参加国の入場は先頭がギリシャ、最後尾が開催国、その他の参加国の順序は開催国の言語に従う」となっていることを知った。それなら東京大会では漢字と片仮名表記だが、どうだったのだろう?アテネ大会ではα ω のギリシャ語のアルファベット順だったのだろうか?ソウル大会では?・・・。

東京大会では「ギリシャを先頭にアルファベット順に入場し・・・云々という記事を見付けた。日本は23番目だったようだ。アテナ大会ではα、β、γで始まり、χ、ψ、ω で終わるギリシャ語のアルファベット順だったようだ。

表意文字の漢字と表音文字の片仮名の「混り書き」が基本である日本語の場合、総てを片仮名表記にして「いろは順」や「あいうえお順」にすることも出来るが、東京大会では、結局、オリンピックの公用語である英語の国名が採用されたようだ。だから、日本は「ニッポン」ではなく JAPAN であった。優れた表音文字であるハングル文字に誇りを持ち、それを国字とする韓国での「ソウル大会」ではどうだったのだろうか?

 


 

余 談

 

【某誌記事から引用】 北京五輪の開会式の入場行進を、国・地域名の中国語表記の画数順に行う方針を明らかにした。当地で開催中の各国オリンピック委員会連合(ANOC)総会で報告された。

日本は中国語でも「日本」と表記され、1字目の画数が少ないため、参加が見込まれる205カ国・地域の中で、20番目前後の早い順番になることが予想される。他国の代表からは「中国語はなじみにくい」との指摘があったが、同組織委員会では「事前にきちんと説明する」としている。

1998年の長野冬季五輪では、日本語の五十音順が分かりづらいとの理由で、英語のアルファベット順で入場したが、通例では開催国の言語を使う。日本は英語表記順だった00年シドニー五輪では200カ国・地域中92番目、ギリシャ語表記順だった04年アテネ五輪は202カ国・地域中52番目に入場した。

 

【某誌記事から引用】 2008 年7月13日、「中国新聞網」は10日付の韓国紙「朝鮮日報」の北京五輪の開会式入場行進に関する記事を紹介。北京五輪では参加国の国名を中国語表記して、最初の1文字の画数順で入場行進を行うことになっている。同じ漢字表記になる国がある場合は、2文字目の画数で順序を決定することに。

これまで韓国は英語表記の「Korea」としてアルファベット順で入場しており、00年のシドニー五輪では97番目、04年のアテネ五輪では84 番目であった。今回の北京五輪では中国語表記(簡体字)で「韓」が12画、「国」が8画になるのだが、200か国以上の参加国のうち、韓国よりも画数が少ない国が3分の2以上になるという。このため韓国の入場行進は150番目以降になることが確実に。

韓国にとって五輪参加史上、最も遅い入場行進になると「朝鮮日報」は伝えている。ちなみに、画数順の入場行進でも1番目のギリシャは不変だが、2番目は2画のギニアになる予定。同紙は「土壇場になって、画数順から中国語のピンイン(ローマ字表記の発音記号)に変わる可能性はまだある」との望みを捨てておらず、その場合には「韓国」は「Hanguo」として K より早い H で入場することになると説明している。

 

【真道の感想】 上記の記事は開会式直前のものであるが、私には何故入場順位に拘るのかよく分からない。順位に拘るのを非難しているのではない。理由が理解できないのだ。私の感覚としては最初の数ヵ国は見る人が、「さぁー、入場だ」と注目するから存在感を与えるかも知れない。200ヶ国以上の国々が次々入場してくるのだから大変時間が掛かり、その中に飽きてくる。

最後尾に近くなると、「さぁー、次の式次第が始まるぞー!」とまた注目度が高まり、それら後尾の国々の存在感がアピール出来る・・・と云う事は云えそうだ。

友人に「張」という姓の人が居た。彼女は英文の学術論文を発表する際や引用文献の排列などに、アルファベット順がよく使われるが、ウエード式ローマ字だと Chang で先頭に近いがピンイン表記では Zhang で後尾になるので面白くないと不満を漏らしていた。

