[本の感想] [官能小説]

官能小説

官能小説は、最初の「由美の会社員生活」は登場している女性に書いてもらったものですが、 他はすべて祐介がこれまで見聞したり、体験したことを基に作成しました。

小説ですので、事実と創作が混じっています。

由美の会社員生活 貴志の手記 恒子の冒険 敦子の憂鬱 典夫の憂鬱 幸枝の冒険 陽子の出会い 聡子の木馬責め

恒子の冒険

1、恒子のおいたち

恒子は小学生のころ、テレビの時代劇で女性が縄をかけられているのを見て、鼓動が速くなりました。 また中学生のころ、江戸時代にさまざまな責めがあるのを知り、それらのイラストを見て、胸が熱くなったそうです。 是非私もあんなふうに責められてみたい。縄で縛られ、責めを受ける自分の姿を挿絵に重ね合わせていました。 無実の罪を背負わされて、白状せよと、これでもか、これでもかと責められる自分を想像したのです。

大学は文学科で、あるとき、江戸時代の拷問刑罰に触れる機会がありました。木馬責めや石抱き責め、駿河問い、 海老責め、海老吊りなどを具体的な挿絵で知り、そのような過酷な責めが実際この日本で江戸時代に行われていたことを知って、 驚くと同時に、その世界に自分も触れてみたいと思うようになりました。 その中でも特に海老責めと木馬責めになぜか魅かれるものを感じていました。 しかし、 当時付き合っていた男性はノーマルな人が多く、そのような願望は言い出せず、胸の内にしまっておくしか手がありませんでした。

2、モデルとして応募する

その後、卒業、就職と忙しく、そういった願望を忘れていきました。仕事にも慣れ、数年したところで、 インターネットでふと古典的な責めの画像を見て、昔の願望を思い出しました。 すると股間がうずいてきました。 そんなとき、ふと手にした四和出版発行の「四和エロチカ」の雑誌を見て、思わずモデルとして応募してみようと 思いました。

もちろん会社の同僚や上司に知られてはまずいので、顔を隠すことを条件にしました。 すると出版社から椿さんという方を紹介されました。椿さんは四和エロチカの中に「とっておきのM女性を紹介します」という ページを担当されていて、そこのモデルにどうかという話でした。私は一瞬どうしようかと迷いましたが、 このままではいつまでたっても願望は叶えられないからと思い切り、受けることにしました。

「椿さんですか」
私は椿さんとあるホテルのロビーでお会いしました。
「恒子さんですね。初めまして。椿です」
椿さんは年配のやさしそうな感じのする方で、これまで十数人ものM女性を「四和エロチカ」に登場させてきただけあって、 恒子の希望を聞き、それならどのようなプレーをして、どのように写真を撮るかという説明をし始めました。 恒子は最初ためらいがあったものの、いったん出ると決めたからには、覚悟を決めました。 また椿さんがとてもやさしいので、この人なら信用していいかなと思い始めていました。

撮影当日、都内のスタジオに行きました。すでにカメラマンや椿さんが来ていて、準備をしていました。 撮影ともなると大変だななと実感しました。もっとも「M女性を紹介します」のページは 四和エロチカの中ではあまり本格的な撮影ではなく、どちらかというと素人っぽいページになっています。 しかしそれにもかかわらず、それだけのスッタフと準備が必要なのです。

最初、椿さんは水色の囚衣を取り出し、後ろの部屋で着替えるように言われました。 小さな部屋で着ていたスカートとブラウスを脱いで、囚衣に着替えるとまさに自分が 江戸時代の女囚になった気がしてきました。椿さんに下着もすべて取るように言われていたので、その通り にしました。

「どう着替えた」と椿さん。「こっちへ出てきなさい」
私は言われるままに広いスタジオに出ました。カメラマンや照明スタッフが待機しています。 私はこの中でどのようなされるのでしょうか。

最初は立ったまま椿さんに上半身を縛られ始めました。後手縛りという、後ろで両手で結わき、その縄を胸に巻きつけていくものです。 次々と麻縄が体にかかり、胸が締め付けられていきます。私がこれまで憧れてきた感触です。 ふと気がつくと、上半身はまったく動けなくなっていました。 この拘束感が心の奥から私を高ぶらせます。鼓動が高鳴りました。 その姿勢で何枚も撮影されました。

