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魂の旅人の足跡

                         

1969年6月19日  千葉県八千代市に生まれる。

姉と妹に挟まれた長男であり、しかも親戚にはやたら女性が多く、幼い頃から「男とは、かくあるべし」という条件付けを、必要以上に植えつけられて育つ。

八千代台東小学校時代には、地元野球チーム「リトルジャイアンツ」で活躍。間もなく学校の分校で八千代台東第二小学校に移るが、その頃から野球に明け暮れ る生活が始まる。「硬派路線」を意識しはじめたのも、この頃でもある。

私立市川学園中学校に入学後は、バスケットボールに転向。

ある日、近所の楽器屋で長髪の青年の弾く「スモーク・オン・ザ・ウォーター」に衝撃を受け、以来、ハードロック、ヘビーメタルに目覚める。

自転車で千葉−軽井沢間、約200kmを2日間で走破。4日間で千葉県を一周するなど、電車の駅や草むらで野宿しながらの旅のはじまり。「青春18切符」 を持ち、東京駅から各駅停車で出発。紀伊半島を海岸線沿いに周ってから京都にでて、金沢に抜け、直江津を通って、長野経由で帰ってきた、ということもあっ た。写真への関心も同時だった。

1985年 慶応義塾高等学校入学後、空手部に転向。
8月に初めての海外旅行。地元の「洋上教室」に参加し、7泊8日でサイパンへの船旅。

この頃、初めてのライブ演奏を催したり、空手部主将に任命されるなど、学生生活は充実していた。毎朝、列車の窓から線路の枕木を見て動体視力を鍛え、学校 では鉄下駄を履き、常に闘う事を想定しながらの生活。県大会は無念にも準々決勝敗退したが、空手に明け暮れる日々の生活の中で、忍耐力、持久力、そして柔 軟性を身につけていった。

この頃、自転車をバイクに乗り換える。

1988年3月 慶応義塾高等学校卒業。
卒業ライブを渋谷エピキュラスで開催。

1ヶ月間はじめてのアメリカ旅行。ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、アスペン、ニューヨークと回る。同年4月 慶応義塾大学商学部入学。英語の 勉強と読書に明け暮れる。万年サラリーマンの父を反面教師として、自分の可能性を探り始めたのがこの頃だろう。世界情勢に敏感でいようとした。他人に対し て単に「強く、やさしく」いることではなく、自分への問いかけを持ち続けようとし、哲学、心理学の世界にのめり込んでいく。文武両道を実践すべく、知力、 体力を鍛え続けた。

1989年7月、たまたま友人に誘われたことがきっかけで、スイスのジュネーブへ2ヶ月のフランス語研修。この偶然がほんとうの意味での、異文化との交流 の始まりだった。

この頃、書生として国会議員の秘書の下、衆議院議員議員会館にて働く。

1990年7月から2ヶ月間、南フランスへフランス語研修、1991年3月から1ヶ月間、ロスアンゼルスへ英語研修などの経歴を経て、7月には米ペンシル バニア大学へ留学。政治学、国際政治学、ウォートンスクールでは国際マネージメントを学ぶ。

この頃、コロラドでスノーボードを始める。

1992年5月、帰国後は稲毛でヨットをはじめる。また北海道へ10日間の自転車旅行。

1993年3月 慶応義塾大学卒業。

同年4月。メリルリンチ証券東京支店に入社し、7月にはニューヨーク本社へ研修、9月にいったん帰国して外国債権営業部へ配属になるが、翌年にはデリバ ティブ部(金融派生商品部)へ配属。スワップトレーダーとして、円金利の派生商品をトレードする。世界の政治経済を分析しながら自分の予測をたて、その予 測に従って実際投資をしていくトレーディングという職業にどんどんはまっていく。

この頃、休暇を利用して、オーストラリアのグレートバリアリーフ、エジプトの紅海、モルジブなどでスキューバダイビングを、また週末はサーフィンかスノー ボード。あまりな黒さに国籍不明となる。

1996年4月、ロンドン支店へ配属。ロンドンにて円金利及び欧州通貨金利のマーケットメークをする。デンマーク、オランダ、スイス、フランス、スウェー デン、スペイン、モロッコ、ニューヨークへと週末のほとんどは旅行をしまくる。

同年10月帰国。資本主義の最右翼である金融業界で、金(かね)から金(かね)を生み出すことへの異常な執着が絶対条件であるトレーダーという職業に、心 の底からの疑問が募り始める。
悪魔に魂を売っているのでは……?

