[本の感想] [官能小説]

官能小説

官能小説は、最初の「由美の会社員生活」は登場している女性に書いてもらったものですが、 他はすべて祐介がこれまで見聞したり、体験したことを基に作成しました。

小説ですので、事実と創作が混じっています。

由美の会社員生活 貴志の手記 恒子の冒険 敦子の憂鬱 典夫の憂鬱 幸枝の冒険 陽子の出会い 聡子の木馬責め

陽子の出会い

1、暗い土蔵

陽子は生まれは山梨県であったが、埼玉県の後見大学人文学科に通った。そこではほとんど アパートと大学の往復で、時折東京に出て遊ぶくらいのことしかしなかった。男性との 付き合いもあったが、特に深い関係になった人もいなかった。

卒業後、実家のある甲府に戻った。実家は代々飴屋をやっていて、味は評判だったが、時代の趨勢には勝てず、 売り上げはしだいに落ち込んでいた。陽子の兄が跡を継ぐことになってので、陽子は気軽に構えていた。

甲府で仕事を探した。受かったのは地方の小さな雑誌社だった。社内の仕事もあったが、小さな会社だったので取材もさせられた。 あるとき、甲府市内の旧家を取材のため訪ねた。その家には背後に土蔵があり、一見して代々の旧家としての歴史を感じた。 そこのご主人は既に年配で取材にいろいろ答えてくれた。時間がかかったので途中で奥様がお茶を出してくれたが、 すぐ引っ込んだ。取材も終わりかけになった頃、ご主人が後ろの土蔵に興味があるなら見てみないかと 誘ってくれた。土蔵の中を見る機会はそんなにないだろうと思って承諾した。

ご主人に案内されて土蔵に向った。中は暗かった。 暗い土蔵の中には何枚か絵がかけてあった。女性が着物姿で吊るされている絵だった。裾がめくれ、太ももまでが露になった 絵もあった。縛られて吊るされているにも関わらず、女性の表情は苦痛ばかりではなかった。何か怪しげだった。 陽子は絵に驚いたが、このような絵を収集している好事家が市内にいると以前聞いたことを思い出した。

明治時代に、伊藤晴雨という責め絵や縛り絵を専門とする画家がいた。それらの絵は今では貴重なものになっていて、 今や入手は困難だという。そのような絵なのだろうか、と陽子は訝しがった。 このご主人も好事家で自分で集めたのだろう、それとも知人か親が残した絵なのだろうか。

ご主人は陽子の顔を少し見ただけで、 誘うこともなかった。あるいはひょっとしたら先ほどの奥様が、この絵のモデルなのであろうか。奥様とご主人はこのようなプレイを 土蔵の中で行っているのだろうか。陽子の頭には、いろいろな想像や情景が次々に走馬灯のように浮かんだ。

しかし、なぜご主人は陽子にそれらの絵を見せる気になったのであろうか。 SM傾向がある男性は、M的な女性が直感的に分かるという。陽子もそう見られたのであろうか。

陽子は土蔵のご主人にお礼を言って帰った。

2、モデルとして応募する

雑誌社の仕事は嫌でなかったが、ずっと続けていくには何か物足りなかった。実家の飴屋の仕事を手伝うこともあったが、 それほど熱が入らなかった。時代に合わせて新しいタイプの飴を考え出し、 飴の売り上げを上げることは至上命令だった。もちろん伝統的なタイプの飴にはお得意さんがあり、 ファンも多く、それらを引き続き販売していたが、全体として売り上げはしだいに落ち込んでいた。 家族会議で相談していろいろな案が出た。しかし決定打にはかけた。

雑誌社の仕事も、家業に飴屋もそれなりに続いていたが、陽子にはこのような状態がずっと続くのはどうしても耐えられなかった。 人生の転換が欲しかった。思い切ってそれまで出来なかったこと、してみたいことをすることにした。 それは土蔵の中の絵の女性のように縛られ吊るされることだった。土蔵のご主人には一目で陽子の性癖を見破られたのかもしれない。 陽子は、自分の力ではどうしようもできないくらいに拘束されたなら、 この心の奥底にもやもやとしているものを解放できそうな気がしていた。縛られたい欲求はおそらく 生まれつきあるいは幼い頃の影響かもしれない。土蔵で見た絵自体に 驚きはしたが、すぐ受け入れられたのはそういった自分の性癖があったからである。