次に上半身はそのままで、 床の上に座らされました。 両脚はあぐらにされ足首にも縄を結わかれ、肩を通して背中に回されます。そして少しずつ締められました。 「大丈夫かい」、「これが海老責めだよ」

体が二つ折になるのがこれほどくるしいものだとは思ってもみませんでした。 そのままの姿でさまざまなアングルから何枚も写真を撮られました。息苦しさと胸の高鳴りとで自分がどうなっていくか 不安でした。少し囚衣の端をめくられ、ももを露出されました。そのまま撮影続行です。

「少し脚を持ち上げてもいいかな」と椿さん。少しぐらいならと了承しました。 すると前から足を上げられ、ひっくり返され、股間が空中高くに曝されました。 「あっ、あっ」と思わず声が出ました。そこまでされるとは思ってもいなかったので、驚きと恥ずかしさのあまりです。 抵抗することもできず、でも決して嫌ではありませんでした。自分からそこまでしてとは言えないので、 むしろ無理やりそうしてもらった方がありがたかったのです。 恥ずかしい姿勢です。

カメラマンが何枚も何枚も股間を入れて写真を撮ります。複数のスッタフが興味深く股間を覗き込んできます。

「バイブを入れてもいいかな」と椿さん。最初の話にはそういったことは出なかったのですが、 高まってきた私は思わずOKをしてしまいました。すると太いバイブが秘所の中に・・・・・。 バイブを入れてまた写真を何枚も撮られました。そのうち、 近くにいたスッタフたちも撮影の手を休めて、私の秘所に手を伸ばしてきました。 「あぅあー」

抵抗できませんでした。 私は江戸時代の牢屋でもこのような責めになっていたんだろうかと想像しました。 座禅ころがしという姿勢があります。これは座禅をしたまま姿勢で、固定され、前に倒されるものです。 今回、私がされている転がされている方向とは逆ですが、この姿勢のほうが脚が床に圧迫されて動かせず、 胴体が曲がったままで更に苦しい姿勢です。 これは古代中国から日本に伝わり、牢番が女囚を犯す方法の1つで、秘密裏に牢屋敷で行われていたと言われています。

その後もいろいろな姿勢で縛られ、おっぱいや秘所を曝され、まさぐられました。 嫌ではなかったですが、最初から予想していたより私も興奮してしまったので、つい 予想外に淫らな様子を見せてしまいました。

3、雑誌に掲載されて

「四和エロチカ」が発行されました。出版社から送ってきたのでさっそく中を見ました。 するとそこに私が載っています。三井真理子として「江戸時代の女囚に憧れるM女です。過酷な責めを求めています」。 私に顔には一応目線がしてあるものの、よく見ると自分であると分かってしまうのではないかと 心配しました。しばらくは会社の中でも何か言われるのはないかと構えていましたが、 そんな心配は無用だったようです。ただ一人の男性社員が雑誌によく似ている人が写っていると私に教えてくれましたが、 それだけでした。

雑誌に掲載されてしばらくして私は夢を見ました。夢の中は江戸時代、私はおつねという名である 商家の娘でした。そこには手代が何人かおり、その中に好きな手代、清吉がいました。 清吉も私のことを好きそうでしたが、お互いに言い出す機会もなく過ぎ去っていきました。 清吉は字がうまく、暗算力が素晴らしいのですが、表現力に欠けるところがあり、 その分だけ損をしていました。

あるとき他の手代、八助が私に好意を寄せていることが分かりました。彼は言葉が巧みでした。 私はそのうち八助に魅かれていきました。いつまで経っても好意を表現してくれない清吉には じれったいものを感じて不満が高じていたのです。

あるとき、店の大金がなくなるという事件が起こりました。 当時、手代になるとお金を扱いますので、手代全員が調べられました。 すると清吉の財布だけに2両もの大金が入っていたのが見つかりました。 実はそれは私が親からもらったお金を清吉に分けてあげたものだったのですが、 清吉は私に迷惑をかけまいとしては言い訳をしませんでした。 そこで清吉は奉行所で取調べを受けることになりました。最後まで弁解をせず、私の名を言わなかったそうです。 そのときの拷問は海老責めなど本当につらいものだったようです。 そのまま清吉は牢内で体を悪くして病死したと聞かされました。

私は事実を告げ、清吉を救いたいと思いましたが、八助に止められました。 八助にしてみれば清吉がいなくなってちょうどよかったのでしょう。 私は清吉に対して申し訳ないことをしたと後悔の念が時間が経っても収まりませんでした。 その後、八助と所帯を持ったようです。

