KOTOBA_3

言葉の詮索(非目次ページ、kotoba3.htm)

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NAZEKANJIDE

何故漢字で表記しないのか?

2007/03/03

真道 重明 

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先日、NHK テレビの「スタバ」(スタジオ・パーク)を見ていたら、主に日本で大河ドラマ「風林火山」の背景音楽など、大活躍中の中国の女性で二胡奏者の「チェン・ミン」さんが出演して居た。字幕には「チェンミン」とカタカナで表示されて居るだけで漢字は一切表示されて居ない。

二胡は現在は日本でも大流行して居るからご存じの方も多いと思うが、大型の胡弓である。もう60年以上の昔、私が中国語を習っているとき北京から母校に留学して来た友人と下宿を共にし、京劇に良く使われる京胡(小型で高音の胡弓)を面白半分に習った経験があり、興味があるのでその番組を楽しく視聴した。

彼女の中国語のホームページを見たら「陳 敏」となっていた。NHK テレビの字幕に何故「陳 敏」、または「陳 敏 (チェン・ミン)、若しくは「チェン・ミン(陳 敏)」と漢字で書くか、若しくは括弧などで包んで「漢字」を添え書きしないのだろうか?本人に或る考えが在って、または、本人の希望でカタカナ書きだけにして居るのだろうか?

蘇州で生れ上海で育った同女士は、レッキとした中国人である。漢字で姓名を表記することは、見る人が漢字を読める日本人の場合、寧ろ礼に適ったことだと私は思うのだが・・・。

中国大陸の規準漢字(簡体字)では、姓の「陳」は「阜偏に東」だが、簡体字の東は日本の草書体のそれに近い。常用漢字を使う日本人にとって簡体字の東は容易に日本の常用漢字の「東」と類推が可能である。それだけでは無い。漢字で書くか漢字を併記することにより、字面を見ただけで漢字に敏感な日本人にとっては連想作用により、記憶が一層確実になる。

女士のホームページは簡体字で書かれて居るが、姓の「陳」は日本の常用漢字と同様の字体で表示されて居た。なお、台湾の繁体字でも同じ。

厳密なことを云えば些少の問題は在るが、日本の当用漢字、大陸の簡体字、台湾や香港の繁体字、何れも元々は1700年代初期に康煕字典などに整理された同根の文字である。

一時は大陸側と台湾側で字体論争が煩く、お互いに毛嫌いしていたようだが、現在では大陸の人も、台湾の人も、香港の人も皆どちらも読み書き出来るようになりつつあるようだ。日本の常用漢字についても、中高等教育を受けた大多数の人は容易に読んでいる・・・というのが私の体験を通じた実感である。

日本人が初めて大陸の簡体字に接すると、最初はやや戸惑うようだが、仕事その他で必要に迫られる場合などがあれば、大した苦労なく直ぐ慣れてしまう。私など50年前、僅か4ヶ月の滞在中に簡体字で書かれた文章を急いでメモして居る中に、すっかり簡体字に慣れてしまい、日本に帰国した後もツイ簡体字を書いて、「お前、読めるのは読めるが、時々変な漢字を書くねぇー」と云われたりした。

話が脱線しそうになったが、タレントや芸能人など、例えば、ジュディ・オング(翁 倩玉)、テレサ・テン(ケ麗君)、アグネス・チャン(陳美齡)などはカタカナ語がブランド?になって漢字で書くと反って「誰のこと?」となるだろう。[注:ケ麗君の麗君は芸名、陳美齡は金子氏と結婚後は「金子 陳美齡」である。なお、陳敏の陳をチェンと読むのは北方語(普通話)の発音、陳美齡の陳をチャンと読むのは広東方言]。パリ育ちのチェロ奏者の「ヨーヨー・マ」(馬 友友)も漢字を併記すればより記憶しやすい点は同じだ。

私個人としては、この様に新聞紙やテレビの字幕がカタカナ語だけの場合、「一体これらのカタカナ語は漢字ではどう書くのだろう?」と好奇心が生まれる。これは私の個人的な「癖」で、他の日本人にとってはどうでも良いことかも知れないが・・・。

しかし、チェン、チャン、チェング、オング・・・などカタカナ語が氾濫すると混乱して憶えにくいのでは無かろうか?折角読める漢字があるのだから、漢字で書くなり、漢字を併記、若しくはルビを振るなどをすることによって、遥かに記憶しやすく、且つ区別し易く、より正確に記憶されると思うのだが?

一方、国家の要人である毛沢東、ケ小平、江沢民、温家宝、胡錦涛など中国の要人の姓名は、日本のアナウンサーは「もう・たくとう」、「とう・しょうへい」、「こう・たくみん」、「おん・かほう」、「こ・きんとう」などと日本語の漢音で発音し、毛沢東を中国音で「マオ・ツェ・トン」などとは読まない。新聞紙面では常用漢字で表記して居る、例えば、今の首相の温家宝は「ウエン・チャアパオ」、国家主席の胡錦涛は「フー・チンタオ」などと最近ではルビを振っている場合(朝日新聞方式)もある。

しかし、水を差すようだが、音声学的に全く異なる中国語の発音を日本語の表音文字である仮名で表記した所で、それを日本人が発音しても相手の中国人に通じるとは先ず思われない場合が多い。漢字で表記されていれば一発で直ちに読めるし、記憶も容易だ。

自分の国の氏名や地名を「出来るだけ自国語の音声に近く発音して貰いたい」と云うのは自然な感情であろう。ハングルという優れた表音文字を持つ朝鮮半島の人々には特にこの気持ちが強い。しかし、日本の国名を「ニッポン」とは言わず「イル・ボン」と云う例外もある。

大統領の李承晩を「イー・スンマン」、盧泰愚を「ノテウ」と書きながら、一番重要な国名の「大韓民国」を「テハンミング」と書かず、発音も「だいかんみんこく」と云うのも少し変な気がする。理屈ではなく双方の国民感情を考慮した、言わば政治的妥協なのかも知れない。

一方、表音には不向きだが、表意には強い漢字を使う中国人の場合、相手が漢字を使う日本の場合には漢字を使って、東京は漢字で「東京」と書き、アナウンサーも中国音の「トン・チン」と発音している。

日本側も中国の人名や地名は、漢字で書きアナウンサーも中国音ではなく日本の漢音で発音している。双方の人達にとって分かり易く、同時に憶え易いからだろう。例えば、「盧溝橋(ろこうきょう)の事件」を若し「ルーコウチャオの事件」と新聞紙上に書いたり、アナウンサーが「ルーコウチャオ事件」とカタカナ読みで喋ったら、一般の日本人には「一体何の事件だ」と恐らく見当も付かないだろう。

同じように、中国の新聞紙が「横浜(濱)」のことを日本語の原音に近く「育口哈麻」と書いたとする。中国のアナウンサーがこれを読んで「ヨ・コウ・ハ・マ」と発音しても中国の視聴者は何のことだか分からずキョトンとするだろう。漢字で横濱と書き、中国音のピンイン(中国大陸で用いられるローマ字による発音表記)で「heng 2 bin 1」と声調を正しく発音すれば、多くの中国人は直ぐ分かる筈だ。

以上、ゴタゴタと駄文を弄したが、「漢字仮名交じり文を書く日本人は、「漢字について敏感であり、素養もあり、親近感を持つ。従って憶えるのも容易である。冒頭の二胡奏者の「チェン・ミン女士」も漢字で書くか、または漢字を併記して貰えば、「より多くの日本人に名前を覚えて貰える」に違いない。「漢字を活用すべきではないか」と私は思う。

 

 

次に私が云いたいのは「漢字圏の諸国や地域に「漢字の共通した書体(字面、じづら)を作れ!」と云う提案である。各国や各地域は現在の字体と此処で云う「共通字体」の二つさえ憶えれば済む。常用漢字・簡体字・繁体字・ベトナム漢字(字喃。チュノム)などを一々憶えなくても良い。その数は差し当たり3000字もあれば98%は取りあえずの役には立つ。

文字を持たなかった日本人は中国から漢字を輸入し、既に2000年の歴史を持っており、今や日本語は「新聞紙も教科書や小説も、日本語を漢字無しでは書くことが出来ない」のが実態である。(仮名やローマ字でも表記可能ではあるが、実態としては「駅名表示」や「特殊な場合」に限られているのが現実である)。

字体には多少差が在っても、漢字は中国だけのものでは無く、中国大陸・台湾・香港・澳門(マカオ)・シンガポールの中国系の人々)や日本国に於ても片仮名・平仮名の(表音)文字と共に「不可欠の(表意)文字」であり、日本でも近世になると学問・技術・思想、その他多くの新漢字熟語が作られ、多くが中国に逆輸出されて使われている。

漢字圏と云う言葉があるが、嘗ては朝鮮半島、ベトナムなどでも漢字は常用され、ラテン語が欧州諸国の國際共通語だったように、漢字で書かれた漢語文は東アジアの國際共通語だった。ハングルが発明された朝鮮半島(韓国と北鮮)では、漢字廃止運動が起こり、またベトナムでは仏領時代にフランスの影響でローマ字による表記が現在使われているけれども・・・。

そうは云っても、韓国では今なお漢字の看板は在るし、人名や地名、地域名などの殆どは漢語由来のものだ。李承晩、朴正煕、金大中、盧泰愚など総て漢字で書ける。釜山、仁川、済州島、蔚山・・・など直ちに漢字に置き換えられる・・・と云うより元々は漢字に由来するからだ。それをハングルで表記することにした。例えば、東京を「とうきょう」とし、「漢字では書かないこととした」と云うことだろう。

ベトナムでも同じだと思う。ベトナムは、漢字と漢文を歴史的に長く使用して来た。フランス植民地になって以来、漢字文化はほぼ消滅したと云う人もあるが、現在でも漢字がある程度書ける人は少なく無いと云う。ベトナム語自体は中国語を語源にしたものが多い。南方系中国語と発音そのものも似ている。

ベトナムの古典は全て漢文とチュノム(字喃、ベトナム独自に作ったベトナム式漢字)で表記されていたため、高等学校文系で漢文を選択科目に入れようという主張も現在あると聴く。南ベトナムでは1975年まで中等教育に「漢文」が在ったと云う。

