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「濫獲」か「亂獲」か

 

上西俊雄

はじめに

 

水産學の專門家の間で、「濫獲」なら獲り過ぎをやめれば管理可能であるものを,「亂」を使ったために,漁業のやりかたそのものに問題があるとなってしまったのではないかといふことが「濫獲」か「亂獲」で問題になってゐる。

辭書學で translation equivalent といふ言ひ方がある。なぞって譯せば(calque )翻譯對當語。overfishing の翻譯對當語は「濫獲」であった。「亂獲」は意味の異なる語なのだ。

だから、この問題は國語の問題としては單純で「濫獲」と書くのが正しい。したがってさう書けばよいので、新聞などの用字が間違ってゐるのだから、それを教へてやればよい。しかし、どうして間違ひが行はれるやうになったか。間違ひだと氣づきながらすぐにさうできないのは何故か。何かに呪縛されてゐるやうに思はれてならない。

問題は戰後の表記改革。すなはち、漢字制限・新字體・いはゆる現代假名遣に關係する。いはゆる現代假名遣と書いたのは、これが結局假名字母の制限つまりワ行假名のヰヱヲ及びハ行轉呼音と呼ばれる語中のハ行音の追放(ただし助詞のヲ、ハ、ヘは例外)、それから四假名(ヂジ、ヅズ)は贅澤だとヂヅを追放することであって、現代假名遣といふ正書法が在るわけでなく、むしろ正書法の否定であるからだ。

擴張ヘボン式なる翻字式ローマ字を工夫していはゆる現代假名遣と歴史的假名遣とを轉寫してみると後者の轉寫の方がはるかに讀みやすい。これは我ながら意外であった。正書法の否定は行き詰まざるを得ないと思ってもゐたので、そのときから正字歴史的假名遣に切替へて四年近くになる。ただし拗促音の小書きは入力のときのままだ。歴史的表記をすると多少不自由である。地元の市民講座の講師に應募してゐるが、市の職員による書類選考で今度もまた落ちた。表記も關係してゐるのではないかと思ふ。

spelling reform と檢索してみつけた掲示板 antimoon.com/forumにおけるドイツのBardiocといふ人の發言が面白い。要約すれば以下のやうにならうか。

表記改革は理屈の問題ではなく美學の問題だ。改革者達は改革したいからするのである。彼らは改革した方が簡單で學びやすくなるといふが、そんなことは決してなく、必ずしっぺ返しを食ふ。表記改革は國論を二分し、勝ち組負け組ができるが國民一般は必ず負け組だ。歴史のある國で確立した表記があるのなら、それがどんなに不合理にみえやうと、手を振れるべきではない。不合理だとされるドイツ語の綴りもドイツ語を母語として育ったものにはなんでもない。要するに表記改革は主義の問題なのだ。

我國の場合は少し違ふと思ふ。國論は二分されなかったし、母語話者の立場で歴史的表記を辯護するやうな議論を聞いたこともない。

平成18年4月8日「毎日新聞」朝刊「戰後60年の原點」は戰後の表記改革は日本語ローマ字化を防ぐための妥協の産物だったとするがこれは信じられない。むしろそのやうな口實で、漢字廢止論者が表記改革をすすめたものであったと思はれる。いづれにしろ漢字廢止以外の點については十分考へ拔かれた施策であったとはみることのできない代物であり、漢字についても經過措置といふ位置づけであったためか問題があったと思ふ。

 

漢字制限の問題

 

具體的にみてみよう。ネットでは次のサイトで調べた。

(イ)當用漢字表(昭和21年11月16日官報號外内閣告示第32號)

青空文庫の當用漢字表

(ロ)當用漢字字體表(昭和24428日 内閣告示第1號)

(ハ)常用漢字表(昭和56年 内閣告示第1號)

(ニ)當用漢字補正資料(昭和29315日 當用漢字表審議報告)

(ホ)同音の漢字による書換へ(昭和3175日 國語審議會報告)

同野嵜氏のサイト

當用漢字表にない漢字を用ゐないとなれば從來の術語がつかへない。それで盛んに文部省學術用語集なるものが編纂された。これはローマ字表記の術語と、その英語對當語を竝べたもので、英和の部と和英の部からなるものであった。ローマ字は訓令式。外來語のディなどはアポストロフィーをつかって書くことになってゐた。今、この方式のローマ字を使ふところはなく、漢字制限の技術的制約は過去のものとなったので、學術用語集をこの形で編纂する意味はなくなった。實際、文部科學省には、そのための審議會はすでに存在しない。水産學のものは編まれなかった。