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GOAN-NAI

御案内と云う言葉

 

2009/01/08

真道 重明

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「既に御案内の通り・・・」などと言う言葉が国会ではよく使われる。普通の場所での演説や演説では、よほど畏まった話や演説の場合以外では殆ど使わない。国会議員も街頭演説などでは先ず使わない。「既に御案内の通り・・・」の意味は、言う迄もなく「既にご承知(またはご存じの通り・・・」と全く同じだ。私の個人的な感覚かも知れないが、昔(今でも)東京山の手の気取り屋の「ざーます」言葉を聞くと何故かわざとらしく「嫌み」を感じたが、これと似ている。

「公約」や「政権公約」と云えば良いのに、何故政治家は与野党を問わず、「マニフェスト」 などとわざわざ英語を使うのだろう。数年前には「(公的)事業計画案」と云えば済むのに猫も杓子も「スキーム」 と云う英語が国会論争で大流行した。今は流行らないのか滅多に聞かない。行きつけの床屋の親爺は当時「イノベーションとかスキームとか良く外国語を使うが、何の事やらサッパリ分からん」と呟いていた。

        http://home.att.ne.jp/grape/shindo/mougo3.htm#innovation

上は「国会議員(政治家)は英語がお好き?と題してこのホームページに書いたものだが、多くの閲覧者から賛同のメールを頂いた。「御案内の通り・・・」と云う議員連中の議会演説だけの常套句もこれと良く似ている。「マニフェスト」などのカタカナ外国語は聞き手の庶民の多くが理解できないから、かなり悪質だが、「御案内云々」は其れ程では無いとしても、臍曲がりの私にとっては何だか「俺はこんな上品な言葉を知って居るぞー」と威張っているような気もする。

国語辞書の多くで「案内」を引いてみると、「すでに御―の通り」などの「事情を知っていること」の意味に使うケースは5〜6例の解釈のうち最後に挙げられている・・・と云うことは滅多に使用されないことを示しているからだろう。

何故もっと庶民の目線に合った「ごく普通の日本語」を使わないのだろうか?変な話だ。

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FuriKanji

振り漢字

外国の地名や人名の日本での漢字表記は無茶苦茶だ

 

2009/03/30

真道 重明

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々貴重なご意見を下さる A.M 氏から日本語での漢字表記に関する面白いメールを頂いた。添付されていた文章は2003年に書かれたものである。同氏が山手線の電車の中で、ある予備校の電子画面広告が車内の電子表示画面に突然現れ、「倶麗墺巴得羅」、「卓布麟」を何と読むのか?(その他にも同様の幾つかの漢字文があったとのこと)と云う。その予備校に入学する模擬試験問題だった・・・と云う。

これは大学の国語の試験の練習問題らしく、「こんな問題が出るのでは、近頃の高校生は全く可哀想です。石原さん(慎太郎)なら多分「文部科学省なるヒマジンの集まりは何を考えているのか?こんなものを認めるような奴等は国賊だ」とおっしゃることでしょう」・・・とあった。

答は前者が「クレオパトラ」で後者は「チャップリン」だったと云う。日本語は「漢字仮名混じり文」で書かれるのが普通であるが、現在では外国の地名や人名は「カタカナ」で表記するのが一般的である。しかし、戦前の私が子供の頃は「ロンドン」を「倫敦」と書いて「ろんどん」とルビを振る、「剣橋」と書いて「けんぶりっじ」とルビを振る・・・ことが多かった。ニュウヨークは「紐育」、サンフランシスコは「桑港」、ロスアンジェルスは「羅府」と云った調子であった。

漢字は表意文字であるから、外国の地名や人名を漢字で表記するのには適していない。中国語の「倫敦」(ロンドン)の漢字表記は日本に輸入され、日本でも漢字では「倫敦」であるが、これは A.M 氏によると「倫敦」は「ロンドン」の「振り漢字」だとして居られる。