ベトナムは、従って東南アジアではあるが、タイ国やカンボジアなどの「南方(小乗)仏教」の国々とは違い、宗教も東南アジアでは唯一の大乗仏教であり、歴史的には漢字圏であった。現在でも年配で教養のある人達は漢字が読めるそうだ。

初代大統領のホーチミンは漢字で書くと「胡志明」、チャン・ドゥック・ルオン国家主席も漢字で書けば「陳徳良」、首都のハノイは「河内」、中国の広東方言読みでは「ホーノイ」だそうだ。ベトナム語の漢字の読み方は中国語の北京方言より広東方言に近いようだ。

余談だが、私の SEAFDEC 時代の友人(南ベトナムの水産局次長)に Tran と云う姓の人が居た。香港人の友人は私に呉れた数通の中国文の手紙に彼のことを「陳先生」と書いて居た。中国の南方方言には「陳」を「タン」と発音するものが在る。TranTan 、良く似通っている。私はベトナム語には全くの素人で、中国の広東方言も片言ぐらいしか知らないし、興味はあるが言語学には疎いから、飽くまで「素人論」だから確かなことは云えないが、SEAFDEC のシンガポール職員に Tan Sen-min と云う部局長が居た。漢字でどう書くか訊ねたら「多分・・・」と云って書かれた覚束ない筆跡の文字は「陳新民」と読めた。この人の姓の Tan も「陳」なのだ。

何故こんなことを云うかと言えば、漢字が消滅しかかっていると言われるベトナムでも、未だ漢字文化は一部生き残り、お寺では漢字のお経を唱えていると云う実態があることを云いたかったからである。氏名だけでなく地名や王朝名なども漢字に置き換えることが出来、発音も中国南方方言に似ているようだ。

東アジアを EU (欧州連合)のような世界の一つの経済圏として、その発展を望むならば、これら諸国(ないし地域)が歴史的に漢字圏であると云うことから、漢字をもっと有効に活用すべきではないか?それから享受出来るメリットは決して小さくはない筈である。

元来は同根から出て居るとは言え、現在では各国(各地域)では異なった各種各様の書体(字面)が使われており、同じ字面も多いが、字によっては最初は一見面喰らう場合もある。

メールなどに到っては多くの場合「文字化け」してしまうのが実態である。現在使用している文字はその侭にして使用し、他国とは共通の漢字書体を用いる・・・と云ったものが作れないものだろうか?そう出来れば「現在使用している文字とこの共通文字書体の二種類さえ知れば良いことになる。

「英語でことは足りるではないか」という人もあろうが、表音文字の英語やハングルでは「表意文字である漢字」でしか表示出来ない同音異義語が沢山ある。例えば、中国人の李さんは自己紹介で「我姓李、李是木字李的李」(私の苗字は李です。李は木の字の李です)と云う。3声のリーには李の外に「里・裏・裡」などあるからだ。英語やハングルではどうにもならない。まして日本の仮名やハングルには声調が無いから無数の「リー」がある。漢字なら見れば直ぐ分かる。

私の若い知人(複数)で中国語の知識は全く無い侭、一人で各地を観光し、総て筆談で「兎に角」目的を果たして居る。漢字の意味は8〜9割は一致しているから、これが可能となる。考えて見ると、中国語の知識は無くとも、既に、かなりの語彙を共有している訳だ。韓国やベトナムに行った人で漢字の筆談で意思が疎通した例も聴いた。これは大変なことだと私は思う。

メールの「文字化け」は技術的には大変面倒らしいが、その気になれば実現不可能では無かろう。それは次の段階の問題としても、先ず、共通の字面の漢字を共有することであろう。

この考えは飽くまで「差し当たって」の実用ということであるが、メリットがあると思う人々が増えれば、理論的な細々とした問題は一応棚に上げて、進んでゆく中に逐次解決されるような気がするのだか?どうだろうか?諸賢のご意見を聞きたい。

 

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TYOKUGEKI

 

直撃・激白・絶賛上映中

 

2007/03/03

真道 重明 

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スキャンダルの渦中の芸能人、○○に「直撃」を敢行した・・・。○○の両親は次のようにその思いを「激白」した・・・。我々は毎日のように民放のテレビなどではこの言葉を耳にして居る。

聴いていると、「直撃」を敢行したと云うのは、ただ単に「面談した」だけ、思いを「激白」したと云うのは、これまた、ただ単に「喋った」だけの場合が多い。殊更に視聴者を「さも重大事」のような気にさせようと云う企みだ。

これらの言葉を聞く度、その都度、私は思うのだが、戦地の経験を持つ我々にとっては、「直撃」などと云う言葉は軽々しく使うべき言葉ではない。直接に直ちに速やかに攻撃するのが上策なのか?それとも、間接的な方法で打撃を与える方が有利か?何れを取るかで「勝敗の行方を左右する」ことは常に起こり得る。

一方、「激白」であるが、こんな言葉は手元の漢和辞書にも国語辞書にもない。「白」という字には「ものを言う」という意味がある。「敬白」、「白状」、「告白」などの「白」である。しかし、「激白」と云う言葉は私の身近にある辞書には無かった。

恐らく「激しい情熱に駆られた心理状態て喋った」か、「憤懣遣る方無い気持ちで話した」などの心算(つもり)で誰かが作った新語であろう。チョット考えた末、「訳の解らない言葉」だと私は結論した。Blog などの書き込みには無数に出て来るけれども・・・。

同じように、映画の宣伝文句に「絶賛上映中」などと云うのがある。私が子供時代・・・というと今から70年前からだが、一向に変わっていない。絶大な賞賛の中で上映されて居る訳だ。どのタイトルの映画も総て絶賛だ・・・。

雑誌や書籍なども、皆「好評発売中」と書かれている。映画の上映はどれもこれも「絶賛」だし、発売品はどれもこれも皆「好評」だ。これらは定型句・常套句で変えない方が寧ろ良いのだろうか?

もう一捻りした表現があると思うのだが?・・・。

タイ国の友人が駐日大使館員として赴任して来た。未だ幼稚園にも行かない息子が初めて憶えた日本語は「はい」、「いいえ」、「僕」などではなく「新発売」(シンハツ・バイ)であった。未だ日本人の友達も居ない頃で、テレビばかり見ていた。「新発売」という言葉を聴く頻度が一番多かった所為(せい)だったのだろう。余計な咄をした。御免。

 

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GuiDiao

クイッティヤオの語源

 

東南アジアでは何処にでもある

米粉のパスタ(麺)の語の由来

2007/05/04

真道 重明 

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イッティヤオ」と云うのは東南アジア諸国で一般によく食べられて居る米の粉で作られる麺類のことである。私が初めてこの言葉に接したのは1966年のこと。FAO/IPFCの作業部会に出席のため、 タイ国のバンコクに出張したときである。物珍しさも手伝って、タイ人のメンバーの案内でタイ料理を食べ捲った時のこと。日本では未だエスニック料理などは流行して居なかった時代である。

その後、タイ国ばかりで無く、東南アジア諸国と親しい縁が出来、11年間のバンコク勤務を含み40余年の付き合いをして居る。クイッティヤオに限らず、東南アジア諸国の料理には多分に南洋華人(東南アジアに居る中国系の人々)の料理が浸透して居る。

食べ物と言葉に興味を持つ私は、それらの語源が南方中国方言に由来するものらしいと云うことは気づいていたが、今回、クイッティヤオの語源が潮州語(広東省北部の潮州や汕頭(スワトウ)で使われている中国南方のミンナン語系統の方言の一つ(北京語や普通語は声調は4個、潮州語は8個ある)に由来することが分かったので、此処に紹介する。

潮州語でライスヌードルを意味する「」、または条」、(此処では「米偏に果を旁とする漢字」、コエティオのこと)だと云う。(Wikipedia 潮州料理)。この の漢字は日本の普通の小型漢和辞典には無い。日本の常用漢字やパソコンのシフトJISにも勿論無い。大型の漢和辞書か康煕字典には記載されているかも知れない。また潮州語の「方言文字」かも知れない。他のサイトには潮州語 クエティオウ guediou と云う記述もある。(Wikipedia ライスヌードル)。

1995年に北京を訪問した際、ホテルのメニュウ(菜単子)に「貴」と云うのを見付けた。(此処で漢和辞典にもあるレッキとした漢字だが日本では殆ど使わないので常用漢字には入って居ない。チヨウと音読する、「」と云う字の第二画の「ノ」の替わりに、片仮名の「」の第二画、即ち下から跳ね上げたもの、チョット「」の第一画を取り去った字に似ているが、中の点は「ノ」を下から跳ね上げたものと思えばよい。

「貴」は日本の漢音では「キ・チョウ」、ピンイン(中国語標準音をローマ字化したもの)では gui 4 diao 1、片仮名書きでは「クィ・チャオ」に近い。「東南亜常見菜」と解説されて居た。少し高価だったが間違いなく此れは「クイッティヤオ」だと思い懐かしいので試食した。矢張りまさしく「クイッティヤオ」だった。

正確に言えばタイ語の「クイッティヤオ・センヤイ・ナーム・ルクチーン・ヌア」(牛挽肉団子入りのきしめん風クイッティヤオの汁(蕎麦の「もり」と「かけ」のかけの方)である。上述のように潮州や汕頭に漢字のが在るのだから、それを書けばよいのに・・・と今になっては思う。

なお、今回次のことが分かった。即ち、「河粉,又称沙河粉,在新加坡称条(福建活用法、当地英文按発声KUE TEO"俗作「貴「鬼是中国広東和東南亜一帯常見的一種小吃主料、1860年左右源自広州沙河而得名」。(は「米偏に果を旁とする漢字を示す)。(河粉 維基百科、Wikipedia、中国語検索エンジン 百度 Baidu による)。

意味は、『河粉、別名を沙河粉と云う。シンガポールでは「条」と呼ぶ。ローマ字で発音を示せば KUE TEO 俗に「貴、「鬼」とも書く。これは広東省や東南アジア一帯で普通に見られる一種のスナックの主な材料となる。1960年頃に広州の沙河から広まったのでこの名がある』。