學術用語集でよく採られた方法は同音の漢字による書換へ。これについては(ホ)に具體例がある。後者には評價といふ欄があって、次のやうにある。

一度突進み始めると、困つた事になつても引返さないのは、日本人の惡い性質である。大東亞戰爭の悲劇は正にそれが原因なのであるが、戰爭に負けて「反省」した筈の日本人が、國語問題に關して相變らず誤つた方向に突進んで平氣でゐるのは異常である。

少し嚴しすぎる表現のやうにもおもったが、結局さういふことなのかもしれない。歴史的表記に切替へたとき、世の中がさうなるまでには五十年百年とかかるだらうと思った。しかし自分一個の問題で濟ませておくやうな問題でないことも確かだ。

 

代用術語

 

平成20年3月25日、文化廳國語施策懇談會なるものがあった。そのときの感想に次のやうに書いた。

漢字廢止へ向けての經過措置には、漢字表の他に字體のことと代用術語の問題がある。例へば示偏。これは表内字はネのやうに書くことになってゐて、この部分の文字は倍に増えた。漢和辭典の引き方を教へる場合にも、表外字との調和の點からも、漢字文化圈の外國人留學生にとっても、また國際空港等で簡體字で同じことを表示する無駄の點からも整理すべき問題ではないか。念の爲に言へば頻度を理由に新字體の方を優先すべきといふのは理屈にあはない。今、新聞雜誌など新字體でなければ發表できないところがほとんどだからだ。

今假に代用術語と呼んだもの、これは漢字制限下で術語の變更を迫られて工夫されたもので「函數」を「關數」とした類である。これはウィキペディアで、どちらで立項するか綱引きがあった。大學の論文における頻度から當然「關數」であるとする議論が優勢であったが、文部省が戰後の國語行政に關して過ちを認めて詫びてない以上、當然の結論ではあるかも知れない。しかし、小川洋子の『博士の好きな數式』では「函數」だ。頻度は文部省の規制にとらはれない資料によらなければ公平とは言へないはずだ。その意味では戰前の文獻によるのが正しいのではあるまいか。とにかく代用術語も字體と同樣、整理を迫られてゐる問題だと思ふ。

全文は北郷山人のサイトの月譚「遠景」08/04/10で讀むことができる。

ところで(ホ)には「濫獲」の例はない。(イ)の當用漢字表でみると「濫」は表内字だ。當用漢字なのに何故代用術語が生れたのか。理由は(ニ)の當用漢字補正資料にある。東京法令出版『月刊國語教育』平成18年2月號所載の小文「御名御璽」で漢字「璽」について書いたところを引く。

國語審議會報告「當用漢字表補正試案」(昭和二十九年)では削除候補となってゐる。「ほとんど使はないか、極く特別な時だけに使はれる」といふのが理由で、同じ理由で「朕謁爵」も削除候補であった。他に擧げられた候補は「且丹但劾又唐嚇堪奴寡悦濫煩箇罷脹虞迅遞遵錬附隸頒」で合計二十八。當初日本新聞協會から出された意見では追加すべきものとして擧げられた漢字は百六十六であったとされるが、二十八字づつの増減案となったについては、千八百五十といふ枠から一字も増やすべきでないとの漢字制限論者の強い意思が感じられる。

(中略)

削除候補の「丹劾煩遵」については丹念は入念、彈劾は糾彈、煩雜は繁雜、遵法は順法と言換へが可能だからだとある。漢字制限といふ使命感の強さを思ふものの、これはいささか亂暴な議論ではないか。漢字制限論は國内の事情しか考へてゐなかったと思はれるが、今は國際化時代。たとへば侵攻と侵略、或いは殺害と虐殺など用語によっては意圖せぬメッセーヂを發信する可能性を思ふべきであらう。

(ニ)の最後には「この補正資料は、内閣告示とされず、報告のままで終つた。日本新聞協會加盟の新聞社・通信社は、この補正案が發表されると即日、編緝委員會を開いてその實施を決定した。そして、昭和29年4月1日より一齋に實施する事とした(「新聞協會報」昭和29年3月22日」)と注記がある。つまり「濫獲」は代用術語にする必要はなかったのだ。代用術語は新聞社が國の施策を先取りしたために生じたものだ。

 

