魚のギャラリー

魚や水産動植物の絵画・レリ−フ・絵皿・文字などで 私
の興味を引いた幾つかをこのページで紹介しました


CONTENTS

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Angkor Wat 1

アンコール・ワットの巨大伽藍遺跡の魚のレリ−フ

(その1)

 

この写真は Tyson R. Roberts 氏によって記述された FISH SCIENES, SYMBOLISM AND KINGSHIP IN THE BAS-RELIEFS OF ANGKOR WAT AND THE BAYON [Natural History Bulletin. SIAM Society Vol.50, No.2, p. 135 - 193, 2002] をタイ国の社会やタイ語の研究の権威である安藤浩氏から紹介され原典を頂いた。ここにその中にある写真の一部を SCAN して掲げた。

家屋の中に居る篭を持った婦人は「魚の行商人」だと推測されると解説にある。魚はすべて淡水魚で、コイ(Carps)・ナマズ(Catfishes)・オオナマズ(Pangasiidae)などの類であり、分かったものは一応種名まで比定されている。アンコール・ワットに限らず、同じカンボディアの当時の都城のアンコール・トムの遺跡などにも魚や鼈、鰐などの淡水動物のレリーフが多い。

ご承知のようにアンコール・ワットはカンボジアのアンコール王朝(9〜15世紀)の遺跡でトンレーサップ湖の北に当り、都城址であるアンコール・トム(Tom は Thom とも綴る)と、その南方に寺院址アンコール・ワット (Wat は Vat とも綴る)がある。

 

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Angkor Wat 2

アンコール・ワットの巨大伽藍遺跡の魚のレリ−フ

(その2)

上掲 (その1)に続く写真 (その2)である。巨大な魚が小山羊を呑み込もうとしている。オオナマズ(Pangasius)の類は世界でも最大の淡水魚の仲間ではあるが、小山羊を呑み込むかどうか?

おそらく伝説の説話を題材にしたものであろう。なかには魚の上顎が象の鼻の形に伸びている架空の魚まである。魚のモチーフだけではなく「投網」を打っている図もある。中国の「魚米之郷」の語のように魚やスッポンなどは貴重な動物蛋白源で、米と魚が多い所は別天地(極楽)と思われていた。魚のレリーフが多いのはそのせいであろうか?

この「オオナマズ」 学名、Pangasius pangasius はメコン河の幻の魚と言われたが、大きなものは仔牛ほどの大きさのものも写真で見たことがある。しかし現在ではタイのカセサート農業大学で人工養殖に成功している。私はこの魚は食べたことは無いが、同じオオナマズの仲間で比較的小型のプラ・サワイ(タイ語)は照り焼きにすると油が多く丁度「鰻の蒲焼き」のようでとても美味しい。ただし食べすぎて蕁麻疹が出た。

 

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若沖図

   

群魚図(魚尽くし)

 

伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)の作江戸中期1716年生まれ、1800年85歳で没。

この絵は宮内庁の「三の丸尚蔵館」に、若冲作の他の絵画数十幅と共に所蔵されている。

京都錦小路の青物問屋の4代目で、裕福な町衆の旦那であったと言う。字も苦手、無趣味、無芸、の人だったそうである。狩野派に学んだ絵だけが取り得の人物だったらしく、生涯独身であり、人付き合いが苦だったため奇才と言われる孤高の画風になったらしい。若冲の場合は、花鳥画とは呼ばずに「動植 糸采(さい)絵」と呼ばれる。

部分的には切手趣味週間の切手に多数採用されているので、多くの人は「伊藤若冲」の名前は知らなくても「見たことのある」という絵が多い。デザイン的とも言えるが、細部の丁寧な描写力などには、十二分に魅せられる。この図は京の錦小路の魚屋での観察の結果の産物ではないかとも言われている。

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Majolicaの絵皿

 

 Majolicaの絵皿

中世末期以来イタリア各地で作られた彩画陶器である Majolica (マジョリカ)の絵皿。

これはメキシコ最高の陶芸家で国民栄誉賞を受賞したゴルキー・ゴンサレスの作という。吉祥寺本町にあるメキシコのフォークアート専門店のLABRAVA の Web page にあったもの。

私が小学生であった頃、画家であった叔父が洋行土産に呉れた数枚のマジョリカ焼きの綺麗な彩色のペン皿が家にあり、マジョリカと聞くとツイ懐かしくなる。ここに描かれている魚はデフォルメされていて花弁のような尾鰭は金魚の「尾長りゅうきん」を思わせる。