広州市の沙河鎮は私が兵隊さん(気象隊)に服役中、近くに飛行場があり、度々訪れた懐かしい場所である。敗戦直後も日本軍の命令で「中国空軍第四方面軍司令部に通訳官として勤務」した時にも、現地終戦処理で何度も訪れた。その時には「河粉」(沙河粉)のことは知らなかった。

司令部での言葉は北京語で私は広東語は日常会話の初歩程度しか分からない。河粉を食べたのかも知れないが記憶には無い。此処での話は総て戦後の國際機関勤務の時憶えた経験や最近のインターネットの中国のサイト検索によるものである。

取り分け中国語検索の百度(Baidu)からは多くの、「河粉」に関する知識が得られる。それらの記事から考えて、クイッティヤオの語源は上述の潮州語(潮汕語)だけではなく、広東省各地にある幾つかの言葉(方言)に由来する可能性が考えられる。料理屋や製造元のブランドの元祖や本家の争いは世界中何処でもある。潮州人は東南アジアに多く進出して居るから、潮州の言葉が語源と云われているのかも知れない。

此処でお断りして置かなければならない事は用語の問題である。日本語には「そば」や「うどん」などの言葉があるが、蕎麦粉で作った「生そば」も「そば」なら、小麦粉で作った中華麺も油で揚げたもの、油で炒めたもの、何れも「中華そば」のように「そば」と呼んでいる。長崎の「皿うどん」などは「うどん」とは似ても似つかない麺類であり、極細の中華麺(髪麺)を油で揚げたいわゆる「堅焼きば」である。炒めたものでは縁日などの屋台で売って居る「ソース焼きそば」のような「軟らかい焼きそば」もある。

中国語で「麺」(=面)と云えば小麦粉を使った食品全般を指す。パン(麺麭)も麺の一種、餃子や包子も麺である。日本で云う細長い「そば」は「麺條=麺条」と呼び「條、または条」を加えて表す。條とは「細長い(紐状の)ものを意味する、いわゆる「そば)である。中国語の「麺」に一番近いのはラテン語からイタリア語を経て英語でも使われて居る「パスタ」(pasta)であろうと私は思う。小麦粉の生地から作るスナック類全般を指すからだ。

もう一つお断りして置かなければならない事は片仮名書きの名前の発音である。中国・タイ国・ベトナム語などローマ字化した韻母と声調で表記しても、発音体系の複雑なこれらの言葉を日本の50音という単純な仮名で正確に表記する事は先ず不可能に近い。此処で示した片仮名を読んで相手に通ずると期待するのは無理と思って頂きたい。漢字の分かる相手の場合は漢字なら通じることが多いのだが・・・。

さて、米の粉から作る「そば」の中で日本で最も知られているのは「ビーフン」(米粉、福建南部や台湾での発音)であろう。此れは中国語では「麺」とは絶対云わない、小麦粉では無いからである。同じく米の粉から作る「クイッティヤオ」も「麺」では無い。この意味では本稿の副題の言い方も矛盾しているが、日本人の云う麺は「そば類」を連想するので敢えて麺と書いた。

この「クイッティヤオ」がどんなものか?中国南部や東南アジアを旅行された人は多分ご存じと思うが、ビーフンとはかなり異なり、一般的には「平打ち饂飩」ないし、名古屋の「きしめん」のような恰好のライス・ヌードルと思えばよい。

最近はベトナム料理が大流行だが、「フォー」(Pho)は「クイッティヤオ」と同じものと考えて良い。インスタント食品やカップ・ヌードルなども最近では日本で市販されて居る。元来「クイッティヤオ」には色々な種類があって、タイ国で一般的なタイ語で云う「セン・ミー」、「セン・ヤイ」(きしめんや平打ち饂飩の様に幅広のもの)、「セン・レク」(細切りのもの)、ライス・ペーパー様のものなど多種多様である。タイ国でも北のチェンマイなどでは「タック・ソイ」と呼ぶ「セン・ミー」や「セン・ヤイ」に近いものがある。タック・ソイは「細く切ったもの」と云う意味である。

食べ方にも蕎麦の「盛り」と「かけ」があるように、スープの無いもの(タイ語ではヘン)やスープのあるもの(タイ語ではナーム)に分けられる。ちなみに、タイ国では小麦粉で作った麺は「バ・ミー」または「ミー」と云う。ミーは恐らく麺の中国南方音に由来するものだと思う。「フッケン・ミー」は私が23年居た長崎の「ちゃんぽん」と殆ど同じもので、南部タイやマレーシアのペナンで出会った時には吃驚した。漢字で書けば「福建麺」だ。

最期にもう一つ語源の分からない不思議な「ジェン・ダホー」または「ジェン・トウフゥ」と云うのがある。ジエンはタイ語で「冷たい」の意味があり、ダホーはタイ国の数人の友人に訊いたが「豆腐」のことらしい・・・と云う。豆腐は普通は「トウフゥ」だ。確かに厚揚げ豆腐が必ず入っているが、食べるときは熱くて少しも冷たくはない。それを指摘すると誰もが「理由は良くは分からない」と云う答え。

台は小麦粉の麺(バ・ミー)と米の粉の(此処で云うクイッティヤオ)の双方がある。烏賊やクラゲ(メンカプーン)、「ルアッ・ムウ」(ルアッは血、ムウは豚の意。豚の血を採取して血清と血餅に分離させ、後者のチョコレート色の煮凝り風のものを煮て、豆腐の奴サイズに切ったもの)、それと「パク・ブーン」と呼ぶ菜っ葉が必ず入って居る。スープはやや赤み掛かっている。日本人にとっては最初は実に変な感じだが、慣れると案外旨い。赤色のスープは赤米の醗酵品(紅腐乳)で色付けされて居る為である。 

此の語源やどこから来たのか?は私にとっては不明の侭だ。中国系のものであることは先ず間違いない。客家語か海南語か、それ以外かも分からない。

蛇足を付け加えると、ベトナムの「フォ」は広東省広州市沙河鎮の「河粉」の河の音は標準語(普通話)では he 2 であり、仮名で書くと「ヘー」より「ホー」に近いが、中国南方諸方言にも似た音があり、これがベトナムの「フォ」になったのではないか?と素人なりの下手の勘繰りをしている。

Addendum

追補

 

(1) 石垣島の T.K. 氏から下記の内容の連絡を頂いた。(2007/05/17)。

マレーシアで「板麺」と書いてPan-meeパンミーという麺を売っていましたが、これは小麦が入ったこしの強いきしめん風でおいしくいただきましたがその後他所では見たことがありません。

そば粉が入っていないのに「そば」と呼ばれているのが「沖縄そば」です。慣習的に、「そば」という語の使用が認められていると聞きました。小麦の産地でもない沖縄にそばが根付いた理由を考え、米軍占領下の配給物資でメリケン粉が大量に供給されたことを思いつきましたが、土地の人によると戦前は小麦を栽培していたそうです。暑く、湿度の高い気候なのであまり栽培に適した土地柄とは思えませんが・・・。

日本文化が浸透している台湾では、「烏龍麺」というのがあって、ウーロン茶と関係のある麺類かと思いきや、日本語の「うどん」の発音を充てただけの「うどん麺」でした。また「饂飩麺」と正しく?書かれた店もあったように記憶しています。どちらも同じ「うどん」でした。うどんの語源はカンボジアのUDONという地名が関係あると書かれたうんちく本も見たような気もしますが、これは怪しいですね!。

真道の蛇足:「板麺」を中国語検索エンジンで調べたら、「板面(麺)」は安徽省や湖南省の麺条と解説してあり、同地方の特産スナックであるらしい。多くの香辛料を使いピリカラ風味の「そば」らしく、具は羊肉が使われ美味で有名とのこと。 T.K. 氏がマレーシアで賞味されたものが、此れと同じものか否かは分からないが、中国国内の特に北方に拡がって居り、海外にも進出しているとある。

コタ・キナバル(マレーシア)食べ歩き的記事にも「バー・メン」として記事があった。美味しいとのことだ。これは 「きしめん」風とあり、T.K. 氏のものと先ず同じように思われる。ちなみに日本語で「板麺」と云うと「蕎麦製作のための道具」の一つを指すのだそうである。

饂飩の漢字は日本特有の言葉で元来中国には無いらしい。中国語では日本の「うどん」を「饂飩」、「烏冬」、または「烏龍」とも書く・・・と記載してある。「烏冬」は標準音(普通話)では「うどん」と発音が似て居る。「烏龍」は標準音(普通話)では「うろん」に近いと思う。

此れで想い出したのだが、日本語でもそうだが大根(ダイコン)のことを「ライコン」と訛る地方は多いように思う。私の小学校(大阪市)の時も名産の「田辺大根」を「たなべライコン」と土地の人は訛っていた。博多の有名な「角の饂飩屋」は「カロのウロンや」と博多の人は発音する人があったのを憶えている。「烏龍麺」も似たような現象かも知れない。発音の際の口腔や舌の形が「う」と「ろ」は互いに近いように思う。

 

(2) 「めん類」食品の分類と呼称。(私の一人勝手な素人の論議)。

本項を書くに当たって苦労したのは用語であった。加工した澱粉質の「細長い紐状の食品」を総称する言葉は無い。そこで、半ば閑人の面白半分と思われるだろうが、以下のように仕分けしてみた。

日本語では「そば」と云えば蕎麦粉で作った「蕎麦」もあるし、小麦粉で作ったラーメンなどの「中華そば」や「沖縄そば」もある。その意味では大雑把で混乱する。英語で「ヌードル」と云えば英和や英英辞典では小麦粉で作ったものとあり、ビーフン(bi-hun 、漢字では米粉、ミンナン語)など米の粉の加工品は含まれない。
ヴァーミセリ(
vermicelli も元来イタリア語でごく細の noodle のこととある。つまり、ごく細のスパゲッティのことらしく、「はるさめ」をヴァーミセリと訳したメニューがあったが、誤りだと思う。
また、パスタをスパゲッティと同義語と思っている人もあるが、パスタ(
pastaは練った小麦粉を使った餃子風のものやマカロニなども含むスナック類の総称である。