夢から覚め、私は何かとてつもない大罪を犯したきたような気がしてきました。

4、清二と知り合う

私が雑誌に登場したので、それを見て何人かの方から出版社経由でお手紙をいただきました。 写真を見て感動した、直接会って話したいなどと多くの方が書かれていました。 それらの方々の熱意はよく分かりましたが、正直言って同じような内容なので、 飽きてきて、最後にはほとんど読まなくなりました。

手紙が途絶えて、もうこれ以上来ないだとうとしていたとき、出版社経由で一通の手紙を受け取りました。 そこには私の画像で見てなにか懐かしいものを感じるから、一度会いたいと書かれてありました。 清二の名前もなぜか私の気を引きました。

清二と実際に会ったとき私は衝撃を受けました。夢の中で見た清吉にそっくりだったのです。 彼はそういうことはなく、なんとなく懐かしく気が合いそうな感じがしたとしか私に言いませんでした。 私は衝撃を受けたことを言わず、その後、お付き合いを始めました。

彼も江戸時代の責めには関心があり、自分の部屋に三角木馬を制作して置いていました。 彼が一度乗ってみないかと誘ったとき、わたしは了承しました。

5、木馬に乗せられる

清二の部屋で私は木馬に乗せられました。 上半身を縛られ、その縄を鴨居につながれ、木馬の上で横に倒れても落ちないようにされました。 三角木馬は私が乗ることを了承し、自分から望んだ責めではありましたが、 想像していたよりも遥かに辛い責めでした。鋭角に尖った木馬の背に置かれたのは薄いタオルのみ。 そして足が届かず、膝が木馬の底から下に出てしまう高さに、本当にこのままこれに乗れるのかと思わず確かめてしまいました。

最初、両足の下に椅子を置いてもらい、秘所に食い込む痛みを和らげるポイントを自分なりに探すように身体を前後左右に揺らしました。 そして左右の椅子をはずされました。すると、秘所に激痛が走りました。 椅子がないので股間がそれだけ動かしにくかったですが、それでも少しでも食い込む痛みをに何とかしようと 股間を微妙に動かしました。あるポイントさえつかめれば何とか我慢できそうな気がしてきました。 左右のももを強く挟み込むことで股間にかかる圧を弱めることもできましたが、挟み続けられなくてすぐに再び股間に 体重がかかってしましました。

しかし10分も乗られず、耐えられず許しを請いました。 その時清二は私の耳元でつぶやいたのです。「江戸時代の女囚の辛さを味わってもらいたい。当時の責めの程度はこんなものではなかった」。 「耐えられるな」
私は思わず「はい」と頷きました。何かこれまでの罪を償わねばならない気持ちに捉われたのです。どんな痛みでも耐えてみせる、 という覚悟でした。

清二は私の両足首に大きなレンガを縄で結びました。私の両足はレンガの重みでピーンと伸び、 秘所への食い込みは一段と強いものとなりました。私は耐えました。体が二つに裂けそうです。私は体が二つに裂けてもよいと 思いました。全身から汗が出、気が遠のいていきます。しかし遠のいていく意識の中で苦痛の他に喜びがありました。 それは秘所への直接の刺激のせいだったかもしれませんが、 こうして清二のために責めを受けていること自体が私を興奮させていました。 清二のためなら何でもしようと私は決意しました。それがたとえ身を滅ぼすことになろうとも。 意識がますます遠のいていき、ボーッとし、声を出そうとして出ませんでした。

そのときでした。清二が言いました。「もういいだろう。降ろしてあげる」

6、木馬から降りて

私は痛みを和らげる為にももで木馬を挟んでいたため、左右のももの内側に擦過傷と紫色の痣ができていました。 また江戸時代の罪人のしるしのような二本の縄目の痕が二の腕に残りました。罪人のようでした。 木馬の上で動いていたので腕に力がかったのでしょう。 私は苦しんだことを後悔しておりませんでした。むしろ気が楽になったように感じました。

「ありがとう、がんばったね」
そう言うと清二は優しく私を抱いてくれました。私はこれでよかったんだと思いました。 この清二のためなら私は何でもできる。ついていこう。清二は口下手ですが、頭は聡明で この才能を生かせば生活はできる。将来どうなるか分からなくてもこの気持ちさえあれば いいのではないかと私は強く思いました。

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