大学に入るまでは共学だったし、兄もいるので男性に抵抗はない。ことさら貞操を大事にするのもおかしいと思っているし、 自分がよいと思い、他人に迷惑さえ かけなければ、何をしてもよいと考えていた。

幸い家族も各自の意志を大切にしてくれていたし、家業は兄が継ぐことになっていたので、 心配させかけなければ、陽子は何をしても比較的自由だった。

インターネットで「岬の小屋」というサイトを発見した。岬さんは縛りが上手く吊りの写真も数多くある。縛り方教室も開催している。 かなりきつく縛って肌にしっかりと縄が食い込んで縛っていて、痛そうだなと思ったが、陽子は比較的体がぽっちゃりしているので 肌も厚みがあり、耐えられると思った。申し込んでみた。 東京は甲府からそんなに遠くないし、大学時代よく行ったところだから、地理感もある。思い切って休みに東京へ出かけて 縛ってもらうことにした。

岬さんの縛りは本物だった。吊りは厳しかった。しかし陽子は自分の望みが叶えられてうれしかった。 縛りはきつかったが、肌に跡がつかないように気を使ってくれた。

岬さんがよく使う都内にあるサークル姫にも何回か連れてもらった。そこは2階建ての一軒家でプレイルームが2階にある。 X字架もあり、そこに縛り付けられた。着物姿で逆さまにも縛り付けられた。岬さんのホームページに公開もされた。 ただ顔は分からないようにしてもらった。X字架に縛り付けられた時、実は周囲に何人かいて見学しており、 最初は恥ずかしかったが、縛り付けられると恥ずかしさを感じる余裕がなくなった。きっとその時の表情は 恍惚としていたに違いない。

岬さんは縄を解く時は、自分ではせずに他の男性に任せた。陽子の周りには 何人か男性が見学していたからである。彼らに手伝いをさせた。縄は入り組んで縛ってあったので、 解くのに時間がかかった。解かれる間、陽子は数人の男性から体を触られた。縄を解くのを頼まれたのだが、 当然のように余禄として彼らは触ったのである。岬さんは知らない振りをしていた。陽子は特に嫌でなかったので 触られるのを許した。

岬さんには何回か縛られた。しかし彼には他にもモデルがいて、しばらくすると少し飽きられたようだった。 付き合ってくれる回数がしだいに減っていった。

3、SMクラブで働く

陽子はもっと縛ってもらいたかった。 そこで雑誌で当時SM界では有名だった明地鬼さんが経営するSMクラブというかサロンに応募した。 仕組みはSMプレイを希望する男性が現れると、相手の希望を聞き、登録してある女性の中から都合のよい 女性を選んで連絡するといったふうであった。男性には面接し身元を確認し、セックスは絶対しないと誓約書を出させる。 守らなかった場合の責任も明記してあるとこもとだった。女性は安心してSMだけに身を任せることができる。

陽子はそんなふうにして時折上京して何人かの男性と会った。それぞれ個性があり、縛り方も異なった。 ある人は胸に興味がすごくあったし、股間に興味を示した男性も多かった。縛られて触られるのは気持ちよかった。 しかし、セックスだけはクラブ側からしないように硬く禁じられており、縛りだけに集中するよう言い渡されていた。

あるとき、突然プレイ中、男性側から個人的に付き合ってくれと頼まれた。 男性によれば、自分の伴侶はM女性に限ると以前から決めていたというのである。SMクラブに通っているのはそのためだし、 陽子を見て一目惚れし、是非結婚を前提に付き合ってくれという。真剣そのものだった。陽子に異論はなかった。