 

原料:小麦粉、米(インディカ種、長粒米)、蕎麦、緑豆、馬鈴薯、蒟蒻などが主であるが、この外に、ダッタンソバ(韃靼蕎麦)、クリ(栗)、ヒエ(稗)、キビ(黍)、ハダカムギ(裸麦)などもあると云うが私はこらの知識は無い。

緑豆、馬鈴薯から作ったハルサメ(はるさめ、春雨)を台にした(ラーメンの台の替わりに用いた)汁はるさめ、「ウンセン・ナーム」(タイ語)がある。試食したが余り旨くはなかった。
糸蒟蒻(すき焼きに入れるシラタキ)を台にしたラーメンのようなもの。タイ国のバンコクの東にあるバンセンの町の店にあった。試食したが全然旨くない。肥りたくないダイエット志向の女性に人気があると店主は云う。最近メニューに加えたとも言っていた。

 

製法手打ち(手延べ)、製麺機、ノズル式(花卉に水を遣る「ジョロ、如露まだは如雨露」の口状から練った粉を押し出す。心太(ところてん)の突き出し箱風のものもその一つ。また、「生」と「乾燥品」(乾麺)とがある。

「手打ち」は捏ねた粉を手作りで延ばしたものを、包丁で刻んだり、削ったり、また手で引き延ばしを繰り返し細くする手作業製品であることはご承知の通り。
機械化した製麺機はそば用、うどん用、中華麺用、スパゲッティ用(パスタ・マシーン)など千差万別のようだ。ノズル式も製麺機だがチョッパー(挽肉機)の出し口の「蓮根の穴状の小穴」から押し出して細い紐状にする。
変わったものでは、タイ国独特の「カノム・チーン」(米の粉に多量の水を加えたドロドロした液体を如露口から出し、熱湯中に投入して固める軟らかな生素麺状のもの)がある。

 

「盛り」と「かけ」: 多くのものには、いわゆる「盛り」と「かけ」がある。しかし、中には「かけ」だけで「盛り」の無いもの、逆に「盛り」だけで「かけ」の無いものもある。

大阪で育った私は、「うどん」は「かけ」だけのものと信じて居た。「うどん」に「盛り」があることを知ったのは二十歳を過ぎてからだ。中華麺の一種であるラーメン(拉麺と書くらしい)は元来「かけ」だけと思っていたら、「つけ麺」と称して「うどん」の場合と同じく麺と「付け汁」を別々の容器に入れ、いわゆる「盛り」式にたべるもの、釜揚げうどんなどもその一種だろう。また「冷やし中華」と称する「盛り」形式のものがある。これらは日本独特のように思う。
尤も中華麺でも「炸醤麺」(ジャ・ジャン・ミィエン、
zha4 jiang4 mian4 )などは「盛り」だけでありイタリアのスパゲッティ・ミ−トソース等と同形式だ。因みにイタリアは総て「盛り」式のようだ、スープの中に入れたパスタは見たことがない。タイでは「盛り」は「ヘン」(乾いた、ないし、水気の無い・・・の意)、「かけ」は「ナーム」(水=汁の意)と称している。

 

名称: 「めん」料理の名前の呼び方は千差万別である。

地名を冠した出雲蕎麦、讃岐うどん、食べ方の様式による「流し素麺」、椀子蕎麦、エスニック(他民族)のめんでは「東南アジアの香辛料を多用しためんを指す場合が多いようだが、その国の言葉がその侭使用される場合が多い。例えばタイ国のバ・ミー、クイッティヤオ、ベトナムのホーなど。また、「盛り」か「かけ」か?具は何か?も指定して云う場合、例えばタイ国で「バ・ミー・ナーム・ムー・デーン」と云えば「叉焼=チャーシュウ(広東方言に由来、焼き豚の切身)、赤く染めてある」の入った「汁ラーメン」と云った具合である。日本の料理屋のメニューに記載されている名前を書き出せば数百以上在るだろう。
中華麺の場合、菜単子または食譜(メニュー)には無数にある。恐らく数千は下らない。

 

即席めん: 脱水したインスタント麺の話

カップ・ラーメンに代表される「即席めん類」は日本人の発明で世界を席巻する勢いにあると云われている。懐かしのチキン・ラーメンから始まったと思うが、今では南極越冬隊やヒマラヤ登山隊の人々まで携行するようになった。
中華麺、うどん、蕎麦、ビーフン、
クイッティヤオ、ホー、スパゲッティ、など殆どの「めん類」が具と共に小袋包装で販売されているが、上述の「生めん」や「乾めん」とは味も食感も別個のものである。換言すれば旧来の「めん類」とは異なる新しい食品の仲間と位置付けるべきものであろうと私は思っている。

 

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NEKOMANMA

「猫飯」とはどんな「めし」か?

「羅漢請観音」・「漢音請羅漢」
という中国の常套的冗句(
Joke)

 

2007/11/04

真道 重明 

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本人は御飯茶碗を手で持つが、「中国では飯椀を手で持つのは不作法でありマナー違反なのだろうか?」という疑問が書かれた記事を読んだ。私は中国で長期間の生活をした経験はないが、60年以上前のことだが北京官話を習ったし、講義や専門分野の視察その他で戦後も多数回訪中し、長いときは数ヶ月滞在して居る。戦前の中国は軍役で北は長春から南は広州まで大陸を縦断した。しかし、冒頭の疑問は考えたことも意識したこともなかった。

上述の疑問の主は旅行者らしく、料理屋の女主人にその疑問を尋ねた処「いや、飯椀を手で持って食べることは一向に構わない」と答えたそうだ。続けて「老一輩的人要求端起碗吃飯、年青人已不再守規矩了」(年寄りはチャントと礼儀正しく飯椀を手で持てと言うが、若者はマナーを守らない)・・・。その後に続く言葉が面白い。「称之為猫飯これ(即ち飯椀を手で持たない不作法な食べかた)を猫飯と云う]とのこと・・・」。

なる程、言い得て妙である。猫は手でお椀は持てない。犬飯(狗飯)と云っても良かろう。中国の検索サイトで食事作法や猫飯を調べたが,上記の食事作法の慣習は見当てることが出来なかった。猫飯のキーワードではペット・フードの広告が山ほど在ったが・・・。日本にも「猫飯(ねこめし)」という言葉があるが意味は異なる。久し振りに「ねこめし」と云う言葉を聞いた。そこで例により駄文を弄した。

 

飯(ねこめし)、関東の幼児語では猫マンマとも云う。「ねこめし」は東日本と西日本とでは言葉の意味が多少異なると云われて居る(Wikipedia ねこまんま)。西日本では意味が若干広く、混ぜ御飯風の料理を半ば冗談に「ねこめし」とも称するようだ。元来は「猫に与える餌」を意味したのだろうが・・・。広辞苑五版にある猫飯は「飯に味噌汁をかけたもの」と説明している。猫の餌ではなく人間の食べるも「汁かけ飯」を指したものであろう。

また、西日本では猫の餌の場合も、汁の無い「人間の食べ残した具を混ぜたものが在るように、「混ぜご飯」のことを「猫飯」と云う時もあるようだ。東日本では飯に鰹の削り節を振り掛け醤油を垂らしたのが特によく見掛ける。

私の祖母は熊本育ちで、豌豆の「豆御飯」や旬の「筍御飯」などは得意で、少し糯米を混ぜた粳米の「混ぜご飯」は旨かった。祖母の得意料理の一つに「菜めし」と云うものがあった。高菜(たかな)を炒めて小刻みにし炊きたてのご飯に混ぜただけの素朴で質素なものだったが、二人の叔父などはお袋の味なのだろう、旨い旨いと云っていたのを憶えている。イタリアの米料理の「リゾット」を煮る時に「ブイヨン」で味付けするように、何か味付けの秘訣があったらしい。高菜(たかな)の替わりに野沢菜(のざわな)や大根葉でも結構旨い。

これらは祖母の料理のメニュー分類では「猫飯系」なのである。カレーライスやハヤシライスも猫飯系に属することになる。料理研究家によると阿蘇高菜を使う「阿蘇高菜めし」は郷土名物だそうだ。説明に依れば、炒り卵や胡麻も加えてある。

ちなみに「猫めし」とは無関係だが、蛇足を付け加えると、「茶めし」と云うものがあった。醤油と酒とを混ぜて炊いた飯で「さくらめし」とも云った。戦前私が学生の頃に屋台の「おでん屋」に在った。銭が欠乏すると、「おでん」と共に良く食べた。安上がりで腹を減らした学生にも結構満腹感があった。飽食の時代の現在では、こんな食べ物論議は若い人々には全く関心が無いことかも・・・。だが、戦前派や戦中派にとっては懐かしい話題だ。

 

漢請観音と書いた紙片を渡され「何の意味か分かりますか?」と私は尋ねられた。場所は中国の北京、時は半世紀前の1957年の晩夏、宴席に招かれた際のことである。「多人数の羅漢さんが観音菩薩に食事をご馳走することでしょう」と私は答えた。「その通りです。続けて「転じて今日の宴席のように先生(私のこと)一人を皆が集まってご馳走することを指します」とのこと。

逆に「漢音請羅漢」と云う言葉もあります。一人の観音菩薩が多くの羅漢さんにご馳走すると云う場合で、一人の上司が多くの部下にご馳走する場合を云います・・・とのこと。私は「なる程・・・」と納得した。実に旨い表現だと思った。彼は付け足して「中華人民共和国になってマルクス・レーニンの社会主義を国是とするようになった新中国では宗教を否定していますから、仏典の観音や羅漢などの言葉を含むこれらの常套句は余り使いません」とのことだった。

しかし、1957年の夏頃、すなわち「百花斉放・百花争鳴」の後の「反右派運動」の真っ最中でも、上海の夜の街頭にはキリスト教(カトリック系)の宣伝をする人達の一団を私は見掛けたし、ビラを貰った経験もある。また、寒山寺などの有名な仏閣は文化遺産として建物の保護策を講じて居た。ケ小平の経済開放後は、有名なお寺にお参りをする農民の旅行談は良く見られた。長い歴史を持つ信仰心は簡単には無くならない。