 

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Angkor Tom 1

 

アンコール・トム遺跡の魚のレリ−フ

(その1)

アンコール・ワット(Angkor Watt)と並ぶカンボジアの昔の都城の遺跡、アンコール・トム(Angkor Tom)にも魚や水生動物のレリーフがある。トムは私は訪れたことは無いが、このような遺跡はカンボジアのみならずタイ国やヴェトナム・ラオスなどにも今なお多く手付かずで残っているように思う。と言うのは北部タイやラオスやカンボジアに国境を接する地域を旅行すると半ば土に埋もれた遺跡を良く見掛けるからだ。

素人の私が云々するのは烏滸がましいが、それらは殆ど未だ調査が行われてはいないようだ。インドシナ半島における民族移動は歴史的に非常に錯綜しており、どのような経緯かを辿って現在に至ったかは充分には解明されていないと書物で読んだことがある。

このレリーフの写真には亀と共に大きな魚の下半身が見える。比較的小型の魚も見える。今もそうだが当時の彼等の食糧の主な動物蛋白源だったため、関心が高くレリーフとして刻まれたのだろう。孟子の梁惠王篇(上)に「数罟不入夸池,魚鼈不可勝食也」の言葉を想い出す。

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Angkor Tom 2

アンコール・トム遺跡の魚のレリ−フ

(その2)

前項アンコール・トムのレリーフの(その2)である。この写真の中央には魚を咥えようとしている鳥(恐らく鵞鳥だろうと思われる鳥)が居る。その左に居るのは明らかに長い尻尾を持つ鰐の下半身が見える。尻尾の一部は鳥によって隠れてはいるが。その周辺には魚が描かれている。

鰐は背中を見せているのか腹側を見せているのか分からないが、正中線に沿って魚の側線に似たような「縫い目状」の線が見える。こんな線は現存の鰐にはないようだ。この線状のものが何かは不思議である。

これが鰐であるかどうかちょっと見ると分からないが、他の多くのレリーフの写真を見ると明らかに頭部の形から判断して鰐だと分かる。何れも「縫い目状」の線を持って居る。タイ国のピチットの伝説にある「鰐の王様のチャラワン」のように鰐に纏わる話はインドシナ半島には多い。水生動物としては最強の生き物であると思われるため、尊敬されると同時に恐れられている。

また水中を描いているのに、恰も陸上に居る様子に見える鳥が居るのも不思議である。鵜などのように水中に潜る鳥は多いが、それを指しているのだろうか?

魚は菱形の体型を持つものや、鯉のようなものなど数種が描かれている。何れも鱗が大きい。もっと調べれば面白いと思われる。

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 gyoban

 

禅寺に釣り下げられている魚鼓

魚板、または魚鼓(ギョ・クと読む。ギョ・コと読む人も居る)は、禅寺などで、魚の形をした板を吊って、時刻の合図などに木槌で叩き鳴らすものである。良く食堂(じきどう)の前などにある。上図のように彫刻された立体的なものから、平板な板状のものものまで種々の形のものがある。魚の側面中央にある丸い模様は「撞座」と言いここを木鎚で叩く。口には龍と同じように「玉」を咥えている。形も鯉のような図柄からこの図のように鯱鉾(しゃちほこ)のようなものまで様々である。

私は日本の禅宗のお寺でも度々見掛けたが、中国浙江省の台州地区の天台山に在る多くのお寺で良く見掛けた。元々禅宗の渡来と共に日本に齎されたのだろう。木魚のようにお経を唱える時の調子をとるために使われるのではなく、行事や法要など諸事の始まりを知らせるために打ち鳴らされるものである。食堂の前に在ると言うことは食事時刻を告げる時に使われるからだろう。

また、魚鼓は木魚の原形であると云われ、木魚の研究をして居る人の説明によると次第に現在の木魚の形に移行する変化を辿れるという。中国の魚鼓は彩色した大きなものが多い。お寺では精進料理で魚やその他の動物は食べないのに、「魚」とはどう言う訳だろう。

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 mokugyo1

     

木 魚

東アジアの仏教寺院で読経のリズムを取る法具

 

