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考察     ここでは、祐介の考えを紹介します。

愛情不足をいかに補うか マゾヒズムを超えて 女性のSM欲求について 女性が自らを解放することについて 想像と現実の乖離
M性について SMは卒業できるか やさしさは必要か レイプの後遺症について

やさしさは必要なのでしょうか。

やさしさは必要か
1、やさしさとは
2、やさしくなれるのか
3、やさしさは何故必要か
4、自分の立場とやさしさ
5、やさしくなったら
6、やさしさと執着

1、やさしさとは
男性でも女性でもやさしい人に惹かれます。これは何故でしょうか。 それは自分のことを大切に思ってくれるからではないでしょうか。 そうすると自分勝手な人、自分の要求ばかりを前面に出してくる人は やさしくない人になります。

最近では、自分が強姦した女性が、警察に訴えたのを逆恨みし、 服役後に刺殺した事件や、部下の女性社員に対して強制わいせつを行って 会社を解任され逮捕された男性がいます。 これらの人々は自分中心の考え、行動で、 性的欲求の対象としての女性に被害を及ぼしています。 彼らは相手の女性の立場を考えなかったのでしょうか。 普通は例え性的欲求が強くても、相手のことを考えたら そういった行動はできません。

しかし、そういった極端な場合でなくても、自分の行動が相手のことを どのくらい思っているかには程度差があります。自分のことより相手のことを 優先して考えられる人がやさしい人なのです。

2、やさしくなれるのか
相手のことを自分よりも大切にする、こんなことはできるはずがない と思うのも最もです。誰もが最終的には自分優先と考えがちですから。 しかしナチスの強制収容所で集団の中から罰として数人の死刑囚が選ばれた際、 指名され死ぬのは嫌だと叫んだ青年を見て、それでは私が替わりましょうと申し出た 牧師はどうだったのでしょうか。また第2次大戦後、満州で性的欲求むき出しのソ連兵に 性的対象として女性の大勢の団体から数人が連れ去られるために 選ばれた際、選ばれたある子連れの女性に子供がいるからという理由で、 他の独身の女性がその替わりを申し出たのはどう考えたらよいのでしょうか。

やさしくはどこまでもなれる、自分の自我はどこまでも小さくできる のではないでしょうか。反対に自己の欲求はどこまでも大きくできるのでしょう。 私たちに求められているのは動物ではなく、人間らしい生き方でしょう。

3、やさしさは何故必要か
人の精神はやさしさ、つまり自分のことを条件なしに受け入れて大切にしてくれる ことで成長します。条件なしとは、例え成績が悪くても、何々ができなくてもという 意味です。この条件がないことが肝要です。自分の存在そのものを受け入れてくれる ことで人は安心し、その安心を土台にしてそこから踏み出します。 この土台がないと他に安定を求めようとして、いびつな性格になったり、 求められないと不安定な性格が形成されます。

特に問題となるのは両親との関係です。普通は両親が条件ないしに受け入れてくれるからです。 これは子供の成長を観察していれば理解できますし、大人でも不安定な性格な方の原因を 探っていけばそういった問題に突き当たります。

SM傾向のある人の中にはそういった問題を抱えている女性が大勢います。 彼女たちに対応するにはそういった視点が必ず必要だと私は考えています。

4、自分の立場とやさしさ
といっても私たちは聖人でもないし、完璧な人間でもありません。理想とおりの 生き方ができるわけでもありません。自分の欲求を持ちながらも相手の欲求に合わせて いくことが大切です。もちろん相手が自分の範囲内に入ってくれば、つまり一緒に生活し 利害を共にするようになれば、ことはさほど難しくありません。

しかしほとんどは、そういった関係になれません。その場合、どこまでやさしくなれるか、 つまり時折付き合う関係でいながら、どこまで相手のことを考えるかです。時折しか会いませんので、 つい自分の都合を優先させてしまうことが多いからです。そこで、そういった場合 自分ができることはするという覚悟みたいなものが必要なので、 絶えずこれを思い出すことが大切なのではないでしょうか。

5、やさしくなったら
やさしくなることは少しだけ努力が必要です。自分を抑えるのは最初は大変ですが、 慣れてくるとそれ程でもなくなってくるし、やさしくなったらそれだけ自分が楽になるし、 自分の人生が変ってきます。決して無駄な努力ではありません。

女性はやさしさを好みます。しかしただ表面を繕ってみても女性の感は鋭いのですぐ見破られます。 精神の中身から変えていかなければなりません。 人生が変ってくるとは同じ世界に住みながら違った生活がそこに展開されることを意味します。 私たちは隣同士に生活しながらも、意外に異なった中身の生活をしていうのです。 女性に恵まれ、ストーカ的行為にもまったく無縁な人がいる一方で、日夜、性的欲求に悩まされ 続けている方もいます。

6、やさしさと執着
やさしさは相手のことを優先させますので、相手が嫌がれば引き下がるはずです。しかし おれは相手のためを思っているんだぞと自分を押し売りするのは既にやさしさから外れています。 それはやさしさではなく、既に執着と呼ぶ段階に入っているのです。両者は区別して考える 必要があるし、まったく違ったものです。

慣れていくと自分のことに気付かなくなります。絶えず新しい目で自分を観察することが 大切でしょう。

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