上記の「羅漢請観音」と云う言葉は、今では転じて「一人の美女(観音)を取り巻く多数の男達(羅漢)の織り成す風刺的爆笑劇」の題名となり映画化されて有名になっているようだ。

 

に蛇足を加える。この項の冒頭で触れた中国の食事作法のことである。飯椀を手で持って食べること、公快(快の字はたけかんむりが付く、箸のこと、公快は大皿から自分の小皿へ取り分けるときの箸、すなわち「取り箸」の意)と私快(自分の使う箸)の区別の有無や無視、同様な意味での湯匙(ちりれんげ、湯匙は中国語)の公私の区別の有無や無視、食べ滓を卓上や部屋の床に捨てるか否か、等々、普通の日本人の食事作法から見ると、不作法に見える光景に接する経験を私は時たま見掛けたことは在る。

例えば10月、11月の旬になると上海市内や近郊の陽澄湖の菜館などは大閘蟹や清水蟹などと呼ばれるカニ(日本では上海蟹と呼ばれる。シナモクズガニ)を食べる客で満員となる。日本では「蟹を食べ出すと皆が無口になる」という冗句かあるが、中国でも同じで皆無言で黙々と蟹と一心不乱に格闘して居る。食べ屑の殻は平気で床に捨てる。食堂の床は脂ぎった蟹の殻の屑だらけで用心し無いと滑って転びそうだ。「何と不作法な!何故卓上に殻入れの器を用意するとかか、自分の小皿の隅に屑を置くか、またはボーイに命じて小皿を取り替えないのか?」と思った。

「蟹は美味しいが、あの光景と雰囲気は頂けないねえ・・・」と数名の杭州を観光した帰りの日本の友人も云っていた。今はどうだか知らない、30年も前の話である。4〜5年前の11月初旬に上海市内の高級菜館での祝賀会に出たが、其処では引っ切りなしにボーイが各人の小皿を取り替えていた。勿論部屋の床は清潔で掃除は行き届いていた。

冒頭で述べた「中国の猫飯」の冗句を聞いた日本の旅行者は余程粗野な連中の行く店に踏み込んだのかも知れない。女主人の言から察して、その当時のその地方では不作法者が多かったののかも・・・。

そもそも「飲食の作法」とは何だろう?。私などは「歩きながらものを食べる」ことは不作法の極みだと子供の頃に躾けられて居た。戦後に占領軍のアメリカ兵などがポップ・コーンの袋を手にムシャムシャ食べながら歩く姿を見て「不作法な奴等だ」と思った。今では大リーガーの選手や監督が試合中にフーセンガムを噛み、中には膨らましているのを見ても何とも思わない。顎を動かして居ると頭脳が活性化するのだそうだ。

小笠原流の行儀作法も在れば、禅寺では特有の厳しい作法がある。箸やナイフ・フォークを使わない「指食」の諸国でも民族によって多少の違いはあっても、マナーがあってかなり躾けの訓練がある。民族や時代によって多種多様であり、畏まった公式の宴席の場合、親子兄弟同士の「水入らず」の家庭での食事の場合などでも、状況に応じた作法の違いがある。このように様々であるから、一概に作法の優劣を論ずることは出来ず、まして「自分達の規準に合わないから」と云って、「他の民族の作法を批判する」ことなどは出来ない・・・と私は考えている。

話を先の中国の菜館に戻そう。私の素人論では世界の食事作法は二つ二大別される。@ 一つは大皿から各自が取り分ける中国などの「円卓式」方式と、他の一つは、 A 初めから各自の食べ物が取り分けられている日本や欧米などの「銘々膳式」だと思って居る。尤も中国でも円卓ではなく角卓もあるが、卓の形が異なるだけで、大皿から各自が取り分ける点には変わりはない。日本では銘々膳から「ちゃぶ台」の普及につれ、家庭での鍋料理などは @ に近いが、「ちゃぶ台」になってからも「魚皿」や「煮物皿」などは各人別々に分離独立して居る。

話は変わるが、多くの外国人が「日本人は早食いだ」と云う。嘗て「早飯・早糞芸の中」と云う冗句が在った。江戸時代の職人が良く口にしたらしい。「日本人は時間を掛けて食事を楽しむことを知らないのか?・・・」。これは日常の食事と宴席とを混同した話で、間違った批評だと思う。だが、ラテン系諸国の夕食など、毎日8時か9時から始まり2時間以上掛けて食べ、終われば紳士諸公は部室でブランデーなどを舐めながら延々と楽しむ人達から見れば、そう云いたくなるのかも・・・。

「近世まで日本では、皆一緒のテーブルについて食事をするということが無かった。人間に上下関係がある、縦構造の社会だったため、食器はもとより、食卓も別だった。高坏や、箱膳、銘々膳は日本ならではの社会により、出現したと考えられる」と云う文章を読んだ。そうかも知れない。

しかし民族学的な風習に関しては「ど素人」ではあるが、私は、「恐らく人類は原始時代から親子兄弟が一箇所に集まって食事を共にするのが基本的な姿だっただろう」と思っている。親子に限らず「人と飲食を共にする」行為は、その人との親密度を高める。上の「一緒に食卓を共にすることが無かった」というのは上下関係が厳しい局面の場合、例えば「殿様と部下」ないし旦那と丁稚など「使用者と被使用者」の場合だけだったのでは無いか・・・。日本の庶民の親子など家庭内では銘々膳の風習はあったにせよ、実際はどうだったのか?

日本では高級料亭以外は「銘々膳」は見られなくなったし、指食の「寿司バー」は今や世界に普及し始め、中国でも日本料理屋が増え、日本式のサンプル・メニュウが店頭に展示される時代になりつつある。立食パーテイ(バイキング方式)は各国で流行っている。また極貧国を除くと、異論はあるもののファースト・フード店は世界に普及しつつある。私は飲食の作法(マナー)はその内に次第に世界的規模で共通化するような気がしてならない。

多くの視点があり問題を整理して論じなければならないのだろうが、思い付く侭に長い蛇足を書いてしまった。ご意見やご感想を頂ければ望外の幸いである。

 

 

M.F.氏からのコメント (2007/12/04)

これは仰るとおりだと思います。明治以前は各家に食卓などは無く、食器類は床に置くか手に持って食べていました。例えば、1828年に今の新潟県の秋山郷を探訪した「秋山記行」(鈴木牧之)などでは、”夕膳は族(やから)とともに一つに皆平座し、親碗に捻り付け、栗・稗に小豆わずかに交ぜたるを男女共に食らう気色は里人の及ぶところにあらず、と思いぬ”という記録があります。町屋などではこれよりも多少は体裁が良かったと思いますが、基本的には変わらないと思います。

農村部(日本の殆ど)では1日5食ほど、多いときには7食、食べるのですから、全員が常に揃うということは無いというのも真実です。いずれにしても、一部の上流階級や大都市の例や江戸時代中期以降の近代しか眼を向けないのは危険です。

某先生は予断があり、それに合わせて史実を見たのではないかとも思いますが、かってはそのようなことが流行った時代もあります。 食生活の問題は幅広く、奥も深いので意を尽くせませんが、お答えになっていれば、幸いです。

 

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BAKA1

「馬鹿」にも色々あるようだ。

だが本当の馬鹿はこれだ!

 

2007/11/16

真道 重明 

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鹿にも色々ある。広辞苑5版によると、「ばか【馬鹿・莫迦】(梵語 moha (慕何)、すなわち無知の意からか。古くは僧侶の隠語。『馬鹿』は当て字)・・・云々」とある。日本語では「馬鹿」、「阿呆」、「間抜け」など、外にも色々ある。中学校で英語を学んだ時、英語でも「馬鹿の種類には色々あって、夫々に意味が異なる」と習った。代表は fool だが、 simplevacantstupid、更にはblockheadidiotsilly ・・・などと云う具合だ・・・。例えば、simple は「頭が単純」、vacant は「頭が空っぽ」と云う場合、等々である。

日本語の「ばか」(馬鹿)の語源には諸説があるらしいが、決定的なものは無いと云う。「鹿をさして馬という」史記説(最も普及している説だが根拠は薄い)。秦の2代皇帝・胡亥の時代に権力をふるった宦官・趙高が、あるとき皇帝に「これは馬でございます」と言って鹿を献じた。皇帝は驚いて「これは鹿ではないか?」と尋ねたが、群臣たちは趙高の権勢を恐れてみな皇帝に鹿を指して馬だと言った・・・という『史記』にある故事から来るとする説。

これは「馬鹿者」の初期の意味である「狼藉をはたらく者」の意に近い。ただし、漢語では馬鹿は「バロク」としか発音せず、「バカ」と読むのは重箱読みであるという根本的な問題をかかえている。国語学者は、この説を後世による語源俗解としている。

サンスクリット(梵語)説:サンスクリット語で「痴、愚か」を意味する moha の音写である莫迦の読みからくるとする説。僧侶が使っていた隠語であって馬鹿という表記は後の当て字であるとする。江戸時代の国学者、天野信景が提唱した説であり、冒頭に紹介した広辞苑をはじめとした主要な国語辞典で採用されている。しかし馬鹿に「愚か」という意味が当初はなかったことから、疑問視する研究もある。同じサンスクリット語の mahailaka (摩訶羅:無知)あるいは maha (摩訶:おおきい、偉大な)を語源とする説もある。

面白いのは、バングラデシュの公用語であるベンガル語で、「バカ」と云う単語は日本語と同じく愚かな者を指す。ベンガル語はサンスクリットを祖語とする。(以上は Wikipedia [日本語版]の記述に準拠した)。

 

 

以前からずっと思っていたのだが、「馬鹿」と云う言葉は漢字で書かれて居る。中国で「馬鹿」と書けば何を意味するのだろうか? また「そのような言葉は元来有るの呵々無いのか?と云う疑問である。そこで偶々この疑問を今回想い出して、中国の検索サイトを調べてみた。結果は「在った!在った!」。確かに漢字の「馬鹿」が出て来た。それは以下のようなものである。