単なる素人ではあるが言葉に興味を持つ私は、日本語の「振り漢字」を巡る問題に就いて「素人論」と揶揄されるのを覚悟で、以下に思うところを述べる。


漢字圏諸国、即ち中国、日本、韓国、北鮮、ベトナムなどにおける地名や氏名などの固有名詞の漢字による表記及び発音については、各々の国内でも程度の差こそあれ、一言で言えば「全く無原則と云ってよい程バラバラ」であり、まして国際間では一層酷い。

何らかのルールを漢字圏の各国で検討し各国がその検討結果を共有できれば互いに非常に便利だし、また漢字は欧米諸国間ではラテン語のように漢字圏諸国では共通して同じ意味の言葉として大部分が理解されると言う利点があるから、漢字の使用には漢字圏共有の「対処方式」を考えることが出来れば漢字の利便性は多いに向上するのではないかと私は考えている。

例えば、「ブラジル」を日本では漢字で表記する場合は「伯剌西爾」と書くが、中国では「巴西」と表記する。タイ国の首都「バンコク」は日本では漢字では「盤谷」であるが、中国では「曼谷」である。これでは中国語を学習した日本人や日本語を学習した中国人は別として、一般の日本人も中国人もお互いに個々の漢字は読めても、何処を指しているのか?、または何を意味するのか?は分からない。

「伯剌西爾」を中国の解説書で調べると『日語漢字(日本語で使われる漢字)で意味は「巴西」のこと』とある。なお、非漢字圏の国名や地名に関する幾つかの日語漢字は日本語の音読みに由来して居らず、かと云って中国語に由来したものでもなく、来源が疑問視され、中国では紛紛とした議論が出されている。

その一端を紹介すると、「日本は中国より一足早く近代の西欧文化を大量に取り入れたが、しかし中国はそれ以前に日本より西欧との接触があり、西欧の国名を漢字で表記し、それらは日本に伝わった。例えば、西班牙(スペイン)葡萄牙(ポルトガル)、佛蘭西(フランス)などである。但し佛蘭西は現在中国では法蘭西と書き佛蘭西は使用されない・・・云々」。(日本では中国から伝来した佛蘭西が用いられている。真道 註)。


幕末から明治期に掛け西欧文化を大量に取り入れた日本では欧米の地名や人名を日本の漢字の音読みで漢字名とした。上述の盤谷(バンコク)などがその例である。中国では盤谷と云う地名や公園が数多くあり、タイ国のバンコクを指すものは無い。唯一の例外は「盤谷銀行」で、この場合の盤谷はタイ国のバンコクを指す。上記の通り中国ではバンコクは「曼谷」と表記する。

「キューバ」を日本では「玖馬」と書くが、玖は日本漢音では「キュー」、呉音では「ク」、馬は「バ」または「マ」である。従って玖馬は「キューバ」・「キューマ」、または「クバ」・「クマ」と発音される。スペイン語を母国語とする Cuba ではクバに近い発音である。日本では英語読みのキューバを元に日本の漢音の中から玖馬を撰んだのではなかろうか? 中国語では「古巴と書くがこの方が中国音では Cuba の原音に近い。何も英語読みと云う回りくどい方法を取らず、直接に祖語のスペイン語の発音に近い中国の方が良さそうだと私は思う。

話が中国音のことに逸れたが、日本に於ける非漢字圏の国々の地名や人名を漢字で表記する場合、中国から伝来したもの、日本で漢字にしたもの、それらも複数個あり時代によっても変わっている。

ロシアは「露西亜」・「俄露斯、(オロシャ)現在では殆ど死語」、ドイツは「独逸」・「独乙」、カナダは「加奈陀」・「加拿大」、ビルマは「緬甸」など・・・此れらはほんの一例に過ぎない。実に面倒臭い。平仮名や片仮名と云う表音文字を発明した日本が何故漢字に拘るのか?と思いたくなる。昔から漢字で表記することを優れた書き方であり、仮名で書くのは一段低く見られていた風潮(楷書漢字を真字[まな]と称して、仮名文字は真字より一段下等なものと見做されて居た)が未だに残っているせいだろうか?