木魚(もくぎょ)はご承知のように、日本・中国・韓国、東南アジアのヴェトナムなど東方仏教の諸国の寺院で読経の際に唱和のリズムを取る木製の打楽器である。

中国では仏教寺院だけでなく、観、または道宮と呼ばれる道教の廟でもよく使われる。孫悟空の活躍する西遊記にある通り、仏教と漢民族の伝統思想である道教とは混淆しているからだろう。日本の神仏混淆とにた現象である。中国の書に「道教法器」として以下の句があった。

「道教法器之一,用於誦経敲打之用,形円如魚,故諱木魚。又一種説法,木魚造形,類似人的頭形。誦経的磬和木魚配用,磬敲響若「醒」的声音,木魚打下去若「覚」的声音。《無上秘要》説:「木魚清磬,振醒塵寰。」

上記の「磬」(ケイ)とは吊り下げ、撞木(シュモク)で打ち鳴らす楽器。中国、秦・漢時代には「へ」の字形の板石を用いた。仏具として用いるものは青銅製で、鉄製のものもある。勤行(ゴンギョウ)の際、礼盤(ライバン)右側の磬架にかけ、導師が打ち鳴らす。唐音は「キン」、読経の際、打ち鳴らす仏具。銅または鉄製の鉢形で台上に置く。銅鉢。うちならし。(以上は広辞苑の解説を引用)。

木魚には色々なデザインがあり、魚と云うより龍や鯱鉾の鯱の様な形のものも多い、…というよりその方が普通である。日本もそうだがお寺に行くと小型の木魚の土産物を良く売っている。20年前に中国で私も買い求めた経験があるが、どう言う訳か中国のものは本物は赤い色で塗った物が多いようだ。私が買った土産物も真っ赤であった。これは小型のためキンキンした音で、所詮は玩具である。

お寺にある本物の木魚のポクポクと云う音色は一種独特のもので、土笛やオカリナなどと同じように素朴で何とも言えない味がある。JAZZの打楽器として支持台(スタティ−フ)に大小数個を一列に並べた打楽器は半世紀前の戦前から使用されている。独特の音色にアメリカ人も魅了されたのだろう。

「叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉」、漱石の有名な一句を想い出す。

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FishChn1

 

何の変哲も無い対の魚の絵である。米国の画商のカタログで見付けた。中国の絵画とだけある。

題辞と筆者の名前が書かれ朱肉の落款も見えるが、原図が劣化していて読めない。しかし私はその線の優雅さと滑らかさ、および単純な構図と黒と赤だけのこの絵に惹かれた。

少し鯉にしては楚々として痩身であるが、黒と赤の体色からみて恐らく「真鯉と緋鯉」であろう。心の和む癒される絵である。SOLD OUT とあった。

縦長い表装がしてある軸で、下端には風鎮もあったが、ここでは絵の部分だけをトリミングして示した。

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 TAIWAN1

 

 

台湾にも釣の好きな同好会が沢山あるようだ。自らを「愚人碼頭」(釣馬鹿埠頭)と号する人の傑作の魚拓の一つ。

魚は上図にある通り篆書で「黒毛」と書かれて居る。調べたらメジナ属[Gen. Girella]【日本では漢字で「眼仁奈」、海産の硬骨魚で磯釣りの対象、グレとも呼ばれる。】の仲間らしい。1988年12月28日の獲物とある。体長28センチ、体重約450グラムと読める。

魚拓の図にはよくその魚に因んだ漢詩や韻を踏んだ感想文が達筆で書かれて居るものがあり、なかなか面白い。ある人の文章に「俺は子供の時から釣が好きだったが未だこの歳になっても一尾も獲れない。皆は曲がった釣り針を使うようだが、俺の針は真っ直ぐな「直釣針」だ、曲がったことが嫌いだから」。(考古学の書に骨製の直釣針がある)。こんな冗談が書かれて居るとツイ次を読みたくなる。

この直釣針だが、釣といえば直ぐ出て来る名前は「太公望」と呼ばれた呂尚だが、封神演義のなかに「在渭水直勾釣魚」という語がある。これが真っ直ぐな釣り針の意味かどうか分からないが、そうだとすると中国では文献には時々散見されるのかも知れない。

それはそれとして、大陸や台湾では日本と同じように釣仲間の同好会や雑誌が多く発行されている。世界中に「釣馬鹿」は沢山居るようだ。かく言う私は釣は殆ど素人である。天草の富岡にある九州大学の臨海実験所に居たとき、船上から見ながら「手釣り」でクサブ(べらの類を指す方言)を釣った。これは実に面白く少しのめり込みそうになったが、長崎市に転居して磯から遠ざかったため釣から縁が切れた。