「馬鹿」と云うのは鹿の一種で、偶蹄目、反芻類、Cervidae (科)、Cervinae (亜科)、Cervus 属の elaphus (種)、即ち Cervus elaphus の近縁種であることが判明した。 Wikipedia [日本語版]に依ると日本には居ないが Cervus elaphus の和名は「アカシカ」であることも分かった。また他の英文ページでは「カナダに広く分布する鹿の一種 Cervus canadensis のアジアに分かれて棲むもの」と云う記載も見付けた。どうも、これが本当の「馬鹿」らしい。和名は「マンシュウ・アカシカ」である。(下図を参照)。

 

    

これが「馬鹿」だ、「ばか」でなない。左は天然産、右は養殖飼育のもの。

 

「馬鹿」のピンイン(標準語発音)は「マールー、ma3 lu4 」である。馬鹿の古い角が脱落した後に新しく生えて来る幼角を乾燥させたものは、漢方薬の鹿茸(ロクジョウ)と云い、精力剤として珍重されている。輪切りにしたもの、カプセルにしたものなどが在り、かなり高価である。人工繁殖の目的の大きな動機だと思う。肉も食用となる。

ちなみに奈良や宮島の観光地で有名な日本の鹿の学名(ラテン名)は、Wikipedia [日本語版]の書き込みでは、ウシ目 (Artiodactyia)、ウシ亜目(Ruminantia)、シカ科(Cervidae)、シカ属(Cervus)の Cervus nippon),和名は「ニホンジカ」である。系統分類の表記が中国語版の Wikipedia と若干異なっているが、執筆者である分類学者が異なるため、系統の整理方法についての考え方に差があるためである。この場合両者の属以下は同じである。上記の中国のシカ(馬鹿)の方が日本の鹿より身体が一回り大きく、肥った馬のようだ。

 

 

日中辞典や Web site で「馬鹿」を引くと、上述の動物が出て来る。日本語の「馬鹿」の意に触れたものは無い。日本語で「間抜け」や「馬鹿野郎」などの「馬鹿」を意味する中国語には「笨蛋」、「混蛋」、「愚蠢」、「呆子」などがあるが「馬鹿」と表記するものは無い。

尤も、日本語では・・・と断って「馬鹿に暑い」、「馬鹿げている」などの意味を説明したものは、勿論、沢山ある。言い換えれば、中国語では(漢字で表記された)「馬鹿」は上述の動物だけで、日本語で云う「ばか」の意味を示すものは存在しない。

漢字で表記する中国語には、日本語で表記する漢字と同義語は極めて多いが、中には同じ漢字の熟語などで意味が全く違うものも沢山ある。一例を挙げれば、「約束」は日本語では「契約」や「規定」を意味するのに対し、中国語では「拘束」・「制限」または「制約」を意味する・・・などである。漢字の「馬鹿」は両国にあるが、意味するところは異なっている例の一つである。

(完)

 

M.F.さんからの E-mail (2007/11/19)

問い: 大変面白く拝読しました。「面白いのは、バングラデシュの公用語であるベンガル語で、「バカ」と云う単語は日本語と同じく愚かな者を指す。ベンガル語はサンスクリットを祖語とする」という件です。何か、大野晋さんが喜びそうな(?)話ですね。しかし、単純に同起源としてよいかは大いに疑問です。

返事:仰るとおり「大いに疑問」です。ベンガル語の「バカ」は単なる偶然の一致だと私は思います。ポルトガル語の「オブリガード」が日本語の「有り難う」の語源だ・・・という説と同じでしょう。言語学的な考証なしに単に発音が偶々似ているだけだろうと思います。ベンガル語に就いて全く無知な私がそう言うのも烏滸がましい限りですが・・・。

寺田寅彦は各国の単語の発音を調べて、各国語相互間の「似ている言葉の存在する数の百分率を計算した」と寺田寅彦の全集にあったのを憶えています。如何にも寅彦流の発想だと思いました。言語学者からは一笑に付されたようですが、同義で似たものが沢山あり、読み物としては大変面白かったように思いました。

問い:日本語で「間抜け」や「馬鹿野郎」などの「馬鹿」を意味する中国語には「笨蛋」、「混蛋」、「愚蠢」、「呆子」。この4つの単語は、どういう由来なのでしょうか。4番めはなんとなく判りますが・・・。

返事:「笨」には中国語の口語には、元々「下手・間抜け、愚か・・・」などの意味が在ります。「混」には「(問題を)混ぜこぜにして整理する能力の無い・・・という意味の言葉、例えば「混乱」などの「混」の場合。

口語で「蛋」は罵声に良く使う接尾語です。喋り言葉(口語)ですから音声だけが存在し、漢字は単に同音字を当て嵌めただけです。頂瓜瓜(テンクァクァ)は「最高、上等」のこと、「馬上」(マーシャン)は「即刻・直ちに」の意味ですが、これらは元来発音があるだけで漢字は無いのです。このような例は沢山あります。

有名な陶淵明の「帰去来辞」の「来」は口語(白話)の助詞で「さー、さー」、「さ来い」の意味です。「帰ろう(去ろう)、さー」です。これを漢文として解釈すると変になります。「帰ろう、来る」では訳が解りません。日本の漢文では「帰りなん、いざ」と読ませているケースが多いのですが、「いざ」と訳したのは荻生徂徠などが長崎に行って唐人から中国語の口語を学んで居たから正しく意味に訳した(訓じた)のだろうと私は思って居ます。

蛇足を付け加えると、「来」という字(単語)は口語ではいろいろな意味があります。「五、六来個」と云えば「5個か6個ぐらい」の「ぐらい」の意、「自己来」は「自分自身でする」の意です。面白いのは、「来」と書いて lai2 (ライ)と発音するのは2000年以上前から現在迄変わっていないらしいのです。こんな言語は世界にも無いのだそうです。

 

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BAITONIBAI

「倍」と「2倍」は同意議だ

それなら「1倍」は何だ?

 

2007/12/05

真道 重明 

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「倍の効果があった」と「2倍の効果があった」とは同じ意味として使われる。それならば「1倍の効果があった」と云えばどう云う意味になるのだろう?「3倍の効果・・・なら何となくわかるのだが。日本語の数の表現にはこの他にも紛らわしいものが良くある。例えば、「新宿駅は四つ目です」・・・と教えて呉れたとする、今の駅を含めての四つ目か、含めないでの四つ目か・・・?

 

だと私は思うのだが、皆平気で使っている。「倍」と「2倍」の話だが、江戸時代の頃までの日本語には二種類の表現法が在ったのだそうである。それは「倍」と「層倍」だと云う。「層倍」と云うのは「薬(くすり)、九層倍(くそうばい)、坊主、丸儲け」(薬の値は原価にくらべて非常に高く、暴利をむさぼっていることの例え)の層倍である。「薬、九層倍」は薬の値段は原価の ×と云うことになる。(尤もこれらは単なる語呂が良いだけ、ただボロ儲けで、何故 ×なのかを詮索しても意味はないだろう。坊主丸儲けは坊主にとっては「お経の暗記や修行の元手が掛かって居る、丸儲けとは心外だ」と云うだろう(笑い)。

さて、話を戻すと、「倍」はそれだけで「×2」を意味し、「層倍」は「×1」を意味した。そして「×2」は「倍」または「一倍」、「二層倍」と表現し、「×3」は「二倍」、「三層倍」と表現したそうである。「×3」を表す数え方は、それぞれ、「二倍」、「三層倍」。「×4」では、それぞれ、「三倍」「四層倍」となる。これは仲々複雑で間違いやすいシステムのように思われ混乱する。

江戸時代の文献には「×2」の意味で「一倍」が使用されているが、明治期になって西洋数学が取り入れられるようになってから、表記は「○倍」でありながら「○層倍」の意味合いで「倍」が使われるようになったそうだ。「人一倍」は「普通の人×2」の、古い表現が現在も残っている訳であると云う。 以上 Solid Pudding さん及びネギョさんの Web のレスを参考にした。中には「倍は二倍の省略形だ」と云う人もある。

先日、NHK のテレビを見て居たら「ガソリン価格が 1.3 倍上昇・・・」と云って居た。これは明らかに × 1.3 の意味で、30 % の上昇のことである。しかし、× 1 すなわち「増減無し」の場合を 1倍と云うことは無い。日本語ではこの手の表現は変と云えば変だ。

 

つ目の問題。「新宿駅は四つ目です」の話だが、或る駅に停車中に尋ねた場合、特にその駅を含めての四つ目か、含めないでの四つ目か?気になる。英語では four stops と云うように習ったが、含めてか含めないのか?それとも、四回停車した次の駅が目的の駅なのか?そこまでは知らない。

場合によってはこと重大な問題だが、尋ねる方も尋ねられた方も、大体何れぐらいか見当が付けばそれで善しとしているようだ。科学技術論文では無いのだから・・・。これも変と云えば変だ。

 

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SEIKAIKU2

再び、「せいかい」か?