当時、甲府で付き合っていた男性はいたが、結婚を考えているわけでもなく、いると便利だからという状況だった。

4、文雄との付き合い

文雄は言葉通りだった。陽子がM気があることをとても喜んでいた。 しかし、陽子は文雄がSMの面だけで自分必要としているかどうか心配だった。 一緒に暮らせばSMは生活の一部になってしまう。他の部分は彼には今は見えていないかもしれないが、 二人がずっと上手くやっていくにはその部分の方が大切だった。

文雄の縛り方は岬さんには当然及ばなかった。しかし陽子は自分を肉体的に縛ってくれるだけでなく、 精神的にも縛ってくれる人を求めていた。

しばらく付き合って陽子は文雄に対して自信が持てるようになった。文雄を信頼し始めたのである。 文雄はせっかちで自分勝手なところがある。しかし、自分が欲しいことには努力するし、思い切った 行動にも出る。仕事は服飾関連の会社員で、帰りが遅いこともある。

陽子は甲府から離れて東京で文雄と住み始めた。親にはとりあえず、東京で就職したからと言っておいた。 文雄と喧嘩するときもあるが、すぐ仲直りする。これなら籍を入れても大丈夫そうだ。両親にはその内会わせよう。

しかし、実際、文雄と生活しだすとSMするのは日に日に少なくなっていった。日常のこまごましたことを 処理するのが先になり、ついSMまで時間がとれなくなったというか、いつの間にか忘れてしまう。

5、岬さんとの再会

そんな日が続いたある日、岬さんから連絡があった。携帯電話の番号はそのままだったので分かったのだろう。 一度会わないかということだった。状況を説明してお断りしたが、是非と何度も頼まれたので、会うことにした。

岬さんと会ったのは都内のサークル姫の家であった。1階の居間でサークル主を交えて話をした。 岬さんの最近の様子は少し荒れているようだった。新しいM女性を次々と手中にし、調教している ようだった。新しいサイトも立ち上げ、順調にいっているはずだが、何か彼自身が変わってきていた。 噂では彼に捨てられた女性も多いという。

少し縛られないかという岬さんの提案に陽子はOKを出した。その頃、文雄は仕事が忙しくてなかなか縛ってもらえず、欲求が 溜まっていた。もちろん今回セックスはしないし、サークル主も立ち会う。サークルの会員もそろそろ集まり出していた。

岬さんは陽子を仰向きでお尻を突き上げた姿勢で大また開きに縛り、性器を花瓶にして花を生けたがった。2階のプレイルームで陽子は縛られ、 花を性器に入れられた。もちろん花の断面はコンドームで覆ってあり衛生面は問題がない。この格好は陽子が好きなポーズで 何回か経験がある。文雄とは経験がないので久しぶりである。この姿勢で陽子は恥ずかしかったが、自分の力では どうしようもできないところで、心の奥底のもやもや感が解放できるのである。 これは自分のプライドが高いせいだと陽子は思っている。

もともと両脚を大きく広げられすべてを見られてしまうような縛られ方や バイブレーターを下着の中に付けさせられて 道路を歩きながら責められてみたいというのが、岬さんと出会うときに出した要求だった。

サークル会員が揃い2階に上がってくる。これから全員で陽子の性器に生けられた花を観賞するのだ。いや、花ではなく、 花瓶を鑑賞するのだ。いや花瓶ではなく、花瓶になっている女性を鑑賞するのだ。

陽子は股間を広げている姿勢で、しかも相手が大勢でとても恥ずかしがったが、居直ってしまえばそうでもないだろうと感じた。 ただ、恥ずかしい格好をさせらて見られているという事実そのものを自分に 突きつけて、それで自分を解放しているとも言える。SMは男性のためでなく、自分が上手く利用しているのだと陽子は思った。

しばらくして花瓶姿から陽子は解放された。 着替えて、1階に降り、皆と雑談した。皆いい人なのだ。ただSMに執着している点だけが一般の人と 違うだけなのだ。

今日のことを陽子は少し文雄に申し訳ないと思った。彼には黙っていようと決めた。 しかし、今後はもう岬さんと会わないと自分の心に誓った。

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