 

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カラチョウザメ

          

 

カラチョウザメの郵便切手

カラチョウザメ (チョウザメ科) Acipenser sinensis.中華人民共和国の通常切手として、1994年に中国に産するチョウザメの仲間の4種類の切手が発行されました。図はそのなかの「カラチョウザメ」です。

チョウザメの仲間は「サメ」に姿が似ていて体長も 2m、以上のものもざらにありますから、“…サメ”と名前がつけられていますが、軟骨魚であるサメの仲間ではありません。硬骨魚なのです。卵は「キャビア」と呼ばれ高級食品であることは皆ご承知だと思いますが、肉も「皇帝の魚」と云って実に美味しいのです。

背中や体側には堅い鎧のような「蝶々」の形をした鱗が縦に沢山並んでいますが、チョウザメの名前の「チョウ」はその蝶型の鱗に由来するとも云われています。

チョウザメの仲間の魚は成長がとても遅くて、8年以上かかって成熟し、遅いものでは20年近くかかるものもあるそうです。また、たいへん長生きをして大きくなり、たとえばオオチョウザメでは8m、1470kgという記録もあります。 近年野生のチョウザメは、キャビアをとるための乱獲、ダム堰などによる遡上阻害、水質汚染、産卵場所の減少などから激減しています。一方、最近では養殖も盛んに研究され企業化されて居ます。

私が長崎の西海区水産研究所に居たとき、魚市場に年に1尾か2尾ぐらいは東シナ海に出漁する底曳網漁船によって水揚げされていました。と云うことは極めて珍しい魚だと云うことです。仲仕や市場関係者も新米の人は始めて見る魚でしたから水揚げ時には人だかりが出来ていたのを憶えています。

私は蝶型の鱗の一つを切り取って壁掛けの飾りにして居ました。当時は研究所の玄関にカラチョウザメの完全な個体の剥製標本が、ガラス張りの箱に入れて陳列してありましたが、かれこれ50年も前のことですから今はどうなっているか知りません。

[追補1]

上述の剥製標本については、その後1998年4月に稲田伊史・山田梅芳の両氏が「西水研玄関に展示されている『チョウザメ』標本」と題して西水研ニュースに詳しく述べられているので再録した。見るにはここをクリック Chouzame.pdfして下さい。PDFファイルです。

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 Asian Arowana5

 

Asian Arowana  アジア・アロワナ

心が癒される淡水観賞魚

 

アロワナの類はアジア大陸の亜熱帯・熱帯、南米・豪州など分布する淡水魚で、比較的小型の魚で成長しても 50cm cm 程度のものが多いらしい。図示したものはアクアライフ編集部編、世界のアロワナ飼育ガイドより転載したものである。これはアジア・アロワナで、英名は Asian Arowana、Dragon fish、または Arapaima?。中国名は「龍魚ないし金龍魚」、学名は Scleropages formosus と云うものらしい。

もともと、この魚はマレーシアやインドネシアの熱帯雨林の川に生息し、ひっそりと生活していたものらしく、繁殖数が少ない為に、多くは人の目にさらされることはなかったと云う。1829年の動物学会でミュラー(Muller)とシュレーゲル(Schlegel)によって発表され、公にその姿を現し、1971年に初めて水族館に展示され、多くの人に知られるようになったと物の本にある。

オーストラリアの肺魚などと同様「古代魚」と考えられ、産んだ卵を口内で保護し、幼魚は 2、3 cm に成長したら親の口から泳ぎだすため、比較的繁殖力の強い魚だそうだ。本草綱目に松江(ショウコウ)の鱸は「巨口細鱗」とあると云うが、これは「細口巨鱗」である。もっとも、口は閉じたときの外見で本当はかなり大きい。

一部の国では食用にされてきたが、希産種のため絶滅が危惧された。その一番の理由は最近では鑑賞用として珍重されるためである。インドネシアやマレーシア産の多くが河川によって体色が違うとされ、赤みが強く出る個体をレッドアロワナ(紅龍)と呼び、高価で取り引きされる。 中国系の一部の人々は「幸福を招く魚」として大切にしていると云われる。

絶滅危惧種として輸出入は禁止されていたが、最近では養殖も行われ、個体の体内にマイクロチップを埋め込み個体管理され、主に鑑賞用として販売されている。養殖された個体はCITES(ワシントン条約)=2 同等、RDB(レッドデータブック)=K として扱われ、現在は養殖飼育した2世代以上の魚は証明書があれば輸出入は出来るそうだ。黄金色・白銀色・少し青みがかった物もある。