「さいかい」か?の問題

 

2008/06/18

真道 重明 

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崎県に「西海区水産研究所」と云う独立行政法人の水産総合研究センター(横浜)に属する研究機関がある。私の現役時代の古巣である。私の現役当時は農水省の中にある水産庁に所属しており、場所も長崎市内に在った。更に言うなら、戦前や戦後初期迄は農林省水産試験場の長崎分場であった。私は当年とって85歳のOBだが、農林省水産試験場の頃からの古参兵である。

部外者にはどうでも良い事だろうが、「西海区水産研究所」の西海を「さいかい」と発音するのか、若しくは「せいかい」と発音するのか?で水産の研究者の仲間では盛んに論議された経緯がある。私も后年になって私なりに従来の議論の経緯を纏め愚見をこのホームページに書いた(ここを参照)

ところで数日前(08/6/14)、NHK ラジオ深夜便で午前4時からの「心の時代シリーズ」で「漢字と生きる」と題した京都大学大学院教授の阿辻哲次さんの話を聴いた。元来言葉に興味を持つ私にとっては実に興味深く大変感銘を受けた。そこで思い出したのが「さいかい」か?「せいかい」か?の問題である。くどいようだが再びここで取り上げた。

深夜便で聴いた「阿辻哲次さん」を Web で調べたら、専攻分野は中国語や中国文化で、「漢字と書物の文化史」という古くて新しい学問を構築した人だそうだ。甲骨文字などの考古学の知見とパソコン・ワープロなどの現代テクノロジーの媒介としての漢字を研究。現在の漢字ブームの一翼を担っている人で、国語審議会委員だと云う。

素人の私の印象に残った同氏の話の諸点は次の通りである。@ 文字を持たなかった日本に漢字という文字とその発音が伝わったのは朝鮮半島(百済)や中国を経由した「呉音」が最初であり、その後、遣唐使などから「漢音」が伝えられた(天平時代)。A 鎌倉時代から室町時代にかけて、禅僧の留学や関連書の伝来、民間貿易により「唐音」と呼ばれる読み方が伝わった。何れも勿論中国語起源の読み方であり、呉音・漢音・唐音・慣用音がある。

B 日本においては、ひとつの漢字には多くの異なる発音があることが多い。また、ある発音を持つ漢字が多数あることも珍しくない。

【真道 注:中国では同じ漢字でも多くの方言音が在る。此処ではその事を指しているのでは無い。北京官話や南京官話など時の標準語の場合、少数の例外は在るにせよ、一字一音一声調が原則である事を指す。これに反し日本の漢字音では、「暖」の字の音は温暖の場合は「オンダン」(漢音)、暖簾の場合は「レン」(唐音)、または古くは「ノウレン」、「ノンレン」(ノウやノンは古唐音)と発音し、漢音の「ダンレン」とは発音しない。「暖」は日本では数種の異なる発音(読み方)がある。一方、現在の大陸の標準語(普通話、即ち共通語)或いは台湾の国語(両者は原則的に同一の言葉)では「暖」の字の音は「ノアン」、ピンイン(ローマ字書き)ではnuan、第3声」だけで、他の発音は無い

C 上述Bの慣用音の意味である。例えば「口腔外科」の口腔である。漢音では「コウコウゲカ」と読むべきだろうが、医学界では「コウクウゲカ」と読む。専門グループ用語(業界用語)とも云える。一般人もそれに倣う人が殆どだ。言葉は発音が基盤で、皆に通じなければ意味がない。皆がそう言うようになれば、それが優先権を持つ。学問は学問として論じて結構だが、現実社会は学問の理屈は二の次となる。理屈ではない・・・と云う件である。

D 同氏は続けて「日本では戸籍の氏名などに発音を登記する欄が無かったので、漢字で上(ウエ)と書いて「下」(シタ)と発音しても罷り通る・・・云々」。【真道 注:この点は私も曾てホームページで触れた。戸籍と同様に日本の諸官庁の「組織名をどう発音するか?」は規定されていないのである。組織の改変や新設された場合、官報等にも発音には触れられて居ない】

 

 

置きが長くなったが、さて此処で「さいかい」か?「せいかい」か?の話に入ることにする。

敗戦後間も無く、全国に多くの支所を持つ「農林省水産試験場」は新しい「八海区水産研究所」組織に移行した。日本全土を8個の担当地域に仕分けて各々に漢字名を付ける必要があった。

当時の立案者の頭の中には古代日本の律令制の「畿内七道」(きないしちどう、東海道 ・南海道・西海道・・・など)制や、江戸時代の街道制などが多分在っただろう。明治になって加えられた北海道を含め、北から「北海道区水研」・「東海区水研」・「南海区水研」・「西海区水研」などがそれである。

これに畿内七道や江戸時代の街道制には無いケースや水産の特殊性を考慮した「内海区水研}・「日本海区水研」・「東北海区水研」および「淡水区水研」を設け、「8海区水産研究所」の8個の漢字の組織名が出来たのだと私は勝手に理解して居る。

これらの設置は1949年、だだし「北海道区水研」は翌1950年。なお、「南海区水研」は1967年に8海区水産研究所の統廃合により廃止され、本土を遠く離れた漁場に於ける漁業研究を担当する「遠洋水産研究所」に変わり所在地も土佐の高知から静岡の清水に移った。

若し上述のように当初の立案者達の脳裏に畿内七道や江戸時代の街道制の意識が浮かんだとすれば、前者の4海区の中の「西海区」の発音は当然「さいかい」で無ければならない。西海道は呉音読みの「サイカイドウ」で、漢音読みの「セイカイドウ」では無い。

一般の社会では「西海市」・「西海橋」・「西海屋」・「西海パール・シー・リゾート」など総て「サイカイ」と発音されて居る。Web で検索しても「西海」で「セイカイ」と読むべきものは西海区水産研究所が唯一のもので、極めて例外的なケースである。設置法の文言は漢字であり、ルビなどは振ってないから発音は示されては居ない。従って法規的には「サイカイ」と発音しても「原則的には間違いであるとは云えない」とも考えられる訳だ。

西海区水産研究所を「サイカイク・・・」と読むべきだと云うのはローマ字綴り(英文の文章や同所のエンブレム(紋章)に「SEIKAI」と記載されているからである。何故そうなったかと云うと、1949年に同所か設置された当時、同所の職員は皆「せいかい」と発音していたことは、当時居会わせた私が証人にならずとも、明白な事実である。

だが、当初は水産庁や他の水研職員および一般の人々で「サイカイク」と発音する人達が沢山居たのも事実である。しかし長年経過した今、「セイカイク」の発音は水研や水試などの研究者仲間の間では強く定着して仕舞った。

冒頭で述べた阿辻哲次氏の云う慣用音である。医者仲間が「口腔外科」を「コウコウゲカ」と発音するのが漢音として正しくても、誰かの勝手な推測による誤用の「コウクウゲカ」が多くの医者の間に普及して仕舞い、慣用発音となって仕舞ったように・・・。水産研究者仲間では、「サイカイク」がより妥当だったかも知れないが、今では「セイカイク」が慣用発音として正しくなってしまった。ローマ字云々や故事来歴云々を飛び越えて・・・。言葉とはそう云うものだ。

 

蛇足:西海区水研の設立当時、「同所の職員は皆「せいかい」と発音していた」と上で云ったが、「せいかいく」か?「さいかいく」か?の件は、当時居た職員間では茶飲み話的に話題となった事はある。呉音読みの「さいかい」では「抹香臭くてお寺のようだ」、「さいかい」は「最下位」に通じるので嫌だ」、これに反し「せいかい」は「正解」に通じ縁起が良い・・・等々。まるで御幣担ぎ論だ。

「抹香臭い云々」は、例えば「西方浄土」の「西」、三蔵法師の「大唐西域記」の「西」など総て「サイ」と読ませて居る。このように佛教関係の語は殆どが呉音だからだが、日本に初めて漢字が導入されたのは呉音であり、日本の漢字としては長い歴史を持つ、佛典云々に係わりなく由緒正しい読み方である。

しかしその後の遣唐使などによって伝えられた漢音は儒教などの影響もあって、何とはなく「より辞儀を正した音のような気持ちがあった。中学校で習った孔子の論語、孟子などの四書五経や漢詩などの教科である「漢文」は総て漢音であったことも我々の気持ちに影響しているのかも知れない。

このような心理から「西海」を一般には皆が「サイカイ」と読んでいるが、「俺たちは違うのだ。科学を探究するのだから漢音の「セイカイ」と読むのだ!」・・・と考えたのかも知れない。或いは若気の至りで奇を衒ったのかも・・・。初代の伊藤所長を除くと皆40歳ぐらい、科長以下は30歳前後だった。

エンブレム(紋章)にしても地球儀をあしらったもので、まるで世界中の海を研究対象にする気宇壮大なものであった。このエンブレムはかなり後年になって東シナ海の中央に鯛を描いたデザインのものに変更され、輪郭も円から楕円に変わった。何れも外縁にはローマ字で、旧者は SEIKAI REGIONAL FISHERIS RESEARCH LABORATORY、新者は SEIKAI NATIONAL FISHERIES RESEARCH INSTITUTE と書かれて居る。この SEIKAI が「セイカイ」と発音することを示す目立ったものとも云える。英文の出版物には勿論 SEIKAI と書かれて居る。

以上クドクドと述べたが、日本語の漢字音という問題では、西海区水研の「西」の字は「セイカイ」と読んでも「サイカイ」と読んでも構わない、否、寧ろ「サイカイ」が普通だったのかも知れない。しかしローマ字では「セイカイ」と表記され、研究者仲間では「セイカイ」が慣用音として定着した。

半世紀以上前の話だが、85歳になった今でも「サイカイク」水研と云う言葉を聞くと違和感を感じ、お節介にも「セイカイク水研と読むのですよ!」と云いたくなる。

ちなみに日本の漢字音では「西」は、@漢音では「セイ」、例:西洋(セイヨウ)、A呉音では「サイ」、例:西天(サイテン、印度の意)、B唐宋音では「スイ」、例:西瓜(スイカ)の三つがある。中国の現代標準音(併音)では「 xi 第1声、シー」である。

 


 

役所の名前や戸籍の姓名であるが、法規では「漢字・平仮名・片仮名」を用いローマ字は使用できない。問題は「漢字の場合、振り仮名は示されないので、どう発音するのかがハッキリしない」点にある。

試しに今回、区役所の戸籍係に出生届けを出す場合を尋ねてみた。「振り仮名を書く欄がありますから、其処に書いてください」と云う返事。「それは公式の戸籍登記ですか?住民票などの場合ではないのですか?」と重ねて尋ねた。「法規をよく調べてみます。他の区役所や市役所でどうしている居るのかは知りません。兎に角、我が区役所では振り仮名を書く欄があるのですが・・・」と何だか頼りない返事。

そこでこの問題を Web で調べてみた。判明したことは、@ 阿辻哲次氏の云う通り、戸籍上には読み方は一切記載されていない。A 読みは住民票には記載されているが、あくまで個人の申し出によるもので法的根拠は全くない。・・・と云う事らしい。

