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言葉の詮索

(その2)

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目 次

外国の地名や人名の呼び方 (竹島・独島など喧々諤々に対する私の愚見)
クルンテープ (綴りの長い地名・人名・生物名のいろいろ)
私の苗字「真道」は珍しいか? (真道の苗字の考察と世界の姓の話)
メールは「打つ」ものか? (メールや電報は打つのに、電話は入れるものか?)
身土不二 (ハングル文字ばかりの商品説明文中に書かれて居た漢字)
声調(tone)の話 (「声調と漢詩」や「音声言語」に就いての素人の妄論)
何故漢字で書かない? (混乱易いカタカナ書きと漢字圏の共通字体の提案)
直撃・激白・絶賛上映中 (余りにも有り触れた・・・。ひと工夫したら?
クイッティヤオの語源 (東南アジアの何処にもある米粉パスタの語源)
クイッティヤオの語源の追補 (めん類の分類論など)
猫飯と羅漢請観音 (ねこめしと中国の冗句)
馬鹿にも色々ある (しかし、本当の「馬鹿」はこれだ)
「倍」は「2倍」のこと (それなら1倍は何だ。紛らわしい数の表現)
「それ、猫じゃない」 (日本語のイントネーション問題)
ジパング (日本の国名についての問題)
北京五輪での各国の名前 (簡体字の画数順で開会式に入場)
「御案内」と云う言葉 (国会でしか使わないような気がするその意味)
振り漢字 (外国の地名や人名の日本での漢字表記は無茶苦茶だ)
再び縦書きと横書きの問題 (大学ノートの横罫と新聞紙の広告欄)
私の嫌な言葉「生足、なまあし」 (何故「素足、すあし」と云わないのか?)
「七と八の四字成語の話」 (何故七と八なのだろう?)

 

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chimei

外国の地名や人名の呼び方

 

竹島(たけしま)と独島(ドクト)、魚釣島(うおつりじま)と釣魚島(ティヤオ・ユィ・タオ)など地名の呼び方が領有権論争の問題と絡んで Web や紙上では喧々諤々。漢字圏で「東海」と言えば日本では東海道に沿った太平洋に面する地域、または東シナ海を指し、中国では東シナ海を指し、また朝鮮半島では日本海のことを指すようだ。混乱して了う。

欧米ではイタリアの「ナポリ」を英語では「ネープルス」、「ベネチア」を「ベニス」をと呼んでいるが、何ら問題にはなら無い。各国がその国の言葉でどう書こうと、また、どう呼ぼうと、特別の事情がない限り、その国が自主的に決めることで、他国が云々すべきことでは無かろう。

呼び方の問題と領有権の問題とは元来別次元の話である。それはそれとして、日本人が外国の地名や人名などの固有名詞の書き方や発音がどうなっているか?は、その由来を考えると仲々面白い。

呼び方と領有権とは別次元の話だと云ったが、例外なく呼び方の問題が出て来るし、もともと領有権などの問題にズブの素人の私なぞ、論争点の双方の主張を読めば読むほど訳が分からなくなる。

(2006年5月)

真道重明 

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島・独島、魚釣島・釣魚島など地名の呼び方の問題で世の中は喧々諤々である。私には呼び方と領有権とは、もともと次元の異なる問題ではないか?と思って居る。だから、英国人がナポリをネープルスと呼んだところで、ナポリが英領だとは誰も思わないだろう。

領有権の問題はさて置き、漢字圏で「東海」と言えば日本では東海道に沿った太平洋に面する地域、または東シナ海を意味し、中国では東シナ海を指す。また朝鮮半島では(日本で言う処の)日本海のことを指すようだ。漢字で「東海」と書けば、場合によっては混乱して不便きわまりない。

東シナ海は中国から見れば東にある海だから「東海」なのであり、日本から見れば西にあるから「西海」である。事実,東シナ海の漁業を研究対象水域にしている国立の研究所は「西海区研究所」と呼ばれて居る。同様に朝鮮半島から見れば日本海は半島の東側に位置するから「東海」となる理屈で、事実そのように使っている。

私は西海区水産研究所に勤務していたが、「東海に於ける魚類…」と云った論文は沢山ある。この場合の「東海」は「東シナ海」の意味であり、中国語の「東海」の語を仮借している訳である。西海に居ながらその西海を東海と呼ぶのだから、「可笑しい、変だ」と云えば云えなくもない。

「上海は何故(ジョウカイと云わず)シャンハイと云うのか?と題するズブの素人の駄文を私はこのホームページに書いたことがある。いろいろ理屈は捏ねられるが一言で言えば「大多数の現在の日本人はそう呼んでい」るからである。「昨日の午後に北京(ペキン)に立ち寄り上海(シャンハイ)から帰国しました」と云えば直ぐ分かる。若し、「ホクキョウに立ち寄りジョウカイから帰国し…」と云ったら、恐らく「あんた中国の何処に行ったの?」と変な顔をされるだろう。

言葉は皆が使い出せば、学問的には間違いでも「そうとも言う」、ないし「間違いではなくなる…」、と云うよりも、もっと云うなら、むしろ間違いに方が「正しく」なる。しかし、「大多数の人がそう呼ぶ」といっても一体誰が決めるのだろうか?。国語審議会的なところが調査しているのだろうか?

偶々中国の地名の話を引き合いに出したが、最近では観光客が増えたせいか「西安」(セイアン)」を「シーアン」という人が増えている。このような例は枚挙に暇がない。時代と共に変化するのは自然であろうが、NHKのアナウンサーのハンドブックのように、少しは整理・統一して置く方が良いように思う。さもないと益々解り難くなりそうだ。

NHKのハンドブックでは「中国の地名・人名は原則として、広州(こうしゅう)、江沢民(こうたくみん)のように日本で通用する漢字(中国の簡体字ではなく)で書き、日本語読みとする。」としている。国家主席の「胡錦涛」は(こきんとう)、首相の「温家宝」は(おんかほう)となる訳である。しかし、新聞紙などでは胡錦涛と漢字で書いて「フーチンタオ」とルビを打つ、また、温家宝には「ウエンチャアパオ」とルビが打たれていることが最近ではよく見掛ける。

それなら、黒龍江には「ヘイロンジャン」、吉林には「チーリン」とルビが打たれているか?と云うと、それは無い。瀋陽は脱北事件がメディアで喧しくなってから「シエンヤン」と云うルビが時々打たれている。つまり、その時時で関心のある地名や人名にルビが打たれているようだ。

何故そんなことをするのか?。私には合点が行かない。仮名で中国語の音声を正しく表示することは至難である。漢字を使わない場合は国連などで使っているピンイン表記が最も正確であるが、国連では声調は書かない。胡錦涛は「hu2 jin3 tao1」(数字は声調)、温家宝は「wen1 jia1 bao3」となる。

しかし、これはピンインで表記されたものをどう発音するかの知識がなければ読めない。例えば、ピンイン表記の XQ をどう発音するのか分からない。これも一長一短と云わざるを得ない。とにかく外国の地名や人名をどう書きどう読むかは、難しく論じれば、大変厄介な問題であり、現実論としては何処かで妥協せざるを得ない。

日本と中国の間では書く場合は漢字、発音する場合は各々の国の漢字音とするのが慣習になっているので、かなりスッキリしている(簡体字と常用漢字・繁体字の問題は暫く置く)。漢字で書いてあるだけで充分なのに、なまじっかの「どっちつかずの(声調・有気音・無気音・捲舌音などを無視した)片仮名のルビを打つ」のは反って問題を面倒にするだけではないのか?。

一方、日本と韓国・北朝鮮の場合は片仮名で表記する。漢字は使わない。NHKのハンドブックでは「韓国・北朝鮮の地名は原則として釜山(ふざん)、大同江(だいどうこう)のように漢字で書き、日本語読みとする。ただし、ソウル、ピョンヤンはカタカナで書き、原音読みとする。京城、平壌は使わない。人名は原則としてカタカナで書き、原音読みとする。日本に在住する韓国・朝鮮人の名前は漢字で書き、日本語読みとするが、本人の希望するときなどは、カタカナで書き、原音読みする場合もある。」としている。

元来、韓国・北朝鮮の場合の現在の地名や人名はその殆どが漢字由来のものである。古語やソウル、アリラン、アリナレ(河川名)など幾つかの例外があるにしても…。漢字仮名混じり文を原則とする現在の日本人は漢字に対して敏感で憶えやすい。慶尚北道の大邱は「デグ」ではなく「たいきゅう」と呼んだ方が遥かに記憶しやすい。初代大統領の李承晩も「イ・スンマン」(北鮮ではリ・スンマン)ではなく「り・しょうばん」と呼んだ方が遥かに憶えるには容易だ。済州島だって「さいしゅうとう」の方が「チェジュド」より日本人にとっては読むのも憶えるのもずっと楽だと思う。

とは言うものの、私の本心から云うと「目と鼻の先にあり一衣帯水の隣国である朝鮮半島の国や中国の言葉の入門ぐらいは義務教育で教えるべきだ」と思って居る。そうすればこのような異論反論の錯雑する問題も将来は自然に互いに納得できる道が開かれよう。アジアの平和な将来を考えるに当たり、至極当たり前の話ではないか?

文字はハングルでも日本語と共通の漢語がもとになっている言葉が多い。しかし、独立後の一時期に学校での漢字教育が極めて制限され、まったく漢字を教えなかった時期もあり、そのため、ほとんど漢字がわからない世代もあると云われる。世界で最も合理的な表音文字と言われるハングルに就いてのプライドもあり、事実その通りで日本の地名や人名もほぼ日本語の原音に近く表記できる。このような次第で韓国の新聞紙などには漢字は余り見当たらない。

「韓国は日本に対してもお互いに原音に近い表現にして貰いたい」との要望があるように私は思っている。これに答えて…かどうか私のような素人には分からないが、それというのも「1984年に全斗煥(ぜん・とかん=チョン・ドゥファン)大統領が日本を訪れる前に、外務省は韓国人名の表記をそれまでの漢字表記・日本語読みから原音読みに転換した」云々という記事を見たからである。外務省は韓国の要望に答えると言うよりも、外務省の自主的な方針として国名や人名については世界の趨勢が原音主義に向かっているための措置だったのかも知れない。[Comment1]

外務省は外国の公式国名に関しては日本語で表記する場合の規準を公表している。政府機関や政府外郭団体はこれに従っている。私が唯一の例外に気づいたのはアフリカの「コートジボワール共和国」で、外務省はそう呼んでいるが、政府外郭団体のJICAでは「象牙海岸共和国」と表記している。併記されているローマ字表記では、外務省は英語の( Republic of )の後にフランス語のコートジボワールとなって居り、JICAは英語の( Republic of )の後に英語のアイボリー・コーストとなっている。何故そうなっているのかは知らない。

原音主義と云っても片仮名で書き、それを読むのだから、正確な原音ではない。正確な原音なぞ仮名で表記できないものは沢山ある。出来るだけ原音に近く聞こえるようにして居るだけだ。漢字圏の国は漢字で書き、日本の漢字音で呼ぶ。韓国の場合「大韓民国」と書き、「だいかんみんこく」と読み「テハンミングク」とは読まない。人名はハングル読み、国名は日本漢字の音読み、考えて見ると仲々ややこしい話である。

 

 

人名に関しては本人が「日本語の場合は私をこのように表記し、このような発音で呼んで下さい」という意思表示があればそれを尊重すべきだろう。また、意思表示が無くても芸能人などで世に定着して了った場合など。例えば:−