俗に弘法大師が創ったと云われる仮名は平安時代以来使われ、現在では万葉仮名を除き、日本語の文章は「漢字仮名混じり文」の形で書かれることは周知の通り。中国の識者も「日本語は表音文字として仮名があるのに、非漢字圏の地名や人名をわざわざ漢字で書く人が居るのは?・・・」と首を傾げている。

中国では漢字の発音を表記するため20世紀初期に日本の仮名に似た「注音符号」が創られたが、普及せず、今では台湾では使われているものの、大陸・香港・シンガポールなどでは殆ど見掛けなくなったようだ。今では中華人民共和国が20世紀中期に「漢語ピンイン」(ローマ字)が出され、国連なども中国の地名の表示にはこれを採用している。

漢字は表意文字であり非漢字圏の地名や人名を漢字で表記するのは厄介である。だから一例を挙げると、回教の祖「マホメット」は「穆罕黙徳」と表記するが、個々の漢字は読めても「穆罕黙徳」が人名だろうとは推測できても誰のことだかは恐らく分からないだろう。幸い日本語では此の様な場合「カタカナ書き」とする習慣であるため便利度では勝っている。

私は、従来は止むを得ないが、非漢字圏の地名や人名は日本漢字表記は廃止または出来るだけ使わないようにして、今後は「カタカナ書き」に統一したらよいと思っている。無理に漢字表記をするのは無駄な努力のように思う。


余談: 戦後日韓の国交が回復した翌年の1966年にソウルで第一回の日韓漁業協定策定会議が開かれ、私も日本側委員として参加した。開会式当日手渡された式次第は「ハングル混じりの漢字で書かれていた。漢字が多かったので意味は通訳の説明なしに殆ど理解できた。

ただ一項目のみ疑問があった。それは「韓国代表人事」と記されていた。10名前後の双方の委員は既に決まっている。「何故の人事」なのだろう?手元の韓日辞書を見ると「挨拶」とある。韓国側代表者の挨拶(スピーチ)だと悟った。

韓国では漢字で「人事」の意味は「挨拶」のことなのだ。漢字熟語の意味は日・中・韓殆どが同じだが、中には全く異なる意味となる言葉がある。そう言えば日本語の「約束」は中国語では「商定」(相談して取り決める)の意味だし、中国語の「約束」は日本語の「制約」の意味であることを想い出した。

戦前の旧制中学や今の高校で「漢文」を習った日本人は現在の中国文を見て何となく解る気がするが、上記のような単語があるので飛んでも無い誤解をしてしまうことが良くある。これらの言葉は各国間で話し合って統一出来れば問題を回避できる。

日本の敗戦直後、台湾で発行された「一週間で日本の新聞が読める」と銘打った面白い本を読んだことがある。[新聞は中国語では報紙であり、中国語の新聞は日本語のニュースの意味である]。日本語を習っていない中国人や中国語を習っていない日本人が、読んである程度は書いてある文章の大意を把握できるのは現実問題としては素晴らしいことでは無かろうか?

しかし他の現実問題として、今の中国文の漢字書体は「簡体字」であって「サッパリ解らん」という問題もあり、韓国では漢字由来の言葉をハングルで書くのが普通であるから、これまた「サッパリ解らん」という側面もある。

漢字圏諸国の人々は欧米のラテン語にも匹敵する漢字を持ちながら、そのメリットを放置しているように思うのだが・・・。この問題に焦点を当てた論議をすることは意義があると私は思っている。

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TateGaki&YokoGaki2

再び縦書きと横書きの問題

 

2009/04/16

真道 重明

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は横書きを常に使っている。私は若い頃には手紙の便箋やハガキは縦書きだったが、今は手紙もパソコンのワープロソフトで横書きした文章をプリントアウトするし、年賀ハガキも横書きにしてしまった。縦書きと横書きの問題については、此のホームページでも嘗て駄文を書いたが、今回思い付いた事柄に就いて再び駄文を述べる。