米コロラドで乗馬の旅。ロサンゼルスからコスタリカまで、メキシコ、グアテマラ、エルサルバドール、ホンデュラス、ニカラグアを経由し、2週間かけて車で 縦断。モスクワ経由で、フランスへスノーボード。

富士山へ登頂し、スノーボードで滑り降りる。一度、富士山へマウンテンバイクを担いで登ったが、台風に逢いブレーキの利かなくなったマウンテンバイクで時 には風に吹き飛ばされながら降りたこともある。

フランスでスノーボード中、岩に落ちて肋骨を骨折。
ホノルルマラソンを完走。

1998年4月 メリルリンチ証券退社。
究極的な自由の身となる。アラスカでヘリ・スノーボードを体験中、涅槃の境地に達した。
自分の中で何かが変わり始めていた。

引き続いて、ハワイ島にキャンプとトレッキング、そしてスキューバダイビングの旅。6月には車にサーフボードと3ダースの本を積み込み、日本国内を放浪。 そして、9月には世界への旅へと出発した。


タイからカンボジア、ラオス、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、バングラディッシュを通って、12月にインド到着。ネパール、ブータ ンを往復しながら、インド旅行を続けるうち、プーナにあるOshoメディテーションリゾートで瞑想にはまる。

2000年4月 テコンドーのトレーニングのため、南米チリへ。3ヶ月ほどスペイン語を学びながら、チリ各地を巡る。

同年9月 インドに戻り、瞑想をつづける。内的な旅の目覚め。

自己への徹底的な追及こそが世界を理解するための最短距離だと悟り、独りでいることの必要性を感じる。

翌年3月から2ヶ月間、インド北部のラダックに滞在。独りの世界を満喫する。パキスタン、アフガニスタン、イランへと足を伸ばした後、中東全域をまわるつ もりでシリアへ入国予定だったが、9・11事件以来情勢不透明のため、急遽予定を変更。トルコへ抜ける。その後ブルガリア、旧ユーゴスラビア、ボスニア、 クロアチア、スロベニア、オーストリアを制覇してスイスへ。

2001年12月にはモロッコにいたが、翌年1月にはスイスに戻り、ドイツ経由でフランスへ。同年3月 パリにてフランス語研修開始。7月から8月にかけ て夏休みと称して、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、オランダ、ベルギーを回り、9月からフランス語 研修再開。

2003年3月 約1年間のフランス語研修に区切りをつけ、パリより一時帰国。

2004年9月 人類学を学ぶために、ロンドン大学(LSE)修士課程へ入学

2005年10月 社会人類学の修士を取得し、チュニジアを皮切りにアフリカへと旅立つ。

2006年9月 エジプト、スーダン、エチオピア、ケニア、ウガンダ、コンゴ、タンザニア、マラウィ、ザンビア、ジンバブエ、南アフリカ、レソト、スワジ ランド、カメルーン、ナイジェリア、ベニン、トーゴ、ガーナ、ブルキナ・ファソ、マリ、セネガル、ガンビア、モーリタニア、モロッコとアフリカ全土の旅を 終え、南米へと向かう

2007年3月 メキシコ、ベネズエラ、パナマを経由し、アルゼンチンのブエノスアイレスにてスペイン語の語学研修、ブラジルへ。BTT(ブラジリアン・ トップチーム)に入門し、サブミッションを中心にトレーニング。

2007年9月 ブエノスアイレスに再び戻り、アルゼンチン・タンゴを学ぶ。

2008年3月 アルゼンチンからチリ、イースター島、ボリビア、ペルー、エクアドル、ガラパゴス諸島、コロンビア、パナマ、グアテマラ、メキシコ、 キューバ、米国を旅した後、帰国



今までに訪れた国: 102カ国

これから行く国: 中央アジア、中東

世界は広い!

著書:『幸福途上国ニッポン』(アスペクト社)


  



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