歌手の「翁倩玉(ピンインでは Weng Qian-u)」が「ジュディ・オング」(ローマ字では Judy Ongg、日本帰化名は翁玉恵=おきな たまえ) 「ケ麗君(ピンインでは Deng Li-jun)」が「テレサ・テン」(ローマ字ではTeresa Teng)、映像アーティストの「白南準」(ペク・ナムジュン)が、「ナムジュン・パイク」(Namjune Paik)、歌手・タレント・エッセイストの「陳美齢」が「アグネス・チャン」、俳優の「李小龍」が「ブルース・リー」、チェロ奏者の「ヨーヨー・マ」が「馬友友」など。

これらの中国系(台湾・香港を含む)や韓国系の人々の国籍は米国であったり、日本であったり、漢字では書けるが発音は方言である場合も多い。SEAFDEC 勤務時代の同僚に「フーイ」という人が居たが、漢字で書けば「許国強、Hooi Kok Kwang、フーイ・コック・クァン」、「タン」は「陳新民、Tan sen-min、タン・セン・ミン」、「チェン」は「曽副仁、Cheng Fu Yan、チェン・フー・ヤン」である。国籍はマレーシアやシンガポールで発音は南方方言である。中には漢字ではどう書くのか?と訪ねると、暫く考えて「多分…」と云いながらタドタドシイ筆跡で「これらしい!」と答える人も居た。

シンガポールの同僚はローマ字表記が公式(パスポートなどの表記)で、皆が姓名の順で英語式に名姓の順には書かない。

話が拡がって私が何を言おうとしているのか?思い付く侭書き綴っている中に頭が混乱し始めたので、この辺で留める。

 

 

[Comment1] Blog (おしえてね ドット・コム、@nifty)に下記の書き込みを見付けました。2003/9/26

日本が韓国人の名前を現地式に読むようになったのは,韓国政府からの要請があったからだ,という回答がありましたが。これは本当でしょうか。以前から時々そのような話を見かけるので,気になって調べているのですが,いまだに事実関係を確認できていません…の問いに対して沢山の回答や関連意見の書き込みの一つ:−

韓国政府の要請によります。1984年に、全斗かん?(字を忘れました)大統領が来日したときに、韓国政府の要請がありました。(以下略)。

[真道:注] この他に多くの日本人・韓国人・アメリカ在住の中国人・同韓国人などが意見を述べていますが、このような現地式に読む要請は日本だけに対して行われ、中国に対しては行われなかったらしい。サイトへの意見は、感情的に偏したり、また特別の意図を持って書かれたものでは無く、かなり客観的かつ理論的に論議されています。このサイトは今は閉じられていますが、過去ログは読めます。

 

 

の土俵は全く異なるが、土地や島嶼を巡る領土の問題の話題になると、領有権の主張が何時行われたか?などがよく論議の的になっているが、素人の私などにはサッパリ理解し得ないことが多い。武力による占領、金銭による購入、居住民の申し出、その他多くの歴史的な経緯によって現在の領土が決まっているのだろうと思うが、紛争の当事者間には余りにも国益、感情などの要素が働いて、真偽の程も素人には理解し兼ねることが多い気がしてなら無い。

私が仕事上にも係わりがあったためか、何時も想い出すのは西沙諸島や南沙諸島である。中国には「東沙」・「中沙」・「西沙」・「南沙」などの地名がある。東沙は台湾とその周辺の附属島嶼、西沙は英語で言う Paracel Islands (パンラセル諸島)で、南シナ海に浮かぶ多数の小島。中華人民共和国、中華民国、ベトナムが領有権を主張。南沙は英語で言う Spratly Islands (スプラトリー諸島)で、南シナ海に浮かぶ約100の小さな島々。中華人民共和国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、中華民国が領有権を主張している。中沙は英語で言う Macclesfield Bank (マッククレスフィールド礁)で、西沙諸島の東南、南沙諸島の北方に位置する。中華人民共和国、中華民国(台湾)、フィリピンが主権を主張している。

東沙(台湾)は別として、黄岩島を除いて水上に露出している珊瑚礁が無く、浅瀬のため近隣海域の船舶航行が困難な中沙はそれ程揉めて居ないようだが、南沙と西沙は多くの周辺国が領有を主張している。何れも元来は人の住めない小さな無人島だったようだ。

私が東南アジア漁業開発センター (SEAFDEC)に在任中、訓練船 パクナム号でパラセルを調査した経験がある。船を送ったのは2回で「縦なわ」による魚類相を試漁により調べる目的であったが、領有権紛争が烈しくなり、銃撃事件の発生も起こったので船の派遣は中止した。

このような経緯から私は多少中国の文献を調べたことがある。その時感じたのは歴史的な経緯などを持って居るのは、文字を持つ中国だけで、何世紀に書かれた「某記録の場所は現在の西沙に比定される」などと云った記事がある。フィリピンなど他の国々は昔は文字を持たず、したがって記録が極めて乏しいことである。

魏志倭人伝ではないが、記録があったからと云って「だから我が領土だ」ということにはなら無い。領土問題とは別の問題である。現在これらの紛争がどうなっているのかは良く知らないが、一応は「現状維持」を各国が続けると云うことで、論議は一時棚上げされていると思う。結構なことだ。

漁業資源のみならず今では石油や天然ガス資源、軍事的価値などが絡まるのでこれらの島々の領有権問題が蒸し返されると面倒な国益の競合に発展する危険は十分にある。話し合いによる関係国間の「共同管理方式」といった方向に進めば…と素人の私などは思うのだが、このような選択肢をもっと考えるべきでは無かろうか?

 

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BKKname

クルンテープ

クルンテープはタイの首都バンコクのタイ語の名前の最初の文字である。正式にはタイ人自身でも憶えきれないぐらい長い。ここでは土地・人名・植物などの長い名前について駄文を弄した。

(上図はチャオピヤ河(メナム河)から見たバンコク)。

(文字サイズが小さければ表示を一段大きめにしてご覧下さい)

(2006年6月)

真道 重明 

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ルンテープはタイ国の首都、バンコクのタイ語の名前の略称である。公式にはクルンテープの後に長々とした名前が続き、世界の地名としては恐らく最長であることは間違いなかろう。片仮名で無理矢理に表記すれば(5ヶの声調があり、有気音・無気音など複雑なタイ語を正確に書くことは到底不可能だから無理矢理と云った)。それは下記のようになるらしい。

「クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナシーシン・マヒンタラアユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッターナ・ラーチャタニー・ブリーロム・ウドン(ウドム)・ラーチャニウェット・マハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット」(124文字)

ローマ字表記だと:−

Krungthepmahanakonbowornratanakosinmahintarayudyaya
mahadiloponoparatanarajthaniburiromudomrajniwesmahasat
arnamornpimarnavatarsatitsakattiyavisanukamphrasit
157文字)

「インドラの神がヴィシュヌカルマの神に命じてお作りになった、神様の権化が住む処の、多くの大宮殿のある、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、インドラの神の戦争のない平和な、インドラの神の不滅の宝石のような、偉大な天使の都」の意味だそうだ。

インドラの神と云うのは、バラモン教の神で、確か「男は辛いよ」の寅さんの柴又ではないが、サンスクリットから漢訳した「帝釈天」のことである。だから、次のような訳もある。「天人の都、偉大なる都城、帝釈天の不壊の宝玉、争いなき平和な偉大にして最高の地、9種の宝玉の如き心楽しき王都、幾多の大王宮、神が権化し棲みたまう、帝釈天が建設神ヴィシュヌカルマをして造られた都」。

日常会話では「クルンテープ」、たまに畏まっても「クルンテープ・マハーナコーン」まで。あとは省略する。前者は「天使の都」、後者は「偉大な都市、天使の都」ということになる。知人の奥さんに「インドラ」という名前(姓名の名)の人が居た。割に多い名前である。彼女は帝釈天だと思うと畏れ多い。

大体、タイ語は元来単音節か2音節の短い言葉が多い。上述の「インドラ」さんも普段は友人間では「イン」と呼び合っており、ドラは略される。この呼び方はニックネーム(チュウ・レンという)である。パースクはスク、カンチャナーはピャオと言った具合である。

にも係わらず、どうしてこんな長い首都名を付けるのか?不思議と云えば不思議である。もっとも、首都名の「クルンテープ」を南タイの人は短く「テープ」と略称する場合が多い。ハッジャイという南タイの街があるが、短く「ジャイ」と呼ぶこともある。美辞麗句や学術語は、もともとサンスクリットからの借用語が殆どなのだから、難しい表現をするとそうなったのだろう。

ちなみに、クルンテープのことを英語では Bangkok (バンコク)と呼ぶ。日本語でもそうだ。実際にバンコク西岸にバンコクと云う地名がある。普通はバンコク・ノーイ(ノーイは小さいの意だから「小バンコク」となる)と呼ぶ。ノンブリ(またはノンタブリとも言う)一帯のことらしい。詳しくは知らない。これが元で、この地名を聞いた外国人が Bangkok (バンコク市街全体、すなわち、タイ語のクルンテープを指すことになったのだろうか? [Commnet2]

そう言えば、大昔は日本でも国の名前を「豊芦原の瑞穂の国」(トヨアシハラノミズホノクニ」と呼んだらしい。クルンテープには遥かに及ばないが、かなり長い名前だと思う。タイも日本も美辞麗句を「重ね、重ね」て飾ったのだろう。中国などには無い現象かも知れない。夏・殷・周いずれも単音節だ。

 

 

生時代に習った海藻学の先生から、動植物の名前では「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハナシ」、「…キリナガシ」?だったかも知れない…と言うのがあった。仮名で21文字ある。「竜宮の乙姫の元結の切外し」である。広辞苑を見たら載っているので驚いた。甘藻 (アマモ)の異称。ウミヤナギ、アジモ、大葉藻とも呼ばれる…とある。アマモは海藻ではなく波の穏やかな浅い砂泥の海底に生える多年草である。

ちなみに、動物では南シナ海に産する「ウケグチノホソミオナガノオキナハギ」(仮名17文字)というのがある。海藻学の植田三朗先生の話では「古き良き時代の先輩の動植物分類学者は古典に造詣の深い人達が多く、名前を付ける際には仲々「凝った」ものや「遊び心」の多いものが多い」ということであった。

蛇足:此処で云う名前とは日本語の名前、いわゆる和名で、学術論文にはラテン語の学名が使われる。科学的で世界共通の命名規約に沿うものである。
和名にはシノニュウム(同音異義語)やアントニム(異音同義語)が多いから混乱が起こりやすい。俗語・業界用語・方言・隠語など、場合によっては問題が複雑怪奇となる。上述の分類学者の付けた(もしくは採用した)和名は「標準和名」と云われるが、動植物の系統分類学者の間では「標準和名」と云うものの存在を不要として認めない人もいる。

 

 

名となると皆の関心が強いからだろう、Web 上には嫌と云うほど色々な話が出て来て仲々面白い。長い名前と云えば誰でもすぐ想い出すのは、例の「寿限無」(じゅげむ)であろう。即ち「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、やぶら小路の藪柑子、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピー、のポンポコナーの、長久命の長助」である。

この「長助さん」の噺は落語の話芸の練習入門編として有名だが、姓は多分無かったのだろうと思う。士族以下で苗字帯刀を許されるのは功績のあった庄屋さん位だ…と中学校の歴史で習ったような気がする。