縦書きをしなくなった原因

書棚を整理していたら半世紀以上前に先生の講義を速記した大学ノートが出て来た。罫線は横大学ノートだから横線である。そこでフト気が付いた。小学校の時は大正期から昭和初期にかけて使用されたハナ・ハト・マメ・マスで始まる「尋常小学国語読本」で習った国語は無論「縦書き」である。(この時「数学」の国定教科書は「算術」と書かれていたか?「算数」と書かれていたか?記憶は定かではない。また、縦書きだったか横書きだったかも忘れた)。

ひょっとしたら縦書きと横書きの混交だったがも知れない。1+3=4は縦書きでは書けないから、ページの上段の説明は縦書き、下段の数式は横書きだったような気もする。

旧制中学の四年を修了して高等教育を受けるようになった学生時代には、理科系の生物学が主だったので横書きばかりして居た。このため横書きがスッカリ身に付いてしまったのではないか?後年海外で講義をする時に思い知ったのだが、先生の講義内容を一つも聴き漏らさない殊勝な気構えで必至にメモを取ることに「憂き身を窶す」のは日本だけぐらいではないだろうか?

さて横書きの問題だが、物理・数学・化学・生物学・欧米の述語・四桁区切の数値・・・何れもとっても「縦書きでは書くことが不可能」とまでは云わないが、先ず殆ど書けないと云って良い。私が横書き派になった切っ掛けはこの大学ノートに依る習性にあるのではないか?

横書きが其れ程に便利なら一層のこと日本語は総て現在の中国のように「横書き」にすれば・・・と云う気もするが、「縦書き」の妙味も捨てた物では無い。・・・と云うよりも小説や論説などの書籍類や「広告欄を除く新聞の本文」などは殆どが「縦書き」であり、現在の日本語は「縦書き」が寧ろ標準である。

余談だが、ビルの垂れ幕やアドバルーンなど「縦書き」は実に便利だ。広告の文句に「上から読んでも山本山、したから読んでも山本山」と云うのがある。ついでに横書きの場合「右から読んでも山本山、左から読んでも山本山」となる。「私は君が好きだ」を右から読めるように「だき好が君は私」と書くことも可能だ、そんな人は居ないだろうが・・・。しかし、こんなことが出来るのは世界で日本語だけかも知れない。

中国語は現在では横書きが標準だが、「我愛爾」(私は君が好きだ)を右から読めるように「爾愛我」と書くと「君は私が好きだ」という意味になってしまうから目的語が逆となり、右から読むこのやり方は出来ない。文字の配列の順序が文法上の「格」的な要素となっているからである。

昔の扁額に例えば『園和頤』や『堂寿満』などとあるのは右から左に読む。今では引用する場合は「頤和園」や「満寿堂」と左から右に書くが、昔の扁額が左から右に書かれたのは何故かというと、実はこれは横書では無く「縦書き」なのだそうだ。元来文章を書くのは縦書きであり、改行すると左に次行が書かれる。扁額などの場合は一行の文字数が一字のため『園和頤』のように一見横書きのように見えただけなのだそうだ。

 

横書きは益々増えるだろう

 

前項で「広告欄を除く新聞の本文」と書いたが、新聞のページの普通は下段に掲載されている色々な広告欄は殆どが「横書き」であることに最近気が付いた。その理由は、@ 価格などの数値の記載が多いため縦書きでは表示に難い、A 横書きのカタカナの外国語由来の言葉やローマ字表記が多い、B URLなどの横書きでないと表記し難いものが広告欄には沢山ある・・・などが考えられる。

パソコンなど近代の IT 技術関連のソフトウェアーの仕組みは英語から発展して来たこともあって「横書き」を基本としている。スプレッドシートなども作表その他総て横書きである。最近の日本では小説などの文芸作品も横書きの書籍や Web site から Download してパソコンや携帯電話機で読む形のものは「横書き」が増え続けて居る。