同音

 

ところで「濫」と「亂」は眞に同音なのであらうか。手許の漢和辭典をみると後者には呉音ラウとあるが前者にはない。だから字音が全く同じ音であったかどうかは疑問だ。日本語だけの問題であれば字音が嚴密に同一である必要はないかもしれない。定年後、朝鮮語を始めた友人から、我國なら促音になるところ、朝鮮語で撥音になるとき t と n, p と m の關係があり、壓力は annyok でなく amnyokとなる。これは非常に基本的なことださうで、朝鮮語を半年もやれば誰でも氣づくことだ。だから、朝鮮語をやる場合、そして中國語をやる場合はなほさら字音の知識は役立つのだと教はったことがある。もちろん、正字でないと意味はないはずだ。しかし、表記改革者達は外國のことはおろか外國語學習のことなど斟酌しなかった。

同じ當用漢字の中で「濫」を「亂」に書換へたのは馬鹿馬鹿しいと言へばそれまでだが、字體のこともあったと思はれる。

(イ)の當用漢字表で「亂」には二つの字體があげてある。これは「簡易字體については、現在慣用されているものの中から採用し、これを本體として、參考のため原字をその下に掲げた。」と前書きにあることに從ったもの。漢和辭典では一般に俗字といふ。どちらかといふと筆記體のやうなものだ。(ロ)の字體表で「亂」は俗字の方が正式となった。(ハ)の常用漢字表では「亂」は括弧に入れて示してある。「表の見方」には「括弧に入れて添えたものは,いはゆる康熙字典體の活字である。これは明治以來行はれてきた活字の字體とのつながりを示すために添えたものであるが,著しい差異のないものは省いた。」とある。この「明治以來行はれてきた活字の字體とのつながりを示す」といふ意味が判らない。文字とはそもそもさういふものではないだろうか。それをわざわざ、縁を斷つ方の字體で善しとしながら、また縁を繋がうとしてゐるわけだ。明治以來といふのも變だ。活字は確かに明治以來かもしれないが、それは萬葉以來行はれてきた傳統に繋がるもののはずだ。それを明治以來と端折るのは失ふものを小さくみせようとする卑怯な書き方だと思ふ。

(ロ)で採用された「亂」の俗字は左側が「舌」。畫數にして本字の半分だ。はるかに空白が多い。これがBardioc氏の言ふ美學なのかもしれない。いま最寄り驛のあたりの鐵道が地下化工事の眞っ最中。鐵道を跨ぐ橋梁に架設驛舍ができてエレベーターがついた。行先表示が「ちじょう」と平假名になってゐた。表音的表記であり、畫數が少ない方がが易しいのだと刷込まれてゐるのだ。表記といふのは語を表してゐるので、「ちじょう」の方が「地上」より易しいといふことはない。表音的表記は或る意味で複雜だ。だからエレベーターなどではユニバーサルデザインと稱する繪文字が盛んだ。私にはエレベーターの扉の「開」「閉」の方が判りやすい。しかしかう言へば、改革者は、それは慣れの問題だといふのかもしれない。

 

ドイツの場合

 

ドイツ語の表記改革に反對する呼びかけといふのがある。これは英語版の譯

ここ數年、ドイツ語は二通りの正書法が行はれてゐる。

一つはゲーテの時代から漸次發展し、二十世紀を通して問題なく實用に供されてきたもの。テオドール・アドルノ、ハンナ・アレン、インゲボルグ・バッハマン、ベルトルト・ブレヒト、ハインリッヒ・ベル、エリアス・カネッティ、パウル・ツェラン、フリードリッヒ・デュレンマット、アルベルト・アインシュタイン、ジグムント・フロイト、マックス・フリッシュ、ヘルマン・ヘッセ、フランツ・カフカ、トーマス・マン、ロベルト・ムジール、ライナー・マリア・リルケ、アルトゥル・シュニッツラー、マックス・ヴェバー、ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインはこの正書法で書き出版した。これがドイツ語、ドイツ文學、ドイツ哲學、ドイツの科學の綴りだ。

もう一つの正書法は國家の關與による發明だ。それは劣ったもので言語學的明晰さを困難にする。にもかかはらず、この正書法は布告により、大多數の國民の意に反して強制された。ドイツ語圈の知識人の大半がこの規範正書法を拒否してゐる、有力な新聞の一つ『フランクフルト・アルゲマイネ』も、またディオゲネス、ハンザー、ズールカンプ、ピパーなどの有名出版社も拒否してゐる。みな從來の表記法を用ゐてゐる。しかしながら、ドイツ、オーストリア、スイスの兒童はこの表記は過去のものだと教はるのだ。