話は脱線するが、その方の専門家の説では「氏(うじ)・姓(かばね)が今の姓(せい)(苗字=名字)となる過程で、日本が現在のような苗字を持つようになったのは、明治時代に入ってからである。明治政府は徴税や兵役制度などの必要から、戸籍の整備1872年(明治5年)2月、明治政府が「平民苗字許容・必称義務令」を出し、平民すべてに苗字を名のることを要求し、祖先の苗字が明らかでない者は新たな苗字を設けることを義務として強要した」とある。(丹羽基二 南云堂.1987年)。

実在した、もしくは実在中の日本人の名前として長いのは、「藤本太郎喜左衛門将時能(ふじもとたろうきざえもんのしょうときよし)」や「燕東海林太郎兵衛宗清(つばくらしょうじたろべえむねきよ)」や「根本寝坊之助食左衛門(のもとねぼうのすけくいざえもん」などが確認されているものとして、いろいろなものに良く引き合いに出されている。

パスポートに記載された世界で一番長い人名は米国に移民してきたドイツの人で、First name Middle name がアドルフで始まるローマ字数で149、Last name が何とローマ字数で600に近かったそうだ。「寿限無」もこれには敵わない。


[Commnet2] この記事に私の Bloghttp://luminous-body.com/ (首都の旅)から track back が付いた。バンコクの首都名に関して詳しい記事が掲載されて居る。戦後に関しては以下の記事がある。面白いので引用する。


… 非常に長い名称は1971年のタノーム・キッティカーチョーン(タノーム元帥)の革命後、同年の12月21日の革命団布告によって、ナコーン・ルワン・クルンテープ・トンブリーと改称された。さらに翌年には、12月13日の革命団布告によってクルンテープ・マハーナコーンと改称された。この略称としてクルンテープが現在よく使われている。
1989年にタイの人気兄弟デュオ「アサニー・ワサン」が、この非常に長い名称に曲を付けて歌い、大ヒットした。日本語や英語で慣用されるバンコクの語であるが「バーンコーク」が訛ったもので「アムラミズノキの水村」と言う意味である。
日本語ではバンコック、バンコークとも表記される。「バーンコーク」はトンブリー地域における一地名であり、アユタヤ王朝初期に舶来した西洋人による誤用が広まった物であると考えられている。最近ではこの言葉がタイに逆輸入され「バーンコーク」と呼んだり、英語からの訛で「ベンコック」とよんだりされることもある。バンコクは漢字では曼谷、盤谷とも書かれる。


そう言えば私の友人は思い出すとき歌を歌うように節を付けていた。漢字では日本は盤谷、中国は曼谷を使用するケースが多い。なお、依頼されて数回駄文を投稿したことがある「タイ国日本人会」の機関誌の雑誌の名は「クルンテープ」である。(2006/06/07、真道)

 

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myouji

私の苗字「真道」について

 

シンドウと発音する苗字の多くは進藤・新藤・新堂
だったりして、真道と書く苗字は珍しい。だが…?

(2006年6月)

真道重明 

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道という苗字は漢字も珍しく、しかも「シンドウ」という発音も更に珍しい。…と思っていた。「日本苗字大辞典」(1997年発行)によれば、日本の苗字の総数は二十九万千百二十九件だそうで、「真道」という漢字名は一万二百三十九番目にあるらしい。約30万の中1.2万番目だから、珍しくは無いことになる。

しかし、7000番目迄に入る苗字群で全人口の約96%強をカバーしているというから、それ以降の順位の苗字は人口比では非常に小さい(少ない)ことになる。名刺を交換するとき「珍しいお名前ですね!」と云われたことが度々ある。また、マミチさん、シンミチさん、マドウさん等と呼ばれたことも多い。

音でシンドウと読む苗字の一位は「進藤」で568位、二位は「新藤」で1312位、三位は「新堂」で4379位である。メールなどで良く「進藤」と間違って書いてくる人があるが、この漢字の名字が多いためだろう。小学校の時に遠足で大阪府下の田舎の村を通過したとき、村の大半が「真銅」という苗字だったので驚いたことがある。この苗字は12039位で私の「真道」より少ない。

私の父や叔父は「真道」という苗字に強い関心を持っていた。私が小学校の頃、父は散歩の途次にこの苗字を発見し、急いで一旦帰宅し、菓子折を買って身なりを整え、その家を訪問し、家系などを尋ねたことがあった。余り詳しいことは分からなかったが、「お祖父さんの代に九州の小倉から大阪に移り住んだ」ということのようだった。

私の家は元々ガラシヤ夫人で有名な細川家の家臣で、丹波から國替えで小倉へ、更に熊本へと替わった時に細川に従って次々転居したらしい。父の話では子供の頃、家には丹波と書いた長持などが未だ残っていたとのことである。したがって、上述の「…九州の小倉から大阪に移り住んだ…」の話は「細川家の小倉時代に分かれた一族ではないか?と憶測される」と父は語っていた。

また、父は祖父から聞いた話として「シンドウ」は元々は「真道」の漢字ではなかったが、『正月の細川家の能の催しの席で失敗があり、地位を落とされたため進藤か新道か知らないが、それ迄の漢字を嫌って「真道」と云う同音の漢字に変えたと云う話を聞いている』とも語っている。私はこれは作り話のように思う。その事件が丹波時代か、小倉時代か、熊本時代か分からないし、「真道」という苗字はかなり昔から信州などには多く実在して居るし、新しく創った苗字とは思えない。

なお、私の原籍は熊本県の宇土市であるが、宇土細川氏(うと・ほそかわ・うじ)は細川家の三代か四代の当主の時に創設されて居る。これらの系図問題は大大名細川家などについては多くの資料があるようだが、素人の私達にはサッパリ分からない。

叔父の話では、『この苗字は元来はアイヌ語で、私の(従って叔父の)原籍である熊本県宇土市の「宇土」という語も「湾曲した」という意味のアイヌ語である』という。これは東京にいた姓名学の大家から聞いた話だとのことであった。宇土の海岸が湾曲している浜だったことに由来するらしい。

父や叔父の時代とは異なり、現在では家系や姓名学はかなり研究が進んでいるし、書籍や Web サイトから多くの情報が得られる。父や叔父は「真道」という苗字は私達一族の外には殆ど存在しないと思って居たフシがあり、私もそう思って居たが、これは違っていた。全国にかなり存在する。

東京で勉学した母校の同窓生のなかに、数10年後輩だが女性で「真道」姓の人が居りビックリした。母校で本人に会う機会があり面談した処、「両親は千葉県に在住しているが数代前に信州から転居して来たらしいとのことだった。松本清張の作品にも「真道」姓の一族が出て来るらしい。また、今の私の住所の近くにも「真道」の苗字の家が町内の地図にある。私はその家を訪ねたことはない。私自身の苗字の問題にはそれ程興味はない。

余程本腰を入れて調べないと、この手の話は「系図買い」(広辞苑によると、「系図を重大視し、縁組などの場合これを過大評価すること、家柄をよく見せたいために、貧乏な貴族の系図を買うこと」とある)ではないが、作り話が紛れ込む。父は良く「真道家は桓武天皇を祖とし源氏の流れを汲む」と云っていたが、それにしては尤もらしいチャンとした家系図があるとは聞かないし、あるのは過去帳のみだ。

祖父は事実両刀を差していた細川藩の武士だったから、明治時代に生まれた父は「士族」という言葉に誇りと拘りを持っていた。私の小学校入学の時、父の自筆の履歴書に「士族」と書いてあったのを憶えている。また中学生の頃、履歴書に士族や平民を書く欄が無く、不満げであったことも記憶にある。私自身はどうでも良いことで、拘りも興味もない。

しかし、一般論としての姓名や苗字の問題には多少好奇心がある。日本人の苗字が約30万もあるとは驚きだ。こんな国は世界でも希である。テレビの人気番組「トリビアの泉」のホームページ(苗字で検索)を見ると、姓の数は多民族国家の米国が一位の100万以上、日本は二位で約30万、この2国が段突に多く、三位のフィンランドは6万種類だそうだ。五位は中国で約1万種類。

また、ベトナム人は、最も多い3つの姓で90%を占め、韓国人の姓は、僅か300しか無く、金・李・朴・崔・鄭の5種類で55%にのぼり、「石を投げれば金さんに当たる」、「ソウルで金さんを探す(無駄な努力のたとえ)」などという成句もあるそうだ。(Wikipedia 「人名」による)。

また、同サイトによると、世界で一番多い姓は「李」で中国だけで2002年に行われた統計調査では中国の人口12億8453万人の7.9%が「李さん」、つまりは1億以上でほぼ日本の人口と同じくらいの「李さん」がいるとのことだそうだ。ちなみに英語圏で1番多い苗字は Smith (スミス)で(米国と英国合わせて約300万人)とある。

中国では「張三李四」と云って「張」や「李」の姓が多いことを指す常套句がある。「王」も多く、中国の人口の7.4%で約9500万人、次いで「張」だそうだ。中国科学院の調査では「李・王・張」の順だ。私の経験でも教室で「王さん」と名を呼ぶと数名が一斉に手を挙げる。仲間内では「老王」、「小王」、などと呼び合って区別している。

上に「五位は中国で約1万種類」(トリビアの泉ホームページ)とあるが、Wikipedia 「人名」によると僅か500種類とあり、大いに食い違う。字体や方言字・方言音などを区別して数え上げたにしても差がありすぎる。また同じ「トリビアの泉ホームページ」の書き込みに中国は3500種類とある。いろいろ調べるとどうも漢字で表記された漢族名については500種類、ないし、500種類以下という説が多いようである。数字の食い違いも漢族だけか、回族や満州族、その他の少数民族を含めたのか、などで統計に大差が起こるように思う。回族などでは一族一姓ではなく一家一姓などもあるらしい。

補足:2005年、中国の氏名について中国科学院が1110個の市県について実施した結果を 中国語 Web site で見付けた。「調査した2億9600万の人口中、異なる姓氏を4100個(種類)得た。李・王・張の3姓で全体の21.4%を占める」と記述されている。李、王、張、劉、陳、楊、黄、趙、周、呉が Top ten である。(中国語維基百科、すなわち、中国語 Wikipedia 2006年による)。ただし簡体字は日本常用漢字に改めた。 【真道 注 (2006/06/22)】。

話は脱線するが、日本が現在のような苗字を持つようになったのは、明治時代に入ってからである。明治政府は徴税や兵役制度などの必要から、戸籍の整備1872年(明治5年)2月、明治政府が「平民苗字許容・必称義務令」を出し、平民すべてに苗字を名のることを要求し、祖先の苗字が明らかでない者は新たな苗字を設けることを義務としたらしいから、その時莫大な苗字が作られたのではなかろうか?