今の若い人は「有名な作家が書いた小説などを読む人が減少する、いわゆる[書籍離れ現象]がある」と言われてきたが、「横書き」にして出版したら途端に売れ出した例をテレビで聞いた。「横書きは嫌いだ」と云う人もあるが、多くは書道が好きだったり、詩が好きだったりする。毛筆で書かれた古来有名な書などは縦書きの書は上の字と下の字ととのバランスが横書きには見られない美しさがある。しかしこれは横書きの問題とは別の世界の問題である。

同窓会名簿や電話帳なども「横書き」だ。中国語や韓国語も横書きが増えて来た。特に中華人民共和国では「横書き」が標準になっている。毛筆で書いた漢詩や絵画に添えられた文章などは「縦書き」が多いし、碑林(名筆の書を刻んだ石碑を集めたもの)などは、現在でも毎年開催される「世界書道コンクール」の受賞作などの石碑は書道家が書いたとおり「縦書き」で新しく碑林に加えられ、日本人のものも多いが、字体は康煕字典の正字が多い。しかし此れらは例外であって入賞作の紹介などのパンフレットは「横書き」簡体字である。

手元にある上海で出版された大冊の《唐詩鑑賞辞典》も「横書き」である。慣れてしまえば漢詩が「横書き」であっても違和感はない。要は慣れのような気がする。隷書体で書かれた漢詩の字句が「横書き」だと違和感を感じるだろうが、そんなものに出会ったことは無い。

中国語はさて置き、「縦書き」が基本の日本の新聞もコラム欄が「横書き」であったりするケースが増えつつある。詳細は縦書きだが「大見出し」は横書きだったりする。実に縦横無尽というか、融通無碍に割付が行われて居る。急いで出す「号外」は殆ど横書きだ。横書きは今後益々増えるのだろう。

不思議なのはパソコン関係の解説書だ。URL や原語のローマ字が多用されているから「横書き」が遥かに便利であるにも拘わらず、「縦書き」に永年固執しているものが多かった。しかし、数年前からは「横書き」に変わり始め、今では殆どものが「横書き」になっている。当然の成り行きだと思う。

縦書きと横書きの問題 (そに1) は書きをクリックして下さい。

http://home.att.ne.jp/grape/shindo/mougo.htm#Tategaki&Yokogaki

 

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Namaashi

嫌な言葉 「生足、なまあし」、

何故 「素足、すあし」と云わないのか?

 

2009/11/16

真道 重明

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足(なまあし)と云う言葉が中学や高校生、取り分け女子の中で流行っている。実に嫌な言葉だ。何れはその中にこの言葉は一時の流行語として消え去ると思っているが、流行語の辞典類にも出ている。

 

なまあしとは足袋やストッキングを着ていない裸の足(脚)のこと。何の事はない昔からある言葉の「素足(すあし)のことだ。「裸足(脚)、はだしとからそく」のことではない。裸足(脚)は草履や靴を履いて居ない「はだし、肌足」のことを指す言葉だ。

なまあし」と云う言葉を聞くと、私だけかも知れないが、咄嗟になまくびを連想して嫌な気持ちになる。若い女の子に「素足と云う言葉の意味を尋ねると「素顔が化粧をしていないスッピンの顔のことだから、手入れをしていない(ペディキュア、足の美爪術)をして居ない、または靴下を履かない、無駄毛を剃らない・・・など)スッピンの足のことかなー、良く分からない」との返事。

そこで、「なまくび、生首」と云う言葉を知っているか?」と尋ねると、「化粧をしてない首のことでしょう」との返事が返って来た。斬罪者の首を獄門にさらして世人に見せた、または「鈴ヶ森の生首の晒しもの」・・・と云ったイメージからは程遠い。素足と云う言葉を知らない。

一方、素足と云う言葉を聴くと(これも亦私だけかも知れないが)、何だか艶めかしい気持ちになる。小学生の頃(昭和初期)に流行った「♪たよる私の心は一つ、 切るもきらぬも糸次第、 新橋ゃ素足で東下駄・・・・・♪」(時雨音羽詩・佐々紅華曲の俗謡)の中の:−