私が始めて見たのはタイのバンコクからパタヤに通じる国道沿いにある食堂の飾りの水槽で、1m 幅のガラス張り水槽の中に居た体長 40 cm ぐらいのもの。もう 30年も前のことである。体長に較べて狭すぎる水槽の中を緩慢に、悠然とした泳ぎ振りには本当に心が癒される想いがした。光線の当り具合か、見る角度で金属的なと云うのか、蛍光的なと云うのか、体色が変わる優雅さにも驚いた。

観賞魚に詳しい人には笑われるかもしれないが、その魚を見たくて、国道を通過する機会がある毎にその店に立ち寄って、クイッチャオ(タイ式ラーメン)を食べながら眺めていたのを想い出す。

現在、観賞魚として大流行しているのはコセコセしない悠然とした「泳ぎ振り?」が受けているのだと思う。その緩慢な悠々とした泳ぎは「コセコセはしていないが時々身体を揺する金魚」とは異なり、如何にも泰然自若としており、真実「心が和み癒される」思いがする。

 

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 魚蝦明朝三彩

 

魚蝦明朝三彩

 

これは広島県立歴史博物館所蔵の華南三彩盤の一つである。同博物館によれば、この種の三彩陶の多くは、17世紀前半を中心に日本に輸入されたとされる。生産された窯は明らかでないが、近年、中国福建省泉州あたりの製品ではないかと考えられるようになったと言う。

魚二尾と共に二匹のテナガエビが対称的に配置されて描かれている。手長蝦は中国では昔から良く画材になった。最近では東南アジアから淡水産のオニテナガエビ(Macrobrachium rosenbergii)が移植されてその生産は10万トンを超え世界で最も多い。この蝦の人工養殖を開発した畏友、FAOの林紹文さんも出身は中国福建省の樟州 (樟は木偏では無く「さんずい」偏) 樟州である。テナガエビ類は昔から中国の民衆には馴染みのある蝦である。魚も蝦も淡水産である。

 

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 金魚(中国剪紙)

中国剪紙

金 魚、中国剪紙を元にした版画

 

中国の剪紙(色紙で模様を切り抜く「切り紙」細工)は古い歴史を持ち、新石器時代や春秋戦国時代(紀元前8世紀頃)、金銀箔や宝玉器などに彫られた「透かし彫り」がその起源だと言う。元来、剪紙は、貴族階級の間で春節(旧正月)や立春の装飾として生まれたが、やがて一般庶民に浸透し、その後、農民の女性の手仕事として発展したと云う。従って、土地柄などによって繊細優美であったり、素朴雄健であったりしている。一般的には北方は天真で重厚、南方は精巧で優美、というような趣があると言われている。

此処に示したのは中国剪紙を元にした版画で王雲紅さん(下記)の作品である。図柄は中国剪紙の面影を強く残している。

金魚をモチーフとした基本的なパターンの一つで、これを基に色々複雑な絵柄を考え、競い合うらしい。金魚 jin 1 yu 2 は「金=黄金」 jin 1と「玉」 yu 4 と発音が似ているので、裕福を意味するとして好かれる。

中国は金魚の原産国で昔から多数の品種が作られて来たようだが、剪紙にしろ木彫や絵画などでは、何故だか上図の「水泡眼」か日本で言う「出目金」の様な形態のものが好まれれる。孫悟空の活躍する西遊記の中にある通天河と言う大河に住む霊感大王と云う金魚の妖怪が出て来る噺がある。連環画の西遊記の霊感大王の姿は「出目金」の恰好をして居る。そう言えば1957年の夏に瀋陽の駅頭で中国の友人が呉れた数尾の木彫の金魚も出目金に似ていた。

冒頭に記した王雲紅さんは幼児の頃から「消しゴム版画」を始められたとのことで、面白い作品やエッセイのホームページ(日本語)は:−

http://homepage1.nifty.com/benny_k

ここに掲載の許可を頂いたことに謝意を表したい。

 

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 魚と福(中国剪紙、その2)

 

 

魚と福(中国剪紙、その1)

 