日本では氏(うじ)、姓(かばね)などと云うが、元来日本の姓は、臣(オミ)・連(ムラジ)・造(ミヤツコ) … 県主(アガタヌシ)・村主(スグリ) … など数10種あったようだ(広辞苑による)。中国の姓とは歴史的にも形成過程が異なる。また、英国語の SURNAME 米語の LAST NAME のそれとも違う。モスレム圏では独自の姓名形成があるらしい。こうなってくると私など素人の手には負えない。

上述の話は漢語で言う「姓と名」、英語でいう Surname (英)または Last name (米)、すなわち Family nameGiven name (英)または First name (米)、すなわち Personal name と単純化して素朴に扱った素人論である。

話が脱線したついでに更に脱線する。タイ人の友人から聞いた話。タイ国でも封建国家から近代国家になるとき、「名」(チュウ)しかなかった庶民に姓(ナムサクン)を創設した。日本と同じ頃、同じ現象が起こった訳である。この時、落語の「寿限無」ではないが、庶民は無学でどう付けたらよいか分からず、寿限無の話と同様に、お寺のお坊さんに付けて貰ったそうだ。お坊さんは良い名前を付けてくれとせがまれ、黄金・宝石・勇壮などを意味するサンスクリットやバーリ語(古代インド語)の言葉を付けたという。

元来タイ国の人は姓にしても名にしても、飛び切り上等の名前を好むようだ。友人にも名が「黄金」(カンチャナー)、「宝物」(ソンバット)、「蓮華女」(パッタマー・ワディー)など枚挙に暇がない。姓にしても「水晶」(キアオヴィセット、キアオは玻璃、ヴィセットは素晴らしい最高の…の意味)などと言うのがあった。

一般の人には憶えるのが難しすぎるし、綴りも長いので普段は単音節か副音節ぐらいの短い「名」、すなわち、チューレン(ニックネーム)ので呼び合う。「彼の正式の氏名は?」と問うと、数10年来の友であるにも拘わらず「はて何だったかなー?」とメモ帳や住所録を調べないと憶えていないことは常にある。

チューレン(ニックネーム)は傑作で、レク(ちび)、マー(犬)、カイ(鶏)、コック(雛またはその鳴き声)、ウン(雨蛙)など動物名が多い。友人の家を訪ねたら飼い犬が出て来た。彼はその犬に猫という名前を付けている。家人に「おい、猫を繋いでおけ」と叫んでいる。私は「猫は何処にいるの?」というと、笑って「この犬の名前は猫なんだ」という。「ヘェー」と驚いた。そう言えば日本でも明治時代の女性の名前に「かめ」、「くま」などはごく普通だった。

 

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E-MAIL

メールは「打つ」ものか?

電報は打つのに、電話は入れるものか?この頃は「電話を掛けることを入れる」と云う人が増えた。FAX(ファクシミリ)は「流す」という人も居る。

 

(2006年6月)

真道重明 

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今日の朝日新聞(2006/06/18、日曜日、p.37、第3社会面、13版)にハワイの初老の日系人からの質問が載せてあった。曰わく、「アイロンは「かける」ものですか?「あてる」ものですか?との問い合わせだ。日系人の間では「あてる」が一般的らしい。今の日本の辞書では「かける」の用例が普通だ。ハワイの日本人は「アイロンを当てる」と云い、「アイロンを掛ける」とは言わないとのこと。

昔は日本国内でもそう言っていたのがハワイ移民は今でも使っているのか?ハワイの日系人の言葉に詳しい高知女子大の橋尾直和・助教授は「古い言葉や使い方が化石のように残っている例が多い」とのこと。例えばキャベツは「たまな」(本土では昭和中期まで使用)と今でも呼んでいるらしい。アイロンも日本人は昔は「あてる」と言っていたのではないか?と武庫川女子大の佐竹秀雄教授は推測する…ともある。

火熨斗や焼き鏝(ヤキゴテ)は「当てる」だったから、同じ用途のアイロンは「あてる」だったようだ。製品の進化につれて更に広い意味の『かける』に変わったのでは無いか?と編集子の佐藤司さんは言う。ハワイの日系人の言葉は日本語の方言の一つと私は思う。私の孫娘は「アイロンをあてる」は少しも変ではないと云う。

日本各地の方言を調べれば今でもハワイと同様に「あてる」と言って居る処があるかも知れない。湯熨(ユノシ)と云う言葉は湯や湯気で衣類の皺を伸ばすことだが、最近の「スチーム・アイロン」は火熨斗と湯熨の双方の仕組みを併せ持つものが多い。私の孫娘は「アイロンをあてる」は少しも変ではないと云う気がすると云う。日本各地の方言を調べれば今でもハワイと同様に「あてる」と言って居る処があるかも知れないのでは無いか・・・・と編集子の佐藤司さんは云う。

私の母なども「アイロンを当てる」と昭和10年頃のことだが、そう「云っていたように記憶する。間も無く84歳になろうとする私が小学生の頃である。現在(2006年)、60歳以上の人達は全国を通じて「アイロンを当てる」と云う表現に違和感はないのでは無かろうか?

そう言えば、「電話を掛ける」、「電話をする」と云うが、メールは「打つ」と云う。電話は最近では「電話を入れて置きます」などと言う人が多い。しかし、「電話を打つ」とは誰も云わない。中国語では電話を掛けることは「打電話」と云い、「打つ」である。FAX(ファクシミリ)は「送る」の替わりに「流す」とも云う。即時に送られるものは「打つ」なのだろうか?FAX だって即時に送られているのだが・・・・。

メールを「打つ」というのは携帯電話の場合にボタン操作でタイプするのがタイプライターの「タイプを打つ」と同じような操作なので「打つ」と言うのだろう。「片手で打てるようになった」とか「両手で打つ」とか言っている。両手と云うのは一方の手で「ケータイ」を支えているからだろう。

電話・電報・FAX(ファクシミリ)・メール(E-mail)など発信することを 総て「送る」か、または「する」で間に合うのに・・・・。近頃は「電話を入れる」と言う人がかなりあると上で云ったが英語にも「電話を掛ける」という場合に、「phone、call, call up、ring、ring up」などと共に「telephon in」と云う言い方がある。英語では「送信」はインターネットでは「POST」で統一されて居るようだ、郵便ポストのポストだ。

面白いのはタイ語で、手紙をポストに入れることを「ティン・チョットマイ」と云う。「ティン」は、元来、ゴミ箱などに「捨てる」など廃棄する意味、「チョットマイは手紙」だ。タイ人に聞くと「確かにこの場合(捨てる)は変な表現だが手紙だと云うことが前後の会話で分かっている場合は「ポストに入れることに決まっている訳だから誤解することはない」とのことだった。

私が考えるに、「アイロンを当てる」もそうだが、器具と操作からの連想では無かろうか。電報はモールス信号を送信機で打っていた。その操作は、私も軍隊で習ったが、明らかに送信機のボタンをカチカチと「打つ」て居た。FAXも紙が引き込まれてスキャンしたら下から流れるように押し出されてくる。「FAXを流す」はこの様子から来たのではなかろうか。メールは文字入力の際にキーボードや文字ボタンを押す。昔、タイプライターのキーを打つ(叩く)ことからの連想がその理由かも。

電話の「掛ける」だが、昔の電話は送受話機が箱の横に架けてあった。通話が終われば元通り架け戻した。これが「掛ける」の由来かも知れない。「電話する」、「FAXする」、「メールする」など「する」で事足りるのに、ややこしい話だ。

デートして「お茶する」と云う言い方が若者間では流行っている。しかし、家庭内では「お茶しない?」とは云わず、「お茶を飲まない?」と云うように思うのだか?家庭には年寄りも居るから標準語(共通語)を使うのかも・・・・。どうだろうか?

 

 

畏友の I.Y.さんから「電報を打つ」などの言葉は「今では廃語(死語)だね!」というメールが来た。確かにそうだ。シャーロック・ホームズは当時の最新技術だった「電報」を何時も駆使して居たが、21世紀の今では電報を打つ人は非常に減ったようだ。「ウナ電」(至急電報)などの言葉の意味を知る人は年寄りばかりかも・・・・。「ウナ」は英文(URGENT、至急の意)のモールス信号の最初の2語が日本語のモールス信号の「ウ」と「ナ」となることに由来するのだそうだ。

ケータイのメールを「両手で打つ・・・・」と上記したが、落塵庵主(らくじん)さん(メル友ならぬ Web 友)から、「両手で打つ」には二つのケースがある。一つは初心者(上記の場合)で、片手で支えてもう一方の手で打つ場合、もう一つは熟練者の場合で、文字通り片手には一つの「ケータイ」、他の手にはもう一つの別の「ケータイ」を持ち、同時に各々に対応して操作する(打つ)凄腕の人がいます。うちの子供たちなどは、その両手で打つ方の部類でして、あっと言う間に返信文を返してきます・・・・、とのこと。

丁度、二つの電話機を同時に持って二人の相手に対応する人のケースと同じだ。恐るべき神業に近い腕前である。電話なら音声を喋るのだから未だしも、メールはボタン操作をする訳だから、まさに驚異だ。

 

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SINDOFUNI

韓国の岩海苔の箱の説明文の中に在った漢字

身土不二

 

韓国の友人から良く送ってもらう岩海苔の箱に書かれた説明文は総てハングルばかりである。その中に唯一の例外は「身土不二」と書かれた漢字であった。身土不二とは何の事だろう? 漢和辞書や国語辞書を調べても出て来ない・・・。最近 Web を見ていたらヤット分かった。大変面白い言葉だ。

 

(2006年11月)

真道重明 

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国の友人が時々とても美味しい「岩海苔」を送ってくれる。容器の紙箱にはハングル文字ばかりで、英語・日本語・中国語などは書かれて居ない。今、机上に知人の韓国土産のチュウインガムの小箱があるが、LOTTE と XYLITOL という言葉がローマ字で箱の表面と側面のニヵ所にある以外は、グラムの「g」や「%」を除き総てハングルである。もっとも韓国国内で韓国人を対象にした商品だから外国語を書く必要はない訳だ。輸出品ではない。

韓国からのお土産にはこんなことは極めて普通だ。「漢字仮名交じり文」が普通の日本語の文章とは異なり、韓国や北鮮では漢字は、このような場合には、殆ど使われないようだ。換言すれば「漢字ハングル交じり文」は容易に書ける・・・(と私は思うのだが)、先ず使用されない。ハングルのハンは「偉大な」、グルは「文字」、すなわち、偉大な文字の意味だそうだ。確かにのハングルが表音文字としては非常に優れていることは私のような生噛りのものでも良く理解できる。但し、北鮮ではハンが音声上「韓」に通じることから、ハングルと呼ばず「ウリグル」(我々の文字)と云うそうだが・・・。実は私もハングルは「韓国の文字」の意味だと思っていた。

何時もの癖でツイ余計なお喋りをして了った。本論に入ろう。

上述の岩海苔の箱に説明文とは別に、「身土不二」と目立つように際だって大きな字で、しかも漢字で書かれた句が何時も書かれて居る。身土不二とは何だろう?広辞苑、岩波国語辞典、四字熟語辞典、故事成語辞典などを漁ってみたが見当たらない。友人に手紙を出して訊ねてみようと思いつつ、怠けてツイその侭に打ち過ぎた。

最近、Web を渉猟して居る内に偶然にも「身土不二」の漢字に突き当たった。早速、検索を掛けたら、日本版 Wikipedia の外に多くのサイトが見付かった。水産分野では中央水研ニュースNo.19(平成10年1月発行)に西岡 不二男氏が「身土不二− 食糧自給率の向上を−と題して一文を掲載して居られる。その方面の人達にはめずらしい言葉ではないらしい。この言葉をモットーにする料理屋も多い。元来この四文字熟語は仏典に由来する語であり、唯物論の立場から宗教を否定する社会主義に立つためか、中国の Web サイトではこの語は Web 上では探し出せなかった。

 

身土不二、(元々仏典であり唐音で 「しんどふに」と読むのが元来の読み方だろうと思う。東洋哲学関係では漢音で「しんどふじ」と読むことが多いらしい。ハングル音を片仮名で表記すれば、恐らく「シントプルサ」だろう。仏教の教典にある用語で身土という用語に由来するらしい[真道]。

唐の僧 妙楽大師湛然の『維摩疏記』、南宋の僧 智円の『維摩經略疏垂裕記』(「二法身下顯身土不二 由依正不二故便現身即表國土、離身無土者荊溪云、此是法身身土不二之明文也」 )、日蓮の『三世諸仏総勘文教相廃立』、無住道暁の『雑談集』(1305年頃)、親鸞の『教行信証』にもこの用語がみられる。山下惣一の著作『身土不二の探求』(1998年、ISBN 4-88340-057-3)に『廬山蓮宗寶鑑』(普度法師、1305年)が初出であると記述され広まっている。