不幸なことに、新しい綴りに切替へた出版社もある。しかし、これらの出版社に於ても、ドイツの作家は傳統的表記での出版を主張することが多い。しかし、翻譯ものに關しては、ドイツ人作家も影響力がない。ドイツ文學は大體のところ、過去のものと想定されてゐる表記法で出版されてゐるが、外國文學はSフィッシャやロヴォールトなどの出版社によって公的表記に變換されてゐる。

諸君、力を貸して欲しい。諸君の將來の作品を出版するであらうところに、傳統的表記を用ゐるやうに、我々もむろん要求しつづけるけれど、諸君も要求して欲しい。未來の讀者は諸君の行爲に感謝するだらう。

我國の場合、ドイツのやうにはいかないだらう。漢字制限は新聞社の欲するところであった。行政のなすことに異論を唱えることにやっきとなってゐるやうにみえるマスコミも、こと表記となると全く問題にしない。表音的表記こそあるべき表記方法だと主張しつづけたせいか、みなすっかりそれを信じきってしまった。

戰後の國語行政が表音表記を目指したものであったことは、送りがなの馬鹿馬鹿しさに表れてゐる。高島俊男がケッタイな例として擧げた「終わる」、「動ごく」、「走しる」をみれば解るやうに、これは漢字の音を制限して假名もしくはローマ字にに置き換へるための前處理だ。漢字を表音機能に於てだけみようとすれば、音と訓の違ひは捨象される。いはゆる交ぜ書きが行はれるのはそのためだと思ふ。

讀みといふ行爲が語の認識に基づくものだといふことは Bradley も説くところ。つまりは腦中にある辭書を參照しつつなされるわけだ。この辭書が音と訓で別になってゐるやうに感じられる。カナがあれば訓の辭書、漢字連續だと音の辭書へ跳ぶ、そんな風に感じられる。とにかく「語い」とあれば「カタライ(語らひ)」だと思って、「語彙」のことに辿りつくのに手間がかかる。ところが、新聞もテレビのテロップもこの種の表記をよくやる。表音表記を説く人は内省といふ方法をとらず、自分の感覺を無視して理論に走ってゐるやうに思はれてならない。だからドイツのやうに「俺は日本人だ、日本語に生まれて、日本語で育った。そんな理屈は知らん」と嘯かないのだ。孫に「祖父はチチの年取ったもの。チチに點々のヂヂ」だと教へてゐるといふ老人に出逢ったことがある。皆無ではない。

國會圖書館のローマ字方式 Japan/Marcカナ表記要領といふ前處理とセットだ。ヂヂをジジとするのはローマ字化のための前處理であったわけだ。今、「ねぢれ國會」を「ねじれ國會」と書いてゐる人達にこの認識があるだらうか。我國がドイツとは違ふと書いた所以だ。

しかし表記改革はやはり國を二分したのだと思ふ。ドイツのやうにではなく、歴史的文脈に於てであるが。

最近、ローマ字表記を廻って我國の社會及び政治を論ずるブログ SHISAKUに慣れない英語でコメントを書いた。これはBardioc氏によってドイツのサイトで引用され、また日本語學習者の掲示板で紹介された。

日本語が安定してゐるのは驚くほどだ。「あさかやま木簡の發見とその意義」にあるやうに字が同じであるだけではない。「安積山影さへ見ゆる山の井の淺き心を我が思はなくに」は始めて聞いた現代人にも通じるはずだ。英語は500年前のものを見ても聞いても解るのは專門家でなければならない。その英語圈では辭書が戰後だけに限るといふ作り方はしない。我國は國語辭典と古語辭典とに分ける。そして戰前の文豪は二つの辭書の隙間に漏れてしまってゐるのが實情だ。これはshisaku へのコメントで書いた。「濫獲」の代用表記は音を問題にして意味を輕んじたことが國益を損なった例だと思ふが、國語教育の崩壞も、英語教育の非效率もそのためだと思ふ。學力といふが、正しい方を書けば間違だと採點されるのではたまらない。ドイツでは歴史的表記は過去のものと教へるらしい。我國では君が代まで改竄して歴史的表記を兒童にみせまいとしてゐる。

2008.10.11 kmns