全体は太い書体の「福」の字であり、その中に多数のデフォルメされた魚、おそらくは鯉科の淡水魚が泳いでいる。なかなか上手に考えたデザインである。

「剪紙の里」として有名な河北省承徳県喬杖子村は、貧しい農民の地域としても有名だったそうだが、この喬杖子村ではここ数年、器用な手先を利用して、伝統の剪紙の新しい優れたデザインを製作し販売してており、暮らしが豊かになったと言われている。この作品はその一つとされる。

「福」は説明の必要は無いが、魚 (yu 2)は余裕の余(yu 2) と発音が同じであるため、「福が有り余るほどある」の意味にもなり、まことに縁起がよいことになる。

只の「切り紙細工」では無いか?と思う人もあろうが、デザインの趣向は千差万別で奥が深い。老舗の中国でも、また最近では日本でも、同好の人達が増えていると聞く。50年前に無錫で買ったのが切っ掛けで、先年は青島で「西廂記」を題材にした大型の一組を求めた。最近では優れたデザインを集めた立派な美術印刷の書籍も沢山書店に並んでいる。

 

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      年年有余

年年有魚

 

年年有余 (中国剪紙、その2)

 

 春節(中国の正月、日本の旧正月)が近づくとこの剪紙が良く見られる。上の「剪紙、その2」でも触れたように、余裕の余(yu 2)の字は魚(yu 2)と同音同声であるから、年年有余は年年有魚とも聞こえる訳で魚の絵が描かれる。

連年有余とも書かれることが多い。「毎年、毎年、お金に余裕がある」と云う幸福を願ったお目出たい言葉である。

これと似た図柄は無数にあり、明信片(はがき)に印刷されて「年賀はがき」などに広く使われている。

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SENSHI3

 

一対の鯉魚

 

中国では一対を好み、掛け軸なども日本の茶室のように一幅は展示しないで必ず2幅を飾ってある。家の門前の左右に掲げてある句も「対聯」と称して片方だけ掲げることはない。

この剪紙も2尾の向かい合った鯉となって居る。此処では鯉と言ったが、鯉だかソウギョないしレンギョかも知れない。

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魚魚

         

 

何とも変な感じの漢字

 

[左の漢字] 「木」の字が二つ並べば「林」、しかし、これは「魚」(さかな、ギョ)の字である。はて、そんな字があったかな ー?私は水産を専攻し、おまけに中国語を習ったから、漢字には興味があり、寿司屋の「湯呑み茶碗」ではないが魚偏の字は、日本の常用漢字、中国の簡体字、中国の繁体字、また今昔文字鏡などの魚偏の字は普通の人よりは多く見ている方だと思っている。

暫く考えて思い付いたのは遊び心で作った冗談の文字、それも一時は流行語となった驚きの叫び声の「ギョギョッ」である。そうではなかった。ネット検索でこの字を見たのだが、説明を見ると次のように記載されている。

国字か。左の『今昔文字鏡』@046424は,偏の形が違うが,諸橋轍次『大漢和辭典』で未詳文字となっている字。写真の例は,寿司と弁当の店が「とと」と読ませていて,造字とも思えるが,実際に使われているのは事実。すでにこの店はなくなったが,当時地元の電話帳を見ると「魚魚家仲」と記され,外字はつくられていなかった。  撮影:1999年6月,大阪府吹田市。

なる程、「とと」と読ませている。「とと」と云うのはご承知のように幼児語で「魚、さかな」のこと。「きんとと、金魚」、「こいとと、鯉魚」の「とと」である。これは日本の幼児語であるから「とと」と読ませる以上は多分国字であろう。

「魚魚家仲」とあるが「ととや仲」とでも読むのであろうか?「仲」は兄弟の二番目と云う意味があるから、兄の店に次ぐ弟の店かも知れないし、単なる名前かも知れない。

[中央の漢字] 在りそうで見たことは無い。それもその筈、広東語の音符書き換え文字なのだそうだ。タウナギのことである。説明を見ると次のように記載されている。

「鰻」を意味する「偏が魚、旁が善の字」の広東語による音符書換字。北京音で「偏が魚、旁が善の字」ならびに「善」は「shan4」,「先」は「xian1」と異音だが,広東語では「sin3」と「sin1」で声調違いの同音なので,筆画の少ない「先」に書き換えている。写真は,ホテル内にある広東料理店の水槽の表示。「白〜」は「鰻」を意味する。この例では,部首は簡体字となっている。左の『今昔文字鏡』@046098は繁体字。 撮影:2001年12月,広東省広州市越秀区