明治時代に仏教用語から自分の足で歩ける三里から四里範囲の地元食材を食べることが人間の健康に良い影響を及ぼすという思想を表現した用語。著作に食育という用語を記述した石塚左玄が創設した食養会の後継者、西端学が使用した。転じて、人(身)とその人が生きる郷土(土)は密接な関係にあるものであり、別々に存在するものではない(不二)という意味で使われている。

農林水産省が進める地産地消運動の標語の一つとして使われる事例が1990年代後半から見られる。ただし、「地産地消」は1981年から始まった食生活改善に起源を持つ運動であり、食糧自給率の向上や国内農業振興を目的として使われることが多い「身土不二」とは本来異なる意味合いを持つものである。しかし、農林水産省は食生活の改善と国内農業振興の双方の役割を担う省庁であることもあり、近年は余り区別することなく使われる傾向がある。また、この語は有機農業運動において用いられることも多い。(前々節と前節および本節はフリー百科事典 『ウィキペディア (Wikipedia)』から引用した)。[真道]

要するに私の理解では、上記の WIKI やその他の多くの Web page の記述内容から「身土不二」と云う言葉の意味は、「人間の身体は、住んでいる土地・風土とは不可分であり、食べ物はその土地の自然に適応した作物を育て、それらを食べることに依って健康を維持するという考え方のようである。

韓国の友人から頂いた岩海苔の箱にあった、珍しく漢字で書かれた四文字熟語のスローガンの意味を知りたいことが動機だったが、「地産地消」運動など仏教とは離れた多くの問題、例えば、食育・環境・スローフード・有機栽培、その他いろいろな分野でこの言葉が使われていることを知った。

生物学と云う自然科学を専攻し、水産に携わって来た私は社会科学分野には門外漢ではあるが、情熱的に取り組んで居られる 中島 満 氏の里海(ざとうみ)の概念を先日伺う機会を得た。水産という人類の活動を里海という視座から捉えようとする問題と、この身土不二と云う考え方がどの様に交わって来るのか?交わらないのか? 門外漢の私には分からないが、益々私の好奇心を掻き立てられる。

 

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SeiTyouRon

「声調」や「音声言語」に

就いての素人の妄論

(2006年12月)

真道重明 

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MOKUJI2

目 次

まえがき

言語とその方言

言葉は音声による言語が基本である

四声とは (声調が重要な言語の話)

高低アクセントはシノ・チベット語族に限らない

音声言語教育について (あとがきに替えて)

APPENDICES (追録:雑談や読者からのご指摘)
   サノメナ・ジャーニー
   日本人の漢詩作法や漢詩朗詠の問題

漢詩雑談
   (1) 平仄
   (2) 京劇
   (3) 現代の漢字による詩歌

まえがき

まえがき

処で「言語」と云うのは日本語や英語・中国語・タイ語などと云う時の言語のことを指す。言葉と云っても良いが、要は「人間の音声によって意思を伝達する言葉」、即ち「音声言語」のことを指すものとして話を進める。

広い意味では数式・手話・楽譜・モールス記号・コンピュータのプログラミング用語など人間が考えや思っていることを伝達する色々な手段も言語(言葉)と言えると私は思うのだが、これらは此処では触れない。また此処では「言語と言葉は同じ意味」として話をする。

また、此処で「声調」と云うのは中国語、タイ語、ベトナム語などの tone 、(北京語や現在の中華人民共和国の共通語である普通話(プートンホァ)の「四声」などと云う時の「声」のことを指す。

専門家によると、これらは音節声調の中の曲線声調(contour tone)と呼ぶものであって、音節声調の中にはアフリカにある幾つかの言語には段位声調(level tone)と云うものもあり、また音節声調と並んでスウェーデン語やノールウェイ語などには音節声調と云うものがあるそうだが、素人で不勉強の私の知識を遥かに超える問題であり、その道の専門家からは乱暴と叱られそうだが)此処では無視して立ち入らない。

私は自分の経験を通じて「言葉の基本的な本質は音声であり、文字を持つ言語でも、文字言語によって話し相手の発した音声の意味・感情などを文字によって正確に表記することは出来ず、不完全な場合が多いと思っている。「言わずもがな」の常識だろう。

例えば「そうですか」と声で云った場合、語句の末尾後半の音を揚げれば「本当にそうなのですか?」と疑う場合であり、語句の末尾後半の音を下げれば「そうだったのですか」と肯定することになる。

音声なら問題はないが文字で表記しようとすると、音声をその侭表記したのではどちらか分からない。だから、小説などでは、『《そうですか》と相手は答えながら少し首を傾げた」などと、表記に色々工夫しなければならず、音声をその侭文字とした場合の情報は少なく、かつ、不完全である。

「音声なら問題はない」と云ったが、音声には濁音・清音・半濁音、有気音と無気音、ハングルの強音や濃音)、日本語にない様々な母音、また音節や単語の強弱アクセントや高低アクセント、語句のイントネーションなどがあり、欧米語ではリズムも重要な要素だ。これまた専門学者の説明を読むと真に複雑極まる。

だが、乳飲み子の時から聞き覚えた母国語は文法もアクセントも何も考えず、無意識にペラペラと喋っている。これが本来の言葉の姿だろう。表音文字にしろ表意文字にしろ、文字の発明は素晴らしい意義を持つことは多言を要しない。日本での外国語教育は、理由が在ってのことだが文字言語に偏り、本来の音声言語についての関心度が低かった過去がある。

「日本人は何故、英語が下手なのか?」、「3週間で外国人に通じる英語が喋られるコツ」と云った意味の表題の書籍が売れる。音声言語教育を軽視したツケが回ってきたのだろう。

私が(旧制)中学以来、習った欧米語は英語と独逸語、それと戦後に個人授業を受けた人工語のエスペラント語。東洋語では東京外語(現在の東京外国語大学)の専修科で習った中国語と独学のハングル、それと11年間住んで耳から入ったタイ語である。

偶々、声調が重要な中国語とタイ語に接したこと、取り分け東京外語で会話重点の音声言語教育は言葉に対する私の理解に大きな影響を与えた。四声の高低アクセントは勿論のこと、鼻の頭に紙リボンを貼りつけ、、紙が揺れないように発音する無気音や語尾の「n」と「ng」の区別等々、出来るまでスパルタ式に徹底的に叩き込まれた。

中国語の学習で誰もが先ず直面する難関は四声である。これが身に付かないと会話は先ず通じない。五声あるタイ語も同じだ。これら声調はシノ・チベット語族に特有なものと思っている人が多いが、日本語や何処の国の言語にもあると私は思っている。

例えば「ありがとう」と云う場合、平坦に発音すると共通日本語であるが、「とう」を中国語の第四声で発音すると関西方言の発音になる。「はし」を第四声で発音すると「橋」、第二声で発音すると「箸」となる。

日本語にも高低アクセントはある。何も「シノ・チベット語族」の専売特許ではない。多くの国の言葉に声調(・・・と云って良いかどうかは別として)似た現象は有るようだ。中国語、タイ語、ベトナム語などでは「声調」が特に発達?して・・・と云うか、単語を識別する重要な役目を担って居る。

タイ語で「マー」をタイ語第一声で発音すると「来る」だが、第四声だと「馬」、第五声だと「犬」という意味となる。聴いて声調を識別できないと単語の意味が分からないから、勿論会話は出来ない。聴いて声調を識別できないと云うことは正しい声調で発音できないと云うことである。

私の場合、耳で憶えた、即ち音声言語としてのタイ語で正式に学校で習ったものではないので、文字言語はからきし駄目で新聞も読めない。今でもタイの田舎の知人から時々電話が来て近況を語り合うが、手紙は読めない。逆に日本人で英語の手紙は交換しているのに電話が掛かって来るとからきし喋れない、即ち文字言語としての英語は良くできるが音声言語としての英語は駄目と云う人は多く居る。

以下、私の勝手な素人論議を述べる。言語学や言語音声学などの専門家から見れば術語も間違って居たり、下司の無駄話かも知れないが、意のあるところを汲んで頂ければ幸いである。また、誤解など在ればご指摘下されば幸甚の至りである。

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言語とその方言

言語とその方言

なみに、世界に存在した、または、存在する言語の数は死語を含めて約7000種類、その内現在使用されている言語は約3000種類、その中で文字を持つ言語は約400種類と云われて居るそうである。一つの言語に含まれる「方言」は言語数には含めないと云う。しかし、方言なのか否かの判別は仲々難しいと云う。

不自由なく通じる言葉を喋っている人々の集団があり、彼等が「音声を聞いて大体意味が理解できる言葉を喋っている幾つかの他の集団」が在る場合、それら全体をひっ包めて「一つの言語」と見做し、個々の集団の喋っている言葉を「方言」と考える・・・と云う説がある。私もそう考えて居る。

「大体意味が理解できる」と云う説明は一見ハッキリしているようで居て、現実には、どの程度理解し得たら「大体意味が理解できる」と判定するのか?考えて見ると、上記の説明は実は曖昧模糊としている。

例えば、アイヌ語は私にとっては全く理解し得ないから、明らかに日本語とは異なる言語であると思うが、琉球の言葉は日本語ではなく琉球語なのか?

私の経験でも60年前の沖縄島や宮古島の日常会話は私には初めの内は殆ど理解し得なかった。母音はア、イ、ウの3個しかなく、エはイ、オはウに変化する。いわゆる「ウチナーグチ」である。しかし、最近テレビで有名になった「美らさん(チュラサン)」などを視ているとかなり多くの日本の本土の言葉(ヤマトグチ)が話されていて、「かなり」と云うより、殆ど理解できる。

尤も、テレビ・ドラマだから視聴者に解り易く言葉を置き換えてある処もあろうが・・・。いわゆる混淆語の「ウチナーヤマトグチ」となっているのに驚いた。今の若い人はウチナーグチが喋れない、分からないと云う人が多いとのこと。これなら将に「方言」である。言語学者の間でも沖縄の言葉の位置付けには諸説紛紛らしい。

中国語の場合、北京方言を喋る北方人は南の福建方言や広東方言を(音声で聴く限り)殆ど理解し得ない。敗戦直後、通訳官として中国軍司令部に勤務した時、このことは痛感したし、戦後、FAO・World Bank のミッションに参加したとき、北京大学を出てアリゾナ大学に居た北京人の通訳要員は広東方言を全く理解できなかったことを憶えている。

それなら北京語、広東語と称すべきか?北京方言、広東方言と云うべきか? 上海語・ミンナン語・客家語などその他にも沢山ある。

共通語(普通語、プートンホァ)の教育、ラジオ・テレビの普及で、私の僅かな経験でも、状況は半世紀前と現在では、随分と変わったようである。上海には講義や建学記念日の宴席参加などで度々訪れたが、学校では上海方言と普通語を、公の機関内や学校内の上海の人々は、何の違和感もなく自由自在に混淆して使っているように思われた。

また、中国の諸方言は漢字で(簡体字・繁体字・方言文字の問題は暫く擱く)書けば、会話語(白話)は別として、新聞紙などの文章語は殆ど全国共通して意味は相互に理解できる。中国語(台湾では国語と呼ぶようだ)は、言語としては一種類とされている。「音声で聞く北京方言と広東方言は欧州のドイツ語とフランス語以上の差異がある」と言語学者は云っている。話し言葉の音声ではそうでも、書き言葉の文字では(話し言葉を文字にした場合、幾つかの方言文字があるとはいえ)、全国殆ど共通していると云っても過言ではないと私は思う。