♪ 新橋や素足て東下駄・・・ ♪

メロディーを想い出すからだろう。尤もこの「新橋」とは「当時、烏森神社の周辺に形成された花街のこと」であるとか、「東下駄(あずま下駄)」がどんな下駄だかは全く知らなかったのだが、流行歌好きの人が住む近所の家の二階から毎日レコードで聴かされていた。何だか花街の艶めかしい風情を唱ったものだとは理解し得た。

【広辞苑】に依ると:−
「素足」の「素」は漢音で「ス」と発音した場合、素手(スデ)・素足(スアシ)などのように「なにも伴わないこと」という意味がある。素顔などのように「ありのまま」という意味もある。
また「素」は「ソ」(呉音では「ス」)と発音した場合、色々な意味があるが、その一つに素朴(ソボク)・素描(ソビョウ)などのように「かざりけのないこと」を意味するらしい。

一方、「なま 生」には色々沢山の意味があるようだが、「なまの声」など「作為をほどこさないこと」という意味がある。「なまあし」の「なま」はこれに該当し、あながち間違っている訳ではない。しかし血の滴る生々しい「なまくび 生首」を連想させる「なまあし 生足」。そのうちに「消え去って欲しい流行語」だ・・・と思うのは私だけだろうか?

「顔黒、がんぐろ」、「草食男子」、「婚活」・・・この手の流行新語は沢山あるし、なかには「成る程」と感心したり思わず笑ってしまう傑作もある。だが「なまくび」だけは御免だ。

 

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7&8

七と八の四字成語の話

 

2009/11/16

真道 重明

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「七転八倒」や「七転八起」(七転び八起き)など七と八の数詞を含む四字熟語(成語)は中国から漢字が導入されるのと共に日本に入ってきたものだろう。中国語には沢山ある。例えば「七病八倒」、「七病八痛」、「七歩八叉」、「七長八短」、「七穿八洞」、「七穿八爛」、「七搭八搭」、「七大八小」、「七顔八倒」、「七断八続」、「七高八低」、「七横八堅」、「七慌八乱」、「七脚八手」、 「七開八得」、「零七八碎」 などはその例である。未だ未だ沢山ある。

・・・と云うのは、此れらは「七八成句」と呼ばれる一群の言葉(七や八の数詞の文字を含む言葉のグループ)の中の四文字から構成され四と八を共に含むサブ・グループである。「七八成句」は四個以上の文字で構成され、四を一個だけ、八を一個だけを含むものもある。その総数は夥しい。例えば親戚や姑が多い有り様を表す「七大姑八大姨」などは文字数は六個である・・・と云った具合。

此処で云々するのは四文字成句のうち「七の形のものが主体だが、中国には「七八の形のもの、例えば「乱七八糟」、「汚七八糟」、「烏七八糟」などもある。 尤も「四苦八苦」や「七難九厄」のように 「四と八」や「七と九」と云った例外は少数あるが、「七と八」が圧倒的に多いいずれにせよ何故「七と八」がよく使われるのだろうか?

NHKの「ことばおじさん」こと梅津正樹氏の「ことばおじさんのナットク日本語塾」を先日視聴して居たら、「七転八起(七転び八起き)」や「七転八倒」を取り上げて居られた。私は途端に後述する中国語の「乱七八糟」(luan4 qi1 ba1 zao1)を想い出した。

梅津正樹氏によると、此れらの七や八は数を表しているのではなく、「しばしば繰り返し起こる」とか「状態が続けざまに良く起こる・・・」と云った「意味を強める感じで使われるようだ」と云う説明であった。即ち、「七転八起」は七回転んで(失敗して)も、八回目には再起する」と云うように回数を云うのではなく、「何回転んでも、何回また立ち直る」の意であり、「七転八倒」(七顔八倒とも言う)は「転げ回って苦しみ悶えること」で、回数ではない。「七難八苦」などと言うのも回数ではなく「在りと凡ゆる苦しみ」のことだ。