説明の「鰻」はウナギでは無く、中国大陸に多いタウナギ のことである。学名は Monopterus albus と言い日本で普通に言うウナギとは属名も異なる。「偏が魚、旁が善の字」を当てるが、学術的には「黄〜」と言う。中国全土に分布し、食用として家庭でも料理屋にも良く見掛ける。上記の「白〜」は日本の「ウナギ」のことかも知れない。と言うのは最近では日本へ輸出する目的で日本ウナギを養殖して居り、福建省や広東省では中国人も味を憶えて汕頭などでは土地の名産品になっているからだ。これらは「鰻」の字を当てている。

余談だが上海で食べた麺条(そば)に煮込んだタウナギをかけた料理はとても美味しかった。小さな店だがこれが名物で何時も満席で大層繁盛していた。

[右の漢字] この字も在りそうな字だが何処でも未だ見たことは無い字である。説明を見ると次のように記載されている。

広東語で「maang1」または「maang5」と読む,香港の方言字。写真では土偏の意符書換字が使われているが,通常「泥〜  (nai4 maang1)」という語に使われる。「シモフリアイゴ」を主体とした同属の魚の総称で,香港の岸釣りでよくかかる大衆魚。沖縄のスクガラスにはこの稚魚が使われている。『集韻』に同形の字が見られるが,こちらは「胡〜」という甲殻類らしき語に使われていて,暗合と思われる。写真は食堂の入り口に貼られたメニューの一部。「果皮蒸〜」と書かれている。撮影:2001年5月,香港特別行政区離島区・大嶼山

この説明から、この字はアイゴ属の種名「シモフリアイゴ」を指す香港の方言文字のことらしい。

私がネット検索で探し当てたサイトの URL は:−

        http://homepage2.nifty.com/Gat_Tin/ 

(中国語方言のページ、TOPページ)

でこの文字があるはその中にある下記の URLの:−

    http://homepage2.nifty.com/Gat_Tin/kanji/kaindex.htm

(漢字の写真辞典)

である。このサイトは漢字に興味のある人々にとってはとても面白い。是非紹介したいページである。写真が添えられていて実際に存在することを証明してある。

 

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 キダイ

レンコダイ
Dentex tumifrons

 

レンコダイは私にとっては忘れがたい魚である。長崎の西海区水産研究所で10年余に亘って東シナ海のこの魚の資源研究を担当していたからである。当時私は30歳代、1950年代の殆どはこの仕事に没頭した。来る日も来る日もこの魚の体長や体重を測ったり、鱗の年輪を暗室の中で数えたりして居た。

属名は当時は Taius が使われていたが、今は Dentex が用いられている。和名は学術書では「キダイ」が使われる場合が多いが、漁業者や魚市場、魚屋の店頭(消費者)の98%、すなわち日本人の殆どは「レンコダイ」または「レンコ」と呼んでいる。ご多分に漏れず、この魚の方言名は沢山あるが、「レンコダイ」と云う名称が圧倒的に優勢で社会に普及している。その理由はこの魚の巨大な資源が東シナ海に在ることを発見し開拓した徳島県下の漁師や紀伊水道を挟んだ対岸の和歌山県下の人々の方言名だった「レンコ」と云う名前が漁業関係者の間に広まったからである。恩師の松原喜代松先生も「レンコダイ」と呼ぶべきだとの考えを持って居られた。

味は「マダイ」に較べるとヤヤ劣るが黒ずんだマダイとは異なり華やかな明るい色をしているので「ハナダイ」などと呼ぶ地方もある。1930年頃までの花見など仕出し折詰などの鯛は殆どがこの魚であった。乱獲によって生産は往時に較べ激減しているのは残念であるが、関東以南の日本沿岸各地では今でも「釣り人」には人気がある。塩焼きが一番美味しい。

 

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 TOUGYO

 

 

トウギョ (闘魚、BETTA)

 

原産地はタイ国で、賭け事の好きなタイ人の間では昔から闘鶏などと同じように賭けの対象とされて来ました。タイ語ではプラ・カッと呼ばれて居ます。プラはタイ語で「魚」、カッは「噛む、噛み付く」の意。ちなみに、闘魚を戦わせることは「カッ・プラ」と言います。闘わせる親魚は4−5 cm ぐらいです。ベタとも呼んでいます。