私が11年間居たタイ国の言葉は勿論「タイ語」である。仕事が忙しく正式にタイ語を習う時間の余裕は無かったが、職場の公用語である英語は別として、単身赴任状態の私は帰宅したらタイ語ばかり、職場でも英語や日本語を話せないタイ人も多く居たからタイ語に囲まれる生活時間が多く、私のタイ語は総て耳から入った音声によるものであり読み書きは看板の文字がヤット読める程度だ。何とも恥ずかしい限りである。

しかし、その内にタイ語の北部方言(チェンマイなどの言葉)や南部方言(ソンクラやハッジャイなどの早口の言葉)なども何とか識別できるようになった。田舎の漁夫などとも漁具や漁法、豊漁か不漁かなど、何とか曲がりなりにも在る程度の会話が出来るようになった。仕事と関係して必要に迫られたから。

隣国にラオスと云う国があり「ラオ語」を喋っている。この「ラオ語」はタイの東北方言(イーサーン方言)に極めて近い。タイの東北地方の人は勿論、バンコクにも東北地方の人は多く居るから、殆どのタイ人は「ラオ語」を解する。タイ語やラオ語と云うけれど、まさにラオ語とタイ語は「方言」の関係にある。

日本に一時帰国して居た時、タイ留学生数人とテレビを見て居た。上流階級の料理や踊りが放映されていた。タイ留学生全員がタイ国の紹介だと思っていた。最後になって日本人アナウンサーが「以上、ラオスからの中継録画でした」と云った。皆大笑い。それ程言葉も近く似ている。

余談だが、前々から私は「言葉に優劣や上品・下品は無い」と思っている。同じ言葉に属する方言にしても同様である。オーストラリアの先住民であるアボリジンの言語も英語や日本語も「どちらが優れている」などとは云えない」と思うし、「京都弁が津軽弁より優雅だ」などとは云えないと思う。ただの思い込みだ。

台湾の友人である D 君が「科学技術の論文を僕の母国語であるミンナン語(中国語、福建南部の方言、台湾では喋る人が最も多い言葉)では書けない。日本語でなら書ける」と呟いていた。戦前の話だが、彼は日本人以上に日本語に長けていた。彼の呟きは今でも私の耳底に残っている。

現状は確かにそうだ。科学技術が現在ではミンナン語を喋ったり書いたりする人々より日本語を喋ったり書いたりする人々より多いし、学問の水準も進歩し、従って専門用語も充実して居るために過ぎない。だから「書き表せない」と云っても、ミンナン語が本質的に劣っている訳ではないと私は思う・・・と彼に答えたことを憶えている。

森 有礼(もり ありのり、1847−1889、初代の文部大臣)は英語の国語化を提唱したことで有名だが、日本の近代化に大きく貢献した彼も「日本語は劣っているから英語を日本の国語にしよう」と考えたようだ。私の理解が間違っていないなら、この点は無茶苦茶で飛んでも無い暴論だと思う。今だから云えることだろうが・・・。

戦後1957年に北京でお会いし、2時間ばかり面談した初代日中友好協会の中国側会長の廖承志氏は当時「中国は未だ母国語で科学技術論文が旨く書けない」と云うことが会話の主題であった。半世紀後の現在では無数の中国語の学術論文が出版されている。

方言について云えば、今では「東京弁」が格好良くて、僻地の言葉は下品で他国の人前では「訛ってるー」と云われるので恥ずかしいと云う人が居る。私が学生の頃、関西出身の上級生が居た。いつまで経っても関西弁が抜けないので「留学生」と云うあだ名で呼ばれていた。しかし、近頃では方言がテレビやラジオで幅をきかせる傾向が出て来た。

京言葉・奈良言葉・浪速言葉など関西弁は、お笑い番組のせいもあってか、共通語並みに幅をきかせている。また、関西人は千数百年間も日本の政治の中心が在った奈良・京都・浪速などの近畿地方の言葉に誇りを持っている。何れの国でも首都の言葉を綺麗で格好良いと思って居るふしがある。首都には権力者と云う偉い人が居り、綺麗な服装の金持ちも多い。その人達の言葉は貧しい地方の人達からは美しく見えるのだろう。

言葉の専門家に云わせると、近畿地方の言葉は日本の各方言の中でも高低アクセントが最も特化し(進歩し)て居ると云う。あながち上記のような感情論ばかりではないのかも知れない。

しかし、「いと、むくつけき吾妻言葉」も、日本の首都が京から東京に移ると一転して綺麗な言葉と思われるようになる。中国でも満州族などの影響を受けている本来の漢族の言葉とはややずれた今の首都である北京の言葉は美しいと云う人が多い。私も北京官話を習っている時、中央広播電台(放送局)の女性アナウンサーの言葉を美しいと感じたものだ。

前置きはこれ位にして、以下本題に入ることにする。

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音声言語

言葉は音声による言語が本質かつ基本である

児が言葉を憶えるとき、先ずは耳の聴覚に依る音声であって、眼の視覚に依る文字ではない。文字は幼稚園か小学校に入ってからだ。人類が言葉を持つようになったと云う時の「言葉」とは音声言語を指しており、文字言語ではない。冒頭で述べたように、現在使用されている言語は約3000種類、その中で文字を持つ言語は1割強の約400種類と云われて居るらしいが、文字は音声言語が生まれてから、ずっと後になって発明されたのは間違いない。

音声言語と一口に言っても、既述のように、子音では濁音・清音・半濁音、有気音や無気音、ハングルの激音や濃音、日本語には無い様々な母音、また音節や単語の強弱アクセントや高低アクセント、語句のイントネーション、リズム、など実に多岐に亘り多様である。外国語の音声の習得は容易ではない。

日本では明治以来、外国語、とりわけ欧米語の学習に際しては、西洋の知識を吸収することに目的が置かれ、従って文字言語に重点が置かれた。だから、音声は軽視されざるを得なかった。私が戦前未だ若い頃、新聞紙上で読んだ話で、今でも憶えている下記のようなエピソードがある。

秋田だったか山形だったか忘れたが、旧制中学の生徒に開学以来希に見る英語の天才が居た。先生も舌を巻くほど英語の語彙も豊富、英文法も、英文和訳・英作文など何れも常に百点満点だった。彼は進学すべく上京して高等学校に入学するための試験を受けた。

英語の試験科目では簡単な英語による面接試験があった。面接官は英語を母国語とする英人であった。勿論、彼は好成績で合格したのだが、彼は本当の英語の発音をこの時初めて耳にした。面接が終わった後で彼はこう呟いたそうだ。「あの英語の変な発音は一体何だ。面接者は本当のイギリス人が?」。

彼は文字言語としての英語には長けていたが、音声言語としての英語に関しては良い学習環境には居なかった訳である。英文で本を読んだり論文や手紙を書いたりするのには優れていたが、正しい発音で英語を喋ることには弱かったことになる。戦前はそれで良かったかも知れないが、正しい発音で喋れないことは今では問題である。

技術移転や調査研究を目的とする海外の國際機関に勤務して、私はこのことを思い知った。教える側に居る教官中、外国人教官は別として、日本人教官の場合、受講している訓練生の方が音声言語としての英語は一般に遥かに優れていた。家庭での常用語が英語という訓練生もかなり居た。教えるのは技術であって英語ではない。受講生もそこは良く分かっていたから良いような物の、率直に言ってあまり格好の良い話ではない。

もっと云うならば、日本人訛りの英語をジャパニッシュ(Japansh)と云うそうだが、そう云えば訓練生の英語はフィリピン人はタガログ訛りの、シンガポール人やマレー・インドネシアの中国系の人々は中国訛りの、マレーシア人の中にはインド訛りの・・・と云った具合で、いわゆる本当の King's (Queen's) English を話すのはシンガポールから来た英国留学経験を持つ訓練生位だった。

此処で、英語、英語、と云っているが、アメリカ語(米語)、オーストラリア・ニュージーランド訛りの英語、更には英語を母国語としない人々が喋る英語(人数からは此の方が多いそうだ)もある。即ち、音声言語としての英語は多種多様だが、文字言語としての英語は大体同じだろうと私は理解しているのだが。

少し経って慣れればこれらの訛りは大体識別できるようになる。経験でそうなる、不思議なものだ。処で、私のいい加減な英語はどうか?というと、彼等は口を揃えて「南洋華人(東南アジア諸国に居る中国系の人々)の英語だ」という。欧米人もそう思うらしい。何故そうなのかは私にも分からない。中国語の音声を苦労して学んだせいで発音に敏感になり、気になる為か?将亦、私がそれらの人々との会話を経験する時間が長かった為か?

兎に角、日本人訛りの英語では無いらしい。帰国して20年経つ今でも外国人→留学生から良くそう云われる。中国本土に居る中国人の英語は中国訛りである。それとは少し異なっているように自分では思っている。

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四声とは

四声とは?

声調が重要な役割を担っている音声言語としての中国語・タイ語・ベトナム語などの「声調」と云うのは、それらの言葉を学習して居ない人々にはやや分かり難いと思うので、中国語の四声を例に取って述べる。

現代の標準中国語(大陸の普通語、台湾で云う国語)で「リィ、li」を二声で発音すると「梨、なし」、三声では「李、すもも」、四声では「栗、くり」の意味となる。だから四声が異なれば異なった言葉になる。音声上では極めて重要な役割を持っている。

旧制中学校では必須科目あった「漢文」を勉強するとき、私達は昔の漢和辞典を使った。或る漢字を引くと文字の下に□が書いてあり、その四隅に印が付けられ、平声(ヒョウショウ、平らな調子)、上声(ジョウショウ、しり上りの調子)、去声(キョショウ、しり下がりの調子、入声(ニッショウ、つまる調子)などと記され、「平上去入」などと呼ばれて居た。これが四声であり、当時は誰もが一度は眼にしていたと思う。

「平仄、ひょうそく」と云う言葉がある。一般には「平仄が合う」などと云えば、「物事の辻褄が合っている」などの意味に使われるが、元来は漢詩で重視される文字配列上の規則である。漢詩を作る場合の「平仄」の「平」は平声、「仄」は上・去・入の各声を指す。漢文の先生は漢詩は教えても、余り深くは立ち入らなかっただろうし、また平声・上声・去声・入声などの説明は殆どしなかった。漢文は音声言語の教育ではなく、文字言語の教育だったからだ。

だから、誰もが昔一度はチラット眼にしいたとは思うが、ただ素通りして気に留めなかった。しかし四声は案外我々の身近に接点が在ったのだ。但し、以上は中国の漢字の昔の中古音で云う四声で、現代音の四声とは少し異なる。

現代中国語の四声は、第一声(陰平)、第二声(陽平)、第三声(上声)、第四声(去声)の4個、この外に番外として「軽声」が在る。上述の昔の中古音の入声は消失している(南方の方言には残っている)。この程度の知識は北京官話を学校で習った時多少は聴いた憶えがある。

実際の四声の説明は文章では非常に困難である。中国語の入門書などを見ると著者の苦労が分かる。例えば第二声を、『日本語で意外なことを言われて「はぁ?あんた何言ってんの?」という時の「はぁ?」の発音に近い。中くらいの音から一気に高い音に持っていく』などの説明は「なる程」と私は感心した。