上でチョット触れた「乱七八糟」であるが、中国語を習い始めた時に教科書に常用句の一つとして出ていた四語成句で、70年も前のことだが今でも良く憶えている。「物事が整理されて居らず、乱雑な侭に散らかっている状態」を云う。中国のサイトで調べたら、「汚七八糟」、「烏七八糟」などとも言うらしい。


記の「七」形式の多くは日本でも希に使われるが、読んで字の如しだが、日本では余り馴染みの少ないものの意味を調べて下記した。

 

「七歩八叉」:詩文の才能に恵まれていること。七歩歩く内に詩を作り、八度腕組みをする内に賦を作る。「叉」は腕組みをすること。

「零七八碎」:僅かな塵のような事柄で、しかも乱れている。(バラバラで系統的な事情も無く、または大事なことではない、つまらぬ事の意)。

「七長八短」:@ 背が高い者も居り、背が低い者も居り、「不揃いである」こと。また、A 不幸なさまを指す。またB是非を論ずることを指す場合もある。

「七穿八洞」:衣服が古くて、破れや穴が多くボロボロであるさま。

「七穿八爛」:物事が「破れかぶれ」であるさま。

「七搭八搭」:@ 「饒舌に際限なく喋るが、内容は捉え所がない」さま。または、A 「呆けた老人の意味不明なことを喋る」さま。

「七大八小」:@ 「大小が異なる」さま。A 「落ちぶれた顔」の様子。B 「妻妾が多い」状況を指す。

「七顔八倒」:「七転八倒」と同義。

「七断八続」:@ 散乱していて照合が不可能なさま。A 切断されている処が沢山あるさま。B 破れかぶれになっているさま。

「七高八低」:道路に高低があって平坦ではないさまを示す。

「七横八堅」:横になったものもあり、縦なったものもあって、纏まりが無く乱雑なさま。

「七慌八乱」:非常に慌てふためき混乱するさま。大勢の人が天手古舞いをするさま。

「七脚八手」:仕事が忙し過ぎて混乱するさま。(七足八手とも言う)

「七開八得」:@ 幾回ともなく、A 結局、B あげくには。

「七嘴八舌」大勢の人が口々に言いたいことを喋り立てるさま。

「七言八語」:あちらこちらから意見が続出する。議論がまちまちである。

「七支八塔」:言葉がもつれて辻褄のあわないこと。

「七死八活」:生きるか死ぬか、半殺しのさま。

「七折八扣」:無理やりに「値切る」さま。

「七八成兒」:七八分通り、十中八九。

「七塀八湊」:@ 無理算段する。A 無理に集め合わせる。

「七張八嘴」:うるさく喋り合うこと。

「七七八八」:@ 大差がない似たり寄ったり。A 各種各様の無駄な言葉。

「七面八臀」:西遊記の孫悟空のように大活躍をするさま。(東寺の大元帥明王像や大元帥明王像は「六面八臀」像、大元帥明王像や大元帥曼荼羅図は「四面八臀」像と呼ばれているそうだが、此れらは像の形態を占めす数詞で四文字成句ではない。なお臀は肘や手の意)。


以上の多くは幾つかの中国の検索サイトから探し出した語句とその和訳の説明である。日本でもその中の幾つかは良く使われるが、中国語では実に色々なものが無数にある。

繰り返しになるが、何故「七と八」がよく使われるのだろうか?

訳の誤ったものやお気づきの点は是非下記の郵便箱のアイコンをクリックしてご教示頂ければ幸甚です。

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「七上八下」:不安定な気持ち、例句:「十七個吊桶打水、七上八下」

「七出八進」:物の並べ方などの不揃い。細工の針跡、家具など。

「七零八落」:手紙、写真、収蔵品など、もともと集めて、整理され一緒になっているものが散らばってしまった様子のこと。

「七垪八湊」:一組のセットではない場合に、あっちやこっちから持ってきて一緒にすること、またはその様子。
の文字は「土偏」ではなく、正しくは「手偏」。日本語ワープロにはこの文字は無いので代用した】。

 

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