即ち、日本では戸籍では「漢字を公的な物として登録しており、公的に証明できるのは漢字のみ」との事。読み仮名は何の根拠もないらしい。 他人の読みを問い合わせたら「個人情報の秘匿に係わるので回答できないと断られた」との記事もあった。年金手帳問題で厚労省は苦労しているが、読みが登録されていれば処理は格段に進んだ筈だと云われる。

何故読みの登記について改善しないのか?私には納得できない。テレビ局宛の葉書に、アナウンサーが「出来たら住所氏名には振り仮名をお書きください」などと云って居る。「出来たら・・・」では無く、振り仮名を書け」と云えばよいのに・・・。それとも日本人は姓名の正しい発音を人に知られたくない人が多いのだろうか?どうも納得がゆかない。

 

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ZIPANGU

ジパング

2008/06/18

真道 重明 

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人の「下手の横好き」ではあろうが、言葉に興味を持つ私にとっては「ニッポン」と云う国名には多いに関心がある。Wikipedia などには日本の国号や国名に関する実に詳しい説明がある。多年私が疑問に思って居た諸問題について触れられて居て、多いに勉強になった。

例えば、嘗てこのホームページに書いた「聖徳太子、日出處の意味?」に関する問題にも触れられて居り、同意見の存在を知った。それは:−『隋書』東夷伝に、倭王が隋皇帝への国書に「日出処」の天子と自称したとあり、このときの「日出ずる処」という語句が「日本」国号の淵源となったとする主張もあるが、仏典『大智度論』に日出処は東方の別表現である旨の記述があり・・・云々とある。

『大智度論』(だいちどろん)は龍樹の著作とされる書で、『摩訶般若波羅蜜経』(大品般若経)の百巻に及ぶ注釈書だそうだ。般若心経の注釈書を書いたと云われる人が大昔に既に上記の私がホームページに書いたのと同様の指摘があるのに驚いた。

さて、今回取り上げたのは「ジパング」の「グ」である。この「グ」が気になって仕方がない。「ジパン」で良いのに、何故「ジパング」なのか?この点に関し愚見を述べた。

以前、私のこのホームページにも書いたマルコポーロの口を筆記して纏めたとされるルスティケロの著作「東方見聞録」にある Zipangu (ジパング)が英語の Japan (ジャパン)、フランス語の Japon (ジャポン)、ドイツ語の Japan (ヤーパン)などの言葉の源になったと云われている。しかし、これらは総てアルファベットの最後の綴りが「n」で終わっている。「g」や「ng」ないし「gu」とはなって居ない。

ルスティケロはマルコポーロだけではなく、多くの当時のモンゴルの元朝を訪れた人達からの見聞を纏めたと云うのが真相らしいが、彼等は当然蒙古語には通じていたのだろうが、中国語や漢字の知識は余り持っては居なかった可能性は充分あり得るように思う。

私は ZipanguZipan は漢字では「日本」、gu は「国」であると考える。漢字の世界で言うと、Zipangu は「日本」ではなく、「日本国」であろう。ちなみに中国語の現代音(普通話)では「国」は guo (第2声)である。「ジパング」が「日本」ではなく、日本国」であると云う解釈は過去にも数名の人が同様の意見を指摘している事を知った。漢字表記の視点から云々すれば先ず「この解釈は間違いなかろう」と思われる。

国の名前を指す国名(国号)は漢字では「日本」と「日本国」の二つがある。ただ、「日本国」は第2次世界大戦後、日本政府が日本語では(漢字で)日本を「日本国」と表記すると決めた。例えば「日本国憲法」や「日本国大使館」のように・・・。しかし、実際の日本語では「日本」も「日本国」も同じ意味で使われる。「日本国」と決めた政府の中の外務省ですら、その Web site などを見ると「日本国大使館」ではなく面倒だからかどうだか知らないが、「日本大使館」と随所に書かれて居る。恐らく政府の公式な外国との条約文のような場合は「日本国」と書かれているのだろう。

話が国名の問題に引き摺られてしまった。冒頭に『ジパングの「グ」である。この「グ」が気になって仕方がない』と書いた。私は彼此70年前に北京官話を東京外語の専修科(夜学)で習ったが、発音の訓練には極めて厳しかった。-n-ng の区別もその一つであった。wen (例えば「翁」、第1声)と weng (例えば「文」、第2声)の区別である。(今此処では四声の問題は無視する)。一人一人区別して発音出来る迄、繰り返し繰り返し訓練させられた時の記憶が頭に焼き着いている為であろう。

しかし、私の経験では、実際の中国人との会話では、「n」と「ng」の発音の区別ができなくても殆ど問題なく会話できる。聴いても分かるし「n」と「ng」を聞いて居る相手の中国人も問題なく、もっと云えば、違和感なく聞き取っている。どうも南方方言を喋る中国人は日本人同様に「n」と「ng」を区別出来ないようだ。完全な北京官話を話すのなら上記の訓練は必要だが、「通ずればよい」程度なら「苦労した東京外語でのこの点の発音訓練は不要で、よほど厳密に北京官話を習得するのなら別だが、実際の会話の習得という事なら、この発音の区別の訓練は余り重要では無かったのでは・・・」と私は今ではそう思っている。

話は変わるが、国名(国号)をその国の言葉では公式に「どのように表記し発音するか?」は各々の国の政府が定めているようだ。日本の場合は上述のように漢字で「日本国」と表記すると決めているが、発音は決められて居ない。「ニッポン」でも「ニホン」でも良い訳だ。ただ郵便切手には「NIPPON」と書いてあるから政府としては「ニッポン」が好ましいのかも・・・。だが同じ切手には「日本郵政」と記され「日本国郵政」とは書いてない。(中華人民共和国の切手にはローマ字はなく「中国人民郵政」と書いてある)。なお、現在の日本の硬貨には「日本国」と刻印されて居る。

「自分の国の名前をその国の言葉でどう呼ぶか?」に就いては、各々の政府が定めているのが普通である。従って政府が変われば国名も変わる場合が多い。例えばタイ国(タイ王国)の場合、現在はラート・チャ・アーナーチャック・タイ、「タイの国王の領土」の意)で、タイ人の間での通称は「ムアン・タイ」(ムアンは国、即ちタイ国の意)であるが、嘗ては西暦1050年頃から「サイアム」(Siam、シャム)と呼ばれていたと云う。この「サイアム」という名前は1855年に政府が公認している。1939年に時の政府が「タイ」に変更、その後再び「サイアム」に一旦は戻され、その後は1945年に政府は今の「タイ」となっている。(Wikipedia タイ王国参照)。私の体験では、タイ人の間での通称は「ムアン・タイ」の外に「プラテー・タイ」もテレビやラジオではよく使われている。

ビルマ連邦は良く知られるように1989年に軍事政権は国名をビルマからミャンマーに変更した。ビルマ語のローマ字転写では Pyidaungzu Myanma Naingngandaw (ピダウンズ・ミャンマー・ナインガンドー)、通称はミャンマー・ナインガンである。(Wikipedia ミャンマー連邦参照)。私がビルマ海軍に拿捕された SEAFDEC の調査船 Changi 号を救出に赴き暫く滞在した1974年頃は「ビルマ連邦社会主義共和国」であった。(私はビルマ語の知識は全くない)。処で、当たり前のことかも知れないが、その国の言葉による国名は通称であれ政府の定めであれ、時代により変化することが多い。

以前から私は時々思うのだが、わが国はどうして「ニッポン」または「ニホン」なのだろう?大和言葉には「アシハラノナカツクニ(葦原中国)」、「トヨアシハラノチアキナガイホアキノミズホノクニ(豊葦原之千秋長五百秋之水穂国)」、「アキツシマ(秋津洲)」、「シキシマ(志貴島)」など、その他にも実に多くの名前が在った。中でも「ヤマトノクニ(大和国)」や「ヤマト」は代表例で、「日本書紀」でも「古事記」でも基本的に「日本」は「ヤマト」と訓読みされて居た。7世紀頃に『国名を「倭」から「日本」へ変更された後も「ヤマト」の呼称は残り、日本は「ヤマト」と読まれ続けた・・・云々』と云う。

それなら、何故漢字の「日本」の(呉)音読みである「ニホン」または(漢)音読みである「ニッポン」ではなく、「ヤマト」としなかったのだろう?中国からの借用語である漢字の「日本」としたのだろう?私は国粋主義(民族主義?)の立場で云っているのではない。好奇心による単なる疑問である。日本語は漢字(漢語)と片仮名・平仮名で書かれ、膨大な語彙の漢語が無ければ実際に表記は出来ない。漢字圏に属する韓国でも「大韓民国」の国名は漢語であって、ハングルで書かれていても日本語のローマ字書き同様、漢語である。


る国がその国の言葉ではその国の国名(国号)をどう決めようと、「外国がその国をどう呼ぶか?」は全く別の問題である。英国が日本の国を Japan と呼ぶのは英語で ItaliaItaly と呼ぶのと同じ問題である。英国に対し「日本のことを Nippon と呼んで下さい」と希望を述べることは出来ても、受け入れてくれなければそれ迄であろう。そんな邀請をしたとも思われないが・・・。

此処で何時も思い出すのは中華人民共和国を指すのに、日本には漢字による「支那」と云う言葉が使われることである。外務省は通達により1946年に理由は示しては居ないが使用を禁止したので、「中国」と云う呼称が一般化し、漢字の「支那」は死語になりつつあるようだ。私が戦前に東京外語で北京官話を習った際は「支那語」と称して居た。当時「支那」と云う漢語に侮蔑的な意味を日本人は感じては居なかった。

戦後、中華人民共和国が『日本に対し「支那」と呼ばないで欲しい』という要望をした事があった訳ではないが、中国の一般大衆が侮蔑語として好ましく思わない状況が現実に存在したのだから、両国の友好の上でも上記の日本政府の通達は好ましいものだと私は思って居る。ものの本に依れば「支那」という漢字表記は中国人自身が良く用いた時代もあったと云うことだが、その後の社会現象として中国の大衆にそのような気持ちがある以上、歴史的な考証や学術上の理屈ではなく「現実問題」として日本政府の通達がなされたものと私は思っている。

言葉とは元来そう云うものであろう。

 

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