しかし、四声を良く知っている人が読めば「なる程、旨く説明されて居る」と感心しても、四声を全く知らない白紙の人が読めば「はぁ?」の発音は人により異なる場合もあるからややこしい。五線紙上のド・レ・ミに擬えて説明したり、グラフの縦軸に音の高低、横軸に時間経過を取って曲線を描き、その形で説明する方法もよく見られる。

しかし、音声の変化を文字の言葉で表すこと自体が理論的にも無理な話である。五線譜上に書かれたメロディを「音符を使わず言葉で書け」と云われるのと同じだ。先生の肉声を生で聴くか、録音テープや CD の音を再生して聴く外はない。先生の肉声を生で聴き、その場で修正して貰うのが最善である。

生の音声による講義を聴いた人なら、上述の色々な説明も確かに役立つだろうが・・・。音声が一度旨く発声出来たとしても直ぐ忘れたのでは意味がない。繰り返し繰り返し反復して無意識に身体が覚えて了うまで、訓練する必要かある。

軍隊で私は通信のためのモールス信号を「音像法」で習った。睡眠時間を除いて、モールス信号による送受信のための「トン・ツー」を短期間の特訓で憶えなければならず、朝食時から就寝時まで内務班の中は引っ切りなしに「トツー・トツー」が響き渡っていた。無理矢理、理屈抜きで耳に叩き込むのである。四声の訓練もこれと同じである。

東京外語の専修科での中国語の教育法は、徹底した「丸暗記」方式で、最初の数ヶ月間は文章は殆ど教えない。来る日も来る日も声調(四声)の練習に明け暮れた。その日に習ったところは翌日一人一人立たされて暗唱させる。

四声の間違いは徹底的に直させる。アクセント(重念)の置き方も同様。その厳しく、かつ、単調極まる面白くもない訓練に参って、入学時60余名居た学生数は半年経たぬ間に勉学を諦める退学者が続出、生き残りは20名程度に減ってしまった。この壁を乗り越えない限り、中国語の習得は出来ない。学校側も毎度のことでそれを見越して対応していたフシがある。

会話の際発音した言葉が相手に通じなければ全く意味は無い。幼児が母国語を憶えるときは、四六時中「ひたすら両親の口まね」をする。理屈などはどうでも良い。「丸暗記」を馬鹿にして揶揄する人が居るが、私はそうは思わない。音声言語教育ではこれが基本だ。講釈ではなく理屈抜きの「身体に染み込ませる実践の努力の多いか少ないか」だけがものを言う。

これは何も四声に限ったことではなく、日本語に無い母音や子音の発音、語句のイントネーションやリズムなど、音声の総てに通じることである。

余談になるが、全学生が大声で第一声は右向きの頭を静かに左向きに回す、第二声は首を下から上に振り上げるようにして発声する。第三声は俯いてから顎をゆっくり杓って正面を見る。第四声は上向いた顔を一気に臥せる。皆が一斉に首振りの体操を大声でやる。仲々の壮観である。休講になったドイツ語やフランス語の学生が窓越しにこの有り様を見てゲラゲラ笑っている。

この「大きな声を出す」と云うのは重要なコツである。小声でブツブツ呟くように発声練習をしてもあまり効果は無い。数年前(2000年頃)に上海の英会話講師が画期的な塾を開いて、当時一世を風靡し、日本のテレビなどでもその教室の光景が紹介されていた。そこで見たのは「怒鳴るような大声と身振り手振りを交えた」授業風景だった。東京外語では私達は半世紀以上前に同じ方法で授業を受けていた訳だ。

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高低アクセント

高低アクセントはシノ・チベット語族に限らない

シノ・チベット語族(中国語・タイ語・ラオ語・ベトナム語・チベット語・ミャンマー語・・・など)以外の、例えば我々の日本語などにも高低アクセントは在る。上述の日本語に於ける「箸」と「橋」の発音の区別は、明らかに高低アクセントの違いによるものである。方言によっては逆転する場合もあるが・・・。

私が知る限り、タイ語にも地方によって声調が逆転したり、異なったりする。例えば標準タイ語で、「ピィ」を第四声で発音すると「年上」を意味するが、第五声だと「お化け」の意となる。

ハッジャイやソンクラなどの南部タイでは、この場合、声調は全く逆である。「お姉さんが来た」と南タイの人が云うとする。標準タイ語では「化け物の女が来た」と云う意味になる。バンコクのタイ人は彼が南タイ方言を喋っていること、また声調が逆転することを知っているから、「お化け女が来た」とは思わないが、それでも、聴くとやはりニタニタする人もある。

知人にフランスのアカデミーから奨学金を受けてラオ語を研究している人が居た。彼の説によると「タイ語やラオ語は元来は声調は無く、マレー語に近かったが、中国語やベトナム語の影響を受けて声調が強化された」のだそうだ。

これは「中国語やタイ語が祖先語から分かれて、一方は中国語、他方はタイ語になった」と云う定説とは全く反する学説であり、この話を聞いたときには驚いた。声調とは一体何だろう?

日本の漢音で「い」は医・意・以・衣・・・と沢山ある。中国音でもこれらの文字の発音は「イ、yi」だ。同音異義語が多いと混乱するから、より区別し易くするため高低アクセントを重視するように(自然発生的に)なったのだろうか?

日本語では何故そうならなかったのだろうか? 「はし」が橋・箸であったり、「くも」が雲・蜘蛛などの例外はあるが、「いにしえ の やまとことば」では高低アクセントをそこまで気遣う必要は無かったからでは無かろうか・・・。

上述の中国語の説明とは矛盾するようだが、ピンイン(中国語のローマ字表記)では声調が表記されない場合が多い。例えばトイレは「厠所」と書くが、声調(四声)の記号や声調番号は無く「CESOU」と書き、「CE4 SOU3」とは書かれて居ない。部屋の名札だから間違える恐れは先ず無い。

近代歌謡のメロディを口吟む場合、四声は無視される(ベトナム語では作曲の際、声調に合わせてメロディを考慮するらしいが・・・)。

音声言語の場合、私は何処の国の言語にも声調はあると思っている。「リィ」を二声で発音すると「梨、なし」、三声では「李、すもも」、四声では「栗、くり」の意味となり異なる言葉になる中国語などの場合は、声調は特に「重視され強化される」ようになっただけなのでは無かろうか?・・・。

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音声言語教育

音声言語の教育

音声言語の教育を軽視して来た日本

文字を持たなかった日本は中国から漢字が伝来した時(西暦紀元前200年〜300年?)以来、日本の外国語の勉強は文字言語が中心だったように思う。江戸時代の蘭学、その後の英語や独逸・フランス語などの教育もそうであった。海外の先進国(江戸時代までは主に中国、以後は欧米諸国)に追い付くための知識を吸収するのが主な目的だったからである。

今迄はそれで良かった。しかし、海外との接触が日増しに増大する昨今、音声語教育は文字言語同様益々重要度を増している。「日本人は外国語を喋るのが下手だ」と云う人があるが、私は決してそうは思わない。ただ音声言語教育が、理由はあったにせよ、軽視されて居た結果だと思う。

脳の言語中枢に欠陥がある訳ではない。若しそうなら日本語も旨く喋られない筈だ。同じ人間なら、言葉を喋る能力はアジア人も欧美人もアフリカ人も優劣はないと思う。「英国人は凄い。ロンドンでは乞食ですら英語を喋っている」と云う笑い話がある。馬鹿げた咄だ。

今後は文字言語と音声言語の両者のバランスを良く取った教育が求められる。尤も学校では短期間に基礎の基礎しか習得できない。後は色々な局面で如何にその言葉に接する機会を多く持つか否かに掛かっている。

面白いことに、早口の人は英語でも早口だ。これは癖の問題だろう。ゆっくり喋る人は外国語もゆっくり話す。何故だか知らない。東北弁の人の英語は「ズーズー訛りか?」と云うと、これは関係ないらしい。一度脳の言語中枢の専門家に尋ねてみたい。

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appendices

APPENDICES

 

− 雑談や読者からのご指摘 -

サノメナ

(1) サノメナ・ジャーニー

サノメナ・ジャニー」というカタカナ言葉を以前に何処かで読んだ。進駐軍慰問のキャンプ巡りの日本人女性歌手仲間の隠語らしく、どうやら曲名のことのようだ。読む中に「世間一般の仮名書き」では「センチメンタル・ジャーニー」、即ち、英語の Sentimental ourney (同題の米国映画の主題歌、ドリス・デイが歌ってヒットした)のことだと分かった。

米兵の前で歌うのだから通じない英語では失笑を買う。曲がりなりにも通じる程度の発音が要求される。センチメンタルでは通じない。サノメナなら通じると云うのである。

多くの歌手は英語の発音の勉強をして居た訳ではないのでカタカナでメモを取り、それを読んで歌詞を憶える。センチメンタルでは拍手は来ないが、サノメナなら拍手が来ると往時を回想していた。

単純な音節文字の日本語の仮名で書いて、全く音節構造の異なる英語を表記して、それを読むのだから、土台無理な話で、仮名をゆっくり正確に発音すればするほど益々通じなくなる言葉は沢山ある。

外国航路の下級船員から豪州の「シドニー」は「セズネ」と云わなければ絶対通じないよ」と云うのを聞いた。「map」 (地図)も「防災マップ」、「観光マップ」など、「マップ」はスッカリ日本語になったが、英会話では「マップ」は通用じない。強いて仮名で書けば「ミャップ」と云えば何とか通じる。「area」(地域・地区)の「エリヤ」も、今ではスッカリ日本語になったが、強いて「エアリア」と書いたら何とか通じる、「エリア」では「何ですか?、何ですか?」と聞き返される。先ず通じないと思った方がよい。

タイ国にスマトラ沖大地震で大きな被害を受けた観光地に「プーケット」と云う街がある。「プーケット」と発音したら先ず普通のタイ人には絶対通じないこと請け合いである。「プーッ・ケッ」と云えば通じるかも知れない。「いや、そんなことはない、俺は「プーケット」で結構通じた」という初めて来タイした友人が居た。

良く聴いてみると話し相手はホテルのガイドだったり、旅行社の観光案内係ばかりである。彼等は「プーケット」を同地を指す日本語だと思っている。「イタリア人が「ナポリ」を英語では「ネープルス」というのだ」と思っているのと同じである。

更に四声のような声調が在る言語では仮名では書けない。友人にメキシコに講義に行った人がある。彼は手帳に仮名文字で聞き取った音声を書き記し、レストランなどで重宝していたらしい。良く通じるようだ。

タイ国に来て同じことを試みたが、全く通じない場合が多かった。声調が無視されているから料理名がタイ人には分からないのだ。中国なら漢字を書けば分かるが、それも出来ない。「参った、参った」と云っていたのを憶えている。


 

Kmns 氏(拡張ヘボン式ローマ字を提唱して居られる)から「音聲學の訓練といふか、音の單位をそれと納得して身につけてゐなければ難しいのではないでせうか。そして音聲學的訓練のとき、音の單位にはやはり名前があった方がよいはずだと思ふのです。以上、一ヶ所だけ氣になったことを書きました」とのご指摘を頂いた。素人の私に前々から色々ご指摘や感想を下さる。

「音の單位の名前と書いたが、ここで「名前」とは文字と書換へても善いつもりで書いた」とのこと。言葉に対する好奇心で書いた素人の妄論、問題をどう整理して述べれば善いのか何時も迷うが、Kmns 氏のご指摘のように文字の問題は極めて重要である。仮名文字で記した「サノメナ」が英米人には何とはなしに sentimental と聞こえるのを Kmns 氏は「聞き成す」と云う例の一つだとのこと。