タイ人は「鰭が短くより闘争性の強い品種」に改良して来たと言われ、それらを使って賭け勝負をするのです。幾つかの品種があるようです。右の図はむしろ観賞用、左の図は賭博用です。
英名でランブルフィッシュ(RUMBLE FISH)とも言いますが、これは米語の俗語で「喧嘩魚」という意味です。雄のその激しい闘争性からこの名前が付いたのでしょう。

体色は実に鮮やかで、この図は青色ですが深紅のものもあります。小さな硝子のコップに入れて売ったり、持ち歩くことが出来ます。大きなガラス容器に雄を二匹入れて闘わせるのですが、勝負が付くのに2時間以上かかることもあると言われていますが、私は見たことはありません。賭博には許可が必要らしく隠れてやるから見る機会がなかったのでしょう。

 タイ国にはこの他に「プラ・ケム」と言う勝負をさせる魚があります。「ケム」は針の意味で「ハリウオ」とでも訳せば良いでしょう。体長は2 cm 位の地味な色の魚で、大きな陶器の盆に飼っています。私は飼っているのを数度見ましたが、闘わせている処はこの方も見たことはありません。
色も地味、体も細長い小魚ですから、現在は飼う人も少なく、流行っては居ないようです。

 

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 鯛の鯛

 

 

 鯛の鯛 (たいのたい)

 

「鯛の鯛」とか「鯛中鯛」と言う。


岡 有作氏、「東海大学社会教育センター、
「海の博物館」Vol.23, No.1所載。

マダイの肩甲骨と烏口骨の2つが繋がったもので、昭和初期の私が子供の頃の仕出屋や寿司屋の暖簾や看板にはこの形が良く描かれていました。縁起物で「大事にとっておくとお金が貯まる」などと言われれますが、これは真っ赤な嘘です。その証拠に私も幾つか小箱に入れて大事に持っていますが、お金は減るばかりで増えることは少しも無いのです。

塩焼きや煮付けのマダイの身を尖った箸の先で丁寧に用心深くほぐして、この「鯛の鯛」を取り出したものです。食べ終わると骨だけが残ります。魚皿に残った骨に熱湯を注ぎ「骨湯」(コツユ)と称して暫く経ってからそのスープを飲んだものです。「骨までしゃぶる」という訳です。私が子供の頃は食べ物をそこまで大切にしたものです。グルメ時代の今の人は平気で食べ残します。いずれ飽食の罰が当たるかも知れません。

 

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 四大家魚

王羲之の書「四大家魚」?

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書聖と称せられた王羲之が草書体で書いた「四大家魚」の書?そんな馬鹿な!そんな物ある筈がないよ!。

その通り、ある筈は無い。そのことは後回しにして「四大家魚」について先に述べよう。四大家魚とは中国で古来から有名な四種類の飼育魚という意味である。家魚の「家」は Domestic の意を持って居る。

最上段の「青」は青魚はアオウオ、Mylopharyngodon piceus、英語では Brack carp、次の「草」は草魚はソウギョ、Ctenopharyngodon idella 、英語では Grass carp、下から二つ目は魚偏に連を旁とする字(以下連と表示)で和名はハクレン、Hypophthalmichthys  molitrix 、白連と書くこともある。英語では Silver carp、最下は魚偏に庸を旁とする字で、和名はコクレン、Aristichthys nobilis 、英語では Big head carp、黒連・大頭連・花連などとも書く。また、魚偏に完を旁とする字も良く使われる。コクレンはこの四種の中では最も美味である。最も不味いのはハクレンである。もっとも、私の味覚によれば…の個人的独断。

何れもコイ(鯉)の仲間で、アオウオやコクレンは成長すると 2 m 近くの大きな魚になる。2003年の中国の政府統計では重量も価格も首位はソウギョで、ハクレン、コイがこれに次ぎ、重量ではコクレン、価格ではフナが4位。アオウオは重量では10位、価格では12位である。最近では美味しい団頭魴(武昌魚)が養殖魚として有名となって来たが量的には上記の各種には未だ及ばない。

上掲の書は私が書いたもの。新聞記事で知った大場幹浩氏作の摩訶不思議な、まるで魔法のソフト、「Ougishi Lite」 (フリー・ウェアー)で作り、HP Creatorで枠の陰を着けた。大場氏に大いに感謝したい。Download 先は下記のURLの上段にある。同氏のサイトではこの他にもいろいろなことが出来る。下記のURLの下段。(2005年12月21日現在)。

 http://www.ne.jp/asahi/o/o/ougishi/download.html

http://www.ne.jp/asahi/o/o/ougishi/index.html

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