例えばコノハズクの鳴き声が「ブッ・ポウ・ソウ」(仏法僧)と聞こえるようなもの。米兵は Sentimental ourney の歌詞を知っているから仮名書きの「サノメナ」を仮名読みした際に、あまり違和感なく sentimental と「聞き成し」て居るのだろう。若し「サノメナ」の単語一つだけ仮名読みで発声しても恐らく通じなかっただろう。音声を聞き取って理解する仕組みは面白いと云うか、実に言葉とは不思議なものだ。

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漢詩作法

(2) 日本人の漢詩作法や漢詩朗詠の問題

漢詩、特に唐詩が好きな私は、時々は想い出した詩の解説書などを読むことがある。時には友人から贈られた 《唐詩鑑賞辞典》 (湯高才 他3名の編纂、130名の選者による1105首を収納、上海辞書出版社刊行、1983年版、1536頁)なども見ると、日本の諸家とはニュアンスの異なる解説が成されて居て仲々面白い。

但し、漢詩は中学校の漢文の授業で習った程度、平仄や押韻などは多少知っている位で、作法(さくほう)や朗詠などを云々するのは烏滸がましい限りであるが、ご寛容願いたい。

日本人が漢詩を作る時には辞書と首っ引きで、一字一字の平仄や押韻を調べるのだから恐ろしいほどの努力を必要とする。日本語の詩歌である和歌や俳句のように句が直ぐ閃く訳では無かろう。出来上がった詩を読む場合には「返り点」や「一二点」で日本語の文法に変換して「漢音仮名交じり」で読み朗詠する。

漢詩の素読は、現在では、寧ろ、例外である。私が北京官話を学習し始めてからは、何時も脳裏には日本人の漢詩に対する音声言語と文字言語の問題が気になって居た。

東洋史学者の貝塚茂樹氏(物理学のノーベル賞受賞者の湯川秀樹の兄、なお、弟は中国文学者の小川環樹氏)だったか?と記憶しているが、何かに書いてある物の中に『2500年以上前の孔孟の時代には中国語は口語と文語は既に分かれて居た。ちなみに、「来る」を意味する「来、ライ」と云う漢字は「Lai、、第2声」で、20世紀の今も変わらない。こんな言葉は世界に類を見ないと云う』。貝塚一家の受けた教育は、小学校低学年のときから論語や孟子を素読することであったそうだ。

貝塚は漢詩を教えるとき、素読、即ち漢音で文字の配列通りだった訳である。「偶成」と題する朱熹の最初の句、「少年易老学難成」は「少年老い易く学成り難し」ではなく、「ショウ・ネン・エキ・ロウ・ガク・ナン・セイ」だった筈だ。これに声調を付けて発声する実験的試行もしたらしい。

因みに朝鮮半島での漢学では素読が普通だったように聞いて居る。日本のように「返り点」などを付けて、「日本語にして読む」ことはしなかったようだ。古典とは言え、外国語の学習としては当然のことと云うか、正攻法だろう。恐らくただ何回も何回も読んで、丸暗記をしたのだろう・・・と私は(勝手に)思っている。

日本では平安時代や大昔は知らないが、「返り点」、「一二点」、「上下点」などを使って日本語の語順に改めて読んだと云うのは、画期的方法であり、日本人にとっては馴染み深い形の文章にはなっただろうが・・・。

一方、仏典では「如是我聞」(ニョ・ゼ・ガ・モン、『このように私は(釈尊の言葉を)聴きました』の意)のように唐音の素読である。般若心経の「色即是空・空即是色」(シキ・ソク・ゼ・クウ、クウ・ソク・ゼ・シキ)なども同じである。これらのお経は詩ではないが韻を踏みリズムが整っている点では詩と共通する磨き上げられた文章である。

更にサンスクリット語やパーリ語の漢字による音写、例えば「般若波羅蜜多」は「サンスクリットの「Prajna-paramita」である(Wikipedia 般若心経に依る)。禅宗の「ナムカラタンノー・トラヤーヤー」など何のことだかサッパリ解らない。お経は総て古代中国の南方音の素読だから、かなり勉強しない限り一般の日本の善男善女には理解できない。キリスト教の「ハレルヤ」も敢えてギリシャ語やラテン語に訳さず、ヘブライ語原典の音写だそうだが、同断である。

漢詩を含む儒学では語順を改めて日本語として読み、仏教では語順を改めず漢訳した原典の侭の音で読んだ。全く対称的である。話が脱線しそうになったので、元に戻す。


国語の詩を訳すこととは何だろう? 文学には全く素人の私が、烏滸がましくも、「詩」の定義を云々するなど、内心では忸怩たるものがあるが、『詩とは「韻を踏んだり、音節を整えたりした「一定の形式に沿って、心情や風景を叙し、また感動を述べたもの』だと思う。発音すれば韻やリズム感が心地よい。

外国語の詩の「心情や風景の描写、感動の言葉など」の意味(内容)を訳出することは、小説や科学技術論文の翻訳と同様に、可能だと思うが、韻を踏んり、音節を整えたり・・・」と云うことは、その国の言葉に独特のものであるから、それを音節構造などが異なる他国語に訳すことは理論的に考えて不可能である。原詩を原語の音声で読めば、それらが生きてくるから、読み手は心地よく、美しく、リズムも楽しい。

だから、漢詩の内容(云っている意味)を理解して日本語に訳すことは出来ても、押韻やリズムは無視して日本語のリズムに置き換える。その作業は一種の創作である。訳詞の方が文学的には原詩より寧ろ優ぐれて居る場合もあるかも知れない。普通の文章の翻訳とは決定的に異なるのではなかろうか?

漢詩を朗詠する場合、二つ在って、第一は原詩を原語の音声(古代音・現代音・日本の漢音に係わらず)で発声し、内容と同時に押韻などの面白さも鑑賞する場合。 次の第二は「返り点」などで日本語の語順に換え、日本語として朗詠する場合で、所謂、一般に流布している「詩吟」である。

江戸時代中期の儒学者、荻生徂徠(おぎゅう・そらい、1666〜1728)の作った漢詩は清朝の人々から高く評価された。荻生徂来は、長崎通詞であった岡島冠山(おかじま・かんざん、1674−1728)から唐話(とうわ=中国語)を学んでいた。それは彼が生の中国語の音を学んだからだ・・・と中学時代漢文の先生から聞いた。平仄だ、押韻だ、・・・と云っても、辞書の上だけでは駄目だと考えたからだ。

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漢詩雑談

漢 詩 雑 談

平仄

平仄

(1) 平仄は必要なものか否かを論じた Web ページを偶然見付けた。『平仄なんで意味ないじゃん。日本人が漢詩を味わうときには、ちゃんと「送りがな」「書き下し文」がついた漢詩の意味さえ分かればいいんじゃん?平仄はそもそも発音をしやすい言葉を並べた(和歌の五・七・五・七・七)と一緒じゃん。中国語で読みやすいようにしただけ。あんなもん、中国人じゃない限り、必要なし』との無名氏の「書き込み」があり、私は先ず咄嗟に唖然とした。

「現代の漢詩に平仄は必要か?」とのテーマの討論会の投稿である。各投稿を読み進める中に「なる程、このような見方も一理あるなー」と思った。

漢詩は中国の詩である。その基本ルールの平仄・押韻・脚韻などを無視したのでは、それはもはや「漢詩」と云うべきものではない。漢字を5個や7個並べて、起承転結の4行の形などとした日本に於ける一種の自由律的な新しいジャンルの詩であろう。それは夫れで良いと私は思っている。ただ、一見、漢詩のように見えるため、それらの日本漢字自由詩を本来外国語の詩である「漢詩」という言葉を使うと混乱が起こるのではなかろうか・・・?

尊敬する半世紀越しの中国人の友人が私のことを読み込んだ漢詩を作り、毛筆の達筆で自ら揮毫し表装した掛け軸を頂いた。ズブの素人である私だが現代音で読んでも平仄・押韻を踏んでいることは解る。しかし、中国でも自由詩的なものは、同氏の言に依ると、ドンドン増えているとのことた。

京劇

京劇

(2) 京劇で唱われる漢詩。四面楚歌や虞美人などの言葉で有名な垓下に籠城した物語の「霸王別姫」の劇の中で唱われる。項羽が此の詩句を唱い、虞美人が項羽のために両手に剣を持って舞い、舞終わり遂に自刎する。杜近芳が虞姫、袁世海が項羽に扮したものと、梅葆玖が虞姫、項羽を劉連栄が扮したものとの DVD を2組持って聴き比べて居る:−

力抜山兮気蓋世   時不利兮騅不逝

騅不逝兮可奈何   虞兮虞兮奈若何

などを聴くと、素人にはその良さを完全には理解出来なくても感激する。中学時代この詩は漢文で習って字句を知っている所為もあるが・・・。

西欧のオペラを「見に行くとは云わず「聴きに行く」と云うのと同様に、京劇も「看戯去」(見に行く)と云わず「聴戯去」と云う。その歌唱の上手下手を鑑賞の中心に置く。尤も、かん高いソプラノ調の発声法や京胡、鼓板・大鑼・小鑼・堂鼓などの打楽器の音を「喧噪以外の何者でもない」と感じる人は別として・・・。

漢詩を音声で聴く醍醐味の一つであろう。芝居の中の言葉は少し昔の発音が多いようだが。宴席で酔いが回ると浪花節の一齣を唸る人のように、中国では芝居の一齣を唱い出す人が多い。

ちなみに、テレビやラジオも蓄音機も無かった昔の中国では「標準語の音声は舞台俳優の「セリフ」が規準とされた」と東京外語の朱先生に教わった。英国でも英語の規準発音は舞台俳優の発音であったと書いてあったように記憶している。

現代の漢字による詩歌

現代の漢字による詩歌

(3) 現代の漢字による詩歌はどうなっているのだろうか?我々日本人が漢文で習った多くの漢詩は現代の共通語のピンインで、即ち現代音で読まれている。各地方ではそこの方言音で読まれることも多いと思われる。詩経(周詩)以来、現在迄の3000年と云う途方もない間には音声だけでなく多くの変遷があった筈である。

更に現代の歌謡では詩(詞)と五線紙に書かれた曲が、某作詞・某作曲の一対のペアになって発表され、「夜来香」などの歌謡曲は詩より曲の方が(日本人には)強く脳裏に焼き着き、歌詞はうろ覚えでもメロディは良く憶えている場合が多い。歌謡のタイトルは「夜来香」や「何日君再」と云っても、詩はなく器楽によるメロディだけが演奏される場合が多い。今流行りの「十二楽坊」なども器楽だけで歌詞は無い。日本の歌も欧米の歌も同様である。

詩は多様化し、現代の日本で作られる漢詩は、「もはや漢詩とは云えない」のかも知れない。それでも漢詩を作る愛好者は多い。(梅花Blogから)。上述の『平仄なんで意味ないじゃん・・・』の処で「夫れも一理ある」と書いたが、問題の対象や捉え方は違っても、確かに一理あるような気がする。

私達の年代の日本人が漢詩と云うと、七言絶句の「朝辞白帝彩雲間・千里江陵一日還、・・・」や五言絶句の「春眠不覚暁・処処聞啼鳥、・・・」などを先ず脳裏に浮かぶ。

一方、「好花不常開・好景不常在、・・・」で始まる「何日君再来」などの現代の流行歌は脚韻を踏んだ詩ではあるが、五言十二行、その間には”来来来喝完了這杯再説罷”の口語の台詞が挿入されている歌詞は現代音で発音しても心地よい。しかし、私達の漢詩のイメージとはほど遠いものである。

 

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